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2007年6月26日

●スランプ

僕に起こる出来事について、ここのところ、微妙に歯車が噛み合わなくてズレている感じがしています。思ったように事が運ばなかったり、予想と外れたり、微妙になのですがそんな事がたくさん起こっています。
例えば、約束の時間に間に合うと思って出かけたのに、いつも空いている道がなぜか渋滞していて10分ほど遅れたり、予定していた以外の仕事が割り込んできて、やるべき仕事が期限までに終わらなかったり、食事の予約をしたお店に予約が通っていなかったり、いずれも大事には至らなかったのですが、微妙に何かがおかしいのです。
こんな出来事が1つか2つであれば余り気にも止めないのですが、それがいくつも重なってくると、気になります。スランプの入り口なのかなぁ・・・と思ってしまいます。
手元の角度が1度ズレると、ずっと先に延びた2本の直線はどんどん開きが大きくなっていきますね。現在は、まだ手元の角度が1度ズレた状態なのかも知れません。そして、これらの微妙に歯車が噛み合っていない状態は、ひょっとしたらこの先大きくずれる前に修正しておいた方がいいよ、という注意を与えてくれているのかも知れません。
実は、この微妙なズレは、心理学的に考えると自分の心が作り出している現象なのですね。
ちょっとわかり難いかも知れませんが、起こっている現象は現象として横に置いておいて、それをどう受け取るか、受け止めるかは自分の気持ちです。だから、僕と同じ現象が別の誰かに起こったとしても、その人は何も感じないかも知れません。「こんなもの何でもないよ」と全く意に介さないかもわかりません。でも、僕は僕の気持ちとして、僕に起こっている出来事が微妙にズレていると感じ、それに何となく嫌な感覚を覚えているわけです。僕がそう感じるのですから、僕の心の内側にある何かがそれに反応していることになりますね。だから、微妙なズレは心理学的に考えると、自分の心が作り出している事なのです。
だとすれば、この微妙に歯車が噛み合わないという問題への対処方法として考えられるのは、自分の心を見詰めてみる事ですね。
自分の内側にある色々な感覚や気持ちや問題と向き合ってみると、結構様々な事柄で無理をしている感覚や、犠牲を感じている感覚、怖れ(不安)、物事が決められない自分への苛立ちや責める気持ちなどがある事に気がつきました。結構、心の中にヘドロが溜まってきていて、心の余裕が少なくなってきている感覚なのですね。
ここで僕は、そんな感覚から抜ける方法として「選択」の力を使ってみようと思いました。
「選択」の力は、人間に与えられた最も強力な力の一つなのですね。
我々は、気がつかないうちにいくつもの選択をしながら生きています。例えば、朝ご飯を食べること一つとってみても、「食べる」「食べない」という選択はもとより、「いつ食べるか」「どこで食べるか」「何を食べるか」「どれぐらい食べるか」などなど、当たり前のように選択を繰り返しています。
特に意識をせずにしてしまった選択で問題となっている事、間違ったかも知れないと思いつつ選択をしてしまって問題となっている事が積み重なってくると、無理をしている感覚や、犠牲を感じている感覚、怖れ(不安)、物事が決められない自分への苛立ちや責める気持ちなど、先に僕の心の中にあったようなネガティブな感情や感覚が溜まってきます。
そこで僕が今やろうとしている事は、問題となっている事柄を本当に継続するのかどうか一度白紙に戻してみて、新しく「選び直す」という事です。少なくとも、先ずは今の状況は何らかの形で僕が選択して作り上げてきたのですから、一度は選んでいるので、その意識をもって、「選び直す」なのです。
これは、少し時間をかけて自分の本当の気持ちを感じながらやってみようと思っています。ここで焦ると、十分に自分の気持ちを感じて選び直す事ができません。
ゆっくりと、しかし着実にやっていこうと思っています。


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投稿者 csadmin : 12:00

2007年6月19日

●動物はお母さん

花に付いたアブラムシに殺虫剤をかけ、ジンマシンを起こすイラガの幼虫を踏み潰す私、お肉も食べていますが、一方ではこんなことも感じています。

「動物はお母さん」っていう言葉を耳にされたことはありますか?
どこで聞いたのか忘れてしまったのですが、動物が登場するテレビ番組のワンシーンで語られていたのではなかったかと思います。
「人間とともに暮らす動物達は、いつも私達を見守ってくれている。まるでその瞳はお母さんの眼のようだ。」そんなお話だったと思います。

なるほど、とこの言葉に頷いたのには、2つの訳があります。それは、私に施されたあるセラピーのセッションを思い出したことと、うちにやってきたネコたちの姿に思い当たったことです。

