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2014年7月29日

”良かった”探し

私はどちらかというとポジティブで、決断力があるタイプです。
人からも「決めるの早いよね。」とか「ポジティブだね。」と言われるので、自分でもそういう人間だと思っているのですが、よーく思い出してみると昔は全く違ったようです。

以前、ブログにも書いたことがあるのですが、子供の頃は赤面症がコンプレックスでした。人前で発言したり、目立つことが何よりも嫌いで、周りの人にどう思われるかがとても気になっていたと思います。

思春期の頃はいわゆる中2病でしたし、自分のことが嫌いで、優柔不断で、とにかく自信が持てない時代があったのです。

そんな話を友人にしたら、「じゃ、どうやってポジティブになったの?」と聞かれました。
自分でも「あれ?なんでだろう?」と不思議に思ったのですが、改めて考えてみて思い出すのは、中学校の同級生とのやりとりです。

思春期真っ只中の頃、悩んだり、辛いことがあるとよく話を聞いてもらっていた友人がいました。
彼女は話を聞いてくれた後、決まって「ねぇ、”良かった探し”しようよ。良かったことは何もないの?」と私に聞くのです。

例えば、週末に友達と一緒に遊びに行くかどうするか、うだうだと悩んでいた時のこと。
 「お金ないしなー。でも、みんなで遊ぶの楽しそうだし、行かなかったら後悔するかも…。
 いや、でも行ったとしても私だけ楽しめなかったりして…だって、あんまり好きな遊びって訳じゃないし…」
こんな具合に、行こうかなー、どうしようかなー、と延々悩んでも答えは出ません。

しかも、ずっと悩んでいると、悩みそのものよりもウジウジしている自分自身が嫌になってきて、最後は「あー!もう、なんで私ってダメなんだろう。こんなことでいつまでも悩んでるし…」ってイライラしてしまいます。

そんな時、友達に「”良かった探し”しよ!」って言われます。

「うーん。そうだなぁ。遊びに誘ってもらったのは嬉しかったから、良かったことかな?」
「他には?」
「普段あんまり喋らないSちゃんも誘われてたから、喋ってみたら楽しくて仲良くなれたかも。それも良かった!」

…こんな感じで、何も出なくなるまで良かったことを探すのです。

最初は難しかった”良かった探し”も慣れてくると、良かったことがたくさん見つかるようになっていきます。

そして、会話の最後はいつも「今こうやってTちゃんに話を聞いてもらえて良かった!話せて良かった!」って言って、笑って会話が終了していました。

こんな会話をしているうちに気分も上がってきて、悩み事が小さく感じられたり、「まぁ、いっか。」って気分になるから不思議です。

高校生になって、その友人と話す頻度は減ったけれど、”良かった探し”はいつの間にか私の習慣になっていました。
辛いことや悲しいことがあっても、その中から良かったことを探せるようになったのは、彼女のおかげだし、この習慣は私の財産になっていると思います。

心理学を学ぶようになって、過去の痛みを乗り越えて前に進むためには、その経験を学びに変えて自分の糧にしていくことが大切なんだと知りました。
”良かった探し”は私達にとって遊びみたいなものでしたが、それはまさに過去から学ぶ知恵が詰まっていたんだなぁ、中学生の彼女は偉大なカウンセラーだったんだなぁ、と、今になって改めて感心しています。

