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2006年12月30日

◇天使が舞い降りたのは・・・を思う。

皆さん、こんにちわ。
カウンセリングサービスの吉見太一です。
今年最後の情報便を担当させて頂きます!!

さて、皆さんは一年を振り返って、今年はどのような一年でしたか?
充実した1年でしたか?それとも、変化ない一年だったでしょうか?
年初に目標を決められたことがあれば、それは達成されましたか?

年初に、ある女性と知り合って、結婚した男性の友人もいます。
勤めていた会社が倒産し、違う会社で働きだした友人もいます。

昨年の今頃では、考えられなかった変化が起きた方もおられるでしょう。
昨年の今頃では、考えられなかった環境に身を置かれてる方もおられるで
しょうね。

皆さんは、いかがでしたか?

ボク自身は・・・そうですねぇ〜、いろいろとありましたね。
まずは、今年引越しをしました。はっきり言って、すごく不便なところで
す。駅からも遠いし、バスは夜の7時台には最終が行っちゃうし、コンビニ
も20分くらい歩かないと行けません。

そのために、車を買いました。バイクももらいました。
お酒を飲んで帰ろうものなら、タクシーに乗るか、テクテク歩くしかないん
です(>_<)歩いてるうちに、だんだんと腹が立ってくるんですね。「なんで、
こんなに歩かなあかんのじゃ〜〜!!」ってね。

だけど、ボクはこのお家が大好きです。
コーヒーやお茶を入れて飲んだり、本を読んだり、奥さんとおしゃべりした
り、昼寝なんか、ホント最高ですね。ず〜っと、お家にいれたらどれだけ幸
せかなぁ〜って思います(*^_^*)

お家が大好きになると、ソウジをしたくなります。
いつもは、奥さんがソウジしてくれていますが、「休みの日は、ボクがする
わ!」って感じで、ソウジが苦でなくなるんですね。

掃除機はもちろんのこと、トイレ・風呂場などをソウジしちゃいます。

だけど、ホント不思議ですね。
お家が好きであればあるほど、1年間を振り返って、お家にいる時間が少な
くなっていました。

仕事が忙しくなって、朝早くから出かけて夜が遅くなったり、休日にも外出
しなければいけない用事ができたり。きっと無意識的に自分を忙しくさせた
り、なにか用事を作っていたんでしょうね。

そうすると、ただでさえお家大好きですから、だんだん、お外に行くのが億
劫になってしまいます。だんだんと、すべてが面倒臭くなってきていました。
そして、お家にいても何もする気がおきなくなってしまっていました。どん
な興味もわかなくなってきてました。

ただただ、テレビの画面を見て過ごすことも多くなりました。
奥さんとの会話も減ってきていました。コミュニケーションが少なくなれば
なるほど、奥さんのちょっとした言動や行動に、イライラを募らせたり、言
い争ってケンカすることもありました。

すご〜く、気ダル〜イ感覚でしたが、どうしても抜け出すことができません
でした。

よく、怒りの下に隠れている感情は、孤独感や寂しさなどの感情があるとい
われますが、ホントにそんな感じでした。奥さんとケンカをした後は、多少
はスッキリするのですが、でも、寂しい気持ちや一人ぼっちの感覚が出てき
ます。
なにか、面白くないんだけど、だけど誰もわかってくれないような感じです。
ある時、ケンカの最後に奥さんがボクに、こんなことを言いました。

「アンタ、寂しいんか??構って欲しいんかいな??それやったら、そうと
言いなさい!!」

ボクは、ず〜っと「寂しい」とか「助けて欲しい」とか「構って欲しい」が
言えませんでした。そんなことを言ったら、格好が悪いし、ダメ人間のよう
に思われるんじゃないかって思って、すごくイヤでした。

ただ、どうしようもないこの気持ちは吐き出すしかありませんでした。

なかば、やけっぱちのふてくされた態度を取りながら、「そうや、俺は寂し
いンや!!」って言いました。

・・・というか、言えました(^^ゞ

すごく格好が悪かったですし、恥ずかしかったです。

そして、奥さんはこうも言いました。

「その知って欲しいホントの気持ちを、ちゃんと言いなさい。ちゃんと伝え
ないと分からないでしょ!まわりの人にも、ちゃんと言って伝えなさいよ。」

そして、渋々、ホントの「しんどい」って気持ちを周りの人にも、少しだけ
伝えることができました。

そうすると、みんな知ってくれていました。わかってくれていたんです。

ボクは、自分では隠して平静を装ってるフリをしていました。
だけど、みんな気付いてくれていたんです。そして、よくなるようにいろい
ろと考えてくれていたことを聞いて、本当にビックリしました。

そして、伝えたことに「ありがとう」って言ってくれたんです。

ボクは、白旗をあげるしかありませんでした。
もぅ、隠しても仕方がないって思いました。自分の感情や気持ちにウソをつ
いても仕方がないんだって思いました。

自分を偽って強がってみても、等身大以上の自分を周りの人に見せても、自
分がしんどいだけだって思いました。

ぼくは、現在すごく楽です。
だって、等身大の自分で周りの人と接しているから。。。

そんな折、妻の身体に新しい命が誕生したことが分かりました。

僕たち夫婦に天使が舞い降りてきてくれました。
僕自身が、赤子のようにそのままの自分で生きていこうと決めると、それを
待ってくれていたかのように、天使が舞い降りてきてくれました。

偶然といえば、そうかもしれません。
ただただ、その奇跡を自然なままで僕たち夫婦で受取ってみようと思います。
僕たちは、いろんな場面で仮面(ペルソナ)を被ってしまいます。
その状況に応じて、いろんな自分で対応しようとしてしまいがちです。カッ
コをつけてしまったり、傷つかないようにして、必要以上に気を遣ってし
まったり。。。

もし、現在、これを読んでくださっているあなたが辛かったり、しんどかっ
たりすると、もぅ周りの人は、あなたの気持ちを知っているかもしれません。
あなたが、少しでも自分の気持ちを話してくれることを待ってくれているか
もしれません。

そして、そんなあなたを待っているかのように、次のステージがやってくる
かもしれません。

天使が、等身大のボクを待ってくれていたように・・・。

では、皆さん良いお年をお過ごし下さい。
ありがとうございました。


吉見 太一のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 02:34

2006年12月26日

●大掃除大作戦!

