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2016年9月27日

自由になる方法と赤いマスカラ

今年の夏のはじめ、赤のカラーマスカラを買いました。
大好きなライターさんが、ご自身のブログで、老舗文房具メーカーが開発したカラーマスカラを載せていたのです。
一目みて、綺麗だなって思ったんですね。
使ってみた感想として、文房具メーカーならではのこだわった色合いで、意外に使いやすいしオススメですよ~って
べた褒めされていたのを読んでむしょうに欲しくなったのでした。

名駅地下のドラックストアを3軒まわり、でもそのメーカーのは置いてなくて、思いついて東急ハンズをさがしてやっと見つけました。
慌てて化粧品を探し歩くのなんて、物欲が薄いわたしにしては珍しいことで、なんだか新鮮な経験でした。

部屋の姿見鏡のまえに座り、さっそく開封したマスカラは、写真でみたよりさらにパキッとした色合いでした。
ドキドキしながら、まつ毛にのせました。
帰りぎわに立ち読みしたファッション誌には、目尻だけにワンポイントでのせるって書いてあったけれど、そんなテクニカルな使い方はあきらめていさぎよく上まつ毛ぜんたいに。

丁寧に塗り重ねた結果、普通ではありえない色にそまったまつ毛を、鏡にちかづいたりはなれたり、斜めから見たりしながら確認してみて、うん、とわたしは思いました。
お洒落かどうかよくわからないけど、少なくともヘンじゃない。
なんだか鳥みたいで、でもわたしのさっぱりした雰囲気には馴染んで、自分で見る限りヘンではない。

よし来週、心理学の仲間と会うときにつけていこう~と、上機嫌で考えていたら、そういえば大学時代のころ、髪の毛を鮮やかな色にそめてみたい欲求があったことを思い出しました。

大学生のわたしは、いわゆるキャンパスライフに馴染めずに、逃げ道として勉強ばかりしていました。
いまよりもっともっと自分に自信がなくて、自分のことが嫌いだったころです。
綺麗なものが自分に似合うなんて思えなくて、化粧もお洒落も苦手で、でも華やかな女の子たちの中でスニーカーにジーンズなのも恥ずかしくて、いつもグチャグチャな気分でした。

髪を染めたいという想いは、ばくぜんとしたものでした。
鮮やかな髪の色など、自分には手にあまると思ったし、本気で実行する気などさらさらありませんでした。

ただ人混みのざわめくキャンパスで、息苦しさにあえぐたび、はっとするような色で髪を染めてみたいという欲求を覚えたのでした。
その欲求は、今思うと、自由になりたいという気持ちによくにていました。
自由になりたいとは、つまり、自分を表現したい、ということでした。

わたしが今のように、お洒落を楽しめるようになったのは、母校の神戸メンタルサービスに所属したことが大きいです。
だってまず、アロハとサスペンダーと紫のサンダルの派手なおっさん講師(社長)が、セミナーしてるんだもん。(笑)
ファッションで冒険してみて、多少失敗しても、セミナー会場ではコントラストがきいてるからあんまり目立たないだろうと思ったんですね。
セミナーに着ていく服を選ぶときは、無難さよりも着てみたい服を選んでみるようになりました。

色を帯びていくわたしの格好を、たくさんの仲間がよろこんで褒めてくれました。
わたしが自分らしさを表現しはじめていることを理解して、自分たちはそれが嬉しいよって、直球で伝え続けてくれたのでした。
服装の変化に比例して、わたしは自分の気持ちを話すようになりました。
そうこうするうちに、いつしか息苦しさ薄れてゆき、ふと自由だなあと思う瞬間がふえていったのです。

次の週、カラーマスカラをつけて、仲間たちと会ったとき、彼女らはわたしの目をのぞきこんで、赤い!赤い!よく似合う!と笑いました。
似合うと評されたことにホッとして、わたし少し変わったファッションが好きなんだよねと答えたら、
知ってるよ、なんであれちょっと独創的なとこがマミの魅力よねって云ってくれました。
まばたきすると、なんか南国の鳥みたい、とも。(笑)