”良かった探し”、とってもオススメです。みなさんも、是非、小さなことから”良かった”ことを探してみてくださいね。


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2014年7月22日

手作りばんざい

皆さま、こんにちは。

段々と、季節は本格的な夏に向いつつありますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

私は、梅の季節からずっと梅酒や梅シロップ、梅醤油、梅味噌を作り、その後に完熟梅で梅干しの仕込みを行なっておりました。

そして、梅だけでは飽き足らず、レモンを使って今はやりの塩レモンを作り、家の中は保存瓶でいっぱいの状態です。

しかし、ちょっぴり時間はかかるものの自分で作った色々な加工食をいただく事ってかなり私にとっては幸せな時間を過ごす大切なアイテム達。

今や、周りの友人や知人には

「きよのさんは手作り大好きな人」

という認識で通っております。

小さな頃から、祖母や母がなにかと手作りの食品を作っているのを目にしておりました。

梅干し、梅酒、梅ジャム、イチゴジャム、おもち・・・等

家で手作りが当たり前・・・な環境で育った為か、この年齢になってから色々と手作りで保存食を作ったりする事が、日々の生活を過す中での愉しみの一つになっております。

手作りの良い所は、何でどういう風に作られているかが判るという所。

例えばお味噌でいうと
大豆や麹をどのように混ぜるか、そしてどういうプロセスでお味噌が出来るかというのを、ちょっとずつ観察する事ができます。

そして、自分で作るからこそ、そのお味噌自体に想いが出てきて、大切にいただこうという気持ちが出てきます。

手作りにこだわるようになり、少しずつですが日々の生活を丁寧に過すよう心がけるようになりました。

それは、食事であったり睡眠であったり、交友関係であったりと少しずつですが以前と比べたら、生活スタイルや日々を過ごす考え方等が変わってきたようにも感じます。

手作りの保存食を作る時は、そのときに取れるものを使ったり、天候気候を気にしながら作ります。

日々のちょっとした気候の変化等小さな変化に意識を向けるようになった頃から、色々な物事に興味をもったり、小さな頃から何気に家族がやっていた家事の本当の意味がなんとなく理解できたりと、私の今まで知っていた世界とは違う物事を知るきっかけとなりました。

さらに、手作りの保存食の大先輩である母に、母も祖母に教えてもらったというちょっとしたコツを伝えてもらったり、手作りを通し家族との違う付き合い方を愉しむ切っ掛けにも手作りの保存食はなりました。

手作りする事で、食す以外にも普段の生活スタイルの変化、日々を過す時の意識の変化、周りの人との交流の変化、家族との関わりの変化等、ステキな変化を私自身体験いたしました。

だからこそ、私にとっては手作りは日々過す生活のなかでも大切な部分であります。

これから暑くなり、8月になると今仕込んでおります梅干しの土用干しが始まります。

またその時に、天気の状態や陽の照り具合を観察しながら、美味しい梅干しになりますようにと心を込めながら作業をしていきたいと、そう思っております。

手作りばんざい!

手作りする事を通してこれからどんな気づきや学びがあるんだろうかと、そう心に想うだけでワクワクしてきます。


この度は、最後までお読みくださいましてありがとうございました。

中村季代乃のプロフィールへ>>>

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2014年7月15日

本の断捨離、始めました。

こんにちは、五十嵐です。

以前流行った「断捨離」
片付けや掃除に、精神的な意味付けをしてくれたあの本に
「なんだか、よさそう」
共感して、チャレンジされた方も多いのではないでしょうか。

私もしっかりそれに乗っかりまして。
3年前、ありとあらゆるものを捨てにかかりました。

ちょうど引越しと重なったので、思う存分処分です。
その数、ゴミ袋25個!
あの狭い部屋によく詰め込んでいたな、とその収納術に感心するくらいの量です。

本に雑誌、捨てられなかった思い出の雑貨。
ストックに次ぐストックの日用品。
「いつか着る」「痩せたら着られる」へんてこな服。
勤めていた業界とも「おさらばだわ!」と、買ったことに満足して
一度も開かなかった専門書の山も、全部。

まー出るわ出るわ、自分にとっての「捨てるハードル」の高さを変えたら
部屋のほとんどがゴミだったんじゃないかと思うくらい
捨てられるものがたくさんありました。
終わった頃には、説明書き通りに「心もすっきり」した気分に。
[断捨離」 スバラシイですね。


