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2005年1月31日

●『モネ−光の賛歌』展にて

私の好きなモネの作品を観に、「モネ−光の賛歌」展に行って来ました。
ここでは私のお気に入りの絵についてみなさんにお話したいと思います。

まず、「森の散歩道」はモネが17歳の時のデッサンです。
たくさんの木が並び、木のくぼみや、葉が生い茂っている様子がよくわかります。
光と影がきちんと描かれていて、さすがだと思いました。
考え事をするのによさそうな道だと思います。
春にはやわらかな木漏れ日、夏には力強い緑、秋には紅葉、冬には雪景色がとてもきれいだろうなあと想像しながら観ていました。

次に、「シャイイ近くの積みわら」は、モネが25歳の時の作品です。
朝焼けの光がやさしく輝いています。
この頃から積みわらを描いていたんだなあと嬉しくなりました。
絵は上から下へ、空の青→太陽の光りの黄色→雲の灰色→朝焼けのピンク→積みわらの茶色→建物の影の黒→草の緑・・・と色が変わり、風景の色彩を楽しむことができます。
自分自身がこの風景の中にたたずみ、朝焼けを見ているのをイメージすると、草の匂いや朝焼けの眩しさが感じられるような気がします。

「曇り空のアルジャントゥイユの橋」で描かれた橋から見える風景を描いたのが「橋から見たアルジャントゥイユの泊地」です。
私はよく絵の風景の中に自分がいるところをイメージして絵を楽しむのですが、角度を変えるとこんな風に見えるのかなあと想像したりもするので、このふたつの絵を観られてとても嬉しかったです。
いろんな角度から観ると、同じ物でも違って見え、いろんな楽しみ方ができます。

「プールヴィル税関吏の小屋・波立つ海」を観ていると、夏の強い日差しや暑さが伝わって来るような感じがします。
空が青く澄んでいるのはとてもきれいで、観ていると、心まで透きとおるような気がします。
波の音が聞こえきそうな絵です。
絵から季節を感じるのは私の楽しみでもあります。

「国会議事堂」と「国会議事堂、海カモメ」は、それぞれ霧でぼんやりと見える国会議事堂が描かれています。
ただ、「国会議事堂」の方がオレンジ色の光のようなものが描かれているので明るく感じます。
「国会議事堂、海カモメ」は、飛び交う海カモメがとてもきれいです。
このふたつの絵を観ていると、同じ場所でもこんなにも違って見えるのかと驚いてしまいます。

「睡蓮、水の光景」は、私がとても楽しみにしていた絵です。
新聞で観た時に、「なんてきれいなんだろう」と思いました。
それ以来、ずっと楽しみにしていました。
睡蓮の葉と水面に映る木の緑、水面の白、蓮の花のピンク、睡蓮の花の影を描いた青など、色使いがとてもきれいです。
疲れた時に観ると安らぎそうな絵です。

絵は、私の心に安らぎを与え、栄養を与えてくれる大切なものです。
私がこうやって絵を楽しむことができることを幸せに思います。
みなさんにも、幸せだと思える時間が訪れますように・・・。

上田 紘美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:24

2005年1月28日

◇韓流とロマンス

恥ずかしながら去年からずっと、母は韓流ブームにはまっています。

それまで倉庫の中に眠っていたビデオデッキをわざわざ取り出し、録画の仕方
を僕に何度も聞き、録画しつつもリアルタイムで見た上で、余韻を楽しむため
に次の日ビデオを再生するぐらいのはまりっぷりです。

よく見てるね、面白いんだ、などと声をかけると「こんなの茶番よ」とか、
「お遊戯会みたい」とかコメントをするのですが、その割には毎回必ず見てい
るようです。ひねくれもので恥ずかしがりやの母らしいなぁと、その度に思っ
たりします(笑)

そんな影響もあってか、たまたま友達が「猟奇的な彼女」のDVDを持ってい
たので、借りました(韓流ブームの前にあった作品ですけれども、韓国モノで
す)。これ、うちの近くのレンタルショップだと常に貸し出されていて、気に
なっていたんです。「猟奇的」という言葉の真意にも興味がありましたし。

