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2016年4月26日

人生バラ色

こんにちは、瀬川弘毅です。

私は、離婚経験者なのですが、
元奥さんの言動で印象に残っていることがあります。

元奥さんなので、後に、離婚することになるのですが、
これはパートナーと円満にするために
大切なことなのではないかと思いますので書いてみました。


その当時、私は転職したばかりだったのですが、
会社の状況が急に悪くなり、
残業代もボーナスもカットという想定外の状況に陥っていました。

今まで通りの生活をしていたら、やっていけない、
奥さんにも家計のために働いてもらわないといけない状況でした。

さらに転職したばかりで、自分の仕事も誰かに聞かないとわからず、
うまくこなすこともできていませんでした。

毎日、
できない自分にイライラし、
養うこともできない自分への情けなさ、
奥さんに何もしてあげられない自分の無力さ、

などを感じていたのだと思います。
(当時は、認識できていませんでしたが)

だからといって、
奥さんのために何かするわけでもなく、
家事ができる訳でもなく、全て任せっぱなしで、
家に帰っても、不機嫌な態度で接していたのです。

当然、そんなことをしたい訳ではないのです。
でも、そんな風になっていることすら
当時の私は気付いていないのです。

そして、もうオートマチックに、
本来したいこととは逆のことをやってしまうのです。

一方、元奥さんの方は、そんな中でも家事をこなし、
私が仕事から帰ってくる時間に合わせて、
ご飯が炊きあがるように夕食を作ってくれたりと、
献身的に尽くしてくれていました。
(当時、私はそれを当たり前だと思っていました)


ある日、いつものように私が仕事から帰宅して、
相変わらず不機嫌に、ご飯を待っている時、
ご飯の準備をしている元奥さんが、
軽く踊りながらニコニコしながら、
ご機嫌な様子で、ふと言ったのです。

「こうちゃんといると、人生バラ色やー」
(こうちゃん:私のあだ名)

それを聞いた時、
何かわからないけど、涙が溢れてきたのです。

独り言のように言っていたので、
私が泣いていることには気付いていなかったのですが、
料理をテーブルに運んできた時に、異変に気付いたのです。

一瞬びっくりした様子でしたが、すぐに笑顔で肩を組んできたのです。
そこで、私は耐えきれず号泣してしまいました。

何もしてあげられてないと感じていたけど、
そんな自分とでも、一緒にいることで
人生バラ色と感じてくれて、
心から幸せそうにしてくれている。

それが嬉しくて嬉しくて、
本当は、それを見たかったんだな、
奥さんを幸せにしたかったんだと。

そんなことを感じていたのだと思います。


もしかすると、元奥さんは、
その時、お昼のお友達とのお茶会が楽しかっただけなのかもしれません。
テレビが面白くて、ご機嫌だったのかもしれません。

それでも、そんな事は私には関係なかったのです。
何もしてあげられてないと感じて、不機嫌にしている
そんな私といても、笑顔で幸せそうに、
ご機嫌でいれくれる、それが嬉しかったのです。

もし、不機嫌な私に対して、同じように不機嫌な態度や、
気を遣って窮屈そうにしていたとしたら、
自分がそんな風にさせてしまっているんだな、
と、更に罪悪感を感じ、自分を責めていたかもしれません。
何でそんな態度なんだ、と、理不尽に怒っていたかもしれません。


あなたが
笑顔でいること
ご機嫌であること
楽しそうにしていること
活き活きしていること
幸せそうにしていること
人生バラ色だなって思ってくれていること

口には出さないかもしれないけれど、
それが、あなたのパートナーからすると、
一番望んでいることなのかもしれません。

だとすると、
あなたがパートナーと一緒にいる時、
パートナーの機嫌を伺って窮屈そうにしているよりも、
あなた自身がご機嫌でいることの方が、
二人の関係をよくすることに繋がるのかもしれません。

パートナーのご機嫌をとることを優先するよりも、
自分自身のご機嫌をとることを優先してみるのもいいかもしれませんね。

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2016年4月19日

つながり

先日、あるお仕事の中で、数人の方に、お手伝いをお願いできませんか?
と依頼のメールを送ることになりました。

なんの事はないじゃない、と思われる方も多いでしょう。

実は私、ずっと昔から誰かにメールを送る、本当の事を言うと
電話をかけることも、自分からラインをするのでさえ!大の苦手だったんです。
SNSなんて、もってのほか!

