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2016年5月31日

忘れゆく事を自分に許す

この原稿を書いている今日はししょーのししょーが来日し、
東京でセミナーをやっている真っ最中でしょう。
私も今回は参加しておりませんが、その昔何度か参加し、
その度に大きな気づきを得られたので
今日はその時の話しをしたいと思います。

ししょーのししょーのセミナーは心理学系のセミナーでも
かなり頻繁に心と向き合うための宿題が出ます。
しかも毎回毎回変わっていて、
「直感で、自分の人生から決別した日を思い出す」とか
「今の自分を愛の視点から見たらどう見えるか」とか
通常なら考えつかないような質問が
ウィットに飛んだジョークと一緒に問いかけられます。

しかし、その日は午前中に
「人生で一番辛かった出来事を思い出す」
という超ド直球な宿題が出ました。
宿題としても、かなりハードなやつです。
その後、ランチの時間となったのですが、
その宿題に加えて、しっかり自分の心と向き合うために
必要事項以外喋ってはいけないという
「無言の行」も付け加えられました。

ランチはセミナーの初日に分けられた
8人程のグループで取ることも義務付けられていました。
確かこの宿題は4日間のセミナーの3日目だったと思いますから、
グループのメンバーはだいぶ打ち解けられて仲良くなっていました。
私は元々自発的に喋ることが苦手で、
場が許されるなら何時までも無言で過ごせる人なのですが、
ダメな人は本当に苦行だったでしょうね^^;

折角仲良くなったメンバーと
ちょっとお通夜のようなランチの2時間を終え、
(黙っている上に、
 人生の辛かった出来事を思い出す宿題が出ていましたからね)
セミナー会場に戻ってきました。

ランチの後は、
海外のセミナーらしくダンスタイムが設けられていました。
日本で行われているセミナーでは
あまり見聞きしたことがありませんでしたので、
私はこのダンスタイムが毎回楽しみでした。
ダンスタイムへの取り組み方も自分のパターンが出るので
物凄く面白いのですが、
この日、セミナー会場に入って、
ノリの良いダンスナンバーが聞こえてきた瞬間、
私は号泣してしまったのです。

一緒に居たグループのメンバーが驚いて
どうしたのかと思って寄ってきます。
私が涙ながらに叫んだ言葉は
「ダメ!こんな楽しい事をしていたら宿題を忘れちゃう!」

この瞬間は宿題を完遂することが
震えが走るほど大事なことだったのか、と思ったのですが、
ダンスタイムが終わってしばらくした時、
「ああ、私は忘れてしまうことがいけないことだと思ったのだな」と
気付いたのです。

これは大きな気付きでした。

私は楽しいこと、嬉しいことがあると
辛いことをスッカリ忘れられる人です。
辛いこととは、つまり、
自分が傷つけられた事も、人を傷つけた事もです。

私はそれを罪深いこととして自分に刻みつけたのです。
楽しいことを自分に許さないという形で。
忘れるという事を自分に許さないという形で。

これがこの宿題の「正解」だったのかはわかりません。
しかし、私にとってこの気付きは大きなヒーリング体験でした。
もちろんその後、他の参加メンバーも
その人なりの癒やしと気付きを得ていたのを見ると、
それぞれがそれぞれの「正解」を見つけたのでしょうね。

「忘れる」というのは、究極の許しだと思います。
私もだいぶ許しが進んだのか、
こうやってシリアスにゆっくり自分の心の奥底を探らないと
「何があったら自分がこうなったのか」
話せないぐらいになりました。

そういえばカウンセラーの勉強を終えた卒業式の時、ししょーに
「あなたの人生に何がありましたか?」と聞かれたのですが、
喜びと嬉しさのあまり「忘れました」と答えたぐらいです。
(ほとんどのメンバーが辛い時と
 それを乗り越えてきたことを思い出して涙ぐむ場面で、です)

