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2013年5月28日

ドラマ「泣くな、はらちゃん」に思う、私達の「純粋無垢」

すでに終了してしまったのですが、「泣くな、はらちゃん」というドラマが好きでした。

いろいろなことを感じたドラマだったのですが、その中の印象的なお話のひとつがあります。

このドラマの主人公である「はらちゃん」は、ヒロインが描いた漫画の世界から、この世界に飛び込んできたという設定になっています。

狭い漫画の世界しかしらない主人公は、この世界のあらゆるものが珍しく、楽しく、美しいと感じる、まっさらな純粋な心の持ち主。

ある時、「サッカー」という遊びを近所の子ども達から教えてもらった「はらちゃん」とその漫画の世界の仲間達は、子どものように遊んでいますが、そのボールが街の不良達に当たってしまいます。

素直に謝る、はらちゃん。
不良達は、当然のことのように因縁をつけようとします。
ところが、はらちゃんには、「因縁をつける」という発想自体がありません。
なので、一緒にサッカーをしませんか?と笑顔で誘います。

その誘いに対して、不良達の反応は「馬鹿にしてるのか?」という態度でした。

はらちゃんには、その反応がわかりません。
なぜなら、純粋に、サッカーに誘っていたからです。
楽しいことをしようという誘いには、笑顔で応える。
その発想しかないからです。

不良達は、これも当然のように、はらちゃんたちに因縁をつけ、結局、彼らは殴られてしまいます。

この出来事に、はらちゃん達、漫画の世界からやってきた純粋な仲間達は深く傷つきます。
そして、それに遭遇した、この世界のヒロイン達も、この事実に深く傷つきます。

このお話は、ドラマというフィクションではありますが、私達がこの世界で、いかに「疑い」という心を持つようになっていったかを現している話だと思いました。

私達は、生まれたばかりの時、誰もが純粋無垢です。

ところが、「しつけ」だったり、「社会のルール」だったり、を学んでいく上で。
また、「自分の身を守る術」を学んでいく上で
純粋無垢であることに制限をかけていきます。

例えば、幼い頃、必ず言われる注意事項は「知らない人についていかないこと」です。
残念なことに、このことを守らないと自分に危険が及ぶ可能性があるという事実があります。

人の心というものは、純粋無垢ではないこと。
だから、人の心を「疑う」必要があること。

私達は幼い頃から大人に成長していく上で、このことを習得していきます。

その積み重ねによって、私達は、「疑う」心を持ってしまいます。
純粋無垢では、だまされる。
素直すぎては、生きていけない。

もしかしたら、もっと上手に、もっといい方法で教えてもらえたらよかったのかもしれません。

でも、元々は、「社会のルール」を守れる人になるために。
そして、「自分の身」を守るために。
教えてもらったことなのです。

「疑う」心というのは、一見すると、他人を疑う心、に思われます。
確かに、きっかけというのは、先に書かせていただいたように、他人を疑うことです。
ところが、誰の心も疑わなければならない、という教えは、
自分の心も疑わなければならない、という心を生みます。

なぜなら、他人の心も、私の心も、同じ人の心。
人間不信である、ということは、自らも同じ人間であり、だからこそ、自分の心もいつ人を裏切るかわからないという思いを持ってしまうようなのですね。

私達は、表面的には他人に感じることを
実は、他人の気持ちとは関係なく、自分の気持ちを映し出しているだけであることがあります。

怒っている時には、誰かのことを怒っているのではないかと感じ
辛い時には、世の中のすべてが辛いことだらけだと感じる

先のドラマの話。
はらちゃんは、自分の心も疑っていません。
純粋無垢だから。
でも、この世界は純粋無垢では通用しないことを知ってしまった。
そうなってしまった、彼のこのお話は救いのない話なのでしょうか。

