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2011年9月27日

スポンジを投げた日

「やっぱり学ぶべきは、アイツやん!!」
そう思って洗い物をしている途中、握っていた食器洗いのスポンジをシンクに投げつけていました。


パートナーシップの問題で、ヘトヘトに疲れきっていた当時、たまたま見つけたこのカウンセリングサービスの心理学講座。
それを熟読し、自分でいろいろ試してはみたものの、状況は良くならず

「そんなに癒し癒しというのなら癒してもらおうじゃないか。
愛と親密感?そんなものがあるのなら感じさせてもらおうじゃないですか!」

と通いだしたカウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスのカウンセラー養成スクール。 (養成スクールでは、まずは自分自身を深く癒すことに取り組みます。)


ある日の講座終わりに、

・いかに元夫がとんでもないことをやらかしたか
・どれだけの暴言を私に吐いたか
・それについて心理学的にどういうことが言えますか?

と、弊社社長の平に訴え、質問しました。
社長は黙って耳を傾けたのち、一言


「そこから君が何を学ぶかやなっ」


その後もうひと仕事残っていたのか、他になにか予定が入っていたのか、社長はスタスタと足早にその場を去って行ったのでした。


何かを期待していたワケではないのですがもう少し、励ましの言葉であるとか、労いの言葉であるとか、元夫の心理であるとか、ナニゲに同情的な言葉が返ってくるだろうと思っていたところ、まさかの

「君が何を学ぶかやなっ」

と、キッパリあっさり。
しかも若干爽やかだったような・・・

けれど、なにか一瞬 「ハッ!!」 としたのです。
何かに気付かされたような、気付いた瞬間かき消されたような・・・


それから 「君が何を学ぶか」 の言葉が頭から離れません。


「私が?そんな踏んだり蹴ったりの目に遭った私が学ぶ?
いやいや、なにを学べとおっしゃるのだ?もう、精も根も尽き果てたわよ?」

「浮気したのは元夫で、嘘をつき倒していたのも元夫で、私は悪いことはしていないはず。
なのに学ぶ?私が???」

グルグルと3日程考え込み、さっぱり意味が解らず、とうとう洗い物をしているときに

「やっぱり学ぶべきは、アイツやん!!」

と思わず声が出て、食器洗いのスポンジをシンクに投げつけたのでした。

「私が学ぶのではなく、ヤツが学んだらいいねん!
嘘はつくわ、浮気はするわ、その曲がった根性を叩きなおし、人としての心を取り戻すべきはあの男であり、私ではなくアイツがスクールに通うべきだ!!」

と、そう結論付けてから途中で投げ出した洗い物の続きへと取り掛かったのでした。


今なら解るのです。
私が学ぶことはたくさんあった、と。
いえ私にとっては、学ぶべき、と言ったほうが正しいかもしれません。

あの頃の私は元夫の言動に囚われ、自分の痛みにしか目を向けれず、全ては元夫のせいだ!と自分の正当性を主張していました。
けれど、そういう時期も必要であったのだろうと思うのです。
痛みにどっぷり浸かり、苦悩し、怒りに翻弄され、誰に何を言われようと 

「さっぱり解らん!」 

と、スポンジをも投げつけてしまう時期。
・・・まぁ、無いに越したことはないですが。


けれど、「君が何を学ぶか」 という言葉はずっと私のどこかに引っ掛かっていました。

そこにはいろんな意味が含まれていたのだと思います。

『自分の本当の感情に素直になってごらん』

ということかもしれないし

『人を恨むより理解する目を持ってごらん』

ということかもしれないし

『被害者意識の中に留まらずとも君はそこから抜け出す力を持っているだろう』

ということかもしれません。


誰かに言われたひとこと、なにかで読んだ一節に、「ハッ!」 と思ったり 「おぉ~」 と感心したり 「ムッ!」 ときたりすることもあるかもしれません。
ですがその時は解らなくても、そういう言葉は後から 

