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2006年7月29日

◇ベストを尽くす

ベストを尽くす。
この言葉はカウンセリングの中でもとてもよく使う言葉です。
「自分なりにやってみる」
「今出来ることを一生懸命やる」
「自分ができることを、出来る限りやってみる」
「後悔しないように、チャレンジしてみる」
というニュアンスで僕は使っています。

以前の僕は「頑張る」という言葉が何か無理をしているようなニュアンスに
聞こえて、嫌いだったんです。
それで「頑張る」という言葉よりも「ベストを尽くす」という言葉の方が、
感覚的にもとてもフィットしたので、多用するようになりました。
今の僕は「頑張る」という言葉に、そこまでネガティブなイメージは持って
いないのですが、でも、嫌だった時代の名残か、カウンセリングの中では
「(一緒に)頑張りましょうね!」とか「もうちょっとですから、頑張って
下さいね!」なんて風に意識的に使う程度です。

で、その「ベストを尽くす」というのも、結局は「自分を見つめる」こと
なんだろうと思うんです。
誰かの評価を気にしたり、相手が変わってくれることを期待するよりも、自分
自身をきちんと見つめてあげよう、そんな気がします。
だから“自分なりに”という部分が凄く大切だと思います。

誰かと比べたって意味がないってことは、頭では分かるんですけど、実践は、
とても難しいですね・・・。

●なぜ、それをするんだろう?に意識を向ける

自分がなぜそれをするのか?という“目的意識”をきちんと見つめることが
できれば、たぶん、そこで出来る最大限のことは見えてきます。
できないことはできないわけですから、できることが見えてきたら、きっと
それがベストなんです。

ある意味、割り切り、開き直りです。

先日、「人前ですごく緊張してしまう・・・」という方をカウンセリングして
いました。
僕もそういう経験があるので、気持ちは分かるところが多かったんです。
緊張してしまう時って“逃げ腰”になってしまうんですよね。
「嫌だなあ」という気持ちがあったり、「ほんとはしたくないんだよなあ」と
思っていたり、あるいは「失敗したらどうしよう」とか「早く終わらないかな」
とか思ったりすると、余計に緊張したり、うまく行かないことがほとんどです。

こういうときは“自分なりの目標・目的”が必要なんですよね。

歌の発表会があるとしたら、うまく行くか自信がなくてつい逃げ腰になって
しまうものです。
でも、そこで「お母さんのために歌おう」とか「みんなを楽しませよう」と
意識を外に向けることができたら、緊張も少しずつ溶けていきます。

大切な会議があるとしたら、自分が「何を伝えたいのか?何を訴えたいのか?」
というところだけに強い意識を持っていくと、凛として出席者に迎えられます。

もう何年も前になりますが、僕が初めて有料の心理学講座をやったときには、
とても緊張しました。
2時間のセッションだったんですけど、うまくできるだろうか?失敗したらどう
しよう?なんてことばかり考えてました。
しかも、思った以上にお客さんが集まってくれて、なおさら、緊張・・・。

すっかり舞い上がってるところにうちの先生がひょっこり現れて、ますます
ビビッてしまったんですよね・・・。
その僕の様子を見て「お前でも緊張するんかー!似合わへんなー!」と大笑い
されました。
でも、そのお陰で開き直ることができたんですよね。

「できることだけ一生懸命やろう。巧みな話術もなければ、笑いも取れないし、
僕なりに伝えたいことだけをきちんと伝えていこう」
そう思ったら、自分でもびっくりするくらい色んな言葉が湧き出てきて、実際は
楽しく過ごせたものです。

また、ある時は、お客さんが一人だけで、アシスタントと僕を入れて3人で
講座をしたこともあります。
事前に色々とネタを練って、いい講座にしようと思ってただけに、さすがに
最初は落ち込みましたが、逆に僕以外の二人を思い切り笑わせて、楽しませて
やろう!と思い直したんです。

目的意識を追加・変更したんですね。

そしたら、3人なら3人で和気藹々に色んな話もできて、その1人のお客さんは
「最初はどうしようと思いましたけど、なんか、めちゃくちゃ得した気分です」
なんて言ってくれたんですよね。
それが凄く嬉しくてね、本当にいい学び、経験をさせていただいたと今でも
思ってます。

今でも毎月色んな講座(ワークショップ)をさせてもらってますが、こうした
様々な経験が一つ一つ積み重なって現在に至っています。
その歴史を感じるだけでも、我ながら圧倒される部分もあるくらいです。
でも、実は今でもけっこう緊張したりするんですよね。
特にお客さんが来てくださって徐々に座席が埋まって、そろそろ始まる時間だ、
と思ったとき、ワークショップの中の流れで山場に差し掛かったとき、など。

