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2008年11月25日

親子

生まれたばかりの息子を抱いたとき、もろくて壊れそうだと感じました。
これまで出会った何者にも似ていない赤ん坊はただ弱々しく震えるばかりで、私はかたまってしまいました。
人の命をこれほど間近に感じたのは初めてでした。
祖父母が亡くなったときだって、もう少し頑丈だった気がします。
無事に育ってくれるかどうか不安でたまりませんでした。
いま1歳になった息子は毎日笑顔を見せてくれます。

ときどき実家に帰って父に会います。
月並みですが、老けたなと感じます。
子どものときから、父とはあまりいい関係を築いてきたとは言えません。
いま父を見て、不器用な人だなと思います。
摩擦も多かったことでしょう。
ときどき、父の中に自分の姿を見ることがあります。

息子も、どこかで私に似るのかもしれません。
勝手に学校や仕事を辞めてしまうかもしれないし、知らないうちに家族を作っているかもしれません。そうなったら多少苦労するだろうなとは思います。
ただ、何があっても戻れる場所を作っておこうとも思います。
まだ息子がこの世に存在する前に、もし障害を持って生まれてきたらということを考えました。
もしかすると父もまた、同じことを考えていたのかもしれません。

日々の生活は確かに子ども中心になっています。
妻との会話もほとんどが子どもがらみの話です。
人の子はこんなにも愛情を必要とするものだったのですね。
今もまた腕の中で眠ってしまった我が子が、そんなことを忘れて自立した後でも、親の方にはいつまでも記憶が残るものでしょう。
今はまだ親の指を握るのがせいいっぱいのその手のなかに、そのまた子どもを抱える日が来るのでしょうか。

誰もが、誰かの子どもです。


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2008年11月18日

自己嫌悪から育つもの

自分について自己嫌悪を強く感じ始めたのは、かなり昔ですが、思春期を迎えてからです。異性を意識する事も自分にとって幼い頃よりハードなものになってきました。

そんなとき自分について意識し、自分をどう考えるかはかなり重要でした。

どこか自分を女性としてまるで受け入れらないから、ただ変な動物のように感じたりしました。自分探しをしはじめたのもこの頃から、ひきこもりたくなったのも、同じ頃からです。

しばらく後にはコンプレックスその他の原因で、好きな人の前で、がちがちになっていました、何年たっても忘れられません。

好きになった自分自身をひどく嫌悪して、そして決して受け入れられないという肥大化した恐れを持ちながら接するのは、本当に大変なことでした。

自意識過剰なのはわかっているけれど、どうしていいかわからず、必要以上に体重を気にして、化粧するかしないかも、過剰に意識しました。周囲の目が、特に自分のそういう所に向けられたわけではないのに。

そのうち、きちんと現実にむきあうことさえできなくなり、もうイヤだとあきらめた後、それからずっと長く自分は恋愛について苦手、もうあほらしいと決め込みました。

恋愛=いけない事、という意識がどのくらい前から根付いていたのかはっきりしませんが、もしかして幼少の頃からだったかもしれません。性的な事についてはタブー視していた家庭で育ったという背景も強い原因であったと思います。

また自分はいつもきちんとしていなければならない、という観念もいつのまにか強く根付いていたようです。その気持ちにそぐえない自分がはみ出し、時として行動を逆転させてしまいました。
それでも私は異性には強い関心を持ちました。でもそれをどう扱っていいかよくわからなかったし、気持ちを隠すのも大変なことでした。なんだか想像できますか?