「そうかっ!そういうことだったのか!!」 

と気付きや学びをもたらしてくれることが多いです。

それを実感した時、なぜかしら腹の底から笑いが込み上げてくるような感じでしょうか。


みなさんもそんな、なにか引っ掛かる一言に出会ったときはその言葉を大事にしてみてください。
その時は受け入れがたくとも、です。
すぐには腑に落ちなくても、後から 「なるほど!」 と思うことがあるかもしれません。
そうなったら儲けモノです。

ただ、私に気付きをもたらし、学びにすることが出来るきっかけとなった社長のあの一言が、

『コイツの話はいつも長い。お腹も空いてるし、早くこの場を切り上げよう』 

という考えから出た一言ではなかったことを切に願う今日この頃であった・・・。

吉村ひろえのプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (2)

2011年9月20日

私の学校の不思議な校則

先日、ネットのニュースで、「あなたの学校の不思議な校則」というタイトルを目にし、ふと高校時代のエピソードを思いだしたので、今日はそのことを書かせていただきましょう。

私が通っていた高校は、けっこう校則の厳しい学校だったんです。
生徒手帳につらつら並べられた校則のなかには、合理的な理由が全く想像できないものも数多くあったのですが、生活指導にあたる先生たちは「合理的な理由があろうがなかろうが、決まりは決まりだっ!!」という感じでしたから、私たちがツッコミを入れることなど当然できず・・・不承不承ながら、したがっておりました。

で、そんな「合理的な理由がさっぱり分からん」校則のなかに、こんなのがあったんです↓
「髪の毛を一つに束ねてはいけない」

例えば、どういうことかと言いますと、ポニーテールはあかんのですわ。でも、ツインテールはOKなんですわ。

なぜ???って思いませんか?

当然、在校当時の私つるぞのも、これには全く納得できませんでした。
ホンマに納得できなくて、ツッコミ入れたくて入れたくて、そりゃもう我慢なりませんでした。
でも、先ほどお話したように、生徒がツッコミを入れられるような空気など、この学校にはなく・・・
ああっっ!でも、納得できないっっ!!

そこで、つるぞのは、ある企てを考えたのです☆
その企てとは・・・

この高校では、毎朝、登校時間には、先生数人が交替で、校門に立つことになっていました。
登校のため校門を通る生徒たち一人一人を、目でチェックして、服装や髪形などに校則違反があれば、その場でつかまえて厳しく指導するんですね(恐)
つまり、”検問”です。

そして、ある日の朝・・・

この日も、先生たちは、校門前で、校則違反者を一人たりとも見逃すまいと、目を光らせて立っていました。

続々と登校してくる生徒たちのなかに、つるぞのもいました。

先生たちは、つるぞののことも細かくチェックしはじめました。

「スカート・・・膝丈、よし☆」
「サスペンダー・・・なし、OK☆」(サスペンダー禁止やったんです。)
「靴下・・・白、三つ折り、よし☆」(これも、三つ折りである必要性が全く分かりませんが。)
「髪形・・・ツインテールの三つ編み、よし☆」

違反なし、通ってヨ~~~シ☆

ほんの数秒のあいだにチェックしつくして、問題ないと確認できると、先生たちはその視線を、つるぞのから、その次の生徒へと移しました。

ところが・・・

「!?」

つるぞのが先生たちの真横を通り過ぎた直後、つるぞのの後頭部に「違和感のある1本」が生えているのを、先生たちは目の端で捉えたのです(先生たちは、生徒たちが校門を入ってくるところを、前方からチェックしているので、後頭部までは見えてなかったんですね。)。
慌てて振り向く先生たち。まさに、こんな感じでしたw↓
Σ(`□´/)/ Σ(`□´/)/ Σ(`□´/)/

この日のつるぞのの髪形は、三つ編みの束が左右に一本ずつと、それから、後頭部にも一本、つまりツインテールではなく、”トリプルテール”だったのです。
今思えば、よくもまあ、あんな変な髪形で、1時間ちかくも電車に乗って登校できたもんだ、と我ながら呆れてしまいますがw

一つに束ねたらダメ。二つならOK。じゃあ、三つなら???

