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2006年8月29日

●選択〜心配か、信頼か。

先日、韓国旅行に行って来ました。
といっても観光がメインではなくいわゆる修行みたいなもの(笑)で、山に
登ったり川に入ったりするような、まるで夏の遊びを異国でやってきたよう
な旅行でした。

自然に触れることは、この大阪にいても時間を作らないと行きにくいですし
、近くの公園などで緑は見ることは出来ても、山などあの凛とした空気まで
は作り出すことは出来ません。
そういったことを思いながら、自然に触れ合える時間を持てたことがすごく
嬉しかったです。

そんな中で、これまで心理学で学んでいたことが改めて腑に落ちたことがあ
ったので書きたいと思います。

宿泊したところが山間の奥地に作られたところで、見渡す限り山、山、山で
、そこの間を流れている川の音がとても心地よいところだったんですね。

そこでとあるゲームをしました。
二人一組になり、一人は目をつぶり、一人がその相手を誘導して目的地まで
連れて行く、というものです。しかもしゃべらずに。
目的地に着くには、岩場があったり崖がある所にはロープを這わせていたり
、橋があったりと、目を開けて歩いていくにしても簡単にいけそうにない道
なんですね。それを目を閉じて人を連れて行くのですからとても大変です。。

まずは私が誘導してあげる役をしました。
すると、すごく恐いんですよね、自分が、ではなく、相手を危険がないよう
に安心を与えて誘導してあげられているのか、ちゃんと出来ているのか・・
そういった思いがよぎってきて、自分の足元の心配よりも相手を安心させて
あげることを優先するようになっていきます。

これはリーダーシップをとることに関することに通じます。
自分がリーダーとなって進んで行くには、後をついて来る人に対して良き道
を教えてあげること。
安心してこっちの道を進んでもいいんだよ、と教えてあげられるようなリー
ダーになること。
そういったことをこの経験で学べたように思います。

そして自分の誘導が終わり、今度は私が目を閉じて誘導してもらう番。

目を閉じていざ一歩進もうとした時、「すごく恐い!」って感じたんです。

これで本当に進むことが出来るんだろうか?ちゃんと任せても大丈夫なんだ
ろうか?今まで自分が連れてきた道を考えると、とても大変な道だからこそ
余計に恐れが強くなってしまったのでしょう。何歩か進みながら、そんなこ
とを考えていました。

でも、その時が選択の時です。
ここで心配して不安を選ぶのか、相手を信頼することを選択するのか?

任せてみようと決心し、全てを相手に委ねることにしたんです。
そう思ってからは次の足どりが変わってきて、なんだか軽いんですよね。

恐れから進もうとした時は、自分のことしか考えていないし、自分を守るこ
とを優先してしまうから、「ちゃんと任せて大丈夫なの?」と相手を不安に
感じて心配してしまいます。ここには相手の感情などは不在です。
こういった状況は、夫婦関係でもあり、恋人との関係や会社での人間関係で
あったり・・様々な自分自身の関係性の中で起こりやすいことなんですね。
不信感、不安感しか浮かんできません。

でも、そうじゃなく、相手を信頼して進むこと。
そうすると・・相手がどんなに自分を気遣っていたわって誘導してくれてい
るのかが感じられてくるんです。
(そこに気づけたのは、私が先に危険な道を誘導したからも知れませんが)
会話は出来ませんから、岩場のところでは足を持って安全な所へ差し出そう
としたり、足を叩いたりしながら教えていくしかないんですね。
そうするともう相手の一生懸命さが感じられてきて、どんどん相手からの愛
が伝わってくる。
あ・・これなんだな、って。
信頼は愛を生み出す、っていうのは、自分の愛だけでなく、相手からの愛も
感じられるようになるっていうことなんですね・・。

任せて委ねるのはとても恐いです。
自分がコントロール出来ない領域ですからどうなるのかもわからない。
ただ、信頼して委ねることは、相手からどんな風に自分を扱ってくれている
のかを感じることが出来るひとつの方法なのかもしれません。
ただ、ほんとにここは勇気が要りますけどね。

私自身を振り返ってみて、任せる、委ねるということはあまりしていなかっ
たと思います。
恋愛でも彼を信頼して全てを委ねた・・なんてありません(笑)それだけ恐
がりやさんでしたからね。。改めて気づかされてしまいました。

何かを体験しながら学ぶことは日常でも出来るいい方法です。
その時に急にふと「あ・・」とサインのようにひらめく場合もありますので
、その時にどのように学びにするのか、を選択していくこと。
気づきというものは、そこらじゅうにありますので。

