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2010年9月28日

子育て中の夫婦は大変なんです!

この4月から、僕は午前中やお昼すぎの時間帯に、カウンセリングをさせていただいています。
その時間帯のためか、4月から今まで、特に一歳未満~二歳くらいまでの小さなお子さんの子育て中の方のご相談を受ける機会が多く、その中で、強く感じたことがありました。

ご相談内容は様々ですが、カウンセリングの内容を問わず、その中で、以前から僕が感じていることをお話しさせていただくと、多くの方が、「その言葉を言って欲しかった」とお話しくださいます。

それは、たった一言

「子育ては大変です」

という言葉でした。

特に、初めてのお子さんを育てておられる方は、何もかも初めてのことで、生まれて一年くらいは、子どもを育てること以外に全く頭に入らないような状況になります。

ですから、子育て以外の家事が、きちんとできなかったり、夫や家族に目がいき届かなかったりします。

しかも、初めての子育てはなかなかうまくいきません。子どものあらゆることに悩み、苦しんでいることも珍しいことではないように思います。

それは、ある意味、しかたがないことだと思うのですが、多くの方は、「できないこと」を自分に許していないように感じます。

そこにあるのは、「子育てや家事はきちんとやれて当たり前」という思いなのではないでしょうか。

僕がこのことを強く感じるようになったのは、うちの奥さんが同じような苦しみを持っていたからです。

僕の奥さんは、自他共に認める能天気で明るい性格で、本人も「悩むことがほとんどない」と公言している人なのですが、初めての子どもを出産した時に、子育てでものすごく悩みはじめました。
うちの奥さんに限っては、子育てでブルーになることはありえない、とたかをくくっていた僕は、本当に驚いたし、うろたえました。

そんな奥さんを救ってくれたのは、彼女の母親の一言だったのです。
「そんなにこだわらなくてもいいじゃない!」とお母さんは彼女に言ってくれて、ああ、そうなんだ、自分が自分にきちんとやれていないことを許せなくて、自分を責めていたんだな、と気づき、徐々に奥さんの気持ちも楽になっていきました。

この出来事は、僕自身がその時の奥さんに持っていた不満を解消する鍵にもなりました。
当時、僕は、奥さんが子どもにばかり意識が向かっていて、自分のことをほったらかしにされていると感じていたのです。

この感覚は、子育て中の妻を持つ夫が感じることが多いように思います。

僕も、ご多忙にもれず、そうした感じを持っていました。
愛されていない、とか、自分は必要ない、みたいな感じでした。

どうしてこんな感じを持つかというと、夫も子どもが生まれたら、奥さんとは関わり方は違うけれど、すごく悩んで努力しているからなのです。

子どもが生まれたら、その子や奥さんに経済的なゆとりを持たせたいと思うのは自然なことです。
だから、仕事もよりがんばって働いて、たくさん収入を得なければ、と思ったりします。

また、子どもは親の背中を見て育つ、という言葉がありますが、それを意識して、りっぱな父にならなければ、と強く思ったりもします。

けれど、自分なりにがんばっていることが、奥さんにわかってもらえないような気分になることもあります。

でも、真実はそうではなくて、本当にシンプルな理由だったんです。

「子育てが大変すぎて、他に目を向けることができない」

ある意味、ほったらかしにされているのは事実です。けれど、夫のへの愛情がなくなったのではなく、単に、しかたがない理由があっただけなのです。

つまり、子育て中の夫婦は、妻も夫も悩み苦しんでいる、ということなんです。

お互いに「しっかりしなちゃ」「がんばらなきゃ」「親としてそれは当然」という思いを持っているがゆえに、それができない時に自分を責めていたんだと気づけた時に、相手への不満が、実は、自分への批判だったと気づくことができます。

その思いがあれば、相手を思いやることも、今よりはできるようになってきます。
それは、パートナーへの愛情を思い出し、感じることへつながります。

僕達は、このことに気がついてから、お互いに意識して、「できるだけ話す機会を持つ」ことをやっていきました。そうすることで、こうした誤解を解消していけたと思います。

人は、様々な問題や困難や苦しみに直面した時に、どうしても自分自身を疑ってしまいます。
それは、相手への攻撃という形にでることもありますが、結局は、自分への批判攻撃なんですね。

子育て中の夫婦は、それぞれに大変なものなのです。
まずは、それを感じることを、自分に許してあげてください。

そして、パートナーへの愛、パートナーからの愛が隠れているだけで、そこには存在することを感じてみましょう。

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2010年9月21日

天国の友へ!

