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2002年1月29日

●カウンセラーと夫婦喧嘩

「お二人ともカウンセラーだったら、ケンカもしないでしょう?お互いに理解し合えていいですよね。うらやましいです・・・。」
恋愛や結婚の問題で来られる方はほとんど申し合わせたようにそうおっしゃって下さいます。
今日はそのお話をさせていただきましょう。
コラム初登場というのにいきなりケンカの話か・・・。
うーむ・・・(苦笑)

さて、心を扱うカウンセラーというイメージから『きっと相手の考えていることが分かるから、ケンカになる前にきちんとお互いで解決できるんだろう。私の彼とは大違い』なんて思われているのかもしれないですね。
でも、実際は普通のカップルとあまり違いはなく、当たり前のようにケンカもするんですよね。
ついこの間も妻の理加が体調を崩したときに、僕の配慮・理解が足りないという件にて一戦交えたばかりです。
ちなみに我が家の夫婦喧嘩は冷戦が3、交戦が7の割合で、過去に何回か核戦争級のケンカが勃発し、危うく破滅の道を進みかけたこともあるんです。
(この比率や回数については、往々にして夫婦間で異なるものですから、理加に言わせれば全然違う数字が返ってくるかもしれません。)

ただ、ケンカの焦点は普通のカップルとは違うかもしれないのは確かです。
僕もカウンセラーになる前は普通の人だったわけで、普通の人とたぶん同じような恋をしていたはずです。
そのうちきっと話をさせていただくことになると思いますが、僕も色んな恋をして、色んな別れをして、色んな悪い男もやってきたんですね。

その違いというのは、普通のカップルの場合、つまるところ「あなたは私の気持ちをわかってない!!」というところだと思うんです。これは僕のカウンセリングの経験からも圧倒的に一番人気ですね。
一方我らカウンセラーカップルの場合は「私の気持ちをわかっていながら、なにその態度は!?」というところで、ちょっとフクザツになります。

事実、私たちのケンカを目撃した友人Tは「カウンセラー同士の夫婦喧嘩って、ちょっと怖いね・・・」と素直な感想を漏らしてくれたこともあるくらいで。

でも、実は一番違うのはその戦争の期間ではないかと思います。
かつて僕が普通の恋愛をしていたとき、一たび戦火が上がれば、優に一晩は和解することなどなく、下手をすれば1週間以上に渡ることも珍しくなかったんです。
しかも、僕はいつも「謝るのは俺の方や」と思っていました(因みに当時の彼女も同じ事を思っていたらしい)。
ところが、カウンセラー夫婦となった今は、長くても一晩。
総じて揉め事として長引くことはあっても、単発的なケンカとしてはそんなものなんです。

なぜなんでしょう?

僕たちは経験上、ケンカは止むを得ないものであることを知っています。
パートナーシップというのはいわば二人でトンネルを掘っていく作業に等しいので、掘り進んでいけば必ず堅い岩盤にぶつかるものなんです。
その岩盤を回避して進むときもあれば、思い切ってダイナマイトで爆破して道を作ることだってありますよね。
ケンカというのはその爆破のことなんです。
火薬の量を間違えてトンネルが崩れるごとく恋愛が終わってしまうこともよくある話です。

だから、僕たちは岩盤の爆破処理をした後は、どういう方法でその後片付けをするか?に意識を集中するわけです。
そうすると、カウンセラーというのは、そのためのツールを開発して提供しているといっても過言ではないかもしれないですね。

僕たちは失敗や争いを本来は好みません。だから、ケンカや仲違いを非常に怖がってしまうんじゃないでしょうか。
これも無理ないことです。でも、依然戦争がなくならないように、僕たちの間の争いも必ず起こると思っていたほうが賢明だと思ってるんです。

だとしたら、起こってしまった後にどう対応しようか?を考え、実行する心を持ちたいと僕は思うんです。

まあ、言葉ではかっこいいことを言っているかも知れませんが、実際はなかなかうまくいかないから難しいんですけどね。一回目の爆破の後に予期せず更なるダイナマイトを仕掛けてしまうこともありますし、一人で爆破してしまい、彼女の冷たい視線に晒されることもありますし、火薬の量を間違えて関係が終わりそうになったことも、連日のように岩盤にぶつかることもよくありました。