多分、自分の人生がより良い方向に進んでいれば、
それで良いんだと思います。

忘れゆくことを自分に許して居ないなと思われた方。
自分に忘れゆくことを許してみてください。
「忘れられないから辛いんだ」という方も、
ただ、そうすることを自分に許してみようと
この瞬間、思うだけで結構です。

もし、忘れることが
耐えがたい程の罪だと思われる方がいらっしゃるのなら、
こんな考え方があることも知っておいてください。

忘れると似たような言葉に「風化」という言葉があります。
風化には3つの意味があります。
1つは自然の作用の「風化」
2つ目は記憶や意識などが月日とともに薄れていく、
まさしく「忘れる」という意味の「風化」
3つ目は徳によって教化するという意味です。

3つ目はあまり普段使われていませんね。
私も震災関連の事を調べていた時に初めて聞いた使い方で、
辞書を引いて確認した程です。
でも、こんな「風化」だったら素敵だと思いませんか?

きっと、私の体験も風化され、
人生という名の船を進める優しい風として吹いているのだと思うのです。

あきやまともみのプロフィールへ>>>

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2016年5月24日

あの日の授業

小学3年生の時、初めて担任の先生が男性の教員となりました。
それまではずっと女性の教員だったので、新鮮味があり、
でもちょっと怖いかも...とも思っていました。

ある時、何かの理由でその担任の先生が怒って、
授業を放り出して教室を出て行ってしまいました。
すると翌日、先生がクラスの皆にプリントを配ってくれました。
そこには、授業が出来なかったことをどう思ったか?とか、
先生がどんなことを思って出て行ったか?とか、
これからどうしていったらいいと思うか?、
などという幾つかの設問がありました。

私は、どうして先生がクラスの全員に対して怒っているのか、
よく分かりませんでした。
確かに、クラスの子数名が授業中に騒いでいて
授業が進まなくなったんだな、とは思っていました。
でも、それは一部の人の話。
なぜ、関係のない自分も巻き込まれているのかは分からなかったのです。

今、振り返ってみると、
クラスにいる一部の子に対して子ども達同士で
「騒いじゃダメだよ!」とか「シー!」とか
注意をし合えるようにして欲しかったのかな、
と担任の先生の意図を読み取りますが、
当時はそんなことまで到底考えることは出来ませんでした。

なので私は、配られたプリントに思っていたことを正直に書きました。

「今、思っていることは、
授業がないなら早く家に帰ってゲームをしたいなぁと思っています。」

当時の先生はこれを読んでどう思ったのか、
これまた分かりませんけれども、
それ以降、いくらクラスがうるさくても
先生が教室を出て行くことはありませんでした。

*****

私たちは、自分が感じていることや相手に分かってもらいたいことを
上手く伝えることができずに、お互いが困ってしまう
ということによく遭遇します。
人との関わりをもって生活している以上、仕方のないことかもしれません。

人類の長い歴史の中で言葉は人が築いてきた文化とともに発達してきました。
今でも新たな現代語が生まれたり、流行語があったりしますよね。
その全ては人とのコミュニケーションや情報共有のためにあるようです。

子どもの頃は、自分の考えていることと周りの人の考えていることに
それほど差異はないように感じていましたが、
大人になればなるほど、どれだけ親しい仲でも
丸ごと全てを知り尽くすのは難しいと感じるようになってきました。

そんなときに役立つのが相手とのコミュニケーションです。
特に日常会話では、情報共有よりも
お互いの気持ちや価値観の分かち合いに焦点が当たりますよね。

相手と自分に何か共通点があるとお互いに仲も縮まりやすいものです。
でも、私にとって人間関係が本当に面白いと思ったのは、
自分と全く異なる素質をもつ人と関わるようになってからでした。
共通点ばかりの人間関係は安心感を抱きますが、
どうもマンネリ化してしまうのです。
それよりも自分と違うところのある人とは、
お互いにみている世界の角度が違うので、
その違いを楽しむ方が断然ワクワク感を抱くのです。

親子でも兄弟でも、いつも身近にいる人でも、
お互いが全く同じではありませんよね。
似たようなところもあれば違うところもあること、
それが面白くもあり、時には問題になることもあります。
人はそれぞれ違って当たり前ということを知っておくと
人間関係に一層深みが増すかもしれませんね。


