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2009年7月28日

父親と繋がれた日

「ありがとう」
と何度も父親から言われて終わった20年ぶりの父と子の日帰り旅行。

嬉しいとかよりもまず、「やり終えた」と言う気持ちが1番にこみ上げて
きました。絶対にありえないと思っていたこと。しかも父親から誘ってきたのでは
なく僕の方から父親を旅行に誘って行ったこと。

父親が仕事を完全に辞めたのが去年の秋。それ以降、目標を失ったように
家にこもる毎日。
以前なら「100歳まで生きるんや」と言っていたのに最近では
「母親(おばあさん)があっちで呼んでいる」と言い出す始末。
そんな父親をみてるとふっと思う。
「この人の楽しみって何なんやろ?50年近くまじめに働くだけで、家では
大事に扱われてないし、仕事やめて自由があるのに逆にふさぎこんでしまう
人生って」

いい意味でも悪い意味でも力がみなぎっていた父親が今は本当に弱弱しく見えている
。でもその弱弱しさがあったからこそ、今回の旅行もうまくいったのかもしれない。
以前なら必ず飲んでいたお酒も飲まずにノンアルコールを飲んでいたし。
そんな複雑な思いを抱いて車で2人きりの日帰り旅行。

しかし似ている。似すぎている。あれだけ否定していた父親に。
よく考えると趣味も父親ゆずり。旅行、格闘技、お酒、歴史、兵器などすべて父親が好きなものが僕の好み。
でもまだ素直には認めたくはない。なぜなら、認めてしまうと
「実はめっちゃおとんのことがすきやってん」
と最近素直に物事を言ってしまう僕だと言ってしまいそうな気がするから。
恥ずかしすぎます(笑)

結局、僕がここまで父親に近づけれたのはすごくありふれた答えかも
しれないけど、「あきらめなかったこと」かもしれない。
人それぞれだけど、僕が父親に近づこうと思って少しずつ行動をはじめたのが
4年前から。
こちらの気持ちを全然わかってくれないことがずっと続いたことも
あったし、何度も怒られたこともあったし。

でも行動をし続けることで、こちらの変化にも気づいてくれたし父親自身も
素直になれてきたのかもしれない。
今回の出来事がゴールではなくスタートライン。
あきらめなければきっと物事はかなうはず。
周りの幸せと自分の幸せのためにさらに僕は行動していきます。

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2009年7月21日

同じ目線で話そうよ。

こんにちは、吉見太一です(^^)
だいぶと暑くなってきましたね~。

ちょうど、2年前のこの暑いさなかには、第一子が誕生してくれました。
詳しくは>>>こちらの『ドキュメント:6月某日?そして、誕生?』をご覧下さい。

そして、また新しくボクの奥さんの体に新しい命が授かってくれたことが分って、もうすでに臨月に入り、いつ生まれてもおかしくない状況にあります。
もしかしたら、このコラムが皆さんにご覧いただく頃には、僕たち家族に健気な顔と愛らしい泣き声を聞かせてくれている頃かもしれません。

そんなことなので、すでに我が家は、いつ子供が生まれてくれてもいいように、臨戦態勢に入っております。

生まれたときに、ボクが家にいるバージョンといないバージョンのフローチャートが作成されており、もちろん、荷物もまとめてあります。
陣頭指揮は奥さんが取るわけですが、早さを要求されるため、事前準備は欠かせないものということで準備も完了しております。

さてさて、MAXにお腹が大きくなっているボクの奥さん。
動くのも一苦労のようです。

「ふぅ・・・ふぅ・・・。」

でも、2歳のこうちゃん(息子)は、そんなママの状況を理解できず、「遊そぼ!」「抱っこ!!」とダダをこねます。

そこで、ママはこうちゃんに言います。

「ごめんね。ママは、いまお腹の中に、こうちゃんの妹がいるから、抱っこしてあげられないの。妹が生まれてきたら、また一緒に遊ぼうね。」

そういうと、こうちゃんは、なにかを理解したのか、ママのお腹をナデナデとさすりました。

それからというもの、こうちゃんは、ママに抱っこを求めたり、無理に遊ぶことを求めたりしなくなりました。

ママが洗濯物を干すとなると、こうちゃんも洗濯物を持ってくれます。
ママが、床拭きをはじめると、こうちゃんも同じように床を拭いてくれます。
見よう見まねですが、こうちゃんなりにママのお手伝いをしてくれます。