皆さんの選択・・愛のある選択を大事にしていって下さいね。

中野知枝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 08:38

2006年8月28日

◇時の流れに身をまかせて

コラムを書こうと思って、このタイトルを思いついたら、ちょうどTVから
このタイトルの歌が流れてきました。
すごい!得した気分です。(^^)v

この八月で主人が仕事を辞めることになりました。
見かけによらず、責任感が強く慎重な主人にとっては、悩み悩んだ末の思い
切った決断のようです。
「仕事やめたいなぁ。」と最初に言い出してからは早2-3年経っているような
気もします。
「あと一年、あとちょっと、、。」と言いながら深夜遅くまで働き続けてきた
主人も遂に限界がきたようで、今年に入ってようやく「区切りつけるわ。」と
自分からいってくれました。

妻の立場としては、毎晩遅くまで働きづめで疲れはてていた主人を見ていたの
で、ホッとした気持ち半分と、これから先がハッキリ決まっていない状態で
仕事を辞めるなんて本当に大丈夫なんだろうか?という気持ち半分です。
でも、将来の不安を感じながらも、やっぱり、よかったなぁという思いが一番
の気がします。

主人の決断までの流れをみてると、そういえば、私自身も自分がなかなか
決められない性格で、昔長年務めた職場を辞める時も何年も悩んだよなぁと
いうことを思い出します。

上司にも「辞めたい。」というようなことを言っておきながら、「やっぱり
続けます。」て言ってみたり。
おいおい、どっちやねん!! ハッキリしろよ〜。ですよね。全く。(苦笑)
自分がこんなに決められない性格だったとは。。

でも、辞める前にあれだけ心配して悩んだわりには、辞めてからは何事もな
かったように流れていくので、「なんで私はあんなことであんなに悩んでい
たんだろう?」と不思議に思うんですね。もっと早く決断すればよかった、
て。

思えば、引越しする時も誰かと別れる時も結婚する時も、慣れ親しんだ場所を
離れる時はいつもそうでした。
自分的には疲れる位すっご〜〜〜く悩んで、でも過ぎてしまえばなんてことは
ないんですね。平穏無事にあっけらかんと時は流れていくのです。
新しい場所も意外に居心地よかったりして。(^^;)

私は相当変化に弱い?体質のようです。
よく言えば、情が強く何にでも愛着をもってしまうとも言えるけれど、悪く言
えば、執着が強かったり、未来を全然信頼できなかったり。

そうそう、その当時は、会社を辞めることが何か社会から一人取り残されるよ
うな気がして、それがすごく怖かったのを覚えています。
自分に全く自信がなかったので、自分で決める・自分で責任をとるというのが
とてつもなく大きな間違いをおかしてしまうような気がして、不安で一杯に
なってました。

ただ、その時に周りの友人を見ていて不思議に思ったんですね。
自分みたいに、ただ仕事を辞めるだけでこんなに悩む人間もいれば、私の周り
には、そんなに深く悩むこともなく仕事を辞めたり、彼と別れたり、今まで
いた場所を簡単に変えられる友人がいる。

しかも、そういう友人に限って、なんだかとっても運がいいというか恵まれて
る?ように見えるんですね。
次々と新しいチャンスをつかんで、楽〜に人生の波にのってるというか。
「なんで??この違いは何??」

ちょうどその頃心理学をかじりかけの頃で、「運がいい人にくっついてみると
いいよ。」と聞いていたので、さっそく彼女を傍で観察してみました。

一番びっくりしたのが、彼女はあんまり先のことを心配していない、ことなん
ですよね。
今自分がやりたいこと、欲しいものに忠実で、今目の前にあることにお金も
エネルギーも思いっきり使って、先のことをあんまり考えてないんですね。

もちろん、彼女にも悩みはあり、友人としてその悩みも知っていたのですが、
でも、少なくとも当時の私よりは目の前にあるものを楽しんでいたし、未来を
心配していないように見えました。
それも、諦めて単にドライになってるわけではなく、悩みながらも、今の時間
の多くを笑って過ごしてる、そんな感じです。

その結果、ハードワークして頑張らなくても、本当に次々と新しいチャンスに
恵まれるんですよね。
すごい、、、!!

私て、こんなに怖がりで、未来を信じることができないんだ。。。
彼女はあんな悩みもってても、切り替えができる。強いんだな。。。
ちっぽけな自分に腹は立つし、嫉妬もするし、自己嫌悪もしたけど、でもやっ
ぱり最後に出てきたのは、「私もあんな風になりたいな。」でした。

その友人のお陰で勇気づけられ、随分背中を押してもらいました。
怖いけど、私も信頼してみようっっっ、、、、!て。
(これ、会社を辞めるだけの話です。。。m(__)m)

今の主人も、自分で「区切りをつける。」と言い出してから、随分いろいろな
プロセスがあったように思います。
主人は、今を楽しむということやチャンスに恵まれてるということでは、私よ
りもよっぽど強いと思っていたけれど、やはり彼にも彼なりの恐れは一杯ある
ようです。

