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2003年8月29日

◇愛について

失恋ですごく傷ついた日本の女の子がセラピーを受けているドキュメントを
見ました。
そのセラピーはアメリカ人のセラピストがセラピーを行い、
ドイツ人の男性が助手として、セラピーのお手伝いをしていました。

その助手のドイツ人の男性が、日本人の女の子を暖かな目で見守り、
その女の子を一所懸命サポートしている姿が僕の印象にすごく残りました。

人種や、国は違うけど癒しの力になりたい、助けになりたい、気持ちをわかって
あげたいという気持ちは一緒なんだろうなという印象を受けました。
人を思いやると気持ちや、愛は世界共通なんだろうなと思いました。

テレビ等をを見ていると、
裕福な国で裕福に育っている子供たちをみることもあれば、
戦争や、貧しさで苦しんでいる子供たちも見ます。
まったく違う環境で育っているし、幸せの定義も少しずつ変わってくると
思います。
でも、唯ひとつ変わらぬ共通点があるとすれば、
誰もが愛を必要としているんだろうなと思います。
どこの国の、どんな世界の人も愛を必要としているし、
そして愛が人を癒すんだろうなと思います。

すごく落ち込んだ時、傷ついた時、孤独な時などは、とても嫌な気持ちになり
ます。真っ暗なトンネルの中に一人いるような気分になるかもしれません。
でも一人じゃないんだと誰かの愛を感じることができた時、
その愛はトンネルに一筋の光が差し込んできたように感じれると思います。

病気で不安な時、付き添ってくれる人がいた時は不安は安心に変わっていくで
しょう。
ケガで落ち込んでいる時、慰めてくれる人がいた時、この落ち込みから抜ける
きっかけになることがあるでしょう。
一人暮らしをし始めたばかりで不安な時、気遣ってくれる友達や、親の愛を感じ
た時に不安な気持ちだったのが、がんばる気持ちに変わるかもしれません。

僕は人を思いやる気持ちや愛が人を癒すんだろうなと思います。
24時間テレビじゃないけど、『愛は世界を癒す』ドキュメントをみてそんな
気持ちになりました。


by 原裕輝

投稿者 csadmin : 10:32

2003年8月26日

●おかぁちゃん

先日、買い物帰りに家の近くの公園を通りがかると、4,5歳くらいの女の子がたった一人でブランコに乗っているのを見かけました。
夕方の5時ごろだったのですが、天気が悪いせいか他に人が誰もいず、なんとなくその子が気になって私も隣のブランコに腰をかけました。
「一人で遊んでるの?」と声をかけると返事なし。
「お母さんは?」と尋ねると、少し間をおいて「おしごと。。」ととっても小さな声で返事をしてくれました。
その女の子の横顔を見ていると、ふっと自分の子供の頃の記憶が鮮明に蘇ってきました。

私が子供の頃、母は仕事を持っていたので、私はカギっ子でした。
夏休みになると、おやつの時間に遊んでいた友達が、お母さんに呼ばれてそれぞれ一旦家に帰っていきます。
その間いつも私はブランコに乗って、みんなが戻ってくるのを待っていました。
友達のお母さんが「一緒にうちにきておやつ食べようよ」と声をかけてくれても、私は絶対に「おやつ欲しくないから。。」と言って断っていました。

女の子を見ながら、何であの頃かたくなにおやつの誘いを断っていたんだろ〜〜とふっと考えたときに、その時の感覚が蘇ってきました。
あの頃の私は、他のうちでおやつを貰ったら、母親を裏切ってしまう。かわいそうな子と思われたら、母親がよそのおばちゃんに悪く思われるんじゃないかなって、小さな心で懸命に母親をかばっていたのですね。

その後、私は成長過程の中で、長い間母親に反発し続けていました。
「お母さんなんか大嫌い!」と思い込もうとしていた時期もありました。
このブランコの記憶も、ほったらかしにされていて傷ついた記憶として塗り替えてしまっていたけど、真実はそうではなかったようです。
本当は、私は母のことが大好きだったのです。
だから母のことを悪く思われることが、何よりも嫌なことだったんですね。
たぶん、世界で一番大好きで大切な人だったことを思い出しました。
ブランコに乗りながら、私のハートはとっても暖かい感覚でいっぱいになりました。