でも、慣れというのは恐ろしいもので、前に立てば、いざその時になれば、
すーっと気分が落ち着いて「さあ、今日のお客さんの雰囲気はどんなだろう?」
「さあて、何をどういう風にお話しようかな?」なんて冷静に、わくわくしてくる
ものなんですけどね。

そして、できるだけ今日出来ることを一生懸命やろうと思って進めていくんです。
そうすると、色んなアイデアが頭の中を駆け巡るようになって、毎回のように
延長してしまって、打ち上げでもかなり盛り上がってしゃべり倒してたりするん
ですけどね。

ああ、これはカウンセリングでも同じですね。。。(笑)

●本当の評価者は自分自身

そして、自分のしたことを評価するのもまた“自分自身”なんですよね。
しかも、それは世界で一番厳しい“評価者”だったりします。

周りがどう評価しようと、最後は自分が自分をどう評価するかに拠るんです。
周りが「すごかったね!」って褒めてくれても、自分がそう思えなければ、
きっと失敗したように感じてしまいます。
逆に周りが「イマイチ?」とか言ってても、自分なりにベストが尽くせたと
思えば、きっと心は満足感で満たされます。

だから、人の評価を気にしてしまったときなどは、最終評価者は自分自身だって
ことを覚えておくと、人の評価よりも、自分がどう感じるのか?の方に意識が
向けられるんじゃないかと思います。

そして、その評価基準を「完璧さ」とか「相手の反応」とかに振り分けるの
ではなく、自分ができることを、どれくらい真摯に向き合えたか?にしてみると
地に足が着いて、より学べることが増えるのではないでしょうか。
もちろん、そのためには今の自分をきちんと見つめてみることが大切ですよね。
「自分ができること」が分からなくて、過大評価あるいは過小評価になると、
とても厳しい評価が下されることになりますからね。

そのためにも自分が何をしたいのか?何を与えたいのか?という目的意識を
できるだけきちんと持つことが大切なんです。クドイですけど。

そして、今出来ること一生懸命やろう!

ただそれだけを心に誓って事柄に向き合えたら、それだけでベストを尽くせた
ことになるんじゃないでしょうか。
だとしたら・・・きっと満足感は今自分が考えているよりも、ずっと簡単に
手に入るものかもしれません。


投稿者 csadmin : 10:56

2006年7月25日

●想いの光

この時期は花火大会が全国各地で開かれていますね。今年も予定している方も
多いのではないでしょうか。

私は小学生の頃は静岡に住んでいましたので、花火と言えば「安倍川の花火大
会」でした。それ以外のものは見た事がないと言うくらいですね。その後も、
立川市の昭和記念公園の花火大会や福生市の横田基地のカーニバルの花火ぐら
いでしょうか。


そんな私がここ数年出会う大好きな花火があります。
こればかりは、何度見ても感動するんですよね。


私はスターダストレビューが好きなのですが、夏になると彼らの野外ライブに
参加しています。毎年参加するのは、「河口湖ステラシアター」でのライブで
す。

ここは石造りの円形ホールの様になっていて、ギリシャの円形劇場を思わせる
ような造りなんですね。

会場の運営の方も、地元の方がやってくれています。
ですから、ものすご〜くアットホームなライブになるんですよ。家族でやって
いるかのような感じなんです。懐かしい田舎に戻ってきたような安心感さえあ
ります。


このライブの最後に、その花火が上がるんです。何尺球といったような大きな
花火が上がるわけではないのですが、数は多く、それにこれだけの近い距離で
花火を見ることはあまりないと思います。

ちょうど、3階席の目線と同じぐらいの高さで花火が見れるんですよね。会場
のすぐ後ろから上げているので、ものすごく近いんです。

これだけの近さで見れるということだけでも、十分感激するのですが、花火の
素晴らしさの効果はそれだけではないような気がします。


この時の花火は、今まで見てきたような「普通の花火」ではなくなっているん
ですよね。色々な『想いがこめられた』花火に見えているのです。

この日のライブを楽しませてくれたメンバー、会場の準備をしてくれた地元の
方々や、ツアーのスタッフへの感謝の気持ち。
この時間を一緒に過ごしてくれた友人や2度とない確率で会場にいたお客さんへ
の感謝の気持ち。
それに、この日のライブの楽しさや温かさなど。