辞めると決めてから、次々とでてくるネガティブな自分の感情と向き合いつつ、
家族も巻き込んでの夫婦バトルも繰り返しながら、ようやくひとつの区切りを
迎えることになりそうです。
ひとまず「お疲れさまでした。」ですね。(^-^)

主人のプロセスとともに、私も、信頼すること、自分で何とかしようとしない
で信じて任せること、そして、その間は目一杯楽しむこと!!そんなことを周り
の人達から沢山教えてもらう半年間となりました。
そういえば、隠れていた神様も他の神様の笑い声にびっくりして出てきてし
まった!という神話もありましたよね。

今までだって何とかしよう〜と頑張った時よりも、信じて流れに任せた時の方
が確実に上手くいっていたんですよね。
あがいてみても、結局なるようになっているというか。
今思えば、会社を辞める位かわいいもの。(本当にかわいい。。(_ _))
そうやってあと10年もすれば、今回の思い出も小さな笑い話となるのでしょう。

私は、自分では、目標を決めてひとつひとつそこにたどりついていくタイプの
人間かなぁと思っていたのですが、どうやらそうではないということに、最近
になってようやく気づきました。遅い〜!
今の友人関係や生活も、10年前の私には想像もできないことなんですね。
意外にも、ある瞬間の直感で人生が思わぬ方向に大きく変わり、節目を迎えて
しまうことの方が多いみたいです。

自分のことは、何年経ってもやはりなかなかわからないものですね。
それとも、それだけ人は変化できるということなのかもしれません。
時代だって変わっているのですから。
自分で制限さえもうけなければ、人は何にだってなれるし、可能性を秘めてい
るのかもしれませんね。(^^)

時の流れに身を任せながら、ゆらゆらこれからも漂っていきたいものです。
どんな場所によって、どんなところに辿り着くのか…楽しみにしながら☆


塩田 純子のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:10

2006年8月22日

出会い〜星の王子さまより〜

「星の王子さま」のお話をご存知ですか?
初めてのデートで彼氏にプレゼントされてから、もう何度も読み返しています。
読めば読むほど内容の奥深さに気づくような本です。
中でも一番好きな、王子さまとキツネの場面についてお伝えしますね。

さみしくて悲しくて泣いていた王子さまが1匹のキツネに出会います。
王子さまはキツネに遊んでほしいと頼みました。
キツネは、まだ仲良くなっていないのだから王子さまとは遊べないと言います。
その時のキツネの言葉の意味はこうです。

「ぼくは君にとって、十万ものキツネたちとおなじ、ただの一匹のキツネにすぎない。
でも、君がぼくを飼いならす(ぼくと仲良くなる)なら、ぼくたちはお互いが必要になってくる。
君はぼくにとって、世界中で唯一の存在となる。
ぼくも君にとってかけがえのないものになるんだ。」

仲良くなることは、ある人を特別に思い、時間をかけてかかわっていくことだとキツネは言います。
少しずつ近づいたり、立ち止まって様子を見たりして、一日一日と仲良くなっていくのだそうです。
仲良くなることについて、他にもキツネの考えを王子さまに話しています。

「いつも同じ時間に来てくれるほうがいいんだ。
例えば君が午後の4時に来てくれることになれば、3時には早くもぼくは幸福になり始めるはずだ。
時間がたてばたつほど、ぼくは幸福を感じることになるだろう。
4時になるともうそわそわして、心配になってくる。ぼくは幸福のありがたさを発見するだろう。
でも、もし君がいつでもかまわず会いに来るんだと、ぼくは君をいつ待つ気持ちになったらいいのかわからない。
きまりがいるんだよ。」

「君がぼくを飼いならすなら、君の足音は音楽のようにぼくを巣穴の外に呼び出すだろう。
ぼくはパンを食べないから麦畑なんて役に立たない。でも金色の麦畑は、きみの髪の毛を思い出させるはずだ。
そして、小麦のなかを吹く風の音だって好きになるだろう。」

私と彼氏は長野と大阪に住んでいる遠距離恋愛です。
毎晩同じ時間に電話で話しているので、このキツネの言うことがよくわかります。
いつも同じ時間としてきまりをつくると、普通はそれが単調な毎日になるような気がしますね。
でも、その内容が幸福なものだったら、時間になるまでの間にも幸福感を味わえるのです。
彼はもう、大阪の友人のうちの一人ではなくなりました。

これまで私は、カウンセラー養成コースのセミナーのために東京へ通いました。
朝から晩までセミナー会場にいるので、東京に通ってはいても、それほど東京に詳しくありません。
セミナーの日が近づくと、そこで会える仲間のことを思ってワクワクしてきます。
みんながいるから、詳しくないけど東京が好きなのです。