今ではもうだいぶ苦手意識も減りましたし、多分人並みには(?)
ラインのスタンプなんかも使えるようにはなってきましたけれど、
未だにフェイスブックは手が出せません。

なぜそこまで苦手だったのかといいますと。
かなりネガティブです。返事が来なかったらどうしよう。
変なスタンプって思われたら?
言ってることが伝わるかどうかわからない。頼んで断られたら傷つくし。
...等々、キリがなく出てきます。だんだん落ち込んできたのでこの辺で。

相手の反応がとにかく怖かったんですね。

よくママ友さん達が、学級懇談会の後に今日出会ったばかりの人と
ID交換なんかしているのを見ると、尊敬の念を抱きます。
どうやって「ID教えて」っていう会話にもっていっているのかすら、
わかりません。

ここまできて、そもそも、メールどころか、人付き合いが苦手だったんだ
と気が付きました(-_-;)

思い返してみると、心当たりがわんさか出てきます。

小さい頃から大きな孤独感を抱えて生きてきた私は、ずっと、誰も自分の
事など気にしていないと思い込んでいました。

私のことなんか、誰も見てくれていない。そんな自分は、この場所にいては
いけないとも思っていました。でも他にいる場所なんてありませんから、
ただ黙ってそこにじっとしている。

そう感じているときに、例えば何か大きな問題が起こったとしても。
一人で何とかするしかありませんでした。
誰かに助けを求めるなんて、そんな発想はみじんもなかったんですね。

一人で何とかするしかない、誰かが自分を助けてくれるわけがないと
思い込んでいますから、当然誰かに助けを求める訳もありません。
だから家族や周りの大人からは"しっかりした子"に見えていたみたいです。

その上ここにいてはいけない、と思い込んでいるので学校でも居場所を
見つけられず、孤独感を積み重ね、家ではしっかりした子をやり...。

誰かに自分からメールを送る?? 当時、メールはなかったけれど、
そりゃあ、無理でしょ。となりますね(汗)。


時が経って、たぶん人並み程度にはメールの類を扱えるようになった今。

数人の、ご無沙汰になっていた方や、時期的にお忙しそうな方にも、
無理を承知でメールを送りました。
お手伝いをお願いできませんか?と。

以前なら、一通送るのに最低30分はかかっていたと思います。
そして返事が来ても怖くてメールを開けない。冗談ではなく、本当に、です。

けれど意外とすんなり、送信ボタンを押している私がいました。
そしてみなさん、すぐにお返事を下さったんです。びっくりしました。

どうも私はすんなり送信ボタンを押していても、こころのどこかで、
どうせ返事なんて来ない。
来なくてもいいやと自分に言い聞かせながら送っていたみたいです。
傷つかないために。

そしてお返事は、いろいろ。予定をずらして下さった方、
どうしても都合がつかず、申し訳ないです、と言って下さる方、
次回なら手伝えるよ!とか、声をかけてくれてありがとう!と仰って下さる
方もいらっしゃいました。

その一通一通が、ショックどころか、みんなが何とか協力できないかと
色々考えてくれた思いが伝わってきて、すっごく嬉しかったんです。
これにもびっくりです。
あれ?断られたら、傷つくと思ってたけど、違うみたい。

よく考えてみたら、当たり前ですよね。こちらが急なお願いをしている
こともありますし、相手には相手の都合がありますもの。
都合をつけて下さった方はとても気持ちよく手を挙げて下さいました。
事実はただ、それだけ。誰かが傷つく理由はありません。

