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2012年11月27日

心理ゲーム ~パートナーに望むもの~

私がカウンセリングの勉強をするために、神戸メンタルサービスのスクールに通っていた時、講座の中で心理ゲームをしたことがあります。

お題は「パートナーに望むもの」
講師からひとりひとりに16枚の白紙のカードが配られます。そこに、どんな要素を持った人が好きか、どんな人を自分はパートナーに欲しいのかを、各自がそれぞれの好みで1枚に1項目、計16項目書いていくのです。16枚というと結構色々な事が書けます。隣の人の書いたもの等も参考にして「あ、それもいいね。」と気付きながら、あれこれ思いめぐらせて書いていきます。たとえば、優しい人、スポーツ万能な人、料理上手な人、・・・各自様々な希望、好みがでてきます。

16枚全部書き上がったら自分の前に広げて、今度はその中から半分のカードを捨てて8枚に絞り込みます。そして8枚に絞ったカードを、次は更に半分の4枚に減らしてくださいと言われます。みんな「え~」とか言いながらも、どうにか絞っていきます。そして予想はつくと思いますが今度は2枚に絞り、最終的には1枚だけを選びます。2枚から1枚に選ぶ時は、悩む人が多くだいぶ時間がかかります。1度捨てたカードを「やっぱり」と拾い直して、又考え直す人もいたりします。それでもみんなどうにか1枚を選ぶんですね。

こうして最後に、パートナーに望む1番の重要項目が残るわけです。

さて質問ですが、あなただったらどのような人と書いたカードが残ると思いますか。

きっとあなたがとても大切にしている、大切に思っているものがそこには書いてあるはずですね。そして、実際にやってみて意外だったのは、私の場合「どんな人が好き?」と聞かれたら、いつも「優しい人」と答えているように思っていたのですが、その時に私の手元に残ったカードは「楽しく笑い合える人」というカードでした。

そして、この最後のカードについてなのですが「なぜこれが最後まで残ったのか、なぜこれにこだわったのか」というところを見ていくと「そこに痛みがあるから」なのだそうです。

私はそれを聞き「え~??」と不思議に思いました。「楽しく笑い合える人・・・そこに痛みなんてあるかなあ??私よく笑っているけどなあ」と思ってそのカードを眺めていました。すると講師がひとりひとりに聞いていきました。私に対しては「楽しく笑い合えない時ってどんな時だろう?」と聞いてきました。そう言われると、・・・痛かったのです、確かに。すごく悲しい気持ちを感じました。その後まわりの人とも話をしたのですが、みんな内容こそ違うけれど「うん、痛みがでてきたよ~」と言っていました。不思議ですね。さすが心理ゲームです。そしてなぜか、私から見てユーモアのある人が「ユーモアのある人」というカードを持っていたり、誠実な人が「誠実な人」というカードを持っていたりしました。

一般的にひとは自分が「もっとこうなりたいのに足りない」と感じているものをパートナーに望みます。自分は持っていないな~と思うものをパートナーに望むのです。たとえば「誠実な人」というのを選んだ人は、自分はもっと誠実になりたいのになれないと勘違いしているのかもしれないです。実際は十分に誠実だったとしても。

そして、続きがあるのですが、この「パートナーに望むもの」・・・これは、講師曰く本当は「あなたが相手に与えるべきもの」「あなたが相手にやってあげること」だということだと。確かに、欲しかったこのことを、あなたから相手に差し出せるようになれた時、想像してみるとわかりますが、あなたはきっと満たされますし、間違いなく魅力的なはずです。パートナーに望むものは自分に足りないと感じているものといいましたが、私たちは今までの人生のどこかでなんらかの事情で自分にはこれは無理とあきらめてしまったのかもしれません。

しかし講師が言うのです。
「なぜ無理と決めたんだろう?いつ決めたの?決めたのはあなたですよね。だから変えられるのもあなた、あなたが変えられるんですよ。」


ずっと今まで「これって私がもらうものでしょう」と思い込んでいたものを「これは私が与えるもの?」と気付くこと。実は与えるほうだったのかもしれないと気づくこと。それは場合によっては、ちょっと人生が変わってしまうくらいの変化のような気もします。

これは2007年頃の講座での思い出です。講師は神戸メンタルサービスの社長平準司でした。その講座で「こんなパートナーが欲しい」と力強く言っていた若い友達も、今では素敵なだんなさまと結婚して幸せそうです。思い出すとその日の講座風景が目に浮かび、懐かしいような気持ちでこのコラムを書かせてもらいました。