先日より、舛田光洋氏の「そうじ力」関連の本にはまっています。
とても単純な私は、すぐに影響されてしまい、毎日トイレを磨く毎日を送っております。
これが最初は、すごく面倒だったり、大変だったりしたのですが、
続けるうちに楽しくなってきました。
掃除が楽しいなんて!以前の私には、とても考えられない状況です。
もともと、掃除をすることが、あまり好きではありませんでした。
しかし、掃除をするより嫌いなのが乱雑なお部屋でしたので、
仕方がなく掃除をしていました。
元夫には、「君は四角いお部屋を丸く掃除をする人だね?」と言われ
(彼は悪気がありませんでしたし、今だったら私も傷つかないと思います)
ひどく傷ついたことがあります。しかし、本当にその通りで、出来るならお掃除は
したくないと考えていました。特に嫌いだったのが、年末の大掃除でした。
12月の声が聞こえて、町がイルミネーションに輝きだすころ、だんだんと
ユウウツな気分になっていくのです。結婚生活を送っているときには、特に大嫌いでした。
なぜ嫌いだったのだろう?と、先日、フト考えていました。
「年末の大掃除」だから、12月31日までにやらないといけない!という期限を
自分の中に持っていて、その期限までに出来ないとなんだかとっても
罪悪感を持ってしまって、「自分はダメだな」と感じていました。
当時、子どもを保育所へ預けながらパートのお仕事をしている状況でした。
年末ギリギリまでお仕事をしているものですから、当然、前もってやっておくなどと
余裕のある状況ではなく、実質、3日間くらいの間に大掃除を「しなきゃいけない」と
思っていました。
毎年「今年こそは!早目から少しづつするぞ!」と12月の頭に誓うのですが、ちっとも
進まず、毎日「今日も出来なかった。」と自分を責めていたように思います。
思うように進まず、イライラして、出来ないことを数えてしまうものですから、
余計にイライラしてしまって・・・と、言う状況でした。
元夫のご両親とも同居をしていましたので、ご両親の目が気になるとも感じていました。
今振り返ってみると、「ああ・・それは、しんどい状況だよな」と感じます。
自分で自分を追い詰めて、ガンジガラメにしてしまっていました。
さて、そのころに比べ、今の私はまったく気楽に捉えていて、
「年末までに出来なかったら、年明けてからしたらいいか?」くらいに考えています。
去年までは、お掃除リストを作って、掃除を完了させたところは消していくという方法を
取っていたのですが、どうしても「残ってしまったもの」が気になるので
今年は、「やったところを書き出す」という作戦にしています。
やったところを書き出していって、20個くらいたまったら、
自分に何か、小さなご褒美をあげようと思います。
ご褒美を考えているうちにワクワクしてきて、なんだかウキウキ掃除をしています。
追い詰められることが無く制限が無いことが、こんなにも軽くなることと
がんばったご褒美を考えることで、こんなにもうきうきするものなんだなぁーと
改めて思っています。心というものの不思議を、お掃除の一こまの中でも感じています。
さて、お正月まであと少しですね。みなさま、どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。

投稿者 csadmin : 12:00

2006年12月23日

◇休みをとる 〜箱根にて〜

皆さんこんにちは。
世間はすっかりクリスマスムードですね。僕はどちらかというとクリスマスと
いうイベントより、クリスマス後のケーキの安売りのほうが気になる性質なの
ですが、世間の浮かれムードは大好きです。騒げる時に騒げばいいじゃないの
よ、と思っている自分が好きな高橋 大が、今回のコラムをお届けします〜!


激しく運動などをすると、体は痛みをメッセージとして放ちだします。だから
人は大抵、体を休める必要があることに気付きますよね。ところが心に関して
は、メッセージがわかりづらいと思いませんか?ビミョーに頭の回転が遅くな
ったり、なんだか本を読んだり音楽を聴くのがわずらわしくなったり・・・。

予定通りの時間に起き、予定通りの支度をして、予定通りに家を出たのになぜ
か遅刻してしまった時、僕は休む事を決めました(遅すぎるって)。

カウンセリングサービスのメンバーの多くは温泉が好きなのですが、僕はあま
り温泉のことは知らなかったのです。聞くところによると温泉には源泉掛け流
しと循環風呂というのがあって、前者はとっても気持ち良いとか。僕は過去を
振り返ってみたのですが、多分循環風呂にしか入ったことが無く、源泉掛け流
しの天然温泉というものにとても興味があったのでした。
そうだ、この機会に温泉に行こうと思い、一番近い温泉街である箱根に3泊4
日で行ってきました。

まず思ったのは、箱根って近いな〜ってことです。
行こうと思えば、行く気になれば1時間強で行ける程度の場所なのに、心の中
では自分を休ませる事のできるこの場所をとても遠くに感じていたようです。
「忙しい」という感じは「心(こころ)」を「亡う(うしなう)」と書くんだ
ぞ!なんて金八先生が言いそうですが、なんだか納得しました。ハードに働い
ている人にとっては、心を休ませるという発想がうしなわれやすいかもしれま
せんね。これを読んで何かが心に引っかかる人、たぶんあなたは心が疲れてい
ることでしょう(笑)。

今までの人生でしてきた旅行を考えると、多分僕にとってのベストは2泊3日
だったと思います。でも今回はあえて3泊4日にしてみました。多くの人は、
休むなら2週間ぐらい休んだほうがいいと言うのですが、さすがにちょっとそ
れは厳しかったので、1日だけ多めに。これは自分の中でとても大きかったで
す。ゆっくり休めるのが1日だけなのと2日あるのでは全然違いますからね。

