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2016年7月26日

父がくれたお財布の話

私が高校生2年生ぐらいの頃。
父が、お財布を買ってくれたんですね。

どういう経緯か分からないのですが、
スーパーの買い物について行った私に、急に
財布を買ってあげるから、選びなさい、って言いだしたんです。

当時の私は、別にお誕生日でもないし、
記念日でもないのに、どうしてなんだろう?って不思議に思いながら
売り場で並んでいたお財布の中から
真ん中ぐらいの値段の、緑色のチェック柄のお財布を選びました。

帰り際、
「いや~、お前の財布の値段よりも、
お父さんの財布に入っているお金のほうが少ないわ(笑)」
ってネタにされたりして、

お金を使わせてしまって申し訳ない気持ちと、
お財布を買ってもらえた嬉しさと、
父の愛情と、きまずさと、ごちゃまぜになって

なんだか、泣きそうな気持ちでお家に帰ったことを覚えています。


そしてそのお財布は、私の宝物となり。
なんと、私は20代半ばまで、そのお財布を使い続けてたんですね。

ところどころ、破けていたり黒ずんでいたりで、正直、ボロボロだったのですが、
なんだか、父とのつながりを切っちゃうような気がして、
買い替える気になれなかったんです。

とくに当時の私は、両親の反対を押し切って
夢を追いかけて上京生活、真っただ中だったので、

せめて、このお財布を大切に使い続けることが、
私から父に対しての愛情表現なんだ、
・・そんな風に、勝手に私は思っていたのですが、

ある日、父に叱られたんです。
「もっといい財布を持ちなさい!情けない!」って(笑)

そんなことを言われると思ってもみなかった私は
びっくりして、言い返しました。

このお財布は、お父さんからのプレゼントだったから、
大切にしたかったんだよ!って。

でも、父は、
自分が買ってあげたものを大切にしてもらうよりも、
私が、もっともっとステキなお財布を買えるようになって、

「ほら、こんなにステキなお財布を買ったよ!」

って、自慢してもらった方がよっぽど嬉しい!
それが、親孝行ってものだ!!って私に言ったんです。


当時の私は、なんだか複雑な思いが入り混じり
父の想いを、素直に受け取りきれなかったのですが、

その後、心理学を学んだり、ワークショップに通うようになり、
自分の持っている「娘視点」だけではなく、
「親視点」のお話をお聞きするようになり・・・
なるほどなぁって、当時の父の愛が、腑に落ちるようになってきたんです。


父が子供の頃は、戦後のまだまだ物が足りてない時代で、
欲しいものがあっても、手に入れることが出来ない時代だったと聞きます。

だからこそ、自分の子供たちには
なにか買ってあげたい、豊かさを手に入れて欲しい、
恥ずかしい思いをして欲しくない、という願いは強かったんだと思うんですね。

でも、私はずっと、
そんな、大変な思いをして育ててくれた両親に遠慮して、
私だけが、良い思いをしちゃダメだって思っていました。

だから実は、お財布だけではなく、
食べ物も、着るものも、旅行や、趣味など、
とにかく自分にお金をかけることが出来なかったんです。

それはそれで、娘の愛に違いないのだけれど

でも、本当は・・遠慮なく人生を楽しんで、
いっぱいいっぱい、幸せ自慢をして

「私を育ててくれて、ありがとう」
「私はこんなに、豊かに過ごせていますよ~」

って、姿でみせてあげるとこが、
一番の親孝行なのかもしれないなって、思ったんですよね。


そこからの私は、
すこ~しづつですが、自分のためにお金を使えるようになっていったんですね。
それに伴い、父との関係も良好になっていきました。


・・・実は今年のお正月に、財布を買い替えたのですが、
父も一緒に選んでくれたんですね。

そのときに「そういえばこんなこともあったなぁ」って思い出して
胸が温かくなったので、コラムでご紹介しようかなって思いました。

もしみなさんの中にも、「親孝行したい」という思いがあって、
それが「遠慮」という形で表現されているとしたら

もしかすると、遠慮を手放して、あなたが幸せ自慢話をしてあげたほうが、
あなたの大切な人を喜ばせるかもしれませんよ?^^

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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2016年7月19日