でも、長年のセラピーのお陰でそういった心の体力はだいぶ鍛えられているせいか、そんな状況でも「どうしようか?」を考える余裕が自然と出来てきたようです。

では、その処理ツールとは何でしょう?
その多くはコミュニケーションだと思うんですね。
「ごめん、俺が悪かった」と自分の非を認めるだけがケンカの解決方法ではないと思います。
「今回はこういう点で分かり合えなかったよな。次はうまくやるようにしよう」と深刻にならずに次への展望を示すときも必要でしょう。
お互い反論なし、ただ聴くだけと約束して、言いたいことを全部言って収まることもありますし、しばらく冷却時間を取って、改めて向き合って話をするときもあります。

どんな方法を取るにせよ、つまらないプライドは捨てて、素直になることが大切ですよね。
付き合っているということは相手のことが好きということです。
それに素直になった方がきっと強い。
そこに嘘をついても苦しくなるのは自分の方ですから。

もちろん、ケンカのときだけそれをやってもうまくは行きっこないですから、普段から心や本音のコミュニケーションを大切にして、向き合うときはきちんと向き合うし、話をする時間を意識的に作るようにもしています(その点、二人共おしゃべりなので話をする時間を作ることにはほとんど事欠かないのは幸いですね)。
そして、その大切さをお互い確認するようにしています。これも実際のコミュニケーションと同等に大切なことだと思っているんですよ。
僕らの場合、カウンセリングという場で、そういう話をさせていただくことも多いのでやりやすいことは確かだとは思いますが。

実際に、そうした日常の積み重ねとケンカの時間は反比例するようです。
お互い忙しくて話をする時間が少ないときは和解までの時間はとても長く感じるものです。

失敗やケンカは必ず起こるものだと思います。
それにどう対処していくか?が大事ですし、そのとき僕たちの当たり前の日常が必ず大きな影響を及ぼしてくるものです。
だからといって、何も難しいことをしなくてもいいと思うんです。
普段は思いっきり楽しんでいるだけでいいでしょう。
僕たちも、仲間内ではかなり有名なバカップルですし、バカップルな分、お互いの間に嘘や作り事をしなくて済むようになります。。
案外これが一番大きいことかな、とも思います。

人間としてはまだまだ未熟だから、お互い分かり合えないところはいっぱいあります。
だから、衝突するし、ケンカにもなります。
当然のことだと思うんです。
未熟であるということは成長する余地がまだあるということでもありますから、そこを次のテーマとしていけばいいのではないでしょうか。

ケンカというのも自分を成長させるための一つのコミュニケーションツールなんだと思います。
本音を言えば、出来ることなら避けて通りたいものだけど、仕方がないので、その場はまた気合を入れて頑張ることにしようと思います。


根本 裕幸

投稿者 csadmin : 09:50

2002年1月22日

●ある”青春18切符”の旅

こんにちは。 寒いですが、皆さん風邪を引いていませんか?
わたしは、うかつにも引いてしまいました。。早くだんなにうつさなければ。

初めてこのコーナーに登場します♪
今回は、わたしがちょっと前にテレビを見ていて、「おもしろいなぁー」って気づいたことを書いてみたいと思います。

ある番組で、こんな企画をやっていました。
「青春18切符を使って丸一日でどこまで遠くに行くことができるか!?」

で、レポーターはお笑い芸人のYくんとHさんで、二人同時に新大阪から始発の電車に乗って、よーいドン!でYくんは東へ、Hさんは西へ出発します。
で、その日の24時になった時点でより遠くの駅へたどり着いた人が勝ち、というわけです。
と、ルールはこうなんですね。
ついでに、青春18切符は乗り降り自由なので、各方面でその土地の名物を味わったり、観光もしちゃおう!安くても楽しい旅ができちゃう!という訳です。