今回いい宿を探してくれたのは彼女だったのですが、温泉に行くにあたっての
一抹の不安は、彼女が「つまんない〜」とか言い出さないかなぁ、ということ
でした。が、それは僕の思い違いに過ぎなかったのです。いやぁ、寝る寝る!
僕に負けず劣らず惰眠を貪っておりました。なんか、なんか人生とかに疲れて
るんじゃないだろーか、彼女は・・・。

初の天然温泉にはかなり期待していたのですが、やっぱり違いますね。なんか
気分は良くなってくるし、最初の数日は入るたびに眠くなりました。そして日
が経つごとに、あぁ、自分は疲れていたんだなぁととても実感できたのです。

とても有意義な時間を過ごしたあと日常生活に戻ってみると、やることは何ら
今までと変わらないのになんだかずいぶん楽にできている自分に気づきます。
心を休ませるって、必要な意味のあることだということを実感しました。

クリスマスの喧騒が過ぎると世間は年末です。
大掃除や年越しの準備も大切ですけれども、ゆっくりと何もしない時間を作る
事も忘れないでくださいね。


高橋 大のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 01:05

2006年12月19日

●男であること。女であること。〜〜〜クリスマスの季節に〜〜〜

男と女は似て非なる生き物である、と言ったのはかつて同僚であった友人です。私はどちらかと言うと、「男にできて女にできない事はあんまりない」「でも男には子供を生めない」「かと言って性差の優劣はない」と言うくらいの考え方をしていたし、仕事上の能力という点で言えば、全体を見ると性差を感じない気持ちでいたので、この言葉はとても新鮮に響いたのです。その当時仲の良かった別の同僚の話も一緒に思い出していました。

 その同僚(男性)の先輩のお話・・・。この季節、彼女にプレゼントを二つ用意して、一つは大きめに派手にデコレートした箱。もう一つはその辺の紙袋に入れた小さなもの。どちらがほしい?って聞いたら彼女は大きな方を、と言ったらしいのですが実は紙袋の方に本命のプレゼントが入っていて・・・。彼は、じゃあこれは捨てる、とゴミ箱へ。ところが彼女はどうしてもどうしても捨てたほうがやっぱり気になって・・・、結局のところ二つとも彼女に贈るつもりだった彼は、じらしながら渡してあげると中には婚約指輪が入っていた、と言う話。

 この話を聞いたときに、私ならどちらをもらうって言うかなあと考えていました(最悪・・・どちらももらえない人だったりして^^;)。たぶん、欲張りさんになって用意してくれたものはどちらもいただく、という運びに今ならなると思うのですが、当時の私はどうだろう・・・と。で、その時の同僚がその話を嬉しそうにしていたのを思い出してるんです、さすが俺の先輩や!と話していた笑顔を。「男くさい」人たちでしたから、そう、それはそれで確かに素敵なんやけど・・・とどこかに引っかかりを感じ続けて10年余りなのです。このちょっと違うと言う感覚が、恋愛には欠かせないエッセンスなのですが、使い方しだいではちょっとリスキーかもしれませんね。

 女性的な特性、男性的な特性を無視して来たわけではないし、年子の弟と育ってきたのでその違いは学ぶともなく知っているので(だから私は便座があがっているかどうか確認してから座る)、必然的に子供の頃から生活の中に性差が存在していた事になります。だからこそ、互いを不可解と言う感覚をただパートナーシップや社会で知っただけではないので、もしかしたら尚のこと自分自身を「女性」という扱いをあまりしていなかったのかも知れないし、周りの男性に対してもそうして来たのかもしれない・・・。むしろ、「人間」という捉え方を大切にして自分のことも周りの事も見ていたように思うし、それは今も変わらない思いとしてあるのですが、こういった話を聞くと、男性ってそうなのかぁ、と思ったりするのです。こういう時はどこかで違いを楽しめていないのかも知れないですね。

 「感受性」「感応」「感情」「表現」・・・という部分で見るともちろん個性の差は大きいけれど、性差があることが私の中ではこんな風に明らかなのです。これは自分が「人間」であることと同じくらい、とても大切なことなのではないか、とこの数年は特に思っています。たとえば、二人の息子を見ていると、個性の違いは有るけれど、口を揃えて同じ事を言われてしまうこともあって・・・「お母さん、これはこうしてたらあかんわ、俺らにはわからへん!」とかね(笑)。でもそれって私や母や・・・多分女性の多くにとっては「あかん」ことやないと思うんです。逆に、「何でこれを片付けるってことができないのかなぁ?」「あ、ごめんごめん」・・・こんなことを繰り返しますが改まる気配なし。これって個性だけ?と思うわけなんですね(躾の悪さゆえかしら^^;)。親子でこれですから、夫婦やパートナーではどれだけの行違い思い違いが存在しているんだろう・・・。今更ながら思います。

 長年、ほぼ男女差のない職場で仕事をして来た成果なのか後遺症なのか?「共感」「協力」「共生」のできる異性は多いと実感しているのですが、どちらかと言うと自分が女であることをあまり意識していない関係性なんですね、これって。でもお互いの性の違いは認識しているんです。そう・・・どこかで性の違いによる「感じ方」「受け取り方」が違うと言う事よりも仕事を通しての同士と言う側面が強くなっているんでしょうね。もちろん、それぞれの(男女、の)感性を活かして働いていた時にはとても楽しく、私なりに良い仕事ができたと思ってはいるんですが。一方でちょっとでも私が「おんな」になる「おとこ」とは・・・などと考えると、この年になってもとっても恥ずかしい気分になってしまうんです。でもここは一つ、敢えて挑戦することで私自身をもステップアップ!といきましょうか。

