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2007年9月25日

●子は鎹・・・君が教えてくれること

こんにちは、吉見太一です(^^)
いやぁ〜ずいぶんと、涼しくなってきましたね。

さて、子は鎹と書いて、なんと読むかご存知ですか?
正解は・・・『子(こ)は鎹(かすがい)』です。
意味を辞書で調べてみますと、
「子に対する愛情によって、夫婦の間が緊密になり、夫婦の縁がつなぎとめられるということ。」
・・・だそうです。

「う〜ん。なるほど。。。昔の人は上手く言うもんだなぁ。」
と感心するわけです。

では、鎹(かすがい)はご存知でしょうか?
こちらも、辞書で調べてみますと、
「材木と材木とをつなぎとめるために打ち込む、両端の曲がった大釘。」
とあります。

「ふむふむ、だから、子は鎹(かすがい)なのか!なるほど!!」
と思うのです。

前回のコラムでもお伝えしましたが、我が家には、生後3ヶ月の子どもがおります。
それはもぅ、すくすくすくとお育ち下さいまして、
手足はムッチリ、アゴは三重にも四重にもなっており、
将来は、どちらの相撲部屋に入門させようか??
と思わせるほどの堂々とした威風を、すでにかもしだしてくれております(笑)

もちろん、泣き声もデカイんです!!
「オギャー、オギャー」はかわいい方で、あまり構わずにいると、
「ギョエ〜〜、ギョエ〜〜!ギャア〜〜!!」と、まるで虐待されているのではないか(笑)
と周りの人に思われるくらいの泣きかたをしてくれます(^_^;)

我々夫婦の余裕のあるときは、
「そうか、そうか、なにを泣くことがあるの。ハハハ・・・(笑)」
などと、笑って余裕を持って接してあげているんですね。

しかし、僕たちも人間です。疲れているときもあります。余裕がないときもあります。
そんなときに、「ギョエ〜!ギョエ〜〜!!」と泣かれると、
「うわぁ〜、もぅ疲れてるから、静かにしてぇ〜」という気持ちになったり、
「ちょっと、頼むから寝かせて!!」という気持ちになるのです。

こんなとき、奥さんかボクかどちらかに余裕があれば、
「はいはい、パパは今日は疲れているから、休ませてあげようね〜」とか
「はいはい、ママはいま手が離せないから、パパと遊ぼうね〜」などとお互いを気遣いながら、
助け合うことができるのですが、問題は、夫婦両方が疲労困憊のときです。

ボクが一番キツイなぁ〜と思ったのは、やはり睡眠不足からくる疲れでしょうか(^^)
ボクも、日中は仕事に出かけていますし、奥さんも子どもと付きっきり状態になると、
少し息抜きする時間が欲しくなります。

特に、子どもと親の感情は繋がっているなぁと、シミジミ感じるのですが、
疲れ果てて機嫌が悪い日に限って、子供も機嫌が悪いのかすごく泣いてくれるんです(笑)
「ギャー、ギャー、ギャオー!!」と、抱いても、おしめを交換しても、おっぱいをあげても、
もうお手上げ状態で、ホント、こちらが泣きたくなります(涙)


皆さんも寝不足からくる、あの気だるさ。
疲労感みたいなものを経験されたことがあるんじゃないでしょうか?

ぼくは、はっきり言ってあの気だるさは、たまらなくダメなんです(>_<)
だから、未だかつて徹夜をしたことはありません。
学生時代の試験勉強も夜には寝てました。かといって、朝もやってませんけどね(^_^;)
「桃鉄やドラクエ(テレビゲーム)」だって、やっぱり夜には寝てました(^^)

それくらい、お子チャマのように夜にはメッポウ弱いんです。
ちなみに、うちの奥様の趣味は『寝ること』ですから、
いかに我が夫婦の睡眠不足は、深刻な問題かお分かり頂けると思います(笑)

睡眠不足で、お互いにイライラして、もぅ限界〜〜って時に、
さらに子もりや子育てをするってことは、かなり大げさかもしれませんが、
自分の限界の気分を超えていくような感じです。

