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2008年6月24日

●もう一度言えますか?

心理学仲間の結婚式が6月1日にあり、晴天にも恵まれ本当にすばらしい1日を過ごす
ことができました。

新郎、新婦ともども心理学の仲間であり、自分達が持っている過去を頑張って乗り越えて
きたことを知っているぶん、式の中での彼らが話す言葉一つ一つにさまざまな感情というものが僕にも襲ってきました。

それと同時に、僕自身の結婚式のことについても思いおこしていました。
僕が結婚したのは2001年の10月。
今から7年前のことになります。この当時はまだ心理学の勉強もしておらず、カウンセラーになろうとも思っていなかった時代。
僕の心の中はまだ暗黒な時代の時です(笑)

結婚が決まり、結婚式を行うまでの約半年間は修羅場の連続でした。
金銭面で少し両親から援助をしてもらっていたこともあり、色々と意見をしてきます。
でも両親の結婚式に対する考え方(特に母親)と僕たちの結婚式に対する考え方の違いからことごとく対立する日々。

電話でしゃべればののしりあいの喧嘩ばかり。
一時期、母親から
「あんたらの結婚式にはでません」
と言われたこともありました。

僕の母親は自分の考え方をなかなか曲げないタイプ。
今だったらもう少しうまく話しあいは出来ると自負してますが、その当時はお互いに
感情のぶつかり合いだけだったので、会話としてはほとんどなりたっていないといっても
いいかもしれません。
相手を敬うというよりも、相手を打ち負かすほうに目がいっていたと思います。

そして、親族代表としてのスピーチ。
当然、父親にお願いするのですが、ここでもひと悶着がありました。
父親は普段はすばらしい人なのですが、お酒が入ると人格が変わります。
お酒のために、何度も大事な場面で失敗している父親を知っているので、僕は正直迷いました。
「スピーチをさせていいものだろうかと」

結果的には披露宴でお酒を一滴も飲まずに、きちんとスピーチをしてもらえました。
ただ緊張をしすぎてお辞儀をするときにスタンドマイクで頭を打ち付けていたことの方が
僕の中では鮮明な記憶として残っているのがある意味残念なんですけどね(笑)

信用したいけど、父親を最後の最後まで信用しきれなかった僕の気持ち。
そして、そんな風に思われていた父親の気持ち。

このこと以外にも色々ありました。
この当時、上司ともめていたので、会社員でありながら披露宴に上司を一切呼ばないようにして少しもめたりとか、
披露宴の試食会でべろべろになって寝てしまったとか(僕がお酒に飲まれてしまいました)、相方がドレスをきて高いヒールを履くので、それにあわす
ためにシークレットブーツを履かされたとか、高校時代の部活の恩師に(お互い同じ部活だったので)スピーチを頼んだら、
僕のことはほとんど褒めずに相方と相方の弟(3歳下の後輩)ばかり褒めていたとか、細かいことをあげればとどまることをしりません。

そして、披露宴で最後に僕の挨拶。
来賓の方々や親族の方々やスタッフに対する感謝の気持ちと今後の僕たちの気持ちのスピーチは滞りなくできました。
でも、最後に言おうとしていたある言葉だけはなかなかでてこなかったんです。
それは、

「お父さん、お母さん、わがままばかり言っていた僕ですが、育ててくれて本当に
ありがとうございました、感謝しています」

言おうとすればするほど、涙が溢れでていました。
走馬灯のように過去のつらいことがよみがえっていました。

最初で最後のチャンスだと思って言いました。
きっと、ずっとずっと言いたかった言葉だったと思います。
その時だけ本当に素直になれたんだなと。

ただ何人もの友人に言われました。

「めっちゃ、感動したわ。ただお前がおいしいとこもっていきすぎやろ」

あれから7年。

今の僕は前より素直です。

でも、面と向かってあの言葉は・・・・・。


もう少し時間を下さい!(笑)