そんな想いが映し出されたされた光の演出の花火となっているのです。優しい
想いの込められた光と音の演出ですね。それらの光が、心のおくまでしみこん
で来るからこそ、深く感動して心を揺さぶられるのかもしれませんね。


もちろん、花火だけではなく、音楽や絵画、映画や本、誰かの言葉など、想い
の込められたものは、たくさんの人の心を魅了しますよね(^^)


中でも、2度とないその時だけの光の演出。と言う部分が花火にとって大きい
要素なのかもしれませんね。

花火は、ただ一瞬だけのために、自分の持つ最大限の光を引き出して輝きます
。その、目に映る華やかさと一瞬で消えてしまうはかなさを多くの人が感じ取
ることが出来るからこそ、多くの人に花火が好まれているのかもしれませんね。

花火の輝きの中に、人生の持てるだけの力をベストを尽くして毎日過ごしてい
る自分の姿を重ねている人も居らっしゃるのかもしれませんね。

誰もが、自分の持てるベストを尽くしている時。その時には、これらの花火の
に負けないくらいの輝きを誰しもが放っているのではないでしょうか。花火と
違うのは、ずっと輝き続けることが出来ると言うことぐらいでしょうか。

自分がどれだけ輝いているのかは、花火自身には、全くわからないでしょうし、
その輝きをどれだけの人が見てくれているのかは、花火にはわからないもので
す。それでも、ベストを尽くしている自分を必ず見てくれている人がいるんで
す。

その輝きを評価して、美しいと感じている人は、遠くにしろ、近くにしろ必ず
いるんですよね。ぜひ、その輝きを誰かに見えるようにしてあげてくださいね
。楽しみに待っている人が居るはずですから。


今年の夏はどんな想いを花火の光に映し出してみますか?
そして、自分自身はどんな輝きを放ちたいと思いますか?

素敵な想い出が輝き続けると良いですね。

渡辺晴美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2006年7月22日

◇「選択・幸福・コミットメント」

先日知り合いと自動車に乗っていた時のことです。

運転していると、10メートル先の交差点で、居眠り運転の10トントラックが
信号無視をして衝突事故を起こしていました。
たった10メートル。ほんの数秒先に行っていたらぶつけられていたでしょうか
ら、間一髪です。
目の前の光景を見ながら、無意識に僕は隣の知り合いにこう言っていました。

「いやぁ、この事故に巻き込まれなかった僕達、相当ツイてますよ!」

それを聞いた知り合いが、

「そ、そうかな。…そうだよな。かなり俺達ラッキーだよな!」

とノリも良く、それから2人ハイテンションでドライブしました(笑)。
シンプルって、いいですね…。

後になって考えてみたのですが、「なんであんな事故見なきゃいけないんだろ
う…。落ち込む〜」と思うこともできたんですよね。発想に無かったけれど。

昔の自分だったら、そう思っていたかもしれません。
でも今は相当以前より変わったみたいですね。「選択」慣れしたのでしょう。
物事を肯定的に捉えることは、慣れると自然にできるようです。

投稿者 csadmin : 11:57

2006年7月18日

●安心を買う

父が他界してから十数年、僕は母と二人暮らしをしています。母は今78歳です。
お陰様で、母はまだまだ元気一杯で、僕と一緒に海外旅行に出かけたり、時には友人と旅行に行ったりしています。しかしながら、やはりそれだけの年数体を使ってきたのですから、腰痛を持っていたり、高血圧など内科医からも薬をもらっていたりしています。どんな元気な人間でも、やはり、寄る年波には逆らえないんでしょうね。
一方、僕は母と二人暮らしをしているとはいいながら、実は家にいる時間が少ない日常生活を送っています。多いときには月のうち半分以上、少ないときでも月のうち1/3は家をあけています。そんな僕の母に対するせめてもの罪ほろぼしが、年に何度か一緒に行く旅行でしょうか。
僕が家にいないとき、母の年齢を考えるとついつい気になるのが「元気にしてるかなぁ?」という事です。そこで、僕は家にいないときにはできるだけ毎日母に電話をするようにしています。逆に母は、僕の邪魔になってはいけないと思っているようで、特別に何か用事がない限り僕には電話をかけてきません。
2年ぐらい前でしょうか、僕が家に何度電話をかけても電話に出ないという事がありました。丁度僕が電話をかけた時には外出していたり、トイレや風呂に行っていて出られなかったりという事が重なっただけで、結局は何事も無かったんですが、僕はその時凄く母の事が心配になりました。
家に帰って、僕は早速母親を携帯電話ショップに連れて行き、携帯電話をプレゼントしました。母は最初「使い方がわからないから、いい」と言っていましたが、最近は機械に疎い年配の人でも使いやすい電話が出ています。大きなキーに、簡単なキー操作。そんなユニバーサルデザインの電話機のいくつかある機種のうちから母親に電話機を選んでもらいました。
母は携帯電話を持った事がとても嬉しかったみたいで、大事に使ってくれています。しかし、大事にしすぎて、外出の時はバッグの中にハンカチで包んで仕舞っているので、呼び出し音は聞こえないわ、取り出すのに時間がかかって電話は切れてしまうわ、といった塩梅です(笑)。
でも、最近は母と電話が繋がる頻度が多くなったので、どこにいても僕は安心していられるようになりました。