もしかしたら、子育て経験のある方は、この気持ちになられた方もおられるかもしれませんね。

そんな時って、夫婦間でちょっとしたことがあると、
子どもに怒れない分、夫婦間でケンカになってしまったりするのです。
普段だと許せることが、許せなくなってしまうんですよね。

例えば、いつもだったら、「○○してくれへんかな?」っていうことを
「ちょっと、○○してやっ!」って、言葉尻がきつくなってしまったり、
どちらかが、休んでるのを見ると、
「ちょっと、いつまで休んでるんや??いい加減に手伝ってくれや!」
みたいな感じで、相手の体調や気持ちを思いやるよりも、
自分が楽になりたいという気持ちが先走ってしまうんですよね。

もしかしたら、「そんなときは仕方ないんちゃうの?」って、
思ってくださるかもおられるかもしれませんし、
僕たちも仕方がないとも思うのですが、いづれにしてもケンカになってしまいます。
これは、子育て以上に疲れてしまいます。

いままでの夫婦間のケンカって、自分の正しさを主張して、
相手を変えようとたくさんしてきたかもしれません。
そのためにたくさんの労力と、相手に響かない自分の正しさを主張する言葉を、
たくさんぶつけてきました。

2人の間では、そんなケンカでも通用してたかもしれません。
しかし、現状では、自分の欲求をこれでもかと主張し、
それが満たされるまでいつまでも泣いている我が子には通用しないんですよね。

そんな、限界を超えた気分だと、僕たち夫婦のあり方を変えざるおえません。
僕たちが遣り合ってる間に、どんどん我が子は泣いて大変なことになってしまいますからね。
お互いにご機嫌の悪さを主張している場合ではありません(笑)

そこで、僕たち夫婦は以下のことを実践することになります。

①まずは、相手の目を見る。
ただ相手の顔を見るのではなくて、目を見つめるということをするのです。
怒っているときや腹立ってるときって、どこかしら相手の目を見ることを嫌悪してしまいます。
でも、意識して目を見て向き合ってみると、おのずと自分の本音が言いやすくなります。

もしかしたら、相手は嫌がって目を伏せたり、逃げたりするかもしれません。
でも、それが和解へのキッカケになることになったりするんですね。

②相手の話や気持ちを聞く。

そして、「何が、腹が立つの?」と、イライラしている理由を聞いてみたり、
「なにをそんなにイライラしてるの?」と感情レベルで、
相手の気持ちを聞いてみてもいいかもしれません。

そうすると、「今日は、ずっと寝てなくて、イライラしてる。」とか
「ここのところ、子供の顔にブツブツができて治らないから辛い」とか、
素直に言葉にしてコミュニケーションできるのです。
普通に考えると、「そんなこと言えばいいやんか?」と思えることも、
イライラし出すと普通のコミュニケーションが出来なくなってしまうことって多いんですよね。

でも、いづれにしても、『なにも言わずに、ムスッとしてイライラしていますオーラ』を
お互いに出しているよりも、非常にスムーズです。
「こんな気分やから、イライラしてる」という言葉を聞けば、
お互いに「じゃ、先に寝ておいで。」とか「じゃ、今日は外にご飯でも食べに行こうか。」と、
相手を理解し、許すことが出来るのです。

そうすることで、よりパートナーシップを深めることができたのです。

限界の気分を超えるのは、すごくしんどいです。
まるで、長距離走ってやっとゴールしたと思ったところで、
さらに走れと言われるようなくらい、「もぅ無理ですぅ〜」と泣き言も言いたくなり、
できればやりたくないものです。
だけど、そこでコミットメント(決意)し、先に進む意欲を持てば、
いくらでも工夫ができるのではないかと、今回思うことが出来たのです。

このことは、なにも子育てに限ったことではなくて、なにかで、
「もぅ、無理!」と思えることでも、そこでしっかりとそのことと向き合い、工夫し、
もう一度やり方や言い方を変えることができたとしたら、
さらに前に進めるのではないのかな?と思えたのです。

