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2008年4月29日

●あなたでなければダメなこと

 人生の転機になる言葉をもらうことがある。

 行き詰まった時、前に進めなくて苦しんでいる時。
 まるで背中を押してくれるような言葉。
 その一言で、果てしない壁に思えた状況が、楽に越えられる、そんな言葉。

 僕は、たくさんのこうした言葉に支えられて生きてこられたと思う。

 そんな中で、忘れられない言葉がある。
 それをくれたのは、あるご夫婦だった。

 ご主人はカウンセラーやセミナーのトレーナーをやっておられた方でその言葉をもらったのは、僕がカウンセラーとしてデビューする直前にカウンセラーとしてやっていけるかどうかで悩みに悩んでいた時だった。
 どうにもならない思いに苦しんでいる時、その人に相談することを突然思いつき、電話をした。

 僕の話を聴いていたその人は、突然、次の言葉を口にした。
 「あなたのお父さんの意思を継ぐということじゃないですか?
 お父さんが持っていたビジョンや成りたかった自分。
 果たせなかったお父さんの意思を継ぐということなんですよ。」

 何のことか、最初はわからなかった。
 それがわかったのは、後日、心理学のワークショップに参加した時の実習で、お父さんからのメッセージがあるとしたらどんな言葉でしょう、というイメージワークをやった時だ。
 目を閉じて思い浮かべた父が僕に言った言葉は想像していないイメージだった。
「お前の好きなように生きろ」
 そうか、父の意思を継ぐということは、そういうことなのか、とわかった瞬間だった。

 カウンセラーとしてやっていけるのか。その不安は、この言葉で消えた。
 「父の意思を継ぐ」。それは「自分が好きで選んだ道を歩む」ことだったではないか。
 この言葉のおかげで、今、僕はカウンセラーになれたのだと思う。

 その後も、自分がやっていることに自信がなくなった時、もうやめようと投げ出したくなった時、どれだけこの言葉が僕を救ってくれたかわからない。


 その方の奥さんとは、僕が心理学を学び始めたころ、別の心理学のワークショップの打ち上げ会場で出会った。
 その人は、「パターンは違っていても人は愛のほうへ自然に上り詰める事が出来るし、人の中には暖かい思いやりで溢れていると確信している」と語ってくれた。
 そして、当時は、自分がカウンセラーとして活躍できるなんて思いもよらなかった、全く自分に自信の持てなかった僕に対して、「優しくて共鳴能力が高い。」と価値を見いだしてくれたばかりか、次の言葉を贈ってくれた。

「多くの人にその素敵な部分を与えていってください。
 あなたじゃなきゃ、見つけられない人・あなたじゃなきゃ、ダメな人ってきっと沢山いると思う」

 カウンセラーの勉強をしていく上で、うまくいかず落ち込んだ時、いつもこの言葉が頭によみがえってきた。心の支えになってくれた。

 この言葉は僕だけにあてはまるのではないと思う。
 どんな人にも贈られた言葉なのではないだろうか。


 誰にも、両親から受け継いだ意思がある。
 たとえ、今はそう思えなくてもいい。ずっと先のことだっていい。
 けれど、果たせなかった、あるいは、夢に描いた意思を誰もが継ぐことができる。それは両親からの贈り物だということを頭のすみに置いておくだけで、人生を切り開いて行けるのではないか。

 誰にも素敵な価値がある。
 だからこそ、それを与えることで、自分だからできることを成し遂げられる。
 自信をなくした時、迷った時には、思い出して。
 あなたでなかればダメなことがあるはずだ。