正確な意味での「韓流」ではないのかもしれませんが、これを見て、なんで今
ブームが起きているのか、なんとなくわかったような気がしました。

韓流に対して僕が持った感想は「純粋さ」と「劇的なストーリー」かなぁ。
シチュエーションがとっても奇抜だと思います。
そんなこと起こるかっちゅーねん!とツッコミたくなるようなお話だったりす
るんですよね。でも、批判的な気分にはならない。むしろ微笑ましく思っちゃ
ったりしました。それは、登場人物達が純粋だからかなぁ、と思います。

そして、これらの要素ってロマンスに少なからず必要な要素なんですよね。

人を好きになるとか、恋をするとか、そういう気持ちって人にとって大切なの
だと思います。女性は恋をすると綺麗になるとよく言われますが、確かに雰囲
気は変わりますから。だとするならば、特に女性にとっては関心事であっても
おかしくありません。ヨン様フィーバーも起こって当然ってものです(笑)

その時ふと思いました。
・・・うちの母もロマンスモード??

おそるおそる聞いてみました。
「母ってヨン様ファンなわけ?」
「パク・ヨンハのほうが可愛いじゃない!」

あああ〜!
なんか体がかゆくなるようなコメントを聞いてしまったのでした〜!

高橋 大のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:55

2005年1月24日

●19歳だった

今日、この原稿の締切日(1/17)は、阪神淡路大震災から10年
締め切りに原稿をセコセコ書く私は、なんとも計画性が無いなぁぁ。。。と思いながら、あれからもう10年。まだ10年。
家の近所の商店街にはテレビカメラがいっぱい来てました。

去年の1年を表す漢字は「災」

日本だけでなく世界各地、天災に見舞われ、多くの犠牲が伴いましたね。

災害だけでなく、どんな出来事でも、その渦中にいる時、自分の感情に向き合うのは、そんなに簡単な事ではないと思います。
どれだけ頑張っても、どれだけ我慢しても、どれだけ悲しんでも、どれだけ怒っても、どれだけ嘆いても、本当の自分の感情は隠れてしまうことがあると思います。
しかも、隠れている感情があるということは、自分でも気づかない。

以下の文は、3年前の1/17に私の身におきた感覚を、友人にメールしたものです。

Date: 2002年1月17日(木) 午後10時20分
Subject: 無価値感のわけ。ちょっと分かった。

今朝6時30分頃、自転車でバイト先に向かう途中で、急に涙があふれてきた。
「また私ったら、誰かの感情を拾ったのかしら・・・」
なんてアホなこと考えていると、先の方から、何か神妙な音楽が聞こえてきた。
とたん、自分が情けなり、そして、計り知れない恐怖に襲われた。
住職の行列にも出くわした。

涙の原因は、他人のものではなかった。
7年前の自分の感覚。
7年間ずっと私のどこかに隠れてた隠してた恐怖と感情が、
今日になってひょこっと顔を出したのだ。
はっきり言って驚いた。自分がそんな事を感じていたとは。

「あ、気を抜いてしまった。」
そう感じても後の祭りだった。
その涙と恐怖感は、バイト先について笑おうとしても止まらなかった。
「きのさ〜ん、またフラレたんすか?」
くそムカツク、バイト仲間は笑いながら声をかけてくる。
「そうじゃ、慰めろ。」
という言葉とは裏腹に、声には力が入らない。

仕事までには、何とか涙は止まったが、これを書いている今も力は入らない。
気を抜くと、また涙が出そうだ。

そう、7年前の今日、私は、あの阪神大震災を体験した。
今日の今日まで、私は、幸せ者だ。とだけ考えてきた。
他の地域の人から震災の話を求められても、
「私なんて、まだ全然マシやし。。。」
これは本当の事。
そして、自分の体験を話したところで、下手に同情されるのも共感されるのも、
もっともっと悲惨な人達を、目の当たりにした私には、許されなかった。

私は本当にラッキーだった。
自分も家族も友人も命があったのだから。
さらに家の被害も大した事無かったのだから。
友人の中には、家族を亡くした人も家が燃え尽きた人もいる。
すぐそばでは、倒壊した瓦礫の中、勢い増す炎の中、
苦しみ命を落としていった人がいる。