まだ、首も腰もシッカリと坐ってない我が子ですが、
「ムニャムニャ、アァ〜〜」と宇宙語は話し始めました。
ただ無邪気に口をポッカリと開けてお風呂に入っていたり、
ニコッと目じりを下げて笑っている我が子を見ていると、急に泣けてくることがあります(涙)

アララ・・・情緒不安定かしら??オレ。。。と思えるこの行動も、
この子が生まれてきてくれたというだけで、こうして気持ちが高ぶってしまいますし、
この子供を見てるだけで泣けてくる感覚は、
やっぱり、すごく幸せを自分自身感じてるからだからこそだと、最近思うんです。

豪邸にも住みたいです。カッコイイ車にも乗りたいです。何ヶ月も南国の島でバカンスしたいです。
だけど、そんなことよりも、本当に幸せを感じれることって、
じわぁ〜と湧き出てくるこんな感じであり、本当に身近にあるものなのかな?と最近思えるのです。

そして、「どうして、この子は僕たち夫婦の間に生まれてきてくれたんだろう??」と思ったりします。
この子が教えてくれたことは、本当に数知れませんが、
やっぱり、僕たち夫婦の仲をより強固に繋ぎとめてくれたことでしょうか。

それはまるで、鎹(かすがい)のようにね(^^)
もしかしたら、皆さんが感じられる幸せも、
本当に他愛もなく身近にあるものなのかもしれませんね。

最後まで読んでくださってありがとうございました。


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投稿者 csadmin : 12:00

2007年9月18日

●忘れられない、旅がある。

私は、旅がとても好きです。

一人きりで、フラリとレンタカーを借りて
ドライブへ出かけたりすることもあります

家族で出かけた、色んな場所。

今までにお付き合いをした方々との思いでの旅
友達と一緒に行ったにぎやかな旅。

初めての海外旅行は、最初の結婚の新婚旅行で行ったグアムでした。
それから、20年近い年月がたち、生涯2度目の海外旅行は
昨年、友人と訪れた、台湾でした。

国内では、関西地域を中心に、北は北海道・南は沖縄
本当に、色んな思い出がたくさんあります。

四国へ、日帰りで車で出かけたこともあります。
目的は「うどんのハシゴ」のどごしの気持ちのいいうどん。
最初は、おいしくて、いくらでも食べれそうだったのですが
2件目では・・・もう、グロッキ〜
いくらおいしいものでも、そうたくさんは食べれないと
思い知ったものです。
金比羅さんで、温泉へ入り、帰ってきた旅でした。

山代温泉で、雪化粧を見ながら入った露天風呂も素敵でした。
湯原温泉の、砂湯には、バスタオルを巻いて入りましたね。
和歌山の仙人風呂。季節限定で、冬だけ川を仕切って入れる温泉。
かわらの傍にある脱衣所は、本当に簡易のものでヒヤヒヤしたり
ホタルを観に、岡山へ出かけたこともありました。

季節を感じ、風の音を聞き、空を仰ぎ
自然の美しさにため息をつく瞬間がとても好きです。
旅に出ると、「日本は、美しい国だなあ・・」を感じずには居れません。


5年前の夏。一人旅に出かけました。

21で結婚をした私は、今までの生涯の中で、「一人旅」というものを
経験したことがありませんでした。

子ども達を、元夫へお願いし、5日間の度をしてくると言い、家を後にしました。
青春18キップを買って、JRの在来線しか乗れない切符なのですが
5日間。もしくは、5回分。乗り放題で11500円だったかな?

