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2014年11月25日

自律と調和のリーダーシップ ~ママさんのイベントから感じたこと~

こんにちは、建部かずのぶです。

奥さまと2人、流れるままに動いている感じなのですが、不思議な事が多すぎる今日この頃です。
引き寄せや言霊など、様々な法則があるようですが、ホンマにそうらしいのかも?

そんな私たちに最近気になっているのが、【リーダーシップ】という言葉。
どちらかと言えば遠い存在に思えたこの世界が、だんだんと身近になってきているように感じています。

子どもの頃からの自分を手放して、大人としての生き方をする。
人生において、これは大きなテーマだとも思います。

昔の日本では、「元服」という形で行われていたようですし、
動物界でも、親が子を突き放すというような分かりやすいやり方がありますよね。

自立には責任が伴います。
自分から動き、思いを発信して、周りを引っ張っていくことが求められます。

私はどちらかと言うと、そういう事はなるべく避けたい!って気持ちが強かったですね。

そんな事をするくらいなら、自分を隠して、自分の気持ちを抑えていよう。
ずっとそんなふうに思っていました。

ただ、どことなく不自由さを感じていたのかも知れません。
自分を隠して・・・なので、人の言動に合わせざるを得ないわけですから。

それが心理学を学び、いろんなプロセスを歩むうちに、
自分の言いたい事を言うようになったり、時には責任を感じる立場になったりと、少しずつ変化してきたように思います。

それとともに自由さがやってきたようにも。

でも、決して肩肘張っているわけではありません。
言う状況になったら言うし、動く時には動く。
そんな感じなのかも知れません。


年初に、ある子育てママさんたちとご縁がありました。
ある講演会で、「会場の方々と仲良くなってみましょう」という時間があり、たまたまちょっとご挨拶をした初対面の方々です。
その方の一人に、『今度私たちもこんなイベントをします。ぜひスタッフをして下さい!』と言われました。

実は交わしたのはこの言葉だけ。
あまりに不意すぎでしたし、フタを開ければ結構遠方でのイベントです。
「う~ん」と思うところもありましたが、とりあえず流れに乗っておこうと思って了解しました。

しかも動き出しは遅く、私が詳細を知ったのはイベントの直前、という感じでしたが、
スタッフとして参加してみたら、皆さんとてもステキな方々ばかりだったのです。

私に声をかけてくれたリーダーさんを中心に、みんなで考えて、みんながそれぞれの役割を主体的に動いています。
そして、それぞれが自分なりの楽しみ方をしていました。

幼いお子さんを抱えていたり、仕事や家事もしながらだったので、メンバーとして集まることも難しかった様子でした。
でも、個人の事情がありながらも、それぞれに夢を持ち、なんとか時間を作っていました。

私たち夫婦は、一度も皆さんとミーティングをしていなかったので、ほぼぶっつけでイベント当日を迎えました。
主催のリーダーの方はメンバーに指示をして回ることもせず、会場の管理人さんとの見当違いもあって、
「大丈夫なのかな?」と、一抹の不安も感じながらも会場の準備を始めると・・・。

みんなニコニコしながら、あらかじめ決まっていた役割でお互いをサポートをし、気付けば会場ができあがっていました。
やがて時間がきて開場すると、スタッフもお客様に溶け込んでいて、親子参加で来られたお子さんが会場をウロウロ。
託児スペースやこだわり素材のおにぎりの仕込みも素晴らしく、まさにこのチームでしか作れないような空間がそこにあったのでした。

そして私は、その空間にすっかり魅了されてしまったのです。

何か特別な才能に秀でたわけではないけれど、自分の好きなことや得意なことを活かし、苦手なことはそれができる人がサポートをしていました。
他のメンバーと協力しあい、チームとして目標に向かっているので、それだけでお一人おひとりの長所や才能がキラキラと輝いているよう。
軽やかに動き回る皆さんの姿を見ているうちに、自分がだんだんと清々しい気持ちになっていくのを実感しました。

ある意味、新しいリーダーシップの姿というか、小さな理想の世界を見せてもらったような気持ちになったのでした。

結構ゆる~い結束なので、一見バラバラな感じもあるのですが、目標があれば意外としっかりまとまります。
自立さんが集まると、こんなふうになるのかな?
しかも皆さん、現在もいろいろとチャレンジ中のようで、キラキラは更に進化していました!