 最後にお二人に出会った時、僕は奥さんと娘と一緒だった。
 別れ際に、僕たち三人で、お二人と抱き合った。
 その時の心臓の音が今も忘れられない。

 今度お会いする時には、僕たちは、そして、僕の周りのみんなはどこまで進んでいるだろうか。
 そして、お二人はどんな言葉を贈ってくれるのだろうか。

 その言葉に、また一歩、先に進むことができるのだろう。

 次の再会を心から楽しみにしている。


池尾昌紀のプロフィールへ>>>

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2008年4月22日

●ありえない事がありえた瞬間

とある日の事です。
家に無造作に置かれていた携帯電話が鳴りました。
それも、今まで聞いた事の無い着信音で。
今使っている携帯電話も2年位過ぎたので、ついに故障してしまったのかな?と思いながらおそるおそるその携帯電話を覗いてみると・・・
私の想像もしていなかった人からの着信でその携帯電話は鳴り続けているではありませんか!
「ああ、携帯電話を誰かが借りて電話してるんだわ」
「というか、なんでこの携帯電話番号から電話がかかってるの???」
と、思いながらおっかなびっくり受話ボタンを押してみました。

すると・・・
携帯電話の画面にメッセージが現れてきました。
“テレビ電話接続中”と。
ドキドキしながら、携帯電話の画面を凝視していますと、現れた人物は、実家にいる母でした。
後ろにちまっと父も写っていました。
その時私は驚き驚愕の声を上げ、携帯電話に向かって手を思わず振っていたのです。

私の両親は共々聾唖者で全く耳が聞こえません。
だから小さな頃から、ずっと「両親と電話で会話をする事は一生ありえ無い」と思っていたんですね。
近年母が携帯電話を持ち始め携帯電話でメールのやり取りはしていました。
私にとって、母が持っている携帯電話はメールのやり取りツールとしか思っていなかったのです。
私自身、携帯電話は、電話で会話したりメールをするためのツールとしか利用していなかったのですが、母は違いました。
多分、この携帯電話でテレビ電話をかける前、テレビ電話機能がこの携帯電話にある事を知り、一生懸命取扱説明書を見たり、携帯電話に詳しい人に色々とテレビ電話の使い方について聞いて、母自身も試行錯誤しながらこうやって娘である私に電話をかけてくれたんだな、と想うと胸が熱くなり、じーんとしながら両親との会話を楽しみました。

母は「ちゃんとご飯食べてる?困ってる事ない?」と手話で聞き父に携帯電話を向け父を写し始めました。
そして、父は両こぶしを胸の前で動かし「頑張れ!」と手話で伝えてくれました。
私も、身振り手振り「大丈夫だよ!」とか「ありがとう、がんばるよ!」と答えてました。
東京と地元と距離は500キロ以上も離れているのに、こうやって両親と電話で会話できた事に驚きと嬉しさでいっぱいの時間を過す事ができました。

小さなころから一番やりたかった事、でも無理だなとあきらめていた事の一つが両親との電話での会話でした。
しかし「娘といっぱいお話したい!」とずっと想っていた母はその私が無理だと決めつけていた概念をとっぱらい、テレビ電話で会話するという事を思い付き、こうやって電話をかけて来てくれました。

もしかしたら、私たちの周りであきらめていた事、無理だなと感じてた事にもどこかに突破口があり実現できるという事。
そして、想いは必ず実現するという事を母に教えてもらったような気がします。

携帯電話を通してその事を実践し現実化してくれた母の強い気持ちや愛情に感謝いっぱいです。

お母さん、ありがとう。

中村季代乃のプロフィールへ>>>


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2008年4月15日

●今の仕事は天職です。

現在の僕は人生の転換期にいます。
以前まではサラリーマンとカウンセラーの二足のわらじでカウンセリングを
していたのですが、今は会社を退職しメインの仕事をカウンセラーとして
活動しています。

なるみたかふみ、33歳、既婚 35年のローンもがっつり残っています(笑)
それでも、なぜ安定したサラリーマンを退職しカウンセラーを目指したのか?
それは
「僕にとって天職だと思った」からです。
もちろん、妻が正社員で働いていることや子供がまだ産まれていないという
条件もあります。

でも、カウンセラーとして活動し色々なクライアントさんと出会えば出会うほど
僕自身も同じように人として成長しています。
これほど素敵な仕事があると思いますか?