私はずっと長い間、つながりのない、一人の世界で生きていました。
大人になり、更に心理学や仲間に出会って、世界が広がり、
その世界の住人も増えました。お願いすることも、お願いされることも、
お断りすることも、お断りされることも増えました。

そして、傷つくことは、減りました。


私たちは決して、一人ではありません。一人で生きていると思い込んでいた
あの頃だって、私を気に掛け、手を差し伸べてくれた人はたくさんいました。
その手をつかもうとしていなかったのは、私の方でした。

あなたの周りにも、きっと手を差し伸べてくれる人はいますよ。
もちろん、私たちカウンセラーもその一人です。

春の空気をいっぱい吸い込んで、ゆっくり吐いて。
あなたの周りを見渡してみて下さいね。
そして誰かと、つながってみてください。まずは、メールから(笑)。

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2016年4月12日

桜が咲いた。

心ってほんと大事ですよね。

感性と言いますか、感じる事って言いますか。

最近の私というのは、仕事のほうが大変忙しくありまして、忙しいというのは仕事があるという事で大変喜ばしいことなんですが、あまりにも忙しいので、本当に心を失っておりました。

今回は、そんなお話しです。

私はカウンセリングサービス所属のカウンセラーとして、母体の神戸メンタルサービスのセミナーのお手伝いをさせて頂く事が度々あるのですが、用事や都合で事前にキャンセルさせて頂くことはあっても、参加しておきながら途中で帰らせて頂くようなことは一度もありませんでした。

でも、先日は、あまりに忙し中のアシスタントで、どうしてもアシスタントを続けていられず、途中で帰らせて頂いたんです。

そのぐらい忙しかったのですが、その途中で帰らせて頂いたセミナーのお昼休みの移動中の事です。

メンバーの一人が、こんな事を言ったんです。

「わぁ、桜が咲いてる。」

それは、3月半ばの事でした。

見ると、川沿いの桜が、見事に咲いています。

他のメンバーも言いました。

「わぁ、ほんとだねぇ。」

「早咲きの桜だねぇ。」

素敵なものを見つけて、その気持が拡散していく美しい瞬間です。

そして、私は思いました。

「桜が咲いたかどうかなんて、どうでもいいよ~。」

と、その場のいい雰囲気を壊すような気持ち。

でも、それで私はハッとしました。

全く心を失っているなと。。。

今年も綺麗に桜が咲いたかどうかって、どうでもいい事ではない。

すごく大切な事と言いますか、素晴らしい事だと思うんですよね。

そもそも、桜が咲くことは、毎年日本中が注目するニュースとなる。

昔、どこかの外国の人の言葉で、こんな事をいっていた事を覚えています。

「桜が咲いたかどうかがニュースになる日本って、素晴らしい国ですね。」

と。

そして、これはニュースの話ですが、日本を長く離れ外国で暮らしている日本の方が、自分の子供に、祖国日本の事を、

「桜が綺麗な国なのよ。」

と話していたことを。

仕事があることはとても大事なことですが、忙し過ぎると心を失ってしまいますね。

今回は、そんな事を実感した時期でした。

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2016年4月 5日

ネガティブなワードとの付き合い方

「はぁー。つかれた~~~」

疲れているとき、自然とため息のように
深く息を吐きながら、ついつい言ってしまいます。

みなさまはいかがでしょうか?


先日、クライアントさんがおっしゃっていたんです。
「すごく疲れているんです。しんどいです。」と
状態を"伝える"ための言葉として使ったところ
「そんな言葉は使わないほうがいい」と
とバッサリと切り捨てられてしまって
余計に疲れてしまったと(笑)

そして
「中村さんは「疲れた」と言ったりしますか?」
と質問されたのです。

  *  *


その「疲れたとかしんどいとは言わないほうがいい」
との発言を私が直接聞いただけではないので
その方の真意の程はわかりません。
でももしかしたら、
「ネガティブなことは口にしないほうがよい」
そんな風に考える方だったのかもしれませんね。


その姿勢はとっても素敵だな~と思います。
ただ、もしもそれが、言葉狩りのように
単にその言葉だけを排除しているのだとしたら、
いつか苦しくなってしまうのではないかと思ったのです。


人間なら誰でも、疲れている状態の時ってありますよね。
でも、それを「私は疲れていない。しんどくない」と
「ない状態」にして自分をごまかして、
うそをついて無理やりに元気な状態をKeepしようとすると
少しの間はごまかしが効くのかもかもしれませんが、
いつか破たんしてしまうのではないかと思うのです。


それはまるで「怒っていません」と
怒りの感情をなかったことにしたいがゆえに無理して、
あとで大爆発するということに
ちょっと似ていると思いませんか?