やがて王子さまとキツネとの間に別れが訪れます。
別れの悲しさを感じるくらいなら、仲良くなんかならなければよかったと王子さまは思います。
それに対しキツネは、二人の関係はむなしく終わるのではなく『麦畑の色』のために意味があるのだと答えるのです。

物語の終わりでは、王子さまが帰ってしまうときにこんなことを言います。
「ぼくは夜空の星のひとつに住んでいて、笑っているんだ。君が夜空を眺めるとき、君にとってはすべての星が笑っていることになるだろう」


9月の半ばに彼のいる大阪へ引っ越すことにしました。
10月からは大阪と長野の担当カウンセラーとなります。
東京に関連するものと接するとき、私はみんなのことを思うでしょう。
同じように、大阪の仲間とこれから出会う人たちを大切に思い、さらに仲良くなりたいと思います。

投稿者 csadmin : 12:00

2006年8月20日

◇人生の目的

ここ数年で、ヒーリングという言葉は社会にすっかり定着しています。
スピリチュアルという言葉も、よく耳にするようになりました。

この言葉も、少し前には、とてもマイナーなものでした。

今から10年前、私が仕事の忙しさと、対人関係の悩みから、欝状態に
おちいったことがありました。

欝におちいったときには、だいたい、その本人はそれを欝だと、
わからないものなのですが、私の場合にも、思うように体が動かない、意志
でしようとしていることができないという悩みを、
かかえていましたので、スポーツや栄養学のジャンルから様々な、
本を読み調べていきました。

すると、心、メンタル面の影響であることがわかって
きました。

そして、さらにそのジャンルで調べていきました。
辿り着いたのが、ヒーリング、スピリチュアルという概念でした。

当時は、今ほど、一般的ではなく、宗教や哲学などのジャンルに、
ひっそりと置かれていました。そんなマイナーなジャンルでした。

ですが、欝状態の苦しさから救われたいという一心で、マイナーな
ジャンルではありましたが、調べてきました。

そこで出会ったのはセラピーでした。

インナーチャイルドセラピー、イメージセラピーなど、
今ではカウンセリングでいつも使っているものですが、これも、
当時は、マイナーなものでした。

試してみると、心の奥のどうにもならない苦しさがそれで、
救われた気がしました。

完全ではないのですが、苦しすぎて、心の奥に手を突っ込んででも、
なんとかしたいという思いに、少しでも近づけただけでも、
希望が持てました。

それくらい、どうにもならない苦しさが、欝状態のときには、
あります。またこれが欝だとわからずにその状態を、
体験しているときには、さらに、自分でも理解できず、
周囲にも理解されず、苦しいものです。

私たちが使っている心理学では、私たちは子供時代、
親が問題に陥ったとき、親を手助けしたいと考えますが、
子供ですのでそれができないため、無意識的になぜ親がその問題に、
陥っているのか、親の気持ちを理解したいと考えて、
問題をもった親を真似るという見方をします。

私の場合は、私が小学生のころに母が欝状態におちいり、
精神科に通院していたので、その気持ちを理解したくて、
母と同じ状態におちいったのだと思います。(他の見方もできますが)

セラピーというのは、普通に考えると、とても不思議なことを、
しています。苦しかった気持ちが、手も触れるわけでもなく、
解放されるのですから。

そして、漠然と、リラックスできるというよりも、しっかりと、
狙いをつけて、自己嫌悪や、怒り、孤独感、不安感、表現が
難しいモヤモヤなどを、解放することが可能だからです。
(場合によって不可能なこともあります)

気づけば、今、私が日々している仕事なのですが、男女関係は、
もちろんですが、欝状態など感情の苦しみに悩むお客様の、
セラピーも多く、どうしようもない苦しさから、少しでも、
解放されたというご報告をいただくたびに、私もすごくうれしく、
また私自身も、同じ苦しみを体験したからこそ、授かった力を、
ありがたく思わされます。

つい先日も、お盆に実家に帰省してきました。

ふだん、ご無沙汰にしているご近所の方にも、私が子供時代は、
母のこと私たち家族のことをとても心配していただいたので、
その感謝の気持ちを伝えることができたり、欝をのりこえ、
心や体に無理のない暮らしをしている母の素朴な笑顔を見て、
また心を和ませ、この経験を価値あるものとして、社会のみなさまの、
サポートをさせていただくことは、私の人生の目的のひとつだと
感じました。

感情の苦しさで悩まれている方も、あきらめず、希望をもって、
いただきたいと思います。


清水三季央のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 01:07

2006年8月15日

●『It's A Small World !!』

残暑お見舞い申し上げます。
とっても暑い日が続きますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私は、旦那様のお仕事の都合で、広島に住んでいます。
先日、8月6日は、広島に原爆が投下された日でした。
世界中の人が広島に集まって、平和の祈りをささげていました。