良かったらみなさんもこの心理ゲームをやってみてください。何か思いがけない発見があるかもしれません。

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2012年11月20日

しいたけ栽培セットに想う事

秋の紅葉から本格的に冬の空気がし始める今日この頃。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。

私は、先日冬の愉しみとして、しいたけとしめじとなめこの栽培セットを購入しました。

元々、植物を育てるのが大好きで、その延長上で数年前より冬場は自宅でしいたけ等のきのこの栽培セットを購入し、自宅で育て、それを美味しく頂いています。

育て方は、きのこの菌がついている菌床に毎日シュッシュと霧吹きをかけるという、シンプルなものです。
もちろん、その栽培セットを置く場所や、気温、湿度に気をつけないといけませんし、栽培セットが乾かないように気をつけないといけません。

なので、しいたけを自宅で栽培してるという話をすると
「大変そう」
「めんどくさそう」
「スーパーがあるじゃない?」
という声もちらほら耳にするんですね。

でも、ハマると愉しいしいたけなどの栽培かな、と感じる訳でございます。


さて、その愉しいしいたけなどの栽培を通して、感じた事があるんです。

それは、物を育てる時の根気や状態を見る目や、摘み取るタイミングとか。。。
きのこの栽培プロセスといいますか、その工程を通して色々な学びや気づきがあったんですよね。

きのこを育てるという事は、日々きのこと向き合い、きのこの気持ちに添い、きのこと対話し、そしてきのこを日々愛する、という工程を踏まえていくんです。
(あくまでも、これは私の主観でありますが)

焦っても、のんきに構え過ぎてもきのこ達は思うように育ってはくれないんです。

じっくりと、見てあげてそして慈しむ。

だからこそ、すくすくときのこ達は育っていくんですね。

そして、きのこの成長プロセスを見守る側に自分自身が立つ事で、もし自分自身がきのこの立ち居値で、自分の今の視点はずっと見守って応援してくれる誰かだったらと思うと、色々深く感じる想いや感情が出てくるんですね。

時に、とても心配してみたり。
時に、『大丈夫だからすくすくと育って』と応援してみたり。
時に、そのきのこの開きそうな傘を優しくなでてみたり。
時に、水のやり過ぎはいけないからと、少し環境を厳しくしてみたり。

等々、色々な気持ちや想いできのこと接します。
でも、それは全てきのこ達がベストな状態で育って欲しいという想いを持ち、その中で自分に出来るベストというのを試行錯誤しながらもやり続けていく作業だとも思うんです。

そのきのこ達と接する気持ちと同じ気持ちや、想いを持って自分自身を見てくれているとしたら、それはても深い愛情や優しさでいっぱいなんだろうな、と感じたんですね。

もしかしたらストレートに愛情を示してくれる人もいるかと思うんです。
でも、中には厳しく接する事で愛を伝えてくれたり。
気づかれないようにそっと応援してくれたり。
色々な形や、表現で支えてくれたり、応援してくれたり、愛を送ってくれている。

そういう人がいっぱい自分自身の周りにいるんじゃないかな、とそう感じるんですよね。

でも、きのこ達を育てるにあたり、感じる事は、手助けや応援とかって出来る事ってある程度限られてくる事もあるんですよね。
なんとかしたくても、きのこ達の生命力を信じるしか無いという時もきのこを栽培する時に出てきたりするんです。

やれる所までやったから、あとは信じるだけ。

これも、私たちを支えてくれたり応援してくれる人の中にはそう想って、信じて待ってくれている人っていうのもいっぱいいると想うんですよね。

きのこ達の栽培を通して、普段の自分自身の周りにはいっぱいの愛や、大切に想ってくれている想い、そして応援してくれる想い、陰ながら支えてくれる人がいっぱい居るんだという事を再確認できました。

そして、良い機会を作ってくれたきのこ達に感謝です。

この冬を通し、いっぱいきのこ達を通し自分を振り返り、そして収穫したきのこ達を美味しく頂こうと、そう思っています。


最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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2012年11月13日