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2016年5月17日

ケンカも悪いもんじゃない

"ケンカ"。それはどんな人間関係においても起こりうるものです。

ケンカをすることは、落ち込む、自己嫌悪する、八つ当たりしてしまうなど、嫌な気持になる原因になってしまいますよね。
そういった理由から、ケンカを極力しないように気をつかったり我慢している、という方もいらっしゃるかもしれません。
"ケンカするほど仲がいい"なんて言葉はありますが、
「しないにこした事は無い」というのが、大半の方の意見ではないでしょうか?


私は、出産して半年を過ぎたころ、夫と激しいケンカをして家を出て行ったことがありました。
原因は覚えていないですが、始まったケンカが収集つかなくなり、
「買い物に行ってくる」と、投げ出すような形で私が出ていきました。
初めは、本当にスーパーに行って帰ってくるつもりだったのですが、湧き上がるイライラやモヤモヤを振り切るようにひたすら歩き続け、
気が付いた時には自宅よりだいぶ離れたところまで行っていました。
立ち止まって現在地を確認した事で頭も冷え、近くのカフェで暖かいココアを一杯飲み、
自分がどうしたかったのか、やっと落ち着いて考えることができました。

その頃の私は、慣れない育児で何と言っても余裕がありませんでした。
オンとオフの切り替えなんてないようなものですし、加えて寝不足。
夫は家事や育児を手伝ってくれましたが、私が、一人になる時間を欲している事には気が付いていなかったようです。
(私も、主張をしていませんでした)
夫が休日にソファでテレビを見ている姿を見て、
「休みがちゃんとあるっていいよね~」なんて嫌味を言ってしまう事も増え、同時にやってくる自己嫌悪にも苦しみました。
私がしょっちゅう文句を言っていたので、夫もあまり私と話さなくなり、
そんな夫に「話を聞いてくれない!」と私が更に怒り、とても悪循環でした。

私は余裕のない状態なので、湧き上がってくるものを夫にぶつけ、それを繰り返してしまう自分自身にもパニックになっていました。
夫へは日頃のイライラから、何とかして言い負かし、自分が正しいと証明したい、なんてことも考えていたと思います。
しかし、私が本当にしたかった事がこんな事だったのか、というと・・・そうではありません。


心理学では、【怒りは助けを求める心の声】ととらえることがあります。
この時の私も、決して夫に「勝ちたい」わけではありませんでした。
「今の私をわかってほしい、助けてほしい」という気持ちを伝えたかったんです。
でも、これを素直に伝えようとしても、

「言っても分かってもらえないかもしれない」
「自分の気持ちを自分でコントロールできないなんて情けない」

といった不安や自分を責める気持ちが邪魔をしていました。
でも、自分から伝えようとせずに「汲み取ってほしい」というのは、やはり難しい事なんですよね。
イライラしている私と、そんな私を避けていた夫の間には、とても距離があったでしょうからなおさらです。

私は家出をきっかけに、「ちゃんと話そう」と思いました。
それは、家族が大切で、みんなで楽しく過ごしたいからです。
それには自分の本当に伝えたいこと、希望を伝える事は必要になります。

自分の正直な気持ちを伝えるのは勇気がいりますから、初めはスムーズにいかないかもしれません。
それでも、"何を伝えたくて相手と話しているのか"を意識できていれば、ケンカも決して悪い事ではありません。
ただお互いを傷つけあうものではなく、ちゃんとしたコミュニケーションになるからです。

一度ケンカが始まってしまうと、自分の本心を冷静に見つめるというのは難しい作業ではありますが、それができるようになることで、
自分にも、相手にも愛がちゃんと存在していることが見えてきます。
私のケンカで言えば、私が助けてほしいと思っていたのは、"イライラせず、家族で仲良く過ごしたいから"でしたし、
私が家出から帰ると、夫は子供の世話しながら待っていてくれました。
帰ってゴチャゴチャだったら、私が、「自分が家出したからいけないんだ」と、自分自身を責めることを、わかっていてくれたからです。