私達夫婦も、お家でサイレンの音を聞きながら黙祷しました。

こちらでは、やはり関西にいた時よりもずっと、原爆や平和についての記事、番組が多いことに驚きます。
自分の体験を、学校の子供達に伝えることで戦争を知ってもらおうとする人。
広島の原爆について、ヒップホップにのせてクラブから発信する人。
絵で伝えようとする人。。
やはり、広島の皆さんは、戦争や平和に一人一人が向き合っている、という感じが伝わってきて、頭が下がる思いでした。

平和といえば、思い出すことがあります。

私は、大学のクラブで、「アルティメット」というマイナーな競技をやっており((注)格闘技ではありません!!)、競技人口が少ないためか、運良く世界大会へ行くチャンスがありました。
日本ではマイナーな競技でも、世界では結構有名で、北欧の国では、子供達が
「将来の夢は、アルティメットの選手になること!!」
なんて、日本の野球のように扱われていたりするのです!!
一度にあんなにたくさんの国の人が集まっている場所というのは初めてだったので、それぞれの国の違いにびっくりしました。

その大会には、試合の後にそれぞれの国の記念品を交換するという、とても素敵な習慣がありました。
日本からはうちわや、扇子、紙風船などを持っていき(大うけでした!)、ドイツの方からは、ビールをいただいたり、ブラジルのチームからは歌をいただいたり、それぞれの国の特色満載のものが交換されました。

各国が用意する救護テントも不思議で、なにやら呪文のようなものが聞こえてくるテントもあれば、煙がでているテントもあったり。。。(!!??)

応援の仕方もチームの雰囲気も、本当に国によって違うのです。

いろんな国の、いろんなカラーが一つになる試合の後のパーティーは、それはそれは華やかでした。
参加した全ての国が集まって、お祭り騒ぎ、大盛り上がり。
不思議なのは、みんなたいてい自分の国の言葉しか話せないのに、会話がなりたっていることです。
必要なのは、身振り、手振り、笑顔、だけ。
違うカラーが集まっているからこそ生まれる楽しさ。
飲んで、踊って、笑うだけで心が通じてしまうのです。

私の中で、その空間は『It's A Small World 』の世界と重なりました。
ご存知でしょうか?
乗ると必ず感動して泣いてしまう、ディズニーランドのアトラクションを。
「世界中誰だって、ほほえめば仲良しさ」
まさに、そんな世界なんです。

。。。あの時のように世界中の人が笑っている、そんな世界になりますように。。。

そんな風に感じたよ、と旦那様にお話すると、彼は彼で戦争が政治に使われてしまうことが終わるといい、というようなことを言っていました。
こんな風に、平和について話をすることが大切なんだなって感じた朝でした。

そして、まずは私達夫婦やお友達の間に小さな平和を作っていくこと。
これが世界平和の第一歩なのかもしれません。

皆さんの心にも、素敵な平和の世界がひろがりますように☆


投稿者 csadmin : 07:20

2006年8月12日

◇受容の大切さ

「受容」と言う言葉を、カウンセリングでは本当によく使います。
自分の感じているものをもっと受け入れましょうとか、
相手の気持ちも受容して見ましょうとか、
最も大切にしている言葉かも知れません。

先日、息子の三歳児検診に行って来ました。
身長、体重、視力、聴力などなど子供の成長を確かめるのです。
その検診の最後に心理相談という部屋がありました。
そこは子供の心理や、子供を育てる親のこころの相談室です。

部屋の中に、僕と妻と息子と三人で入って行くと、
優しそうな男の先生が、迎えて下さいました。

実は今、ひとつ子育てで悩んでいる事があったんです。

子供も三歳になると、子供どうしで遊ぶことが増えてきます。
そこに、ひとつの子供の社会が生まれるわけです。
もちろん子供たちにも自我が芽生えて来てますから、
おもちゃを取り合ったり、ケンカになったりもするわけです。
それは至って自然な成長なのですけれど、
まだまだ、それぞれの子供の成長に差があります。

体の大きい子や小さい子。力が強い子と弱い子。
言葉が早い子、そして遅い子もいます。
そうすると、いつもおもちゃを取られてばっかりの子供や、
仲間に入れない子供も出てくるのです。

うちの息子は、少し小柄で言葉もまだまだ赤ちゃん言葉なんです。
だから、どちらかと言うと友達と一緒に遊べなかったり、
話している言葉が伝わらないので、
取り残されたりしてしまう事があるらしいのです。

普段、そんな自分の息子を見ていると、母親も色々感じてしまいますよね。
かわいそうになったり、息子が傷ついているんじゃないかと心配になったり。
そんな話を先生に相談してみたのです。

すると先生はこんな話をしてくださいました。

 この世代の子供は、多少友達とけんかしても、
 親が感じているほどには、子供自身は傷ついたりしていません。
 今、親以外の社会に積極的に入って行こうとしている時で、
 そこには色んな子供が居て、物を取り合ったり、
 仲間に入れなったりすることも出てきます。