三つはダメ、と明確に定められた校則は、この高校にはありませんでした。
まあ、そりゃそうですよね。想定外です。
でも、「一つに束ねたらダメ」という校則に合理的な理由があるのであれば、その理由を応用させて、判断できるはず。

「さあ、どうする?」
ちょっと緊張しながら、でも素知らぬふりで通り過ぎた私。
横を見るふりをして、目の端で後方の先生たちを確認したのですが、彼らが、私をつかまえにくる様子はありませんでした。

ただ、だからと言って、「オッケー♪」という感じではなく、「うむむむ・・・、そんな髪形はおかしいっっ!ふざけているっ!許せないっ!!・・・うう、でも、アカンという校則がないっっ!!」と、どうにも納得がいかないという感じでしたが。

というわけで、”検問”にひっかかることなく無事に教室にたどりついた私。
クラスメイトたちは、私のヘンテコな髪形を見て、校門前で何があったのかをすぐに理解したようです。
クラスメイトたちも私も、しばらく笑いが止まりませんでした。

その後も、クラスメイトたちと一緒になって、いろんな独創的(?)な髪形で、”検問”にトライすることになりました。
こうなると、校則が鬱陶しいとか嫌とかよりもむしろ、校則自体が、楽しみの種になってしまいます。

しまいには、「ヒゲ生やしたらアカンっていう校則ないやんなあ!」(まあ、女子高ですからね。ヒゲなんて、全くの想定外でしょう。)と誰かが言いだし、「誰か、ヒゲ生やして登校してみるってどう?」なんて、とんでもない企てまで出ましたが、これについてはさすがに実現にはいたりませんでした(そりゃそうだw)。

それにしても、たびたび頭の痛い思いをさせて、当時の先生たち、本当にごめんなさいっっ!
でも、今となっては、とても楽しい思い出です。

こんなふうに、「校則、校則って、なによっっ!!」と反発しまくっていた青春時代ですが、今になってみると、大人の世界のほうが、あのころとは比べものにならないくらいに制限でいっぱいなんだなあということに気づきます。
理不尽な制限や規則の数だって、学校の校則の比ではない気がします。

そのことだけをみると、この世の中、窮屈ですよね。

でも、こんな制限だらけの世の中でも、あのころの私のように生きられたなら・・・。
もちろん、あのころの私みたいに、屁理屈をこねて先生たちを困らせるのがいいとは言いません。
ただ、あの若さゆえの、ユーモアの精神や遊び心、そしてユニークな発想は、今の私にも有用なんじゃないかな、と思うのです。

「納得いかないから、したがわないっ!!」と真正面から制限に逆らい、制限と喧嘩をするのでもなく。
だからと言って、「制限に従うしかないのだから」と、自由を諦めてしまうのでもなく。
「じゃあ、こういうのは、どうなの?」とユニークな発想で、制限と制限の隙間にある”可能性”を追究し、ユーモアと遊び心でもって、制限を遊び、楽しむ。

それができたとしたら、制限だらけの世の中にいながらにして、自分らしい生きかたや自由を手に入れられるのかもしれません。

ふとしたことで高校時代の思い出がよみがえり、そんなとりとめもないことを思ったつるぞのなのでした。


投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (4)

2011年9月13日

旅への思い

今年の10月で結婚10周年であり、知り合って20年になります。そこでその記念として、北海道一周旅行に行きます。

期間は7泊8日、行きは飛行機、帰りは電車。その電車は鉄道好きや旅行好きであれば、1度は乗りたいと思う「トワイライトエキスプレス」
そして妻と日本全国、津々浦々行った中で最後の場所になります。そう、北海道に行くことですべての都道府県を制覇することになります。