私は28歳で結婚したものの、両親と同じような結婚観しか持てず、子供を産んですぐに離婚してしまいました。そこから先もまた、自分にとって再出発でした。

もう何年もたった今だからかなり落ち着いてきたけれど、20代前後の揺れと自己嫌悪は大変なものでした。それは自分の中で育つ性やどうとらえるかという問題とも密接な課題でした。

そしてどう生きていくかという事も、本当はむつかしい現実だと思います。

こういった自己嫌悪のようなものついて、一人で考えにぬく事には限界があるように思います。どうしても自分で受け入れられない部分については、誰かと向き合って、確認していくというプロセスが必要でした。時に傷つきながら、
例えほんの少しずつでも。

多かれ少なかれ、人はみな自己嫌悪を感じています。迷路に嵌り一人でとらわれているだけではなく、そこをもっと意味のあるものに変えていけないだろうか、と必死で方向を探しているような気もします。

何とかしたいのに、いくら自分でがんばってもどうすることもできずに責め抜いたあげく、その部分が「痛い」とひとしきりうずいているような感じがします。

本当はどこか自分はもっともっとこうしなければ、と思う強い気持ちが隠れていて、それもどうしていっていいかわからなくて、苦しむのではないでしょうか。

一人ではむつかしいけれど、苦しんで感ずるものに、反応する誰かがどこかにいて、お互いを育てていくことができたら、それはきっと素晴らしいことです。

その中で育つ人間関係は、きっと深くあたたかいものでしょう。さらに広げていくことだってできるかもしれません。

私も実際、適齢期のときに結婚などできないと妙に信じ込んでいて、焦ってしまった部分もあります。離婚して子供も大きくなった今でも、豊かな人間関係(恋愛結婚も含む)は一生のテーマではないかと思わせられます。私も時間がかかりました^^;

焦らず、そしてあきらめないで歩んでくださいね。人生本当にしんどいと思うときにつながった人とは、本当の友人になれる可能性も秘めています。

近藤みわのプロフィールへ

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2008年11月11日

沖縄LOVER(2)~沖縄とボクとのあいだには~

前回、ぼくが9月下旬に行った沖縄旅行のことを綴った『沖縄LOVER』というコラムを書かせていただきました。沖縄に行くまでの心境や、とりまく状況などについて書いたのですが、今回は、その続編をお送りいたします。

前回のコラムをご覧になりたい方は⇒『沖縄LOVER(1)』をご覧下さい。


※沖縄出発当日に、38度の高熱を出していた1歳児の我が子。
様子を伺いつつ、沖縄に出発したものの熱は下がらず、那覇空港到着後、すぐにホテルにチェックインしてベッドに寝かすことに。しかし、子供は興奮状態。いっこうに寝る気配がなく、時間はついには深夜になってしまいました。我々、親のほうが疲れ果ててしまい、いつのまにか沖縄へのルンルンとした気分ではなくなり、ドッと疲れが出始めました。しかし、とある用事のために、フロントに電話をかけた際、フロントの方の気遣いにより、氷まくらと冷えピタのおかげで、「スーッ、スーッ」と寝息を立てて、子供が寝始めました。

翌朝・・・、
「パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・・・・(パパの意味と思われます)」
きっと、ボクのことを呼んでいるのでしょう。まだ、しっかりと言葉を話せない我が子の熱は、普段どおりの平熱に戻っていました。

不思議としかいいようがありません。
薬も使わず、病院にも行かず。ただ、自然とあの高熱がひいていました。
よく親の気持ちを汲み取って、子供が熱を出したり、かぜをひくなんてことを聞きますが、もしかしたら、それと似たようなことかもしれません。

しかし、実際に高熱を出していたし、平常でなかったのは確かです。
そんなときに、ホテルの方に親切に声をかけてもらったり、心配して下さったことが、本当にありがたくうれしく感じました。

他にもこんなことがありました。

宿泊しているホテルで夕食を食べることになりました。
しかし、落ち着いてご飯を食べていれるはずもなく、だんだんと子供がグズリはじめました。
スプーンで皿を叩いてみたり、ご飯をボロボロこぼしはじめました。だんだんとイスにも座るのを嫌がり、僕たち夫婦は、他のお客さまの迷惑にならないように、早食い競争をするかのごとく、口に食べ物を詰め込み、できるだけ早く店から出て行こうとしました。

