2009年12月16日

師も走る~~年の瀬に思う~~

 師走です。「師」も走る慌ただしい月、とされていますが、私にとっては、
あっという間に年を越した実感が、ふつふつとわく季節でもあります。

 4年前までは、学校現場の事務を執っていたので、この季節は職員の年末
調整事務や、3月の年度末に向けての準備などが、経常の仕事に加えてあっ
たよなぁ、と思い起こしています。

師も走る~~年の瀬に思う~~の続きを読む

2009年10月14日

理不尽さの原点 ~~絵本「あんじゅとずしおう」の思い出~~

 昔から、絵を見ることがとても大好きでした。

 特に風景画、そして絵本や挿絵。その世界にいつも、私は入って遊んでい
るような、子供でした。

 その中にすっぽりはまり込み、カンバスの向こうの世界の住人になったよ
うな気持ちになっていた、幼いころ。
 
 今だって私は、そんな気分にすぐなれるのですけど(笑)。

 私の中にある、絵に関する一番古い記憶は、一緒に住んでいた二人の大お
ばのうち、先に亡くなったおばあちゃんの持ち物だった、川岸に繋留された
何艘かの古びた渡船を描いたもの。

 もう、40年以上も前の記憶なので、古かった絵そのもの以上に私の記憶
も褪せていて、そのことが更に想像を呼ぶのですが・・・今はもう、どこに
あるのか、・・・誰かが捨てたのか、そのこと自体も定かではありません。

 小さな額縁に入っていた絵は、誰かの直の筆によるものだったのか、多分
そうではなかった気がします。

 鴨居にかけてあるその絵をいつも見上げ、よく見入っていた様に思います。

 時に、渡船に揺られている気分になったり、また、あたかも岸から離れん
とする様に感じて不安な想いになったり、と文字通り、絵の世界に入り浸っ
ていたなぁ・・・。

今思うと、幼児が心を惹かれる様な、美しい色合いでも景色でもなかった
のですが、とにかく、どこが良いのか解らないまま、日常生活の一こまに
なっていた様に思います。

 古びた絵でそうなんですから、子供向け絵本に書き直された文学作品なん
かを読むと、結構大変でした。

 一番記憶にあるのは、森鴎外の「山椒大夫」。

 絵本のタイトルは「あんじゅとずしおう」となっていました。何度も何度
も読んだので、綴じ目がほつれたり、角っこが丸くなったりしていた記憶が
あります。

 姉の安寿の行く末に、子供ながらに理不尽さを覚え、絵の中の、閻魔大王
のような風貌の山椒大夫を憎みました。

 そして、二人の母が歌っていた歌が(「安寿恋しやほうやれほ、厨子王恋
しやほうやれほ」と言うのです)、あまりにも哀しく胸に残っていて、こう
して思い出しても涙が出るくらいです。

 安寿の母や安寿自身の不幸は、私の心の中に、理不尽な差別として刻まれ
ました。

 そのあらすじは、親子それぞれに離されて売られ、奴隷として苦労をする
のですが、姉である安寿は弟・厨子王を逃がし、そのために山椒大夫の息子
に惨殺されてしまうのですが、目を病んだ母が、二人の子供を慕う歌を歌い
ながら、物乞いなどをしているところへ、出世して山椒大夫を懲らしめた息
子・厨子王に見つけられ救われる、と言うものです。

 安寿がすでに亡くなっていることを知り、母親は泣きますが、体を張って
弟を助けたのにそれだけかよ~~~と思ったような気が・・・します。

 そうです、憎いのは山椒大夫ではなく、作者の鴎外・・・?しかし。この
話自体、伝承を基にされているそうですからね。鴎外一人のせいにしちゃ、
いけませんね。

 その舞台は丹後の国、今の京都府北部。伊根のゆったりとした港の近くを
ドライブしたことがあるのですが、そういえばおばあちゃんの舟の絵をどこ
か思わせる佇まいでした。

