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2014年12月30日

小さな奇跡 ~1年の締めくくりに思うこと~

今年はいろいろなことがあった年だなぁ・・と1年を振り返ってみてそう思います。昨年の今頃には思いつきもしなかった出来事がたくさん起きた年でした。「年女」の1年間は、10年後に振り返ってみると「ターニングポイント」だったなぁ・・などと思うかもしれません。

特に大きかったのは、父が病気で倒れたこと。

一時は命を危ぶまれた父。
今も入院中の父のところに毎日通う母。
父の回復のひとつひとつが母の喜びになり、父の不調のひとつひとつが母の悲しみ、苦悩になっていました、

父は右半身が麻痺した状態で、今も言葉を話すことはできずにいます。ごはんも口から食べることはできません。一日の大半をベッドで過ごしています。

でも、以前は話しかけてもあまり変化しなかった表情が、問いかけや周りの状況に応じてはっきりと表情が変化するようになりました。うれしいんだな、やる気なんだな、疲れたんだな、怒ってるんだな、表情の変化で、父の思いが伝わってきます。

毎日毎日、口の動きや手足の動きを作るためのリハビリを3回に分けて、合計3時間。
母は必ず父の側にいて、声をかけたり、リハビリを手伝ったりしていました。

ずっと側にいる分、父の体調が悪く、リハビリが進まないときには、母はとても落ち込んでいました。
「いっそ、あのまま逝かせてあげていたほうがよかったんじゃないか?」という気持ちにもなっていました。

人は大切な人が苦しんでいるとき、そしてその人を助けてあげられないとき「自分のせいだ」と思います。それは、相手が大切であればあるほど切実に感じる感情なのです。自分を責めずにはいられないほど、相手の幸せを願うからこその感情・・。「罪悪感」を強く感じるのは、幸せにしたい誰かがいるとき、だとも言えると思います。

車イスに乗っているご老人の車イスを押している奥さんの姿を見たとき、母がこう言いました。
「お父さんが元気な時には、車イスなんて大変だな、と思っていたけれど、今は、うらやましくてしかたがない」と・・。

何もしゃべらず、点滴で栄養をとり、1日のほとんどをベッドで過ごす父を見ていると、回復して欲しいと思いつつも、車いすに乗るなんて夢のまた夢、のような気分にもなっていたんです。

リハビリ目的の病院に転院してからも、なかなか車イスには乗れなかったのですが、リハビリの一環として、頭の後ろにもガードのある特殊な車イスに乗って座る姿勢に慣れる訓練をしはじめました。
けれど、訓練士さんが数名がかりでイスに乗せる、というような状態で、自分で座っているという印象は全く感じられなかったんです。

この車イスに、座っていられるようになってくれたら、それだけでもありがたい。母も私も、どこかでそんなふうなあきらめの気持ちが持ち上がってきたりもしました。

ある日、その特殊な車イスの数が足りない、ということがありました。訓練士さんも、母も、なんとか車いすに座らせたいという思いがあったので、今までよりも不安定で、父の体に負担のかかる、普通の車イスを渋々使うことにしました。

母にとっての小さな奇跡が起きたのは、その時でした。

車いすに座った父が、自分で動かせる左手を使って、車イスのタイヤを回し、たまたま床についていた左足で蹴るようにして、自分で車イスを動かしたんです。

訓練士さんにも予想のつかなかった出来事でした。

母は父に向かって「すごいね、すごいね、おとうさん」と何度も言ったそうです。すると、父も満面の笑顔になって「うれしい」表情をしたのです。

その日から、母は、再び、父の回復を信じる気力を得ました。

母は、相変わらず、毎日、父のリハビリに付き添いながら、父のがんばりに「すごい!」と声援をおくり、父が弱気になると「がんばれ!」と励ましています。
父は母の思いに応えるように、小さなサプライズを母に届けているようです。