ありがとう、ありがとう、ありがとう

料理をしていた時のことです。

「包丁が切れにくくなったなぁ~」と感じました。
「じゃぁ、また実家に行くときにおじいちゃんに研いでもらおうっと。」

思った瞬間

「はっ!それは出来ないんだった・・・・。」と気づきました。


この春、祖父が他界したのです。


結婚して家を出てから17年、
もう長らく一緒に住んではいないので、
正直にいえば、毎日存在を感じる人ではなくなっていました。


でも、こうした何気ない瞬間に思い出して
「もう居ない」ことに気付くのは、ショックも大きいですね。


お通夜やお葬式は、故人を忍ぶための時間ですから
悲しいのは、ある意味当然なのでしょうけど、
こうして何の心の準備もしていない時に不意打ちをくらうと
ダメージが大きいのだなぁ~と実感しています。


人間はショックなことが起こった瞬間や
衝撃的すぎることが起きた時には
割とやり過ごせてしまったりしますよね。

例えば、今回のように大切な人を失うことだとしたら
お通夜やお葬式、諸手続きに、来客への対応などなど
やらなくてはならないことが山ほどあり
そちらに頭が働くので余計なことを考えている暇が
あまりないですしね。

気が張っている分、なかなか悲しみを感じられなかったり
自分の受けた衝撃に気付かない事もありますね。


逆に言うと、ひとやま超えた時や、
一区切りついた節目の時には、注意が必要とも言えそうです。


実際に、うちの祖母は四十九日の終わった日の夕方に、
背中に大きな赤いぶつぶつができ始めました。
帯状疱疹でした。

喪主を務めた父は父で、翌日腰が痛くて動けなくなったそうです。

そのため、母は祖母を病院に連れて行ったり、
父の代わりにお寺に行ったりとそれはそれで大変だったようです。


「四十九日」ってやっぱり大きな区切りなんですね。
それまで、心も身体も緊張していたものが
ふぅ~と一息ついて、ふっと我に戻る瞬間なのかもしれません。

一方で
私にとって、今回の「四十九日」は、
むしろ感謝の気持ちに包まれる日となりました。


四十九日の法要の最中に、
いつもお世話になっている近所のお寺の本堂で
お経を聞いていた時にふと気になったのです。


「あれ?ここの本堂に入ったのって生まれて初めてじゃないかな?」


そうなのです。
40年間も生きてきて、
毎年お墓まいりに来ていながら、
子どものころにはお祭りになんかも顔を出しながら
身近にあったはずのお寺の本堂に、なんと初めて入ったのです。


つまり、私の人生が「法事」というものに
あまり縁がなく生きてきたということ。
幸せなことだと思います。
なんか、すごいことなのかも・・・と
ひとりで感動していました。

そしてもう一つ。
私が知らなくて驚いた事があります。

祖父が亡くなった時、母に何気なく聞いたのです。
「それで、四十九日っていつになるの?」と。

すると、母はカレンダーをめくり始めて
「えーっと、7週間だから同じ曜日になるんだよね。
1,2,3・・・」と数え始めたのです。


「何それー!?
そんなこと初めて聞いた!!」
と内心驚いたもののすぐに意味はわかりました。


「あぁ、
四十九日とは、
7(曜日)×7(週間)=49
という意味で四十九日なんだ。」


今まで生きてきて
「四十九日」という言葉は何度も耳にしてきたはずなのに
恥ずかしながら疑問にも持たず
なぜ49という数字なのか、この時まで知らなかったのです。


そして、
1週間ごとに卒塔婆を裏返す事とか、
お葬式にかかわることや
法事に関わることを全く知らない自分を
恥ずかしいと思うよりは、
「ありがたいな」と感じたのです。


