« 2007年1月 | メイン | 2007年3月 »

2007年2月27日

●全ての道は癒しに通ず!?

先日、約10年ぶりに友人とスキーに出かけました。
今回は大阪を起点として福井県のスキー場に出かけたのですが、現地では美味しい日本海の海の幸に舌鼓を打ち、地元の芳醇な日本酒を味わい、そして白銀の世界で雪と戯れ、大自然を感じ、最後に温泉に入ってきました。
スキーの方も、上手とまではいきませんが、10年ぶりにしてはまぁまぁの滑りが出来て、まだまだ僕も棄てたものではない、などと思った次第でした。
そして心地よい疲労感を味わいながら大阪に戻ったのですが、何かとてつもなく癒された気分になりました。
その後、改めて思った事があります。人間の存在、人間のやっている事は、全て人を癒すための行為なのだなぁと。
癒しとは何かと考えると、様々なレベルで、様々な答えがあると思います。ただ、癒しとは敢えて危険を顧みず大雑把に言ってしまえば、心が緩む事ではないかと思います。幸福な気分だったり、誰かと繋がりを感じたり、希望を感じたり、自分の価値が受け取れたり・・・様々です。
さて、今回のスキーで僕は癒されたわけですが、果たしてどれぐらいの人達によって僕は癒されたのか、と考えてみると、出発前から帰着後までに関わった殆どの人達によって僕の癒しが行われた事に気がつきました。
今回のスキーには、JR大阪駅から特急電車に乗って行ったのですが、例えば、先ずは列車を運転してくれた運転手さん。この人がいないと、僕は福井に行って癒される事は無かったのですね。
そして電車を開発してくれた人。電車が無ければ、当然福井には行けません。
福井で料理を食べさせてくれたお店の調理人さん。美味しかったです。かなり幸福を感じました。
レンタカー屋のお姉さん。笑顔で会話をしながら自動車を貸してくれて暖かい気持ちになりました。
カーナビを製造してくれた人。ナビがなかったら地理不案内で行けなかったかも知れません。
スキー場のパトロールの人。あなたがいたから、安心してスキーを楽しむ事が出来ました。そして、一緒に行った友人。とても楽しい時間が一緒に過ごせました。
これ以外にも実に多くの人々の存在や仕事や、あるいは関わりが、僕に癒しを与えてくれているのですね。感謝、感謝です。

例えばお医者さんや看護婦さん、あるいは僕たちカウンセラーは、人と直接関わりを待って、しかも癒すことをある意味仕事としているのですから、人を癒しているという事が非常に意識しやすいと思います。でも、癒す事を直接には仕事にしていない人々も、その存在が、あるいは仕事が、関わりが、癒しを与えていることが多いのですね。気がついていないだけなのです。

例えば、工場で電子回路基板を組み立てている人。とてもこの仕事が癒しに結びつくとは思えないかも知れません。しかし、仮にその基板がテレビゲームに使われる基板だったとしましょう。その人が組み立てた基板が、様々な部品とともにアセンブリされ、様々な工程を経て、テレビゲームとして完成し、販売店からエンドユーザーの手へと渡ります。ひょっとしたら、お父さんから子供への誕生日のプレゼントだったかもわかりませんね。子供は喜び、お父さんも笑顔でそのゲームで遊ぶ子供を見ているかも知れません。幸福な感じでしょうね。これも、癒しなのです。
例えば、銀行業務のソフトウエアをプログラミングしている人。この仕事もとても癒しに結びつくとは思えないかも知れません。しかし、そのソフトウエアが銀行の機械の一部に使われて、給料日にお金を引き出すのに役立ったとしましょう。給料日に引き出したお金で、その人はレジャーに出かけて楽しむかも知れませんね。あるいは美味しい食事を誰かと一緒に食べるかも知れません。その人は、楽しんでますよね。これも、癒しなのです。
そして、例えばあなたの存在。あなたと話す事で癒されている人がいるかも知れません。あなたが作る美味しい料理を食べている人がいるかも知れません。あなたの笑顔を見るだけで安心する人がいるかも知れません。あなたがそばにいるだけで幸せを感じている人がいるかも知れません。あなたの書いたブログで大笑いしている人がいるかも知れません。
そう、存在するだけで、人間は誰かに癒しをもたらすのですね。
何らかの形で人と関わる事、社会と関わる事は、全て誰かを癒す道へとつながっているのですね。

大谷常緑のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2007年2月24日

◇咲くLove..