純粋無垢ではいられない私達は、もう、純粋無垢な世界を作れないのでしょうか。

カウンセリングに出会う前の私は、ずっとそのことを悩んでいました。
けれど、カウンセリングに出会い、何千という方とお話をしてきて、確信してきたことがあります。

それは、私達の心の本質は、純粋無垢で、愛でできているようだ、ということです。

純粋無垢ではいられない社会。
でも、それを認識した上で、自分のこころが純粋無垢で愛であることを知る。
そうすることで、ようやく、この社会で、純粋無垢でいられるのだと思うようになったのです。

この社会は、残念なことに、単に純粋無垢ではいられません。
世界のどこかで戦争が起こっていて、毎日どこかで事件があり、疑惑があり、衝突があります。

そんなに大きな話ではなくとも、恋愛や結婚といった中での、失恋や裏切りや不条理さがあります。

単純に、人の心は純粋無垢で愛だ、なんて言えるはずがありません。

でも、一方で、私達は、自分たちの純粋無垢で愛の心を持っていることも、よく知っているのです。

東北の震災で、見ず知らずの人たちの悲しみに共感し、応援する気持ち
世界のどこかで争いが起こっている時に感じる悲しみ

その出来事から、自分の周りの家族や友人達との絆を感じる心を持っています。

偽善者だから、ではありません。
私達の心が、元々、純粋無垢で愛でできているから、「偽善者だ」と葛藤し、苦しむのです。
本当に冷たい心しかもっていなければ、そもそも、葛藤や苦しみが生まれるはずがないのです。

だから、私は思います。
誰かを疑ってもいいじゃないか。自分を信じられなくてもいいじゃないか。
偽善者だと思っても良いじゃないか。他人を、自分を。
だって、人間なんだから。

だけど、それを認めた上で、「人の心は純粋無垢で、愛でできている」と思うことができたら。

この視点で人や物事を見るようになった時に、

「やり方は間違っているけれど、そうしてしまう何か理由が、思いがあるのかもしれない」

という視点が生まれるのではないかと思います。

そして、この視点が、人や物事を動かす突破口になり得るのではないかと思うのです。

私達は、表面的には他人に感じることを
実は、他人の気持ちとは関係なく、自分の気持ちを映し出しているだけであることがあります。

誰かを優しいと感じる時。あなたの心が優しさを持っていなければ、それを感じることはできません。
誰かに愛を感じる時。あなたの心が愛を感じなければ、それを感じることはできません。

私達は、自分が感じられるものでしか、誰かの気持ちを理解することが出来ないのです。

誰かのことを、「何か理由があるかもしれない」と思える時。
私達は、その相手の心を信じています。
相手の心の中に、愛を感じようとしています。
そうすることができて、初めて、私が私の心を信じ、私の心を愛だと感じられるのです。

先のドラマの中で、純粋無垢であるがゆえに、はらちゃんは傷つくわけですが
それでも、彼は絶望しませんでした。

この世界には暴力や疑いがある。
けれど、優しさや美しさがある。
だから、この世界が好きです、みなさんが好きです、と語ります。

単に純粋無垢であった時の彼と、世界の現状を知った後にも、この言葉を語れる彼。
そこには、大きな違いがあると私は思います。

だって人間だもの。
できないことも、失敗もある。
疑って当たり前なんです。

でも、それを理解した上で、でも、人の心は純粋無垢で、愛でできているのかもしれない。
そうした視点で見ていくことで、人間関係が変化していくかもしれない。
それを、あきらめないで続けていくこと。

そのやり方なら、少しずつでも、この社会を幸せに歩いていける。
カウンセリングの中で、たくさんの方の純粋で愛にあふれた心に触れる度に、私はそう思うようになっていったのでした。
今では確信と言えるほどになったのは、そうした皆さんのおかげだと感謝しています。

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2013年5月21日

モラトリアムな国

人生で初めてバッグを買ってもらったのは、3歳の頃だったと思います。
キティ―ちゃんのトートバッグでした。
昔買ってもらったおもちゃを思い出すと、キティーちゃん関連がやたら多かったように思います。