私たちは、関係を壊したくてケンカをしているわけではありません。
それぞれの気持ちを伝えあい、それを受け入れたり受け入れてもらうためです。
それを体験していく事で、お互いの関係はより深く強いものになっていきます。

あなたが本当に伝えたかったものはなんなのか。
ケンカの際は、ぜひ一度考えてみてくださいね。

山本美登里のプロフィールへ>>>

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2016年5月10日

~犬と私~

最近、17年半飼っていた犬を亡くしました。
白いメスのトイプードルでした。
家族同様に接し、生後50日余りで我が家にやって来てから過ごした17年余りの時間は大きなものだったなぁと思います。

老犬は、少しづつ弱っていくと思っていましたが、犬も長生きするようになると、いろんな病を得るのですね。
その辺は、人間とまったく同じです。

15歳の時に、さほど暑いわけでもなかったのに室内に居て熱中症にかかったのをきっかけに、心臓が悪くなり、最後はてんかんの発作を繰り返すようになりました。
結局、今年に入ってから何度かの発作の後、心臓の方が持たなくなって息を引き取りました。
飼い主の腕の中で逝きましたから、これ以上はもう、どうしようもなかったなと思います。

火葬にして、庭のキンモクセイの木の下に埋めてやりました。
すぐに土に返っていくことでしょう。

動物は人間よりも寿命が短いゆえに、その生と死につぶさに関わることになりました。
"生"が良いもので"死"が悪いものだとは思いません。

死を考えることは、生を考えること。
どちらも2つでひとつです。

そんなことを思っていたら、かつて飼っていた犬のことが、記憶によみがえりました。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜

私が小学校3年生の時の話です。
それまで、我が家では犬は飼ったことがありませんでした。
母が、「動物は先に死ぬ。死んだら可愛そうやから、飼うたらアカン。」
というのが、その理由でした。

確かに。
だから特別に犬を飼おうとは思わなかったし、友達の家で飼っているスピッツ(当時の流行の犬種です。)を、遊びに行った時に触らせてもらうくらいで満足していました。

ところがある日、いつもの遊び場に行くとダンボールの中に子犬がいるのを見つけました。
可愛い顔をしています。
みんなで、代わる代わるに抱っこしたりして遊びました。

地面に置くと、歩くのですが、何だか歩き方がおかしい・・・。
片足を引きずっています。
ケガしてるのかな?

夕方になって、家に帰る時間になりました。
『この犬、どうしよう?』
『連れて帰ったら、お母ちゃんは怒るやろな。』
『そやけど、ケガしてるし、このままほっといたら死んでしまう。』
子どもなりに、幼い頭でいろいろ考えたのですよ。

『私が今より良い子になって、勉強して、お手伝いもして、犬の世話もちゃんとやったら飼ってくれるかもしれへん。』
そう思いました。
結局、意を決して連れて帰りました。

私:「お母ちゃん、ただいま。」
母:「おかえり。」・・・?「なんや?その犬は?」
私:「遊んでるところにおってん。」
母:「どないすんのん。」
私:「飼いたいねんけど・・・。」
母:「あきません!」
私:「ほんでも・・・。」
母:「犬は先に死ぬ。死んだら可愛そうやから、飼うたらアカン!」

お決まりの言葉を言われたあとは、泣き落としを試みたような気がします。
ガンとして聞き入れなかった母が、ハッとしたのは、やはり犬が足を引きずっているのに気が付いたからでした。

「こんなケガした犬、だれも飼わへんな。」
そんなやり取りをしている時に、父が帰って来ました。

父は元々動物好きです。
犬の足を見て、
「これはな、添え木をしてやらんとアカンわ。」
そう言って、手当てをしてくれました。
手当てした犬を捨てに行くわけにもいかず・・・
結局我が家で飼うことになりました。

飼い始めた子犬は、我が家の主役でした。
その頃ですから、もちろん外飼いです。
器用な父が庭に犬小屋を作ってくれましたが、当時の家には「縁の下」があり、そこが子犬のお気に入りの場所でした。
毎日のように、学校が終わると友達を連れて来て、犬と一緒に遊ぶのが楽しかったこと!