もう十年以上も前になりますが、うちに2匹の子ネコがやってきました。
一緒に生まれたらしく、同じ段ボール箱に入って置かれていた4匹のうちの2匹でした。
可愛い模様の雄のトラネコ達は次々にもらい手が見つかり、女の子2匹が残されました。色んな意味で余裕がなかった当時の私には、とても飼う自信はありませんでしたから、一晩だけ泊めてあげるつもりでアパートに連れて帰りました。
秋祭りの夜でした。新しく越してきたその土地では、道祖神祭りという珍しいお祭りが行われていました。お神輿は男性と女性を表していて、子孫繁栄を願い、五穀豊穣や平和を祈る意味も込められたお祭りのようでした。珍しいお神輿を見ようと出かけて戻ってみると、ネコが見当たりません。居なくなったかもしれないと思うと愛しさが募るものなのか、探し回っている間に、飼う決心が固まりました。1時間以上も探して見つかった時、ネコたちは冷蔵庫の裏の部品のすき間に身を寄せ合って眠っていました。

それから十年以上が過ぎ、あの自信のなかった私に、ネコ達はたくさんの贈り物を残してくれています。
毎晩くっついて眠り、お庭のあるおうちに引っ越すなど色んな問題をクリアしながら一緒に暮らし、顔を見合わせて泣いたり笑ったり・・・そんな中で、ネコ2匹が見せてくれたこと、私にしてくれたこと、私にさせてくれたこと。それは、親密感、信頼、コミュニケーション、愛、といったすばらしいもの全部を経験させ、私の中に育ててくれたことだったと言っても、大げさではない気がします。

でも実は、1匹がこの世を去るまで、私はあまりそのことには気付いていませんでした。はじめ、ネコの寿命は5年と聞いていて、『5年の覚悟で飼っていたのに、8年過ぎてもまだまだ元気、5年というのは野良猫の寿命だったのかあ、いつまで飼えばいいのだろう?』 とさえ思っていました。
ごはんにも、健康にも気を使わず、しかも悩み多い毎日で、帰ってきても泣いたり怒ったりしていた日がたくさんありましたから、そんな私を見つめ続けていたネコたちにも、きっと悲しい思いをさせていたことでしょう。

今から3年ほど前、1匹が重い病気であることが分かり、奇跡的に4ヶ月長く生きてくれましたが、やって来たのと同じ秋、お祭りを前にして、コスモスの花が揺れる中、この世を去りました。
そんなことがあってやっと、私はネコ達がしてくれていること、見せてくれていることの意味や大きさに気付くようになりました。
十分してあげられなかったことへの悔やまれる気持ちや、お別れを受け入れられない気持ちで、数ヶ月が過ぎているのに悲しみが止まらない状態が続いていたとき、カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスのヒーリングワークに参加するようになりました。

まもなく、私自身の問題を扱ってもらえるチャンスをもらい、ネコの話が出るとすぐに泣いてしまう私を見たトレーナーが、ネコをセラピーのセッションに登場させてくれました。ある方がネコの役になってくださり、会いたかったネコに再会できる機会に恵まれて、すごくホッとした温かい気持ちになりました。
ところが、セッションの途中で突然トレーナーが、なんと!
「ネコはお母さんです。」
と言うのです。
ネコの役をやってくださっていた方が、母の役に変わってしまったのです。
母といえば、最も苦手な存在。かわいいネコだと思ってホッとしていたのに何てこと!とは思いましたが、説明を聞いて納得しました。

私は、本当は小さい頃から、母に抱っこされたり、きゃあきゃあじゃれ付いたり、「おかあちゃん大好き〜。」って言ったり、「いい子やね〜。」といっぱい言ってもらったり、したかったんですね。
でも、いろんな事情で、母とも家族とも他人とも距離をとり、愛さないように、愛されないように、必死で壁をつくってきました。
でも、本当は、『みんなと親密になりたいし、したいことやしてほしいことがいっぱいあった。それをネコとだったらできた。ネコとだけはしていた。だから、ネコとお別れすると、心底孤独になるように感じた。』ということのようです。これから人との交流を増やしていければ、今の深い悲しみは楽になっていくはず・・・とわかりました。
それ以来、少しずつ人との交流が豊かになり、お別れの悲しみは楽になり、ネコがくれている贈り物の意味も温かく感じられるようになっていったのでした。

今、1匹になったネコは12歳になろうとしています。まずまず元気です。
何となく私達は一緒に暮らしていますが、ふと気付くと、いつもネコは私を見てくれています。
本当に、お母さんのように、私を見守ってくれているように思えます。
私もネコを可愛がりますが、ネコも私をまるで可愛い子どもを見るような目で見つめて、両手で包んで舐めてくれたりします。

