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2004年1月26日

●2人の母親

年末に自分の実家、そして年始は旦那さんの実家に帰りました。

どちらの両親も、私たちを手ぐすね引いて待ってます。
私の両親の方は、父が早くに他界したので母と妹と二人暮しです。妹は朝早く仕事に出かけ夜遅く帰るため、
母は日中ひとりぼっちになります。
彼の両親は、父親が脳梗塞で現在入院中。家でひとりで生活してるお母さんは毎日お見舞いに出かけてます。
私も彼の母親も、家でひとりぼっちな状態が多いということなんですよね。

だから電話すると長電話になります。話し相手が欲しいんだろうといつも思います。

そう思いながら実家に帰ると…。
お互いの母親からは弾丸のように次から次へと話が出てきてとどまることを知りません。
テレビ見ててもご飯を食べてても、容赦なく言葉は続きます。
そしてお互いの母親が同じことを言います。

「あんたらはたまーにしか来ないからわからないけど、大変なんよ」
「あんたらはいいわね。二人で何の苦労もなく好きに遊びに行ったり出来るんやから…」と…。

昔…。
私はこれを言われることがすごく嫌でした。まるで私たちが何も考えず遊びほうけているような
言い方。腹が立ってすぐ大喧嘩になっていました。だけど…。

わざわざ喧嘩するためにそんなことを言うんじゃない。
せっかく久しぶりに顔をあわせたのに、喧嘩腰になって楽しいわけがない。じゃあどうして…?

お母さんって寂しいんだ。
これしか理由がないんですよね。

仕事仕事で追われてて、母に愚痴るだけしか出来ない状態の妹に、自分の愚痴を出せない私の母。
病気の進行で、一言も話せないまでになってしまったお父さんの看病の為毎日病院に行き、何もすることがなく
むなしく家にひとりで帰ってひとりで寝る彼のお母さん。

どっちも今の状態が寂しくてひとりが悲しくて、それを私たちに分かってほしくてついこんな
言い方になってしまうんだろうなって、今回改めて思いました。

今年彼と帰郷したとき、母が私たちに
「あんたらはいつもお風呂あがり何もしないでしょう。だけど私はいつも最後だったら窓あけて、下も拭いてるのよ」
って言ったとき、私はむっとしてつい言ってしまいました。
「あんたらって何なの!? 彼はそんなこと来たばかりで知らないねんから私だけに怒ったらいいでしょう!」って。
だけど彼は言いました。
「僕は叱られたとき嬉しかったよ。ああ、自分もこの家族の一人として受け入れられてるから、
娘と同じレベルで叱ってくれたんだって。のりちゃんは僕のことを考えて怒ってくれたけど、僕はむしろ
嬉しかったんだよ」と…。

そういえば私も彼のお母さんに言われたことがあります。
「あんたらはたまーにしか来なくていいねぇ。こんな大変な私の毎日のこと知らないし…」って。
私はそんなとき「ごめんなさい星人+むかつく」でした。
だけどお母さんが私に気を遣って、他人様のように接してるとしたら、こんな言葉は出てこないかも知れません。
あたらずさわらずの表面上での会話だけで、彼のお母さんの本音やしんどさは私には分からなかったかも知れません。

…私の旦那様は偉大です。
彼が「娘と同じレベルで叱ってくれた」と言ってくれたとき、気づきました。
私の母は「いつも私は一生懸命頑張ってるのよ」って伝えたくて、それを分かって欲しくてつい言っちゃうんだって。
彼のお母さんは「こんなに大変なのよ。たまにしか来ないから、私がどれだけ辛いか分からないでしょう」って
私たちに言いたくて、それだけ自分を日ごろから見て欲しいんだろうなって思いました。

どちらの両親も今寂しくてたまらない状態。
それがすごく痛いほど伝わって来ました。そのため私は何が出来るんだろう。
そのことで今回彼に大泣きして沢山話し合いもしました。

彼は言います。
「今のままでいいやん。そう思うことが大事やろ?出来ることをやればいいやん。」

どんな状態でもそうですよね。出来ることを精一杯やって無理しないこと。
悪いから…。何もしないときが多いから…ではなく、やってあげたいから。してあげたいから。
見返りや期待じゃなく、ただお互いの両親の笑顔を見るために私たちができることを、
出来るときにしてあげればいい。