女の子に「お母さんが大好き?」と聞くとニコニコしながら大きくうなずいてくれました。

私の母は現在遠方に住んでいるため年に1,2回しか会えないのですが、急に母がいとおしく、恋しく感じて、「なんかお母さんに会いたいわぁ〜」と電話を入れると、「あんたがそんなん言うのめずらしい・・」と言って、さっそく大阪まで会いにきてくれました。(母の行動力にはいつも目が点になるのです)
やれ洋服を買ってくれたり、食べ物を買いあさってくれたり、とんだはりきりぶりで、「そんなんいいのに〜」というと、「お母さんはうれしいんやから。もっと甘えなさいよ!」と怒ったような照れたような表現の仕方でした。
無意識で母親とずーっと競争していた私が、今この歳になって、ただおかあちゃんが大好きだった頃の私の感覚に戻ってきているようです。

私は幼稚園を卒園するまで母のことを「おかぁちゃん」と呼んでいました。
そして今また、私の中で「お母さん」が「おかぁちゃん」に変わりつつあります。
愛し、愛されている関係。
母娘だからあたり前のことだという思考と、そのことを感情として心が反応するのには、随分長い年月がかかりました。
愛されていることは知っていました。
でも、こんなに自分が愛していたことをすっかり忘れていたんですね。

ブランコでの女の子との10分程の時間に中で、母との究極の繋がりを取り戻させてくれたような気がします。
癒しってホントに日常にいっぱいころがってるんやわぁ〜と実感したある日の出来事でした!

山本 真規子

投稿者 csadmin : 10:31

2003年8月19日

●無邪気で素直な・・・

仕事や買い物で家を空けるとき、僕はちょっとした罪悪感を感じながら玄関のドアを締めているんです。
なぜかというと、そのドアの向こう側には愛犬・ショコラがじっとこっちを見ているから。
首をかしげて「行っちゃうの?」とか言わんばかりに。

自宅にいても仕事をしていることが多くて、一人で遊んでいたり、眠っていたりしながら、奴は僕らの手が空くのをずっと待っています。
僕がちょっとテーブルの椅子をずらして立ち上がろうものなら、尻尾を振りながら後をついてまわります。
お気に入りのおもちゃを加えて「遊ぼうよー」といわんばかりに近づいてきます。

申し訳ないなあ、と思うあまり、補償行為的に遊んでしまうこともあります。
でも、そういうときでもショコラは夢中になって楽しんでます。

最近は言葉も覚えて、「散歩しよっか?」といえば、お尻を振って嬉しそうに飛び回ります。
「お仕事で出かけてくるからお留守番していてね」と言えば、部屋の隅のいつものポジションに行って、じっとお座りして付いてこようとはしません。

ああ、なんて健気なんだろうな・・・と感じるたびに胸が痛むような気持ちがします。
そりゃあ、仕事ってのは、あんたの餌代やおもちゃ代を稼ぐって目的もあるけどさ・・・。

うちのショコラは犬は苦手だけれど、人間が大好きで、うちのよく遊びにくる人の名前も覚えていたりします。
「おかあが来るよ」といえば、それだけで狂喜乱舞します。
「まっこが来るよ」といえば、興奮しながら、尻尾を振ってドアの前で待ってます。
「げんぞうが来るよ」といえば、おしっこをちびる勢いで駆け回ってます。
「はらっちが来るよ」といえば、部屋をぐるぐる回って歓迎の儀式を始めます。

玄関のチャイムが鳴れば、期待一杯の目をしながら我先に飛び出して行かんばかりです。

そして、僕らが外出している間はリビングのドアの前で、丸くなって眠りながらずっと待っているようです。
時に催したおしっこやうんちもちゃんと所定の場所で済ませながら。

そして、僕がドアをあけると、リビングのドアの向こうから「はっ」としてお座りをして、伸びをして、尻尾を振るショコラが見えるんです。
そして、待たせた時間が長いほど、歓迎の儀式もまた長く、あちこちを飛び跳ねながら、きゅんきゅん鳴きながら大歓迎してくれます。