実際、最後のデザートが出てくる前に、会計を済ませて退店したところ、店のスタッフの方がわざわざデザートがあることを呼びにきてくれました。

僕たちは、
「他のお客様の迷惑になるので・・・」
というと、
「そのようなことは、気になされないで下さい。離れた席にデザートをお持ちしますので。」
「でも。。。」
「いいじゃないですか!せっかくですから食べて行って下さい。私がなんとかします。さっ!どうぞ。。。」
と言って、自然に店に戻る流れを作ってくれました。

僕たちのような小さな子供がいると、周りに遠慮してしまうことが多々あります。子供のペースに合わせるために、行動が遅かったり、子供がグズッたりして、他の方にできるだけ迷惑にならないようにと気を遣ってしまいます。

ましてや、高級ホテルのレストランの静けさの中では、なおさら、そのような気持ちになってしまいます。
もちろん、子供が悪いわけではありません。僕たちが、そのような場所にいかなければいいだけで、むしろ、子供にしたらいい迷惑だったかもしれませんね。

しかし、そのようなシュチュエーションで、まるで僕たちのネガティブな気持ちや、遠慮しないといけないという気持ちを拾い上げて、そして、僕たち親子にも他のお客様にも一番ベストな環境を作って下さったことに、いたく感動してしまいました。

もちろん、ボクもデザートまで食べたかったです。
だけど、言い出せなかったんです。だって、みんなの迷惑になるから。。。
みんなに嫌な顔をされるくらいなら、デザートはあきらめてもいいやって気持ちだったんです。

でも、あのホテルの方が「私がなんとかしますから、ぜひ食べて下さい。」っておっしゃって下さったんです。言い換えれば、「もし、他のお客様が文句を言い出したら、私が責任を持ちますから。」と言ってくれているようなものなんですよね。

半分帰りかけているお客を呼び止めて、しかも、なにかあれば自分が責任を持つという気持ちって、どういうことなんだろう?って考えた時に、ボクは本当に感動して、そして深く深く感謝しました。

「誰かに嫌な顔をされるくらいなら、あきらめよう。」
「恥ずかしい気持ちになるくらいなら、やめとこう。」
って、言い出せなかったり、あきらめたり、逃げ出すことないですか?

誰かが強引にひっぱってくれたら、どれだけうれしいだろうって思うことないですか?

今回の旅行で、一番時間がかかったのはホテルを選ぶ時間でした。
しかし、かけた時間だけ素敵な時間と思い出を作らせていただきました。
ぼくは、あのホテルの方に「ちゃんと、ありがとう」を伝えれたかどうかわかりません。
あの方にとって、当たり前の接客をしただけかもしれません。

でも、ボクは思うんです。
きっと、この方はたくさんの方にボクと同じように接して、そして、ボクと同じようなうれしい、ありがたい気持ちになった人も多いだろうなって。そして、「今回の沖縄はよかった」って思って、沖縄から帰っていかれた方も多いんだろうだろうなって。

そして、こうも思うんです。
こんなに人に感動させたり感謝してもらえることができるのは、きっと、この方自身もたくさん感動したり、感謝したりすることが多かったのかなって。

ボクが食べたあのデザートには、たくさんの愛情が詰まっていました。

今回の旅行の目的は、家族で海でも眺めながらのんびり、ゆっくりしたいと思って旅行を企画しました。でも、本当にのんびり、ゆっくりできると感じれるのは、「のんびりしていい、ゆっくりしていいんだよ」と許可してもらえたと自分が思えるようになる必要があるんだと気づいたんです。

ボクは、あのホテルの人に、「あなたはくつろいでデザートを食べていいんですよ」って許可してもらった気がしました。そして、それと同じようにボクにとって「くつろいでもいいよ」って、自分に許可するには、沖縄まで行く必要があったんだと思うんですね。

確かに、仕事が休み日というのは、「のんびりできる」「ゆっくりできる」と思われがちです。
しかし、「休みの日」=「くつろいでいい」と自分に許可を与えられてるとは限りません。休みの日には休みの日なりに、育児を手伝ったり、家事を手伝ったり、他にも役割にしばられることはたくさんあります。

ボクの住んでいる関西と沖縄との距離は、ボクにとって、「のんびりしてもいいよ。ゆっくりしていいよ。」って、自分に許可を出してあげれる心理的な距離だと思ったんです。
ずいぶんと、遠くまでいかないと自分にゆっくりすることを許可できないんだなって思うとともに、自分に厳しいナァと、苦笑いしてしまいました(笑)

皆さんも、自分に厳しくしていたりしていませんか?