だって、そんな知識を必要とせずに生きてこられたということ。
長く、身内を失わずにたくさんの家族に囲まれて過ごせてきたということ。


もはやアラフォーの私ですが、
なんと!6年前まで祖父母が4人そろって居たのです。
だから、娘には、祖父母(私の両親)に加えて
曾祖父母まで6人フルメンバーがそろって居たわけです。
夫側の曾祖父母は一人もいらっしゃらなかったので
それを思うと、全員そろって居たのはすごいことだな~と痛感します。
娘も私もたくさんの愛をたくさんの人数の家族から
もらっていたということですよね。


幸せな時間を過ごさせてもらったんだなぁ~という
あったかい気持ちでいっぱいになりました。
祖父を失ったことは、さみしいし、悲しいけど、
それだけでもない。
それ以上に大切な、家族のつながりを
思い出させてもらったような気がするのです。

そうそ、祖父は私の誕生日の朝に亡くなったんですよ。

「忘れてほしくない」
そんな祖父の祈りが入っているのかもしれません。
でも、そんなことをしなくたって忘れないのにね。
お茶目な祖父です。


おじぃちゃん、
長い間、幸せな時間をありがとう。

仕方ないから、これを機会に包丁の研ぎ方も練習するね。
でも、コツくらい、こっそり教えてくれないかな~。


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2016年7月12日

あの子たちが教えてくれた愛と罪悪感

学生時代によくボランティア活動に参加していました。
ある時、放課後の障がい児の遊び相手になるという活動に参加しました。

療養も兼ねたその施設では、親元を離れて暮らす彼らの姿がありました。
平日は学校が終わると、仲間たちと寝食を共にする施設へ戻ります。
週末になると親御さんが迎えに来て、それぞれの自宅で過ごすのです。
平日、学校が終わってから夕食までの時間を、私たちボランティアが
サポートして一緒に遊んだり勉強したりしました。

子どもたちは障がいをもっているとはいえ、そんなのおかまいなく
とっても元気で力いっぱい走り回ったり、叫びまくったり、
笑いあったり、ときにはケンカになったり。
やんちゃな子もいれば、大人しい子もいて、
障がいのない子と何ら変わりない「子ども」の姿を見せてくれました。

彼らは皆、最新のゲーム機やかわいいキャラクターグッズを
たくさん持っていました。
まるで、親が甘やかしすぎているのではないか、と思うほどでした。
そんな光景を見て、どうにも腹立たしい気持ちになってしまったのです。

それはなぜか・・・?

障がいがあるために何でも買ってもらえているように見えたからなのです。


私は障がいもなく、有難いことに病気もなく健康な体をもっています。
しかし、障がいのある彼らの姿が「羨ましい」と感じたのは正直なところです。

健康な体と障がいとを引き換えるわけにもいきませんし、
ましてや障がいを羨ましいと思うなんて口が裂けても言えませんでした。

でも本当は、障がいがあることを羨ましがっているのではなく、
親から気にかけてもらえていること、かわいがってもらえていること、
大切にしてもらえていること、いつまでも手をかけてもらえていること、
こんなことが羨ましかったのです。


しかし、今振り返ってみると・・・
彼らの両親がいかに自分たちの子どもに対して罪悪感を感じていたか、
ということがよくわかります。

障がいのある体に産んでしまったことを責めているからこそ、
離れて暮らす親は何もしてあげられないことを責めているからこそ、
それを詫びるように欲しいものは何でも買ってあげていたのではないか、と。

どうか自分たちを許してくださいといわんばかりに。


そんな気持ちの込められたゲームやおもちゃを受け取っていた子どもたち。

でも、全くそんなことはおかまいなしだったように思います。
子どもたちは親の愛しか受け取っていないようでした。

大切にされていること、離れていても愛情をかけて育てられていること、
親の愛をちゃんと知っていたのではないかと思うのです。

彼らに対して勝手な罪悪感を抱いているのは私のほうだったと、
今となってはそう思います。
そのことに気付いたとき、私自身も親から愛されていたことを
感じられるようになりました。