僕の知人のお母さんが1年ぐらい前に倒れられました。
80歳を過ぎておられて、一人暮らしをされていたんですが、ストーブのタンクに給油中、ベランダで倒れられて、そのまま意識不明。12時間ぐらい経った時にたまたま訪ねてきた人が見つけて病院へ。石油タンクが倒れており、辺り一面には石油がこぼれていて、お母さんはその石油に長時間さらされていたせいで、顔面をはじめとしてあちこちやけどのような酷い状態に成られていたとの事でした。幸い、命に別状はなく、今は娘さんの家に同居されているそうです。
僕はこの話を聞いてから、一人の時間を過ごす事が多い母に対してどうすればいいかなぁとずっと考えていました。倒れる時など、電話をかける余裕が無い事も多いですよね。
インターネットで色々調べてみると、警備保障会社がそんな事態に対応出来るサービスをやっている事がわかりました。月々千円足らずで専用の装置を貸してくれ、ボタンを押すだけで警備会社が駆けつけてくれるサービスです。その装置は携帯電話の位置検出サービスを利用していて、その装置の持ち主の居場所を特定します。だから、外出先でも携帯電話の電波が届く日本国内ならそこに来てくれるわけです。
僕は早速契約を結びました。
僕は母にその警備保障会社のシステムを説明し、装置の使い方を説明し、そして「もし何かあったらこのボタンを押すだけでいいから、風呂に入る時以外は肌身離さずに持っててな」と頼みました。
携帯電話と緊急通報装置、この2つのツールのお陰で、最近は安心しながらあちこち飛び回っている僕です。

大谷常緑のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2006年7月15日

◇「お好み焼き」と「存在意義」

今、成井家では小麦粉が余っています。
母は使い道に困っており「お好み焼きでも作ろうか?」と言っていますが、そ
のまま1ヶ月以上経ってしまいました。
そして冷凍庫には、レンジでチン!するだけでOKの市販の冷凍お好み焼きがあ
ります。

昔、我が成井家では”お好み焼き”は父親の仕事でした。
自営業で忙しく、自宅で眠る事も少なかった父とは残念ながら家族団らんの思
い出があまりありません。本当に小さかった子供の頃は違うでしょうが、小学
校低学年の頃に賃貸から分譲のマンションに移ってからは、父が家の中にいた
時間は本当に少なかったように思います。

それでも月に何度か夕食を一緒に採る機会があり、そうした時に父が率先して
家族に振舞ったのが”お好み焼き”でした。
兵庫県の姫路生まれの姫路育ちなのに、父のこだわりは広島焼きで、いろいろ
ウンチクを並べたりしていました。ヘラで重なりあったお好み焼きを上手にひ
っくり返す父の姿に子供の私は大興奮で、「自分もやりたい!」とヘラを奪い
取ってチャレンジしてもことごとく失敗していました。その失敗を父がまた綺
麗に直してくれて〜、それがまた尊敬だったりもしました。

父は「うまいか〜?」と言いながら次々焼いていきます。
そしていつも自分が食べるのは最後になってからでした。
今思うと、そこにも愛情があります。

そんな父が亡くなってもう8年。
お好み焼きを自宅で作る機会はもうほとんどありません。

昔は買足しても足りなかった小麦粉が余っている様子を見て、父が居ないこと
を改めて実感すると同時に、笑顔でお好み焼きを口いっぱいに頬張っていた自
分の姿を思い出しました。
平凡だけれども最も温かい思い出です。


カウンセリングをしていると、時には「死」や「存在意義」などの哲学的な部
分に関係する話も良く出てきます。
自分は何の為に生きているんだろう?とか、自分は何の役にも立っていないの
ではないか?とか、自分は居ても居なくても一緒なのではないか?とか、誰か
らも必要とされていないのではないか?とか、自分が居なくなっても世界は何
も変わらないだろうな・・・とか。
実は私自身も昔そう思っていました。