 大切なのは、お家で親がたくさん彼を「受容」してあげることです。
 話をじっくり聞いてあげたり、子供の気持ちを解ってあげたり、誉めてあげたり。
 たくさんたくさん受容してあげてください。
 そうする事で、愛されている、受け入れられてるという安心感を得て、
 エネルギーを蓄えて、また社会に向かって行こうとします。

このお話に、僕はすごく納得してしまいました。

僕達は、学校や職場など人の集まる社会に出ると、
確かに日々色んなストレスを抱えたり、傷ついたりします。
だけど、どこかでそんな自分の気持ちを解ってもらえたり、
自分のあるがままを受け入れてもらえたりすることで、
もう一度、社会に向おうとするエネルギーが蓄えられます。

三歳児が経験する社会と、
大人となった僕達の作っている社会が、同じだとまでは言いませんが、
まだまだその時代の名残りがあるのかも知れません。

社会に向かうためにの「力」を持ち続けるには、
自分をあるがままで受け止めてくれる人や場所が必要なのです。


家族、友達、夫婦、同僚、恋人・・・
まず、今身近にいるそんな関係から「受容すること」を意識してみませんか?

自分に生きる力を与えてくれている人を大切にすること。
また、その人をあるがままで受けとめてあげる事を意識して見ましょう。

そして、いつの日か、
僕達が作っている一番大きな”家族”である社会全体で、
「受容」という言葉を大切に出来るぐらいに成長出来たら、素敵なことですよね。

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 10:51

2006年8月 8日

●そして私は途方に暮れる・・・からの脱出

こんにちは。途方に暮れるきのかずよです。
巷はバーゲンセールで賑わっていますが、皆さん何か買い物されましたか?
私は限られた空間にいる人ごみが苦手で、あまりにも多くの人がいっぺんに目に入ると、
少々気持ち悪くなってしまいます(><)
ちょっと情け無いです。

さて最近、友達としゃべっていて自分の悪い癖を見直しています。
と言うのも、私は買い物が嫌いなんですよね。
ファッションに関しての買い物なんですが。
街に買い物に出かける、ウィンドウショッピングをすると言った類のものは、余りしません。
だから、バーゲンセールも気持ち悪くなるのかな。
それを言うと、女の子にしては珍しいなんて反応が返ってきたりします。
自分でも『どうしてなんだろう』と最近考えているのです。

そして考えれば考えるほど、途方に暮れてしまいました。。。

ファッション雑誌を見たり、街でおしゃれな格好をしている人を見て、
『私もあんな格好したいなぁ・・・』
と思うことはありますが、そう思うと同時に
『私には似合えへんかぁ・・・』
と、諦めているようです。
すぐに諦める癖がついているので、自分に似合う服装というのを知りません。
そしてまた、どんな服装をしたいかも分からなくなっていました(T−T)

しかし、このままでは華も咲く事も無く廃る一方の女で終わってしまう。
それは悲しいよぉ。このままじゃだめだ〜と、心機一転どうにか洋服に興味をもてないかと、
セルフカウンセリングをしてみました(^^;

私は、自分の体型がかなりコンプレックスです。
カウンセリングという仕事に関っているので、
コンプレックスを活かしてあげるのが、コンプレックスで無くなる一番の方法だというのは、
頭で分かるのですが、いざ、洋服屋さんで試着なんてしようものなら、コンプレックスをドッド〜ンと
目の当たりにする訳です。
そうすると、気分悪くなってしまします。
そして洋服の事を考えると、途方に暮れる。
洋服は、私を苦しめるものだと。

そして恥ずかしいから一人で買い物に行かなくていけないと、考えていた事に気づきました(☆0☆)

そう、誰の意見も聞かずに、独りで決めようとして独りで諦める。
悪い類の自己完結。
コンプレックスは自分で考えてそこを見ている限りは、上から見ても下から見ても360度どこから見ても
自分を苦しめるコンプレックスにしか見えないのです。
コンプレックスを活かすにも、コンプレックスにしか見えないので、活かしようがない。活かす頭が働かない。

・・・

なので、自己完結を手放す事にしました☆

そこで、つい最近ですが、ネットオークションを見ながら友人たちに、
「こんな服着たいけどどう思う?」
と、聞いてみました。
その後にやっぱり恥ずかしくなり
「でも、私にが似合わへんよな・・・。」
という、ネガティブな言葉が続いたのですが、
友人たちは、
「可愛いやん〜似合う似合う」
と、言ってくれたり、
「そうやな〜、服自体は可愛いけど、ちょっと違うな〜」
や、
「それはあかんわぁ〜」
と、意見をくれました。