カウンセリングの仕事をしていると、よくこう聞かれます。
「人のネガティブな話ばかり聞いていてしんどくならないですか?」

もちろん、愚痴や不満を一方的に聞くのは誰だって疲れるものです。
それはもしかしたらあなたがお友達の話を聞いていてしんどくなるのと同じ
かも知れません。
しかしカウンセリングの中にはそのネガティブな話の中にも、たくさんの
『愛』が見える瞬間があります。
そのキラキラした瞬間が私達カウンセラーのエネルギーになります。

例えば、旦那さんに裏切られたと感じて傷付いて「もう彼を信じれらない」
と言う話を聞く事があります。
しかしその時に本当に怒りの矛先が向いているのは、旦那さんではなくもう
1度心を開けずにいる自分自身だったり、本当は大切な相手に対して 冷たい
態度をとっている自分自身であったりするのです。

私達は何の思い入れがない相手に対してはそう傷付かないですし、同じよう
に自分を責める事もありません。
本当は相手に対して愛情があるのに、それを心の中で押し殺して否定すると
きに私達の心には葛藤が生まれるのです。
しかし本当のスタートは傷ではなく『愛』なのです。

自分の身近な人に優しくできない!と悩んでいる人もいます。
しかしそれが悩みだと言うことは本当は誰よりも優しく接したいと思ってい
るからこそです。そこにも愛があります。

あなたが今抱えている問題の中にもたくさんのキラキラひかる愛が隠れてい
ます。
そしてその愛に再び光をあてる事ができた時に、もう問題は問題であり続け
る事ができません。
一緒に咲かせていきましょう!


成井 裕美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 09:28

2007年2月20日

●エピソードわん

こんにちは。
私の今年の目標『結婚』に向けて、猪突猛進中のきのです(^00^)

さてさて、幸せいっぱいの私ですが、私の過去を知る人々にとっては、今の私の状況は本当に奇跡に感じられているようで、会う人会う人に涙ながらに
「よかったね〜☆きのちゃん、よかったねぇ〜、ほんと、よかったねぇ〜」
と、まるで、おじいちゃんおばあちゃんが、運動会で1等を取った孫をほめるかのような、何とも慈愛溢れるエネルギーで、声をかけてくれます。
ここまでみんなに喜ばれると、私は一体、過去どんな恋愛をしてきて、みんなを落胆・心配させてきたのだろうと考えてしまします。

で、振り替えってみますと・・・
過去付き合った人、私だけが付き合っていると思っていた人(^^;)、片思いだった人、もろもろ合わせて5人ほどいますが、過去の人は全て私の一目惚れ(//△//)
どこからどう見ても、私のタイプな方たちばかりでした。
その時は、苦しんで悲しんでた事も、今となってはいい想い出で、やっぱりタイプやったなぁと思える幸せな性格をしている私です。そう、たっぷり癒されたから、そんな幸せな性格になれたのですね。