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2008年6月17日

●お医者様への感謝

思えば私は、たくさんのお医者様や医療関係者の方々に助けていただき、暮らしてきました。
比較的丈夫なのですが、弱ってしまって、自然治癒力では治れないこともあります。そんな時は、お医者様が頼りです。

でも、なぜか、病気やけがをお医者様が助けてくださるのは当たり前だと感じていて、深く感謝することがありませんでした。
とすると・・・もしかしたら私は、お医者様なんだから病気やけがを治して当然と思うのと同じように、親なら立派に育ててくれて当然とか、上司ならしっかりしてて当然というように、知らず知らずに身勝手な要求を持っていたのかもしれませんね。

そんな私ですが、深い感謝とともに目に焼きついているお医者様の姿があります。
それはもしかしたら、本来のお仕事かと思われる、病気やけがを治すというお仕事から外れたことへの感謝なのかもしれません。
特別な出来事が起きるまで、私は気付けなかったということなのかもしれません。


ちょうど一年位前のこと、母が背骨の手術をしました。
脊椎管狭さく症という病名でした。背骨の中の複雑な部分を広げる繊細な手術だったのだと思います。
心配性の母が何度も担当のお医者様や決まった手術の方法を疑って、しつこく確認したり、無理な注文をしたりしていたのも知っています。

手術の時、父と私は、家族控え室で待っていましたが、なかなか手術は終わりませんでした。
予定時刻を確か1時間以上過ぎた頃、連絡が来て、廊下に出ると、手術を担当された主治医の先生が母のベッドを押して来られたのです。おそらく、つい今しがたまで手術に従事されていたその手で、重いベッドを押してくださっているのです。
さらにその先まで私たち家族を伴って、エレベーターに向かい、ベッドを上手に載せてくださり、病室まで運んでくださったのです。そのお医者様はベッドを物として扱わず、そこに寝ている大切な人と一緒に行くという感覚を持っていらっしゃったのだろうことが、今も伝わってきます。

病室に戻った母を看護士さんに託すと、すぐ私たち家族を説明を聞く部屋に呼んでくださり、手術内容をお話してくださいました。当初予定していなかったけれど、母も望んでいた顕微鏡を取り入れての手術にしたので、時間がかかったことなどを、分かり易く説明してくださいました。

再び病室に戻ると、だんだん麻酔が取れてきた母に、確かな物腰で診察をされながらも、
「恐いことは何も起きてませんからね。」
とやさしい声をかけてくださっていました。母は、手術前、ずっと不安を訴えていたのでしょう。

あんな母の態度では、お医者様を困らせるだけなのではないかと心配していた私でしたが、主治医の先生は、不安を受け止め、希望を最大限かなえてくださったのですね。

難しい手術を3時間も続けたすぐ後に、患者や家族への対応と気持ちのケアまでされている、
繊細な手術に使われたであろう手を、ベッドを運ぶのに使われ、やさしく体に触れることに使われている、
そんな姿がとても美しいと思いました。
そして、深い感謝をしています。

思えば、この時のお医者様のように、たくさんの医療関係者の方が、専門技術は当たりのことのように駆使されながらも、様々な用を当たり前のようにこなされ、人への思いやりまでを込めて診てくださっていたのかもしれないなあと、今思います。

母の手術にまつわる私の体験は、特別な出来事ではなかったのかもしれません。
そして、忙しい現場で、思いはあっても伝えることが出来ず苦しんでいる方もいらっしゃるかもしれませんね。

このコラムを書きながら、当たり前のようにしてもらってることには、なかなか気付けないものだなあと思いました。ありがとうが、本当はこの世界にいっぱいあふれているんでしょうね。

特別な体験を書くつもりだったのに、最後には当たり前にしてもらってたことへの感謝のお話になりました。
不思議ですね。
気付かせていただき、ありがとうございました。

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (0)