これからもお世話になる両親だからこそ大切にしたい。
それをすごく強く感じることが出来た、とてもいい年末年始を過ごせたと思っています。


小川のりこ

投稿者 csadmin : 11:05

2004年1月23日

◇受け取り上手養成ギブス

正月に実家に帰ったことです。
しばらく実家に帰っておらず考えてみると約半年振りの帰省でした。

実家に帰ると母がいつも、僕の好きな食べ物を用意してくれています。
久しぶりに息子が帰ってくるのが嬉しいんでしょうね。

そして、嬉しそうに食事をだしてくれる母親を見ると、何歳になっても
母親の中にはお腹を痛めて産んだ子供だという気持ちがあるんだろうな
と思います。

もう、おっさんと呼ばれてもいいような歳になってるんですが、
母親的には、どっかで昔と同じ子供のままの感覚があるんでしょうね。
「これも食べ、あれも食べ」と言う母を見ると、
そんなに、かまわんでも勝手に食べるからいいよと思うこともあります
が、まぁ、嬉しいそうにしてくれるからいいかと思います。

そんな我が家の料理のことなんですが・・・

僕は茶碗蒸が好きなんですね、前に一度帰省した時に、
「茶碗蒸し美味しいねぇー、大好きやわー。」
と言ったことがあったんですね。

それから半年後に帰省した時のことです。
帰省すると母が茶碗蒸しを作ってくれてました。
しかし茶碗蒸しの器は茶碗ではなく、丼でした。

巨大茶碗蒸し・・・

「どうしたん、これ?」
少し動揺しながら母に質問すると・・・
「好きって言ったやろ。」の一言が返ってきました。

好きなんだけど・・・やりすぎ・・・・。。。
そう、突っ込みたい気持ちが喉まででかけましたが、母の僕を喜ばした
い一心でしたことを考えるとそれは言えません。
僕は心の中で、『受け取ろう受け取ろう・・・』と念仏のように唱えて
ました。


また別の時のことです。
「カニ美味しいね、彼女がカニ、エビ、貝って苦手やからあんまり食べ
 へんねん。久しぶりやわー」
と言ったことがありました。
「そう、買ってきといて良かったわーいっぱい食べとき」
そんな会話がありました。

それから半年後・・・・

実家に帰ると
カニ、エビ、ホタテを使ってのお鍋の用意がしてました。
「今日は、いとこの○○ちゃんもくるから。」
そう言う母の言葉を聞いて僕はこう思いました。

『お母さん+僕+従兄弟=3人やよなー、でもこの材料6人前以上は、
 あるんですけど・・・やりすぎなのでは・・・。』
つっこみたい気持ちは、唇の手前まで出てきましたが、
母の僕を喜ばしたい一心でしたことを考えるとそれは言えません。

またもや、心の中で、『受け取ろう受け取ろう・・・』と念仏のように
唱えることにしました。

母といると『受け取ろう受け取ろう・・・』と念仏のように唱えること
が多いんですよね。
そう考えると、僕の母は、僕を受け取り上手にする為の養成ギブスみた
いなものかもしれません。

皆さんの周りにも母、父、パートナー等、受け取り上手養成ギブスにな
る人がいるかもしれませんね。

僕は、そんな母に感謝したいと思います。

by 原裕輝

投稿者 csadmin : 11:05

2004年1月19日

●今、ここに居る不思議

年末年始はショコラを連れて実家に帰りました。
昼間はけっこう時間を持て余していたので普段なかなかできないお散歩をしながら、懐かしい故郷の町を歩いていました。
僕が田舎を離れて10数年が経つんですけど、当たり前のように近所の景色が変わっていまして、少し離れると僕の頭の中の記憶と現実が一致せずに混乱してきました。
「あれ?こんなところにこんな建物あったっけなあ?」
「昔はここ畑だったんじゃなかったっけ?家が建ってるんやなあ」
「この道を行くと確か郵便局のところに出るんだけど、こんなに家があったかなあ?」
そんな中、変わらぬ光景もやっぱりあったりしてほっとしますね。

それに加えて行き交う車(うちの田舎は車社会なもので人はあんまり歩いてませんでした。お正月ってこともあるでしょうけど)を見やって、同級生が乗ってるんじゃないか?なんて思ってみたり。

そんな風に大阪ではめったにしない長距離お散歩を楽しんでいると、ふと不思議な感覚に見舞われました。
この町で育った人間が、今は大阪でカウンセリングなんかをやって、本まで出してるんだよなあ・・・。
そんな確率ってどれくらいなんやろう?と。

もともと僕は理系で、大学では統計や確率論なんかもやっていた(けど、もう忘れた^^;)のでそんな発想になるんでしょうけど、天文学的な数字になることは間違いないですよね。

そう考えると、僕が、今、ここに、居ることが奇跡的なことのように思えるんです。

この感覚はカウンセリングでお会いする人に対してもよく感じていたものでした。
東京や名古屋に出張したりすると、その町に住んでいる人、働いている人に出会います。

滞在先のホテルで荷物を運んでくれたり、僕のわがままを聞いてくれるベルキャプテンの方。
フロントでお勧めしてもらったお店を切り盛りしている老夫婦。
たまたま入ったコンビニで、丁寧に応対してくれるアルバイトのお兄さんや留学生っぽいお姉さん。
手を挙げてたら止まってくれたタクシーの運転手さん。
講座の打ち上げで隣に座ってくれたお客さま。
そして、カウンセリングルームまで足を運んでくださるお客さま。

どうしてあなたはこの町に住んでいるの?
どうしてここに勤めてるの?
どうして今日僕と出会ったの?

