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2010年4月27日

山桜が、咲くように

以前、カウンセラーのコラム(「白く清く流れゆけ」(2007年4月10日)))
で書かせていただいた、地元にある高校の合唱部は、
その意思が、その卒業生が作る社会人合唱団へと引き継がれ
隔年で演奏会が開かれている。
この春、この合唱団の演奏会が開催されるというので足を運んだ。

演奏会の会場は、地元の山深い場所にあったので、
道中は川と山に沿った景色をみていくことになるのだが、
その途中、折々に山の中に山桜が咲いているのを見た。

この季節以外にこの道を通る時には全く気がつかなかったけれど、
思った以上に山桜は山々に咲いていて、深い緑と淡い桃色がコントラストを描き、とても美しい風景だった。

その時、ふと思った。

人が自分の心の中にある愛や豊かさや才能に気がつき始めた時
その時の感じに似ていると。

それは、実際にカウンセリングをさせていただく中で
いつも僕が感じている感覚だった。

カウンセリングには、様々なご相談をいただく。
とても重い問題を抱えて、それを解決したくて来てくださる方。
今よりももっと成功したい、充実したい、幸せになりたいと、その方法をたずねに来てくださる方。

内容はいろいろだが、共通していると感じるのは、
カウンセリングを通じて、持ってこられたテーマを扱っていくうちに、
自分では思っても見なかった、自分の心の中にある隠れた気持ちを発見したり、
気づいたりすることがきっかけとなり、
そのテーマをクリアしていくことが多い、ということだ。

まるで隠された財宝を発見していく過程のように思えるほど
見つかった心の中に隠されたものは、素晴らしくて美しい。

その様子が、この山桜の咲く景色と重なったのだ。

ただの山だと思っていた
いつも見えているのは、ただの山だと思っていた
緑の木々ではなく、枯れ木ばかりに思えることもあった
でも、そうではなかった
その山の中には山桜がたくさん植わっていた

知らなかっただけなのだ
桜の木であることに
けれど、季節がきた
桜の咲く季節が

はじめはつぼみとなり
つぼみはやがて花となる
少しずつ
少しずつ花は開いていく
そして咲いていく

最初は一本の山桜から
そして、二本、三本、四本と
心の山に桜が咲いていく
そして、どんどん山を桜の花が覆っていく
淡い、けれど美しいその花は
心の山をやさしく桃色に包んでいく

そうしてようやく気づく

知らなかっただけなのだ
自分の心に
こんなに素晴らしく美しい桜の木が植わっていたことに

けれど、季節がきた
桜の咲く季節がきたのだ

山桜の咲く山と心の山の違いがあるとすれば
それは、一度咲いた花は散らないということだ。

僕の心理学の先輩がある時こんな言葉を教えてくれた

「一度開いたハートは二度と閉じないんだよ」

一度咲いた心の花は散らずにその人の心に咲き続ける。
そして、その人の本当の価値を照らし。
その人の本当に歩む人生を照らす。


もし気がついていないのなら
それは知らなかっただけのことなのです。
あなたも心の山に桜を咲かせましょう。

そんなお手伝いをしていくことが
僕自身の心に咲いた桜が照らしてくれた道です。


山桜が咲く山々に
心から感謝しています。

池尾昌紀のプロフィールへ>>>

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2010年4月20日

ギリギリにならないと火がつかない!

このコラムもそうですが、原稿を書く時には、書き上げて提出する締め切り日というのがあります。その都度私は、自分の中の困った癖と向き合うことになります。それは、「ぎりぎりにならないと物事が始められない癖。」
いつも締め切りに追われるようにやっとの思いで提出することが多いのです。自分はいつもそうなりがちとわかっているので、あらかじめ自分なりに余裕がもてるように工夫もしています。

たとえば、今回の原稿でもスケジュール帳にはあえて締め切りの数日前を「締め切り日」として書き込み、さらにその数日前を「できたらこの日に仕上げる目標の日」と設定し書き込みます。そんな万全な状況…(?)にもかかわらず、残念なことにまたもや真実の締め切り日ギリギリの段階でこれを書いているという事実…。