とにかく、九州へ向かい、一人で電車に乗り込みました。

その年の夏まで、保育施設で勤務をしていた私は、8/15に退職を決めて
そうして、その後、すぐに旅に向かったのでした。

その当時の私は、本当にヒドイ状態で。

仕事へ行くときには、体が震え。仕事へなんとか出かけていっても
気になるのは、時計の針がなかなか進まないということだけ。
人間関係に疲れ果てて、みんなを巻き込んで、戦い続けていたけれど
もう、そろそろ限界だ・・・と、想ってから、それでも1年頑張ったころでした。

同僚とのコミュニケーションが取れない。
書いてあるものが理解できない。仕事中であるのに、涙がはらはら流れてくる。
思い通りに行かないと、いらいらして、抑えきれずに、叫びたくなるほど。
そんな毎日を過ごしていて、でも、離婚をして子どもを抱えた身で
そう簡単に仕事をやめる決断が出来ず。
1年も、苦しい状況でガマンをし続けた結果
私の心は磨り減って、つらく固い状況になっていました。

1回しかない人生なのだから、このままここで、ガマンをしたままでいいのか?
を、自分自身の問いかけてみると、NOの返事が返ってきました。
そうして、意を決して、退職を申し出てのことでした。

退職を申し出て、すっきりしたことはしたのですが・・・
心が元気になるには、長く時間がかかるかもしれない。
では、せっかくの退職金も入ったことだし、しばらくゆっくりしようと想い

そうして、手始めに、青春18切符での旅を思いたったのでした。

丁度。その頃、音楽の仲間が、九州の阿蘇のふもとの森で
森の音楽祭を開催するとのことで、そこへ合流することも目的だったのですが
最初の電車で、鈍行列車に乗り込むまで、本当に怖かったのを覚えてます。
だけど・・・・行こう。なぜかそれだけを考え電車に乗りました。

ゆれる電車。そうして流れる景色。私の頭の中には、何もなくからっぽ。
何もかもが終わってしまって、わたしまでもが空っぽになってしまったように
感じながら、それでも、がたごとがたごと、電車に揺られ
その何もない空っぽに、電車のガタンゴトンがすり抜けていく感じで

山の合間に広がる、一面の緑。流れる風。
空の水色。陽の傾き方にあわせて変わる空の色。
オレンジの空に、藍色の空。何もかもが美しく通り過ぎる中を
ただただ通り過ぎることが、幸せで仕方がありませんでした。

仕事をやめるまでの毎日は、自分が生きてるのか?死んでるのかさえ解らず。
そうして仕事をやめてからも、これからをどうする?ばかりを
考えながら、不安感の中にばかり居たわたしが
この旅を経験することで、地球の美しさに比べたら
わたしの悩みなんて、そう大したことがない様に思えて
幸せな安心感の中に包まれていました。

今でも、苦しくなると、あのときの空や緑を思い出します。
そうして、どうなるんだろう?って想いながらも、なんとか
やれてきた5年間があります。
人生のやり直しを決めた、その電車の中の時間。

旅は、いつも私に色んな事を教えてくれますが
あのたびは、格別でした。

だから、なんとかなる。
どうにもならない状況の中にも
ふっと力を緩めて、周りを見渡せば・・・・
数え切れないほどの愛に気がつくものです。

大丈夫大丈夫。

明日はきっと!いい1日にきまってます。

投稿者 csadmin : 12:00

2007年9月11日

●月と太陽、どっちがきれい?

 僕の実家は料理屋なのだが、小さい頃には、まだ芸者さんがたくさんいる時代で、夜には、宴会によばれた芸者さん達がやってきていた。
 芸者さんを座敷によぶ料金のことを「花代」と言っていた。文字通り、華やかなお座敷を想像できる名前だが、芸者さんたちは、お座敷以外でも、時には艶やかに、時には気っ風よく、その振る舞いは子ども心に、かっこよく映ったものだった。
 けれども、実際の芸者さんは華やかさだけではなく、様々な悲哀をあわせもつ仕事だった。
 そんな女性達の生き方を肌で感じながら、僕は大きくなっていった。