そんな中で、どう見てもメチャメチャ幸せな私が、
恐怖と悲しみを感じなくてはいけないのか。。。

当時の記憶はまだ、所々抜け落ちている。

空が真っ黒な灰に覆われ、昼か夜か分からない時間が続き、
避難場所の小学校を、ここも燃えるかもしれないからと、
隣の小学校へと移動しながら、予備校生の私は、
「学校燃えたら、家も燃えるな。あ、入試どおなるんやろう?
いや、その前に願書は、どうやって出すの。一年、無駄になるかぁ。。。」
と、全く自分の事しか考えていない。
思い出すほど、なんて鬼畜生の私なんだ。

そんな私が、今日、恐がってる自分に出会い、そのあまりの恐怖に泣いた。
7年前の自分が、周りの人を見ずに、鬼畜生の自分の感情だけ見て泣いた。
今日、7年かかって初めて、「あー、私も恐かったんやぁ」って、気が付いた。

そして、気付くと同時に、自分の無力感、罪悪感、無価値感に襲われ、
恐怖と共に、私を押し潰そうとする。。。

昨日、ある人が
「きのちゃんは、いてくれるだけ、いいねんで。
きのちゃんの存在で、癒される人がいるんやで」
と言ってくれた。
嬉しかったが、素直に喜ぶ事は、出来なかった。

私は、何もしていないし、何も出来ない。
当時の私は、人の事なんて、さらさら考えようともしなかった。
ボランティアのボの字も頭に無かった。
今の私もそう。
そんな私が、いてくれるだけでいいとは、どういうことか?

私は何に対して怒っているのか?

答えは、自分で見つけるしかない。

・・・・・このことに気付いた今からなんだと。

☆  ★  ☆  ★

どうしてか、いま、自分の体験を語ろうと思いました。

本当に、まさか自分にこんな感情が眠っていたとは思いもしなかったです。
どうして、7年もかかったのでしょう?
しかもセラピーに関わり出してから、3年という結構な時間がかかって(^^;

多分、私は7年かかってやっと周りを信頼したんでしょうね。
そして、7年かかって自分を許してやりたいと思ったのでしょう。

自分の感情を開放できて、肩の力が抜けました。

皆さんにお願いしたいです。

どうか、自分を許してあげてください。
それを出きる時がすぐそこまで来ていますから。
災も幸になる力を持っています(^-^)

きの かずよ のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:01

2005年1月21日

◇眠れない夜を生きる 

親から「コーヒーを飲んだら夜眠れないよ」と子供の頃に言われ続けた言葉が
おまじないのようにしみついて、今も昼過ぎ以降に飲むとと決まってその夜は
眠れないんですね。
なんでこんなに眠れないの?というときも、1日を振り返るとその時間帯に
コーヒーを飲んでいたのを思い出すことがしばしばあります。
呪文の威力なのか単にカフェインに効きやすい体質なのか、よくわからない
ところもありますが(笑)

そんな眠れない夜は、考えることはやめて横になったまま“今”を感じてみる
ことを時々やってみたりします。
五感のうち視覚と聴覚を使うんですね。

まず見ること。
目を閉じたまま、目を凝らして見てみるんです。
つい薄目になってしまうのをこらえて見ます。

集中して見ていると、黒い背景に点滅フラッシュが出てきたあと青紫色のもや
がオーロラのように形を変えて浮かんできます。
それから、たくさんの星が散りばめられた宇宙の中を自分自身が高速で進んで
いて、星々の中をかきわけていくのが見えてきます。
ちょうどロケットの操縦席に座って見える景色のようで、つかの間の宇宙旅行
をしている気分になります。

Windowsに装備されているスクリーンセーバーがこれによく似ていて、
作った人は私と同じ体験を持つ人かなと思ったくらいなんですよ。
意識が宇宙とつながっているという言葉をどこかで見たことがありますが、
そうなのかも・・と勝手に納得しています。

もうひとつは聴くこと。
耳を澄まして、自分の心臓の音を聴いてみるんです。
そして、同時にゆったりした呼吸も感じてみます。
ただしこちらも慣れないとふたつ同時に聞くのは難しいかも。
心臓の音に気を奪われて、呼吸が乱れたりしますね。(笑)

心臓の音を聞いていると、ポンプとなって血液を体の隅々まで一生懸命に
送り込んでいるのが浮かんできて、思わず声援を送りたくなります。
そして、生きているんだなあ・・生かされているんだなあ・・
としみじみ思うのです。

