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2014年9月30日

父の病気が教えてくれたもの

8月半ば、実家の父が脳内出血を起こして倒れました。幸い、一命を取りとめ、このコラムが掲載される頃にはリハビリのための病院に転院しているはずです。

父が倒れたという連絡は母からの電話でした。私は何かことが起こった時には、真っ先に飛び出すタイプの人間なので、この連絡を受けたときにも、「すぐに帰る!」と母に言いましたが、母は震える声で「大丈夫だから、もし、本当に来てもらわないといけなくなったらすぐに連絡するから、今は待機していて」というのです。
普段なら(えーーーっと、お母さん、実家の徳島と大阪って結構離れてますけど?)と突っ込みを入れるところですが、事態が事態だったので、母の言葉をとにかく聞いていました。母は、どうやら私が帰ってくるほどの大事じゃないと自分に言い聞かせていたみたいでした。娘を呼ぶ=父の命が危ないという図式が母の中にできあがっていたので、私が帰る=父の死のようにも感じたのかもしれません。
父の異変が起こった時の状況やその後の処置などを母から聞き(うちの母は、そういうことを冷静に伝えてくれるんです。)もしかしたら、大きな後遺症が残るかもしれないけれど、命は助かる!と判断したわたしは、母の意向を最優先することにしました。

母の電話を切った後、次の連絡が入るのを待ちながら、わたしはふとこんなことを思いました。「これからは、私がこの家を守る側なんだな」って・・・。

わたしは、実家の跡取り娘として育ちました。当然、婿養子を迎えて、実家を支えるものだと家族も私も思っていたのですが、なぜか、うちの夫に「fall in love」。結局家を出て嫁に行き、実家のある徳島も離れて大阪で暮らすようになったのです。

嫁に行く=実家を離れる → 跡取りとしての責務を果たしきれない。


結婚して以来、心のどこかでそんな気持ちを持ち続けていました。実家を見捨てて自分だけが気楽に過ごしているようにも感じ、申し訳ない気持ちも捨てきれませんでした。

でも父が倒れたと聞いた時、あたりまえのように思ったんです。
これからはわたしがリーダーだなって・・

それは、実際に今のすべての生活をなげうって実家のために生きる、ということではありません。実際の行動というより、心理的な覚悟といったほうがいいと思います。

親子である以上、いくつになっても「子どもの目」で「親」を見てしまう時があります。
「もう!なんでそんな言い方するかなぁ!」
「なんでもうちょっと気を遣ってくれないの!」と
あなたたちは親なんだから、子どもの私に対してもっと理解してくれていいはずなんじゃないの!という不満を感じたり、親なんだから、もっと頼りがいのある存在でいてよ!と自分より強い存在として見てしまったりしちゃうんです。

無意識的に
親=「愛を与える側」「強者」「理解する側」
子=「愛される側」「弱者」「理解してもらう側」
そんなふうに思っているんですね。

今回の出来事が起こった時、これからは私がこの家を守る側!と感じたと書きましたが、それは、言い換えると、「わたしが家族みんなを愛し、理解し、助ける側に立つ」と感じたということです。

心のどこかにあった「子どもなんだから親に愛されてあたりまえ、理解されてあたりまえ」という気持ちをきれいさっぱり捨ててしまおう、そんな決意ともいえるかもしれません。

「愛されてあたりまえ」ではなくて「愛されていることをしっかり受け取る」と、自然と感謝の気持ちが湧き上がってきました。そして、自然と両親を助けよう、支えようと思えました。

母が言った「今は来なくてもいい」という言葉には、「あなたを呼ぶとお父さんが死んじゃうみたいで怖い」という母の素直な怖れとともに、父を失うかも?という不安や恐怖と戦いながら、「娘に負担をかけさせない」という母としての私への愛があるんだなぁということにも気がつきました。母の中にある「愛」と母の強さを感じて、この母の娘であることを誇りに思いました。
ほんの少し前まで、「なんでお母さんってそんなに意地っ張りなの!」ってイライラしていたんですけれどね(苦笑)