今回の沖縄旅行は、ボクがず~っと望んでいた晴天に恵まれました。
見上げると青い空が広がり、大きく息を吸うときれいな空気が体中に満たされていくのを感じます。遠くからは青く、近くに覗き込むときれいな透き通った海。寄せては引いていく波に足をつけると、本当にありがたいなって感謝の気持ちが出てきました。

沖縄には、毎年580万人の方が観光で来られるそうです。
なにがいいんだろう?っかって考えてみると、やっぱり、ホッと一息つけて自分をもう一度見つめなおす時間をくれることでしょうか?
まるで、恋人(LOVER)が自分をホッコリさせて見つめなおさせてくれるように。。。

あぁ~、また行きたいナァ~~~(^^)

最後まで読んで下さってありがとうございました。


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2008年11月 4日

沖縄LOVER(1)~ボクを沖縄に連れてって~

「チャンミー。。。君はどうして、急に進路を変えてしまったの?」

そう・・・「チャンミー」とは、9月下旬に日本に接近してきた台風15号の名前である。
しかも、大型を通り越して「超大型」の名前をほしいままに、猛威を奮っており、一時期台湾に上陸したチャンミー様の映像がニュースで流れていましたが、トラックがひっくり返っておりました。

「うぉ~、なんと凄まじい勢いや!!」

そのチャンミーが、ほぼ直角に進路を変更し、沖縄本島に向けて進路を変えつつあったのです。

その沖縄本島こそが、今回ボクが日々の疲れを癒すべく選んだ、極上の楽園だったのです。

数えてみると、今回で宮古島、石垣島を含めて沖縄に行くのは5回目となります。昨年、一昨年に行った沖縄本島と宮古島は、曇りもしくは雨に見回られ、「せっかく沖縄来たのに、なんで雨やねん!!!」と、癒されるどころかフツフツと怒りが噴出してしまいました。

そして、今年の社員旅行は沖縄だということで、リベンジを誓い晴れを祈願して行ったものの、これまた雨でした。しかも大雨(>_<)

しかし、この沖縄社員旅行がボクの旅行スタイルを変えることになったのです。

これまでは、「るるぶ」などを1冊買っては、そこに載っている店や観光地を、なんとなく回ったり、いきあたりバッタリで店に入ったりしていました。
しかし、今回の社員旅行では、社長の机の上に、今にも崩れ落ちそうなほど沖縄の本が積まれており、仕事の休憩時間を利用しては、社長の本を見て、沖縄研究に没頭していたのです。

興味を持つと際限なく、「あそこもいきたい!」「ここもいきたい!」と、いろいろと見たり、聞いたり、調べたりしたものの、やはり2泊3日の短期間に、すべてを網羅することはできず、次回へのお預けとなってしまいました。

この社員旅行の道中、大雨に見舞われていましたが、自分ではすごく楽しめた感じがあり、こんな楽しいことは、ぜひ、うちの奥さんと子供にも感じさせてあげたい!今年中に、もう一度沖縄に行くぞ!と闘志をメラメラと燃やしておったのであります。

社員旅行から帰宅し、家族会議の結果、すぐに「年内に沖縄に行こう!」ということで合意しました。

もちろん、『言うは易し、行うは難し』です。
早速、家計をやりくりしながら、沖縄貯金をはじめたわけですが、思うように、沖縄貯金を捻出できません。

しかし、半分諦めかけていたボクとは違い、奥さんの沖縄にかけるコミット(決意)は、違っていました。

「私のお小遣いはいらないから、沖縄貯金に回してくれたらいいよ。」

とのこと。

「う~ん。そこまで言うなら。」

ということで、再度、今回の沖縄旅行の準備が始まったわけです。
いざ、行くと決めるとお金は後からついてくるもので、なんとかギリギリのラインでしたが、沖縄の旅費を捻出することに成功しました(^^)