 魅かれあうのは、相違性と共通性からと言います。つまり、性を異にしている者同士がいかに同じ感覚を感じるか、が魅力の度合いと比例すると言うことになるのではないでしょうか。少なくともそこにはある種の「秘密」の感覚が出てきます。二人の間に秘密をたくさんもてるほど、ロマンスは増すと言いますから、人知れず想う恋が廃れないのも解る気がします。二人の間に秘密があることで他の関係性との「区別化」が起こります。「君(あなた)は僕(私)にとって特別な人」と言うわけです。なので、秘密のブロックサインなどができたりすることもあります。でも、通じ合っていればいるほどサインの読み違えは致命的になりがちです。何故かと言うと「今更言葉で表現するなんて」と言う気持ちが出てくることが多いからで、察してほしいことを言葉では言わないという現象になったりします。そこでブロックサイン・・・ボディランゲージやノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)に頼る事になります。前述の同僚の先輩などはこういった事に長けていた男性かもしれません。しかし、そこには思わぬ落とし穴が・・・。

 体験的な話なのですが、そう言う状況下では大体は相手の気持ちが解かります。きっとそうだろうな、と感じたとおりになるし、ほらね、と言うリアクションが返ってきたりもします。つながりをうまく感じているときにはサインの読み違いは余りありません。でも、どちらか・・・特に「読み手」になりがちな一方がネガティブな想いになっているときには、サインを見落としがちになるし、違う解釈になってしまって思わぬ仲たがいになったりもします。そういう時は自分の中の痛みや辛さを基準にしますから、相手がいくら良いサインを送ってきていても、心の中で変換するときに相手が思っているのとは違う答えを出していて、「じゃあ私は無理ね、さようなら。」みたいな極端な事をおこしてしまう事さえあります。そう、体験的な話・・・です。

 じゃあ、ここをどう解決して乗り越えるか。これがとっても大切な課題なわけなのですが、鍵は自分だけを見ないことに尽きます。そう、相手を見てあげること、感じてあげること。でもね、時には(いや、しょっちゅうかな)思うんです、「いつも私(僕)ばかりがしてるんじゃないっ!?」てね。本当に自分だけがそうしているのかしら?とは思わないで、これもまた自分のしていることだけを見ているわけです。彼(彼女)なりにしてくれていることを見ていないのかもしれません。もしくは、あなたの思わない方法で伝えてくれているのかもしれません。そう、伝わらないとき、と言うのはお互いが自分の手段や方法にはまっている時が多いのじゃないかと思います(これも体験的に)。

 たとえば・・・男性に多いな、と感じているのは、極端に言えば「お城を造ってから迎えに行くぞ!」みたいなやり方で、行くと決めているんだから待ってほしいと思っていて、でもそれがいつにになるかはわからないし言えない。あるいは待ってほしいとさえ言えない人もいる気がします。一方の女性は
この状況を待てないと感じている人も多く、「何時まで待てばいいのよ!」「待っているうちにおばあさんになってしまいそう」「本当に来てくれるのかしら」と感じていると言うこと。これでは行き違って当たり前です。こういう時に前述の贈り物をもらったとしたら、そのサプライズにぴっくりしてそれから大喜びすることは考えられますけど、受け取る側の気持ちの持ち方によっては心底喜べないかもしれません。

 『星の王子さま』のお話の中で、きつねは王子様にこう言います。
 「君が来てくれるのなら時間を決めてほしいんだ。四時なら四時、とね。なら僕は三時から楽しみにして良い気分で君を待てる。」

 たとえば待つ、と言うことで言えばこんな風にちょっとだけ丁寧なコミュニケーションで、待つ方の気持ちも変わります。でも、「自分の条件が整ったとき」をその時にしているのなら、何か解かりやすくしてあげないと、待ちくたびれてしまいますね。ただ、待ちくたびれた時のサプライズを狙っている人も多い、とは思うんだけど。サプライズは素敵です。大好きです。その意味では同僚の先輩は素晴らしいセンスの持ち主だと思いますし、私自身もそう言うことを考えるのはとっても楽しいし、大好きなんだけど、時々そのために隠されている何かにいらいらした事を思い出したりするのです、サンタが来るのを待ち構えていたあの日のように。

 クリスマスに、思い通りのプレゼントがもらえたことはありますか?もらえなかったことはありますか?受け取れるはずのプレゼントをもらい損なった事はないでしょうか。渡せなかったことは?そんなことがもしあったのなら・・・その贈り物の行き先を考えてみる機会を持つのもいいかもしれません、次のチャンスのために。

 クリスマスです。人はいつも愛を感じられる生き物ですが、誰かに与えることも大好きだとも思います。誰かに「何か」を贈ることが自分への贈り物にもなっている、そんな気持ちをもう一度感じる季節にしたい、と今年の私は思っています。

投稿者 csadmin : 12:00

2006年12月16日

◇母の古着〜幸せな記憶とつながる〜

先日、実家の片づけをしていたところ、母が昔着ていた洋服がたくさん出て
きたので、もらってきました。

私の母が若かった1960年代というのは、ミニスカートが大流行したりし
て、とってもおしゃれだったようです。
母の若いころの写真を見ると、昔の映画や雑誌に出てきそうな洋服を着て
いて、今から見てもけっこういけてます。
それに、そのころは洋服も大量生産ではなかったようで、母の服も洋服やさん
や知り合いに縫ってもらった手作りの服がほとんどです。
生地やボタンもとっても凝っていて、今、同じものを買おうとすると私には
とても手が出ないんじゃないかなぁと思います。

と、そんな現実的な話はさておき、私は子供のころから、母のそんな洋服が
大好きでした。
もちろん母は仕事もしていたし、3人の子供がいましたから、普段は仕事や
家事に追われて、服装にもかまっていられなかったようですが、幼稚園の運
動会とか遠足、家族でお出かけなんていうときは、私の大好きなワンピース
やスーツを着てくれるので、とてもうれしかったのを覚えています。
母とおそろいの生地でつくった洋服も何枚かあって、そんな服を着た日は
うれしくて大はしゃぎしていました。