自分が精一杯関わったことが、誰かの笑顔につながると思えたら、限られた時間をフルに使って自分ができることに集中できるのですね。
そしてそれは「絶対にやらねば!」というパワーというより、ある目標のもと、自分の役割を知ったうえで、周りを見渡して援助しあいながら取り組むので、
「みんなで創っていく!」という気持ちがモチベーションとなり、その結果がより良い形となってメンバーに返ってきます。

お互いを思いやり、尊重しながら、才能を使った助け合いの輪が少しずつ広がって、イキイキした毎日を過ごす人たちがいる社会やコミュニティ。
理想論かも知れませんが、「そんな世の中もいいな~」と、心地よいリーダー像を教えてくれたママさんたちを見て、ついそんな妄想を膨らませてしまう私なのでした☆

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2014年11月18日

「好き」を表現して魅力アップ

みなさんは、見ず知らずの通りすがりの人に、「私と付き合ってください」と、いきなり告白されたとしたら、その人とお付き合いしますか?

普通は、お付き合いしませんよね。では、なぜOKしないのでしょう?

それはもちろん、「その人のことを知らない」からですよね。どんな人かも分からないのに、お付き合いを始めることは、まずないと思います。

心理的には、「知らない」ということは、それだけで怖れを感じてしまうものなのです。


たとえば、外出先でお腹が空いたので、どこかのお店に入って食事をしようと思ったとしましょう。そして、お店を探しているときに、こんな看板のお店を見つけたとしましょう。

「食堂 営業中」

もし、看板にこれだけしか書いていなかったとしたら、みなさんは、そのお店に入りますか?

たとえ、このお店の外見がそれなりにきれいであったとしても、このお店にはなかなか入りづらいのではないでしょうか。

食堂と書いてあるので食べ物は出してくれそうだし、営業中と書いてあるので今お店に入ってもいいことは分かりますが、そもそも和食なのか洋食なのか、イタリアンなのかカレーなのかが分かりません。

何を出してくれるのかが「分からない」ため怖れを感じてしまい、このお店には入りづらくなってしまうわけです。

世間一般の飲食店は、入り口の脇に大きくメニューが書いてあったり、食品サンプルがショーウインドの中に入っていたりしますよね。あれは、心理的には、お店のメニューを知ってもらうことにより、このお店に入ってみようかと考えている人の怖れを少なくする効果があるわけです。


そして、この「知らないことは怖い」というのは、人間関係でも全く同じなんですね。つまり、「知らない人は怖い」のです。ということは、相手に自分を知ってもらえば、怖れが減っていくことが多いんですね。

私は今東京都に住んでいますが、10代の頃は千葉県に住んでいました。そして、たまたま初めてお会いした人が千葉県出身の方だったとしましょう。

「私、10代の頃は、千葉県の船橋市に住んでいたんですよ」

なんて話しをすると、少し親密感が生まれますよね。昔住んでいたところが近いというだけなのに、それだけで心理的な距離が近くなるのです。

また、私はお酒が大好きなので、人と話しをしていて、お酒がお互い好きだということがわかると、それだけで一気に心の距離が縮まります。

「何が好きなの?俺は焼酎が好きなんですよ」
「えーっ、本当ですか、私も焼酎が一番好きなんですよ。同じですねぇ~」

なんていう話しになったら、もう既に友達になったような気分ですね。


好きなものを表現するということは、周りの人に、自分自身を知ってもらうということなんです。ああそうなんだ、あの人は、こういうもの、こういうことが好きなのね、と周りに知ってもらうと、あなたに対する怖れが少しずつ減っていくわけです。

そして、好きをたくさん表現していくと、怖れが減っていくとともに、あなたと好きなことが同じだったり、あなたの好きなものに興味を持ってくれる人が集まってきてくれるんです。