仕事のスケジュールによっては朝早くから出かけて、帰宅が深夜に及ぶことも少なくありません。
“飲み”や“カラオケ”が入れば、早朝になることだってあります。
そんな時間にショコラは何しているんだろう?とか思ってしまうと、もうやるせない気持ちで一杯になって、罪悪感を感じてしまいます・・・。

ただ、僕も一度出かけてしまえば気持ちの切り替えも出来るようで、それはそれ、という風に振舞えるから不思議なものです。

そして、どんなに帰りが遅くなっても、ちゃんと待っててくれるんですよね。
イライラして部屋中を荒らすことも滅多になくなりました。

リビングに入るとドアのすぐ前の床が、あったかーくなっているのが感じられます。
こいつ何時間ここで待ってたんだろうな・・・と思うと、とてもかわいそうな気持ちすらしてしまうんですよね。。。

最近、妻が妊娠して体調が不安定なので、実家に帰っていることが多く、ショコラとの二人暮しが続いています。
あまり一人で放っておくのがかわいそうなので、妻には内緒で一緒のベッドで寝てたりするんですよね。

ああ、ばっちり癒着してますね・・・。

反抗するときも、ショコラは賢く反抗します。
妻に怒ってるときは、リビングの妻がいつも座ってる椅子の側におしっこします。
僕に怒ってるときは、リビングの僕の椅子の側か、仕事部屋の真ん中におしっこします。
粗相をした時はちゃんと首根っこひっ捕まえて叱るんですね。
その時は神妙な面持ちで従うんですけど、手を離すとまた元気に「遊んでー」と擦り寄ってきます。

・・・なんてこいつは素直なんだ・・・。

でも、あるとき妻とこんな話をしたんです。
まだ子どもがお腹に入る前。
一緒に仕事をしていた頃の話。

妻:「もし、あたしが裕幸にこんなに長いこと放って置かれたら、あんな風に振舞えないと思うんだよね・・・。ふてくされて引きこもって冷たい視線をいっぱい投げかけながら、ベッドで丸くなってるわ」

僕:「確かに・・・。(その時のシーンがありありと目に浮かんで)うわー背筋が寒くなるなあ(苦笑)。ショコラは偉いなあ」
妻:「ねえ、ショコラは偉いよね」

どんなに遅い時間でも歓迎してくれて、さっきまで眠っていた目をこするように伸びをしながら、一緒に遊ぶことを期待して待ってます。
僕らがへとへとに疲れていてもそれはお構い無しに、お気に入りのぬいぐるみを咥えて持ってきます。
「ねえ、あそぼーよ」と。

苦笑いして、適当に調子を合わせるだけの時もあります。
酒に酔っ払ってるときなどは特に。
でも、ショコラは大喜びです。

仕事の合間にちょっと休憩程度のつもりで遊んであげることもあります。
ほんの数分。
でも、ショコラは大喜びです。

散歩に行こっか?って、これも僕の気分次第で、朝だったり、真昼だったり、夕方だったり、夜中だったり。
でも、ショコラはとっても喜んでお尻を振って、道路に飛び出したり、あっち行ったり、こっち行ったり、挙動不審になりながら跳ね回っています。
とても楽しそうに、とても嬉しそうに。

なんで、こいつこんなに素直なんだろう?
なんで、こいつこんなに無邪気なんだろう?

罪悪感いっぱい感じる一方で、かけがえのない何かをたくさんもらってます。

そんな僕の姿を見た友人がぼそっと言いました。
「ショコに対してそんなやったら、子ども産まれたら目も当てられんやろなあ・・・」と。

まあ、それはその時で。

今こうして原稿を書いているとき、ショコラは床に横たわって丸くなってます。
ショコラの方を振り返ると、時々、寝たまま目だけを動かして僕の目を見ます。
「まだ仕事してんのー?」てな風に。

それでも、ちょっと立ち上がって近づいていけば、きっと尻尾ふりふり、嬉しそうな顔して伸びしてくれることでしょう。

これは信頼ってことで。


根本裕幸

chocola2.jpg←「遊んでくれる?」のショコラ

投稿者 csadmin : 10:30

2003年8月15日

◇富士山とジンクス

最近は出張の移動中や滞在先のホテルで原稿を書くことが多いんです。
なんか、ビジネスマンって感じですけど(笑)
この記事も東京からの帰りの車中にてしたためてます。

大阪に戻る新幹線の車中にて、雲に覆われた富士山を見ながら、
「最近、東京来ること多いのにキレイな富士山見たことないなあ」と
思いながら、かつて受験生だった頃のジンクスを思い出しました。