母の洋服を見ているとそんなことをいろいろ思い出して、「あぁ私ってお母
さんのことが大好きだったんだなぁ」と改めて思いました。
その中には母とおそろいだった洋服もありました。
それはもう今ではシミだらけで着ることはできないのですが、あまりにも
大好きなので、捨てるに捨てられず・・・こうしてガラクタがたまっていく
なぁと思いつつもこの服だけはずっと手元に置いておこうと思っています。

私の母はかなり小柄だし、しかもミニスカート全盛のころの服なのでとって
も丈が短いのですが、それでもあまりのかわいさに古着を着てみることに
しました。
ワンピースはそのまま着るとさすがにミニすぎて恥ずかしいので、下にジー
ンズをはいてみたところ、なかなかいい感じ。
スーツはちょっと古っぽい感じがけっこういけるかも。
少しサイズを直せば十分着られるわ。
ということで、一人で鏡の前でいろいろ試してみたところ、なかなかいい感
じだったので、実際に何度か、母の服を着て出かけたりもしました。
今どきあまり見かけないデザインのせいか、「かわいいね」とほめてくださ
る方もいて喜んでいます。
それに「母が昔着てた服なんよ」と人に言うのが結構うれしいんですよね。


そして何より、母の服を着ていると、大好きなものに包まれている感じが
して本当に幸せな気分がします。
「あぁ私って本当に母のことが好きだったんだなぁ」と改めて思いました。
母の服は私の中で「母のことが大好きで、母にいっぱい愛されてた」そん
な幸せな子供のころの記憶と結びついているようです。
現実には、母に腹を立てたり、嫌だなぁと思うこともいっぱいあったけど、
母の服を着るとそんなこともどこかへいってしまいます。

「おふくろの味」とか「お母さんのにおい」とか「お母さんの手のぬくも
り」とか、きっかけになるものは人それぞれだと思うのですが、幸せな記憶
と結びついているものを近くに置いたり、それに触れる機会を持つことって
いいなぁ、大切だなぁと思います。

これからも、せっせと母の服を着ていこうと思っています。
ただ、ちょっときゅうくつなので無理に動くと破れそう・・・太ると着れな
くなりそう・・・といった心配もあります(^_^;
おしとやかにする効果や、ダイエット効果もあるかもしれませんね。


投稿者 csadmin : 04:40

2006年12月12日

●幸せなパートナーシップ〜手放すとかえってくるの次は?〜

前回のコラム〜手放す、手放す、手放す〜を書きました。

掲載後、あの続きはどうなったのですか?
手放すって、実際にはどうしたのですか?
私の場合は、どうすればいいですか?

などなど、ご質問を頂きました。
そこで、もうちょっと続きを書いてみようと思います。

では、続きから。

振られた彼から電話が来るようになった頃、
実は、その前の前の彼からも、
特に用事もないのに、数年ぶりに突然電話が来ました。
この現象は、どうしてなのか私にもわかりません。
不思議だけど、自分からは何もしなくとも、
他にもデートに誘ってくれる人が現れるようになりました。
もちろん、私は、前の彼の方にYESのサインを出したのですが。

そして、前の彼との約一年ぶりのデート。
緊張しながらも、カウンセラーの先生から、普通にするようにと指導を受けてました。
カウンセリングで自分を癒し、自分の感情に気づく事ができるようになっていた私は、
自分の中の感情を抑えながら、彼と再会した喜びなどは表現しても、
ごく普通に友達として、もう一度関係性を取り戻す事から始めました。

この頃には、不思議な事に、デートをして家に帰っても、
特に彼のことを考えることもなくなってました。
手放しというレッスンは、とても上手くなっていたんだと思います。

そうそう、みなさんに、手放しってどういう事ですか?
と、よく聞かれます。
私のいう手放しとは、忘れる事とか忘れようとする事とは違うし、嫌いなる事とも違う。
反対に、自分の気持ちを否定しないで、受け入れてる状態です。
別れても好きな人♪だって認めてしまう事ほど、楽な事はありません。

行動意識でいうと、例えば、別れた相手にまつわる事で、考えている事が多いほど執着している状態です。
別れた後は、あれやこれやと思い出しては、後悔したり自己反省したり、
恨んだり、憎んだり、などなど別れについての意識で一杯になったりします。
手放しとは、その反対で、考えている度合いが少なくなっていく事に比例している感じです。
いい意味で、「そんな事、もういっか。それよりさ〜」と、別の事の方が気になっている感じです。

手放すと、上手くいかなかった事や別れた人の事を考えて、時間を長く費やす必要がありません。
人生の中で、とても時間の節約になるのです!!

これは、仕事や人間関係についても同じ事です。
家に帰ってまで、仕事の事で悩んだり、眠れなくなったりしている人も多いですね。
ぜひぜひ手放す事を学ばれることをおススメしまーす。

と話は戻って、手放してから関係性が戻ると、以前のような関係性ではないので、
また新しい恋愛をしている感じも生まれます。
ただ、反対に、どうして別れる事になったのかという事に関してのテーマも
次第に現れてきます。そこが、ポイントです。

そんな頃、私の場合は、30歳も過ぎていたし、結婚を意識していたので、
生涯のパートナーを持ちたいと明確に思い始めてました。

そこで、どうしたのかというと、ちょっとスピリチュアルかもしれませんが、
ほんとの話をしますね。
これは、次に進むために、持っている良いものさえも手放し続ける極意です。

実は、お月様に頼みました。
というのも、前の彼とも、良い距離を持ちながらお付き合いをしてたけど、
結婚となると、私の中で彼に決める確信が持てなかったのです。
そこで、地球を一望するお月様に、毎夜毎夜、
「私に真実のパートナーを下さい。私には準備が出来ています。
真実のパートナーを私に会わせて下さいな。」
と、お願いし始めたのです。

そんな事をしていると、これまた不思議。
彼からの連絡はなくなり、お月様にお願いし始めて30日以内に、
今の旦那様と知りあり、恋に落ちたのでした。
それからの進み方といえば、とても早かったです。
この時、私は真実って、何も止めるものもなく、早く進むものであるという事を知りました。
あくまで、自分で抵抗をしなければですが・・・
鍵は、幸せの流れに乗ってしまうことです!!