今の彼はというと・・・

私は自分の事は完全に棚に上げ、彼の第一印象は
「ブ。ブサイクやぁ」

この件に関しては、黙秘権を行使しようと思えば出来たはずなのですが、ずっと隠しつづける自信がなく、付き合って3ヶ月目くらいにカミングアウトしました。

「きのちゃん、僕の第一印象って、どんな感じやった?」
「うちなぁ、はじめてあった時、こんなブサイクな人見たことないわぁって、思ってん☆」
「・・・。」
「大丈夫、今は見慣れたから☆」
「・・・。」
「かわいいよ。」
「ブサイクって・・・そんな事は、今まで言われた事がないけど。」
「だって、ブサイクにブサイク言う人おれへんヤン☆」
「・・・きのちゃん、、、僕が今までの人生ではじめて付き合ったのが、きのちゃんというのであれば、いまの言葉は受け止めようと思うけどね、今までお付き合いした人何人かいるんよね。失礼じゃないかな。」
「だって〜ブサイクや思ってんもん」
「・・・きのちゃん、目が変だといわれないかい?」
「たまに、言われる・・・けど、私の感性やもん。いままで、自分の事ブサイクだと思ったことはないかい?」
「全くない!」
「おぉ、それは素晴らしい☆しかし、その自信はどこからくるの?」
「自信うんぬんじゃなくて、思ったことがないから、思わない!」
「そっか・・・」

私は、率直に感じた事を伝えたのだけど、やはり気になったようです。

「きのちゃんがあんな事いうから、毎日鏡をまじまじ見てしまうじゃないか。しかも、同僚や先輩に聞いて確認したぞ〜」
「なんて聞いたん?」
「俺って、ブサイクっすかねぇ」
「で?」
「『はぁ?そんな事思ったことないけど、なんで急に?』って言われたわ、彼女に言われたんですわ〜言うたら、大笑いされたわ。でだね、アンケートの結果、僕はブサイクじゃない事が分かったね☆きのちゃん
の目はやはりおかしいね。」
「男の人だけに聞いたのとちゃうの?」
「いやいや、同僚の女の人にも聞いたら、そんな事ない言われたし、まぁ、パートナーの第一印象って良くも悪くもインパクトが強いもんやからと言うてたわ。」
「へぇ」
「なんだい、その興味ないような返事は?」
「あんまり・・・興味ない。私の目は変かもしれへんけど、ブサイクやと思ったの」
「・・・きのちゃんのいいところは、物事をはっきり言うところだけど、それが当たっているかどうかは別だよ。」
「あ、傷ついてる。あ〜根に持ってる。」
「ブサイク思ってないから傷つかないし、根に持ってないよ。おもしろい話題を作ってくれてありがとう」

これを書きながら、つくづく私はバカだなぁと。
私は一体この7年間、心理学を通して、何を学んできたのだろうか?
何も身についていないのではないか?と。
私は、自分で自分の首を締めていますねぇ。

さて、この年末に私は果たして結婚できているのでしょうか?それとも、自分の首を締め切って息絶えているのでしょうか?

ハラハラドキドキしながら、見守っていただけると幸いでございます。

きのかずよのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2007年2月17日

◇パートナーを自分好みにする方法

私は夫から「きみこさま」と呼ばれています(^^;
昔は「きみちゃん」と呼んでいたのですが、ふざけて「きみこさま」と
呼んでいるうちにそれがなじんでしまって、今では「きみこさま」が普
通になっています。
2人きりのときだけでなく、人前でも「きみこさま」と呼ぶので、最初
はちょっと恥ずかしかったのですが、今ではすっかり慣れました。
慣れてしまうと「きみこさま」と呼ばれるのは、とても大切にされてい
る感じがして、なかなか気分がいいものです。
最近は、それを聞いていた友達までが私のことを「きみこさま」と呼ん
でくれるようになりました(笑)
おかげでまわりの人から、とても大切にしてもらって、本当にありがた
いことだと思います。

呼び方の言葉ひとつ変えるだけで、印象も変わるし、人からの扱われ方
も違ってしまう・・・言葉と言うのは本当に大切なものだと思います。
「言霊」という言葉を最近よく聞きますが、使う言葉に気をつけよう、
という意識が高まっているのかもしれませんね。

先日、ある人から「自分が発した言葉は自分に返ってくるから、よい言
葉を使おう。『ありがとう』というのは一番いい言葉だからどんどん
使うといいよ」というお話を伺いました。
確かに、人から「ありがとう」と言われると気分がいいですから、それ
を言ってくれた人にはやさしくしたり、親切にしたくなります。
つまり、「ありがとう」と言うとよいことが返ってくるということにな
るわけですね。

「きみこさま」というのも、夫が私にいい言葉をかけてくれたおかげで
私はいい気分になるし、まわりの人からも大切にされて、いいことずく
めです。
ということで、パートナーとの関係をよりよくする第一歩として、
パートナーにいい言葉をかけてみませんか?。
「ありがとう!」「うれしい♪」「お疲れさま」何かきっかけを探して
試してみてくださいね。


そしてそして、ここからが応用編です。
パートナーにかける言葉はとても大切なのですが、それをパートナー
を自分好みにするために使ってみましょう!