私はチビの頃からキティーちゃんが大好きだったのです。

そう思い返すと、昔と変わってないなーと、我ながら幼稚だなーと、思うのです。
でも、ずっとキティーちゃんが好きだったわけではなく、思春期の初めころには、キティーちゃんはいったん卒業していました。

卒業した頃、時を同じくして、渋谷辺りを中心に、「キティラー」なる者が出現しだしました。身の回りの所持品をキティーちゃんグッズで固めるキティーちゃん大好きな女の子。一時、ブームになりました。そんな時代がありました。

私はもう、キティーちゃん離れしていたし、田舎にいたので、なかなか生のキティラーと触れ合う機会はなかったのですが、唯一私の周りに一人だけ、「キティラー」を名乗る女性がいました。

中学校の音楽の先生です。
中学時代、私は「20歳以上はオバサン」って、勝手に線引きしていました。中学生から見たら20歳って、やたら大人に見えますからね。そしてキティーちゃんは子供が持つものだと思っていました。TVで見るキティラーも、みんな女子高生。

でもキティーちゃんの文房具を持ち歩いていたその先生は、ナント今で言う「アラサー世代」。
「先生、キティーちゃんいっぱいでいつもかわいいね。」
って、内申点を上げてもらうために心にもないことを言ってヨイショしてたんですけど、私は内心、小馬鹿にしていました。

おいおい、その歳でキティーちゃんはないでしょう。先生、あなたぶっちゃけ、痛いオバサンだよ。

ってね。。。


そして時は過ぎ、いよいよ自分が20歳というオバサンへの扉を開く頃、巷ではプーさんが流行っていました。流行に乗っかって、私もプーさんファンになっていました。
私は自分のことを、オバサンどころか、大人でもないと思っていました。
まだまだ私は子供。
何の根拠もありませんが、この頃私は、大人と子供の境目は27歳だと思っていました。

こんなかわいいキャラクターものを持つことが許されるのもあと数年。今しかできないんだから今を楽しもう。

プーさんグッズをいっぱい集めました。


そして今、27歳もとっくに超えました。っていうか、いわゆる「アラサー」です。
そんな私は今、キティーちゃん大好き女です。

それってもしかして、、、、、

ある日気づきました。

なんと、私が昔、小馬鹿にしていたあの先生と同じ状態になっているではありませんか。

痛いオバサン、、、。

現役中学生の子から見ると、今の私はそう見えるのかもしれない。
でも自分のことを、オバサンどころか、大人だという自覚すらあるのかと自分に問うてみても、大きなクエスチョンマークがつく。
子供・・・ではないと思うけど。100%大人でもない。うん、確実にそう自覚する自分がいる。
じゃあ100%大人との境界線って、う~ん、40歳くらいかなぁ。でも50歳な気もするし、60歳な気もするし・・・。ぶっちゃけよく分からない。

子供から大人になる境目、モラトリアムな時期。大人でも子供でのない時期。
思春期でとっくに終わりそうな感じがするけど、時代が豊かになればなるほど、このモラトリアムな時期というのは長くなるのだそうです。
平和だから、豊かだから、無理やり大人にならなくても許されるんですね。

明治時代の人の写真なんかを見ると、大概めちゃくちゃ老けてる。20代の人でも、今の感覚だったら、50代くらいなんじゃないかっていうくらい、明治時代の方々は大人な顔をしていらっしゃる。
豊かじゃない、時代だったんですね。

逆に今の日本人って、幼稚だって言われます。
私は先日知り合ったインド人に何歳に見えるかと聞いてみたら、16歳だと言われました(苦笑)。
顔立ちの違いもあるけど、それだけじゃなくて、いい歳してキャラクター好きだったり、やっぱり中身も幼稚なのでしょう。

私だけかと思いきや、昨今は“くまもん”を筆頭にゆるキャラブームにもなるくらい国全体が幼稚化というか、ゆるくなっていて、この国これから大丈夫なの!?って、当事者でありながら思わず突っ込みたくなる今日この頃ですが、
でもこれって、「恩恵」なんじゃないかとも思います。