なるほど。
これが人に助けを求める事なのかと。

そして、オークションで落とした洋服が届いて、友人たちに見てもらいました。

自分ではやはり恥ずかしく、
「なんかいまいちやんなぁ?」
なんて言ってしまうのですが、友人たちは
「やっぱり可愛いやん。似合う似合う」
「長けがちょっと短いから、下にこういうのはいたらいいよ」
と、アドバイスしてくれました。

ちょっと嬉しくて。

自己完結では得られない物ですよね。

次回は友人に付いて来ててもらって、街に出て洋服を買いに行こうかなという気になっています。
ということで、友達諸君、どうぞお付き合いくださいませm(__)m

皆さんも、何かしら自己完結して諦めている事は無いですか?
ちょっと、考えてみてくれたら嬉しいです☆


きのかずよのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2006年8月 5日

◇心の色

少し前から大人のための塗り絵と言うのが流行っていますね。
私も以前から気になっていたのですが、最近ブックフェアに行く機会があり、
塗り絵を入手することが出来ました。


ブックフェアは色んな出版社の本が出展されているのですが、絶版の本があっ
たり、割引価格で本が購入できたりするんです。

今回は、友人と一緒に「曼荼羅」の塗り絵を捜しに行ってきました。
以前カラーセラピーの勉強をしているときに、この種の曼荼羅の塗り絵を経験
したことがあったんです。

自分自身の奥に隠れている感覚を視覚的に見ることが出来るので、もっと様々
なものをやりたいと思っていたんです。少し前に、曼荼羅の塗り絵が出版され
ているのを見かけて、いつか買おうと思っていたので、この、ブックフェアは
好都合だったのです。


会場に着くと、予想以上の人ごみで、出版社別に会場が組まれているので、出
版社がわからないと目的の本を探しようがありません(笑)

気が向いた所をあちこちと回りながら、探したのですが、なかなか見当たりま
せん。しょうがないから、近くの書店で買おうかと諦めかけていたところ、発
見しました!!

そこの出版社の担当の方は非常に面白かったです。トークが。普通に客引きし
ている感じでしたよ。これも半額になるから一緒に買ったらどうですかとか。

実際に購入された方が送ってきた作品も見れたりして、参考になりました。
元々は同じ図柄でも、全然違うもののように感じるんですよね。不思議なんで
すけど。


こういうものはたくさんの人とやって、見せ合うのが良いんです!
と言うことで、友人と2人で塗る事にしました。
とりあえずは、一緒にやらずに、お互いに各自塗ってみる事にしました。意外
に時間かかるんですよね(^^;

でも、同じモチーフに色を塗るにしても、選択する色が全然違うんですよね。
でも、それぞれに出来上がったものが一番自分にしっくり来たりして。

塗り絵は心の色を反映してるんですよね。自分の好きな場所に、好きな色を塗
る。自分の心そのままに選択出来て主張できる物ですよね。個性が出ていれ場
出ているほど、良い。

大人になるとそんな機会も少なくなってしまうのかもしれませんね。

心の色を視覚的に見れる。これが楽しくて、ついついやってしまいます。
お店を見ていると、色鉛筆やクレヨンマジックなどに目が行ってしまう今日こ
の頃です。


渡辺 晴美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 10:15

2006年8月 1日

●果たせなかった約束

こんにちは、寺島です。

よくカウンセリングでは心変わりについての相談をお受けします。
浮気、不倫などは、その最たるものですが、
「ずっと愛してくれるって言ったのに、嘘つき!!」という嘆きを聞くと、
"あ〜、ホントにホントにがっかりされたんだなあ〜。
 すっごく喜んで期待していた分だけのがっかり感なんだなあ〜"
と、お気の毒になります。

この期待が裏切られて傷ついたという感覚は子供が、
「今度の日曜、遊園地連れていってくれるって言ったのに、嘘つき〜!!」
というのと同じがっかり感な訳ですが、事情はわかっていたとしても、
人間ですから、感情としては、寂しく思うのもしかたないよなぁ〜と思ったりします。
人によっては、極端なケースになれば、がっかりしたあまりに自殺を考える、
または、相手を殺してしまうという衝動にかられたりすると、
反応もいろいろですから、つくづく人間って不思議な生き物ですよね。

ところで、寺島自身は自分の約束を守ってもらえなかった場合に、
「ぷんぷん!!」とムカつきがちではありますが、
そういう時には、自分が過去果たせなかった約束を思い出すようにしてます。
しかし、これ、一旦思い出しはじめると、めちゃくちゃでてくるわ、でてくるわ・・・(^^;
あまりにも罪悪感を呼び起こすのもなんなんで、自己嫌悪に落ち込む前に、結果として、
「相手も完璧じゃないからな〜、私も果たせなかった約束がたくさんあるし〜、ま、許そ、許そ」
と思うようにしてます。