「ほめて育てる」ことが大切だということは、子育てや社員教育など
いろんなところで言われていますが、もちろんパートナーシップでも
とってもとっても大切です。
そこで、パートナーに「こんなふうになってもらいたい」という部分
をほめることで伸ばしていきましょう。

またまた、私たち夫婦の一例ですが・・・
私の夫はとてもほめ上手で、2人でいるときの会話の7割くらいは、
私をほめています。
「きみこさま、おもしろい〜」
「おもしろい人ですね」
「きみこさまは、どうしてそんなにおもしろいんですか?」
「おもしろすぎです」
本当に四六時中ほめられています。
なぜか、ほめ言葉は「おもしろい」ばかりなのですが(^^;

でも、それだけほめられると不思議なもので、私自身が以前に比べて
どんどんおもしろくなってきている感じがするのです。
今度はどうやって夫を笑わせようかな?とついつい考えてしまうし、
夫と一緒にいるといるときは、「これを言うとおもしろいかも」とい
うインスピレーションがどんどんわいてくるのです。
そして、それを夫に言うとバカウケ(それが世間で通用するかどうか
は、別ですが・・・)で、夫はずっと笑いこけているし、私はますま
すおもしろいことが思い浮かぶ、というすばらしい循環ができあがっ
ています。

これが「かわいい」だったら奥さんはどんどんかわいくなるし、
「(料理が)おいしいね」だったらどんどんお料理上手になりますよ
ね。
だんなさんも「やさしいね」とか、「頼れるわ」とか、「かっこい
い」とかいろいろ育て甲斐がありますo(^-^)o

いい言葉、ほめ言葉を上手に使って、パートナーを自分好みに育てて
いきましょう!!

私も夫に負けないよう、しっかりほめていきたいと思います。
何をほめるのかは、ヒ・ミ・ツ(*^^*)


投稿者 csadmin : 11:24

2007年2月13日

●大きな愛に包まれて

このコラムでも何回かご紹介させていただきましたが、僕は車が大好きです。
大好き故に悩みが増えるというのは、車に限ったことではないのですが、とにかく悩みます。月の3分の1はその悩みにエネルギーと時間を費やしているのではないかという程です。

悩むのが楽しいという部分もあるのですが、深刻に悩んでいる部分もあります。

僕は、マニュアルミッションの車に乗りたいのですが、我が家の車はオートマチック車。それはそれでいい車なんですけど、マニュアルミッションの車に乗りたい…
マニュアルミッションの車に乗る毎日を過ごすことで、どれだけ心が満たされるだろうか?その悩みから解放されることで、どれだけ充実した日々が過ごせるだろうか?今までその悩みに費やしてきたエネルギーと時間を、仕事や奥さんに向けることができたら、どんなに素晴らしいだろう!

そうして、欲しい車の検索をしたり、今の車のミッション換装についての情報を調べたりして、月の3分の1が消費されるのです。

これはいけません。

「悩みを一人だけで抱え込まなくてもいいんですよ」と常々お話をさせていただいている僕ですから、僕もそれを実践します。

僕の専属カウンセラーである奥様は、耳にタコができるくらい、この話を聞かされています。
僕の専属カウンセラーは非常に有能なので、とても上手に僕の気持ちを受け止めてくれます。

そうして僕は、自分を保つことができています。


先日、僕の専属カウンセラーである奥様が、非常に鋭い指摘をしてくれました。

「よーちゃんって、仕事とかで悩むと、絶対車の話になるよね」
「だからね、よーちゃんが車の話をしだしたら、『あぁ、悩んでるんだな、行き詰まってるんだな』ってわかるの」
「『車の話をすることで、よーちゃんがしんどい気持ちを出すことができるんだったら…』って思って聞いてるんだよ」

奥様曰く、僕は、本質的な悩みを車の悩みに置き換えて話すことでストレスを発散しているらしいのです。

!!!