さてさて。
自由になりたいって思うとき。

自由になるのはすごく難しいことで、例えば今の生活を棄てて海外を放浪するみたいな、思いきったことをしないと得られないような気がしますよね。
でもね、自由って感じるものなんですね。
実のところ、自由を感じるきっかけって、そんなに大げさなものじゃないです。
それこそ1500円のマスカラひとつで、得られるものなんですね。

海外を放浪するのも悪くはないですか、でもまず先に、もっと自分を表現してみませんか。
いつもひと目を気にして、息を殺している自分の心を、言葉でも、絵でも、歌でも、ファッションでも、お菓子作りでも、手段なんでもいいから解放してあげませんか。

それがどれほどの自由な感覚を与えてくれるのか、味わってみてほしいなと思います。

読んでくださって、ありがとうございました。
みなさんのお役に立てたら幸いです。

紙谷まみのプロフィールへ>>>

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2016年9月20日

誰かの歓びとなり世界が変わる

10歳の時、友人と一緒に交換日記をしていた私は、「10年後、ハタチになったこの交換日記を持って会おうね!」と約束した覚えがあります。
残念ながら、二十歳になったときは当時の約束も忘れ、ただただバイトと学校との往復の日々を過ごしていました。
それは、10歳の時に自分が思い描いていたハタチとは到底想像もできないような現状でした。

どうも当時のワタシには夢があったようで、10年後の「ハタチ」に希望や光を抱いて自分なりの人生を思い描いていたことは思い出されます。
10歳からの10年後を想像していたのですから、まるで未来年表を作るようなものですよね。

いつの間にか10年後に思いを馳せるような時期も過ぎ去り、その10年後に到達したときにはすっかりそんな構想は忘れていたわけなのです。

どうして10歳のときには夢のような10年後を思い描くことができ、今となってはできなくなってしまったのか。そんな心理学的な、というか若年寄り的なことを思いつくようになった自分に精神年齢の高さを感じるわけなのです。

一応、ミソジを迎える今年、10年前のハタチを思い返すと・・・もっと遊んでいればよかった、とか、もっと恋すればよかった、とか、もっと違う職業を目指してもよかった、とか、もっと旅に出ればよかった、とか・・・

すごくいっぱい思うのです(笑)・・・悲しいくらいに。(照れる汗とともに涙が流れる感じで)
でも、今から楽しんだって遅くはないし、心は自由に変容できますから「いつまでも22歳!永遠の22歳!」とか言っちゃうのも(痛々しいけど何か?)自分次第なんですよねっ!!

*****

若い時に若々しくいられなかった自分を思い出すと本当に背伸びしすぎていたように感じます。
世の中をわかったつもりになって、自分を悟ったようになって、何かを探求することもなく。
もったいない時間の過ごし方でしたし、何も知らず何もわかっていない自分に気づくことすらなく、つまらない人間だったと思います。

私が感じているものは世の中のほんの一部でしかなく、この世の中にはもっと美しいものも、もっと素晴らしいものも、もっと歓びをかんじるものも、いつも自分のすぐそばにありふれていることさえ知らずにいました。

自分一人が死んだところで何も変わることはないし、何が起こるとも思っていませんでした。
生きていても死んでいるような感覚に襲われるとき、いつも自分は一人で居ました。

でも、そうじゃない・・・私の存在が誰かの歓びになっていると知ったとき、不思議と死んだような感覚は消えて自分の存在を大切なものとして扱ってもいいのかな、と思えるようになりました。

自分の中にある内的世界、つまり自分のことを自分でどう見て、どう扱って、どう作り上げていくか、ということが変わると、世の中も違う角度から捉えることができるのですね。

*****

これから10年後、ヨソジになったときがどんな自分になっているか、楽しみで仕方がありません!