たくさんの入院患者さんを見てきた病院のスタッフに、「ここまで一生懸命に付き合う人はめったにいないです。ほんと、頭が下がります。」と言われる母。

今では、スタッフに「仲間」扱いされ、若いスタッフからは「お母さん」と呼ばれています。

「母」の思いは周りの人達にも伝わり、同じ部屋に入院している患者さんや、リハビリに通う人たちも、父の顔をみては「がんばって」と声を書けてくれていると聞きます。

絶望したくなる気持ちを何度も感じながらも、ずっと父に寄り添い、誰よりも父の回復を願い、信じている母。

そんな父と母の娘であることを誇りに思わずにはいられません。
そして、自分なりの方法で、父母をサポートできるくらい成長した自分自身にも、拍手を送りたいと思うのです。

みなさんにとって、この1年はどんな1年だったでしょうか?
思っていた以上の幸運を手にいれた方、
思っていたことがちっともうまくいかなかった方
いろいろな思いがあると思います。

反省に次ぐ反省を繰り返して、自分にダメ出しをしたくなるかもしれません。
でも、1年の最後です。がんばった自分や悩んだ自分、凹んだ自分を責めるのではなくて、「よくやったね」と声をかけて労ってあげてもいいんじゃないかなぁと思うんですよね。

1年の締めくくりをあったかい気持ちで過ごせますように・・
そんな思いをこめて、このコラムの筆を置きたいと思います。

最後になりましたが、
本年も「心理カウンセラーのコラム」をお読みいただきありがとうございました。

良いお年をお迎え下さい。


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2014年12月23日

みんなでひとつの音に

以前このコラムでも書いたのですが、私の好きなものにガムランがあります。
ガムランは、インドネシアの民族音楽(楽器)で、青銅で出来た何種類もの楽器をみんなで叩いて、
それが合わさってなんとも言えないひとつの音、メロディーを奏でます。
ガムランと言っても、その地方ごとにそれぞれのガムランスタイルがあり、私が習っているのは
ジャワガムランと呼ばれるものです。

週に1回、その講座に習いに行くのですが、毎年、練習をしているスタジオで内輪の発表会があります。
今年は11月に、演奏グループが毎年あるお寺の行事で演奏をしているご縁で、そのお寺の中にある催しができるような
場所を借りることになりました。
私たち講座(平日講座と日曜講座)グループが2つと講座でガムランを教えてくれる演奏グループ(ランバンサリ)、
そして、竹でできたチャルンという楽器のグループの4つのグループの参加です。 私にとっては2回目の発表会です。

私たちのグループは3曲の演奏で、曲ごとに楽器も変わります。私が挑戦した楽器も3種類、ボナン、パキン、クンダン(太鼓)と
いうものです。。私にとっては難しいものだったのですが、やりたくて選びました。
今までにどの楽器もやってはいるものの、いつもより少し難しいバージョンでの演奏だったりもして、どれもなかなか上手くいきません。
毎週の練習も、1曲につき2回程度しか練習できないので、出来ない箇所はそのままになってしまいます。

練習後、先生に個人練習をしてもらうのですが、ガムランはみんなと合わせてこそひとつの曲になるので、練習では出来るようになったつもりでも、すべての楽器と合わすと、聞こえてくる音(響き)が違う、メロディー部分が聞こえないなどで、
「わかんな~い!」と何度思ったことか。ガムランは短い曲を繰り返すことが多いので、途中でどこをやっているのかわからなくって立ち往生したり、ホントに大変でした。

失敗するたびに、「ああ、出来ないのに難しいのを選んじゃって、みんなに迷惑かけてる。」と申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
ガムランが好きなのに、上手になりたいのに、なかなか飲み込めなかかったり、ついていけなかったりすると、気持ちは本当にブルーで暗くなっていきます。
発表会で失敗する不安の前に、「私って、やっぱり何をさせてもダメだなあ」なんてエゴの声がいっぱい聞こえてきます。私以外のメンバーは、講座が始ったころからやっている10年選手や5年以上やっている人たちで、いろんな楽器をサラッと弾きこなします。 
みんな心の中では「いい加減にしてよ!」と本当は思っているんじゃないかな、なんて考えも浮かんできます。