息子との旅 ~体験は自信を生み出すのです~

 今年の夏休み、息子と二人で7泊8日の「男二人旅」に出かけました。息子の自転車と私の自転車を愛用のキャンピングカーに乗せ、車中泊中心の気ままな「旅」。私の実家のある徳島に立ち寄り、瀬戸大橋を渡って、山口から九州に渡り、最後は別府から大阪に向かう「さんふらわぁ」という大型フェリーに乗るという大まかな予定を立て、途中で寄る予定にしていた「スペースワールド」のホテルと帰りのフェリーだけは予約しておいたものの、それ以外は、泊まるところも特に決めずにでかけました。
 私も息子もこんなに長い時間、二人だけで過ごしたことはありません。出かける前、ワクワクと同時に少し心細げな息子。「ママも一緒じゃないの?」と不安そうに言ったりもしていました。
 私は、といえば、息子に何を見せてやろう?何を体験させてやろう?と出発前の1ヶ月、インターネットとにらめっこの日々。
 そして、旅は始まりました。
 最初に訪れたのは「秋芳洞」。ここには、冒険コースというのがあったので、そちらにも挑戦。怖がりながらもちょっとした崖を登りました。初めての鍾乳洞に、ドキドキしながら少し緊張していた息子は、この「冒険」をクリアーして、自慢げな顔で「秋芳洞」を後にしました。
 次に立ち寄ったのは「スペースワールド」。私としては、宇宙に興味を持ってもらいたいなぁという期待があったのですが、息子は「プール」がお気に入り。1泊2日の大半をプールで過ごし、すっかり日焼けしてたくましい姿に・・。
 そして、今回の旅で、私が息子を連れて行ってやりたい!!と思っていた、阿蘇山に向かいました。ここは、わたしが子どもの頃、私の父が私をつれて来てくれた思い出の場所。今回の旅の原点は「子どもの頃の父との旅」だったのかもしれません。父と二人の旅の中で、父に一人前扱いされたことは、その後の私の「自信」になったんだなぁ・・と、息子と旅をしながら、そんなことを思いました。
 阿蘇の火口の大きさに驚く息子。普段、都会で暮らしている息子にとって、見るもの全てが「驚き」の連続のようでした。阿蘇からの帰り、山頂から下の県道まで、息子は自転車で下りました。その息子の後ろをキャンピングカーで追走しながら、後ろ姿のたくましさに息子の成長を感じました。去年の今頃は自転車に乗ることもできなかった息子が、颯爽と自転車で山を下っていくのですから・・
 サービスエリアに車を止め、車中泊をしているときのことです。「パパ、見て、すっごい星。」「大阪ではこんなに見えない!!」とはしゃぐ息子の声に、空を見上げると満点の星空が広がっていました。「百聞は一見にしかず」といいますが、実際に自分の目でみて、触れて、体を動かして・・と体験することは、想像以上に息子の心に響いたようでした。
 帰りのフェリー、疲れてすぐに眠るだろうと思っていた息子ですが、初めて大勢の見知らぬ人のいる場所で眠ることになったせいか、夜中になっても、全く眠ることができずにいました。(ツーリストというクラス・いわゆる雑魚寝)息子のことを気にしながらもウトウトしていた私に、明け方になって、息子の声が・・・
「パパ、お風呂行ってくる」
そう言って息子は一人で船内のお風呂に一人で入りに行きました。どこに行くにも、「パパついてきて」と言ってばかりの息子の、この行動に、ただただ驚くばかりの私。たった一人でそんな行動ができるようになるとは!!息子の成長をもっとも感じた瞬間でした。

 旅に出る前の息子は、新しいことには後向きで、なかなかチャレンジしようとしませんでした。ゆっくり成長するタイプの息子は、保育園や学校の生活の中で、「出来ない自分」をいっぱい感じて、すっかり自信をなくしていたのです。でも、今回の旅で、いろんなことを体験するようになってから少しずつ前向きになってきました。もちろんチャレンジは成功ばかりではなく、失敗することもありましたが、失敗してもやり直せばいいことや、やり遂げたときの喜びを旅の中で学んでいったようです。
 自信をなくしているとき、私達は失敗を怖れて、新しいことにチャレンジできなくなります。でも、簡単なことでもいいので、何かにチャレンジしてみると、「できた」という達成感や自信を感じることができます。
 「自信は経験からしか作られない」とも言います。逆にいえば、体験することで自信をつけることもできるのです。
 みなさんも、ほんの少し勇気を出して、簡単なチャレンジをしてみませんか?あたらしいあなたに出会えるかもしれませんよ。

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2012年11月 6日

シンプルに生きる

部屋はその人の心理状態を表すといわれています。心理学では「投影」という言葉を使います。インテリアやレイアウトにはその人の個性が如実に反映されるし、感情がぐちゃぐちゃになってしまっている時って、部屋もぐちゃぐちゃだったり、心がスッキリしている時って、部屋もちゃんと片付いていたり・・・。
逆手にとることもできます。
「部屋を掃除したり、模様替えをすることで、気持ちも変えることができる。」

半年前に引越しをしました。今度こそ、今度こそ!都会的で大人女子な空間を作ろう!!今年の年明けからというもの、新居で素敵すぎる新生活をスタートさせている、生まれ変わった私に想いを馳せては、本屋さんでインテリア系の雑誌を立ち読みし、ネットの奥底までどっぷり浸っては、どんな部屋にしようかとあれこれ夢を見ておりました。

ある日、「シンプルライフ」なんぞという言葉を発見しました。
心を整理して自分を見つめ直すには、まずは暮らしから。暮らしをできるだけシンプルにすることで上質な人生を手に入れる。それが、ザ・シンプルライフ。