それから何度か引越しを繰り返し、その場所毎にシンプルに生活するつもりが
どうしても増えてしまうものが 「本」

勧められては注文し、気に入っては同じ作家を大量注文し、
何かに興味を持てばそれにまつわるものを注文し、
レビューが高得点なんて見つけるとまた注文。

そんな私を知り尽くしたアマゾン君は
「こんなのどう?君ってこれも好きだよね?そういえば、こんなのも発刊されたよ。」

ああ、もうどうしてそんなに私のことがわかるの・・・
彼の見事にツボをつくセールスにやられ、
また夜な夜なクリックをしては、ポストに投函される日々なのです。

そしてまた増える 「本」

溜めないようにと、1回読んで気がすんだら古本屋さんへ。
ずっと手元に置いておきたい本は、本棚へ。

処分するルールをつくり、「なんていいアイディア」と思ってはみたものの
そう、増えるスピードがゆっくりになっただけでした。


引越とともに連れて回る、自分の中の「殿堂入り」書籍たち。
もし手放したら「そこから学んだものまで無くなってしまうんじゃないか」
という恐れからきたものだったんです。

でも立ち止まってよく考えたら、
当時むさぼるように読んだ本も、今ではすっかり開かなくなってしまった。
はじめは目からウロコだったけど、読み返すうちにそれは当たり前のことになってきていた。
もしくは、違う視点からも考えることができるようになってきたのかもしれません。

それにやっと気づいて、過去の「殿堂入り」も手放してみようと思い初めまして。
この度、8年以上前に人生のバイブルと決め込んだ本を処分することができました。

子供の頃は、絵本から漫画、小説と成長とともに読むものははっきりと変わっていったけれど
大人になってからは好みだけで、自分の状態を意識することは少ないのかもしれません。
年月とともに、必要だった本がいらなくなったり、興味のなかった本に目が向いたりしていく。
ずっと昔の考え方にこだわっていたら、逆にそれが成長を止めているかもしれないですしね。

服や装飾品が年を重ねるごとに、似合う物や気に入るものが変わってくるように
本も同じだということから目をそらしていたのかもしれません。


そんなことを思いながら、久しぶりに本の「断捨離」をすることができました。
これから入ってくる「新しいモノ」を楽しみにしたいと思います。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

五十嵐かおるのプロフィールへ>>>

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2014年7月 8日

釣りに行った時のお話

今回は、今年の5月に、カウンセリングサービスの原カウンセラー、池尾カウンセラー、中山カウンセラーを含む、仲間内で釣りに行った時のお話です。
私は、小さい頃に、父の釣りに付き添ったり、大学生時代に釣り好きな仲間につきあったぐらいの経験はあったのですが、その程度の経験だったので、釣りに参加させて頂くというのは、ちょっと心配もありました。

しかしながら、ちょうど私が参加できることになった5月の釣りは、「海上釣堀」という事だったので、「釣堀」という言葉を聞いて、とても安心しました。
なぜなら、釣堀なら設備もしっかりしているだろうし、魚も毎日放流されるとの事だったので、素人の私でもそんなに難しくはないだろうと思ったからです。

そして、実際に行く釣堀のホームページを見ると、タイやシマアジなど、大物と言われる魚を釣り上げ、両腕で抱えている写真がわんさかと掲載されていました。
私は、「こんな大物が釣れるのか、釣堀ってすごいなぁ。」と思ってわくわくしました。

しかし、日が近づくにつれ、「餌は何を持っていこうか?」「どういう仕掛けでいこうか?」など、LINEを通して作成会議が行われていたりしたのですが、その盛り上がりを見て、今度は、別の不安に襲われました。

「ただでさえ、大物が釣れるっていうらしいのに、そんなにも真剣になって、釣れ過ぎたら本当に食べきれるだろうか?」

私は、「遊びなんですから、そんなに真剣に考えなくても、1、2匹釣れたらいいじゃないですか~?」と言いたい気持ちが沸き起こりましたが、初参加だし、そもそも、そんなに盛り上がっている人達に向かって水を差す事はいけないと思い、私は一人、「大量に釣れてしまったらどうしよう。」という不安と格闘するようになりました。