中学生のころは、試験前の勉強は結構計画的にこなしていました。高校以降は、一夜漬けとか、極端な場合当日の朝になってとりかかることもありました。そんな時はものすごい集中力で勉強するのですが、それでうまく試験が突破できると妙な達成感があったものです。「コレでもいける!」と自信がつく感じです。(突破したといっても、いったい何点で突破しているかは内緒です)

以前テレビ番組で特集していましたが、何かを仕上げなくてはいけない時、ぎりぎりでも間に合ったという経験が、ある種快感となると悪循環ができあがり、このパターンからなかなか抜け出せなくなるということでした。まさにこの悪循環にハマっていたのだと思います。

しかし、若いころはそのような瞬発力が効くこともありましたが、いまは本当に早め早めにやっておきたいと心から思います。
40才を過ぎてからのある日、締め切りのある文章を久しぶりに書くことになりました。簡単に仕上がるだろうと甘く見ていたら、予想の何倍も時間がかかり、結局徹夜しないと間に合わなくなり、12時間以上ずっとパソコンの画面と向き合って朝を迎え、やっとの思いで仕上げました。かなり身体に堪えて、その後数日間生活のサイクルが乱れてしまい、大変つらい思いをしました。(お仕事で徹夜などされる方、本当に尊敬します)
身体は正直…もう若くはないと悟った私は、睡眠時間は大事にしようと決心しました。おかげで徹夜になることは避けるようになりましたが、いまだに追い込まれてから動き出すパターンは同じです。

そもそも、ぎりぎりにならないと物事にとりかかれないというのは、行動の原動力に怖れや不安を使っている場合が多いとのこと。幼いころの影響も大きいのだそうです。確かに、気にしてみると「怒られないように」とやっていることがとても多い私です。
小さい頃に「悪いことをすると怖いおじさんがくるよ」などと言われて育つと、そうなりやすいと聞き、「うち(実家)にも架空の怖いおじさんがいた!」と深く納得です。当時の親の知恵のひとつで、言うことを聞かせるには効果があったのだろうし、そのような子育てが主流の時代だったのかもしれません。

そういえば、大学を卒業して何年もたってから、
「まったく勉強しないまま迎えてしまった試験当日の朝に『あ~どうしよう!!』と泣きそうに焦っている」
という夢を何度か見ました。
学生でもないのにそんな夢をみるのは自分だけかなと思っていたのですが、つい最近「そのような夢を見たことがある人いますか」とワークショップでトレーナーがみんなに聞いていました。見渡すと私以外にも手を挙げている人が結構いました。その時に言われたのが「怖れが動機で勉強をしていると、卒業してだいぶ経ってから、そんな夢をみたりする」とのことでした。やりたいから勉強する、ではなくて「落第したくないから」とか「先生に怒られるから」とかそのような気持ちがを土台になっていたわけです。

その夢をよく見ていたのは、我が子が2歳くらいで私自身は子育てに忙しかった頃です。もう学校や勉強とはまったく縁のない生活を送っている頃に、焦って目が覚め「夢かあ、よかった~」と安堵する自分がおかしくて、当時の子育て友達に「一体どれだけトラウマなのか!いまだにこんな夢をみるんだよ~」と話したのを覚えています。

勉強というと一般的にやりたくないものというイメージですが、本来ひとは知識欲というものをもっていて何かを学んだり、知っていくことは好きなはずなのです。純粋に自分の好きな勉強だったら楽しいと思います。(私もカウンセリングの勉強は大好きです)

そして先ほどのワークショップで「なるほど」と思った言葉があります。それは、
安心できる場所だから、怖い夢をみることができたのかもしれない、
という言葉でした。

もうテストで苦しむこともないと、どこかで感じていたからそんな夢を見ることができたのですよね。
ひとは、その渦中にいる時は感情を感じる余裕もなく無我夢中で、精いっぱいです。
あとから考えたら足がすくむことって、ありませんか?その場では呆然としてしまい何がなんだかわからなかったけど、家に帰ったら涙が止まらなくなったとか、あとから感情が溢れだすこと、そのような経験がある方もいるのではないでしょうか。