そうすると、あなたはとても楽に人間関係が築けるかもしれません。自分と好きなことが同じだったり、自分の好きなことに興味がある人と話しをするわけですから、とても楽しくなることが多いわけですね。

そして、この「楽しんでいるあなた」が魅力そのものなんですね。気づいてほしいのですが、あなたは、ただ今好きなものを表現するだけなんです。タイトルに「魅力アップ」と書きましたが、これは、今持っていない魅力を身につけましょう、ということではないんです。ただただ自分の好きなことを表現するだけで、そして表現して楽しむだけで、あなたの魅力は周りに伝わりやすくなるということなんですね。


私のカウンセリングでは、パートナーができないというご相談の場合に、クライアントさんに好きなものを表現してもらうことがあります。異性のタイプだけでなく、好きな食べ物や趣味など、ありとあらゆることについて、クライアントさんの「好き」を表現してもらいます。

クライアントさんがいくつか「好き」を表現してくれると、カウンセラーである私自身と好きなものが同じことがあります。例えば、クライアントさんが「お酒好きなんです」と話してくれたら、カウンセリング中にそれだけで話しが盛り上がったりします。

話しが盛り上がるということは、一方だけでなく、お互いが楽しい時間を共有している可能性が高いということですね。これを、ぜひ日常の人間関係で実践して、楽しんで欲しいなと思います。


クライアントさんの中には、なにが好きですか?と聞いても、特に好きなものはないですという方もいます。「好き」がすぐに表現できなくても大丈夫です。そのようなときは、今すぐに実現しなかったとしても、もしそうなったらうれしいかもしれない、ということを想像してみてくださいね。

また、好きなものを表現してくださいとお話しすると、一般的な「好き」を表現する方もいます。例えば、お金は多くの方が好きだと思います。私も大好きですが、自分を知ってもらうための「好き」とは、少し違うのかもしれません。

例えば、私は45歳のおじさんですが、私が好きなものの一つに、「リラックマ」があります。リラックマにはいくつかキャラクターがありますが、そのうち、肌が白くて小さい「コリラックマ」が好きなんです。我が家には、コリラックマのぬいぐるみやマグカップがあります。

まあ、それだけの話しなんですが、仮にリラックマに興味がなかったとしても、おじさんのイメージと合わないところが面白くて、親近感を持ってくれる方がいることも事実なんですね。

ぜひ、みなさんの「好き」をたくさんたくさん表現して、楽しんでみてくださいね。

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2014年11月11日

卒業に寄せて ~遅れてきた父の愛~

私たちカウンセリングサービスのカウンセラーは、全員がカウンセリングサービスの母体であるカウンセラー養成スクール、神戸メンタルサービスの受講生、もしくは卒業生です。
初級、中級、上級と進み、卒業に必要なカリキュラムを終えると、ヒーリングワークと呼ばれるグループセミナーで卒業式をしてもらうことが出来るのですが、かくいう私もこの秋、3年半在籍したカウンセラー養成コースを無事卒業することができました。

この3年半、いえ、私がカウンセリングを受けるきっかけとなった家族の問題が起きてから約5年ほどの期間は、私にとってはそれまでの四十数年と同じかそれ以上の重みのある濃密な、充実した日々でした。
特にコース生となってからの3年半は私を大きく変え、私の世界をも変えてくれました。


ここで学ぶ前の私は、とても依存的でネガティブな性格でした。
いつも自分は被害者、悪いのは全て相手の所為にして責めていて、そんな自分が私はずっと大嫌いでした。
私がコース生になったころ、私の高校生の長女は激しい自傷行為を繰り返していましたし、その後発症した強迫性障害に苦しんでいました。
そんな長女をどうすることもできない私は、苦しい毎日の中で親を恨むことで、自分を責めることから逃れようとしていました。

娘がこんな風になったのは、こんなにも苦しんでいるのは、私がひどい母親だったからだ。
私がこんなひどい、最低な母親なのは、両親が不完全でひどい人間だったからだ。
だから、娘が苦しんでいるのは全部、父と母の所為なんだ。