今回は一つ、いつも私の中で覚えている果せなかった約束を書きたいと思います。

私は29歳の時に初めて、正社員になったのですが、
そこで、とっても運命的な素晴らしい出会いがありました。
そのお相手は、総務で働いていたのですが、私を気に入って雇ってくださった、総務部長さんです。
この方は女性で、でも、女性でありながら、きっぷがよくて、強くて、優しい、姉後肌の方でした。
それまでの私は女性のリーダーや、上司というものを経験してことがありませんでした。
よくあるイメージとしては、テレビドラマなどの怖い女上司や、
若い子を虐めるお局様みたいなイメージしか持っていなかったのです。
けれども、彼女は優しい、部下を可愛がってくれる人で、
かつ、彼女は自分の主張を通すのに、男性の営業部長と怒鳴りあうくらい強い人でした。
旧来の日本の女性のこうあるべきとイメージとあまりにも違っていたのです。
私は女性にも自分というものがあり、自分で自分を面倒みられる力があって、
胸を張って生きられるのだということを、彼女から初めて教わりました。

さて、総務部で彼女は愛されてはいましたが、その一方で、営業部ではとっても恐れられていました。
会社の財布のひもを握る大蔵大臣さまであり、怖い監視役でもあった訳ですから、
立場的には恐れられてもしかない部分もありました。
営業さんは業績をあげる、利益をあげるために、少々の無茶をしてしまうところがありがちだったので、
総務・経理側ではそれをチェックする必要があり、無茶を際限なく許すわけにもいかないことがあります。
かといって、締め付けすぎると、全体のモチベーションをさげてしまうことになったりしますので、
それはどこにもでもみられる経営のジレンマであったと言えるでしょう。
今、振り返ると、総務部長と営業部長の衝突も必要なものだったとわかります。
そうして、皆をひっぱるリーダーの方たちの責任やプレッシャーは相当だったのでしょう。
なぜか、総務部長は私をお昼に連れていってくれて、
時々、一番下っ端の私にグチをたくさんこぼされていました。
あまりにも、立場が違う分、私に言いやすかったところもあったのかもしれません。


ところで、そんな総務部部長には、ぼけてしまったお母様がおり、
その介護の苦労話をよくされることがありました。
お仕事のプレッシャーには強い部長も、介護のプレッシャーは相当きつかったようです。

ある時、部長に、
「私もいつか母みたいにぼけてしまったら、その頃は会社を退職してても、
 それすら忘れて、また出社して、机に座ってしまうかもよ〜。そしたらどうする?」
と笑って質問されたことがありました。
その時、私は、
「大丈夫です。たぶん、私は若いからまだ働いてますから、ちゃんと隅に机を用意して、
 部長、お机はここですからね〜。ここで仕事してください〜って、座らせて面倒みますよ〜」
と笑って答えました。すると部長がにこにこされて、
「じゃあ、やっちゃんに任せて、安心ね〜」と微笑まれて、
その答えで、その場に一緒にいた同僚たちも、そうそうとうなづいて、大笑いしたのですが、
私は、半分冗談ながらも、部長が本気で自分の老後を心配されているんじゃないかな〜と、
ちらと思ったんですね。
なぜなら、以前に偶然一回だけ、私がただ老人ホームの話題にふれただけで、
「その話はやめてね!!」と、いきなり、厳しいお顔をされたことがあったからです。
いえ、それは厳しいお顔ではなく、その時の部長の表情は、本気で怯えていらっしゃってました。
営業に恐れられる、強いと思っていた方が見せた意外な一面だったので、
私にはものすごいインパクトがあり、それで覚えていたのです。
その時、上司もやっぱり1人の人間なんだな〜と思ったのも覚えています。

だから、私も部長のためにも、その会社で働き続けてあげたいな〜と思ってはいたのですが、
結局は、カウンセラーになりたいという夢をみつけてしまい、
私はその会社を部長よりも早くやめてしまうことになりました。
会社をやめる時に、何よりも先に、
"ああ、あの時の約束が果たせなくなってしまった・・・"と切なく思ったのを覚えてます。
部長ご自身はその時のことは忘れていらっしゃるし、
私の言葉を本気にあてにしていらしたとは思えないのですが、
なぜか私の方が勝手に覚えているんですよね〜。
私は彼女を尊敬してましたし、大好きでした。
会社をやめる数日前に、部長に大泣きして謝ってる夢をみて、目が覚めて、
一応部長とは赤の他人なんだけどな・・・と、自分でも、びっくりしたことがあります。
今はせめて、立派なカウンセラーになることで、
彼女が私に与えてくれたように、世の中にお返しができたらな〜と思ってます。

その後も、私は時々元気な姿をみせに会社に遊びにいきましたが、
いつも部長が笑顔で迎えてくださるので、嬉しく、はげまされてきました。
もう、部長も会社をおやめになっていますが、また彼女に経過報告しにいきたいと思ってます。


投稿者 csadmin : 12:00