わたしがまず、おもしろいなぁーと思ったのは、同じルールにのっとってのレポートなのに、YくんとHさんでは同じ番組のレポートとは思えないくらい、全然違うんですね。

東方面へ向かったYくんは、ひたすら先へ、急ぐいそぐ。
とにかく、どこの駅へ着いても次の電車に乗り遅れない為に息を切らしながら、走る!
お昼ご飯もろくに食べず、観光もせず、走る!
たまーに、乗り継ぎまでのちょっとした時間で名物を大急ぎで食べるけど、時間が来て結局半分も食べないうちに、走って電車へ向かう。
それの繰り返しで時間が経つにつれて、へとへとになってくるYくん。
見ていてこっちも疲れてしまうような旅(?)のレポートです。
24時になった時のYくんの感想は、
「疲れたぁ〜。もう二度と青春18切符の鈍行の旅はごめんやー。」

一方、西へ向かったHさんは、まず時刻表とにらめっこ。電車の乗り継ぎ時間を調べます。
乗り継ぎまで時間があるときは、タクシーを使ってくるっと観光。乗り継ぎ時間が余りない時は、もう一本遅らせて、観光したり、地元の人と話しこんで方言を教えてもらったり、お土産を見たり。
お昼は地元の高校生からお母さんの手作り弁当を一口もらったり、名物を時間をとって食べたり。
見ている私の方も思わず微笑んでしまいました。
24時になった時のHさんの感想は
「鈍行は鈍行ならではの楽しみ方ができて、楽しかったぁ〜!」

勝負の結果は、もちろんYくんが勝ちました。

でも、番組としてはどうでしょう??
見ていて楽しかったのは、いうまでもなくHさんの方です。
旅をしてみたいなぁと思ったのもHさんのレポートを見て、でした。

職業柄、つい分析をしてしまう(笑)私は、きっと今回のレポートは普段のYくんとHさんの生き方そのものがでているんだろうな、と思ってしまいました。
Yくんは与えられた目的を一心にやり遂げようとする、結果重視タイプ。
結果を出すためには、苦労も厭わない、苦労性。
Hさんは与えられた目的をなし遂げる過程そのものを重視するタイプ。
結果そのものよりも、いかに楽しむか?が大切。

人生だって同じだと思うんです。

与えられた時間をどう生きようと、自由です。
でも、どうせだったら、楽しい方がいいと思いませんか?

最近、つくづく、「楽しむ」というのは本当に大事だな。と思うんです。
自分が楽しんでいる時、自分だけでなく周りの人達まで楽しい気分になります。
あなたの周りの魅力的な人は、いつも何となく楽しそうじゃないですか?
そして、楽しい人の周りにはいつも人がたくさん集まってきます。

こんなにシンプルなことですが、楽しむことに慣れていなければ、結構難しいもんです。
わたしも心理学に出会ってセラピーを通じて、自分らしさを取り戻して、今まで以上に楽しむことができるようになりました。
これからも、もっともっと、人生をめーいっぱい楽しめる自分になっていこうと思っています。

今日はちょっと立ち止まって、自分の日常生活を振り返ってみてください。
あなたにとって、毎日の生活の中で一番大切にしていることは何ですか?
そして、あなたは毎日楽しんでいますか?

 

根本 理加

投稿者 csadmin : 09:48

2002年1月15日

●手紙

皆さんは、お正月はどうお過ごしになられましたか?
旅行にいかれたのでしょうか?田舎に帰られたのでしょうか?
このコラムが今年初めてのコラムとなります。
今年もコラムのご愛読、カウンセリングサービスを宜しくお願いします。

今回は3年ほど前の手紙のお話をします。

僕の父親方の田舎は隠岐ノ島というところになります。
隠岐ノ島へは、ゲゲゲの鬼太郎の生みの親 水木シゲルの出身地である,
鳥取県の境港というところからフェリーに乗って約2時間すると行くことができます。
もちろん飛行機でも行くこともできます。