「東京の大学を受けに上京する時に富士山がきれいに見えたら落ちる」って。
僕は関西地区の大学を志望してたので、キレイな富士山を見て
「おぉー、キレイだー」と思いながらもちょっと心に引っかかる程度でしたが、
東京の大学を志望してた友人はけっこう必死でした。
あるとき、彼と東京の宿泊先であって食事しているときに
「キレイな富士山だった・・・。明日ダメかも・・・」なんて。
そう思ってしまった彼は、意気消沈しながら受験して、ジンクス通り落ちて
しまいました。

まあ、そうですよね・・・。
「ダメだ・・・」って思ったことって、大抵がその予言どおりにダメに
なっちゃうものですから・・・。

冬の太平洋側って晴れの日が多いですから、富士山がきれいに見える確率って
めちゃくちゃ高いんですよね。
僕の実家は静岡県でも西の方なのですが、冬だと富士山が小さいながらも
キレイに見えるんですが、夏はほとんど見えないんですね。
だから、受験生を陥れるためのジンクスなんだろうなあ・・・とか思いつつも、
けっこう僕も信じ込んでいました。
実際に、雲に隠れた富士山を見たときは合格しましたし。

その後、就職活動で面接のために上京したり、サラリーマンになって
大阪から東京へ出張するときも、富士山を見るのは楽しみでもあり、
ちょっと不安でもありました。
「キレイに見えたら、この出張、しんどいことあるんちゃうやろか?」
なんて(笑)

出張族だった時期もあって、キレイな富士山もたくさん見たんですけど、
早朝に移動して、夜戻ることが多かったですから、行きは眠って、
帰りは真っ暗で、結局良く見えなかったことが多いかもしれません。
ちょうど富士山辺りを通過する頃って熟睡してることが多いんですよ。

そういうわけで、「東京出張のときに、まだキレイな富士山にお目に
かかったことは無いので、成功してるのかなあ・・・」なんて、受験生の
ジンクスを今に引きずってます。
ま、キレイに見えたときの出張も大成功に終わったサラリーマン時代も
ありますので、今はキレイに見れたら「やったー!うわー、キレイやなあ」
と思って楽しみ、雲に隠れていたら「今回の出張も大丈夫だ!」とか
思ってます。

・・・ま、最近ではジンクスを気にするってよりも、キレイな富士山が
好きで、見えなかったときのジンクスに「仕事がうまくいく」なんて風に
解釈してるのかもしれません。
なんせ、指定席を取る時にE席が予約できたら、それだけで嬉しくて、
富士山キレイに見えないかな〜とわくわくしちゃいますから。

皆さんにはどんなジンクスがあるんでしょうか?
それを逆手に取るもよし、楽しみにするもより、色んな使い方がありますね。

ってこの原稿を書き終えたとき、ちょうど生まれ故郷を過ぎて、
今は浜名湖の辺りを通過中です。
今日はとてもいい天気で、浜名湖がとてもきれいに見えます。


by 根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:29

2003年8月12日

●無力感を抜けて思うこと

カウンセラーになる為の勉強をしていた時に、その当時の先生から

「医者、看護婦、カウンセラー等の職業の人は、人の役にたちたい、
 何とか助けになりたいという気持ちでいっぱいな人が多い。
 だから、100人のクライアントのうち
 99人助けたとしても、残りの1人を助けられなかった時に、
 すごい無力感を感じてしまいつぶれてしまうカウンセラーも多い。
 でも、その無力にとらわれてしまったら次の100人を見捨ててしまうことになる、
 だからこの仕事は、無力感との戦いになるよ。」

と教えてもらいました。

僕は落ち込みやすいほうなので、カウンセラーになってやっていけるだろうかと考えたことがあります。
(人からは原さんも落ち込むことあるんですか?と言われますが実はそうなんですね。)