ある日、ママを追いかけて走ったこうちゃんが、おもいっきりつまづいてこけてしまいました。
すぅ~と、立ち上がったこうちゃんは、痛かったのか、恥ずかしかったのか、目に涙をいっぱいためて、下唇が上唇にかぶせて、泣くのをジッと我慢してみせました。

そこへ、ママが近寄ってきました。
ママは、ゆっくりと腰をかがめて、こうちゃんの目線でこう言いました。

「大丈夫!?痛かったね。我慢しなくていいのよ。泣いてもいいのよ。」

見る見る間に、こうちゃんの顔が赤くなってきて、目から大きな粒の涙が溢れてきました。
そして、大きな声でいっぱいっぱい泣きました。

そして、久しぶりにおもいっきりママに抱きつきました。力いっぱい抱きしめました。
そして、ママにいっぱいいっぱい抱きしめてもらいました。
「ヒック・・・ヒック・・・」と呼吸が苦しくなるほどでした。

「我慢してたの?頑張ってたもんね。。。」
と、ママに優しく言われると、1回ゆっくりとうなづくと、もう一度大きな声で泣きました。
そして、抱きしめられたその顔は、だんだんと安堵の表情になっていきました。

ボクが心理学を学びはじめたときに、こんなことを教わりました。
幼少期に一番欲しいものは、おもちゃや絵本などではなくて、たった一つ・・・
それは、『両親からの愛と親密感』であると。。。

ボクも僕の奥さんも、『愛と親密感』を与える側になりました。

我が息子は、まだ2歳です。
言葉も「パパ」「ママ」や「マンマ」など、たどたどしい日本語を話せるくらいです。
だけど、いまの状況を自分なりに把握して、大好きなパパやママがお願いすると理解を示してくれます。そして、一生懸命手伝おうとしてくれます。自分なりに我慢してパパとママを助けようとしてくれます。

「まだ、子供だから・・・」
とか
「まだ、小さいから・・・」
なんて、大人の勝手な言い分だなぁ~と思ってしまいますね。

確かに、子供です。まだまだ身体は小さいです。
だけど、子供なりにいっぱい頑張ってくれて、助けてくれてるんだなぁと思うのです。

ボク達大人と子供の目線は、まったく違います。
子供の目線って、あらゆるものを見上げなければなりませんよね。
すべてが大きく感じて、すごく威圧的に感じてしまいます。

だから、実際に大人がスッと腰を落として子供の目線になる必要があると思うんですね。
そして、その目線で話をすると、いっぱい話してくれます。
逆に、ボク達大人の話をいっぱいいっぱい聞いてくれます。

たどたどしい言葉ですが、口調が強まって何かを訴えているようであったり、なにかを喜んでいるようであったり、または、消え入りそうな口調で寂しがってみたり。

同じ目線で向き合うこと、すごく大事なんじゃないかなぁ~と思うのです。

このことは、なにも、子供とのやり取りだけの話ではありません。
問題や悩みの多くは、対人関係にあると言われます。

もし、少し目線を変えて、その人の目線で物事をみることができたとしたら、理解し許すことができるかもしれませんし、また、そうすることで、いま悩んでいたり問題となっていることの解決する手がかりになるかもしれませんね。

最後まで、読んでくださりありがとうございました。

吉見太一のプロフィールへ>>>

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2009年7月14日

偉大なる母 ~たらちねの~

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。


私と母の確執は長く、それはそれは深~いものでした。^^;
ここではそのことについては詳しくはお伝えしませんが、かなり強固なものでした。
それが今では信じられないような母娘になっています。
人間、変われば変わるものです。