 家にあった、おばあちゃんの古い絵にはどこか、山椒太夫の景色を重ねて
いたのだ、と今書きながら思っているのですが、あのお話がどうしてこんな
にも、私の心に刻まれているのか。

 せっかくですから、私なりの考察を重ねてみることにしますと・・・。

 私は三人きょうだいの長女、年子の弟と9歳下の妹。あの頃にはまだ妹は
生まれてなく、両親、二人の大おば、私たち姉弟と言う家族構成でした。

 当時の私はまだ、3歳の頃に負った傷のために、左の足に補装具をつけて
いた頃です。今思うと、結構きつくって、重くって、フェルトの内張りがあ
りましたが、当たるところがいつも同じなのでそれが痛く、随分窮屈な思い
をしていました。

 結果論ですが、それでもそのお陰と何度かの手術と、誰より厳しく、そし
て愛情を以ってリハビリに付き合ってくれた母のおかげで、今はほぼ遜色な
い生活が出来ているのですが、外に出る機会はおそらく少なかったので、絵
の世界・本の世界になじんだ子供時代をすごしたのかもしれません。

 つまり、どんなにネガティブな出来事も、ネガティブな結果しか起こりえ
ないわけではない、と、体ごと人生ごと、証明しているようなものかも、な
どと、お気楽に思える様になるには、随分と成長する必要が・・・特に、年
齢的に、ですね・・・あったのですが。
 
 話を戻しますと、自分の身に起こった出来事が、どんなことなのかをはっ
きり認識できていなかったであろう年代ですから、たとえば、その歳なりに
・・・3歳は3歳らしく、外で遊びたかったかもなぁ、と思います。

 当時のことを、あんまり覚えていないのですが、どうやら人間の記憶のシ
ステムは、留めておきたくない記憶をなかったもののように扱える、と言う
研究もあるようで、私もまたそんなケースなのかもしれません。

はっきりと覚えているのは怪我をした前後とその瞬間、病院での途切れ途
切れの記憶と、おそらくは後付けで聞かされた話が(見ていない筈の弟の姿
・・・私に付き添っている母を恋しがり、縁側の枇杷の木に上って泣いてい
たという姿や、薄明るい大学病院の通路を車椅子に乗せられて移動している
のを、まるで外から見ているかのような記憶、窓際のベッドに座ってぼんや
りしている、私と思しき幼女の姿など)錯綜して、あたかも古い映画を何度
も観るような感覚で思い出せるくらいなのです。

 そう、なんだか他人事みたいな、お話の中の出来事のような感じで。

 その記憶と、安寿と厨子王の不憫な話が、私の脳内のニューロンがどんな
風に伸びて繋がっているのか・・・殆どオートマティックに、たとえば哀し
いとか、恐いといった感情として出てくるのではなく、安寿は確かにかわい
そうだけど、私自身については全く何も・・・と言って良いくらい、のレベ
ルので感情は動かないのです。

 うーん。そうかぁ。私自身より、安寿に感情移入することで、感じないで
済んできたということは、確かにあるかな。

 安寿に私自身を投影し、人生の前半は生きてきたのかも知れない、と言う
ところに今行き着き、ちょっと呆然とした気分です。

 安寿は、弟を助けるために自分の命を賭けましたが、私はそうではありま
せん。弟や家族を助けたい、守りたいと言う想いが、人並みくらいか・・・
恐らくはそれ以上にあったとは思いますが、もう、安寿のような人生を生き
るのは終わったな、と思っています。

 安寿は、命が永らえていたら、どんな人生だったのか。違う時代に生きて
いたのなら、どんな人生だったのか。

 そんな風に想いを馳せてみることがあります。
 
 今の時代に生きている女性だったら、もちろん奴隷になることも犠牲にな
ることもまず、なかったでしょう。

 この時代に、人を癒す仕事に就いた意味の一つに、安寿を代表とした時代
に飲まれ、流され、思うように生きられなかった女性たちの人生に、命を吹
き込むことがあるのかもしれない、と思っています。