いずれ跡取りとして、家族の面倒を引き受けなくっちゃいけない。
わたしはずっとそう思っていました。
いずれ家族のために自分を犠牲にしなくちゃいけない。
すべての責任を自分一人で背負わなくちゃいけない。
「家族のリーダーになる」ということは、大きな重荷を背負うことのようにしか思えなかったんです。そして、その大変な仕事から逃げ続けているように感じて、ずっと後ろめたい気持ちでいたんです。
けれど、今回の出来事で、自分からリーダーシップをとると決めてみると、今まで感じていた後ろめたさから解放されてすごく気持ちが楽になるのがわかりました。家族を支えなきゃという悲壮感を感じることはなく、自分の大切な人を大切に思うことができる喜びや自分が実家に対して貢献できることができる幸せを感じました。

父や母が困ったときに助ける力を持っていると感じたとき、今までの自分の人生を心から肯定できるようにも思いました。辛かったことも悩んだことも失敗したことも、それらすべてが今の自分を作ってくれた「磨き石」だったようにも感じました。

子どもだった頃、私たちは親や大人に守ってもらわなければ生きていけませんでした。でも、成長し、大人になり、今度は誰かを守り愛することができるほど強く大きくなっているんだということを父は身を持って教えてくれているのかもしれないなぁ・・。秋の風が心地よい夜空を見上げながら、ふとそんなことを思うのでした。

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2014年9月23日

思い込みを利用する

成功するために、思い込みを利用するって言われたらどんな感じしますか?
多くの人が

「本当かな?」

と感じるかもしれません。
僕も初めは信じることができなかったのですが、ここ数年、まじかに見る機会が何回もあり納得
しざるえませんでした。僕たちの行動というのは

「思い込み」

というものがすごく関係しています。

例えば、Aさんがある事をしようとしたときに、過去に上手くいかなかった経験があるとします。
そして、過去を引きずるタイプだとします。

そうすると、こんなイメージが出てきます。

「今回も上手くいかないのではないかな?」

そして、実際にやり初めて少しでも上手くいかなくなると

「やっぱり上手くいかないや」

と強く感じだします。そうすると、成功のイメージより失敗のイメージの方が圧倒的に頭の中で支配しだして、ますます、上手くいかないパターンに陥ってしまいます。

では、ここで質問になります。

「現状において、本当に失敗すると決まっているのでしょうか?」

実際にはまだわからないですよね。でも、Aさんの気持ちの中では

「上手くいかないだろう」

という気持ちがどんどん強くなっています。
本当はたまたま途中段階で上手くいっていないだけかもしれないのに過去の経験からの

「思いこみ」

で自分自身で上手くいかないと思いこんでいるわけです。これはAさんが

「上手くいかないとずっと言い聞かせている」

状態ともいえます。

よく

「ずっと思いを描いていれば願いがかなう」

というのはそれだけ

「自分自身に何度も言い聞かせて、思いこむようにしている」

と言いかえることができます。
つまり、人は思いこむことで行動もかわってきます。実は凄くシンプルなことなんです。
何度も何度も同じことを繰り返すことが大事です。

その方法としては、自分がなりたい状態を毎日ノートに何度も書いたり、書いているときに声を出すことも落とし込みやすくなります。
毎日、意識をすることがとても大切になります。それも潜在意識に落とし込みやすい時間にするとさらに効果的です。
朝起きてすぐとか寝る前とかです。

書き方としては、継続したいことは現在進行形で、達成したいことは過去形で書きます。

例えば

50万円稼ぎたいなと思ったら

「50万円稼いじゃった」 と書きます。

この書く内容をさらに具体的に書くと達成しやすくなります。
そして継続したいことで、例えば、健康でずっといたいと思えば

「毎日健康ですごしてます」

と書きます。


ただ、誤解をしてほしくないのが、

「なら、書いただけで叶うんだ!!」

と思わないで欲しいということです。毎日、書くことで潜在意識に刷り込み、行動が起きているからこそ
求めていた結果に結びついています。
無意識レベルまで落とし込めれば意識せずに勝手に行動をします。癖なんかまさに無意識で勝手にしている典型的なことですよね。


することはただ一つ!