私の育った家庭では今でいうモラハラや理不尽なことはたくさんあったけれど、深刻な虐待や育児放棄などがあったわけではありません。
ですが私は、そんな風にすべてを両親の所為にして、怒りを募らせていました。

そんな私も心理学やカウンセリングを学んでいく中で、自分自身と向き合って自分を癒していく中で、私は両親への攻撃の正体を自分の罪悪感と捉え直し、そしてそれを少しずつ手放していくことができるようになったのだと思います。
かといって罪悪感を完全に無くすことなどできるものではないのですが、それでも私の歩みとほぼ時を同じくして、娘は自傷をやめることができ、病気の症状もだいぶ改善されていきました。

今、私自身がカウンセリングをする立場でもあり、学んできたことも鑑みれば、親との関係がその人にとってどれほど大きな影響を与えるかはよく知っています。
けれどそれでも、かつての私のように親の犠牲になったと親を恨み、被害者の立場に立ち続けていても、残念ですが現状は変わらないし、苦しさから逃れることはできません。
自分以外の人を無理やり変えることは、たとえそれがどれほど近しい人間であったとしても、本当はできません。
ですが不思議なことに、私自身と長女のように、一方が変われば、それと呼応するように周りや状況は少しずつ変わっていくのです。

子供側から見た親と子の関係のゴールは、親を「親」という役割でみるのではなく、一人の人間として、対等な立場で見られるようになることです。

「親」は愛する側、守る側、理解する側、与える側、「子供」は愛される側、守られる側、理解される側、与えられる側。
父親なんだから、母親なんだから、子供を完全に愛して、理解して、守るべき。
子供はただ愛され、理解されて、守られて当然。

子供の立場からすれば、確かにそう思ってしまう向きもあるかもしれません。
けれども残念なことに私の場合、現実はそうではなかった。
でも、子供だった私もさまざまな経験を経てやっと大人になれたのなら、母や父の愛し方を糾弾して責めるよりも、私なりのやり方で母を愛してあげること、母の愛を受け取ってあげることができるようにならなければ――、それは3年半の学びの中で、何度となく挑戦しては挫折してきた、私の最大の課題でした。

そして卒業にあたり、図らずも私は、その課題と再度向き合うことになりました。
守られる立場から守る立場へ、愛されて当然の位置から私なりの愛を「親」に与える立場へと、本当の意味で成長していくこと――、もしかしたらそれが私の、最終の卒業試験だったのかもしれません。

大げさに聞こえるかもしれませんが、今まで向き合えなかった自己嫌悪の部分と向き合い、屈辱感や敗北感、惨めさや悔しさなど沢山のネガティブな感情の中で、それらを統合していくことはとてもきつかった。
けれどもその分、そこで得ることが出来た学びはとても大きなものだったと思います。


そして卒業式の日、私にとってもうひとつ、大きなギフトがやってきました。

そのセッションは私の親しい先輩で友人でもあるOさんのためのセッションでした。
もうすぐ結婚式を挙げるOさんは、私がヒーリングワークに出始めたころ、よくアシスタントをしてくれていた人で、とても個性的で面白い男性です。
そのセッションでセミナーの講師であるトレーナーが、Oさんにこう言ったのです。

「あなたは12歳のころからずっと、お父さん役をやってきましたからね」

Oさんのお父様は早くに亡くなって、Oさんとお母様、二人の弟さんが遺されました。
そしてその言葉がずっと引っかかっていた私は、セミナーの打ち上げからの帰り道、ふと思い当たったのです。

そうか、この3年近くの間、私はずうっと亡くなった父に求めていて、けれどもらえなかったものを、彼からもらっていたのだと。

Oさんはいつも、悩みでぐだぐだな私の話をとても楽しそうに聴いてくれていました。
落ち込んだときは励ましてくれて、褒めてくれたり認めてくれたり、いつも受け止めてくれていました。
自分に自信がなくてカウンセラーになんか絶対になれないと思っていた時も、Oさんはどうしてか「三枝さんなら絶対にいいカウンセラーになれるよ」と言い続けてくれていました。