 昔ならもう、命を閉じていた年代に差し掛かっている私。

 私自身も持っている、どこか物悲しい物語の表紙を閉じて、新しい物語を
書く季節なんだな、と感じる今年の秋です。

中村ともみのプロフィールへ>>>

2009年8月 5日

This is it! ~~今がそのときだ!!~~

 「This is it!」と言うのは、マイケル・ジャクソンのツアー
のテーマでした。

 あんまり英語が得意じゃないので、日本語訳の「これが最後だ!」が私は
少し納得できなくて、変色した懐かしい英和辞書を紐解き、この辞書を使っ
ていた頃に比べ、各段に目の調整力が落ちているなぁと感じつつ、「it」
の項を引きます。

 Itには結構、悩んだなぁ。日本語にない概念だもの。なんて思いながら。

This is it! ~~今がそのときだ!!~~の続きを読む

2009年6月 3日

いつか見た夢のように~~デジャビュ(既視感)とジャメビュ(未視感)~~

 見慣れない着た服を着た自分が、誰かと旅をしている。目に映る風景は明
らかに初めての風景。なのに、なぜか懐かしい。なぜか、道を知っている。

 例えば、夢の中のこんな感覚をデジャビュ(既視感)、と言います。

 反対に、日常的に良く行く場所なのに、ふとした瞬間に、まるで異国の町
にいるような、異空間に来たような、そんな感覚を、ジャメビュ(未視感)
と言うのだそうです。

いつか見た夢のように~~デジャビュ(既視感)とジャメビュ(未視感)~~の続きを読む

2009年4月 1日

呼ぶ声に惹かれて~~あの日の約束~~

 ここで心理学を学び始めて10年を過ぎました。

目立ったきっかけは特になく、心理学自体への関心は以前からあり、あれ
これと本を読み齧ったりはしていたのですが、強いて言うなら自分の生き方
・在り方について再び考え出した、ということに尽きるかもしれません。

呼ぶ声に惹かれて~~あの日の約束~~の続きを読む

2009年2月 4日

これから・・・~~~私の人生設計~~~

 薄いレースのカーテン越しに、ガラスにぶつかるボタン雪が流れるのが見
える。ぶつかって、すぐにつーっと滑り落ちて消えてゆく。

 亡き父は、1月2日生まれであり、この世を去っていったのは63歳の
12月11日、64歳を目前としたときであった。幸か不幸か、阪神淡路大
震災を知らずに、逝ったのだけど。

 いずれにしろ、父は、その人生を精一杯に生きた、と私は今も想う。おそ
らくは一生、そう想って生きるだろう。

これから・・・~~~私の人生設計~~~の続きを読む

2008年11月26日

捉われからの脱出~~正しい権威のつかい方を考える~~

親はただ、親と言うだけで、子供に対して権威を持つ。年上、目上を敬え、
と教えられた子供時代の記憶があろうが無かろうが、である。

 私たちは、あまりに幼くてまだまだ何もできないころ、生殺与奪の全てを
親が持っていた。どんな人でも・・・それが聖徳太子でも、ヒトラーでも、
そうだったはずだ(見たことは無いけれど・・・)。

 お乳が無ければ死んでしまい、排泄や清潔に心を配ってもらわなければ、
時には感染症を起こしてしまうこともあるだろう。
 まだ座れない時期には、仰臥の姿勢で泣くか笑うか、お腹がすいたら泣い
てお乳をもらうか、せいぜい自分の手や足に関心を持って動かしたりしてい
るくらいのものである。到底、ひとりで生きられはしない。

捉われからの脱出~~正しい権威のつかい方を考える~~の続きを読む

2008年9月10日

紲(きずな) ~~途絶えることのないつながり~~

 この間まで、煌々と照りつけていた太陽がなりを潜め始めた。暦の上では
とうに秋なのだが、例年であれば、まだまだ残暑厳しい頃だと思う。
 何だか、一足飛びに秋に出会っているような想いがする。