何度かブログなどでも書いていますが、僕は基本的には超がつくほどの
ネガティブ思考であり、人見知りでした。
人の目を見ることも苦手で、妻の父親に挨拶に行くという一世一代の時に
まったく目を見ることも出来ずに挨拶をしてしまったことや、一番身近な
妻の目を見ることも苦手にしていました。

また季節のかわり目になると何日間は精神的にどん底までおちて会社をサボっては
京都や奈良のお寺に行って気持ちをおちつかせたりしていた時期もあります。
また会社も全然楽しくなく、ただ生活のために働いているだけ。
こんな生活があと何十年も続くのかと思うと生きていくのさえ嫌になってきます。

そんな時に神戸メンタルサービスに出会いました。
神戸メンタルサービスとはカウンセラーの養成学校で、カウンセリングサービスの
母体でもあります。
その中でカリキュラムに組み込まれているヒーリングワークと言うものに通うことで、
自分自身の感情を癒していくというプロセスを知りました。

僕が神戸メンタルサービスにお世話になって4年。
そしてカウンセリングサービスでプロカウンセラーとなってもうすぐ1年になります。
でもカウンセラーとして仕事をしている今でも僕はヒーリングワークが大好きです。
人は生きていく上で色々な感情を持ちます。
ヒーリングワークでは普段は意識をしていない、無意識な部分をよく取り扱います。
なので、今まで思ったことのないような感情や感じ方をすることも少なくありません。
戸惑うこともあります。
でも、そのたびに周りのカウンセラーや仲間の人たちが手を差しのべてくれます。

そこで僕が感じた感覚や感情の経験がクライアントさんに少しでも安心感を与え
アドバイスに繋がったりしています。

自分自身の経験は本当に財産です。
その経験がしんどいことであっても僕には財産です。

自分のしんどい経験がすべてプラスになる。
しかも、クライアントさんの役に立っている。
もしカウンセラーをしていなかったら辛い経験をプラスに変化させることは、僕には
発想すら浮かばなかったと思います。
そして僕はチャンスがあるなら、しんどい思いをした人すべてにカウンセラーに
なってほしいなと思う時があります。

僕は本当に変化しました。
それは自信を持って言い切ることができます。
以前は絶対に言えなかった言葉です。
僕と同じ気持ちよさをみなさんに味わってほしいです。
ここまで言ってカウンセラーが天職じゃないといったらバチがあたります。

僕はこれからも成長します。
そして僕にかかわってくれているクライアントさんを含めたすべての人に捧げます。

「みんなの頑張りが僕を成長させてくれる、本当にありがとう!!」


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2008年4月 8日

●勇気を持って休みましょう。

自分で言うのもなんですが・・・・ワタクシとても頑張りやさんです。
しかし、この自分が「がんばりやさん」であることを
長らく認めることができず過ごしてきました。
自分と言う人間は、とっても価値が低いので
もっともっと頑張らないと、『認めてもらえない』と想い、頑張ってきました。

この考えは、今になって解ることなのですが、以前はオートマティックに
働いていた思考でありました。
いや・・・本当に、無意識なのですが今でも、十分に働いている
「間違った認識」だと感じることが、先日ありました。

そうして、そんな間違った認識があると、気づくことがまず第1歩であり
その気づくためには、「ユトリ」が必要なんだなぁ~と
ココロから感じました。

今現在、私は、お昼に派遣のお仕事を抱えながら
カウンセラーと家事と、そうしていろんな雑事をこなすと言う毎日を送っています。
この夏には、お仕事を辞めてカンセラーに専念することを会社に告げているのですが
しかし、毎日は変わらず、一日パソコンに向かい色んな作業をこなすお仕事をしています。

今のこの部署について、1年が過ぎだいたい慣れてもきたのですが
疲労感が抜けきりません。
別段、仕事がキツイ訳でもなく、人間関係で悩んでるわけでもないのですが・・・