実際、カウンセラーになってからは、無力感との戦いの連続でした。
特にカウンセラーになったばかりで、カウンセリング経験が少なかった頃は、
なんとかクライアントさんのお役に立ちたい気持ちにカウンセリング技術、表現力、結果が付いていかず、
悩み続ける日々でした。
何百回と、「もうカウンセラーをやめよう」と思った日がありました。
本当に毎日つぶれてしまいそうな日々でした。

その無力感から僕を救ってくれたのが、その当時のクライアントさん達でした。
無力感に襲われるたびに、頭の中にクライアントさんのことが頭に浮かびます。
僕を信じて命をはっているクライアントさんがいる、僕を頼ってくれているクライアントさんがいる、
それぞれの思いを抱えながら僕にカウンセリングを依頼してくれる人がいる。
その人達がいるのに僕が今リタイアするわけにはいかないと頭によぎると、
自分の無力感よりクライアントさんを大切にしたいという気持ちになりました。
無力感にとらわれずに、なんとか助けになれる方法を考えようと思いました。
なんとかしてあげたいという気持ちで胸がいっぱいになりました。
その気持ちが僕を踏ん張らせてくれました。

今、思い返してみてもクライアントさんに助けられてここまでこれたんだなと思います。
そのことを思うたびに感謝の気持ちでいっぱいになります。

その気持ちは、当時のクライアントさん達だけでなく、
今現在のクライアントさん達にも思っています。
僕を信じてくれる人の為に、もっと頑張ろう、もっと力をつけたいと思います。
だから、僕はプロカウンセラーになった今でも、
カウンセリングの勉強はずっと続けています。
より早くより楽になってもらえるよう、結果がでるよう、満足してもらえるような力をつけようと
思って一生懸命です。
その気持ちは誰にも負けない自信があります。

僕はカウンセリングに一番大切なのはハートだと思っています。
どれだけ相手の気持ちになって考えれるか、どれだけわかろうとしてあげれるのか、
どれだけ親身になって考えられるのか、どれだけ相手のことを考えてあげれるのか、
そのハートを大切にしたいと思っています。
時にはその思いから、厳しい意見を言ってしまうこともあります。
でも、その気持ちは伝わるのでしょうね。
お話したクライアントさんから最終的にはその言葉に感謝していただけます。
ありがたいことです。

そのハートから溢れる思いを上手く伝えることができなかったりして、
悔しい思いをすることも少なくありません、
相手にどう表現していけばいいのか僕の課題でもあります。
僕がこのことを友人に語ると、こんなに熱い思いがをもっているなんで見た目の穏やかな雰囲気からは
想像できないと言ってくれるんですが、僕はいつもそう思ってクライアントさんと接しているんですね。
こんな思いを持たせていただけるのも、クライアントさんがいてくれるからこそだと思います。

僕をここまで育ててくれたのも、
そして今も、育ててくれているのはクライアントさん達のおかげだなとしみじみ思います。
本当に感謝しております。
ありがとうございます。


無力感との戦いは、カウンセリングの経験が少なかった当時だけかというと
そうではありません。
無力感との戦いは今も続いています。

クライアントさんの多くは1日でも早く問題を解決したい、なるべく短期間で自分を変えたい、
よりよい結果が早く欲しいと思われています。

でも、どうしても解決のプロセスを考えると時間が必要な場合があります。
時間がいるのは、クライアントさんも解ってはいるのですが、心情的には早くなんとかしたいと思います。
クライアントさんの気持ちに答えてあげたい、でも現実には時間がかかる、
そんな時にも自分の無力さを感じます。

でもそれでもなんとかしたいと思います。
無力感よりもクライアントさんのことを大切にしたいと思います。
クライアントさんが一人だと1年かかる問題解決のプロセスを半年のプロセスにしてあげたい、
半年かかるところを3ヶ月にしてあげたい、3ヶ月かかることを1ヶ月にしてあげたいと思います。
なるべく短縮してあげたいと思います。
その思いが実際にカウンセリングの結果として現るんですね。
一人では長くかかるプロセスを短縮することができます。
問題を解決して、クライアントさんの喜んでいる顔を見れた時は本当に嬉しいですね。