最後に、私が手放すためにしたカウンセリングの内容は、
それはそれは大変でしたよ。
そこを聞きたいと、質問されることが多く困ってしまいます。

カウンセリングやセラピーは、その人それぞれその中にある傷を修復します。
私の場合は、母の死を許すことが大きなテーマでしたが、
そこにある感情を癒す作業を話すのは、とても難しいのです。
とにかく溜まっていた涙がなくなるまで泣きました。
おかげで、こうしてご褒美や欲しいものはたくさん手にしました。

今では、手放して、許して、受け取って、幸せなパートナーシップを
向上する事が私の趣味のようになってしまいました。
子どもを授かる頃には、「一緒の棺おけに入りたい」なんて言ってた私ですが、
今はその考えは手放し、幸せな穏やかで平和な日々を一緒に過ごせる事を
大切にしたいと思う今日この頃です。


投稿者 csadmin : 12:00

2006年12月 9日

◇答えが見つかるとき・・・

カウンセリングやワークショップを通じて、たくさんの人と接しています。
人それぞれ、本当に豊かな感性を持ち、魅力があり、そして、生きる目的を
持っていらっしゃるように僕には感じられるのです。

そして、その一人一人の方が教えてくれるものはとても幅広く、かつ深く、
僕自身が気付かされること、学ぶことが本当に多いんです。
僕の方から提案させてもらったり、心理学の考え方をお話したりしてるときに
「ああ、これは誰に言ってるのかなあ?相手じゃなくて、僕にも大いに当ては
まることだよなあ」
と思うことが毎回(!)あるんです。

だから、カウンセリングというお仕事はさまざまな出会いを通じて自分をも
見つめなおすことができるわけです。
(ま、時には自分で話しながら心に痛く突き刺さることもあるわけですが)

ある女性とのご主人との関係に関するカウンセリングでのお話です。
あまりに本来の自分を隠しすぎていて、気を使いすぎていて、そして、結果的
にご主人に裏切られてしまう・・・という踏んだり蹴ったりの状態でした。
でも、何とかご主人とやり直したい・・・そういう思いでカウンセリングを
始められたのですが、そこで、僕は
「ご主人との関係を何とかする前に、まずは自分を変えましょう、自分自身を
自由に、そう“解禁”というイメージで取り組んでみませんか?」
という提案をさせていただいたんです。

それは、お話を伺っているうちに、その方の内側にとても情熱的かつ自由な
空気を感じたからなんです。
そういう内面にある価値というか才能というか(もちろん、それを証明する
材料は僕の勘だけなんですが)、それが気を使うことでだいぶ封印されてし
まっているように感じたんですね。
だから、まずは、そこを解放してあげるところが大事なんじゃないかな?と
思ったわけです。

そんなカウンセリングが終わった後、控え室で一息ついてボーっとしていると
(僕は特に仕事が無ければ外を眺めながらボーっとしてることが多いです)、
直感的に「ああ、僕はこういう生き方がしたいんだな」とふっと心の底から
湧き上がってくるものがありました。
やっぱり、その奥様に向かってだけお話をさせて頂いただけではないんです。
僕自身に向けたメッセージでもあったんですね。

その生き方というのは、自由に、自分の直感を信じて、したいことを素直に
やっていく生き方です。
一言で言えば「自分に素直に」ということです。

言葉にしてしまうと、とてもシンプルで、当たり前すぎて嘘っぽい感じがする
くらいですが。

でも、その瞬間、ぱーっと視界が広がるような感覚がやってきました。
「あ、そっかー」
って、すべて分かってしまったような気さえします。

肩の力が抜けて、体が楽になっていくのも感じられます。
よく“抜ける”って表現を使うのですが、本当に何か不必要なものが抜けた感
覚です。自然に笑みがこぼれてしまうような気分になって、うんうんって意味
もなく、頷けるような、そんな感覚です。

よくよく思えば、ここしばらくの間(たぶん、数ヶ月の間)あまり自分が意識
しないところで、自分がどんな生き方をしたいのか模索してきたんだと思います。

気付いてしまえば、あまりにベタ過ぎてネタにも相応しくないような気がして
しまうのですが、でも、こう、ボーっとして油断しているときって、ずっと探
していた答えが受け取れるいいタイミングなのかもしれません。

そういえば、カウンセリングの中で伺うお話でも、ずっと抱えていた問題が
解決した時も案外、ベタで、「えーっ?」って状況の中で答えが見つかること
が良くあります。

離婚しようかどうかを迷っていたある奥様は、久々のお通じの後、トイレから
出た瞬間にリビングで背中を向けているご主人を見て、
「あ、やっぱり私はこの人なんだ」
って確信をしたそうです。
あまりに唐突にそう思ったので一瞬何が起こったのか分からず、でも、改めて
「この人が私の夫なんだ」と思ったときには床にヘナヘナと座り込んでしまった
そうです。
「まあ、何てクサイ縁なんやわって思いましたわ・・・」とはその奥様の感想。

また、自己嫌悪に悩んでいたある女性は、会社の給湯室で一緒にいた同僚の
何気ない噂話を聞いてるときに、ふっと「私はこのままでいいんだな」って
感じたそうです。
そしたら、心がジーンと温かくなって、気がつけば涙がダーッと流れてきて、
自分もびっくりしてその場から逃げ出してしまったそうです。

セックスレスの問題を抱えてた奥様は、ボーっとテレビを見ていた瞬間、なぜか
“今だ”ってひらめいて、ご主人を襲った(!?)そうです。
それが機になってレスの問題が解消したというんですから、世の中何が起きるか
分かりませんね!(笑)

ドラマティックな展開を望んでただけに、皆さん、むしろ拍子抜けって感じで
その様子を話して下さったんですけど、案外、インスピレーションというのは
そういう瞬間に訪れるものかもしれません。