2008年6月10日

●あなたに逢える最後の日かもしれない。

先日とある場所でお会いした方とお話をしていて、
彼女が自分のプライベートについて語ってくれた。

彼女は今、一人で暮らしているのだけれども、
以前に夫を亡くしているのだという事を淡々と話してくれた。
ご主人が亡くなってから、6年の月日が流れて、やっとそれを受け入れる事が
出来始めたのだと言う。

結婚をし、とても幸せに暮らしていたある日の事
ご主人は、ある朝、いつもと同じように朝食を食べ、行ってきますと言い
そうして、彼女もいってらっしゃい!って仕事へと送り出した。

いつもと同じように、いつもと同じ風景の中で、いつもと同じ軽やかさで・・
そうして、数時間後、彼女は夫の訃報を聞いたのだという。
あっと言う間に、「当たり前」だった日常が崩れ去って行ったのだと・・・

最初、受け入れる事が出来なくて、見捨てられた、置いていかれた
どうして?どうして?どうして?と言う想いが自分の中に渦巻くようだった
と、彼女は話してくれた

その後には、私も一緒に連れて行って欲しいとばかりを思うようになっていた
でも、だんだん彼の死を受け入れて行く自分がとってもイヤだったとも・・
でも、生きてる自分を恨むことも疲れて、もっとこうしてあげればよかった
もっともっとやさしくしてあげればよかったって、何度も何度も思ったらしい

彼とのやさしい思い出。彼との楽しい思い出。彼と見た風景。感動。
美しかったものの事ばかりが思い出されて、何度も何度も泣いたのだという。

そうして、ようやく、彼との時は終わりを告げて、天国に居る彼へ
「ばぁ~か!そんなに早く死んじゃって~!
 もっと一緒に居て欲しかったわ!」って悪態がつけるようになったとき
もう1度「しあわせになりたい」って思えたのだそうだ。

天国が、もしあるのだとしたら、天国から見ている彼は、私を見ていて
毎日泣いてる顔を見ているのは辛いだろうなぁ~って思ったのだそうだ。
もし、自分が愛する人を置いて、先に逝かなければいけない
状況だったとしたら、自分が逝った後、1日でも早く愛するものが
笑顔になる事を願わずにはいれないだろう・・・と、考えたと話してくれた。

そうして、彼のためにも、私はしあわせになりたい。
そう話してくれた彼女は、とても美しい表情をしていた。

私には、突然の死によって夫を亡くしたと言う友人がもう1人居る。
その友人も、朝、会社へ送り出して、電話がかかってきて、車の中で
突然死で夫が亡くなって居ることを発見されたとの報を聞いたのだという
その友人は、新しい旦那様と再婚をされて、しあわせに暮らしている。

彼女達の乗り越えて来たもののあまりの大きさを思わずには居れなかった
そうして、それでも乗り越えてしあわせを掴みたいって言う
すがすがしいまでの生命力に、美しいと感動をせずにはいれない

そんな話をお伺いする時、毎日、同じ時間が在るってどうして思えるのだろう。
そこには、何の確証もない。また、もう1度逢えるってなぜ思えるんだろう?
大好きな人とのつながりの中で、私は、いつもそう思ってしまう。
だから、「またね!」ってさよならをするときには、笑顔で居たいと思う。

もしかしたら、今日、こうして会える時間は「最後の日」かもしれない。
腹の中に何もかもを貯めて、言いたいことも言えずにガマンをして
笑顔で一緒に居るって事では無く。

言いたい事、伝えたいことも話す。解りあえる時間をたくさん持って
そうして、別れるときには笑顔で手を振っていたいと思う。
最後の顔が泣き顔だったら、救われない(笑)

以前に、前出の友人の話を聞いてから、「今日が最後の日」って言う重さを
ずっと持っていたはずなのに、忘れてしまっていた自分に気づく
今回の彼女の話で、また思い出させてもらえた。