ところが、子どもの私は生き物を飼うことに対する自覚が欠けていました。
数年が経ち、中学生になる頃には学校のことが忙しくなったのを理由に、昔ほど世話をしなくなってしまったのです。

犬はとても従順な生き物です。
たまに遊んでやると、体全体で喜びを表して嬉しそうにしていましたが、相手にしてくれないとなると、シッポを下げて庭先から部屋の中をのぞいてションボリしていました。

結局、日頃の犬の世話は母になってしまったのです。
「だから、言わんこっちゃない!」
母にも叱られてましたね。

私が高校生になった頃、犬が病気になりました。
その頃は狂犬病の予防注射くらいで、ペットに混合ワクチンを打つような習慣はなかったように思います。
さすがにその時には玄関先に入れてやりましたが、私が学校に行っている間に息絶えてしまいました。
私が家に帰って来た時には、市の環境局に引き渡した後でした。

「もう、二度と犬は飼わへんよ!」
泣きながら言った母に、私も同意するしかありませんでした。
最後まで責任を持って飼う意識が乏しかった自分に罪悪感を感じていましたから。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜

それから時は流れて数十年。
ノラ犬や捨て犬なんて、ほとんど見かけなくなりました。

あれ以来、犬を飼うことはなかったのですが、高齢になった父が脳こうそくで倒れて車いす生活になり、変化に乏しい暮らしをするようになって、フッと『犬を飼ってみたらどうだろう?』と、思いつきました。

"昔の経験を教訓にして、しっかり最後まで責任を持って飼う"
そう心に決めて飼った真っ白なトイ・プードルは、申し分なく父と母を癒してくれました。

飼い始めて2年後に父が亡くなったあとは、ずっと母の心の支えでした。
「あんたがおってくれたから、お父さんがおらんようになっても、ひとっつも淋しいことなかったわ。」と母に言わしめた犬。
その犬が亡くなって、母がペットロスにならないかと心配もしましたが、どうやら杞憂に終わりそうです。
相変わらず「動物は先に死ぬ。死んだら可愛そうやから、もう飼わへん。」
と、言っていますが
「飼わなければ良かった。」とは言いません。

ありのままに生きて、飼い主への愛情を表すことで、こちらもまた惜しみのない愛を注ぐことが出来ました。
犬は精一杯生きたことで、たくさんの喜びを飼い主に与えてくれました。

かつて飼っていた犬に、これだけのことはしてやれなかった思いはありますが、だからこそ今回は悔いなく見送ってやれたんだなって。
そう思います。

どちらのワンコにも、「ありがとう。」です。

もしかしたら私は生涯で、あと一度くらい犬を飼うことがあるかもしれませんが、出会えたことに感謝し、存分に愛して育ててやりたいと思っています。

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2016年5月 3日

花ざかりの庭で思う、かつて受け取れなかった「愛」のこと

今、我が家の庭では色とりどりの春の花が咲き始めています。
チューリップは赤、白、黄色の昔からある一重のもので、私が数年前に植えたアンジェリケやピンクダイヤモンドといった最近人気の派手な品種は、もうとっくに消えてしまいましたが、夫の母が丹精していた昔風の花々は優しく穏やかな空気を私たち家族に届けてくれています。

このコラムが掲載される5月の連休の頃には、今年も宿根草の鈴蘭が白く可憐な花を咲かせてくれるはず。
現在はホームで暮らしている姑がずっと手入れをしていてくれた庭は、最近は雑草もたくさん出てきてしまっていて、せめて草取りくらいはもっとちゃんとしたいなあと私も思ってはいるのですが、なかなか時間も取れずに今に至ります。