北海道での予定として、5泊はレンタルでワゴンを借りて車中泊、寝袋に包まって寝ます。
1泊は札幌のホテルで、最終日は電車に1泊。

今回の旅行は新婚旅行を含めても1番期間が長い旅行です。
僕たち夫婦にとって旅行とはどんな意味があるだろうと考えたとき閃いた言葉とは

「共通の時間を、思い出を、感動を共に味わう」

ということになります。

僕たち夫婦の旅行必ず車中泊が原則となります。
理由は旅費を安くあげたいのと、僕が毎回行きたい場所を欲張って詰め込みすぎて、
日程スケジュールを強行に組むために夜中に移動して距離を稼がないといけないことが多いからです。
でもそれ以上に何よりも車の運転が好きだからというのも理由の一つかもしれません。

20代のころは友人もこのような旅行に賛同して、計画を立てては気軽に行っていたのが、
体力的に厳しい部分もあるので、今では妻しか賛同してくれず(笑)。

飛行機で、現地に短時間で飛び、そこでゆっくり過ごすというのも一つの旅行に仕方。
でも僕のこだわりは車でできるだけ高速道路を使わずに下道を利用することで、色々な街の雰囲気を味わうことも大切な目的。

僕の住んでいる兵庫県は六甲山をバックに港街で有名な神戸や、日本海に面していて温泉やカニで有名は城崎、
白鷺城で有名な姫路。同じ県内なのに文化も違えば、方言も微妙に違う。

そんな雰囲気を肌で感じ、思い出に残すことができるのはその街に立ち寄ることが一番の近道。
その積み重ねが僕の感性を磨いてくれます。
きっと僕の旅行の考え方は目的地をだけを求めるのではなく、その道中にも魅力を感じているのかも知れません。

そして妻もそのような考え方に初めは戸惑いながらも、いつのまにか魅力として感じだし、
今では当たり前として捉えてくれたことが僕はとても感謝してます。

子供がいない僕たちにとって共通の趣味や価値観をもつことは特に大事なこと。
お互いの個性も認め合い、共有できることはどんどんしていく。
それが、夫婦が仲良く過ごす秘訣の一つだと思います。

北海道の自然を共に感じ、共に食事をし、共に寝袋に包まり、共に体力のなさを感じ、
そしてそこで得たものがいつのまにか夫婦の絆として構築されていくことでしょう。

なるみたかふみのプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (1)

2011年9月 6日

お母さんが僕を見ている!

三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます!

私には小学校4年の息子がいます。

赤ちゃんの頃はよく私の顔をじーっと見てくれていました。でも、その頃の私は気持ちが不安定で、息子の気持ちを受け止め切れていませんでした。今だったら、赤ちゃんと目が合ったら、「かわいいね~、いい子だね~」とべたべた可愛がると思うのですが、当時はお世話をするので精いっぱい。息子が見つめてくれても、何となく目をそらしてしまったりしていました。すると息子は怒って泣いていました。それはわかっていたのですが、どうすることもできない私がいました。

幼児に成長した頃には、息子は私と目を合わしてくれなくなってきました。たまに視線が合っても、心がつながる感じがしないのです。少し離れて遊ぶ息子に手を振っても、手を振り返してくることなんてまずありませんでした。やがて、発達障がいの診断が出て、障がいのせいなのかな、でも、赤ちゃんんの頃はじーっと見つめてくれたけどなあ…と、どことなく疑問に思っていました。

障がいのため、体の動きがとても不器用なので、3歳からハンディがある子を中心としたプール教室に通っていました。他のお母さんたちとガラス張りの見学室から見ていると、よそのお子さんはけっこうお母さんに対してアイコンタクトをしてきます。重度障がいのお子さんも、お母さんの存在を時々確かめているのがわかりました。