今回は、そんな私たちが、さまざまな紆余曲折を経て変わった母娘のやりとりについて、つづってみました。
コーヒーブレイクとして、単にお楽しみいただけたらと思います。


時期は、今を少しさかのぼって、私が離婚をして1年経過したころ。
母が引越しの準備を手伝いに、当時私が住んでいた京都に来ることになりました。


ちなみに、私の年齢もそれなりの域に達しているので、両親ともにもう年なんですよね。
電話での会話でも、こんな言葉が聞かれるようになりました。
「お母さんも、最近は体力なくて」
母はもともと身体が丈夫ではなく、体調が悪いとすぐに体重が40Kgを切ってしまうようなひとなのです。
私が離婚したときも、やせこけて風が吹いたら飛んでしまいかねない風情だったことも思い出します。


60歳ともなるとやっぱり体力は衰えます。
親の元気はアタリマエと思っていたけれど、いつまでも甘えているわけにもいかないなあ、と激しく自己反省することしきり。
引越しの手伝いは、母親がやりたいとのことなのでありがたく受けることにしましたが、事実上は、私の話し相手をメインに、簡単で力の要らない仕事をしてもらおう、と思うのでした。


が。
母という存在はなぜ、あんなにもエネルギッシュなのでしょうか。


今回、引越し準備に京都に来るにあたって、母は上賀茂周辺に行きたいというリクエストがありました。
わざわざ三重県から京都に来てくれる母の気持ちを優先しようと決め、まずはじめに上賀茂に行こうと提案していました。
(年配者にありがちですが、後回しにすると、母は行くまで落ち着かないのです)
先に反省したとおり、年老いた母を慮り、重い荷物を置いてからゆっくり行こうと思っていたのですが、上賀茂に行くのに、自宅から行くよりも京都のターミナル駅から直接行くほうが早い旨をちら、と言うと、

「もうすぐ駅です。荷物なんてたいしたことないから、直接行こう~」

と乗り気メールが。


じ、じゃあ、と、あわててバスターミナルの乗り場番号や系統を調べてメール。
荷物を持っていると、ちょっとした距離を歩くのも疲れます。
慣れない場所で母が迷うのは気の毒であろう。
急いでメールすると、自分の出かける支度をはじめました。
ところが、すぐさま「バスに乗りました(^◇^)v」メールがっ!!!!


私は、自宅の最寄駅から同じバスに合流する予定でしたが、バスのターミナル出発と同時くらいに家を出ないと間に合わない!!!
ネットでバス乗り場を調べていたので、その分、自分の支度が……。
アタフタ、アタフタ(>_<)
ええ、走りました。走りましたとも。
朝から。
フラフラですわ……。


なのに、母はピンシャン。(当然ですが)
「今日はねぇ~、ちょうど電車が来てたり、バスが着ていたりで、チョーシいいのよお」
と、行きたいところに行けたのもあり、ご満悦。
ふう。
まあ、よかった、満足してもらえて……。^^;


母、満悦至極の帰宅後、いよいよ引越しの準備です。
とりあえずは、母の長旅の疲れもあろうと、お茶でも入れてゆっくりしてから……と思いきや。
「箱は?、ペンは?、ハサミは?」
と、母は早々に引越し道具のチェック。
さらに、水周りのヨゴレをチェック、部屋中の曇りに目を光らせます。
キラリ。


「あんた、ここ掃除してるの?」

勧めた椅子にも座らず、ベッド下にたまったホコリをボロ布でふき取り始めたかと思うと、そのまま部屋の床掃除を始めました。

母「気になってね。あ、気にしなくていいわよ」
私「……」
母「ところで拭くものある?」
私「あ、ハイ」 (・・)