 「妻はどんな時も 歌ったり踊ったり いつも笑顔でした。楽しそうな妻の姿を見て きっと奇跡が起こり病気は治るのではないかと思うほどでした。しかしそんな家族の願いも叶わず 妻は逝ってしまいました。
でも あの妻のことだから きっと、天国でも楽しく歌って踊っている事でしょう・・・」

2年前― 葬儀の際の ご主人の言葉です

 彼女は、 何にでも一生懸命で、いつもにこにこしていました。病気であることが分かったのは それからしばらくしてからー

 何度も手術 入退院を繰り返し また 転移が分かった事。 やりたい事いっぱいあるし 本も書きたいからと 目を輝かせながら 話してくれました。
 その後は 離れたところに住んでいたのでメールでのやり取り

いつも前向きで いつも 勇気を持っていて 希望を失わず
私の相談まで 聞いてくれたことも。

翌年 まだ寒い2月のころ
「助けて! 怖い!」メールで届いた 始めての彼女の弱音。
「大丈夫! きっと乗り越えられるよ!」 

私の願いもむなしく 9月に彼女は旅立ちました

 私も死が怖かったのかも知れません
 何も出来ない無力な自分を感じることが怖かったのかもしれません
気に掛けながら 父の介護を理由に 会いに行けなかったこと 
 私は後悔していました。


彼女の亡くなった日の 夜遅く 寝たきりで立てないはずの父が 立ち上がり 頭をぶつけて救急車で病院に運ばれたのです。
急性硬膜下血腫で意識混濁のままの緊急手術でした
 高齢であることとペースメーカーをはずしたままの危険な状態
でも 開頭手術後も一日中全身麻酔での 集中治療が決まったことで、葬儀に行かせてもらえたのです。

まるで眠っているかのような彼女に最後のお別れをいい  煙となり天に昇るまでその地に残り
 「ありがとう 私や みんなを見ていてね・・・」

人生は 大海原に浮かぶ 船かも知れません
 荒れ狂う波   穏やかな水面 嵐 晴れ渡る空 
苦労したり 迷ったり 喜んだり 悲しんだり しながら 乗り越えていくのでしょうね
 だとしたら

どうせ 海を 渡るのなら 自分で舵を取り 自分で目標を見据え 自分の行きたいところへ 行くのが 後悔の無い人生のような気がします。
どうやって乗り越えていくか どんな人生を送るかー

最後まで 明るく できることを 精一杯 やった彼女が それを教えてくれました

 


 人の死は 悲しく 辛いものです
 でも 私や友達の心の中では 明るい彼女が 生き続けています
 そして
 いつももう一人の友と 天から見守って くれていると信じています
     
   -今年9月 友の3回忌に寄せてー


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2010年9月14日

インドラの網

突然ですが、最近つぶやいてますか?そうtwitterです。

何のこと?という方へちょっと解説。twitterとは「今何してる、今どこにいる」そんなことを徒然なるままにPCや携帯で140文字以内でつぶやくネットワーキングサービス。
家族や友人、同僚はもとより、見知らぬ誰かさんから芸能人や有名人、果てはアメリカ大統領まで、世界中の様々な国の様々な人たちのつぶやきを垣間見ることができる、しかもただ、見るだけでなく、
勝手に絡み、つっこみまで入れられるのが特徴。

例えば、「明日出張で大阪行くんでおいしいたこ焼の店を教えて!」とつぶやく人がいたら、「それなら、○○のたこ焼がおいしいよ」とお勧め店舗が、「彼女と別れた」と落ち込んだ様子のつぶやきには、励ましのつぶやきが返されたりします。

そうやって世界中の見知らぬ人たちのつぶやきや、つっこみ、絡みを眺めていると、なんだか元気になってくる気がするのです。
ちょっとオーバーかもしれませんが、世界はつながっているんだな、という気持ちになるのです。

『世界はつながっている』
そんな世界観を表現したものに、『インドラの網』というものがあります。

インドラとはインドの神様で、日本では帝釈天とも呼ばれています(「男はつらいよ」シリーズ:柴又の帝釈天で有名ですね)。
インドラの網とは、帝釈天が住む宮殿の天井に張り巡らされていると言われる網(ネット)のことで、その網の結び目には水晶が結び付けられています。
そしてその無数の水晶がお互いに光を反射しあい、映し合い、共鳴しあうことでインドラの宮殿は光にあふれるといいます。