原因が見つからないのだから、それはきっと気のせいだと思って
さらに頑張り続けたんですね。
どこかで、自分に甘えがあって、許せない自分も居たのだと思います。

しかし、なぜかそのうちに、夜もなかなか寝付けない状況が続き
なんだか、不自然なイライラ感がつのり・・・と言う毎日を過ごしていました。

おかしいぞ!と思いつつも、毎日の仕事が減るわけでもなく
頑張って過ごしていたのですが、なんだか、いてもたっても居れないような・・・
そんな感じになってしまいました。

ふっと・・・立ち止まって考えてみました。

こんな場合、私は、お客様に、どんな風にアドバイスをしているのか?
考えてみました。

するとですね。私は、お客さまへは。どうしようもなくしんどいです!!!
っておっしゃる場合・・・・「とりあえず、休みましょうか?」と
提案をする自分がいることに気がつきました。

・・・・・イヤですねぇ・・・・・
カウンセラーも人間ですから、自分の事は中々見えないというのが
こういうことかと、骨身に染みる瞬間でもあります。

こんなとき、自分の中では抵抗感が生まれます。
「休むなんてとんでもない!」
この抵抗感の元をたどると「もっともっと頑張らないといけない」と言う考えに行き着き
頑張らない自分には、とっても価値が無いように感じてしまう。
もしくは、私は、他の人よりも劣っているのだから
もっと頑張って、やっと一人前の自分のなるのだという間違った思い込みだったりします。

こんなときには。そういう思考も感じきりつつ、あえて・・・休みを取ります。
実は、罪悪感だったり、すごい抵抗感があるのですけどね。

こういうときには、自分の大好きなことをするに限ります!!!

私の大好きなもの!それは・・・・風呂にマッサージにマンガにビールです!
ほんまに、ほんまに、毎日、ガチガチに頑張ってる自分のために
近所のスーパー銭湯へ。ここの銭湯は、しっかり温泉で源泉掛け流し♪

まったりゆっくり温泉に浸かり、岩盤浴で汗を流し
マッサージで、ゆたぁ~~~~~~~~っとほぐしていただき
マンガの本を読んで、そうして、ビール♪最高です!!

こんなときは、マッサージの方には、驚くほどの体のコリを指摘されてしまします。
全身が、カチカチに疲れていること。
眼精疲労も酷くて(本人気づいていませんが(汗))頭までもこってるそうです。
背中も肩も板のようだと形容され・・よくここまで「がまんされましたね」と
ひごろ、ワタクシが、お客様に申し上げているセリフを・・・・
反対にいやおうとなく浴びせられる瞬間でもあります。(^_^;)

そんなこんなで、体中が緩み・・・ほぉ~~~っと息をついた時に始めて

「ああ・・・・・疲れてたんだ・・・・」

に、気がつきます。
とっても素敵な瞬間です。

本当は、ここまで頑張ってしまうまでに、自分に優しくしてあげるのが理想かもしれません。
だけど、出来ないときもあっていいと・・・私は思います。
しんどい時って、気づけないことが多くて、しんどいからこそ自分を追い込んじゃって
頑張って頑張って頑張って燃え尽きて・・・・
だけど、こんな自分って結構すごいかも?って解るのも、休むことが出来たときだったりします

そうして、しんどいとき、がんばってヘトヘトになって、そうして
ほぉ~~~~っと「抜けた」時の気持ちのよさって素晴らしい。

勇気を持って休んでみませんか?
だって、自分が思うよりずっと、あなたは頑張りやさんだから。
そんなことに気づかせてもらいました。

頑張り屋さんでよかったと思いますよ~!
こうやって、「燃え尽きそうになって」休むときの至福体験は!!!すごい快感です!!
こんだけ、ヘトヘトになるまで頑張るからこんなに安らかが幸せだと感じる!って思えます(笑)