さらにお茶を沸かしている間も、

母「これはどうするの」
 「これは~?」

お、おかあさま、あの、とりあえず、長旅の疲れ……。
(^_^;A

母「あ~、ちなちゃん、早起きしたから疲れたんでしょ。いいわよ、休んでなさ~い」

あ、ありがたいオコトバなんですが、あ、あの。
年老いた母親を思いやる私の配慮うんぬんは……。

母「さっ、どこからやったらいい?」
私「えっと、食器棚の中身を……」
言い終わらないうちに、眼光鋭く周りに行き渡らせます。

母「流しにあるものは?、それからシンク下の棚は?、ナベは?」

(@_@; ひ~~


私が心をこめて抽出したお茶をいともあっさり飲み干し、テキパキテキパキ。
やがて私も自分を取り戻し、自分のすべきことを始めました。


スライド式の大容量の本棚の中身を選別。
しばらくして、たくさんのレターセットが出てきました。
私は以前よく手紙を書いていたのですが、今はメールで用事の大半が済んでしまうため、あまり使わなくなりました。

私「これ、使わないんだけど、使う?」
母「あらあ、いいわね~♪ お母さん、手紙派だから。
キラっ(目が光る)
あら、この切手いいわねェ」
私「あ、あの。切手は私が使うから……」
母「あらそう。
(しかしめげずに)これはいいの?、これは?」

と、ケースの中身をすべて母のもの(!)と私のものに選別し、戦利品をいつの間にか用意した自分用の箱に入れていました。


その間、私は自分の作業を考えながら母の質問に答え、また自分の作業をやり……。
ぐったり。


しばらくすると、私の指示した持分スペースが終わったらしく、
「棚の上は~?」
と、次々と侵食……。
(手伝ってもらっているのに失礼だが、もはやこのような気分)


疲れ気味の私の様子を見て、
「少し、休んだら?、疲れているんでしょ」
といい、軽くツボ押ししてくれました。
これが気持ちよく、だいぶラクになったのですが、かえってどっと疲れが押し寄せてしまい、15分ほど睡眠。
その間、手の空いた母は、シンクなどの水周りをお掃除。


私が晩御飯の支度をしている間も、母の口はずっと動いていました。
母というもの、口元に老化現象はありません。
母のリクエストどおりのものを出すと、
「おいし~い」
喜んでくれるのですが、話しながら食べるので、こぼしまくり^^;


食器を片付けだすと、一緒になってもってきてくれました。
しかし、ダンボールが散乱している上に、我が家のキッチンは狭い廊下にあるので、二人で並ぶと詰まってしまうのです。
食後は母には休んでもらって、その間に私が食器を片付けるつもりでいたのですが、結局、母がちゃっちゃと食器を洗い始めてしまいました。
ので、私はゴミ捨てに。
私の家なのに、所在ないカンジ^^;


さすがに入浴後は疲れたのか、私がお風呂からあがると、母は机に座っていました。

私「疲れが出てきた?」
母「うん、ちょっとね」

見ると、書き物をしています。

母「明日、することを書き出してるの」

窓のサッシの掃除、洗面所の下かたづけ、お風呂の掃除など、そこにはたくさんの項目がしるされていたのでした……。
そんなに掃除するところあるのね、ウチ(* ̄. ̄*)


次の日はさすがに疲れが出たようですが、それでも、家中くまなく磨いて帰ってくれたのでした。


母よ……。
あなたは偉大です。
本当は疲れていても、娘の前では元気に振舞おうとしているのですね。
母親とは、かくもありがたいものですね。
そんな風に思います。


しかし。
「体力が落ちてね~」という母のセリフは、ただ、言いたかっただけなのかも……と思う今日この頃なのです。


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2009年7月 7日

愛から生まれるものは何?