「信じて書き続けること」

これにつきます。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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2014年9月16日

博多山笠ふんどし祭り

毎年、7月1日から15日早朝にかけて、九州の博多にて、博多祇園山笠祭りが開催されます。
今年は、初めてそのお祭りを見る機会に恵まれましたのですが、それがとても素晴らしいお祭りだったので、今回のコラムとしてご紹介させて頂きたいと思います。

このお祭りを見るまで、私はそれほど祭り好きという訳でもありませんでしたし、今年になるまでこの博多祇園山笠祭りについて、詳しい事は何も知りませんでした。
なので、地元の方や、山笠祭りのファンの方から見たら誤りや勘違いがあるかもしれませんが、どうか素人が書いた文章だと、どうかご容赦頂ければと思います。

カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスでは、東京、名古屋、大阪、福岡の4箇所で癒しの為のセミナーが行われており、そこでは、ご自身の心の癒しを目的としたり、心理学の学びを目的として参加する方も多い中、カウンセラー養成コース生と言って、カウンセラーを目指す我々の仲間も沢山参加します。
事の発端は、今年の春頃でしょうか、名古屋で根本カウンセラーを交えて、カウンセラーや、カウンセラー志望の仲間内で飲んだ時の話です。

どういう経緯だったか、根本カウンセラーが博多山笠祭りについて熱く語りだし、聞けば、昨年は福岡セミナーの後に、セミナー参加者の希望者を連れて、みんなで見に行ったとの事でした。
そして、根本カウンセラー自身、山笠祭りを見た時、とても男性性(男らしさ)が上がったと感じたとも話しておられました。

私は、普段、「優しい」とか、「面白い」と言ってくださる人は沢山いても、「たくましい」とか、「頼もしい」などの男らしい評価はあまり言われないので、根本カウンセラーの言う「男性性(男らしさ)が上がった」という言葉は、自分が見たときにはどうなるか、とても興味が湧きました。

今年の7月に開催される福岡セミナーのちょうど翌々日が、博多祇園山笠の最終日の「追い山」だった事もあり、セミナー参加者の中から、今年も希望者を募って、見に行こうじゃないかと大いに盛り上がりました。
そんな経緯で、私も福岡セミナーに参加し、セミナーの翌日は参加者のみんなで食べ歩き的なツアーに行ったさらに翌日、早朝に集まって、追い山を見に行きました。

集合時間は、なんと朝の4時です。
博多駅から20分程歩くと、そんな早朝にも関わらず、周りにはだんだんと人が集まってきました。
私達の一行は、地元の方の案内で、一番いい場所と言われているところに移動しました。
そこは、やや狭い路地の一角なのですが、道が坂になっており、お神輿のような舁き山笠にスピードがつくので、迫力のある追い山が見れるとのことです。

見上げると、沿道のマンションや、一軒家の窓から、いろんな人が顔を覗かせていました。
多分、その家の住人の方達だと思います。

そして、ついに、一番山笠が、自分達の立っている一角にも見え、こちらに迫って来ました。
わたしは、「ついに来たか」とドキドキとして来ました。

それと共に、いろんなところから、歓声や、「頑張れー」などの応援の声も聞こえます。
沿道から水を撒く人達もいます。

「おっしょい!おっしょい!」

そんな掛け声とともに、一番山笠が目の前を通り過ぎて行くと、「おー!」という歓声やあちこちで上がる中、私達参加メンバーの反応は、大きく言うと、2つのタイプに分かれたと感じました。

ひとつの目のタイプは、気分が上がってきたのか、沿道のもっと見える場所に移動したり、「おー!」と歓声を上げながら、前のめりになって見るタイプ。
おそらく、山笠を担ぐ男性たちの熱気とやる気で、自分自身の男性性(男らしさ)が刺激されたのではないかと思いました。
根本カウンセラーや、参加メンバーのうち何名かが、こっちのタイプだなと思いました。

ふたつ目のタイプは、前のめりでは無く、後ろに後退気味になっていくタイプ。
このグループは、山笠の迫力をただ見入ったり、迫力に押されていたのではないかと思います。

ちなみに私は、男性性を刺激された反応をしようと努力はしましたが、(残念ながら?)こっちのグループだなと思いました。
そして、当たり前と言えば、当たり前ですが、このお祭りを見て、男性性が上がるかどうかは、本当に人それぞれだなんだと、改めて思いました。

間をおかずに、次々と別の舁き山笠が通り過ぎて行き、歓声の中、それぞれが思い思いにこのお祭りを楽しみ、追い山が終了しました。
真っ暗だった空も、すっかり明るくなっていました。