全く、その通りでございます。。

何という洞察力、分析力なのでございましょう!

確かに、仕事でも何でも、調子のいい時には、それほど車の話をしないんですね。
頭の中は、「もっと良くするために、もっと良くなるために…」と、クリエイティブな状態で、そのことに熱中しています。

ところが、疲れてきたり、悩み出すと、「今の車でも悪くはないんだけどな〜」と、車のことを考えているのです。

現実逃避といえば、それまでのことなのですが、どうも僕は、本質的な悩みに触れないようにするために、無意識的に車の悩みを使っているようです。

今まで自分では全く気づいていなかったのですが、奥様に指摘されて、びっくりするくらいの大きな気づきになりました。

奥様は、ずっと前から僕のそのパターンを知っていたようです。
その上で、僕の車の話を聞いてくれていたのです。

自分のパターンに気づいたことよりも、それを知ってて「僕が車の話をすることで少しでも発散できるなら…」と僕の車の話を聞いてくれていたというのを知ったことが、僕には大きな気づきでした。

その時僕は思いました。

「僕は、僕が思っている以上に愛されているのかもしれない」って。


奥様の大きな大きな愛に触れて、僕には、「悩みの本質に目を向けて取り組み、車の悩みも解決し、すっきり楽しく奥さんとドライブに行こう!」という、新たな目標ができたのでした。


投稿者 csadmin : 12:00

2007年2月10日

◇自分を変える難しさ

何かに向かって自分を変えていこう・・・。
そういう心がけはあるんだけど、なかなか実現が難しいことって少なくないで
すよね?
(と同意を求めて、読者の皆さんが「え?そんなことねーよ」とか思ったらど
うしよう・・・なんて不安にもなりますが、いや、そんなことは無いだろう、
と思って話を進めます)

より良い自分になりたい、誰かとの関係性を良くしたい、○○を達成したい、
などなど、解決したいテーマがあって、それに向き合おうと思うんだけど、ど
ういうわけかするっと逃げてしまう。

そうして、それが「分かっちゃいるんだけどなあ・・・」なんて重みを持って
くると、それがコンプレックスみたいになってしまって引け目を感じるんです。

僕はペーパードライバーなんですね。
かれこれ免許を取って10数年が経つんですけど、その間の走行距離はきっと
30kmくらいで、ほんと純粋なペーパーです。もちろんゴールドです!

都会に住んでるし、そんなに必要性も感じなかったので、自分が車を運転する
ってのはかつては想像外の世界でした。
「いざとなればタクシーで事足りるだろうし、友達をアテにすればいいし」
なんて思っていたんですね。

ローンや駐車場、保険や車検にかかるお金が、うちはかからないんだから、む
しろ、経済的にはとてもいいやん、なんて前向きに捉えてました。

でも、子どもが生まれると買い物でも遊びに行くのにも移動手段としての車は
必要なものになってきます。
電車に乗るにもベビーカーに階段は無理ですからエレベータを利用するように
なって遠回りをします。
車内でも泣き出さないかどうか気を使うし、ラッシュに当たってしまったら、
きゅーきゅーで、周りにも子どもにも申し訳ない思いをします。

そうすると、奥さんとの会話の中にも何となく「うちに車があったら・・・」
というニュアンスが漂ってくるようになりました。
(もちろん、それは投影で、僕が車に乗れないことをコンプレックスに感じ始
めたから、奥さんとの会話にも責められてるような空気を感じてしまうんです)

そうして以前は問題でも何でもなかったことが、徐々に嫌〜な感覚とともに問
題に変わってくるようになりました。

で、じゃあ、車に乗れるようになろう!と一念発起しようと腰を上げかけます。
出張先などで「車乗ります?」なんてさりげなく調査してみると、あっさり
「うちの辺では必須ですから、乗らなきゃやっていけないんです」とか返事が
返ってきて、思わず「すげー」と尊敬の眼差し。