何か怖い夢を見た時って嫌な気持ちになるけれど、もしかしたら、今の自分が安心できる場所にいる証しなのかもしれないですね。


ずっと怖れを土台にして行動することが多かった私も、ここ数年は、楽しいことをやる、好きだからやるというように、意識を変えていくようにしています。そうは言っても、長年慣れ親しんだやり方はなかなか頑固です。しかし、仕事を余裕で仕上げる友達がそれを楽しそうに話すのを聞いていたら、とってもうらやましくなり、そんな風に仕事ができたらどんなにいいだろうと私の理想になりました。
そんなこともあり最近は以前の自分にくらべると、だんだん余裕がでてきたような…気がしています^^♪

うえの道子のプロフィールへ>>>

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2010年4月13日

人生の棚卸し

先日、母とケンカになりました。理由はささいなことです。ケンカはすぐに収まりましたが、それがきっかけになったのか、私の心の中で、もう解消したはずのわだかまりが一気に噴き出してきて、悶々とする日々を送るはめに・・・。「ミイラ捕りがミイラになる」とはこのことか・・・、と、苦笑しつつ、あれこれと考え事が続きました。

そしてふっと気がつきました。自分がどんなに重い荷物を持っていたのか。わかっているようでわかっていなかったことにびっくり、ですが、改めて、よくまああんな重い荷物を持っていたなあ、と。そりゃあしんどかったよなあ、と、自分をねぎらうような気持ちが湧いてきたのです。

同時に、弟のことを思いました。数年前に弟に、「姉ちゃんは何もわかっていない。オレがどれだけ姉ちゃんのことを心配していたか!」と、えらい責められたことがありました。その場はともかく「ごめんね」と謝りましたが、どこかピンときていませんでした。頭ではわかっていたんですよ、優しい弟だから、私がつらそうな時は心配してくれていただろうなあ、と。

でも、弟がどんなに苦しい思いで私を心配してくれたか、ということは、どうもわかっていなかったようです。

今回、過去の自分の「つらかった気持ち」を素直に受け止めることができた感があったとき、「あ、弟も、本当にすごくつらかったんだな」と、つくづく思ったのでした。その数日後、たまたま弟に会う機会があったので、「心配してくれてありがとう、長いこと気がつかなくてごめん」ということを話しました。

弟には、「うんまあ、オレ的には今はもうわだかまりはないよ、姉ちゃんもこれでひと段落ということでいいんじゃない」みたいなことを言われました。自分の気持ちがよくわかったら、父や母、姉、家族みんなの気持ちもわかる感じがして、自分でもひと段落、ああ、人生の棚卸しをした気分だ、と思ったのですが・・・。これは棚卸しパート1に過ぎなかったのでした。

すぐに棚卸しパート2はやってきました。私には小学生の息子がいますが、軽いハンディがありまして、そのために療育的な指導というのを受けているんですね。その指導でお世話になっている方とゆっくりお話しする機会がありました。その時に、「子どものことで何か困っていることはない?」と聞かれ、思ったのが、「学校の参観とか行くと、どうも切ない気持ちになる」ということでした。

「どうしてそういう気持ちになるのかな?」と聞かれ私が答えたことは・・・

「子どものハンディは受け入れたつもりだけど、やっぱり他の子どもたちと比べてしまうから切ないのかな、いやーでも・・・」

答えながら、「うん?なんかしっくりこないなあ、本当の私の気持ちはどこにある?」という感覚になりました。そしてしばし黙って考えました。それから私は、涙の予感を感じ、ハンカチをカバンから取り出し、目に当て・・・

「・・・う~ん、なんか自分が小学生の時、教室ですごい孤独で・・・。教室にいる時、私は本当に孤立無援な感覚でいつもいたんだなって、今、気がつきました・・・」
と、話している自分がいました。

だから、机の並んだ教室を見ると、どこからともなく切ない気持ちが湧きあがってきた、ということのようです。孤独で、寂しくて、誰からも助けてもらえないと思い込んでいる小学生の私の気持ちが、「つらいよ~、私の気持ちに気付いてよ~」と、心の中から訴えてきていた・・・ようです。