本当は私はずっと、亡くなった父にそうあって欲しかったのです。
ちゃんとまっすぐに私を見て、馬鹿にしたり怒ったりせずに、興味をもって、笑って私の話を聴いて欲しかった。
自信がなくて怖がっている時も「お前ならできるよ」って言って欲しかったし、信頼して見守っていて欲しかった。
何かあったら手を差し伸べて助けて欲しかった。
Oさんが出来うる限り、そういう風に私に接してくれていたことで、私はどれほど励まされ、助けられてきたことでしょう。
そしてOさんの他にも、この3年半の間、私を受け止めてくれたたくさんのひとたちがいたのです。

私たちは親に「完ぺき」を求めます。
完ぺきに私たちを愛してほしいと、親だって人間だということが頭でわかっても、それが腑に落ちるのは難しい。

けれどOさんのおかげで、たとえ親でなくても、そんな風に受け止めてくれる人がいてくれたことで、過去の心の傷は少しずつ癒されていくのだと、私は知りました。
そしてたぶん、本当は父もそんな風に私たち子どもたちを愛したかったし、受け止めたかったのだろうとやっと思えるようになったのです。

大きく、強そうに見えた父も苦しかったし、辛かったのでしょう。
「心」について学び続けている今、父が本当は人一倍劣等感も強かったし、怖がりだったのだろうと私は知っています。
たった一人で会社や家族や従業員を背負って、田舎の小さな町工場を経営していくことは、真っ暗がりの崖っぷちを小さな灯りひとつで歩いて行くようなものだったのかもしれない。
本当は父も誰かに助けてほしかったのだろうし、泣き言も言いたかったかも知れない。
それでも、父は父なりに私たちを思って、苦しい中から私たちのためにできうる限りのことをしてくれたのだと、ようやく私は受け取れたのです。
それは確かに、私が欲しかったものとは全然違っていたかもしれないけれど。

それに気づいたとき、私は泣けて泣けて、仕方がありませんでした。
Oさんのしてくれたこと、やっと受け取れた父の愛、その両方に胸が震えました。


愛を受け取るのに期限はありません。
生や死すらも、もしかしたら関係ないのかもしれません。
拒絶し続けていた愛も、受け取りたいと思える時が来たなら、そっとその腕を広げるだけでいいのでしょう。

卒業式の夜、深夜の下り電車でこっそりと涙を隠しながら、私が遅れてきた父の愛をやっと受け取ることができたように―ー。


*このコラムはOさんの了承を得て書かせていただいています。
Oさん、ありがとうございました。

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2014年11月 4日

人との距離を強引に縮められた思い出

こんにちは、五十嵐です。
前回のコラム「あの夜が教えてくれた「いま」を感じるということ。
宮古島に住んでいた時の日記でしたが、たくさんの方に興味を持っていただき、とても嬉しく思っています。ありがとうございました。

自然はもちろん、人に教えてもらったこともたくさんあった宮古島での生活。
今日はその思い出の一つ。
人との距離感が変わった、ある友達との出来事についてご紹介させていただきます。

********

島では人と仲良くなるスピードがとても速くて、出会った次の日に一緒に遊んだりするのもよくあること。
誰の家も車でいける範囲だし、プライベートな時間が多い生活なので、急速に仲良くなることができるんです。
とても気があって、昔から一緒にいるみたい!と思っていたら、気づけばまだ出会って1ケ月しか経っていなかった、なんていうこともありました。

そんなふうに新しくできた友達、数人とイベントに出かけて行ったある日。
私にしてはめずらしく、個人的な悩みがあって気持ちが乗りませんでした。
一緒にいるメンバーは大好きなのに、その日だけは自分の心がついていかない。
いつもみたいに笑えない自分を申し訳なく思っていました。
理由はわかっていて、でもそれは人に言うには恥ずかしい程度のことだったので、このまま時間とともに軽くなって行くのを静かに待とうと思っていたんです。