 この料理屋は、僕の祖母が女手一つで築きあげたもので、祖母は、店を持つまでには、本当に苦労を重ねて成功した人だったから、たくましさ、力強さ、厳しさを持った女性だった。また、店を手伝う親戚の女性達も、我が家の血をひいてか、元気のよい女性が多かった。
 若女将とよばれた僕の母は、繊細で気配りタイプだが、時に、周りを引き込むほどの明るさを発揮する女性だった。
 板前の父が後ろで支え、店はまさに、女性達がまわしており、こうした女性達に囲まれた僕にとっては、女性が社会の中心であると思って育った。
 けれども、華やかに見える料理屋には、様々な苦労があり、創始者の祖母はもちろん、母も、店での元気さと対照的に、嫁ぎ先である我が家の嫁として大変な苦労をしていた。父は、そうした中を静かに守る立場を取らざるを得なかった。

 一方、我が家は、日本ではとてもオーソドックスな仏教の家で、僕は祖母から、それをベースに様々なことを教わったのだが、特に言われたのは、「人はみんな平等である」というものだったと思う。祖母自身が我が家の中で平等を実践できていたかといえば、それは教えと矛盾したことも多かったけれど、祖母はそれを公私ともに宣言し、できうる範囲で実践しようと務めていた。それは、僕に大きな影響を与えた。

 今の社会は、女性が不利益を受けているという側面は間違いなくあるし、それはそのままにしておくには大きすぎるものだけど、それだけでなく、男が男である故に受けている不利益だってある。
 僕は、そんな生い立ちもあって、男女に「優劣はない」し「対等である」という思いに至ったけれど、それでも男として生きてきたことで、知らず知らずのうちに身についた、根強いものはかなりある。

 それは、カウンセリングの中でいろいろなご相談を受けさせていただくようになり、その問題には、男女が対等でないことから起こることがたくさんあると感じるようになって、実感したことでもあった。

生まれながらにして、人は男と女に分かれている。話は、そんなに単純なものではない。
 それを解決していく道のりは困難かもしれないけれど、まずは、男と女に「優劣はないこと」、そしてひいては、「人はみんな対等であること」を「思う」ことが大切なのだと、今、痛切に感じる。

 このコラムのタイトル「月と太陽、どっちがきれい?」というのは、月と太陽に男性と女性をたとえてつけたもので、その答えは、「どちらもきれい」のつもりだったけど、そもそも、月と太陽に分けて考えること自体、しなくていいことなのかもしれない。地球や宇宙は、すべて美しいものなのだから。

池尾昌紀のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2007年9月 4日

●長月〜長くなる夜にもの思ふ〜

 気がつけば、九月に入っていました。この間まで激しい梅雨にうんざりし
ていたのに、雲が流れるように時間が過ぎていて。自宅のささやかな屋上に
上がり、ささやかな風景を見れば、あれほど盛んだった山の緑が心なしか煤
けて見えます。蝉の声色も変わりました。アブラゼミがなりを潜め、ヒグラ
シやツクツクボウシがとって変わり、景色に色を添えています。少しずつ夕
暮れが早くなり、街を染めゆく角度も変わってきているのに、気づきます。

 ・・・時間は待ってくれない、とも言うし、誰にも平等に与えられている、
とも言います。でも、感じ方が変わってきたことには間違いないんです。今
から思うと、まだまだ時間があったはずの十代後半、無暗に追われるような
時を過ごしていたな、と。自分自身の意志よりも、周りに流されていた、少
なくとも私はそうだった。そして、親を当てにすることが減り、自分の人生
を本当に自分なりに歩いていた、二十歳の頃。休まない癖がついたのは、こ
の頃からでしょうか。したいことが多くて、時間を惜しみ、あれこれと関心
を向けていました。悲しい?ことにそのことだけは、今も変わりがないけれ
ど。
 
 そう、悲しいのは、好奇心の強さではなく、それに伴う体力が衰えてきた、
と言うことかな。以前のつもりで何でもやろうとしてしまうけれど、自ずと
体力は落ちてきてる。徹夜なんて3日くらいは平気だった頃と同じように、
動こうとすること自体、無理と言うもの。もう少し自分を労わってもいいよ
なぁ。転がる石に苔は生えないと言うけれど、生えてもええやん、とも思う
今日この頃なのです。いや、むしろその方が情緒的でいいのかもね。