なんか、よさそうじゃない?心穏やかで、平和な毎日が手に入りそうじゃない??日々のストレスが、「塵も積もれば山となる」状態にならなくて、すみそうじゃない???
これができたら、なんだか大人女子って感じ♪

こんなことを思った私、理論上は心が穏やかじゃない、ということになりますが(汗)。
シンプルライフに欠かせない要素が、「モノをできるだけ減らす」こと。最低限のモノだけに囲まれて、大切に使う。それがシンプルでロハスな生活であるという理屈。
あの時大流行中だった断捨離ブームに乗っかって、私は徹底的にモノを手放しました。
幼稚性が強いのか、単純にかわいいものが好きだからなのかは不明だけど、気づいたらどんどん増えてしまうキャラクターグッズやぬいぐるみは、断腸の思いで9割方捨てたし、大好きな洋服も着ていないモノが多くて、半分以上捨てた。前の部屋では弟と二人暮らしだったけど、新居では一人暮らしだから、弟と、弟の持ち物の全ても自動的に手放せた。

そしていよいよ引越しの時。かなり身軽になった荷物を、一人で使える生活空間がかなり広がった新居に収納。

う~ん、、、ちょっと、断捨離しすぎちゃったかな。。。。。

家具はシンプルなものより和洋折衷でアンティークなテイストのものが好きだから、気に入った家具が見つかったら買い替えていこうとは思っていたけど、それを考慮しても、なんか殺風景すぎる気がしました。ガラーンとして、無機質で寂しい感じ。でも、不思議と心が静かに落ち着いている感じがありました。
今はまだ慣れてないから違和感あるけど、シンプルに生きるって意識してこれから生活すれば、ひょっとして、本当に穏やかに、ゆったりとした豊かな人生になるのかも・・・。

淡い期待を胸に新生活を初めて早半年、うまくいかないものですね(笑)。最初はイイ感じだったんですけどね、最近はイイ感じに汚れて、イイ感じにモノがが増えつつあります。無駄なモノは一切買っていないはずなんですけどね。
自分がシンプルになりきりすぎると、社会と波長が合わなくなるんですよね。
シンプルライフを美徳として、従業員自ら実践しているような職場に環境を変えてしまえば問題ないのかもしれないけど、そんな都合のいい職場が都合よく現れてくれれば人生苦労しないってもんだし、そこまで方向転換する勇気は、今の私にはない。
出したものは元の場所に戻す。とか、
一個買ったら一個何かを捨てる。とかっていう習慣が身についている人は、バランスとりながらその人なりのシンプルライフが余裕でできるのかも・・・というのがシンプルライフ歴半年の私の意見です。

先週、イイ感じに汚れた部屋の大掃除をしました。年末みたいにまとまった時間は取れないかもしれないけど、クソ寒い12月にするより、気候のいい今の時期の方が掃除しやすいんじゃないかと。夏に発生した大量のダニが、湿度の低下とともに死骸になって、ハウスダストと化している今の時期が大掃除には適しているんじゃないかと思って・・・
というのは半分口実で、先日友達の引越しの手伝いに行ったのがキッカケ。
ピッカピカにクリーニングされた新しい部屋を見て、私も初心に帰ったわけです。

少し飛びますが、私はカウンセラーです。「罪悪感」、「無価値観」、「自己嫌悪」といった心理学用語を日常的に使います。もちろん自分のことにも敏感になります。
大掃除をしていて、半年で何でこんなにほこりが溜まるのか不思議なくらいほこりが出てきました。(一応週イチくらいで掃除機かけてたのに。)

話は記事の冒頭に戻ります。「部屋はその人の心理状態を表す」。
このほこりは私の何を表しているのだろうか。先月感じた罪悪感かしら?そろそろ手放そうと思っている自己嫌悪の一種かしら?
余計なことばっかり考えてしまう。職業病といえば聞こえはいいけれど、悪い癖ですね。
でもそのおかげで、掃除機で跡形もなく吸い取った後は、人一倍の爽快感が得られる。
なんか、一皮むけて基本に戻れた感じ。心がシンプルに戻れた感じ。
今度はバランス取りながら、私にしか作れないシンプルライフを目指そうかなと。頑張りすぎず、ちょっとずつ。

心がシンプルになるって、どんなことか。過去の傷が癒えていること?どんな時もエゴに囚われずに過ごせること?
誰の心にも中心は愛で満たされているといわれています。心がシンプルな状態って、この「愛」の部分と自分の意識が連結しやすい状態なのではないかと思います。当たり前のことに感謝できたり、小さな愛を与えたり受け取ったりする中で、小さな幸せをいっぱい作っていけること。

私も、もっともっと愛に溢れた生活を送りたいな。
「シンプルライフ」。う~ん、奥が深いです。


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