 私にとって、夏は誕生の季節である。私自身の誕生日が6月末、梅雨から
夏へと移っていく季節であり、二男も同じ時期の生まれである。

 そして長男は、8月半ば・・・京都の大文字の送り火の日に生まれた。暑
い時期だったと思うが、暑さよりも不安、不安よりも義務感、そして義務感
よりも生まれてくる子供に会える楽しみが、何より一番だったと思う。

 生まれたての、ついさっきまで自分のお腹にいた小さな温もりと、その重
さ以上の重みを抱いて、私は母親にならせてもらった。

 そのまま今に至るまで、物理的には抱き続けてはいないけれど、一人の人
の成長を見続けさせてもらえていることに、改めて深い感謝を感じている。

紲(きずな) ~~途絶えることのないつながり~~の続きを読む

2008年7月 2日

梅雨からの贈り物~~恵みの雨と青い空~~

 この稿を書いている今は、まだ梅雨のただなかです。日ごとに変わる天候
と駆け引きをしながら、お洗濯をする日常なのですが、今年の空は、晴れた
日は思いっきりカラッとしている気がします。
降る時は降り、晴れる時にはすっきり晴れて、湿度も低い。

ついつい、自分のことを重ねてしまいますが、そんな風でありたい、と思っ
ていた少女時代にしばし戻っていました。

 雨の日には雨の、晴れた日には晴れた日の、曇にはまた曇の日の楽しみ方
がありますよね。でもつい、雨の日を「うんざり」にしてしまっていること
を思うのです。

 でも、少なくとも子どもの頃は、そうではなかったなあ。

梅雨からの贈り物~~恵みの雨と青い空~~の続きを読む

2008年5月28日

ちょっとした闘病記~~もうひとりの私へ~~

 カウンセリングをお仕事にさせていただいていると、ご相談させていただ
いている問題の中に、いろんな想いを感じることが少なくありません。

それは時に、自分自身の問題に似ていることから感じる気持ちであったり、
かつての自分のように感じていることもあれば、あるときの情けない自分で
あったり、うまくいっている時の自分であったり・・・と、実に多様な心の
動きを、カウンセリングを通して追体験している、とも言えるかもしれませ
んね。

 そう言った経験だけではなく、少し違ったことから自分の内側を見てしま
う『破目』になり、しんどい想いをした分、何かを掴もう、と思っているん
です。

ちょっとした闘病記~~もうひとりの私へ~~の続きを読む

2008年2月20日

すっぱい葡萄を甘くするには?〜あきらめていませんか?自分のこと〜

 自分の限界を感じることが多くなりました。体力的には勿論、記憶力も。
歳を重ねるということは、確かに新しいものにチャレンジし得る能力は減る
ものである(中村、断言)。しかし、意欲はそうではないと思ってるんです。

 このところ、付き合う事の多かった年上の友人が、「○○歳なんだから、
そんなに無理しなくても・・・」とか「あなたも若くないんだから、出来る
はずがないわよ。」などと口にするのですよ。私の方はやる気満々だったり
するのにね〜。

 確かに、バイト先で20くらいのオーダーを人を間違えずに出すことがで
きていたハタチくらいの頃の記憶力はもうありません。20人の名前を一度
に覚えるくらい結構楽勝もんだったのが、最近ではそうもいかなくなった。
20人なんてとんでもない話で、あれほど良かった私の記憶力は溶けてなく
なったのか・・・とほほ・・・と嘆いていてもしょうがないんだけど。

すっぱい葡萄を甘くするには?〜あきらめていませんか?自分のこと〜の続きを読む

2007年12月 5日

彩を添える〜感じるこころを大切に〜

 車を走らせていると、日に日に景色が変わるのを感じるこの季節。澄んだ
秋空に金色の炎をゆるやかに巻き上げているような公孫樹が美しい。数ヶ月
前と比べ物にならないほどに影を落としたかのような緑の山に、真紅の楓。
春とは全く異なる街に見せてくれる、桜並木。茶色くなって丸まって、やが
て風にさらわれてしまう葉っぱの数々は、どこへ行くのでしょうか。