 でも、衰えることがないのが、私の好奇心なんです。知りたい意欲、出来
ることを増やしたい想いがいっぱい。人はどうせ死ぬのに、無駄なことだ
・・・と言う考え方もあるだろうけど、そこは人それぞれ。私にはまだまだ
自分を試してみたいことがたくさん、たくさんあるのです。

 このところ、と言うか実は慢性的なのだけど、女としての自分を考えてい
ると、どうしても「男と女の間には暗くて深い川がある」と言う、野坂昭如
の歌声(うなり声?)を思い出いしてしまいます。古い?そうですね、ごめ
んなさい。しかし、本当にそう思うねんもん。

 「女は損だ」と思ったことは、実のところ、そんなに記憶にあるわけでは
ないんです。ただ、母親に「女の子だからお行儀よくしなさい」「女の子は
でしゃばっちゃダメ」「女の子は・・・」と言われていたことが、すごい力
で呪縛になっていることを思い知る今日この頃、なのです。

  人前に出て、何かをする。
出来ることを、披露する。
自分のことを、評価する。

今となれば当たり前のことなのに、一々心の中で引っかかります。外から
見ればそんな風に感じないかもしれないけれど、私の心の中は、常に葛藤の
嵐であり、それを越えての行動なので、見えているよりも負荷がかかってい
ることが多いんですね。意外ですか?

 私の中に流れている、父の血と母の血は、私と言う一人の人間、女性を形
作り、私もまた流れを繋いでいく。私、と言う存在が自分がどう思おうと、
周りには少なからぬ影響がある。それは、私自身のことに限らず、たとえば、
今これを読んでくださっているあなたが、自分に置き換えてくださっても良
い。また、自分以外の人々の全てもまたそうだ、と考えてもいい。とにかく、
人は影響を与えたえ合う中で生きている。そんな風に思います。

 だけど、自分を感じ、表現しようとしたときに、未だに足枷になっている
のが「女の子だから・・・」と言う『呪文』なんです。しかし、私が男の子
だったらきっと「男の子なんだから」になり変わっていたのだろうな。いず
れにしろ、同じなのかもしれないのですが。

 しかし、我が家の二人の息子は私から生まれ、一緒にいるのが長いので、
私の影響が色濃いはずなんですが、これがまた・・・。私は自分自身の経験
から、「男の子だから」と言ったことはまずないと思うんだけど。男だから
女だから、と言うことはあまり意識しておらず、一つの個性、位に思ってき
たし今もそのはず。しかし、しかし。我が家の息子達と来たら、世に聞くオ
トコ達の言動をするのです。

 まず、返事をしない。顔を向けるだけとか、頷くだけとか・・・わからへ
んっちゅうねん。で、返事をしない、と言うと逆ギレされることもある。
どないやねん・・・(女の言い分)。言わなわからへんことかってたくさん
あるねんから!とは思うけど・・・。
 世の男性の皆さま、どうお考えになられますか?

 そして、トイレの便座は上げたまま。私は、男の多い家族で生活しなれて
いるので、ほぼ反射的に確認するんだけど、上げたままのことが実に多い。
それがどうした、と男性は思うのだと思います。だって自分達は高い確率で
便座を上げるから、自分達はオートマティックに確認をするでしょう。でも
私たちは掃除以外に上げて使用することはまず、ない。だからそのまま座っ
て、エライ目に遭うこともあるんです、時にはね。でも、それは不注意だ、
とか言われた暁には・・・。上げたままにしておくのだって、次に入る人へ
の配慮がないと言う、一種の不注意だとは思わないの!?などと言うと、時
にはバトルモードになってしまうので、ここは要注意。

 まあ、そう言ったことだけではなく、いつの間にか「自分は男だ」と思っ
て生きているようですね、奴らは。いつの間にか力もついて、買い物に行っ
ても私が手ぶらでいることが増えました。さりげなくついて来て、黙って荷
物を持つ。当たり前、なんだけど、嬉しいですね。しかし・・・それにして
も。
 はぁ。息子、と言う血の通ったオトコ達と暮らしていてこの始末。母さん、
少々ならずお疲れ気味ではあります。