そんな事を考えながら、ある休みの日、近所の釣具屋を覗いてみると、さまざまな餌が陳列されていたのですが、そのパッケージには、「チヌ(マダイ)が入れ食い!」「大漁!」など、いたるところに、よく釣れるという宣伝文句が書かれていました。私は、益々をもって、大量に釣れたらどうしようという不安が増しました。

しかも、当日のスケジュールを聞くと、釣り堀の営業時間である朝7時半から夕方2時までみっちりと釣るというのです。私の「釣れすぎたらどうしよう。」不安は、否が応でも高まります。

そして、いよいよ釣りの前日、私は池尾カウンセラーに自分の不安を打ち明けてみると、あっさりこう言われました。

「釣れ過ぎたら、実家にでも送ったらいいんじゃないの?」

私は、この一言でだいぶ不安が無くなりましたが、それでもまだ不安でした。この釣堀で釣れるのは、タイやシマアジなど、かなりの大物ばかりという事なので、1時間に1匹釣れても7,8匹は釣れる計算です。実家と妹家族に送ったとしても、せいぜい4,5匹送ればもう十分すぎる量でしょう。

そして、そんな事を考えるのも束の間、翌日の朝には、また別の不安に襲われました。私は、そんなに大量に釣れる不安を抱えていながら、なんとクーラーボックスを忘れてしまったのです。

「これから大量に大物を釣り上げるのに、なんたる不覚!」と思いましたが、原カウンセラーが、車の後部座席いっぱいのクーラーボックスを持っていたので、私が釣った魚はそこに入れてもらう事になりました。

釣堀に着くと、客層はだいたい男性が多いのですが、そこにカップル、家族連れがぱらぱらという感じで、中には3人組の若い女性のお客さんもいましたが、その3人組を見ても、こう思いました。

「あんな若い女性3人組でも来るぐらいだから、釣堀ってきっと簡単に釣れるんだろうな。」

釣れ過ぎたらどうしよう不安に襲われている私にとっては、どんな事でも不安材料です。
こんな風に、何かと釣れ過ぎたらどうしようという不安でいっぱいで始まった釣りでしたが、終わってみると、そんな不安は、全く意味の無いものだった事がわかりました。なぜなら、一匹も釣れなかったからです。

魚を釣り上げたら、写真をとって、FaceBookにアップしようと考えていたのですが、一匹も釣れなかったので、代わりに原カウンセラーがカワハギを釣り上げた写真を載せました。釣れなかったのは、私と、(多分一番盛り上がっていた)中山カウンセラーだけでした。
ちなみに、その日に来ていたお客さんの中で、一番釣れなさそう(だと私が勝手に思った)3人組の女性は、どうも結構釣っていたようです。ただし、それは本人達が自分で釣り上げたのではなく、なんと、その釣堀のスタッフさん(イケメンのお兄さん)に変わりに釣ってもらうというやり方です。(そんなのあり!?って思いました。)

帰りは、原カウンセラーの自宅に寄らせて頂いたのですが、その際に、リビングの大画面TVからちょうど釣りのCMが流れ、「新発売!このエサを使えば、マダイも入れ食いだ~!」と威勢のいい言葉が聞こえました。そして、その日マダイ1匹を釣り上げた池尾カウンセラーは、ぽつりとこう言いました。

「このCM、入れ食いって言ってるけど、本当かな。なんか、これだけ釣れなかった後に見ると、にわかに信じられないな。」

そして、私は言いました。

「そうですね。ちなみに今日釣堀で使った餌も、そうとう入れ食いとの、評判高い餌でした。」

これが、今年の5月の私の釣りのお話です。そして、今このコラムを読んでくれたあなた!おそらくは、あなたにもたくさんの不安や、心配事はおありでしょう。でも、その心配、不安は、一体どれだけ実現するのでしょうか?過去、あなたが心配した事、不安に思った事はどれだけ実現したでしょうか?もう一度思い返してみましょう。

そうです!もしかしたらあなたのその不安は、実現なんてしないかもしれません!