学校で何かつらいことがあったというわけではないのです。それなりにいろいろありましたが、普通の小学生生活でした。それに、そういう「誰にも助けてもらえない」感覚は、保育園に通っていた頃から、いや、もしかしたらそのもっと前からあったんですね~、よく考えてみると。で、じゃあそれはどうしてなのかというと、まあいくつかの事情が重なっていて、誰のせいでもないし、何かのせいでもないという気がします。

誰にも助けてもらえないと思い込んでいた私は誰にも助けを求めず、結果、周りからは「しっかりしていて、助けのいらない子」に見えていたらしく、逆に頼られてしまうという、ちょっとキツイ状況が生まれたのかな、と思います。頼られると、自分が危機的にしんどいということが自分でもイマイチわかっていないので、ついつい引き受けてしまい、さらにしんどくなっても「しんどいから助けて」と誰にも言えず、どんどん抱える荷物が増え・・・という悪循環だったんですね。

ハイ、心理学の基本でございますね(笑)。すでに頭ではわかっていたことなんですが、今回の棚卸しで、本当に腑に落ちました。

さてさて、さらに棚卸しパート3が待っていました。

子どもの療育指導をしてくれている方とのお話の続きの中で親子関係の話も出てきて、その方が、「私も最近やっと親に支えられてきたんだなあってわかったんですよ」とおっしゃったんですね。私は、「う~ん、私は支えられてきたっていうより、自分が支えてきたっていう気分ですね」と正直に答えると、その方はニヤッと笑って、「あと10年やね、三島さん」と言われたのです。

帰宅してから思いました。あと10年?あと10年も何か気持ちのしこりを抱えていくの?う~ん、それはイヤ・・・。

そう思った次の瞬間には、「そうやんね、そうそう、そうだよ、親に支えられてる、うんうん」とあっさりと思えたのでした。何かゲンキンな私~と感じながらも、気持ちがほっこりして、そして、母とのケンカ以来10日ばかり続いた考え事が、やっと終わったように感じました。

やはりどこかで、「支えてあげたやん!!!」と恩に着せるような気持ちがあったんですね~。それが、「愛してもらったし、支えてもらったな、それに、私も支えてあげられたんだとしたら、よかったなあ」という、穏やかな気持ちに変わったわけで、これも大きな棚卸しだったと思います。

あ~疲れた!(笑)

棚卸しをして思ったことは、これからは、もっと素直に自分がしんどいときは「しんどい」と周りに伝えよう、そして助けを求めよう、ということでした。(基本ですよね~、これ。ほんと苦笑してしまいます。)

自分の気持ちともろに向かい合うことはけっこうキツイことだということも改めて実感しました。でも、棚卸しパート2とパート3は人の助けを借りたからか、わりとすんなりいったんですよね。人に助けてもらうと、一人でやるよりずっとラクなんだなあとつくづく思います。何事もそうなんでしょうね。

今の気持ちを句に詠むと・・・
ミイラ捕り ミイラになったが 復活だ!

ん~、いやいや、
ありがとう 助け合って 生きてます
使い古された標語のようですが、結局のところ、答えはシンプルなんですね。


投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (1)

2010年4月 6日

笑顔のバトン

「なんだか最近、色んなことが 思うように進んでいない気がするなぁ。
そういえば、人からちょっとした攻撃めいたことを ちらほら感じたりもするし。
なんだかなぁ~・・・。」

なんて気持ちで 近所の公園の近くを歩いていた 先週の日曜日。

優しそうなパパと小学校4~5年生くらいのお兄ちゃんに、
両方から手をつないでもらって 楽しそうに歩いている男の子がふと目に入りました。
たぶん、3~4歳くらいかな。

男3人で公園に遊びに行くのか、もしかしたらスーパーに買い物に向かっているのか、
なんて感じの休日の風景。

私は、足りなくなった日用品をドラッグストアに買いに行った帰りで、
なぜママは一緒じゃないのかな~?なんてことを ぼーっと考えながら、
嬉しそうなその親子の様子を、「景色」 を見るような感じで眺めていました。