そういえば私がこの家に嫁いできてから、今年で28年くらいでしょうか。。
その間、本当にたくさんのこと、いろんな出来事がありましたが、私たち家族の変化とは対照的に、この庭の花々はあまり変わりません。、
ただ一心に咲いているかのようなそれらを見るたびに、かつては大嫌いだった春を楽しめている自分についつい苦笑する私です。

今、そんな私の30年余りの来し方を振り返ってみて思うこと。
もしもあの頃の私がもっと大人だったら、例えば今のこの私だったら、きっともっとうまくやれていたんだろうなということです。
もちろん、過去を悔やむことは今はほとんどないですし、自分を責める気持ちもだいぶ無くなったので、後悔しているわけではないんです。
ただ、あの頃の私はホントにひどかったなあ、子どもだったなあと笑ってしまうような感覚があるだけで......。
そして、過去の自分を笑い飛ばせる今の自分になれてよかったなって、そんな風に思うのです。
私が今、とても幸せだから。


私が若かったころ、私は自分に全く自信がなく、自分が大嫌いで、劣等感やコンプレックスの塊でした。
「自分はバカでノロマでブサイクで、鈍くて気が利かなくて、運動音痴で、不器用で」って――、こんなふうに自分を貶す言葉が尽きることなく湧いてくるくらい、自分を攻撃していました(笑)。
だから、それが誰であっても、人と話していて相手の目をまっすぐに見るということが、なかなかできませんでした。
道を歩いていても視線はいつも足元を見ていて、ふと顔をあげて向こうから誰かが来るのが見えると、さらに深く俯いて気付いていないふりをするのが常でした。

自己嫌悪が強いと、自分を隠したくなります。
そして、相手の目が怖くなります。
自分で自分を嫌い過ぎているので、相手が自分を好意的に見てくれる、ということが想像できないんですね。
相手の目を見たときに、そこには絶対に「嫌悪感」や「蔑み」「批難」「怒り」そういったものが浮かんでいるはずと、自分自身がそう思いこんでいるからです。
こんなに最低最悪のヤツなんて、私なら絶対に好きになれない、と感じるからこそ、周りが好きになってくれるということを信じ難くなるんです。
そして周りの好意や視線を、ネガティブに捉えてしまうか、なかったものにしてしまう。
今ならその理屈が分かるのですが、当時の私にはそんな知識もなく、自分が感じていること(「私は人から好かれるような存在ではない」という思いこみ)が正しいと思いこんでいたのです。


例えば、私が会社勤めをしていたころ、隣の席にとても親切で、優しい先輩がいました。
50歳くらいの女性で、とても面倒見がよく、気が付く人で私は良くして貰っていたのですけど、どうしてもその人に対する怒りが抑えきれなかったのです。
どういうことかというと、その人は私がちょっと席を外すと、その間に私の仕事をやってくれているということが多く、それはもちろん好意からではあったのだけど、私は彼女に「私の仕事を取ってしまう悪い人」だと感じていました。
そのことがすごく、私の「無価値観」を刺激していたのだと今ならわかるのですが。

「無価値観」という感情は、自分には「価値がない」と感じてしまう感情です。
この無価値観が強いと、周りからの感謝や愛情と言った素晴らしいものを受け取る事が出来なくなったり、そのままの自分では価値がないと感じるので、人の役に立つようなことを頑張ったりして「付加価値」をつけたくなります。
その結果、したくもない「犠牲」にハマり、ハードワークをしてしまって、疲れ果ててしまったりもするし、目の前の相手を嫌いになったりしてしまうのです。

あの頃私は、「自分は出来損ないで、普通の人が出来るようなこともろくに出来ない」「私はノロマで仕事が遅い」などと感じていたので、彼女が私の仕事を手伝ってくれたり、こっそりやってくれると、「出来ない私」をどうしても意識しなくてはなりません。
彼女にとって私は「傍で見ていて、つい手を出したくなる」くらい「仕事が出来ない」んだ、私はどうしようもなく劣った人間なんだ、と感じてしまってとても辛かったのです。
そして、「私だってやればできるのに、脇から仕事をひったくっていくなんて最低のヤツだ」と決めつけて、怒っていました。