でも・・・・次の私の目標は
「燃え尽きるまでに、自分にご褒美をあげる」なのですがね(*^。^*)V


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2008年4月 1日

●泥棒侵入で思う~無防備になるということ~

先日、自宅でパソコンをいじりながら、お仕事をしていたとき、何やら玄関の辺りで、かすかな物音がしました。
『はて?娘はバイト、息子もさっき出かけたはず???』

何気に、部屋を出て玄関の様子をうかがいに行きますと、誰もいねぇ
『???何の音だったんだろう???』

部屋に戻りかけたとき、玄関に見慣れぬ草履を発見!!!
発見すると同時に、恐怖に襲われました。

我が家は、大阪でもかなりの田舎に位置しておりまして、昔から鍵をかける習慣が、実はあまりないのです。
私の実家など、ほとんど無防備状態。
ですが、田舎ですので、見知らぬ人が道を歩いていると、みんなが不信に思い、警戒をするので、泥棒騒ぎがあったことがありません。
そんな田舎で育ったものですから、現在も出かけるときは、戸締りをしっかりしますが、自分が在宅しているときは、鍵をかけないことが多いのです。

玄関に置かれている見慣れぬ草履を見ながら、『へっ?!』と妙な声を一声発したものの、恐ろしさのあまり、『きっと、娘の友達が我が家に忘れ物をして、取りに来ているのだ』などと、わけのわからないストーリーを作って、自分を落ち着かせようとしておりましたが、やはり、どう考えても・・・
娘の友達と言えども、他人様の家に上がるのに、無言で入ってくるはずはない・・・
ってことは・・・やはり泥棒さん?

『誰かいるの?』と声をかけながら2階に上がろうとした瞬間、我が家の電話が鳴りました。
とりあえず電話に出てみた。
その時に私が思っていたのは・・・
『もしも、泥棒さんだったとしても、私がこうして電話しているということは、私に襲いかかっても、電話の相手が異変を感じて助けを呼んでくれるだろう』ということ。
そんなお気楽ストーリーを考えいていると・・・

ドドドドドッッッ!!!
と2階から誰かが、駆け下りてくるすごい音がして、その後バタンッ!と、玄関のドアが閉まる音がしました。
やはり、泥棒さんだったようで、誰もいないと思って侵入したら、私が居たので、慌てて逃げ出したようなのです。

しかし、謎は残ります。
泥棒さんって、玄関で草履をぬぐの?
泥棒さんって、2階に直行するの?

後で、この出来事を考えてみたのですが、私がお気楽ストーリーを考えずに、一人で何とかしなければと、電話を放置し、もしも2階に上がっていたら、泥棒さんと鉢合わせし、えらいことになっていたかも知れません。
ある意味、電話の相手に対して、ものすごい信頼を私はおいていたわけです。
『きっと助けてくれる』

信頼って大切だな~などと、これまたお気楽に考えているのですが、よく考えると、そもそも玄関の鍵をかけていないから、こんなことが起こったわけで・・・
この事件を、友達に話したところ
『あんた!もうちょっと警戒心持ちなさい!!』と、怒られてしまいました。

私達が生きていく上で、無防備になるというのは、実はとても大切で、無防備になるには人を信頼しないとできないんですね。
人を信頼していないと、本当の自分を見せたときに、傷つけられるかもしれないと思いますから、怖くて無防備にはなれません。
人を信頼して、自分が無防備になって、ありのままの自分を誰かに見せることができたときに、私達は受け入れられたと、とても安心しますし、親密感を感じることができるのです。

『無防備になって、人を信頼する』これは、とても大切ですが、だからと言って、玄関の鍵をかけないというのは、どうも違うようです。
反省・・・

もしも、人が怖くて無防備になれない、人を信頼できないという人がいたら、まずは誰か一人でいいですから、『ありのままの自分を、出してみよう!』と、チャレンジしてみてくださいね。
その最初の一人は、一番身近な人がいいですね。
家族やパートナー、お友達など、一番信頼できそうな人の前で、まず無防備になってみるというのが、おすすめです。
私のように、『我が家には、泥棒さんは入ってこない!』と信頼するのは、危険を招きますので、やめましょう。

ちなみに、泥棒さんも私の存在に、相当驚いたらしく、結局何も盗らずに出ていきましたので、我が家の被害はありませんでした。


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