いつまでもモラトリアムでいることが許される国。

そんな日本始まって以来の豊かな時代に生きている私達って、その恩恵を受け取って、恵まれていることって、こんなに幸せなんだよっていう、幸せのお手本になる必要があるんじゃないかなと、思います。

だから幼稚であることを極端に否定する必要もない。

この先何があろうとも、何歳になろうとも、キティーちゃんを見ている時に感じるような平和な気持ち、愛で満たされて癒されていく感覚、持ち続けていたいものです。


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2013年5月14日

心地よい音色

みなさんは、ガムランって聞いたことがありますか?
ガムランはインドネシアの伝統的な民族音楽で、様々な青銅楽器を使って演奏されます。
何年か前にはCMでも使われていたこともあるので、みなさんもどこかで耳にされたことがあると思います。最近ではヒーリングミュージックと呼ばれることもあるようです。

私が結婚していた頃、夫(元)の駐在でインドネシアに住んだことがあります。その時、現地でガムランを習っていました。 始めたきっかけは、友達が習っているのを知って見学としてついていったのが始まりでした。
主なガムランには中部ジャワのジャワガムランやバリ島のバリガムランがあるのですが、私が習ったのはジャワガムラン。バリガムランに比べると、ゆったりとしたテンポが多く、優しく柔らかな音が響きます。
そこは日本人主体の外国人のグループで、先生はジャワ人。 初めて行った日に私も楽器を触らせてもらい、すぐ演奏が出来たのが楽しくて嬉しくて、週2回、せっせと通うようになりました。(楽譜にある数字どおりに楽器をたたけば、最初から誰でもガムランが出来た気分になれます。)

ガムランは、数種類の楽器がいろいろなリズムを担当してひとつの曲を奏でる合奏になるのですが、個々の楽器の音色や響きが合わさった時のハーモニーや音色の心地よさや感動は、病み付きになってしまいます。
太鼓(クンダン)のテンポで同じ曲でも叩き方が変わり、曲の雰囲気が変わっていきます。本当に奥が深くて、どんどん夢中になっていきました。
外国人のグループということで、先生のグループが結婚式で演奏する時に一緒にやらせてもらったり、どこかの大使館のパーティで演奏したりと、いろいろな経験をすることが出来ました。

日本に本帰国後は、ジャワガムランを演奏するグループがあることを知り、年に1度の演奏会を聞きに行ったりしていました。その後、そこで初心者のためのガムラン講座が開かれることを見つけて、その講座に参加したのが8年ほど前のことです。
初心者向け講座(春・秋)は始ったばかりで、私は講座の初期メンバー(たぶん2期目)で2年近く通いました。
講座といっても、和気あいあいとした感じで、先生と生徒というような堅苦しさはありません。ガムランが好きな人たちが、ガムランの魅力を伝えたくて教えているというような教室でした。
ガムランには10数種類の楽器があるのですが、現地で習っていた頃はそのうちの3-4種類くらいしか触ることができませんでした。
でも、ここの講座では今までやったことのない楽器も習えておもしろいし、嬉しいし、何より日本語で説明が聞けるのがラクでした。(現地の時は、インドネシア語でしたから、わかるようなわからないようなということも多かったのです。)
一緒に習っているメンバーは、私以外はもちろんガムランを触ったこともない人たちばかりでしたが、ジャワ舞踊からガムランに興味を持った方、音色が好きでやってみたくてというように、年齢も仕事もきっかけも様々でした。
みんなガムランが大好きで、本当に熱心に習っていました。 教えてくださる方(先生役)たちもとても優しく丁寧で熱心。当初の曜日以外にも練習時間を作って、個人レッスンのようにしてそれぞれが上達したい楽器を教えてくださったりもしました。本当に楽しいものでした。
リズム感がない私は、なかなか上手く出来ないこともあったのですが、もっと上手になりたいと頑張っていました。
でも、途中でパートナーとの問題がおき、その渦中で夫(元)の転勤で東京を離れることになり、辞めざるを得ませんでした。