仏教の教えによれば、その水晶は私たちひとりひとりの心を喩えたもので、インドラの網は、お互いが作用し共鳴しあう世界、「相互依存の世界」を表しているのだそうです。

ニュース映像でみる遠い国の悲惨な状況に痛む心、夢を叶えて大記録を達成したアスリートの姿に高揚する心。
なるほど、確かに私たちの心は他者の心模様を写しだし、少なからず影響を受けているようです。

先日、交差点の信号待ちで、右折をためらっている先行車を怒鳴り飛ばしているドライバーを見かけました。
その不機嫌でイライラしたエネルギーに、一瞬その場にいた誰もが動きを止めました。
眉間にシワを寄せて不快な表情を浮かべる人、驚いた顔のOL、ネガティブな感情が辺りに伝播し、私も嫌な気分になりました。

感情は伝わる、伝播する。

それぞれがお互いの心を映しあい、影響しあっている世界では、ネガティブな感情もやはり反射しあい、共鳴しあって広がってゆくのだろうと思います。
そんな時、今自分が感じている感情が世界に影響を与えるかもしれない。まずはその事に気付くこと。
そして、どんな影響を与えていきたいかを見極めて、選択していくことが大切なのではないかと思うのです。

見知らぬ通りすがりのドライバーから受け取った不機嫌なエネルギーは、私の中で不快感に変化し、更なる伝播先を探そうとしていましたが、
私が関わる人たちに伝えたいのはそんなネガティブなものではないな、と気付くことができた瞬間きれいに消えていきました。

インドラの網のように、世界がひとつにつながっているのならば、今、私たちが見知らぬ隣人からキャッチし、
また見知らぬ誰かへと伝播しようとしている感情の先には、巡りめぐって私たちの大切な家族やパートナーがいるのかもしれません。

見知らぬ誰かの肩越しに、私たちの大切な人の姿が見えたとしたらどうでしょう。
不機嫌さや、不愉快さといったネガティブなものを広げていきたいとは思わないですよね。

祖母が昔、よくこんなことを言っていました、、、

「初めて会う人には、知人のようにもてなしなさい。知ってる人には家族のように振るまいなさい」

この世界で出会うすべての人たちが、ひとつの網でつながっているとしたら、相互作用で反射し合う水晶だとしたら。
ネガティブなエネルギーよりも、私は輝く光のエネルギーを受け取り、そして反射していきたいと思うのです。


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2010年9月 7日

8.18トリプル記念日

8月18日は、私たち夫婦の記念日です。

お付き合い記念日であり、プロポーズ記念日であり、そして結婚記念日なのです。


お付き合いが始まったときには、結婚までのすべての節目が8月18日になろうとは、想像もしていませんでした。
きっとご縁があれば、自然と結婚しようということになり、気づいたら結婚してるんだろうなぁ・・なんて、漠然と思っていたことを懐かしく思います^^


プロポーズを受けたのは、2006年の8月18日でした。

お付き合いが始まったのが2004年でしたから、ちょうど2年目にしてプロポーズを受けました。

そのころ夫は大学院生でした。今思えば、責任感が人一倍強い夫が、定職に着く前に決心してプロポーズをしてくれたのは、ものすごい覚悟と決意の上でだったんだろうな、と思います。

責任感が強いほど結婚に踏み切れない、ということはよくあることだからです。責任感が強い男性ほど、「俺が養うんだ」「何かあったら大黒柱は俺だ」「一家を支えられる男でなければ」という想いが強く、「何が何でも奥さんをしあわせにするんだ!」という気持ちを強く持つようです。
反面、その想いが強いがために、定職についてたくさん稼げるようになってからじゃないと、子どもができてもちゃんと食べさせることができるようになってからじゃないと、自信を持ってご両親に会いに行ける自分になってからじゃないと・・等々、“ちゃんと準備が整ってから”でないと結婚できないと感じ、そういう偉大な自分になれるまで自分が結婚することに対してGOを出せなかったりする、ということを知っていました。

だから本当に、ものすごい決心をしてくれたんだろうなと、いま思い出しても心がじ~んと熱くなります(^^)