この無力感との戦いが僕を成長させてくれているようです。
そう思うとこの無力感にも感謝しなければいけないのかもしれませんね。


ここ5ヶ月間程、僕は大きな無力感と戦っていました。
それはここ数年の中で一番大きかったと思います。

家族のこと、彼女のこと、大切な友達のこと、身近にいる大切な人達のことで悩んでいました。
大切な人達は、それぞれ悩みを持っていました。
僕は身近な人の力になれているのか?
カウンセラーという職業なのに身近な人の助けになれていないのではないだろうか?
そう思うと胸が張り裂けそうになりました。
助けになれていないと思うのは僕の傲慢さかもしれませんが、大切な人だけにそう思ってしまいます。

無力感にはまってしまうと同時に劣等感、無価値感、罪悪感などの感じたくないような感情が
セット商品のようについてきます。この感情を感じるのは、ほんまにしんどいですね。
この感情からどうやって抜け出したらいいんだろう?
この感情とどうお付き合いしていったらいいんだろう?
そう思いながらすごしていました。

物は考えようで、僕自身がこの嫌な感情の抜け方や、つきあいかたを覚えることで、
クライアントさんに提供できるようになると考えると真剣にこのことを考えれました。
カウンセラーとしての腕もあがりますし、もちネタも増えるなと思ったんですね。
こんな嫌な感情を感じてもちネタが増えると思えるのはいい職業かもしれませんね。(笑)

そして長かったここ5ヶ月の無力感もようやく終止符が打たれ抜けることができました。
家族や、彼女、大切な友達の為に役にたてるような自分になりたいという思いが
僕を無力感の淵から救ってくれました。
なんと表現していいか解りませんが、その思いに生かされた感じがしました。
大切な人がいるからこそ抜けられたと思います。一人ではこの無力感から抜けられないかもしれません。
本当にありがたいと思います。

いろんなことがある度にその時はつらいのですが、
問題を乗り越えるたびに、こえられない問題はないなと実感します。
それに僕は一人じゃないなぁ、色んな人に生かされているなと思います。
色んな人の関わりの中で今の自分がいるんだなと思います。
そう思うとほんま感謝の気持ちでいっぱいになります。
僕の大切な人達やクライアントさん達にとって僕もその色んな人の一人になれたらなと思います。

原裕輝

投稿者 csadmin : 10:28

2003年8月 5日

●Mourning〜「喪」のしごと〜

親類が亡くなった時のことを思い出してました。親類、と言っても義理の妹つまり弟の奥さんのお父さんです。もちろん私とは血の繋がりはありませんし、生前に何度もお会いしたということでもありません。そうですね、一番印象にあるのは、震災の後、結構被害のひどい地域に住んでいた私たちに、あの時は何よりもありがたかった洗濯機とお風呂をお世話になったことでしょうか。何と言ってもライフラインのうち電気しかまともになかったんです、2ヶ月あまり。給水車がくる時間には家に戻っていなし、まさに「もらい水」の生活でしたから、震災前にはあたりまえだったすべてを全く失くした状態でした。いえ、私たちは住む場所があったので、良い方でしたね。そんな時のことですから、ほとんど行き来のない弟嫁のご実家に呼んでいただいたときは、本当に嬉しかったんです。特に、お風呂には週に一回入れれば良い方でしたから。後で聞いた話によると、いろんな方に「お風呂を振舞っていた」ようです。

寡黙で、とくにお愛想を言うのでもなく、ただそこに座っているだけ。おそらくいろんな親戚や知人のお世話をしたことでしょうね。でも、そういった気負いもなく、ただ本当にいてくれるだけでした。

式場の遺影は8年前のその当時の面影のままで、みんなが口々に震災当時のことを中心に話していました。ああいった危機的状況こそが人の真実が見えるときですよね。心からそう思いました。
 
さて、セレモニーは進み、親族の移動です。全員が乗れるマイクロバスに乗り、斎場へ向かいます、それぞれの胸に思いを抱いて。私の住む神戸には市営の斎場が4ヶ所あり、どこも、少し土地にもゆとりのある山の近くです。自然の中を、親族を乗せた車は走ります。近代的な建物はそこだけ見ると何の目的の建物なのか、きっとわかりづらいのではないでしょうか。その時に私たちが行った所もやはりそうで、すっきりしたロビーがあり、大きなガラスの向こう側にはちょっとした庭園があります。そう、まるで、ホテルのようなんです。
 