僕は、カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスのカウンセラー養成コースに入り、現在カウンセラーをさせていただいております。
実際のカウンセリングの中や、カウンセリングサービス・神戸メンタルサービスのワークショップ等でクライアントさんや参加者の方から、こんな質問をされることがあります。
「ここに来て得たものは何ですか?」
そうした質問をいただいた時には、僕はすぐにこう答えます。
「子どもを授かったことです。」

僕達夫婦は、結婚してから7年間、努力はしていましたが子どもができませんでした。
はじめのうちは話をふってきたお互いの両親も、段々と子どもの話題を僕達の前で出さないようになっていきました。
当時の僕は、実のところ、子どもが欲しいと思っていませんでした。
小さい子どもをどう扱っていいかわからなかったし、何より、子どもが生まれると自分や夫婦の時間が割かれてしまう、自由が奪われてしまうのではないかと思っていました。
また、子どもができることで、大きな重荷を背負ってしまい、人生そのものに責任がかかってくるような感覚を感じていました。

そんな中、カウンセラー養成コースに入って心理学のワークショップを受講していくうちに、気がついたことがありました。今、振り返って思えば、それは僕の中に、また、僕達夫婦の中にそれを止めているものがあったのだと思います。

 子どもが欲しくないという思いの下には、別の感情が隠されていたのです。
それは、自分のことが大嫌いだということでした。

 小さい頃、忙しかった両親には僕達子どもの面倒をみる余裕がありませんでした。
 それを子ども心に「両親に愛されていない自分は、愛するに値しない存在だ」と勘違いしてしまったのです。
 けれどもそれは本当に大きな誤解でした。子どもを愛さない親はいない。
 そこにはしかたのない事情があったのかもしれないという、ものの見方は僕にとっては衝撃でした。
 愛していなかったのではなく、仕事の忙しさのために仕方のなかったことだった。それどころか、子ども達の幸せのために身を削って働いてくれていたのだ、という事実は、僕の心を大きく揺さぶりました。
 
実際、カウンセラーとなった今、ごく最近になって、親戚と話をすることがあった時、いかにして両親が少ない時間を使って子どもと過ごすかについて真剣に話し合い、身内にも相談していたという事実を聞く機会がありました。

本当の事実というのは、意外と本人には伝わっておらず、また、子どもが親を愛するがゆえに、子どもは状況さえ自分のせいに感じてしまうのだということを学んだのです。
 
 それをきっかけに、僕の心の中は大きく変わりました。
 本当は愛されているのだ、自分には愛される価値があるのだ。
 
 そこで気がついたのです。
 子どもが欲しくなかったのは、愛される価値のない人間のコピーを世に送り出したくなかったからなのだと。
 その時です。生まれてはじめて、自分の子どもがいてもいいんだ、と思ったのは。
 愛されている僕から生まれた子どもは、愛される存在です。
 
「愛からは、愛しか生まれない。」
 カウンセリングの師である神戸メンタルサービス代表の平社長の、この言葉が胸に深く突き刺さりました。

すると、まさにその月のことです。
子どもを妊娠したと奥さんから報告を受けたのは。

その時のことは今でも忘れられません。
奥さんは電話口で泣いていました。
今振り返れば、彼女もまた、僕と同じように自分を責めていて、僕の思いは知らぬ間に彼女の中に伝わり、夫婦の間にも愛というつながりが生まれたのだと思います。

もし、カウンセリングを学ぶために、この会社の門を叩かなかったら、おそらく子どもを授かることはなかったでしょう。

人は、多かれ少なかれ、誰もが自分のことを責めて生きています。
そして、その思いは時に、様々な幸せへの道を進むことを止めてしまう働きをしてしまいます。
止めている幸せはいろいろです。
パートナーシップ、仕事、夢、お金、中には生きる目的を得られず苦しんでいる方もみえます。

それを止めているのは、自分を取り巻く環境や状況だけなのでしょうか。
心理学を学び、実際のカウンセリングをしていく中で、確信するようになったことは
どんな人も愛される存在である、ということです。
人は生まれながらに誰もが愛される存在なのです。

僕達夫婦は、昨年の12月に二人目の子どもを授かり、今は4人家族となりました。
お互いの実家の家族は、機会あれば集まり、今まで生きてきた中で、最も仲が良い関係が築けるようになっています。

幸せを止めないで下さい。
愛からは愛しか生まれないのです。

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