・・・女の子を口説いてるみたいですけど・・・(苦笑)

とっても不思議な縁と、僕がそこにいる不思議さをまざまざと感じるんです。
これを考え出すともう止まりません。
震えてくるくらい怖くなるんです。

昔々、僕がまだ小学生だった頃、親に連れて行ってもらったフィールドアスレチックで、たまたま同じ学年の男の子と知り合いました。
アスレチックはだいたい40分ほどあれば回れるものなんですけど、彼と一緒にわいわい騒ぎながら楽しく一つ一つクリアしていきました。
でも、その途中から僕の中に「この子とはもしかしたら、もう一生会うことはないかもしれないんだよな・・・。だったら、何で今日ここで一緒になったんだろう?」なんてことを考え始めたらとても怖く、悲しくなったことがありました。
もちろん、連絡先を聞いて手紙をやり取りしたり、友達としてやっていくこともやろうと思えばやれたんだと思うんですけど。

ちょうど“死”って何だろう?って考え始めた思春期の初めの頃だったと思います。
だから、ひとつの出会いと別れに繊細になってたのかもしれません。
でも、それ以来、その経験を思い出すたびに顔も名前も覚えていないその男の子は今頃どうしてるんだろうなあ?なんて考え、そして、今目の前にいる人がどうして目の前にいるのか?なんて考えたりするようになってしまいました。

目の前から犬を連れて歩いてくるおじさん、どうして今日ここで出会ったんだろう?
もちろん、知らない人。
「こんにちわ」と挨拶してすれ違うだけで一生もう会うこともないかもしれない相手。
もしさっき僕が迷った挙句別の道を選んでいたら、きっと出会わなかっただろう相手。
どんな意味があるんだろう?
いや、本当は意味なんてなんも無いのかも知れません。
でも、それを考え始めたら・・・怖いけど、面白くてはまってしまいます。
謎解きしたくなって、そのおじさんに声をかけて、インタビューしたい誘惑に駆られるんです。

あなたはどうして今日ここを歩いているんですか?
この町に住むきっかけは?
何をして生活してるの?
奥さんはどんな人?
どこで知り合って、どんなプロポーズをしたの?
お子さんは何人?
みんな、今はどうしてるの?
ご両親はどんな人?
どこで知り合ったの?

でも、そんなことをしたら怪しい人だと思われるに決まってるので、僕は無表情を装って「こんにちわ」と言ってすれ違うんです。

そう思えば、お付き合いする異性、友人、家族なんてどれくらい深い縁があるものなんでしょう。
カルマがある、とか、前世も縁があった、とか言われても「あやしー」とか言いながら十分納得できてしまいそうです。

ソファで映画を見てる妻とはどんな深い深い縁があったんだろう?
そのお腹の中にいる赤ちゃんとは?
その横で甘えて寝そべってるショコラとは?

考え始めると怖くて笑えて来そうです。

カウンセリングルームにいらっしゃるお客さま。
今、このホームページを見てくださっている方。
この業界では大手ですけど、インターネット全体から見ればまだまだマイナーなうちのホームページを見つけて下さったんですよね。
どんな縁があるんでしょう。
その不思議な縁がたまらなく心に訴えかけてきます。
だから、僕が今ここに居られることを深く感謝せざるを得ません。
何に、かは分からないけれど。

一期一会。
僕がカウンセリングで出会うお客さまにいつも思う言葉です。
出会えるだけでものすごいこと、ですから。

根本裕幸

投稿者 csadmin : 11:04

2004年1月12日

●陽だまり

 まだ、春の陽射しとはほど遠い控えめな光が枝からこぼれています。そして時折吹く風はまだまだ冷たく、身を切るように感じることさえあります。ぴゅうーっと字で書けるような音を感じたりもします。背中を丸めて、両手に息をかけて自分の体の温かさを感じることもあります。町の色も、心なしかくすんでいるよう・・・。すれ違う人もみんな肩をすぼめて、両手をポケットに入れ、うつむきがち。乾いた足音。体が、春を心待ちにしている、そんな感じ。
 