誰とどこでどう過ごしているのか?毎日どんな美味しいものを食べて過ごしているのか?
どんな体型でどんな服を着こなしているのか?結婚しているのか?離婚しているのか?
子どもはいるのか?ペットは飼っているのか?株は儲かっているのか?

いろいろと想像は膨らみますが、きっと10年後も「思ってたのと違うじゃん!」と突っ込みを入れて笑って過ごしているに違いない・・・と確信してしまうのはハタチのトラウマが続いているのかもしれませんね(笑)

庭野智美のプロフィールへ>>>

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2016年9月13日

東京おむつ屋敷

小さいころ、特に女性の多くは"おままごと"で遊ばれた経験、あるかと思います。
人気だった役は、やはりお母さんでしょうか?
あのお母さんって、いわゆる専業主婦ですよね。
家で料理をしたり、子供のお世話をしたり、お父さんが帰ってきたら「お帰りなさい、あなた」なんて言ったり。
そんな"お母さん"に、私は漠然とした憧れや魅力を感じていました。

そんな時代から、私はいくつもの学生時代や社会人を経て結婚し、妊娠をきっかけに専業主婦になる機会を得ました。
おままごと時代のことは忘れていましたが、「これからは家事と育児に集中できるんだな」なんてのんびり考えていたのです。


しかし、実際スタートした私の専業主婦生活には、思いもよらなかった苦悩が待ち受けていました・・・。
"家事と育児しかやっていない"ことに対して、「さぼっている、自分はできないやつ」という風に感じたのです。
私の夫は、家事や育児にも手を貸してくれていたので、
「仕事をしていないのに、家事や育児を一人でこなせず、申し訳ない。」とも感じていました。


なので、家のことはできるだけ自分ひとりでこなそうと努力しましたし、
ソファーに座ってのんびりお茶を飲んで休憩なんて論外!と、必要以上にやることを探していたように思います。
でも、それを続けていく事は大変です。
それに、夫は私が仕事をしてないことを責めるような人ではありません。

頭では解っているんです。でも、気持ちの方がどうしてもついていきませんでした。
「しないといけない」といった気持ちのもとで何かをして、「よし!私は今日これだけ頑張った!」
なんて自分自身を評価ができるわけもなく・・・。
「これでは足りない、もっとやらないと」が強くなる一方です。

私は専業主婦で収入が無いとうことから、さらに節約という形で現れました。
一時は、紙おむつを一枚当たり○円×銭単位まで計算をし。
そして、どこで買うのが一番安くて得か、「おむつが一枚、おむつが二枚・・・」と数え、電卓と睨み合っていました。
自分の収入がない分、出費を抑えることができることだと思いやっていたことでしたが、そんな私の姿を見た夫は

「そこまでやらなくていいよ」

と言ってきました。


その時の私は、
「何でそんなこと言うの!?私は、今の私にできることを一生懸命やっているのに!」といった気持ちでした。
それをそのままぶつけ、結果、勢いではありましたが、自分が今考えている事、
それに伴いやっていることを話し合うきっかけになったのです。
そして知ったことは、私自身が思っているほど、私は何もできていないと、周りが思っているわけではなかったという事でした。


例えば、
日々の洗濯物には、夫の通勤用のシャツや靴下があり、それらはちゃんと洗われていて、だから夫は毎日会社に行けている事。

毎日作っているご飯は、帰りが遅くてもちゃんと夫の分があって、帰っておいしいご飯を食べることが夫の楽しみであるという事。

そして何より、育児をしているからこそ、子どもが毎日元気に過ごし成長していて、そんな姿を見るのも、夫の楽しみだという事。

だからこそ、自分は毎日仕事を頑張れるし、それはとても立派なことなのではないか?と伝えてくれました。
私は自分が、"やっているか否か"だけを考えていて、
自分のやったことが他とどう繋がっているのか、考えてもみなかったのです。

確かに私は、"家事と育児"しかやっていないのかもしれません。
けれど、それらが"夫の頑張れる理由"につながっているのなら、
私の家事や育児にも、価値や影響力とか、意外とありそうな気がしてきませんか?
そして、自分の行動が誰かの原動力になっているのなら、自分にもまたやる気が出てきます。
私たちはそうやって繋がり、支えあっているのではないでしょうか?