 人生はよく一日や一年に例えられるが、これが「ひと月」ではないのは
きっと、その風景にメリハリがあり、心に感じるものが大きいからではない
か、とこんな風景を見ると思ってしまうのです。

彩を添える〜感じるこころを大切に〜の続きを読む

2007年9月19日

Just Now〜価値のある瞬間〜

 一人になりたい時、屋上に上がる。神戸の下町の住宅街にある我が家は、
築30年を越える古い一戸建て。この家に転居を決めた理由はいくつかある
が、敷地内に車が置けること、家族それぞれが個室を持っても部屋が余る、
などだったのだけど、思いのほか駅にもバス停にも近く、コンビニも見える
ところにあると言う、私にとっては結構恵まれた環境にある。足を運ぶこと
が少ないにしろ、実家も近い。収納が少ないのが難点だけど、とりあえずは
部屋数でカバー、というところかな。

 普段、仕事をする部屋は(よく言えば書斎?)一番広い部屋で10畳くら
いの洋室で、建築主の依頼なのだろう、石とタイルでできた可愛い暖炉の棚
が作りつけてあったりする。その上には、可愛いランプが壁の高い位置に二
つ。室内には収納が全くないので、本、CD、MD、衣類などの棚類、電子
ピアノ、デッキにスピーカーで、一杯。いつかは壁一面に棚のある部屋に、
こう言ったものをスッキリと片付けて広々と暮らしたいと、切に切に願って
いるんだけど・・・。

Just Now〜価値のある瞬間〜の続きを読む

2007年7月 4日

数字の魔術、言葉の魔法〜観念から脱出への第一歩として〜

 パソコンや携帯などで文章を作り、人に伝えることの増えた昨今、少々漢
字を覚えていなくても支障を来たすことも減りました。偏(へん)や旁(つ
くり)を覚えていなくても、書き順や送り仮名を少々違えていても、変換機
能は文章を作る私よりも賢いはずなので、大船に乗った気分でいるわけで
す。でも自分が覚えたのとは違う送り仮名で変換されることも時々あり、あ
れっ?と思うことも少なくはありません。いつ変わったんや〜って思うんで
すよ。でも私は案外こだわりがあり、気になってしまうのですが、それには
子供の頃からの経緯があるのです。

数字の魔術、言葉の魔法〜観念から脱出への第一歩として〜の続きを読む

2007年5月 2日

遺伝子のいたずら〜同胞(はらから)〜

 このところ 、自分を創っている遺伝子をよく思います。遺伝子を伝えて
くれた両親やその両親、そのまた両親・・・どこまでも続くわけなので
すが、身体の中に組み込まれている設計図の不思議を思うのです。 私
には弟と妹がいて、それぞれ似ているところもあれば、あまりそうではない
ところもあるのですが、紛れもなく同じ所から始まっていると感じられてしま
うことが多く、それは自分の子供たちの世代にも継がれていることが、私
の世代になると解りやすかったりします。つまり、ヴィジュアル的な「明らか
な証拠」が目の前に生きているわけです。

遺伝子のいたずら〜同胞(はらから)〜の続きを読む

2007年2月28日

共に育つ〜〜〜子供時代の自分を抱きしめる〜〜〜

 子供が自分の人生に入ってくるということは、とても大きな冒険であると
思っています。たとえば結婚してパートナーを得る、ということも、一緒に
歩んできたけれど生き方を選び直す、ということも、もちろんそうなのです
が、子供が自分の人生に入ってくるということはまた違った趣があります。
それは果てしのないような喜びだったり言いようもない責任感だったりしま
すが・・・それまでの生き方や価値観のいくらかを変えることでもあるとも
思います。そしてそれは、私たちの親が感じてきたことでもあります。

共に育つ〜〜〜子供時代の自分を抱きしめる〜〜〜の続きを読む

2006年12月20日

記念日〜〜〜あれから8年〜〜〜 

12月16日は、私にとって人生でおそらく忘れる事がない日付です。8年前のこの
日、それは元夫と私の離婚調停の結審があった日で、戸籍上の婚姻が破綻、つま
り調停による離婚が決まった日です。その日の本当の天候は覚えていないのです
が、重たい色の空だったような気がします。建て変わったばかりの家庭裁判所は、
新しくて綺麗な分だけ、妙に浮き上がっているように見えました。