小倉健太郎のプロフィールへ>>>

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2014年7月 1日

私の癒しキャラクター

最近、私の職場に新しい派遣社員さんがやってきました。まだ20代半ばのとても初々しい女性です。
私の隣に座っていて、私の仕事をよく手伝ってもらっていることが多いのですが、忙しいこともあって仕事以外のことはまだあまり話したことがありませんでした。 
彼女が慣れない仕事で緊張しているのはわかるので、もう少し打ち解けたいなあと思いつつ、私とは年齢差もあるので何を話題にしていいかもわからずにいました。 

先日、彼女が自分の机の引き出しを開けた時、キティちゃん柄のペンケースがチラッと見えました。 「あ、キティが好きなのかな」と思った途端に思わず、
「キティちゃん、好きなの?」と聞いていました。 彼女は、「ハイ、子どもの頃から好きなんです」と答えてくれました。
実は、私もキティ好き。親近感が倍増です。 なんだかちょっと距離が近くなった気がしました。
「私は大人になってから、キティちゃんが好きなんだけど、キティちゃんて何を着せても似合うと思わない?」とついつい熱く話してしまいました。
キティちゃんって、今は世界中で人気があり、どこの国に行ってもキティグッズはありますよね。
ご当地キティやある航空会社のキャラクターとしてなど、キティちゃんは色んな衣装を着たものがあります。
私はそれを見るたびに「ホント、何を着てもさまになるよね」と密かに思い、キティを見るだけでも、気持ちが少し緩んでいくように感じていました。

そんな話をしながら、思いだしたことがありました。「あのキティの時計、どうしたっけ?」
私がキティ好きになったのは、かなり大人になってからで30代になる頃だったでしょうか。子どもの頃は、どちらかと言えば「キティなんか・・・」という気持ちに近かったような気がします。そんなことに興味ないわ、って感じでした。(興味を持たないようにしてた??) なので、キティ好きとは言っても、何でもかんでもキティグッズを集めたわけではないのですが、大人になってから、かなり凝っていたのは間違いないようです。

なぜなら、ある時、実家に帰ると母が嬉しそうに私に時計をプレゼントしてくれました。 箱を開けてみると、ちょっとオシャレなキティちゃんのブレスレット時計です。 
母曰く、「百貨店の限定販売と広告で見て、あんたが好きだと思って朝から買いに行って来たのよ」と。
私は「30も半ばの、しかも結婚(当時)している娘(私)にキティの腕時計をわざわざ買ってくる親ってどうよ」、と少し呆れもしたのですが、そんなにも私がキティを好きに見えたんだ、なあと
ちょっとビックリしたのでした。
今で言うなら、百貨店とメーカーのコラボでしょうか。 さすがに有名百貨店で大人向けに販売するだけあって、色も落ち着いた薄紫の文字盤にキティがいます。一目で気にいってしまいました。
もちろん、お気に入りの時計となり、よく身に付けていたのを覚えています。
だけど、ベルト(リング)の部分が壊れたこともあり、いつのまにか使わなくなってしまいました。そして、その時計をどこかにしまい込んだのか、捨ててしまったのか記憶はあいまいです。 
今回、隣の席の彼女と話をするまで、そんな時計を持ってたことすら忘れていたのです。あんなにお気に入りだったのになあ、と覚えていないことが残念だったり、ちょっぴり悲しかったりです。

こうして思い出してみると、なつかしいような気持ちとともに、またキティに興味を持ってみようかなという気分になってきました。 以前から職場の机の上には、何かの景品でもらったキティちゃんマスコット(ねずみをかぶったキティです)がずっと置いてあるのに、今は目にも入っていない状態で、それを見てなごむことすらありません。
だけど、また「キティってかわいい! 好きだなあ」という気持ちが少し出てきて、そう思って見ると「やっぱり見ているだけで癒されるわ」と感じています。 
癒しキャラクターがいろいろある昨今、ふなっしーやくまもんにも癒されるけど、やっぱり私にとっての一番はキティちゃんかな。 「○○が好き!」という気持ちがあるからこそ、癒されんでしょうね。
みなさんも、癒しキャラクターや癒しグッズを見つけてくださいね。 

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