あなたがもし、今の自分の存在意義や、動き方について悩まれているのなら、
自分の行動だけにとどまらず、誰とどんな風につながっているのか、ちょっと意識してみて下さいね。
あなたの行動によって、実は助けられている人、頑張れている人、きっといると思います。
そして、そういった発見があったら、ぜひ自分のこと、自分がやれていることを褒めて、認めてあげて下さいね。

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2016年9月 6日

隠したいことありますか?

毎日、暑い日が続いていますね。
みなさんは夏というと何を連想しますか?
私は夏になるとはじめてプールに行った5年前の夏を思い出します。

体調を壊して会社を休職していた平日のある日、暑さに耐えられなくて、思わず近くのスポーツクラブのプールに行ったときのことです。

そこにはムキムキのイケメン競泳コーチに目をキラキラさせて楽しそうに水泳を習っている
女性陣ががたくさん!
すごく楽しそうに見えました。

「お昼にはこんな楽しそうな世界が繰り広げられてるんだぁ?!」

とびっくりしたのを覚えています。
当時、会社員だった私は朝は早く出社し、夜は遅くまで仕事する生活だったので、平日の昼間、こんなにエンジョイしている方がいることに本当にショックを受けました。

それから早速、私もプールに通い始めました。
水の中は浮力があるので、プールにいるだけでもとてもリラックス出来る空間。
また私より全然年上の方がすごく速いタイムで泳ぐのを見て、水泳って体型や年齢だけじゃないんだ、面白いと思いました。

そのうちすっかり水泳にはまり、私ももっと長く速く泳ぎたい!競泳大会(マスターズ)に出たいと思うようになりました。

しかし、私には大会に出るのにどうしてもやりたくないこと、でもどうしても避けられないことがありました。
それは年齢を公開することでした。

女性にとって年齢を言うことはすごく勇気がいることですよね。
よりによってマスターズは年齢別なので、大会では電光掲示板の名前の横に大きく年齢が出てしまうのです。もう拷問ものです(苦笑)

出場しようかなぁ、やっぱりやめとこうかなぁと悩んだこと1年あまり。
今年の春、このまま悩んでいても仕方ないと初めてマスターズに出ることにしました。

コーチやお仲間に年齢のこと、何か言われるかなあとドキドキ挑んだ大会当日。
私は49歳なのですが、電光掲示板には50~55歳の表示が・・・。
ガーーーーーン、誕生日来てないのにもう50歳になってる!?
大会は年末時点での年齢で表記されるものなのでした。


そりゃないでしょと思いつつ、何かすがすがしさを感じる自分がいました。
隠すことがなくなって軽くなった気分です。隠すってすごくエネルギー使ってたんだなぁとも思いました。

気にしていたのは自分だけだったのですね。
年齢のことは誰からも何も言われませんでした。(笑)

都知事選の前に前石原都知事が小池知事に「あの厚化粧の女性・・・」発言したことが
話題になりました。

当選された時にメディアが小池さんに「あの石原都知事の発言をどう思われましたか?」
との質問に
「私は頬にアザがあって、それを隠そうとお化粧しているのであの一言は胸にグサリときました」
とおっしゃっていました。

自分の顔のアザのことをテレビで話されるなんて、なんて腹の座った方なんだろうと感動してしまいました。
自分のウィークポイントをオープンにする時、人には魅力的に見えるときがあるんですね。
あなたも隠したい自分を解放してみませんか?

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