何度も何度も思い直し、あの手この手を自分なりに考え元夫に提案し、それで
も話し合いにならなかった日々。なかなか向き合ってもらえなくて、ただ「お前
がおらなあかん」としか言わない元夫、その事に何も言えず苦しくて・・・情け
ない自分を責めたり落ち込んだり、それでもまだ顔色を見ながら生活する私、そ
んな親を見て一見何も解っていないようにみえた息子たち。

記念日〜〜〜あれから8年〜〜〜 の続きを読む

2006年10月25日

トリック  〜〜推理小説マニアだった少女時代の私〜〜

 12月の中旬に、横溝正史作品の「犬神家の一族」のリメイク版がロードシ
ョウ公開される。懐かしい・・・!!しかも前回と同じ市川昆監督で主演も
石坂浩二である。小学校時代は学校図書室にあったあらゆる推理もの、探偵
もの(ルパンやホームズ、明智小五郎のシリーズはもちろん完読である)を
読み尽くし、高校時代映画研究部に在籍した私としては垂涎ものなのである。
角川映画が最盛期の頃に中・高校生であった私は、映画もドラマも原作も勉
強そっちのけで夢中だったものだ。横溝正史以外に森村誠一の「証明」シリ
ーズや松本清張の「砂の器」なんかにもすっぽりはまった。「人間の証明」
の英語の主題歌を今でも空で歌えるくらいだ。西条八十の「帽子」と言う母
を懐かしむ詩をそのまま英訳した歌詞である。・・・ほんまに、そのくらい
勉強していたら私の偏差値は相当上がっていたことだろう!でもカラオケの
持ち歌は少なくとも一曲少なくなっている。まあ、それが私の人生の大局に
何らかの影響があったかと言うと、たぶん大してないのだろうけど。

トリック  〜〜推理小説マニアだった少女時代の私〜〜の続きを読む

2006年8月30日

自分を活かす  〜〜“私”と言う両親からの贈り物〜〜

 文章を書くことは決して苦手ではない。でも今回のコラムを書くのに結構
悶々としてしまった。時間がないと言うほどのこともない。書きたいことが
ないわけでもない。ただ、どうしても絞り込めなくて考え込んでしまう。こ
の、考え込むと言うことが私にとっては癖もので、堂々巡りの迷路に入り込
んでしまう。そしていつもの「人間とは」「命とは」・・・と言う何十年も
考えている私の底流にたどり着くことになる。こんなことを何年やったら気
が済むんだろう・・・。

自分を活かす  〜〜“私”と言う両親からの贈り物〜〜の続きを読む

2006年7月 5日

幸せのある場所〜本当の「赤い糸」〜

 最近私がお受けするご相談内容の中で、同じパートナーシップでも私の年
齢(45歳)やキャリア(子育て経験あり・共稼ぎ経験あり・離婚経験あり・
・・)のせいもあるのか、三十代後半から五十代以上の方の様々な形のパー
トナーシップについてのものが増えました。多くは、長年生活を共にして来
られたご夫婦の子供の成長後の距離感についてであるとか、ハードワーカー
の夫との間に知らない間にできた夫婦の溝が埋められない、とか、私の同世
代や少し下の世代の独身女性から多いのは、キャリア志向などから来るシン
グルライフへの不安感であったり、同世代のパートナーとの今後の人生につ
いて・・・と言うものがこのところ増えてきている感があります。 

幸せのある場所〜本当の「赤い糸」〜の続きを読む

2006年5月 9日

成長〜〜〜浅緑の季節〜〜〜

 花の盛りと入れ替わりに浅い緑の天井となった桜並木。ゆるい坂道を数人の
赤ちゃんをカートに乗せてお散歩中の、近所の保育所の保育士さんと思しき数
人の女性。うちの息子たちもこうして幼い頃の時間を過ごしていたんだな、と
見るとはなしにみていたら、そのうちの一人の女性が私に受かって軽く会釈。
私も会釈を返しながら、その顔を見ると、何と息子たちが幼い頃にとてもお世
話になったT先生だった。