その後、東京へ戻り数年して私はひとりになるのですが、時々ガムランのことを思い出していました。
「またやりたいなあ。まだみんなやってるのかなあ」なんて思ってみるものの、自分の近況を聞かれると辛いという気持ちもあり、なかなか足が向きません。たまにその演奏グループのHPを見ては、なつかしく思ってみたりするぐらいでした。またやってみたいと思いながらも、そこへ行くことはありませんでした。

でも今年になって、久しぶりにそのグループのHPを見たとき「春のガムラン講座」を見つけ、「やっぱり行ってみよう」とすぐに申し込みました。 昨年に職場での異動もあり、今のほうがその練習会場にも遠くなったのですが、なぜだか素直に行きたい! 行こう! と思ったんです。
だけど、申し込んだのが2月の初めで講座は4月中旬から。直前まで申し込んだことをすっかり忘れているくらいで、もう行くのを辞めようかという気持ちも湧いてきました。ただ、申し込みの時に以前にも講座でお世話になったことを伝えてあり、覚えていてくださったので行かないわけには行かないと思い、頑張って行ったんですよね。(申し込まなきゃよかった、くらいの気持ちでした。)

講座初日、そこにいたのは変わらない先生たちとあの時一緒にやった初期メンバーがまだ4人ほど残っていてビックリ。彼らはずっと練習にきていたそうで、今年で10年目だとか言ってるんです。私が辞めて8年近く経っているのに私を覚えていてくれたことも感激だったんですが、もっと驚くことは見た目が全然変わっていない。(老けていないんです。) 最後に会った時の彼らそのままで、つい先月まで私も来ていたかのような感じでした。
(好きなことをやっていると若いままのようですよ。)

数年ぶりのガムランは、やり方を忘れていることも多かったけど、簡単な楽器なら自然と手が動きます。嬉しい、楽しい、ワクワクの気持ちが湧いてきて、何よりガムランをやりながら感じたのは、「ああ、やっぱりこれ(ガムラン)が好き!」という思いでした。
好きなものや好きなことって、別にないなあと、実は思っていることが多い私ですが、「ああ、これが好きだった。大好き!」という気持ちを思い出させてくれたのがガムランでした。止まっていた時間が動き出したかのような気持ちになりました。
それに、初期のメンバー(同期ですね)とも以前よりフランクに話せる感じがあり、とても気楽に楽しめたんです。
(その頃は離婚問題を抱え始めてたころですから、私も心を閉じていて固かったでしょうね。)
「初期メンバーが戻ってきてくれるのは、嬉しいよ」と口にしてくれる人もいて、受け入れてもらえたという嬉しさでいっぱいでした。面倒くさくて行くのを止めていたら、こんな気持ちは味わえなかったことを思います。
講座はもう終わってしまったのですが、毎週練習会があるので続けていこうと思っています。

みなさんにも昔夢中になっていた好きなことや止めてしまった、止めざるを得なかった好きなことはありますか?
もう一度始めてみることは、何か気持ちを動かしてくれるかもしれませんし、何かを思い出させてくれるかもしれません。みなさんもよかったら試してみてくださいね。

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2013年5月 7日

息子の親離れにうろたえる

三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます!

息子は11歳。そろそろ思春期の入り口です。今年になってからあからさまに私と距離をとろうとするようになってきました。ついに「お母さんといっしょ」からは卒業のようです。

息子は小さい頃、母である私の気持ちが不安定だったため、私に十分には甘えられていませんでした。でも彼が小学校4年生になる頃、やっと私も自分の課題をかなりクリアできて、落ち着いて我が子と向き合えるようになりました。そのころから息子は私に本格的に甘えるようになりました。それまでの分も取り戻すかのような甘えっぷりは、周りからは時に批判的な目で見られ、「いや、これにはいろいろワケがあるのですよ、みなさん…」と、内心何度もつぶやいたものです。