夜は呼吸が緩やかになるものですが、自分の穏やかな呼吸を感じていると、
とても安心した気持ちになっていつの間にか眠っていることも多いです。
ゆっくりとしたリズムが眠りを誘うんでしょうね。

私たちが問題にはまっているとき、意識は
過去に行ったり(過去を悔やんだり、思い煩ったり)、
未来に飛んだり(先のことを心配したり、憂いたり)して、
“今”を感じることは難しいものです。

五感を使って意識的に“今”を感じる時間を作ることは、どれだけ自分が
過去や未来で過ごしているかを眺めるきっかけにもなるように思います。
過去や未来を生きる時間が長ければ長いほど生きている感じも少なくなる
のかもしれません。
過去は“今”の積み重ねであり、未来は“今”から創り出すものなんですね。

この目を閉じたまま何が見えるのかということに関して、他の人に尋ねたこと
はないのですが、どんなものが見えるのでしょう?
どこか共通している部分があるんでしょうか・・
年齢や性差は関係するのでしょうか・・
地域とか人種とかでも違うんでしょうか・・

考え出したら、また眠れない・・・(笑)


ながのひろみのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:50

2005年1月17日

●「 アなっ! 」〜心の耳〜

「 アなっ! 」??

すいません、実は 「電車」 のことなんです。
我が家の息子は、今 電車に夢中です。
男の子は、車派か電車派に分れるみたいなのですが、うちは電車です!
新幹線のおもちゃに、買ってもらったばかりのプラレール。
絵本も日本の特急電車だし、お菓子のおまけも全部電車。
部屋中「アなっ」だらけ。

今日も家族三人、神社の帰り道にちょうど踏み切りがありまして、
運良く? 踏み切りが閉まって電車が来たら一家は大騒ぎ!!

父 「あっ アなっ! アなっ来るわ アなっ!」
母 「ほら、あっちあっち、ほら、アなっ! アなっ! アなっ!」
息子「アなっ!(喜) アなっ! アなっ! アな〜〜〜〜!!!」
一家「アな〜〜〜〜〜〜〜〜」

ちょっとばかしの不安や、心配事なら、結構癒せますよ。
一度、電車を見たら「アな〜〜〜!」って、
手を振って見てください。・・心の中ででもOKです(笑)

うちの家族だけでしか意味が通じない「アなっ!」
他にもあるんです。  「アはっ!」

これは子供がもっと小さい頃、泣きやまない息子の注意を、
TVでごまかそうとした時、ちょうど天気予報だったので、
「ほら、晴れ晴れやってるよ、晴れ晴れってなってるでしょ」
以来うちの息子はTVで天気予報が流れるたびに駆け寄って、
「アはっ アはっ アはっ アはっ アはっ」って、
晴れのマークを指差します。

うちの家ではこんな変な言葉が、会話の大半を占めています。

妻と子供のコミュニケーションを見ていると、
言葉がない場合も少なくありません。
「んっんっんっ」これで妻は、お菓子が欲しいのか、
おもちゃを取って欲しいのか、ちゃんと見極めています。

時には、泣きわめくだけの息子に、
彼女は「心の耳」を働かせています。

泣きわめいてる = 怒ってる ⇒ 何かして欲しいことがある。

仕事仕事と、少し子育てをおろそかにしている僕は、
泣きやまぬ息子に悪戦苦闘して、
「もう、お父さん、何がして欲しいのかわからへん〜(泣)」と、
こちらが、泣けてきたり怒ってしまったりもしばしば、

だけど彼女は忍耐強く心の耳を、彼の心の声に傾けます。
何が欲しいのだろう? どうして欲しいのだろう? 
そして、言葉にならない ○○○して欲しい を聞き取ります。

そんな時、母のすごさにただただ感心してしまいます。
母というより、僕から見ると女性の才能の様にも感じます。
言葉にならない○○○して欲しいを聞き取る「 心の耳 」

時に大人の僕達も、○○○して欲しいを、
怒りや他の言葉で伝えてしまったりしてしまいます・・
「君のその無神経な態度が許せないんや(怒)」
「あなたとはやっぱり無理だと思う(怒)」
「わかった俺達じゃ別れるしかないやろう(怒)」

今、何か怒って口を聞かないだんなに困ってるあなた。
何を考えてるかわからないうちのだんなっと怒ってるあなた。
彼とケンカしてしまって、連絡もしてこない彼の。
怒ってばかりで、嫌で仕方ない上司の。
心の声に「心の耳」を傾けてみませんか?