昼間から盛り上がって、夜もまた集まって飲もう。
気の合う仲間同士、そんな流れにはなっていったけれど
私はこれ以上、その場所にいることすら辛い状態。

こんな状態の私がいたら、みんなにも迷惑をかけてしまう。
かと言って、自分の問題をシェアなんてできない。
みんなにはせっかくの時間を楽しんで欲しい。

そう思って、「今日は疲れたから帰るね」と理由をつけて
夜は家で1人、暗い気持ちを抱えてウツウツと時間が過ぎるのを待ってました。

みんなが行ったお店、私も行きたかったところだった。
今日行けば、もっと仲良くなれたかもしれないのにな。

行けない自分と、行きたい気持ちが交差して、なんだか余計につらくなる。
でも今日はじっとしてるしかできない。そう思っていると

「ピンポーン」
急に家のチャイムが鳴りました。
もう外は真っ暗。引越して来たばかりなのに、こんな時間に誰だろう?
ドアから外をのぞきこむと、昼間一緒だった友達の1人がドア越しに手を振っているではありませんか。

「Yちゃん、どうしたの?みんなと飲んでたんじゃないの?」
びっくりしてドアを開けると、2人分の缶ビールを持ったYちゃんは
「ちょっといい?なんか、かおるちゃんが気になって。私の気のせいだったらごめんね。」

聞くのと同時に部屋に入ってきた彼女は、座るのより早く話を始めました。

「昼間さ、いつもと何か違ったんだよね。何かあったの?
言いたくないのかもしれないけど、もし私でよかったら聞かせて。
ひとりで抱え込まないほうがいいよ。」

正直、面くらいました。
私たちは成長して人間関係に慣れてくると、傷つけない程度の、傷つかない程度の
暗黙の「人との距離」をつくり、それを保とうとします。
都会ではなおさらみんなそれが上手で、クールにこなせることが
「人の気持ちがわかる」「空気が読める」って言われたりもする。

それを彼女は思いっきり無視して、いい意味で「ズケズケと」私の気持ちに入って来てくれた。
もしかしたら私が「放っておいて」「今は言いたくない」そう言って拒否したら、
傷つくのは彼女自身かもしれないのに。
でも彼女は「自分が傷つく」という恐れよりも、「友達が心配」という気持ちの方がずっと勝っていたから私に近づいて来てくれたんです。
そして私は、そこまで近づいて来てもらうと、拒絶するなんて選択はできないことを知りました。

「いやね、ちょっと悲しいことが重なってね。でも情けないことでさぁ、人になんて言えることじゃなかったし、みんなを暗い気持ちにさせたくなかったんだ。」

私は1人で抱えようとしていた気持ちをポツポツと彼女に話し始め、
一度話し始めると雪崩のように止まらなくなり、気づいた時にはありのままを全部、
彼女に話しきっていました。
そして言葉を外に出すのと同時に、自分が抱えていた重い何かも外に出ていき、
気持ちまですっかり軽くなっているのも感じました。

ビール片手に、ニコニコと黙って話を聞いてくれたYちゃんは最後に
「な~んだ、そんなことだったの。言ってくれればよかったのに。
私たちはそんなことじゃ暗い気持ちになったりしないよ。
それより、かおるちゃんが悲しいことをひとりで抱え込んでいるほうが、ずっと嫌だよ。」

そっか・・・
信頼して吐き出すことの大切さ。
普段はクライアントさんに言っている自分が一番知っているはずなのに。
それを新しい友達がサラリと教えてくれた。同時に「信頼」も生まれていました。


それからは、「元気ないのより、吐き出して早く笑顔になったほうがいいのよね」と味をしめたのか、Yちゃんを始め誰にでも何でも話せるようになった私。

話したからと言って批判されるわけではない。
みんな優しい。ちゃんと受け入れてくれる。友達なってそういう存在なんだと。
秘密主義だった私が、フルオープンになった大きなきっかけのひとつ。


今になって、「あの時のYちゃん、迫力もタイミングもすごかったわ~」と話に出すと
「え、そんなことあったかな。わたし飲み足りなかったから、近くに引越してきたかおるちゃんちで飲み直したかっただけだと思うよ。」


カウンセラーも叶わない。
私にとって、Yちゃんはどこまでも最強なのです。

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