でも我が子は…。全然なんです。見学室の方をちらりとも見ない。たまにプールサイドで間近に見ていても、ほぼ反応なし。淡々と泳ぐだけ。私の存在を忘れているかのよう。そのことがずっと気にはなっていましたが、だんだん「きっと障がい特性なんだろう」と思うようになっていきました。

一方で私は、自分自身と向き合うことをコツコツ続けていたことが実ってきて、不安定だった気持ちが年を追うごとに落ち着いていきました。同時に、息子に対する理解も進んでいきました。障がい特性の細かな部分や、障がい云々ではなく、当たり前の一人の子ども、一人の人間としての息子のいろいろな気持ちがちゃんとわかるようになってきました。

すると不思議なことに、昨年あたりから、息子と目が合うことが多くなってきました。テレビを見ていて面白い場面になると笑いながらこちらを見る、とか、食事中に話しかけてくる時など、ちょっとした場面で目を合わせてくるようになってきたのです。そしてその目に、ちゃんと感情がこもっているし、表情があるんです。「あれれ?」という感じでした。

楽しい時は楽しそうに輝く瞳、がっかりしたときはその気持ちがダイレクトに伝わってくるような顔つき。嬉しい時も悲しい時も、豊かな表情はとてもかわいくて、愛おしくて、こちらは思わず笑顔になってしまいます。

私が息子の感情をちゃんとキャッチできる状態になったから、息子も安心して感情を表現するようになったのかもしれません。

うちの子は顔の表情そのものが豊かになりましたが、障がいの具合によっては顔の表情はさほど「動かない」お子さんもいますが、それでもこの頃は以前よりずっと、「あ、今嬉しそう」とか、「これには興味ないんだな」とか、「私に親しみを感じてくれてるな」とか、わかるんですよね。自分の気持ちが落ち着いていなかった頃…私自身が自分の感情とつながっていなかった頃、とも言えますが…我が子に限らず、他の誰の感情ともつながりにくかったんだと思います。

感情がつながらないということは、相手のことが「見えない」ということでもあります。相手の気持ちがわかりにくいですから。

そして、そのことに息子はごく小さいうちに気付き、あきらめたのだと思います。「お母さんとは気持ちがつながらない…。お母さんはボクを見ていない、決して見ようとしない…、こりゃだめだ」と。

でも、私が変わり、息子もそれに反応してくれたんですね。子どもは素直に反応してくれます。

そして先日、プール教室の時に、またまた驚くことが…

プールサイドで見ていたら、息子がプールの向こう側から私の顔を見て嬉しそうに手を振ってきたのです!えっ!って感じでした。こちらが手を振っても見てるんだか見てないんだか、という感じだったのに。そしてその後もプールの中から、ことあるごとに私の顔を見るんです。

そしてその目が生き生きとしている。光がある。その光の中に、「お母さんが僕を見ている!」という喜びが輝いているように感じました。

もちろん、私も嬉しいのです。「ああ、我が子と気持ちがつながっている!」と。でも大人の私は子どもほど素直にはなれなくて、「ほんと?これは本当のこと?今日だけ、今だけの幻のようなものじゃないの?」と、心のどこかで心配になったりして…。

まあ私のそんな疑いの気持ちはともかく、私たちは、こんなシンプルなことこそを「幸せ」と感じるんですね。

私もまた、母に「本当の意味で」見てもらいたくて、でも、それをあきらめたことがありました。その辺りのしこりを自分の中で消化したかな、と思えた時、我が子をちゃんと見ることができるようになったんだと思います。

一度失ってしまった(ように感じる…本当はちゃんと心の奥にいつでもあるんですけどね…)「つながり」を取り戻すということは、取り戻してみればごくシンプルなことなのに、取り戻すまでの過程では複雑に絡み合う感情の渦に飲み込まれそうになったりもします。

だけど、息子の嬉しそうな目を見た時、本当によかったな、とつくづく思いました。何度もくじけそうになり、何度も泣いて、這うような気持ちで過ごした日々も、今は私の糧となっています。


投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (3)