でも、冷蔵庫の中の小麦粉1つを見ても、そこには誰かとの思い出を象徴した
り、誰かの存在を証明する事実があります。
「1人の人間が生まれ、そして生きている」というのは、それだけでとても大
きい影響力を持つのです。
あなたにも、その素敵な影響力はあります。
あなたが今、”生きている”と言うことは、それだけで偉大な事なんですよ。

小麦粉1つで、自分が生きている事の重要さや偉大さを実感を感じた今日この
頃なのでした。


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投稿者 csadmin : 11:38

2006年7月11日

●ともだち

こんにちは。
夏に向けってまっしぐらな、きのかずよです☆
どう、まっしぐらか?
夏と言えば夏フェス、ロッケンロールじゃないですか!!!

と言う事で、私の夏の恒例になりつつ、今年もフジロックに行ってきます(^0^)
いやぁ、楽しみです!!!
また、感想をどこかに書きますね。

さて、私をフジロックに誘ってくれた親友と、この前半年振りに飲みに言った時のこと、
ビールで乾杯をして直後、衝撃の告白をしてくれました。

「きのちゃ〜ん、私な、この半年間鬱やってん。
病院で薬もらって飲んでるから、だいぶ回復してきたけど・・・」

えっ、、、

この半年間だなんて、この前会ってすぐからじゃないですか。
私はその言葉に正直戸惑いながら、半年前に彼女とあったときの事を思い出しました。

あの時は、彼女の誕生日直後で、プレゼントを渡したいし、ご飯でも食べて2人でお祝いと言う感じでした。
その時の会話の中には、恋愛や仕事の事・・・
やっぱり女、三十路を超えた不安感をお互いに打ち明けながら、自分たちのこれからを考えることもありました
※こう書くとすごく硬い話に聞こえるけど、酒飲みながらなんで、、、熱い思いを熱く語る感じで(^^;
ただ、この日はフジロックの出演者予想に大方気を取られていたので、
2人とも(もしかすると彼女は表面的に)深刻ではなく、楽しい時間を過ごして分かれたのです。

それから半年の間・・・ほぼ引きこもりと、昼夜逆転の生活。
誰とも連絡を取り合わない生活をしていたとのこと。

彼女は大学の研究室にいるのですが、
自分のしている研究は趣味としての学問ではないか?
職として、お金を得るのには無理があるのではないか?
そんな葛藤の中、
では、職に就くとしたらを考えると、年齢の問題、そして学歴が在る分のプライド等々
簡単に考えられない。
それならば、結婚は?
相手がいないよ・・・
今まで私何してきたんやろ・・・

自分の周りのどこを見渡しても自分の存在価値を見出せない
そんな精神状態だったようです。

私は、彼女の話を聞きながら
『なんで、私に相談してくれんかったんやろ〜なんで、ひとりで抱え込むんよ。
寂しいやん。私じゃ役に立たない?何のための友達よ』
彼女を責める気持ち、そして
『何で、私、気づいてあげれんかったんやろう・・・
私は、何を勉強してきて、仕事しているんやろう。友達の役に立たれへんなんて意味無いやん』
自分を責める気持ち。。。
そんな、想いにかられながら、彼女のこの言葉を聞きました。

「鬱の渦中にいる時はな、友達みんなの記憶の中から私が消えればいいのにと、思ってた。
死ぬなんて出来へんからな。でも、それも尚更無理で、、、
そんな状態やから、連絡来ても、取られへん。取りたくないし。
でも、そんな期間が過ぎて、ふと浮かんだのが、フジロックやってん(^−^)
そうや、みんなとフジロック行きたい。みんなに会いたい。
と言うか、このままやと、自分から大切な友達を切ってしまうと思った。
私、こんな状態やから、切られるのは仕方ないけど、自分から失うような事はしたくないと思った。
そんな時、きのちゃんからメール来て、めっちゃ嬉かってん」

ビバ☆フジロック
友達を鬱から立ち直らせてくれてありがとう(T0T)

そう、思えば私も大学時代に、彼女と同じような状態になった事があって、
1年弱大学に行かなかった事があったなって。
同じように、誰からの連絡も取らず、ずーっと何故か押入れの中を見つめて毎日過ごしていた事。
でも、ある時ふと、友達を失いたくないと思った事。
友達は自分を苦しめる存在だと最初は感じていたけど、
(それはもちろん自分が自分の存在価値を見失っていただけの事)
やっぱり、私の人生の中でかけがえの無い時間を共に過ごしてきた友達を消したくないと、強く感じた事。
そして、迷惑かけた自分が戻ったときに、何も言わず聞かずに、受け入れてくれた事。