言葉は言霊。


だからこそ、美しい日本語を使いたいと思うし、
ネガティブな単語をつかいたくない、
ネガティブな状態ばかりにフォーカスしたくない
と思う気持ちは私にもあります。


それに1日中、そして1年中
そんな言葉達をつかっている人の近くには
私も正直、あまり近寄りたくありません(笑)


でも、そうやって一律に
「疲れたって言わないほうが良いですよ」
と言葉を断定的に封印されるよりは、


例えば、
「もしも「疲れた」と言いたくなった時には
「あぁ、今日もがんばった」と
言い変えをしてみるのもいいと思いませんか?」

そんな提案なら、素直に聞けそうです。


とはいえ、個人的には
「はぁ~。つかれた~~」というセリフは、
言葉と一緒に「ふぅ~」と息を長く吐くので
深呼吸の代わりにもなっています。
ゆるむためにも役立っています。
そして、余計なネゲティブなものを
呼吸に乗せて吐き出すという作用まであるのです。
私の中では、
浄化の作用も兼ねた儀式のようにもなっています。


こんな使い方なら、
たまにはいいんじゃないかな~と
思うのですがいかがでしょうか?


そしてそして、意外にいいのが、
もっと積極的にネガティブなものを
吐き出す方法としての愚痴。

今まで愚痴なんて言わないほうが
良いに決まっていると思い込んでいた私なのですが、
こんなやり方もあるのか!とずごく驚いた方法です。

「あー、疲れた、つかれたーー」
「もうやってらんない。ムリーー」
「うーー、やりたくなーーい」って。
好き放題、言いたいことを思ったことを
外に捨ててしまう気分でひとしきり騒ぐ。


さきほどの『呼吸と一緒に吐き出す』
のさらに上を行く
『言葉に乗せてどんどん吐き出す』


不思議と、吐き出したあとはすっきりして
「は~~。すっきりした~~。さ、がんばろう!」と
気持ちが切り替わるんです。


ポイントはダラダラ言い続けるのではなく
時間を切って、意識的に愚痴を吐いてみる事。


一見良くないと思われる愚痴も
こんな風に積極的にうまく使いこなしてみると
有効に使えるものなのですね~。


ただ単純にネガティブなワードであるという一面だけをみて
言葉そのものをを禁止することよりも、
むしろ、どんな状況でどんな風に使うのかを考えて
上手につきあう方が、より豊かであるのではないでしょうか?

言葉に使われたり、振り回されるのではなく、
使いこなす、関わってみるというイメージ。


言葉って本当に使う人次第。

私は「きっと」という言葉が好きです。

それは、
「きっと大丈夫」
「きっとなんとかなる」

未来の希望を見せてくれる言葉だからです。

でも先日「きっと」は良くない。
使っているなら今日から使わないほうがいい
という意見を聞いてびっくりしました。

その方の解釈では
「そうだと思います。きっと。」
「大丈夫ですよ、きっと・・・。」
と責任回避の無責任発言に使われる言葉だ
という認識だったようなのです。

なるほど、と思いました。


誰が、どんな場面でどのようにつかうのかによって
その言葉の持つ意味が変わってきますね。

「使う」「使わない」という単純な発想ではなく
そんな言葉の「背景」にも想いを寄せてみると
新たな発見があるのかもしれませんね。


さて、
あなたの良く使う言葉は、なんでしょうか??
あなたの好きな言葉は、なんでしょうか??

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