・・・もちろん! 苦手苦手と言ってられません男性諸君!
・・・もちろん! 僕も!
「心の耳」養おうではありませんか!


※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年1月15日

◇「1995年1月17日」 

年が明けて、半月あまり立ちましたが、まだ正月気分が残っている今日この
頃です。

今回、コラムの担当になって何を書こうか、と思っていたら、発行日をみた
途端、内容が一発で決まりました。
表題でもおわかりになると思いますが、あと3日で、阪神・淡路大震災から
10年が経ちます。
この10年、自分にとってどんな10年だったのか、ふと思い出してみました。

10年前の私は、心理学の「し」の字も知らない普通のサラリーマンでした。
毎日普通に会社に行き、仕事をして、終わったらデートしたり、買い物し
たり、家に帰れば風呂に入って、テレビを見てそして眠る。
そんな当たり前の毎日を、ただ何となく過ごしていた気がします。

1995年1月17日。
その日は今でも鮮明に覚えています。
というより、一生忘れませんね。
あの時の揺れ、音、恐怖、不安、目の前でみた炎、街の風景、人々の姿。
普段は全く思い出せなくても、この間の新潟地震のようにテレビで速報が
入った途端、記憶は一気によみがえってきます。
以前はそれに耐えられなくて、でも見ないと不安が膨らむので、夜中中テレ
ビを見ていたりしました。

そこから先は、まるでそれまで生きてきた人生を何十倍にも濃縮したような
人生でしたね。
急性アルコール中毒で死にかかったり、婚約破棄したり(しかも3回)、仕
事で出向したり、入院もしましたね。

でも、そう悪いことばかりでもありませんでしたね。
地震で行方不明だった友人と再会したときは、本当にうれしかったですね。
そこで羽目を外して急性アルコール中毒になったんですけどね。
他にも、無事結婚もできたし、今ではこんな仕事もしています。
仕事も10年で出向も含めて4回変わってますし、結果としてこの仕事ができ
ている自分を見たとき、案外いい10年を過ごせたんじゃないかな、なんて思っ
たりします。

そんな中で、やっぱりいちばんうれしいのが、皆さんとの出会いです。
先日、数年ぶりにカウンセラー同期で一度やめていた仲間が再びカウンセ
ラーになるべく戻ってきたんですね。
そんな彼に自分の思いを伝えようと思ったとき、たった数年のことが次から
次へと溢れてきて、涙が止まらなくなりました。
彼も泣いていて、その姿を見て大笑いできたので、ちゃんと思いを伝えるこ
とはできましたけどね。

また、クライアントさんたちとの出会いもたくさんありました。
その中で一番大変だったのは、ローカル放送のテレビ番組で夫婦のカウンセ
リングをしてくれというのがあって、「30分で癒してください!」とディレ
クターにいわれたときはさすがに「それは無理!」って思いましたね。
それでも、当時は妻と夫婦でカウンセリングをしていましたので、何とか1
時間でまとめたときは本当に大変でした。

このときの裏話なんですが、「電話カウンセリングの様子を撮りたい」とい
うことでしたので、撮影したのですが、ただふりをするのでは面白くないの
で、ディレクターの方にクライアントをお願いしたんですね。
そして、このディレクターをカウンセリングしていったらカメラマンが笑っ
てるんですよ!
ちらっとディレクターの顔を見たら、もう血の気がなくなっていて、真っ青
なんですね。
ふりだけだったのにまじめにカウンセリングしてしまってたみたいで、心の
準備をしていなかったディレクターさんは、まさかそこまでとは思ってなかっ
たみたいで「もう勘弁してください!」と泣きそうな顔でいってました。
私のいったことに相当思い当たる節があったんでしょうねぇ。

あ、普段はそこまでしませんから大丈夫ですよ。

このような仕事をしていると、人が幸せになる瞬間、人が成長する瞬間を肌
で感じることができるのがすごく楽しいんですよ。
でも、これもあの1月17日がなかったら、私はこの世界に入ろうとは思わな
かったし、あの時の経験が実際今も生きています。

私にとって、この10年で得た最高の宝物、それは、皆さんとの出会いです。
仲間のカウンセラー達もそうだし、クライアントさんたちもそうです。

今年も、今まで以上にたくさんの出会いをしていきたいな。
たとえそれが一度きりであったとしても。

まだお会いしたことのない皆さんに。
そして、いつもお会いしている皆さんに。
たくさんの仲間に。
愛する妻に。

いつの日か、みんなにお会いできるのを楽しみにしています。

感謝!