そんな事を、彼女の話を聞きながら思い出したので、私も饒舌に話をして、

「おぉ〜私らは友達にすごく救われてるねんな〜。ありがとうな〜」

と、酔っ払い女二人、梅田の街で抱き合いながら泣いていました。

最近すごく思います。
友達は、宝です。

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投稿者 csadmin : 12:00

2006年7月 8日

◇最後に残るものは

私は文章を書くときは、たいていタイトルを決めてから、内容を書き始めま
す。
その方がテーマが絞れるので、内容が暴走しない気がするのです(笑)

ところが、今回はタイトルと決めないまま、文章を書き始めてみました。私の
中の何かが自然に現したいと言っているかのようです。
いったい、どうなることでしょう。良かったらお付き合いくださいね。


先日、初めて犬の写真にお水を供えました。6年経って初めてです。亡くなっ
た人の写真などに、お水を供えるといい。と言うのは、あちこちで聞いていた
のですが、やったことがありませんでした。もしかしたら、犬が死んだことを
心の底から、受け入れられていなかったのかもしれませんね。


そのきっかけになったのは、前日にたまたま見ていたテレビのゲストの方が、
亡くなったお父様に、毎日お水を供えているということが、ふっと私の心の中
に入ってきたんです。

そうだ、明日写真にお水を供えて見ようかなぁ。
そんな風に思わせてくれたんです。


朝目覚めて、まずは、写真を机の前に移動しました。
窓を開けて朝日と新鮮な空気を部屋の中に入れて、お水を・・・。
う〜ん。何に入れたら良いんだろう(笑)

仏壇用のものは持ってないし。。。
結局一番小さなグラスにお水を入れることにしました。


お水をあげると、色んなことを思い出してきました。かつて散歩のあとに、お
いしそうに彼がお水を飲んでいた事。朝の散歩の風景。ご飯を食べている姿。
出かける時に見送ってくれた瞳。帰ってきたときの嬉しそうな尻尾の振り方。


遠い昔のようであり、昨日の出来事の様にも感じます。現実を受け入れると言
うのは、こういう気持ちなのでしょうか。よくわかりませんが、なんだか不思
議な気持ちなのは確かでした。

以前はこんなことを思い出したら、ものすご〜く悲しかったんです。でも、今
回は違っていました。今あげたお水を彼が生きて飲んでいるかのように感じて、

「そうだよね。ずっとお水もらってなかったら、そりゃぁ、喉渇くよね。」

などと思っていたのです。


写真は動かないし、体もないのに、ものすごくそばに居る。なんだかそんな感
じがしました。この時間は何ものにも邪魔されずに、彼との間に存在していた
信頼、愛情そういうものだけを、ただただ感じていたにすぎません。

ただ、愛情の空間が広がっている。と言うのか、空間に愛情が広がっている。
と言うのか。ただ、それだけなんです。

大切な誰かを亡くしてしまった時。現実を受け入れられなくて、苦しくて、辛
くて、悲しくて・・・。

誰かと出会って共に生きてきたこと、そして、その大切な人を亡くしてしまう
と言う出来事。それは、とても言葉では言い尽くせないくらいの出来後でしょ
うし、想いや悲しみの形はそれぞれの人の数だけ存在するのだと思います。

でも、その出会いと別れの後に残るのは、きっとその人との間に存在していた
『愛』だけが残るのかもしれませんね。


人はたくさんの愛や信頼を育みながら、たくさんの人に出会って、別れていき
ます。その別れは、生きて別々の道を生きて行くものであったり、あの世に旅
立つ別れであったりもします。その出会いの数だけ、この地上にたくさんの愛
が残っていくのではないでしょうか。

かつて、私達がこの世に生まれてきたときに、感じていたまどろみの中で、そ
んな愛をたくさん感じていたのかもしれませんね。

これを読んでくださっている方の中にも、大切な人を失った悲しみの中にいる
方もいらっしゃるかもしれません。言葉で言ってしまうことは簡単なのかもし
れません。ですが、いつの日かもう一度、その方と育まれた愛を感じられる日
が来ることを、心から祈っています。

そして、たくさんの愛に満たされますように。


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投稿者 csadmin : 10:59

2006年7月 4日

●禁煙とセラピー(途中経過報告)