そんな声が頭をよぎるのですが、実際には、みんな「大丈夫だよ。出来てるよ」と、足をひっぱる私に嫌な顔ひとつせず、励ましの声をかけてくれます。
「すみませ~ん」と言いながら、出来るだけ気持ちを外に向けるように、萎縮しないように、と心の中でつぶやきながら、みんなの音についていこう、溶け込めるようにと意識していました。
毎週の練習で、少しずつわかりかけて、出来るところも増えてきたのですが、どうしても上手くいかないところもあります。練習が終わると、曲を練習し始めた頃より分かるようになった、出来た!という思いと、なんでいつも出来ないの、と
二つの気持ちが出てきます。 だけど、そこは心理学を学んでいる者としては、「出来たところを褒めよう」と自分をおだてながら、練習に通いました。

いよいよ発表会当日。まずは、楽器の移動と設置です。小さい楽器、大きな楽器をみんなで運び込むのですが、テキパキとみんなが作業をして
リハーサルが始りました。ガムランは、会場や楽器の置き方で自分に聞こえてくる他の楽器の音も変わるので、ドキドキです。
案の定、曲の途中で自信がなくなり迷子になってしまいました。 だけど、「ガムランやってる人くらいしか、間違ってもわからないよね」と言い聞かせたり、そのお寺の境内を歩いてみたりと、気分を変えて本番です。

そして、本番。スタジオでの発表会だと出演者=観客ですが、今日はそのお寺の近隣の方や、出演者のお友達が来ていたりと、お客様もいます。
私のグループの最初の曲が、私にとっては一番の鬼門。不安がいっぱいです。 ルバブという弦楽器を合図にその曲は始りました。
いつものように、「あ、しまった。」とか「え、わからない~」と心の中で叫びながら、必死に平気なふりをして、なんとか無事に終わりました。
出番が終わると、「失敗しちゃった」とみんなが口々に反省の弁を口にしたり、「大丈夫、わからないよ」とか言い合ったりしています。
私もミスってはいるものの、「自分としては頑張ったよね」と自己承認をするものの、「なんで失敗しちゃったんだろう」という思いもありました。
でも、みんなで一生懸命に音をひとつにしようと合わせ、心地よい音色にしようと出来たことは、満足感がありましたし、少し難しいことに挑戦して、みんなに迷惑をかけたかもしれないけど、やってよかった!出来てよかった!という気持ちが
広がりました。 どのグループも無事に終わって、発表会は幕を閉じました。

その翌週の練習日は、発表会での演奏ビデオをみんなで見ることから始りました。 どんなふうに聞こえていたんだろうと、失敗したところが目立ってたら嫌だなあ、と思いながら見たのですが、感想は「けっこういい感じやん」ということ。
楽器を叩いている時に聞こえる音と全く違って、いろんな楽器の音が合わさり、調和のとれた音が響いていました。
楽器も心も合わさって、みんなでひとつの音にしていくこのおもしろさ、楽しさがガムランの醍醐味なんです。
まだまだ頑張って練習していこう、っと。次はもっと上手くなっていたいと思います。


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2014年12月16日

台湾旅行での大きな発見

10月の終わりに妻と4泊5日の台湾旅行に行ってきました。海外は新婚旅行以来になります。
台湾で印象に残ったこととしていくつかあげると、まず親日的と言われるだけあって、本当に親切な方々が多かったです。
困っている素振りをすれば、すぐに駆け寄ってきてくださり、助けようとしてくれました。
また食べ物も美味しいものが沢山あり、昼夜とわず食べたので当然のように体重が増えました(笑。

今回僕たちが、台湾に行った目的は妻は美味しい食べ物が食べたいという希望があり、
ぼくは日本統治時代の建物や世界的にみても大変な親日と呼ばれている国に興味があったので、
お互いの希望がかなうスケジュールを組みました。

その結果欲張りすぎてハードなスケジュールにはなりましたが、とても充実した時間
を得ることができ、とても満足のいく旅になりました。
そして、台湾に行ったことで、国内にいたらおそらく気づいていないと思える出来事も沢山ありました。