なんとなく、自分の反応を残念に感じつつも、始めて見た追い山は、締め込み姿の男達(子供に限っては女性も)が、大迫力で舁き山を担ぐという、非常に見ごたえのあるお祭りだなと思いました。

ちなみに、この締め込みというのは、いわゆる"ふんどし"の事です。
帰り道は、今見た追い山の迫力について語る人も多い中、ふんどしについての話で盛り上がる人もいました。
私は、どちらかといえば、ふんどしの話で盛り上がりました。

実際には15日間も開かれるこのお祭りの最終日だけを見ましたが、本当に迫力のある、素晴らしいお祭りでした。


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これは飾り山笠といって、お祭りの期間中、博多駅周辺のいたるところに設置されています。
写真はドラえもんを題材としたものですが、他にも様々な種類がありました。

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これが私が見た、最終日の追い山の風景です。
「おっしょい!おっしょい!」という掛け声ともに、水も撒かれています。

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同じく、追い山で街中を駆け巡る描き山笠(写真は恵比寿流)の写真です。
後ろ姿は、追い山を見物する根本さんです。

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2014年9月 9日

あの夜が教えてくれた「いま」を感じるということ。

不思議なくらい鮮明に覚えている、ちょうど2年前の新月のこと。
まだ宮古島に住んでいた時に書いた日記が出てきました。
(1ケ月の予定が2年半もの間、宮古島に住んでいたのです。)

あの日の、なぜか愛おしく平穏な夜の思い出。
よかったらおつきあいくださいね。

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憧れの優雅なリゾートホテルは、スタッフ側になると結構ハード。
その日も仕事が終わった頃は、だいぶ夜も更けていました。
一緒に頑張った、年の離れた後輩ちゃんと並んで歩いていた帰り道。
「黒」と呼ぶにふさわしい、真っ暗な夜空に浮かぶ無数の星があんまりにもキレイで。

「すごいね~」

「東京じゃ見えないですね~」


1年前まで同じ東京に住みながら、当たり前のように接点なんて全くなかったのに
遠い、遠い南の島で偶然同じ職場になった私たち。

2人で首をそっくり返しながら駐車場まで歩いていった。

吸い込まれるような、とはまさしくこのこと。
いくら疲れているとは言っても、そのまま寮に帰るにはあまりにも勿体ない夜。


「・・・行くかっ?!」

「はいっ!」


この一言で、2人だけの星空観賞会が決定。
寮から歩いて5分のビーチに行こう。

お腹も空いていたけど、そこからはコンビニもスーパーも遠くて。
本当はスタッフは使っちゃいけないホテル内の自販機で
こっそりビールだけ調達して、なんだかワクワクし始める。

「わたし、おかきの試食袋持ってます~♪」
ナイスタイミング!
仕事以外もデキる子だね、なんて茶化しながら、
波の音が響く砂浜に吸い込まれるように並んで歩いていく。


閉じられたパラソルや、たくさんのベンチから
昼間の賑やかさの余韻が残った、白い砂だけが浮き上がるビーチ。

そういえば制服のままだったことを思い出したけど、部屋に帰る時間も勿体ない。
誰もいない海の家の屋上に上がって、
2人で地面と頭が並行になるくらいに、思いきり見上げる。


月の光もない、混じりっけない闇に輝く満天の星たち。
星がありすぎて、5等星も6等星もピッカピカに光っていて
どれが星座なのかわからない。


「すっごいねーーー」


東京では見られない光景。
同じ空でつながっているなんて、信じられない。


ぼーっと見ていると、ひゅっと光の筋が落ちる。

私  :「見た?」

後輩 :「見た?!」


2人で顔を合わせて 「見たーーー!!!」


大喜びで笑い合う。
こんな夜はたくさんの流れ星が歓迎してくれる。


天の川は夜空に舞う白銀の絹のように
無数の小さな星の大群が、北から南の空に白く流れている。

心がすっきりする。

澄んでいく。

海はどこまでも蒼黒く、静かに浮かび上がる。
向こうに見える来間島も今日はただただ黒く、シルエットになって浮かび上がる。
全ては「影」だけの夜。今晩の「光」は星だけ。