お題について。
けっしてあの有名な「禁煙セラピー」ではありません。
「禁煙とセラピー」であることをご認識くださいね。

最近。
『からだが重く感じる』
『朝起きてから、数時間はボーっとしている』
『夢見が悪い。ゆえに寝起きに機嫌が悪い。(被害者あり)』

といった事が、体を動かして物理的に活動する職業でないため、非常に気になりはじめました。
以前は体にかまうよりも目の前のことこなすのが優先・・・で後で体を壊すことがしばしばだったのですけどね。

昨今、新聞紙上やコンビニエンスストアで‘煙草の値上げ’が取り沙汰されているようですね。値上げとともに禁煙に踏み切る人がたくさん出るだろう・・・という予想もよく聞かれます。ある一面とても頑固な私としては、世間の波にのって禁煙を考えたのではないか、と思われてしまうのはとても癪ですが(本人以外にとっては全く問題にならないことなんですけど・・・)なんせ10年以上一緒に暮らしてきたタバコを手放す決意をしました。

吸いはじめたきっかけは学生最後の試験。
‘試験’と名のつくものに関しては一気にのりきってしまえ・・・という姿勢がどうしても拭えない私。当時はまだ体力のあった20代前半、数週間程度の「半徹夜」を敢行中、もともと睡眠時間が比較的長いタイプであろう私は、たびたび襲われる睡魔と「試験に落ちる!」という恐れとの戦いに苦慮していました。

で、手にしたのが父のタバコ。タバコを吸われる方はご理解いただけるかもしれないですけど、はじめのうちは目がさめるんですよね。味をしめた私は、結局タバコを吸い始めることに。

そういった経緯で吸っていたタバコですけど、はじめのうちは顔を曇らせていた友人知人、親兄弟、その後なんらかの縁があってお付き合いしてくださった男性も含め、今から思うと途中であきらめたのでしょうかね。「やめろ」とも言わなくなりました。もちろん「やめなくちゃ」とも「やめたほうがいい」とも思っていませんでした。

タバコ、やめれるかな・・・。
そう感じたきっかけは私にとって「タバコを吸う」という行為自体が自分自身の「父、父性を感じる」ことなんだな、と気がついてからでした。
父はヘビースモーカーです。
幼少の頃、父の枕に顔を近づけると、整髪料の匂いに押し込められたようにヤニの匂いがまじっている、それを感じたときのほっとする気持ち。
私の中でそれが「大好きな父」だと認識していることに気がついてからでした。
本当に好きだったのは、この「父の匂い」ではなくて、「父の屈託のない笑顔」だったり、「優しいエネルギー」だったりしたのですが、たっぷり過ぎる反抗期に「父なんか必要ない」と父から心理的に距離をとり、父の中に見える嫌いな部分や、痛みや苦しみばかり見てしまった結果、自分の心の中にいた「好きなほうの父」を抑圧してしまっていたようです。

それでも、幼少の頃は父が大好きで彼のひざの上や腕の中はほっとしたんだということは抗えない事実として私の古い古い記憶の底にあるのでしょうね。
「大好き」を抑圧し感じないように無意識的に振舞う分だけ、それを補完するように「ほっとさせてくれるタバコ」が私にとって不可避なものになっていったようです。

大人になり、父のことを理解し許し始め、彼に対して信頼を取り戻すことができ始めたときにふっと「タバコをやめられる自信」がついたようです。
本当に欲しかったのは、煙草の煙でなくて、父を大好きで信頼できるという気持ちだったようです。

依存しているものの害ではなく、「必要と感じているもの、与えてくれているものが何か」に気付いていくことのほうが手放しやすい・・・というのは恋愛で別れたアイテを手放ししていくのとどうやら原理的には同じようですね。(^^;)

グループセラピーの休憩時間、タバコ仲間のカウンセラーYさん。
「ねぇねぇ直美、一本持ってない?」
「えっと、実は減煙中で・・・、ね。」
禁煙してるという一言に、なぜに周囲の人々はこれほど沸くのでしょう。
もともと吸わないおともだちは、常日頃内心思うところあるのでしょうね、多くは喜んでお手伝い体制に入ります。そして、喫煙ナカマのみなさまとの会話では、続々出てくる禁煙成功話、失敗話。
性格を見抜いてか、喫煙者同士の微妙な仲間意識から抜けていくのを寂しがってくれているのか、(会社員時代にタバコをやめる気になれなかった一つの要因に、「タバコ場にいると男扱いされやすくてうちうちの話しが聞きやすい」という思いこみがありました。)「絶対無理!」と誘惑するおともだち。