「そっかー、みんな乗ってるんだし、きっと僕にもできるだろう」とか思って
みたりします。

これは第一段階のチャレンジで、ここですんなり動き出せたら、そもそも問題
にはなりません。
きっと今頃僕は普通に車を乗り回していることと思います。

でも、そうは言ってもなかなか勇気ができず、また、まだまだモチベーション
が十分じゃないので、こういうときの僕達はそーっと逃げようとします。

そういうときって巧妙な言い訳を使うんですね。

「うちの家の近所は駐車場代が3、4万くらいなので、それに保険代とか色々
入れたら膨大な額が毎月出て行くなあ・・・」
とか、
「家の近所はとても運転が荒い地域なので初心者はたちどころに追い出される
に違いない・・・」
とか、
「結局そんなに乗らないんだし、タクシーで十分じゃん・・・」
とか、やらないで済む理由を見つけて正当化します。

とてもいい言い訳が見つかったときにはホッとさえします。
また、「そういえば、あいつも車に乗らないよな」と同志を見つけて安心しよ
うとします。

つまり「本当はやった方がいいんだけど、今はちょっと無理なんだよね」とい
う結論に導きたいわけです。

大抵はそれで問題を先送りできて、「ああ、良かった」なんて風に押さえ込む
ことができるんですけど、その一方で天使の囁きが聞こえたりもします。

「でもさー、だんだん年取っていって、それで田舎に暮らすようになって、
それから車を乗りこなすのって難しいよね?」
とか
「レンタカーも近くにあるんだしさ、車持たなくてもやっていけるじゃん」
などなど。

極め付きは「沖縄で車乗れたら、もっと楽しいよね?」という「おぉー、ずる
いじゃん、卑怯だよ、そんなの・・・」と思わず絶句してしまう天使の説得力。

うだうだ考えているうちに頭の中がパンパンになって混乱してしまうのは、
ネガだけでなく、ポジな理由もでてきて、両者が拮抗するからなんですよね。

それに、そもそも“先送り”という時点で気持ちよくないし、後からはもっと
大きな問題となってやってくるんだから、気付いたときにチャレンジするのが
一番いいわけです。
友達に頼るなり、講習受けるなり、とりあえず実家に帰って練習するなり、何
らかの方法は考えられるわけです。

そんなことは分かってる・・・でも、腰が重たい。。。気が重たい。。。

で、だんだん自己嫌悪が強くなっていきます。はっきりとコンプレックスを感
じて、「なんであの人も、この人も車を運転するのに僕は・・・」と勝手に落
ち込んでみたりもするんですね。

この辺はけっこう重たいです。ヘビーになってきます。段々鬱々としてきます。

そして、時には誰か悪者を探します。
「そういう奥さんが免許取ったらいいじゃん」
とか
「街中がもっとバリアフリーだったら、こんな苦労はしなくていいんだ」とか、
知らず知らずのうちにとっても偉くなってしまうわけです。
で、そんな自分に再び惨めになるわけです。

こうした葛藤を僕達は多かれ少なかれ繰り返してしまうものかもしれません。
夫婦のことで、もっとパートナーに伝えた方がいいことってありません?
健康のことで、もっとこうしたらいいのになって思うことってありません?
仕事でもそう。こういう風にしたら、ああしてみたらもっと良くなるのに、
とか、ありませんか?

何か大きな動きをしようとするときって、こういうぐるぐると巡る葛藤に嵌ま
ってしまいがちなんですね。

それだけ自信がなくて、怖いんです。

このメルマガを読んでくださる方の中には普通に運転できる方も多いと思うん
ですね。
むしろ、運転が好きって人も少なくないと思います。
そんな方にとっては「そんな大したことじゃないのにねー」と感じられるはず。

それも分かるから、「こんな大したことないことで悩んで、もぉ!」と自己嫌
悪することもあるわけです。

で、ますます袋小路にはまっていきます。

こうした葛藤がいつまで続くかというと何らかの行動を実際に起したとき。
シミュレーションではなく、実践したときですよ。
考えてるだけ、言ってるだけじゃ意味がなくて、実際に動いたときです。
重い腰を上げ、重い気を振り払って、ね。