 長い社会人生活を経て、世の中には、「誰か」が面倒を見てくれて仕事が
できていることが半ば当たり前になっている人が結構いる、と思うのです。
それは、言葉を変えれば、「自立的な人の依存的な部分」と言うことになる
んですが、大体、そんな人の依存的な部分を補完するのが、多くは女性じゃ
ないでしょうか。これは補完する側の僻みかもしれないけど、されている方
はどんどん当たり前になり、違うものをほしがるようになる。これは浮気の
原理の一つになるのではないか、と思うんだけど、どうでしょ?もちろん、
これは男女の別がないのだけど。かと言って、そこに感謝がないわけではな
い。でも、伝わっていないから、行き違いになる。それが男と女の間の
『暗くて深い河』になることが往々にして起こりやすい、と思うんです、
体験的にね。
 言葉は人間にとって大切な道具、だとつくづく思います。

 要は、いかにコミュニケーションが大切か、と言うこと。私はこう見えて
も意外に恥ずかしがり屋で、控えめだったりします(誰だ!?笑ってるのは!?)。
 思ったことが言えないことも、実は少なくないんです。すごく勇気を持っ
て伝える事もあるけれど、負荷がかかるので、二の足を踏むことも、ままあ
ります。そうこうしているうちに、次々と流れが変わっていたり。しかも、
本流は本当には変わってはいないのに、流れに乗せられてしまうことが、自
分だけではなく周りにも起こりうるから、話はややこしくなったりする。
 
 思えば若い頃、そんな感じで失恋したことが一度ならずあるなぁ。でも、
年齢を重ねた今は、「本流」を感じることができている、と思うので、苦し
みながらもまた、信じることを選ぶことが出来る。これがまた、負荷のかか
る話ではあるのですが。自分が感じている「何か」を、以前より信頼できて
いる、と言うことでしょうか。

 でも、そのことを、流されている最中には気づいてくれない人も、ありま
した。そう言うときのコミュニケーションは難しいですね、本当に。何も伝
わらない感や取り付く島がない感じが、コミュニケーションをとりたい側に
はあるし、相手側は、そっとして置いてくれ、と言うような。時がたてば見
え方が変わることは多いのですが(だって流れているから景色が変わるもの)、
その時に、一番深い所を何が流れているか、を信頼してくれているのは誰か、
と言うことに気づいたときには遅かったりするからです。

 これは、私のことだけではないと思います。夫婦関係やパートナーシップ、
親子関係、友人関係、職場の人間関係etc.ちょっと見回して見てください。
 大切なものを、見逃してはいないでしょうか。

 誰かが支えてくれていることに、気づいていますか?
 そのことに感謝をあなたはどれくらい伝えることができているかしら?
 相手にも言えない言葉があることに、気づいていますか?言わない方が悪い、
と言ってしまうことも出来ますが、少しだけ心の声に耳を傾けてあげることも
できますよ、あなたにとって大切な人なのならば。

 ああ、こんなに我慢してたんだな。何で言わなかったの?言えないには何か
理由や背景があるんだなあ。などなど。
 そう思ったときが、コミュニケーションのスタートです。

 少しだけ、相手の手に乗ってあげること。
 少しだけ、相手の望む方法を使ってあげること。
 
 私の知る補完の上手な先輩は、そういうことが本当に上手でした。そうする
と、相手は「解ってもらえた!」と思うから、ゆるんだり、一歩進んでくれた
り。まさにパートナーシップの見本だなあ、と今更ながら思います。

 さあ、秋が来て、心は少し違うものを感じはじめます。人の心って不思議、
季節に順応するところがあるんですよね。季節性うつ病と言うのがあるくらい
ですから。

 今年はどんな秋にしますか? 

 私ですか?私は・・・来た風を受けて、おいしい実が成れば素敵だな、と
思っているんですが。これから長くなる秋の夜を、心で、耳で、体全部で感
じながら、また一つ進んで行こう、と思っています。

投稿者 csadmin : 12:00