ですから、そのひとと相対するときには怒りを抑えきれず、ついぶっきらぼうな口調や態度になってしまったり、まるでイガグリのようにトゲトゲしい空気をまとっていました。
きっと彼女も、私が彼女に対して腹を立てていたことには気づいていたと思います。
それでもいつも、困ったような表情が垣間見えることはあっても、変わらず優しくしてくれていたその女性の「大人な態度」に対して、余計に自分の「不出来さ」「幼さ」を感じさせられてしまい、私はネガティブなスパイラルから抜け出すことが出来ませんでした。
当時の私には、どうしても自分の感情を抑えることが出来なかったんですね。
結局、私が異動になるまで、その関係は続きました。


そしてこれと同じ経験は、結婚してからも姑との間で再現されてしまったのです。
同居するようになってから、なにかと手と口を出してくる義母に、私は心底、怒りを感じていました。
「あれも出来ない、これも出来てない」と、「いちいちアラ探しをされている、嘲られている、馬鹿にされている」と感じていて、本気で怒っていました。
本当はそうではなかったのにね。

今ならばわかるんです、
職場のあの先輩も、本当は自分に自信がなかった、会社に居場所がなかったのじゃないかって。
だから一所懸命、誰かの、皆の、会社の役に立とうとした、そうすることで自分の価値を感じたかったんだろうと。
だけどきっとそれだけでもなくて、心から、私のことを「援助したい、助けてあげたい」と思って下さっていた、「愛したい」という思いもあったのだと。
もちろん、彼女だけでなく、姑もです。
実際、私はカウンセリングや心理学を学ぶようになるまで、ずっと長いこと辛かったのですから。

姑だって老いていくこと、子どもたちが大きくなって誰にも必要とされなくなること、迷惑な存在になってしまうことに必死で抵抗していたのだろうし、家族のために頑張ってきたからこそ、何もできないことは耐えられなかったはず。
それに、目の前に辛い思いをしている人や、援助を必要としている人がいれば、手を差し出したくなるのは人として当たり前のことです。
けれど自分自身の「劣等感」や「無価値観」しか見ていなかった私には、それが全く見えなかったのですね。
当時の彼女たちと同じくらいの年齢になった今だから、また、「心」を学ぶことが出来た「今」の私にははっきりと見えるのですけれど。


そう、目の前に「愛」があったとしても、自分自身が「罪悪感」や「無価値観」のフィルターを付けていたら、それを見ることは出来ません。
愛を受け取るためには、自分自身の痛みやネガティブな感情を手放していくことも必要なのだと、今の私は知っているけれど、当時の私は知らなかった。
だから、その職場の女性の愛も、姑の愛も、受け取る事が出来なかったのです。

そうして今。思うこと――、今更どうなるものでもないけれど、もしも今の私で過去の世界に戻れるとしたら、私はたぶん、彼らに「ありがとう」を伝えたいと思います。
あの時は、愛を受け取れなくてごめんなさい。遅くなったけれど、今、受け取りに来ました――、そう笑顔で言えたら、どんなにいいだろうって思うんです。

でも残念ながら、過去は変えられないんですよね。
だからせめて、心の中で時々伝えています。
そうすると少し、心が軽くなるような気がするだけでなく、イメージの中の彼らも綺麗な笑顔になります。
たぶん、過去を悔やんだり、未熟だった自分を責め続けるよりは、きっとそれだけでいいのでしょう。

このさきもきっと、庭に咲いた花の可憐さに、それを植えて丹精してくれた義母の愛を受け取るように、今からでももっともっと、これまで受け取れなかった愛を受け取れるようになりたいと思います。
たぶんきっと、「愛」に「時間」は関係ないはず。

あなたにも、受け取りそびれている「愛」はありませんか?
「愛」に「時間」は関係ありません。
受け取りたいと思った時がその時です。
あなたの心が「愛」と「感謝」で満たされますように。
ずっと、応援していますね。

三枝みきのプロフィールへ>>>

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