そのうちの一つは電車やバスなどでよく見かける、年配の方や妊婦さんや怪我をされている方が
優先的に座るシートでの出来事。
日本であれば、その場所が空いていれば優先されている以外の方も座っています。
でも、台湾では僕が交通機関を利用していたときは、優先される以外の人は、どんなに混んでいても座る方はいませんでした。
すごい衝撃でした。
優先者が来たら譲るという発想ではなく初めから座らないという意識。
残念ながら僕には全くなかった発想です。
そしてなぜなんだろうと自分なりに考えてみました。
ここからは僕の想像でしかないので、実際に台湾の方に聞いたら全然違うかもしれませんが。


もし僕が優先座席が必要な人だったとしたら、自分が座る前に誰かが座っていたら、はたしてその時に

「その席を譲ってもらってもいいでしょうか?」

と相手に言えるかといえば、僕は絶対にできません。
嫌な顔をされたり、文句を言われたらすごく嫌ですし、すごく厚かましいことではないかと色々考えてしまいます。

しかし、台湾での電車のように、初めから席が空いていればその様なことを思う必要はありません。

それ以外にも、階段しかない場所で、僕の両手がふさがっていて助けることができず、
、妻が荷物を重たそうに階段を降りていたら、男性だけではなく、女性の方までもが妻に
対して声をかけてきて荷物も持とうとしてくれました。

街中で地図を見て迷っていると、自ら寄ってきて、道を教えてくれたり。
困っている人がいると、手を差し伸べるということが当たり前にできる人が多い国民性なんでしょうね。

でも唯一次も体験するのが嫌だなと思ったことが、トイレの使い方が日本とは全然違うことで、
日本の場合、用をたして紙を使えばそのまま便器にいれて流しますよね。
でも台湾では、用をたして紙を使ったあとは、備え付けのゴミ箱に捨てます。
下水の関係で紙を流すと詰まりやすいので流したらダメだそうです。トイレの習慣は日本式がいいですね。

普段とは違う環境に身を置いたことで、日本では普通だと思っていたことが、海外で凄いことだったり、
逆に、日本ではあまりしてないことが、してもらえたことで自分に取り入れようと意識が変わったり。

後、面白い発見があって、日本の電車の中で大きな声が聞こえると、

「うるさいな~!!」

と思うことが、、台湾では何も思いませんでした。
恐らく、言葉の理解できないためで、ただの音にしか聞こえなくて、おそらく意味がわかると、無意識に内容を理解しようとして、意識が
うるさい方にいくのかもしれませんね。

沢山の感動と気づきのあった台湾旅行でした。そして、僕も台湾でのよい気づきを実践しようと思います。
僕が今回の旅で台湾の大ファンになったように、僕が困っている人を率先して自分からお手伝いすることで、幸せな気分を感じてもらえるなら
これほど嬉しいことはないです。

最後まで読んでくださってありがとうございました!!

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2014年12月 9日

最も罪なこと

昔、夜中にふと目が醒めてなかなか寝つけずテレビを点けて、見るともなくボーっと眺めることが、時々あった。
今は、一度寝ると夜中に起きることはほとんどなく、朝、目覚ましが鳴ってもなかなか起きれないけれど。

夜中のテレビは、お笑い番組が多いかと思う。
若しくは、昔の映画だったりドキュメンタリーだったり。

今年二十歳になる息子が、まだ2歳にもなっていなかった頃だったと思う。

ふと目が醒めてなかなか寝付けずテレビを点けてみると

『私たち人間が犯す最も罪なこと。それは、殺人でも盗みでもなく、自分に正直に生きないことです』

と見知らぬオジサンが話していて、吃驚した。
これはかなりの衝撃であった。

「え”っ!?人間の最たる罪が、自分に正直に生きないことなの?そして、それは殺人や盗みよりも罪深い事なのかッ!?」

確か、NHKか教育テレビだったと思う。
自分に正直に生きてさえいれば、人を殺したり盗みを働いたりしてもよい、などとこのオジサンが言いたいわけではないことは、モチロン理解できたけれど。
それにしても、国営放送でそんなこと堂々と言い切るなんて、大丈夫なのか?と要らぬ心配もしたりして。


