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2011年08月16日

祈りの虹

僕は長く合唱団に所属しているのですが、同じく合唱をやってきた親友の誕生日は8月6日です。
夫婦で長い付き合いの彼には、毎年、誕生日にプレゼントを贈っています。
この日がくると、いつも思い出す合唱曲があります。

彼は、大学時代に、当時、日本トップクラスの男声合唱団に所属していたのですが、僕は、その演奏会を聴きにいった時に、聴いた曲に深く感動しました。

それは、男声合唱とピアノのための「祈りの虹」(作詩:峠三吉、金子光晴、津田定雄 作曲:新実徳英)という合唱曲で、新実徳英さんが作曲された、平和への願い、人類の浄化への願いを込めた4曲からなる合唱組曲です。
また、その思いから選ばれた三篇の詩は、いずれも第2次世界大戦とその結末となった原爆投下を経て書かれたものです。

ちょうど広島に原爆が投下された日に誕生日を迎えている親友が歌っていて感動したことが、この日を迎える度に思い出されるのですね。


4つの曲からできているこの合唱曲は、原爆投下による苦しみと悲しみ。原爆や戦争への怒りと、それを作り起こした人の心への怒りを表現し、そして、その終曲では、平和への祈りと人類浄化への願いを歌います。

この合唱曲について、僕の親友は「3つの曲を歌った後に終曲である『ヒロシマにかける虹』を歌うことに意味があり、感動がある」と語ってくれました。まさに名言、そのとおりだと思います。


この時期、この合唱曲を聴く度に、僕は「祈り」ということの意味を思います。

「祈り」とは、宗教的な意味の「祈り」というだけではなく、人が人として自然に身につけている行いであるように思うのです。

大切な人が亡くなった時に思わず「祈り」たくなる。
誰かの無事を願う時に思わず「祈り」たくなる。
深い感謝の気持ちを感じた時に思わず「祈り」たくなる。
ふと見た美しい光景に思わず「祈り」たくなる。

日本は自然にあるいろいろなものに神様が宿っているという昔ながらの考えがあるように思うのですが、僕はこの「祈り」のことを思う時、いつも特定の神様というより、自然全体に対して「祈り」を捧げたくなります。

「祈り」人が本質的に持っている力です。
鎮魂を、願いを、救いを、感謝を
それらを届けたい誰かに送るための手段です。

そして、その「祈り」は、目に見えない形で、その誰かに届き、その誰かの力になるように思うのです。


今、日本で、そして世界で、いろいろな問題や事件や争いが起こっています。
大きな困難に直面している方もたくさんいます。

でも、その当事者でないかぎり、その場所にいないかぎり、僕たちはその大変さを想像するしかありません。
今、自分ができることをやるしかありません。
それは時として、自分を責めることになります。
自覚していなくとも、誰もがそう感じていると思うのです。

けれど、「祈る」ことはできます。

第二次世界大戦を、原爆を経験したことのない僕が、こうしたことを言う資格はないのかもしれません。
そして
今も世界で起こっている戦争のことを思うと
今も日本や世界で起こっている問題や事件や争いの渦中にいる方々を思うと
今も東北で様々な困難に直面している方や、その解決のために決死の努力をしている方々を思うと

こんなきれいごとのような話を書いていいのか、本当に悩み迷います。

でも、この合唱曲を聴く度に、誰かのために「祈る」ことは、人が本質的に持っている力であり、
その誰かのための力になると信じたくなるのです。


合唱曲「祈りの虹」の終曲「ヒロシマにかける虹」(作詞:津田定雄)は、8月6日の平和記念式典の様子を描き、その最後にはこう歌われています。

 一陣の風がおこれば
 霊はしたたる水となり涙となって
 くぐり抜る光に美しい虹を咲かせる
 おお これこそ真の神より
 ヒロシマにかける救いの虹
 そしてヒロシマの普遍者に応える
 祈りの虹
 七色に大きく二つの輪をえがき
 いつしか象徴の花に融け合い
 輝きあってゆく


いろいろな、そして数々の「涙」が、風にのって、空に上がり、光を浴びて美しい虹を咲かせる、そう歌っているように思えるのです。


人は「祈り」ます。
今までも、そしてこれからも「祈り」続けるでしょう。

僕も「祈り」続けたいと思います。


以前、このコラムで原爆をテーマにした記事を書かせていただきました。
(「生きていく意味を伝えていくこと~『夕凪の街 桜の国』に思う」)
その時のコラムは、広島に原爆が投下された翌日である8月7日にアップされました。その最後にこう書かせていただいています。

 このコラムは8月7日にアップされます。
 8月6日でなく、その翌日であることに意味があると感じています。
 この偶然を、偶然のまま終わらせたくない。その思いでこのコラムを書きました。

今回のコラムは、8月16日にアップされます。終戦記念日の翌日です。
翌日は、未来です。
最後に、同じ言葉でまとめさせていただけたらと思います。


このコラムがアップされるのが
8月15日でなく、その翌日であることに意味があると感じています。
この偶然を、偶然のまま終わらせたくない。その思いでこのコラムを書きました。

今までに亡くなったすべての方と
そして、その命を継承した、今、僕と同じ時代を生きているすべての人へ
心からの感謝をこめて

池尾昌紀のプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 2011年08月16日 00:00

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