家族に一人ずつが別れを告げる儀式を行い、(おそらく、宗派によって異なると思われます)一旦戻ります。そして、休憩を取ったあとまた、斎場に戻って今度は本当に最期のお別れをするんです。個室の状態になっているので、本当に「遠慮なく」別れを惜しみます。この場面を経験した方はみんな同じ思いなのかも知れないのですが、さすがにあきらめがつきます、とても変な表現ですが。「体がある間」は、もしかしたら息を吹き返すのではないか、と思ったり、何か期待をしているのかもしれません。でも、ここに至ると、ああ本当に死んじゃったんだなって思います。そして、手順どおりに「喪の儀式」が進められていきます。すべてが終わり、退室するときに義妹が、「お父さん」に向かって右手をあげました。「じゃっ!」そんな風につぶやいていたかもしれません。気丈な彼女らしく思えました。でも彼女の寂しさを本当に感じた瞬間でもありました。
 
遺族は、実はこの後が大変です。この世に存在していたことを法律に従って「処理」しなければいけないからです。遺された家族のこともあります。本当に、休んでいる暇も泣いている暇もない感じです。でもそうして、生きていた証を実際に感じる時間でもまたあるのです。

身内や知人の葬儀に何度となく参列をしました。年代や地域、宗教などの違いはあるのですが、大きく根底に通っているものに気づいた気がします。それは、故人が生きてきた時間の重さであったり、人とのつながりであったり、そして愛してきた人や物事だったり。限りのある命だからこそ、培って来れたのかもしれない、いろんなこと。遺された者にとっては悲しみを超える何かが必要かもしれない。それは思い出だったり形見の品だったり、さらには自分が生きていること自体がそうだったりするかもしれません。

喪のしごと。人が亡くなったときだけではないんですよね。大切なものを失くした時。失恋したとき。本当に自分の手の中に無い事に気づくのは辛いことです。気づいていても、有ったときのままでありたい、と思いますよね。そしてあたかもその「手の中に今は無い物」があるかのように感じているようなふるまいをしたりしてしまうことがあります。時に例えに出される、「ミイラになってしまった赤ちゃんを抱いている母親」の状態です。サル山でも見られるらしいのですが、死んでしまった我が子をミイラになっても抱きつづける母親がいます。医療の未発達な時代や地域にもあると言います。私たちの生活している社会ではあまり考えられないことですが、子供の死が受け入れられないんです。でも、「死んでしまった子供」を心の中に抱きつづけるようなことは、少なくないんじゃないかな。

実際には人そのものだけでなく状態や物、ことがらが今はもう遠いのにいつまでも手放せない感じがするようなこと、感じたことがない人のほうがきっと少ないのでは。そのこと(人・状態)の「死」を受け入れるには、こう言った喪のしごとが時として必要になるかもしれません。そして、「死」を受け入れてこそ、次の幸せが自分の元にやってくることを本当に受け入れられるのかもしれません。

赤ちゃんのミイラを弔った母親には新しい子供がやってくるでしょう。
死んでしまった親の代わりは来ないかもしれないけれど、大人である自分を受け入れた時、一緒にいてくれたことを感じられたりする。
悲しいけれど、古い恋の残骸を心から受け入れてそして、あたかも海や宇宙に放つように手放せた時、真実のパートナーがやってくるのかも知れません。

悲しみにくれているとき、自分だけしか見えなくなってはいないでしょうか。痛みを抱えながらもあなたにできる事は確実に増えているかもしれません。逢えなくなった人への思慕を切り捨ててしまうのとはまったく違います。その人の生きざまを想うとき、初めて本当に近く感じることができるのかもしれません。

大切な人の遺してくれたものを抱きしめながら、また前を向いていくことが一番の「喪のしごと」になるのかもしれません。

中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:27

2003年8月 1日

◇自然が教えてくれたこと

私は深夜のテレビ番組を聞きながら眠る癖があって、先日そんな私にちょうど
ぴったりの番組を見つけました。
某放送局のもので、世界のあらゆる自然を映し出して、バックには心地いい
音楽を流れてて、ふぅ〜っと自然に眠りに入っていけるような番組なんです。