こっそり買ってきた300円のオリオンビールがとんでもなく美味しく、
どんな高級レストランより価値のある美味しさを教えてくれる。

遠くにぽつん、ぽつんと、高速道路のような
海を渡る大橋の街灯だけが、ぼやっと規則正しく灯る。


思考が止まっている。
いま、この景色と時間だけをめいっぱい感じる。
こんなこと、今まであっただろうか。

常に何かを思考し、計画し、心配し、期待をし、
「いま」というものに感覚を合わせたことがあっただろううか。

階段の下から、波の音に混じって楽しそうな声と
「ジューっ」「ヒュルヒュル」っと花火の音が聞こえ始めた。
つられて降りて行くと、小さな子供3人と両親らしき5人のシルエットが
砂浜をはしゃいで走り回っている。

私達は側に積み上げられてあった海の家のビーチチェアを引っ張り出して、
椅子の足を砂にぐりぐりとうずめて並んで座った。
座りにくいその椅子に半分ずれ落ちながら、自分の脚は砂浜に放り出して
楽しそうな花火大会の見物人になる。


「お父さん、火をつけてー!」
暗闇に「シューっ」と火花が浮かび上がる。

「わーいっ!」
くるくると楽しそうに花火を回す子ども。

「○○くん、ダメよー。あぶないでしょうっ」
小さな箱からヒューーーっと大きな花火が上がる。

「きゃーーーっ!」
ねずみ花火がシュルシュルと砂浜をまわる。

子供たちの楽しそうな声。はしゃぐ家族の影が浮かび上がる。


「いいねー。」
「きっと最高の思い出になるんだろうね。」
「あんな家族いいなぁ。」
軽くお酒の回った私達は思い思いに、
好き勝手なことを言い合ってなんだか幸せな気分になる。


「よっしゃ。」
すっかり楽しくなった私は、ストッキングのまま
砂浜を歩きだして海に向い始める。

「うっそ、行っちゃうの?」
止めながらも後輩が笑ってついてくる。
暗い中でも透明な海は全然怖くない。

シミのように黒く濡れた砂の波打ち際。
静かな波が近寄ってきて、足にそっと触れる。
昼間の温度が残った海水はまだ温かくて優しい。

「あったかいよー」
「ほんとだ」
追いついた、後輩と2人でなんとなく海水に脚を浸して、
澄んだ柔らかい水の感触を感じてなんだか幸せな気分になる。


ふと、お決まりのように大きな波が来て、
私の足元で小さく「ざぶん」と跳ねる。


スカートの裾が濡れる。そうだ、制服だった。

「ぎゃーっ!」


「あー、きっとそれクリーニング出しても潮くさいですよ。」
「みんなまとめてクリーニングされるんだから、君のも潮くさくなるっ!」
「え゛~(笑)」
しょーもないことを言い合いながら笑いあって
最後は砂だらけになりながらビーチチェアに戻っていく。

暗い夜と軽く酔いのまわった感覚はとても甘美で、
目よりも耳や皮膚の感覚のほうが敏感になる。


いつの間にか花火の家族はいなくなって、砂浜がしんと静まり返る。
時々打ち寄せる静かな波の音。


そのまましばらく、おかきを片手にビールを飲み干し
半分独り言のような、人生論混じりのコイバナをしながら
飽きることなくそっくり返って星空を見続ける。


「星、ありすぎ(笑)」

贅沢なクレームまで出るほど。


ずっとずっとは続かない。
だから余計、愛おしい。
一瞬一瞬の出来事にいつかは終わりが来る
「いま」というものを思いきり吸い込むように感じきる。


みんな、それぞれの「思い」を持ってこの島に来る。
何もない島だからこそ「ある」ことに気付きやすい。
「ない」と言って去って行く人もいる。

本当はどこにいても「ある」のだけれど
都会ではそれが見つけにくい。
ここでは余計なモノが何もないおかげで、
それがすごくわかりやすいから。
だから「癒し」の島と呼ばれているのかもしれない。


「いま」ということ。

嬉しいことも、幸せも、愛も、水の心地よさも
悲しさも、寂しさも、妬みも、砂のじゃりじゃりも

過去や未来にこだわる前に、まず「いまここ」にいるということ。
「いま」にしかいない、それが全て。

身を持って学ばせてもらった場所と時間、友達。
ぜったいに、忘れない。

何個目かの流れ星と、蚊に刺された数が同じになった頃
お互いになんとなく満足して、同じ寮に向かって歩き始めた。


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何かがあった夜でもないのに、今でも大切な思い出です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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2014年9月 2日