 「先生、中村です!息子たちがお世話になりました!」実は福岡でのワーク
ショップのため結構な大荷物を抱えていたのだがそんなことより何より、まず
10年以上もあけての再会が嬉しかった。

成長〜〜〜浅緑の季節〜〜〜の続きを読む

2006年3月15日

遠い春〜〜一枚の写真から〜〜

 目の前に一枚の写真がある。雪の積もるレンガの壁の前で、真っ赤なコートを着た若い私が雪を踏みしめている。遠景でも分かるくらいに、笑った顔でうつむいて、雪を踏んでいる。
 同じような写真が、ある家にはきっと有るだろう。被写体は、今は亡き親友、N子。一つ違いの私たちは仲が良いと言うより、解りあっていたのだろう、頻繁に連絡を取ることはそうなかったが、何かの時には一緒にいた。この写真は、2人で思いついて、気ままな北海道旅行をした時のものだ。何しろ、ちょうどこの季節、3月の半ば過ぎに宿も決めず、船で「北海道に上陸する」ことが一番の目的、と言う、今思うと非常に無謀な旅だった。まず、新潟からフェリーに乗る、と決めたまでは良かったが、新潟に向かう最終列車に乗り遅れ、結局新潟までも夜行列車を使う事になった。

遠い春〜〜一枚の写真から〜〜の続きを読む

2006年1月18日

かわりゆく風景〜〜馴染みの街を歩く〜〜

 最近、意識して歩くことにしている。時折触れるのだけど、子供の頃左足に
大怪我を負った後遺症があり、やはり年とともに多少の衰えを一番感じるのは
この足。今は取り立てて不自由はしてないのだけど、漫然とした不安をずっと
持っていて、ちょっとした心がけや軽い運動、そして時折痙攣を起こすのでそ
れに備えての漢方薬を出していただくなどで、今のところは切り抜けてはいる
けど。

かわりゆく風景〜〜馴染みの街を歩く〜〜の続きを読む

2005年11月30日

12月がやってくる〜〜〜父とピアノ〜〜〜 

 12月の足音が近づいてきました。世間では言わずもがなのクリスマス。あちらこちらでは華やかなイル
ミネーションが師走の到来を感じさせてくれます。
 12月には、父に纏わる想い出がたくさんあります。
おねだりの下手な私が何年間も欲しがって、ようやく買ってもらったピアノ・・・今も実家にあるのですが・・・を買うために楽器店を回り、卸センターのようなところまで連れて行ってくれてずらっと並ぶピアノを全て触らせて貰って、
「さぁ、お前の一番気に入ったのを選びなさい」
と父。当時4年生だった私は、妹もまだ赤ちゃんだし、弟もいるし、と考えて値段を見ながらもじもじしていると、
「ここまで来たら少々は変わらへんから、値段は気にするな。」

12月がやってくる〜〜〜父とピアノ〜〜〜 の続きを読む

2005年10月 5日

まっすぐに歩く  〜〜当たり前にできていること〜〜

 歩く、と言う動作は、左右の足を交互に地面から離し、進みたい方向へ
進む、と言う、多くの人にとってはごく当たり前に特に考えてする行動で
はありませんね。でも、私たちが赤ちゃんだったとき、歩けるまでには多
くの成長のプロセスを経ています。

 また、疾病やけが等の事情で、歩くことがままならない、と言うことも
少なくありません。歩く、と言う動作一つを考えても、思うことはたくさ
んあります。

まっすぐに歩く  〜〜当たり前にできていること〜〜の続きを読む

2005年8月10日

数字のおはなし〜成長曲線〜

 家を片付けていました。そうしたら、小さな小さな、名前入りの足首にはめ
るバンド。そこには「中村ベビー○月○日○時○分出生  2230g 」と
いう記載が。

 我が家長男が生まれてすぐにつけられたバンドでした。この数字を見てわか
るように、彼は本当に小さく生まれました。10ヶ月お腹にちゃんといて、母
子共に健康・・・だったんです。