作家でも、クリエイターでも、アイデアの多くはボーっとしているときに訪れる
ってよくおっしゃっています。

答えを出さなきゃと焦っているとき、考えすぎて頭がヒートアップしているとき
って答えはやってこないものだと思います。
でも、そういうプロセスを通り過ぎた後に、ふっと気を緩めた瞬間に、その探し
求めていた答えがさーっと降ってくる・・・そんな感じなのかもしれません。

だから、悩み尽くすのも悪いことではないと思います。
上に紹介した方はほんとカウンセリングの中でも「考えすぎですよねえ・・・」
とおっしゃるくらいに考え込まれてました。
でも、考えて考えて、時には胃に穴が空くくらい考えることも大事なんです。
そして、考え疲れてふーっと息をついた瞬間に、悟りのように答えが閃く、
そんな感覚です。

もし、今あなたが何か悩むことがあれば、一度、思い切り悩みつくす、疲れて
へろへろになるくらい悩んでみる・・・というのも悪くないです。
でも、中途半端はしんどいですよ。
思い切り、です。

そして、そんな時に、ふっと息を抜いたり、誰かに「もう、あかん」って話を
聞いてもらったりしたときに・・・奇跡は起こるかもしれません!


投稿者 csadmin : 10:07

2006年12月 5日

●成熟するプロセス〜サニーストンホテルの夜にドキドキ初体験♪〜

こんにちは、寺島です。
今回のタイトルを読んで、思わずクリックしてくださったあなた!!
はっきり言って、アナタは『すけべえ』ですね!!(私も一緒(^^)v)それでこそ、正しい日本人と言えましょう。
ええ、(たぶん・あんまりは・もしかしたら・それほどでも?)期待を裏切らないこのテーマを書き下ろしてみたいと思います!!


今回のお話は、11月23日(木・祝)の大阪の感謝祭に参加させていただいた時ののことです。
つまり、すご〜く最近のお話だったりします。
関西圏以外の方に解説を加えておきますが、サニーストンホテルとは、感謝祭の会場にもなりましたし、
カウンセリングサービスとその母体である神戸メンタルサービスでは、よく使うホテルさんなのですね。
そして、ビジネスホテルとしてもお安いので、私は今回の大阪行きでは、日帰りはやめて、一泊することにして、
サニーストンホテルに泊まりました。ただし、一番安い第二サニーストンホテルの別館です。
スーパーホテルとかいろいろネットで事前に調査したのですが、
結局は数時間寝るだけだし、(※次の早朝に朝イチで東京に帰る予定でした)
"寝るだけなら、キレイより安いがいいやー"と考えたのでした。
今、振り返ってみると、それがアノ運命のチャレンジ?につながるとは・・・(^^;

ま、ここまで書いたら、大阪での集団セラピー仲間には、もうネタバレしてしまっているのでしょうか?
打ち上げで23時まで飲んで、いい感じに酔っ払って部屋に戻った私は、
早速、お風呂に入り(※お風呂は癒しにいいのです♪神経がほぐれるから〜)
寝巻きに着替え、寝る前に、明日の天気をチェックしようとテレビをつけました。
そして、お天気なら、やっぱNHKでしょーと、1チャンネルにしたんですね〜。

・・・・、そしたらね、NHKは、NHKでも、『オトナのNHK』がやってたんですよねー(^^;うーむ、あなどれぬ、関西!!
東京では、ラブホテルでは無料ご解禁でも、ビジネスホテルでは、コインを入れてください、プリペイドカード買ってねとか、
ダダじゃあ、みせられないね!!というのが当たり前なのですが、さすが、大阪は太っ腹ですな〜。


実は、てらしまは、アダルトビデオは、まだほとんど見たことがないヒトなのでした。(AVバージンと言える?)
はるか昔、ラブホテルで5秒みて、気持ち悪くなって、お笑い番組に切り替えてしまったり、
友人たちが昔、AV鑑賞大会やってたけど、なぜか誘ってはもらえず、
「なんだよー、なんで誘ってくんないのー、さびしー」と悔しがつつ、どこかほっとしていたりなどと、
いろいろ接近、遭遇する機会あれども、避けてきていてしまったんですねー。

また、受講生時代も、ある先生がよくシモネタ系心理漫談をご披露してくださっていたので、
自然と講座、セラピー後の打ち上げでも、
仲間同士で、シモネタ、AVのネタなどおおっぴらにかわし合うことがありました。
私自身は、「へぇー、そうなんだー、ふんふん」と、さも分かった様なお顔をして聞いてたんですが、
実際は現物をあまりみたことがなかったので、"??????"ということもありました。
周囲の子たちは、そんなに性のことに詳しくて、オープンなのに、
(もちろん、私にもいままでに実際の性体験がない訳ではなかったですが(^^;)
でも、ホントの私はまったく知らなくて、臆病で、性に関して、そんなにも楽しめないし、
けれども、それを知られるまいと、バカにされたらどうしよう・・・と、
若い時ほど、わざとよく知ってるふりをしていたこともあります。

セックスフレンドがいるのも当たり前だよねーとか、
セックスが楽しめないのって、なんのために生きているの?という感じで、
こんな大人の道具使ってみたら、気持ちいいよー♪♪
こんなAVがあってねへー、きわどくて面白いよーなどと、
仲間同士の話が盛り上がってくると、「そうだよねー」と顔ではテンション高くあわせて言いつつ、
"カンベンしてくれ・・・・、ついてけないよー"と困っていたことも(^^;