今回、僕らが重視したのは、1日はホテルで過ごしたいというものです。そのために、少々高くても窓から海が眺められるきれいなホテルにどうしても泊まりたかったのです。

そのため、旅行会社やホテルに何度も問い合わせをして、部屋からの景色や広さはどうか?プールやスパは入れるか?ビーチはどうか?などなど、いろいろと調べて、自分の納得のいくホテルをチョイスしました。

すでに、人肌恋しくなる9月下旬の関西でありながら、一人気持ちは
『ハイサイ!!(←沖縄の方言:こんにちわの意味)』とテンションが高くなっていたのでありました(笑)


・・・沖縄出発当日・・・

「おぉ~、チャンミー。ボクが、どれだけ家族を喜ばせてあげたいか知ってるかい?どうして、わざわざ、ボクが沖縄に行く日にあわせて、君も沖縄に来ようとしているの?」

そうなんです。前述した「チャンミー」こと台風15号が、沖縄本島に進路を取るかもしれないとのこと。すでに、石垣島や宮古島は暴風域に入っているとのこと。

ボクの住む関西地方は、小ぶりの雨が降っているくらいでしたが、沖縄の天気は分からず、とりあえず行ってみないと分からない状況でした。

さらに敵は天気だけにあらず!
1歳になるうちのプリンスが、滅多に身体の不調を訴えないのですが、こんな大事な日に限って、38度の高熱を出しておりました。

一時は、「子供の身体より大事なものはないから、やめようか。。。」と半分諦めておりましたが、当の本人は至って元気で、ご飯をバクバク、りんごをモリモリと食べている姿を見ていると、大丈夫ではなかろうか?という気持ちが芽生え、結局は様子をみつつ出発することにしました。

「おぉ~、チャンミー!君はステキだぁー!!」

那覇空港に無事着陸した僕たちは、青空の天気を仰ぎつつ、こう叫んでしまうのです。
だって、青空が顔を出し、台風の影響でか風はやや強め。そのため、やや汗ばむ肌を風が乾かしてくれる感じでした。

しかし、天気は良くても我が子の熱は下がりません。
いくら元気そうに見えても、1歳児が高熱を出していることに変わりはありません。
車で移動中もだんだんとグズリ方がひどくなってきました。
きっと、慣れない土地で不安もあるし、落ち着かなかったのでしょう。
すぐにホテルにチェックインし、様子を見ようということにしましたが、だんだんと沖縄に連れてきたことが悪かったんじゃないか?と、ボクたち親が自分たちを責めるようになりました。

無事にホテルに到着したものの、子供の熱は下がらず、早く寝かそうにも、興奮して寝てくれません。まだ、よちよち歩きをはじめたばかりの子供が、ベッドから落ちる心配があるので、寝返りをうったり、ふざけてベッドから降りる素振りをするたびに、ヒヤヒヤとさせられ、神経が機敏になっていました。

ボクも奥さんも、沖縄でのんびり癒されるつもりが、逆にお家にいる以上に疲れてしました。

すっかり深夜になってしまい、とある用事のためにフロントに電話し、こちらからの用件を済んだ後に、フロントの方より
「お子様の容態はいかがですか?氷枕か冷えピタなど必要ございませんか?」
との事を言われました。

では・・・と、氷枕と冷えピタをお願いしました。
氷枕や冷えピタは子供が嫌がってたのですが、持ってきてもらった氷枕には、そっと首をのせて「スーッスーッ」と寝息を立て始めました。そして、脇腹にそっと冷えピタを貼り、明日になっても熱がひかなければ、沖縄の病院に行こうと話をし、僕たちも疲れ果てた身体を休めることにしました。
もう、あのルンルンとした気分の沖縄旅行ではなくなっていたのです。


(つづく)

この後の、沖縄旅行については・・・・次回をお楽しみに(^^)


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