 自分の生活や社会の中で厳しい風にさらされ、身を切るようなほとんど痛みのような冷たさに触れたとき、こんな風に人は心を閉ざしてしまいます。「寒いと思うから寒い、痛いと思うから痛い」なんていう論法を持っている方も世の中には少なくないかもしれないんだけど、私はこう思います。「痛いもんはやっぱり痛いのっ」
 
 (心の)痛みの中に入りましょう。そんな風に言うことはあります。でもね、その痛みが怖いか入られないんですよね。そうでなければ、痛みにさえ気づいていないのかもしれません。だとするといくら痛みに向き合いましょう、入ってみましょう、と言われてもそれはできない相談だ、と感じてしまいますね。だって、この感覚を「痛み」だとは思っていないわけですから。
 
 私は、歯医者さんには本当に切羽詰ったときにしか行かないタイプの人間なんです(笑)。しかも歯の質がよくなくて、虫歯のできやすい体質らしいのに、です。ほんまに「痛いっ!!」と感じ、さらにご飯が食べられない、眠れない、となっても痛み止めを使って(しかもよく効くのを知ってたりする)なんとかしのいだりして。

 実は今、歯の治療中なんです。そう、切羽詰ってしまったんです。ところが、私は行くとなれば結構平気なんですね。いわゆる、腹を括ると言う状態でしょうか。まあ、何も歯医者に行くのにいちいち腹を括らなくても、と言う話もありますが。最近気づいたのですが、私は痛みに鈍いらしいんですね。いや、痛いのは痛いんだけど、「我慢できる」と感じてしまうらしいんです。行きつけの歯医者さんは、こんな私にとっても優しいんです。多分たいていの人が痛がるような治療でも痛がらないらしい(こういうのを我慢してると言う?)ので、私が「痛い」顔をしようものならすぐに手を止めてくれるし、「痛かったら予約なしでも来てくださいね。」という一言を添えてくれるのですが、ももちろんよほどでない限り行くことはありません(別に自慢じゃありません、念のため)。今までに一度だけそんなことがあったときには、もう、至れり尽せり、でした。(歯医者さんの至れり尽せりっていったいどんなん?と言う話もありますが。)この先生も、自分の痛みには触れるのがいやな方なのかもしれません。それが体の痛みか、心の痛みなのかはもちろん知ることはできないですが。
 
 遡ってみると、私は子供のころに大怪我をしているんですね、どうもこれが鍵のようです。痛い、と私が言うときっと母が悲しんだのじゃないかな?と思います。今も母の涙は苦手です。困り果ててしまう感じがします。といっても今までに3回しか見た記憶がないんです、母は数知れず涙を流したことでしょうけれど。その3回というのは、母自身の手術のとき、父が死んだとき、そして私が離婚を決意したとき。最後の母の涙はこたえました。母が自分のせいでこうなった、と思っていることを言いながら見る間に目を真っ赤に腫らしていくんです。あんなに母が泣いたのは、自分の手術よりも父の死よりも、この時でした。びっくりしました。でも、今思うと、母があの時自分がずっと抱えていた痛みを私に見せてくれたおかげで、前に進むことができたと思います。
 
 …と、話がすごく飛躍しているようですが、これはこのコラムを使って私が自分の痛みに入ると言うことをしてみたんです。日常的なことにこんな痛みや悲しみはまるでないかのようか、あたりまえすぎて痛いとすら感じていないことが私たちにはあまりにも多いのかもしれません。誰かが自分の痛みにそっと触れてくれたとき、痛みを痛みとして認識することから始まることがあるんですね、私の場合、母の涙であったわけですが。もちろん母の涙だけでなく、友人や私の身のまわりの人のちょっとした温かさが、自分が傷んでいることにさえ気づかないでいる私に痛みを感じさせてくれたように思っています。自分の痛みに向き合う機会は、新しい自分に出会える機会かもしれません。自分の痛みを感じること、入っていくことは怖いかも知れませんがそこにはすばらしいギフトが待っているような気がします。そして、痛みと向き合えたら次は誰かの痛みを優しく包んであげられる人に、あなたがなれるのではないでしょうか。

 それはまるで、コートの襟を立てて肩をすぼめて歩く人に優しく降り注ぐ、ちょっとした木漏れ陽や、陽だまりのようなさりげないやわらかさ、温かさかもしれません。見回してみると、あなたの周りやあなた自身の中にも、そんな優しさがたくさんあるかも知れません。気づいていますか?いや、もしかしたら…あまりにもあたりまえでささやかで、気づかないくらいにそっとあなたを包んでくれているかも知れませんね。
 
中村ともみ  

投稿者 csadmin : 11:03