すると突然、その景色が突然動き出したというか、
まるで 動かない絵から 手が伸びてきたかのように
男の子がすれ違いざまに そのキラキラした笑顔を、こっそりと私に投げかけてきたんです。

挨拶するでもなく、会釈をするでもなく、ぼーっと見ていた私に
彼が笑いかけてくれたのは、なんだかとても不思議な感じ。
パパとお兄ちゃんは、通りすがりの私のことなんて 全然気に留めていない様子なのに。

目が合って 少し驚いた私も、その子に思わず笑顔を返していました。

今まで、「笑顔って大切」 とか、もちろんよく知っていることだし、
人にも幾度となく言ってきたように思う。
でもこんなにも 心にストンと入ってくる笑顔には、
そうそう出会った事がなかったかもしれない。

どうしたら あんな笑顔が出来るの? って思った。


彼は、大好きなパパとお兄ちゃんに手をつないでもらって、
そのとき 「世界」 を完全に信頼しきっていたのかな。
だからこそ、見知らぬ私にも あんな笑顔が出来たんじゃないだろうか。
世界を「愛」という視点で見るということは、まさに これなのかもしれない。


私は、あまりの無防備な笑顔に なんだかちょっとドキッとして、
彼らとすれ違ったあと、思わず立ち止まって振り向いてた。

その男の子もまた、手をつながれたまま振り向いていて、もう一度 笑ってくれた。
なんだか 一瞬、音が消えたような、そんな感覚。
パパが、「どうしたの?」 って感じで その子の様子に気づいたとき、
彼はくるっと前を向き直し、何事もなかったように そのまま行っちゃった。

別に私、そのとき すごく落ち込んでいたわけでも 悩んでいたわけでもないのに、
その笑顔に、固まっていた心が溶かされたのか、何故だか涙がじわっと出てきてしまったんです。

え?何? この、じーーんとした気持ち?

私に、何の助言も 手助けも 援助も出来ない、幼いその男の子に、
私なんだか 救われてるって感じ???


そして、
彼のその一瞬の笑顔が、私の見ている世界の色を変えてくれたというか、
くもりを拭いてくれたというか、陽射しさえ強くなったような気がして、
なんだか急に ウキウキした気持ちになって、私もまた 歩きだしたのでした。


あの笑顔。
今でも はっきりと思い出せるし、たぶん これからも ずっと忘れないだろうなぁと思う。

というか、忘れられなくて、ここにも書いてしまっています。
どんな形になるかは分からないけど、いつかこれが私の大切な何かに変わる気がして。

「世界を信頼する強さ」、それはきっと、周りの人に光を与える ということになるんじゃないかなと思う。

そして私は、もしかしたら その信頼を失いそうになっていたのかもしれない。

もしも これが必然の出来事だったとするならば、きっとあの子は、
それを 「思い出して!」 と 無言で伝えていたに違いない、と、思いたい私です。

いろんな経験をしたり、たくさん傷つけばつくほど、信頼するためには 
どんどん大きな勇気や決心が必要になってくると思います。
それでも その怖さを超えて 信頼してみよう と思えたとき、
わたし達は またもう一度 あんな笑顔が出来るようになるのかもしれませんね。

ほんの数分間に起こった小さな出来事ですが、
なんだか、とても大切にしたいと思う出来事でもありました。


最後に、こんな詩があったのを思い出したので、リンクをつけておきますね。

この詩は、Barbara Hauckという13歳の女の子が書いた「SMILE」という詩で、
一つの笑顔が 誰かを幸せな気分にして、そしてその人の笑顔がまた次の人を笑顔にしてい
くという、とても心が温かくなる内容です。

そして私も、この詩のように、彼にもらった笑顔を何かの形にして つないで
ゆきたいと思います。


あなたは、どんな笑顔をもらったことがありますか?
そして、その笑顔のバトンを どんなふうに 次の人に手渡すのでしょうか?


Barbara Hauck 「A SMILE」
from Chicken Soup for the Teenage Soul
by Jack Canfield, Mark Victor Hansen and Kimberly Kirgerger

http://www.scribd.com/doc/13012142/A-SMILE
(このページから ダウンロードできます。よかったら 訳してみてくださいね
。)

ありがとう。

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