目の前のこの大切な人と過ごせる、今日が最後の日。

そう思ったら、ケンカなんてしてる暇が無くってね(笑)
どれだけ、感謝を伝えることが出来るか?どれだけ、大好きを伝える事が
出来るか?どれだけ、楽しかったを伝えることが出来るか?
どれだけ、その時間を自分の魂に刻み込めるか。

心からの笑顔で「じゃあね!」を言うために、一緒に居る時間を大事にしたい
大切な人との時間、別れるときには笑顔で居たい。
そんな自分で居続けていたい。

人間だから、腹も立つし、感情に翻弄されるときもある。
だけど、「別れるときには笑顔で」

そうありたいなと思う。



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2008年6月 4日

●え?! そんなことが嬉しいんですか!?

奥さんとごはんを食べていた時のことです。

その日の献立は、豚の生姜焼きでした。

その豚の生姜焼き、すんごくおいしかったんです。

で、奥さんに聞いてみたんです。

「おいしいねー、これ! どうやって作るの?」

すると、奥さんがびっくりしながらもすごい嬉しそうなのです。

え?! 作り方を聞いただけなのですが・・・!?

お義母さんの家の電球が切れたそうなので、替えてほしいと言われました。

見に行ってみると、数種類の電球が使われていて、取り外しにくいものもいくつかありました。
幸い、僕は背丈がそこそこありますので、切れた電球を取り外し、翌日電器屋さんへ電球を買いに行って、付け替えました。

すると、お義母さんがたいそう感激して喜んでくれるではありませんか!

え?! 電球替えただけなのですが・・・!?

甥っ子と、お義父さんと、奥さんと、外に食事に行きました。

前から約束をしていたのですが、僕の都合がつかずに伸び伸びになっていたお食事会が、ようやく実現したのでした。

甥っ子が興奮して、はしゃぎ倒しています。
お義父さんも上機嫌で、饒舌になります。

それを見て、奥さんがニコニコしています。

食事会の後は、食事が終わったばかりなのに(笑)、スーパーに行って買い物です。

甥っ子は、戦隊ヒーローもののヒーロー役になり、見えぬ敵と戦っています。
相変わらず興奮状態で、僕に負けるように指示を出した後、すさまじい擬音と共に襲いかかられます。

お義父さんは、「これ食べるか?」「これ食べなさい」と、ニコニコしながらポイポイとステーキ肉やらフルーツやらをカゴに入れていきます。

その様子を見て、奥さんが言いました。

「あんなに嬉しそうで上機嫌なお父さん、初めて見たかも。あんなにポイポイ入れちゃって…(笑)」
「お父さんは、よーちゃん(と呼ばれています)と一緒にごはん食べに行けたのもそうだし、甥っ子と仲良く遊んでくれていたのも、嬉しかったんだろうね~」

え?! ごはん食べに行っただけなのですが・・・!?

え?! 甥っ子と遊んでただけなのですが・・・!?

母の日の少し前の休日に、奥さんとデパートに行きました。

母親に何かを贈るなんて、年に1回あるかないか、母の日も贈ったり贈らなかったり、気づいたら誕生日が過ぎてたり…… と、いい加減なものです。

今年は、奥さんに諭され、お母さんとお義母さんに、それぞれブラウスを1枚ずつ。
バーゲンで(笑)

お母さんも、お義母さんも、僕が見立てたブラウスを、とても喜んでくれました。

え?! 「これがいいんじゃない!?」と選んだだけなのですが・・・!?

最近、このように、「え? そんなことが嬉しいんですか!?」と、驚くことがちょくちょくあります。

そんな些細なことで喜ばれるなんて思ってないことで喜ばれるので、驚くのです。

そして、驚くと同時に、思うんです。

「自分のこと、全然わかってなかったし、受け取ってなかったんだな」って。

「誰かのためにできることが、もっともっとたくさんあるんだな」って。


僕にとっては些細なことでも、それをとてもうれしいと感じる人がいてくれている。

この「驚き」は、謙虚さと感謝の気持ちを僕のところに運んでくれたのでした。



投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (0)