投稿者 csadmin : 01:25

2005年1月10日

●幸せになろう!!

新年、あけましておめでとうございます。
本年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。

2005年1回目のコラムは、清水三季央が担当させていただきます。

今日、久しぶりに、日曜日のお休みをいただき、すごくよい天気の中、珍しくゆっくりとお家で過ごしました。
遊びに来ていた彼女と朝昼兼用の食事をし、「コラム何、書こうかなぁ」と思いつつ、フジテレビの「おそくおきた昼は」をだらだら見ながら、画面から伝わってくる身近な幸せ感みたいなものをぼんやりとながめていました。

あたたかい日差しが、心地よく、寝転んでいた布団のところに差し込んで、なんとも言えない気分で、まどろんでいました。

幸せなひとときです。

自然に、この日差しにも感謝の気持ちが湧いてきます。

彼女も近くにいましたから、彼女の存在や、今こうしていられることにも感謝の気持ちが湧いてきます。

昔、3〜4歳くらいの頃でしょうか、実家の縁側で、「チャイクロ」っていう学習絵本を祖母と母と、読んでいたときのことを思い出しました。それも同じような暖かい日差しの中でした。

小学生のとき、父が要らなくなったスプリング式のマットレスを庭に置いてくれたことがあったんですが、トランポリンのように、父も妹と一緒に、走りこんで回ったり、ジャンプして遊んだときも、すごくいい天気で、暖かい日差しの日曜日でした。

この思い出を与えてくれた、両親や祖母にも、自然に感謝の気持ちになります。

私は幸せだと感じていますが、客観的に見たら、たいしたことはしていないんですよね。だけど、こういう幸せって、幸せの中にいるときにその価値がわからず、見逃しがちで、失ってしまっても、失ったことに気づきにくく、取り戻そうとしても難しかったりするんです。だから、大切にしたいなって思うんです。またいつか忘れてしまうかもしれませんからね。

今、こうして、この幸せのありがたみや大切さがわかるようになっているのも、今までにたくさんの苦労や悲しみを体験したからなのかもしれません。幸せの図をお話しましたが、地獄絵図みたいなこともたくさん経験しましたし、その頃には、こんな幸せな思い出も忘れていましたからね。

今日、この幸せな昼寝から目覚めてすぐ、思ったんですよね。やっぱり幸せはいいなぁって・・・。いつもご相談をお受けしている、お客様や、読者のみなさんに、みなさんなりの幸せを体験してもらえたら、うれしいなぁと。いつも願っていることですが、より強く、そう思いました。

「幸せになろう!!!」

そんなお誘いをしたくなるような気持ちです。

弊社のサイトには、カウンセリングや心理学をつかって、みなさんを幸せに導くたくさんの方法が提案されていますし、たくさんのカウンセラーが、私と同じような思いで、みなさんをサポートしたいと思っています。

みなさんと同じ、辛い思いがある分、楽に、幸せになってほしいなという、人としての思いがあるからです。それはみなさんのご両親や家族やお友達、恋人も同じです。人である以上、仮に表面には出ていなくても、その心の奥には、人としての真心があるからです。

今日、私に、幸せな気分を思い出させてくれた、あの暖かい日差しのように、いつも、みなさんの幸せを願っている心です。

それは、あなたの心の中にもあります。今、見つからないとしても、心の奥に必ずあります。あなた自身を幸せにしたいと願う心、また、あなたの愛する誰かの幸せを願う心です。

こんな風に書くと、営業や勧誘のように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、みなさんのサポートをしてくれるのは、私たちのサイトやカウンセリングや心理学のジャンルだけではないと思いますよ。あらゆる、身のまわりの、人、物、サービスがみなさんの幸せを願っているはずです。

あなたの中にある、幸せになろうという気持ちを見つけること、それを強く思うこと、これがまず幸せになるための第1歩です。

2005年、どうぞ、みなさんもっともっと幸せになることに心を開いていただきたいと思います。

清水 三季央 のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:41