そのオジサンはアナウンサーだったのか、宗教家だったのか哲学者だったのかわからないけど、なぜ、そう言えるのかの説明もしていた、と思う。
説明をしていたと思うのだけど、あまりの衝撃に説明の部分は私の記憶に、無い。

だけど、なんとなくそのオジサンの言わんとしていることも解るような気がした。


私たちの心の土台には “愛と親密感” があります。
それは見えるわけでもないし、そんなものあるように感じなかったとしても、です。

『すべての問題は分離感から』
そして
『この世に産まれた時から、分離感を感じている』
と言われます。

私たちは、漏れなく母親から産まれてきているわけです。
そしてある時、お母さんのお腹から一生懸命、産道を通ってこの世に産まれ出てきたわけです。

産まれ出て来た時には、まだ繋がっていたへその緒が先ず切られます。
母親と一体だった自分がそこから産まれ出て、それぞれの“個”となり、繋がっていたへその緒も切られるわけですから、その時に初めて分離感が芽生えたとしても不思議ではありません。

そして、その分離感があらゆる問題の元になるのだとすれば、私たちの根底にある
“愛と親密感”に素直に正直に在れば、そうそう問題を抱えることは無い、と言えることが出来ます。

しかし、私たちは成長過程で
・親から認められていない
・こんな自分ではダメなんだ
・誰も私を解ってくれない
・自分は迷惑な存在
など、色んな“誤解”や“思い込み”をします。

けれど、そんな風に感じるのはとても辛い。
そもそも、“愛と親密感” で繋がっていたものが、「そんなものはハナからなかったのではないのか?」と疑い、誤解し思い込んでしまうわけですから、分離感や寂しさはますます強化されていくように感じます。


あるはずの愛が見えず、「自分にはなにも与えるものが無い」「自分は誰からも何も与えられなかった」「誰とも親密になれず、理解し合えることなど無いだろう」と思い込むと、あちこちで問題が発生します。


「自分には愛を与えられてきたし、誰かに愛を与えることもできる」
「人との関係で親密感を感じることも出来るし、人を理解しようとすることも出来る」
なぜなら、 “愛と親密感” が土台にあるからです。
これに疑いを持たず、正直に欲しいものを欲しいと言え、与えれるものを与えていると、さして問題になることは無い。

だから、人殺しや盗みを犯す前に
『自分に正直に生きる』
ことは、なによりも大切なことなのだ、と、あのオジサンは言いたかったのだと思うのです。


しかし、正直に生きて来たつもりが実は、「怖くて自分を誤魔化していただけだった」と言うことも人生の中にはあります。
そんな時は、愛と勇気を持って、自分を赦してあげたいですね。

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2014年12月 2日

無欲になれば楽になると思っていたこと

 皆さんは「好み」とか「拘り」ってありますか?
 また、その好みや拘りをどれくらい重要視していますか?

 私は好きなものや嫌いなものと言われるとあまり出てこないほうなのですが、それでもやはり好みや拘りはありました。
 ですが、以前の私はそれらの好みや拘りを持つのは悪いこと、更には苦しさの元凶のように考えていました。

 例えば、恋愛でも仕事でもそうですが、何か好みや拘りがあったとして、それに合うものに巡り会うとそれだけで心は反応します。
 そして、その心が反応する対象のことが気になり、それに近付こうとし始めます。
 しかし、頑張ったものの届かなかったとしたら、それはとても大きな苦しさを生むことになります。

 この苦しさを何度も感じていると、心が反応しても無視することができるようになり、何かすることなく諦められるようになり、いずれは心が反応しないようになっていきます。
 ですが、この状態は心が反応しないように抑え込んでいるだけで好みや拘りが消えたわけではないので、何か苦しさのようなものを慢性的に感じていたり、調子が良くて勢いがついているときや何かの切欠でつい反応してしまったりもします。