ところが、それがやっと最近では、人は人、自分は自分でいいんだ、
もうそんな無理してふりをするのはやめよーという気持ちになってきたんですけどね。
こういうのも結局は仲間に見栄を張りたいという気持ちとの戦いだったような気がします。
セックスに興味があったり、楽しめるセックスもしたいという気持ちはちゃんとあるけど、
実際、いままで見栄をはってきたほどではないんですよね。
セクシーでないと、男性を惹きつけられない、惹きつけられない女性は、女としてダメである、
そんなふうに自分で自分を縛ってきてしまった気がします。
男性がそうだから、女性が気にせざるえなくなったという訳ばかりではなくて、
やっぱり、つきるところは自分の自己嫌悪なんじゃないかな〜。
だって、気がつくと、外見とか、セクシーさだけで、男性も選んでない人がいっぱいいるんですよね。
また、相手のどこにセクシーさを感じるかも、感じ方は人それぞれですしね。
もちろん、パートナーにそういう魅力もあってくれたら嬉しいだろうけど、
それだけではなくて、いろんな面から相手を見てくれている人もたくさんいるですよね。
これは女性も男性も一緒のおハナシだと思います(^^)


逆にそういうふうに落ち着いてきたからでしょうか?
ホテルの部屋でオトナのNHKのがやってると気がついた時、
今度は気持ち悪がってチャンネルを変えてしまうんじゃなく、ちゃんと見てみようかなって気になりました。
ということで、AV鑑賞初体験とあいなりました〜。わははは。

内容は、運が良かったのか、いろんな普通タイプの女性にインタビューして、
それから、一対一とか、1対複数とかで、エッチするという内容だったので、比較的楽しめましたね〜。
今はあまり乱暴な物語とか、あまりにも変なプレイするのは、
刺激が強すぎるし、苦手なので。※ホラー映画が苦手なのと一緒です。
男性が女性に優しくアプローチしてる感じが一番好感もてました。

しかし、やっぱり、コレは見せるためのモノで現実と違うな〜と痛感しましたね。
AV男優は優しかったけど、これ同じように現実でやられるのは困りますね〜。(人それぞれと思いますが)
まあ、普通の男性なら、AV男優と同じようにパワフルにやってと言われても困るんじゃないかな(^^)
どっちにしろ、男優さんも、女優さんもプロレス並みに体力があるのだけは感心しました!!あの体力はすごいです!!


小学校の頃を思い出してみれば、道端に落ちているエロ本だけでも、大事件でした。
教室に生理用ナプキンが1つ落ちているだけで、大騒ぎでした。
あなたにも覚えがありませんか?
今では笑い話ですよね(^^)なんで、あんなことで大騒ぎしたんだろうって。
でも、それは今でも続いていることでもあるのです。
セクシャルなエネルギーを受け入れていくプロセスだけでなく、
初めてのことや、新しいことを受け入れていくことは、
ある意味、自分の中の恥ずかしさ・不安・恐れの感覚・感情との戦いとも言えます。
どうせ一生続くわけですから、焦らず、楽しみながら、乗り越えていけるといいですよね♪


投稿者 csadmin : 12:00

2006年12月 3日

◇自分を縛る暗示・自分を自由にする暗示

今日、仕事の昼休みに入ったファミレスでこんな光景を見ました。
レジに近い通路横が私の席だったのですが、お母さんと2歳と4歳くらいの兄弟
がレジに向かっていて、先に子供が歩いていて急に立ち止まった弟くんに気付
かずお兄ちゃんがぶつかって2人で倒れてしまったんです。
お兄ちゃんは何が起きたか分からずにそのまま弟くんにのっかったままになっ
てしまいました。
するとその光景をみたお母さんがすかさず「ほら!いつまでも乗り掛かってる
んじゃないの!のいてあげなさい」と言い、お兄ちゃんは我にかえります。
まぁ、ここまでは良くある光景ですよね。
そしてその後の展開も、みなさん大体想像付くと思います。

その想像通り、お兄ちゃんがのくと弟くんの顔はみるみるうちに泣き出しそう
な顔になります。きっと重かったのでしょう。もしかするとお兄ちゃんだけで
なく、弟くん自身も何が起きたのか分からなくてびっくりしたのかもしれませ
ん。

すると弟くんの泣き出しそうな顔をみたお母さんが今度はすかさずこう言いま
した。
「あんたもこんな事でいちいち泣かなくていいの!」
その一言で今にも涙が出そうな弟くんの顔がすっと元に戻り、何事も無かった
かのようにすたすたと歩いていきました。

その光景をみて「…面白い」と思ったんです。

大人になるとあまりありませんが、子供の頃の私たちには意外とこういうこと
ってよくあるんですよね。
♪痛いの痛いの飛んでいけ〜!♪のおまじないが効果大だったり、逆に「痛か
ったね〜」と声をかけられると実はそんなに大きな傷ではないのに、急に物凄
く痛く感じられたり・・・。
アルプスの少女ハイジのクララが足の怪我が治っているにも関わらず歩けなか
ったり、というのもそうかもしれません(笑)

実は私達は”暗示にかかりやすい生き物”だと言えるのかも知れませんね。

カウンセリングでお話しを聞かせて頂いていると、あまりにも自分を責めてい
る人や、自分をバイ菌のように扱う人、自分には幸せになる権利がないと感じ
ている人に出会う事があります。
そしてそれを繰り返し繰り返し、自分の心の中に浮かべている中で「私は、そ
うなんだ!」という思いが強くなってしまっている部分があるようです。
もちろん、その人がそう思ってしまうのにはその人なりの辛い出来事があった
り、そう信じる理由があるように感じられるのでしょう。
しかし私から見れば、その全ての人に才能が溢れ、笑顔が似合い、幸せになる
に相応しい人なのですが、当の本人達には自分のその価値に気づいていません

ジェラルド・G・ジャンポルスキー著の「ゆるすということ」の中にこんな一
文があります。
『副作用がある薬を、あえて使う人はいないだろう。
しかし、たいていの場合、
私たちは心に浮かべる思いを吟味しないし、
思いが肉体を毒しかねないことに気づかない。』

私達は心に思い浮かべる内容を自分自分で選ぶことができます。
その思い浮かべることの中には、自分自身へのイメージや、自分の本質的な部
分に関しても含まれます。
もし、私達が本当に暗示にかかりやすいのだとしたら?
あなたは今、自分を自由にする暗示を唱えていますか?
それとも自分を縛る暗示を唱えていますか?


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投稿者 csadmin : 12:37