こんなに大きい子がこんなふうに人前で母親に甘えるなんて、どういう育て方してるの?と思われてしまうのも仕方ないことだったと思います。

とはいえ、甘えてくれるのはやっぱり嬉しくて、当分このままでいいや、と思っていました。幼児期に甘えられなかった分を取り戻すには時間もかかるだろうから、と。私もまだまだ「甘えられ足りて」いなかったですから、それはそれでいいという感じだったんですね。

ところが、11歳の誕生日を迎えた頃から、急激に息子の「母離れ」が始まりました。まだ自分から甘えてはくるんですよ。疲れた時とか、気持ちが苦しい時とか。でも、くっついてくるからといって、こちらが包み込むようにしようとするとピュッと離れるんです。嫌そうな顔をして。

何度かそんなことがあってから、くっついてきても、私はあえてしらんぷりを装うようにしました。その時自分がしていることを淡々と続けるのです。読書であったり、パソコン作業であったり。すると、しばらくすると静かに自分から離れていく息子。どうやらこれが今の彼が求める甘え方のようです。(やがてこれもなくなるのでしょうけど…)

最近では外出時も、「お父さんと行くからお母さん来んといて」「一人で行く」などと言うのです。昨年末ごろはまだ、「オレ、お母さんには甘えるけど、お父さんに甘えたことはない」などと言ってくれて、「子どもにとっての母の絶対的地位」を感じさせてくれていたのですが、それも今はどこへやら。

周りの先輩お母さんたちの話を聞くと、これはごく自然な親離れの過程のようです。「ようです」というのは、自分が経験していないから、はっきりわかっていないのです。私の母は病気がちでしたし、父もいろいろと苦労を重ねていて、そんな二人を助けないといけないという気持ちが強かった私は、自然に湧き上がる親離れの衝動を、そのまま言葉や行動に出すことはできませんでした。

参観日に「お母さん来ないで」なんて言う娘がいると聞きます。私にもその気持ちはありました。でも言えませんでした。お父さんから露骨に距離をとるのが思春期の女の子だといいます。私にもありました、そういう感覚。でも、そんなことはないふりをしていました。そんなことをしたら、両親が傷つく。これ以上あの人たちが傷つく姿は見たくない。そういう気持ちの方が勝っていました。

ま、あと、親離れの衝動をそのまま出していたら、絶対説教されたと思います。どんなに苦労して子どもたちを育ててきたか、とか、そんな態度をとるなんて、ろくな人間じゃない、とか…。それが嫌だったというのもありますね。

と言いつつ、実は「形だけの反抗期」を演じて見せていました。「反抗期があること」が「まともな子」の証らしい、と聞きかじっていたからです。そして、「私は反抗期のあるまともな子どもよ」と、親を安心させようとしていたという…、カモフラージュのうまい、ややこしい子どもだったのです、私は。だから、親は「この子には普通に反抗期があった」と思っているんですよね。

というわけで、「本当の反抗期・親離れ」を、経験していない私は、息子のいたってまともな親離れに戸惑うわけです。

未知との遭遇ですから。

そして、無意識に自分が親にしていたこと(親に気を遣って自分の気持ちを抑える)を我が子にも求めてしまう心理はどうしてもあるようで、ごく自然で自由な我が子の態度を押さえつけたい欲求を感じることもしばしばです。

でも、ここは私が大人の心を立てて、「ま、こんなもんか」と見守るのがベターなのでしょう。

それにしても、息子の親離れが始まった時、自分でもちょっとびっくりするほどうろたえました。「えええ~!なんか寂しい!なんかすごい一人ぼっちの気分になるやん!」と。そして、すがりつきたいような気持ちも感じました。心にぽっかりと穴が開いたような気分。これが「空の巣症候群」かあ…とためいきをつく私でした。

少し時間が経って、「これからは自分のやりたいことをもっとやれるんだ!」と気持ちが切り替わってきたものの、「でも、何ができるの、私?」みたいな感じです。

とりあえずしばらくは余裕のある時間をのんびりと楽しみつつ、でもやっぱり内心少々うろたえつつ、これからの道を探っていこうと思います。


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