思えば、2匹とも生きていた頃、お互いがお互いを自分の子どものように慈しんで、体中舐めてあげたり、何かあると相手を心配そうに見守っていたりした姿も、思い浮かんできます。
またある時は、友だちのところに舞い込んだ眼も開かない子猫を預かって、うちの2匹がお母さん代わりをしたこともありました。
また、1匹がこの世を去る数秒前、苦しかったはずなのに、まるで海の底のような深い穏やかな眼をしてじっと私を見つめてくれたことも思い出します。すべてを受け入れてくれていたのかもしれません。

動物は、こんなふうに、いつでも、何気なく、素朴に愛を与えてくれるのかもしれませんね。
お母さんの愛、無償の愛、海のような愛、大地のような愛・・・でしょうか。
私たちも、動物と触れ合うと、色んなことを考えるのを忘れて、そんなふうに愛をすんなりと受け取ったり、与えたりできるのかもしれません。お母さんになったり、子どもになったりして。
ネコや小鳥を見ていると、動物は人より小さくて短い一生を運命づけられているけれど、心をもった存在ということでいうなら同じなんじゃないかと思ったりします。

そして、動物のお話をしてきた後に書くのは、失礼と感じられるかもしれず、また言うまでもないことではありますが、もし失礼に感じられたらどうかお許しくださいね。

小さなお子さんが、大人に、大きな気づきをもたらしてくれることも多いですよね。たくさんおしゃべりができなくても、体が小さくても、心をもった愛の存在として、大きな存在なのだなあと思います。

投稿者 csadmin : 12:00

2007年6月12日

●愛について

はじめにお断りしておきますが、今回のコラムに書かせていただいた
のは、僕が個人的に感じたことであって、宗教についての善し悪し等
について書いたものではありません。
その点について、ご理解いただきお読みいただければと思います。


僕がカウンセリングの勉強をはじめる前のこと

結婚式には、
教会で牧師さんの前で結婚の宣誓するやり方や
お寺でお坊さんの前で結婚の宣誓するやり方など、
いろいろあるが、僕は、自分がやるなら、どちらもとても嫌だった。

なぜなら、その時には「宗教に人は救えない」と考えていたからだ。

その当時、僕は、とても浮気性で、特定の恋人や結婚相手がいても、
他の異性に心を奪われることは、しかたがないことだと思っていた。
結婚の宣誓を、「この人以外の人と恋したり、愛したりしません」
と勝手に解釈していたので、できもしないそんな宣言できない、
ましてや、神や仏の前でなんて!
と真剣に思っていたのである。

このことで、どれだけ奥さんや僕に関わる人たちを傷つけたか、計り知れないが
その頃の僕は、それが目に入らないほど、自分や周りが見えていなかった。

ある時、僕の親友が結婚することになった。

彼は、こんな僕が手を焼くほどの浮気性で、
自分のことは棚に上げて、こいつは絶対結婚に向いてないと思っていた男だった。
そんな彼が、ある時、ゴスペルをきっかけに、クリスチャンになった。
すると、彼は本当に改心して、浮気性がなくなってしまったのである。

その結婚式は、教会で行われた。
そこで牧師さんが、聖書の一節を語った。
それは教会での挙式でよく話される、「愛の賛歌」ともいわれる、
コリントの信徒への手紙13章から引用された有名な言葉だった。

その中に出てくる、信仰さえも愛がなければ無に等しい、
という言葉にとても感激した。

僕は、日本ではとてもオーソドックスな仏教の家に生まれて、
けれども、周囲に様々な宗教がらみのトラブルを抱えて育ったために、
いつしか、神や仏を信じる人達が語る「愛」というものに不信感を持つように
なっていた。
何かを信じることで傷つけ合わなければならないのであれば、
神や仏が語ったと言われる「愛」をどうして信じることができるのだ、と。

けれども、その「愛」についての言葉を聴いた時、僕は
宗教あってこその愛ではなく、
信仰と愛との分かれ道があるときには、愛を選ぶのだと
言っている気がしたのだった。
だったら、神や仏というものを、そして「愛」というものを
わかっていなかったのは、誰あろう、僕自身なのではないか。

クリスチャンではない僕の勝手な思いは、本当の解釈とは違う
のかもしれないが、ともかくも、そう思ったのだ。

今思えば、後にカウンセリングによって、
自分に価値がないとの思いから浮気性になったことを知り、
自分を愛せるようになり、それによって人を愛せるようになっていけたのは、
この時初めて「愛」というものを意識したことがきっかけだったのかもしれない。
「愛」というものは存在するのかもしれない、と。


彼はキリスト教に救われた。

僕はカウンセリングに救われた。


救われるきっかけは、いろいろあっていいし、実は、どこにでもあるものだ。
僕はカウンセリングという形で、そのきっかけの一つを提供するお手伝いを
しているにすぎないと思う。