想いを伝える

私が心理学を学んで良かったことのひとつに、人が持っている愛情に以前より気づきやすくなった、ということがあります。相手の良いところを見つけるのが当たり前のようになってきたおかげで、自然と気づきやすくなった感じです。でも、実際にそれぞれの人が、持っている愛情を具体的に表現しているかというと案外そんな機会は少なく、意識して作らないとなかなかないのかもしれません。

昨年私の両親は結婚して50年、めでたく金婚式を迎えました。
それは本当に有難くて、素晴らしいこと。
両親の子どもである私と弟2人、の3人姉弟で相談をして、それぞれの家族みんなで集まって金婚式のお祝いの会をしようという話になりました。

「どんな風にお祝いしようか」ということで
「お店はここね」「両親のことは誰々が車で送迎しよう」
「プレゼントは・・・やはりお花が嬉しいかな」などと意見を出し合っている時
「お父さんお母さんに向けたメッセージをみんなで寄せ書きして渡そうか」というアイデアが出ました。

しかし、1番下の弟は
「そこまで本格的にしなくても、お花を渡して記念写真だけでもいいんじゃない?」との意見。

その時に私の中で思い浮かんだことがふたつ。

ひとつは、当時社会人になったばかりの私の娘が家でぽろっと言った言葉
「大人になるとなかなか褒めてもらえることってないね・・・」

もうひとつは、カウンセリングの現場やヒーリングワーク(カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスが行っているワークショップ)などで感じていたこと。それは、例えどんなに親に悪態をついている人でも・・・みんな本当はお父さんお母さんのことが大好きなんだという事実。特に男性は、普段それほど表現しない分、びっくりするほど深い感謝の気持ちをもっていたりするということ。(このことに関しては、それこそ頭で理解と言うよりは、完全に腑に落ちている、お腹の底から自分の常識になっている・・・という感じです。)

みんな本当はこんなに大好きだったり感謝したりしているのに、実際はそんな気持ちを言葉にして伝える機会ってあまりないのかも・・・とどこかでいつも思っていました。だとしたら、今回のお祝いイベントでは、特に男性陣、少々恥ずかしくても、言葉にして伝えておいてもらわねば!家族だから多少強引でもいいよね、とばかりに久しぶりに強いお姉ちゃんに戻り、弟たちに「絶対にメッセージ書いてね!!」といばって命令したのでした。

当日までの日々、パソコン作業が得意な弟が、みんなからのメッセージを集めてくれ、結局出来上がったものを見てみると、用紙1枚で・・・と思っていたのが、みんなからのメッセージが多すぎてなんと8ページの冊子となっていました。

そして、そこまでしなくてもいいんじゃない?と言っていた弟が、私から見ると、ほろっと泣ける懐かしいことを書いていました。

当日のお祝いの会でそれを渡すと、父も母も、静かに読んで、心から喜んでくれました。
今回このような形でみんなで集まることができて、弟のお嫁さん、我が夫の優しさにも大感謝です。本当にいつもありがとう。

姉弟で企画し実行する中で、幼い頃のイメージが強かった弟たちですが、それぞれ立派に仕事をこなす男性になっていたことにも、今更ながら気づいた私。

子どもは、どこかで完璧な親を求めますが、親も親で一人の人間なのですよね。
欠点もあれば、至らない部分もあるわけです。
子ども心には、もっとこうしてくれたらよかったのに、と思ってしまう部分もあるかもしれません。これを読んでいる方の中には、感謝することが難しい・・・と思っている方もいるかもしれないですよね。私にもそういう時期がありました。
でも、身近な家族や身近な人に対して、「好きなところ」「感謝しているところ」「尊敬しているところ」。ほかにも「こんなことがあったね」という共通の想い出・・・。
伝えてみるというのはとってもおススメです。
伝えなくて後悔することはあっても、伝えて後悔することはないかなーと思います。

経験者は語るです。

読んでいただいて、ありがとうございました。

うえの道子のプロフィールへ>>>

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