その腰の上げ方というのは千差万別、ケースバイケースだと思います。
でも、ポイントとしては目の前のその問題ではなく、もう少し先を見てみると
ころかもしれません。

「どうのこうの言っても、ここまで思ったら僕は運転するようになるんだろう」
と自分の性格を元に「悟り」を開いてもいいです。(いい意味での諦めですな)

「旅行が好きだしなあ、東京に行くならまだしも地方や海外に行くときはやっ
ぱり車に乗るんだろうなあ、それはそれで楽しいだろうしな」
と車に乗ることではなく、それが生み出してくれる楽しみや喜びを思い描くの
もいいですね。(ヴィジョンを描く、というとかっこいいですな)

間違っても「車に乗らなかったら、きっと奥さんと娘に愛想付かされて、いい
車に乗ってる男のところに逃げられてしまう」とか怖れを掻き立てないことが
大事。焦ってかえって失敗しますから(笑)

そして、人に公言するのはもっと効果的。
「実はそろそろ車を持とうと思ってさー、いや、今更なんだけどね」
なんて風に。(僕にとってはメルマガに発表することも、その一つだね)
人に言うのは一種の宣言であり、約束だから、どうしても外せないと思います。

この辺までくると、もうやるしかない方向になるので、あとは自分の性格や時
間、お金などの条件を見ながら方法を考えるわけです。
カウンセリングって手もあるし、とりあえず車を買ってしまうという手もある
し、駐車場を契約して逃げ道をなくしてしまうというのもあります。

そうして、ようやく実行に移りましょう。
この辺までハードルを下げてしまえば、あとは自然に動き出せることが多いと
思いますよ。
そう、要は色々考えることも、ヴィジョンを描く事も、友達に宣言することも、
その全てはハードルを下げることに目的があるわけです。

というわけで、僕は来る石垣旅行に向けてペーパードライバー講習なるものに
通い始めました。
で、右足が微妙に筋肉痛なのです(笑)

ああ、やはり自分を変えるってのは難しい・・・。


投稿者 csadmin : 12:59

2007年2月 6日

●日の出と友と温泉と

 長い付き合いの親友と、彼の諸事情によりなかなか会えなくなってしばらくたっていた。
 家族ぐるみの付き合いだったが、彼とだけなかなか会えない。
 そんな折、家族連れ立って温泉に行く話が持ち上がり、スケジュール的に難しそう
だったが、この機会を逃してはならないと、なんとか行くことにした。

 もう23時をすぎていたが、家族も友人達も子ども達も起きていてくれ、
しかも、温泉宿のラーメン屋につれていってくれた。
 せめて、ラーメンくらい食べさせてやろうとの心遣い。
 ラーメンができるまで、我が娘が昼間の時間を取り戻すかのように、
なんども宿のスロープを、手をつないで歩かされた。
 よちよち歩きの娘を心配する友人の娘が、後をトコトコついてきてくれる。
 その様子を妻や友人夫婦が見守る。
 何十回やらされたかわからないが、ずっと昔に感じたような温かい気持ちになった。
 その思いのとおり、ラーメンの味も大変うまかった。


 「日の出を見ながら露天風呂に入る」と言い出したのは、その友人だった。
そんなに早起きはできないだろう、と皆で言っていたし、僕自身が疲れていたから、
とても起きられるとは思っていなかったが、一応、目覚まし時計はかけておいた。

 翌朝、不思議と目が覚めた。
 眠い目をこすりながら、露天風呂に向かう。
 足下もおぼつかないような、状態だったが、浴衣を脱いで、露天風呂に出て行った。
 すると、そこには、空を見上げて立っている友人の姿があった。