不思議なものですね。

仁和(庭野)智美のプロフィールへ>>>

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2016年7月 5日

ポイ捨てのできる場所には理由がある

ポイ捨て禁止!
と書いてあるところに、わんさかゴミが捨てられていることってありますよね。
自転車置き場のある1台のカゴの中だけに、ゴミがいっぱい入っていることも。

先日、近所をぶらぶらお散歩していた時、ショッピングセンターの周りを囲っているフェンスの内側が植え込みになっていて、そこに、ペットボトルが捨ててあるのが見えました。
そうそう、ゴミって、舗装していない場所や、植え込みに、よく捨ててあるんだよねー、などと思っていたら、あることに気がつきました。

どうして、植え込みなんでしょう。
どうして、土なんでしょう。

車で大きな国道を走っている時も、信号待ちで止まりやすい場所には、ゴミがよく捨てられています。中央分離帯が、土や植え込みだとたくさんあって、しっかりと舗装されているところには、あまりありません。

どうしてなんでしょう。

どうやら、これは、
「ゴミを捨てるべきじゃないところに、ゴミを捨てる」
ということに対して持つ、「罪悪感」が影響しているようなのです。

ゴミを捨てちゃいけないところに捨てる時、それは、よくないことっていうのは、私たちは知っています。ですから、誰かにみつかったらマズイと思いますよね。咎められるからです。
誰かにみつからないように、こっそりと、迅速に捨てたい、などと考えるわけです。

もし空き缶を車から捨てようと思ったら、どんな場所を選ぶでしょう。
空き缶は、硬いですから、硬いところに落ちたら、音がしますよね。車から投げ捨てたりしたら、きっと、カンカラカンカラカーンッ!!と、とてつもない音がするでしょう。
そうしたら、アスファルトではなく、舗装していない土のスペースを選びますよね。土なら音はしませんし、そんなに転がっていくようなこともないでしょう。ましてや、植え込みになっていて、木や草が茂っていたら、空き缶自体も隠されて、私のやり遂げた「いけないこと」もうまく隠されますね。

ということは、私たちは、そんなふうに、何かいけない(と思っている)ことをする時「罪悪感」を感じるので、それをなるべく感じないようにできる場所を、無意識に探すんですね。すると、カンカラカーンッ!!と音がするような場所じゃなく、誰にでも見られるような場所でもないところを選ぶのです。

こんな場合もあります。
他の「罪悪感」に紛れ込むやり方。

さきほどもお話しした自転車のカゴ。誰かの自転車のカゴに、ゴミを捨てようとはあまり思わないはずです。ところが、そこに何かのチラシとかが入れられていたらどうでしょう。しかも、何日も雨風にさらされて、くしゃくしゃになったチラシだったら。そこに、もうひとつ似たような「ゴミ」を入れるのは、空のカゴに入れることを思えば、ずいぶんと抵抗感が低くなっているかもしれません。すると、どんどんそのカゴに「ゴミ」が集まるというしくみですね。そのカゴは、「罪悪感」を感じにくい場所になっているからです。

「ゴミ」のお話ばかりですみません。
でも、これ「罪悪感」のお話なんです。

さらに言うと、「みんないい人」というお話です。

いけない(と思っている)ことをする時、私たちは、もれなく「罪悪感」というものを感じていて、でも、それを感じると苦しいので、なるべく感じないようにする、ということをしているんですね。
でなければ、「ゴミ」が同じところに捨てられるということはないのです。
「いい人」なのに、「ゴミ」を捨てるのかというツッコミがあるかもしれませんが・・

「罪悪感」は、自覚できている場合と、自覚できない場合があります。でも、「罪悪感」があるなら、同じことなのです。同じように、苦しいものなのです。

だから、「罪悪感」を感じる場所からは、離れたくなります。
もし、誰か大切な人が、あなたから離れようとしている時、それは、あなたのことを嫌いだからという理由ではなく、あなたを見るたび感じる、その人の「罪悪感」のせいかもしれません。

そんなふうに考えた時、あなたは、無駄に傷つかなくてもよく、そのことで、
その人の、あなたへ向けた優しさや、思慮深さを知るきっかけになるかもしれません。

おつきあいいただき、ありがとうございました。

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