隠岐ノ島は、島全体が国立公園に指定されており、
海岸を見渡す景色は絶景で、なかでも巨大なナイフで垂直に切り取ったような高さ257mの大絶壁の、
『摩天崖(まてんがい)』から見る景色は最高です。
海も透き通っており、釣り好きな人には天国といえるくらいお魚がよくつれます。
夜には小さな星々が無数に輝いています。

僕の田舎は海が澄んでいて、景色は絶景で、星もきれいな観光地ですから
友人からはとてもうらやましがられます。
「へ〜いいな、いきたいな〜」「うらやましぃ〜」といってくれる人が多くとてもうらやましいみたいです。
中には、「来月つれていって、約束、なっ、なっ」と一方的に約束をとり付けていくほどうらやましがってくれる人もいるほどです。

しかし、しかしです。
僕はこの人もうらやまがる父親の田舎にかえるのが腰が重く、
3年に1回ほどしか帰ることは、ありませんでした。
隠岐ノ島の祖母から「今年は帰ってくるんかねぇ?」と電話がかかってきても、
「う、う〜ん、えっ?ん〜、今年はまだ帰るかわかれへんねん」
と言ってしまいます。

祖母にしてみれば帰ってきてほしいと思ってるんだろうなぁと、
頭では分かっているのだけど何でこんなに腰が重いのだろうと、思いました。
海はきれいだし、食べ物はおいしいし、帰ればいたれりつくせりだし、
腰が重い理由はないのだけどなぜだろう???と思いました。

その答えは僕が幼い頃の、祖母のイメージにありました。
僕の母と祖母の間に世間一般でいう嫁姑問題で、母にきびしいことをいうおばあちゃんは冷たい人というイメージが小さいころにあったようで、
大人の頭で”優しくて、僕のことを大好きなおばあちゃん”と理解していても、
子供の頃感じた冷たいイメージや感情が大人の行動に影響をあたえてました。

「田舎に帰るのは腰が重い、帰りづらい」の正体は、おばあちゃんとの心理的距離が遠かったというのが正体でした。
ということは、田舎に近づくということは、
おばあちゃんに近づくことができれば、田舎にも近づきやすくなり腰も軽くなるということだと、
自己心理分析をした僕は、おばあちゃんに近づく作戦をたてました。
おばあちゃんに冷たいイメージをもっていて近づきにくいのだから、
おばあちゃんのよいところをどんどん探して手紙に書いて伝えることにしました。
そして手紙にやさしいおばあちゃんをもてたこと、
素敵な田舎をもてたことを書いておくりました。

手紙を変えて1週間ほどすると隠岐ノ島のおばあちゃんから手紙がきました。その手紙は達筆なはずのおばあちゃんの字がミミズのはったような字で書かれていました。
僕が送った手紙を読んで、自分のいいところを見てくれて嬉しかったこと、田舎のことを思い出してくれて嬉しかったことが書かれていました。
そしてところどころの文字がポツリ、ポツリと落ちた水滴の跡でインクが
にじんでいました。
たぶん嬉しくて涙がこぼれたのでしょう、そしてミミズのはったような字も、嬉しくて涙が浮かんできて、感動して手を震わせながら書いたのかもしれません。
そう思いながらおばあちゃんのからの手紙をよんでると、僕の目からも涙がにじんできてきて、
ポツリ、ポツリとまたインクがにじんでいきました。
手紙を読み終わった頃には僕の心はやさしくてあったかい気持ちに包まれてました。
そして冷たいおばあちゃんのイメージから心からやさしくてあったかいおばあちゃんのイメージに変わってました。

あれから、3年、仕事やいろいろな時間の都合で隠岐ノ島へは帰れてませんが、
隠岐ノ島に帰りたいとおもうようになったこと、
そしておばあちゃんの顔がみたいなと、『ふっ』と思うことがふえたように思います。
大切な人に大切なことを伝える事、近づくことって大切だなと改めて思いました。

「あ〜隠岐ノ島に帰って、おいしい刺身をおばあちゃんと食べたい〜」


原 裕輝

投稿者 csadmin : 09:42