 彼は僕を見ると、まるで懐かしい家族に会ったような笑顔で笑い、
「日の出はロケーション、悪いよ」と言った。
 確かに、朝日が昇る方向は、山側で、しかも建物がある。
この宿は、夕日が沈む海が望める露天風呂が見所だったのだ。
でも、せっかく朝起きたのだからと、日の出の時刻を待った。
 その間、友人とは、最近、おもしろいドラマはこれだ、だの、
今一押しの女優はこの子だ、など、たわいもない話を久しぶりにした。

 そのうち、空が明るくなってきた。
 日の出だ。
 我々は、朝日が昇る方向を見た。

 絶景とはいいがたい景色だったが、確かに朝日だ。
 朝日は本当に真っ赤だった。
 みるみるその丸い姿が顔を出し、その色はどんどん、真っ赤から金色になり、
見ていられないほど光輝きだした。
 「確かに日の出だったな!」
と当たり前のことを、二人で妙に納得して露天風呂を後にした。
 部屋に帰り、今度は妻と交代。今度は奥さん同士で風呂へ向かった。

 家族といっていい友人達との久しぶりに過ごす旅は、
僕にもう一度「つながり」を感じさせてくれる貴重なひとときを与えてくれた。
家族や友人と、こんな時間を持つことの大切さを感じた1日だった。


池尾昌紀のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2007年2月 2日

◇今の経験が人生のプラスになる時

我が家の息子が生まれてすぐのことです。

産後、数日がたち、退院が近づいてきた日、
院長先生から、息子に黄疸が強く出ているので退院できないと伝えられました。

先生曰わく、黄疸はどの赤ちゃんでも出るものですが、
それが、強くなると脳の神経に影響して心身障害を起こすこともあるので、
赤ちゃんだけ居残りで、入院して治療しましょう!ということになりました。

目隠しのテープを貼られて、治療器の中に入れられる息子を見て、
『かわいそう・・・』そう思いながら、息子を残して私たちは家路につきまし
た。

それから数日間は、2時間おきのペースで、病院から
「赤ちゃんが今起きましたので、母乳をあげにきてください」の電話が入り、
その連絡にあわせて妻はタクシーに乗って病院に授乳しにいく生活でした。
産後で体力が弱ってた妻は大変だったと思います。

第1子ということもあって、僕も、妻も、少し不安になることもあります。
「治るよね?」不安を消すように、そんな言葉が何度かでたように思います。

そんな経緯があった我が子ですが、今はおかげさまで健康に育っております。

生まれたばかりの時、健康ということに不安があった経験をした分、
今は、元気な息子を見ると嬉しく思います。

赤ちゃんですので、お腹が空いたり、お漏らしをすると泣きます。

それが夜中の3時であろうと、4時であろうと、お父さんの明日は早起きだろ
うがなかろうが、大人の都合には関係無しに、不快になると大きな声で泣きま
す。

でも、健康的な反応である鳴き声は嬉しく思います。

それは、生まれたばかりの時、息子の健康に関して不安に思って過ごした時期
があったからこそ、特にそう思えれるように思います。

あの時、少しばかり大変だったけど、
子供の健康を、ありがたく思えるようになれたプラスの経験になったと思いま
す。

僕たちの人生には、“あの時大変だったけど、そのおかげで人生のプラスにな
れた”そのようなことが沢山あると思うのです。

カウンセリングでも、そのような話を沢山聞かせていただきます。

クライアントさんから、「3年前はホント最悪の状況で笑えなかったけど、
今はそれが笑い話になりますわー。あの経験があるから今が良くなったと思う
んですよ」そのような話を多々聞かせていただきます。

もちろん大変な真っ最中には思えないことです。
大変な真っ最中は、辛いし、苦しいし、しんどいし、最悪、最低です。
先々、人生のプラスになることだなんて、これっぽっちも思えないと思えます。

でも、問題を乗り越えた時に、その問題があったればこそ、
人生がより良くなったということがあると思います。

その大変な経験が何ヶ月後、何年後に実を結ぶかはわかりません。

しかし、今がもし大変でも、その大変さを乗り越えた未来には、
より良い人生があることと思います。

そのことを信頼して前に進んでいただきたいなと思います。
必ず良い未来は訪れますから。


原 裕輝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:30