彼ら親友夫婦と僕達夫婦は、ほとんど同じ時に娘を授かった。

今はすっかり「バカ親」ぶりが板についた夫婦同士である。


-Special Thanks Shiho-

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投稿者 csadmin : 12:00

2007年6月 5日

●妄想にしたい現実と、現実にしたい妄想

こんにちは。最近食べすぎで胃が痛い日が続いている、きのかずよです。
胃が痛いくせにさらに食べ過ぎる私の身体は成長いちじるしく、、、
先日、せっせと床を吹いている私の姿を見て、弟が一言
「肉の塊がおる・・・」
私は、しょっちゅう「ダイエットをするぞ!」と、意気込んで宣言しては、三日坊主ひどい時は3分坊主で終わっています。
そんな自分に嫌気さす事も反省する事もなく、「そう言えば前、ダイエットするって言ったなぁ・・・また、これから考えよう」と、軽く流しています。
で、「ダイエットするぞ!」と、ここで宣言したりする訳です(^^;

ついこの前、中学時代の同窓会がありました。

40名程が地元の居酒屋で飲んで喋ってワイワイと。
1年生の時の担任、2年生の時の担任、3年生の時の担任と、先生たちも参加でワイワイと。

「おれ、きのちゃんは殴った記憶ないぞ〜」
「いやいや、私は先生に職員室で叩かれて、家庭科の先生が慰めてくれたのを、よ〜く覚えてます。」
「そ、そっかぁ・・・」
「先生、俺なんか、先生に『ホンマの事言うたら許してくれる』言うとって、言うたら殴られたで〜」
「おぅ、そうか。」
「うわっ。やってられんわぁ」

みんなやんちゃしていた頃なので先生を囲んで、あの時殴られた話や、怒られた話、怖かった話等々、今思えば痛かったけど懐かしいし、楽しくて面白い話に溢れていました。
そしてやはり、年齢も年齢なので、結婚や育児の話もあるわけで。
私が、結婚する予定があると言うと、
「きの、それは妄想ちゃうんか?」
と、先生に言われ、
「きのちゃん、今の気持ちは、結婚したら変わるで。結婚て好きとかだけじゃないからなぁ。」
と、結婚10年目の友達に言われ、
「きのちゃんが結婚できるなんて〜ホンマ良かったなぁ。嘘みたいや〜。嘘やろ?」
と、酔っ払いに言われ、
「俺も結婚決まってるけど、あと少しもう少し、遊ぶぞ!」
と、宣言され。。。

「おれ・・・ショックやぁ〜きのちゃん結婚するの、、、ショックやわぁ」

おっ!これはなにか衝撃の告白か?
「え?妻子持ちのあんたに、告白されるの?私?ごめん。お断りやわぁ〜」
と、ドキドキして言うと、大きく首をふり否定するしぐさ。
詳しく聞くと、この男子、私のことを何らかのキャラクターと思われているようで、くまのプーさんは結婚とは無関係の世界に住んでいるとの説明をしてくれました。
キティーちゃんでさへダニエル君という彼氏がおり、ミニ−にはミッキーがいるのに、私にはパートナーの存在はありえないような発言。
しかし、振り返れば私の中学時代は男性女性という性別を超えた姿格好?生活形態?振る舞い?を、していたような気がしなくでもなく。つい最近までそうっだったような気もします。

私が心がけている事は、今も昔も『その場を限りなく楽しく過ごす』です。

居酒屋をあとにしみんなでカラオケに行き、私は限りなく盛り上げるべく一所懸命タンバリンを叩いていました。たとえそれが歌の邪魔だと言われようとも(^^;

タンバリンを叩く私の腕を、二の腕を、ふぅ〜と誰かが触りにきました。

「うわっ。ビックリするやん。」と、振り返るとそこの男子が
「なんかすごい揺れとって、あまりにも気持ちよさそうやったから。」
と、笑顔で答えられました。
「じゃぁ、たくさん触っといて!」と、腕を差し出す私に、横の女子も男子もと、触ってきました。

やはり私は肉の塊なのか。

次の日、(私の妄想かもしれない)おっとに、タンバリンの叩きすぎで蒼く晴腫れ上がった手のひらを、誇らしげに見せながら、この話をすると一言

「きのちゃん、気持ちよさも大事だけど、肉の塊はいけないねぇ・・・僕もきのちゃん見て肉の塊だとよく感じる。が、口に出さなかっただけ。」
「そんな、私も魅力的なんやろ?」
「いや、醜い」

幻聴が聞こえました。

体重計の数字・・・幻覚が見えます

今の私は、妄想にしたい現実と、現実にしたい妄想が入り乱れて混乱しているようです。


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投稿者 csadmin : 12:00