そういう喜びに包まれてましたから、結婚もそのうちすぐだろうな~♪なんて思っていました。

ところが・・予想に反して結婚したのは去年、2009年8月18日。
プロポーズを受けてから3年後のことでした。

このことを周りに話すと、「よく待てたねぇ~」と言われます。
でも、不思議なくらい、私の中では“待っている”というような感覚はありませんでした^^
むしろ、“待たされている”と感覚がなかった、と言う方が正しいのかもしれません。

なぜなら、いつでも夫は目の前のことに一生懸命だったからです。
2年間働きながら大学院に通い、難しい修士論文を仕上げて大学院を卒業し、その後就職。この就職が2008年の春のことでした。1年間がむしゃらに働いての2009年春。そしてその夏に結婚しました。

こう文章にしてみるだけでも、このうちの一体何処に結婚準備をする時間があったのだろうと思ってしまうほどです。

でも、結婚式の準備にも、夫は一生懸命でした。
会場決定するのに、必ず自分の足で見に行き、料理も絶対試食して確かめ、足腰の良くないおばあちゃんのためにバリアフリーにこだわり、自分のやりたいことが出来るか何度も会場に確認していました。
ウェディングプランナーさんも、「こんなに彼が来てくださる、結婚の準備に関わってくださるカップルさま、そうそういないですよ!」と驚くくらいのがんばりだったのです。

さらにすごいことに、夫にとってそれらは“がんばりでもなんでもなかった”という事実です。
私たちはふたりとも田舎出身だったので、遠く離れて暮らしている、私たちの健康や無事をいつも祈ってくれている、大切な両親に安心してもらいたい。こんなにたくさんの友だちに囲まれているから東京でも大丈夫だよって、目で見て実感してもらいたい。
そして、私たちをここまで支えてくださった、またこれからもご縁が続く皆さまに、心から楽しんでもらいたい、感謝の気持ちを伝えたい。
そのためには、“これくらいやるのが普通でしょ”と思っていたようです^^

この時、私はちょうど仕事を辞めて無職でしたから、私にやらせようとすれば幾らでもできたはずなのに、夫は最初から最後まで一緒に準備をし続けてくれた、時には私よりもすごいこだわりを見せていた、これらは今でも本当に嬉しくて、この喜びはずっと心に残っています。

結婚式当日、やりたかったことは全部、できました!^^
自分たちも存分に楽しみ、来てくださった皆さまもみんな笑顔で、その中で祝福していただけるのが嬉しくて、皆さまを巻き込んでのイベントも大成功、そして、来てくださった皆さまに私たち夫婦を承認して頂いたことがこれまた嬉しくて。
結婚式をやって、本当に最後まで手を抜かずに創り上げて良かったと、今でも強く感じています。


それからは、お友だちの結婚式に招待して頂く度に、自分たちの結婚式を思い出して感涙します。
目を閉じれば、あのときの情景が、祝福が、笑顔が、すべて鮮やかに浮かび上がります。

結婚して、もう1年が経つなんて、びっくりです。
まだまだ、去年のあの時の感動に、心は何度も震えます。
そして、2004年からのふたりの軌跡を、ふたりで思い出しながら、「あの時は、ああだったよねぇ」と話すことが、これまたすごく嬉し楽しかったりします。


人生いつの時も、次の瞬間には何が起こるか、誰にもわかりません。それでも。

『きっと、ずっとこの人とこうやって、笑い合ってばかやって、おもしろたのしく暮らしていくんだろうなぁ^^それって、最高にしあわせだなぁ。』

そんな感覚に包まれています。

もちろん、根拠なんてありません^^
でも、なんとなくそう感じられて、きっとこれからはこの“なんとなく”が積み重なって、ふたりは気づいたらおじいちゃん&おばあちゃんになってるんだろうなぁ・・なんて思います。

おじいちゃん&おばあちゃんになっても、手をつないで、笑い合って、ハグし合って。
家族に囲まれ、みんな笑顔で、たまにふたりっきりで旅行に行って、豪華なお食事して、後は日々しあわせな日常を暮らして。しあわせをどんどん積み上げて。

一日一生のつもりで、そんな風に毎日生ききって、その先に光り輝く人生のゴールがあるような、そんな人生を。これからも夫とともに、るんるん歩んでいきたいと思っています(^^)


投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (2)