 そこで上手く好みや拘りに合うものを手にすることができればいいのですが、そこでまた上手くいかなくて苦しくなることもあります。

 そんな時、私は「好みや拘りを消してしまえれば楽になるのに」なんて風に考えていました。

 そもそも好みや拘りがある状態は公平さに欠ける状態だと感じていましたし、好みや拘りを持つことなく、例えばどんな人でも愛情を示し、どんな仕事にも重要性を感じるべきなんだろうと思っていました。
 例えば、恋愛で失敗した後であれば、異性の好みを捨ててしまえばどんな人にでも魅力を感じて簡単に幸せになれるのではないかとか、もっと楽に新しく魅力を感じる人を見つけて愛情を持てるようになるのではないかと考えていました。
 そうやってあらゆる人の魅力を見ることができれば誰としても楽しく幸せに過ごせるだろうと思っていたのです。

 そういったことが「足を知る」とか、今有るものに目を向けて大切にしていくことなんだと。

 そのために心理学的な考えやアプローチを取り入れたりもしながら好みや拘りを消そうと頑張ってきました。
 その時は「人の心は変えられるのだから、好みや相性がどうこう言うのは問題から逃げているだけだ」みたいに思っていました。

 その結果として、いくつも消えていった好みの要素や拘りがあります。
 ただ、その結果として気付いたことがあります。

 それは、好みや拘りがなくなれば確かに楽にはなるけど楽しくないということです。

 好みでなくなったものや拘りでなくなったものには心が反応しなくなりますから、何の気持ちも湧かないどころか、認識しないことすらあります。
 何も反応しないということは何も求めないということですから、自分の選択権を感じることもなくなりますから、自分の意志を感じることや生きている実感も薄くなってしまうのです。

 但し、好みや拘りが消えて楽になり、結果として楽しさが生まれたところもあります。
 それは、心の傷の裏返しとして出来上がった「制限」としての好みや拘りが消えた時です。

 例えば、恋愛であれば我が儘な人に振り回されて疲れて傷付いた人が「次は絶対に私の気持ちを汲んでくれる優しい人を選ぶ」と決めたことによってできるような好みです。
 この時に疲れて傷付いた度合いだけ「気持ちを汲んでくれる人を選ぶ」という制限は強くなります。
 これは一見すると好みのように働きますが、必ずしも好みとは限りません。
 ある食べ物にアレルギーのある人がそのアレルゲンを避けることだけを重要視し過ぎて、自分の好きな食べ物かどうかを無視しているような状態です。
 本当はアレルゲンを避けつつ、好きなものを食べてもいいはずですよね。

 そういう場合は好みや拘りを消してしまえるほうが楽になりますし、選択肢が増えるので楽しくなります。

 そういった好みや拘りが少しずつ消えて行った結果としてもう一つ気付いたことがあります。
 なぜそれが好きなのか理由の分からない好みや拘りがあるのです。

 制限としての好みは「何でそれが好きなの?」と聞かれても結構あっさりと理由を説明できていました。
 「以前こういうことがあったから、私にはこういうのが合うと思うんだよね」という感じで。

 でもそうではなく、好きだから好きとしか言えないものがあるのです。
 ある意味、これが本当の好みで、その好みが合うかどうかがいわゆる相性なのかも知れません。

 そうすると無欲になろうとしてみたことは効果もありましたが、結局のところはそれでも残った好みや拘りに沿って行動するほうが幸せなんだろうなと思います。

 長々と書きましたが、皆さんの場合はどんな好みや拘りはどんなものがありますか?
 その理由を探ってみて理由が明確なものがあれば、それはまだどこかで傷付いた心がそのままになっているのかも知れません。
 その場合は心の痛みを大切に労ってあげてくださいね。

 もし理由がすぐには出てこないなら、それはとても大切なものかも知れませんから、改めて大切に扱ってみてもいいのではないかと思います。

 それでは、お読みいただいてありがとうございました。

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