数字のおはなし〜成長曲線〜の続きを読む

2005年6月 8日

おばあちゃんの形見〜〜〜時を経て流れる想い〜〜〜

あれはちょうど息子たちと同年代の高2のころ、当時現代国語を持っていた
だいていた(今思うと、ですが)結構若かったN先生、とても勉強熱心・研究
好きな先生で、古い書籍を探しているという話があり、うちにあったおばあち
ゃんの形見のすごく古い「源氏物語」を持って行ったことを覚えています。明
治時代のものを探しておられたようで、うちにあったのはそれより少し新しく、
大正初期のもの。でも、おばあちゃんは、とんでもない形見を本の間に遺して
いたことが後で発覚・・・忘れ難い想い出となっています。

おばあちゃんの形見〜〜〜時を経て流れる想い〜〜〜の続きを読む

2005年4月 6日

新たな冒険〜〜〜出逢いがもたらす恩恵〜〜〜

冷たい雨が何度か降ると、その度に陽射しが柔らかく、暖かくなる気がし
ます。
そろそろ山は浅い緑に変わり、街路樹にはまだ固いけれどおなじみの淡紅
いろの蕾が色をつけ始めます。

新たな冒険〜〜〜出逢いがもたらす恩恵〜〜〜の続きを読む

2005年2月 2日

○毎日が記念日 〜日常を慈しむ〜

 今朝、目覚めると窓に雪が積もっていました。神戸の街中では年に数回の 
積雪があればいい方ですが、今日がまさにその日だったようです。
どうやらこの冬一番の寒気団が訪れたようです。

 神戸の町は東西に長く、北に六甲山、南側には海を控えているので区域に
よって随分気候が違うのです。

○毎日が記念日 〜日常を慈しむ〜の続きを読む

2004年11月10日

○風の香り 〜個性とともに生きる〜

 朝、外に出た瞬間にふわぁっと流れてきた、金木犀の香り。

 いつもの街角で、炒りたてのコーヒーにパンの焼ける匂い。

 どこかのおうちの晩御飯のお味噌汁。秋刀魚の煙。

 街のにおいの成分は、きっとこんなありふれた生活でできているのに違い
ありません。

○風の香り 〜個性とともに生きる〜の続きを読む

2004年9月 1日

○息子と私〜思春期真っ只中の悩み多き日々〜

 長男は先日、18歳になったばかり。身分は一応、「高校3年生」です。一応、
と言うのは彼が後半年をどう過ごすか、つまり学校にまた行き始めるのか、
決め兼ねているからです。

○息子と私〜思春期真っ只中の悩み多き日々〜の続きを読む

2004年6月 9日

○蒼氓

 音楽好きの私は、車の中でも家の中でも、たいてい音楽を流しっぱなしです。
タバコやお酒、恋愛などの依存は皆無なのですが、音楽アディクション
(依存症)かもしれません(笑)。
そう、それに昔は活字中毒、と言われたこともありました。車中から見える
看板、電車の吊り広告、目に入る文字を次から次へと読まないと気が済まない
ような感じ。高校時代がピークで、古本屋で千円で買えるだけの本を買って、
とにかく読む。

○蒼氓の続きを読む

2004年5月 1日

☆プロフィール

 ☆中村 ともみ(なかむら・ともみ)

 12年余りの結婚生活にピリオドを打ち現在は高校生の息子二人との生活。
 結婚生活がもたらしたものは嫁姑問題、金銭問題、子供を預けながらの兼
 業主婦生活など、全てカウンセラーとしてのキャリアになっている。
 また、友人知人には教育や医療、福祉に従事する人が多く、そう言った分
 野にも強い。結婚生活、職業・職場での悩み、子育て、将来の方向性と言
 った分野に加え、「大人の恋愛」の相談も最近は多い。

 更に詳しい情報&ミニコラム集へ