ある夜の眠れない時、その番組を思い出してつけて見たら、現われた画面は
アフリカのサバンナの状況でした。
広大な土地の場面から変わり、数十頭の牛のような動物が、川を渡ろうと
何度も川縁に近づいては、入りやすいちょうどいい場所を探しているように
見えます。
普段はそこで目を閉じて音楽を聞きながら眠りに入ろうとするんですが、
今回は「これからどうするのかなあ・・??」と面白くなってきました。
(ちなみにうちには猫がいるんですが、私と同じように興味津々。
 テレビの前50cmで釘付けです)

あちこち場所を探しながら・・そうしてやっと先頭の1頭が川に入って
いきました。
すると、後に続け!といわんばかりにぞろぞろその先頭についていく。

すると・・。

なんと!!

画面の川縁の辺りで見えるものだけではなく、土手の向こう側から数え切れない
ぐらいの多さ!何百頭もの動物がぞろぞろと出て来る出て来る。わんさかです。
「なんじゃ?!この大群は!」
もう超ビックリです。いつ切れ目が出て来るんだ?と思うぐらいです。
画面全体が動くものいっぱいになってきて、そこで「ああ、これは群れの大移動
なんだなあ・・」とやっと気が付いたんですけどね(笑)

このような自然の様子って、私達の目の前では見ることのできないものですから、
現実レベルで感じることは難しいのですが、その時の私は画面に吸い込まれる
ように魅了されてしまいました。
こんな世界が現実にあるんだよね・・としみじみ感じてる自分がそこにいたんです。
それに仕事柄もあって、こんな風にも考えてしまいました。

動物の思考ってどうなってるんやろ?
感情ってあるんかな?
あるとしたら最初の1頭は責任あるから怖いやろなあ。
一匹狼みたいになる奴はおらんのかな?

普通だったらここまで考えないやろ?ってぐらい(笑)もうその動物のことで
頭がいっぱいになってしまいました。すごいよなあ、ほんとにすごいなあ・・
って感動でしたね。

実は番組を見始める前って、怒っていたんです・・私。でも見終わった後、
最初の怒りは何処へやら?すっかり自分の感情の渦が消えてしまってたんです。
不思議です。多分、感情移入してのまれていたんでしょうね。

それにもう一つ。
人は心があるから人生面白くも楽しくもすることができます。
が、逆にマイナスな部分として何かに価値を求めたり、誰かと対立したり、
罪悪感を感じたり、と感情に振り回されることも多いです。
実際、振り回されてた私自身も含め、「人間って小さいなあ」と実感しました。
「あの人にこんなことを言われた」とか、
「彼と上手くいっていない」とか、
「仕事でミスを犯してしまった」とか。
そう感じる理由は人それぞれです。
でも、もし今の私達の感情をこれらの動物たちが知り言葉を話せたとしたら?
そこまでしなくてもいいんじゃないの?シンプルに生きようよ、って答える
ような気がしたんです。

人は傷ついたり、辛くなったり、いろんな感情が出てきます。
その感情を思いやることは大事ですが、自分の内面の葛藤や誰かとの争いや
問題ばかりに目を向けていると、意識の世界が狭まってしまいますし、
それがかえってまわりや相手のことを見えなくさせます。そして自分を
通してしか、物事を見なくなったりもします。
問題を問題としない捉え方も必要なんですよね。

今回、一旦そのネガティブな感情から離れることで、違う見方を取り入れることが
可能なんだ、と思い出させてくれましたし、怒りの感情から離れられた対象が
自然の力だったということで、自然というものは悠大で治癒する力があるんだな、
って改めて思い直しました。
自然に帰る、とも言いますしね。
人も動物も地球上に共存しているもの同士だからなのかな。

苦しい時、しんどい時、心が滞っている時、喧嘩している時など、空を眺めて
その青さを見入ったり、夜の星を眺めたり、動物に触れたり植物の美しさを
感じてみたり、是非「自然」を体感してみて下さい。心の枠から離れて、ね。

そしてもっと深いところで、自分自身も地球の、宇宙の一部なんだ、って
感じられたらいいですね。


by 中野知枝

投稿者 csadmin : 10:26