禁煙するぞ!と決めた当時は「やってはいけない」と好きなことを敢えて自分に禁止している状態になります。
そうなると欲求としては「常にタバコ吸いたい・・・。」
さらにキビシイ欲求(というより、ほぼ喫煙衝動)「たばこ吸いたい〜〜〜〜!」。

何かに集中できている時間を除き、一秒一秒が「タバコを吸うか」「別のことをするのか」選択の連続になりました。
無意識の習慣を変更させるときには、欲求を気持ちの上で認めてあげたうえでおきかえて自分に与えてあげることが必要なことを痛感した数日間でした。
はじめのうちは私の中の駄々っ子がごねていて「別のもので満足させられるのは悔しい!」というのもありましたが・・・。(私の中のインナーチャイルド(内なる子供)は相当わがままです。)
習慣を変えるって大変ですね。

今回のことで感謝すべきはお友達。
厳しすぎもなく、甘すぎもなく、だけどそばにいてくれる人というのは非常にありがたいですね。

私がタバコを吸いたくなるシチュエーションとして一つの大きな山場であった「お酒飲みながらの喫煙」。
タバコは大好きなお父さんの象徴。
お酒は大嫌いなお父さんの象徴。

どちらにしても「父を感じる」アイテムだったわけですが、お酒を飲んでいる最中にタバコを吸わないということは、自分が潜在的に感じる父への嫌悪感や罪悪感が前面に出てくることになります。
これを一人で感じるのは少し、辛かったようでおともだちが付き合ってくれたことが大きな助けになりました。

誰かに、自分が潜在的に感じていて、隠しながらも持ちつづけていた嫌な感情も口に出して表現してしまえば軽減するので、お父さんの象徴としてのタバコやお酒でなく、ただの嗜好品としてのお酒やタバコとして捉える事ができるようになるようです。

おともだちのおかげさまで、この山場なんとかクリア。

その後タバコを手放すことを選んでから数週間。
まずはたばこを吸いたいというシチュエーション探し、と感じた時に、違う選択をすることに慣れる期間だったようです。さてさて、次は長期にわたって吸わない時間を作る・・・(人気カウンセラーNさん曰く「体だるくて動かなく期間がほんっとに辛いよ〜」とのことです。)に挑戦デス。

最近の発見は、どうやらそれでもタバコをどうしても選んでしまう時、、、というのはグループセラピーやカウンセリングでも自分の中の「自己嫌悪」に出会った時。
次に皆さんに「禁煙できました!」とご報告するのは、「自己嫌悪」にもう少し向き合って自分をもう少し好きになれたときかもしれません。

禁煙しつつ、自分を癒す・・・こうやってみるとなかなか楽しい体験かもしれません。
(被害者いえいえ、ご協力者の皆様ありがとうございます・・・)
またご報告しますね。

投稿者 csadmin : 12:00

2006年7月 1日

◇Thanks to...

私たちが一生かかって出会う人間の数って一体、何人になるのでしょうね。
100人、500人、1000人、それ以上でしょうか・・・。
少しずつ、少しずつ、増えてきて
大人になると連絡を取ることができるのが年賀状しかなくて、とにかく居場
所を確認するようなトモダチもふくめて実は膨大な数にのぼるのでしょうね。

生まれた当時はモノクロの、私のアルバム。
産着に包まれていても、母の腕に抱かれていても、動物園のキリンさんの前
でも、やたらと泣き顔の多い私の写真。
今もかわらずの泣き虫っぷりに
そして人見知りっぷりに恥ずかしくなることしきりです。

そんな私に初めて出来たおトモダチは、通っていた小学校の教頭先生のお嬢さ
んだったように思います。はきはきしていて優等生、ピアノが上手だった彼女
は色が黒いことがちょっぴりコンプレックス、だけどとてもお茶目。
自己主張することも苦手だった私ですが、初めて‘喧嘩’をしたのもこのお友
達でした。
きっかけは本当にちょっとした事で、
「横断歩道のボタンをどっちが押すか」
結局その日は最後まで口を聞かずに、家に帰ってから落ち込んでいたのを覚え
ています。
「ごめんね。」そう言えたらよかったのに・・・、たっぷりたっぷり後悔しな
がら布団の中でなかなか眠れず。
勇気を出して、次の日この言葉を伝えたときの彼女の恥ずかしそうな顔は今も
覚えています。
右太ももの足の火傷跡、健康な皮膚の上にくっきりと地図のようにのっかかっ
ていて気持ち悪いヤツなどと同級生や上級生の男の子にからかわれていたのを
見つけ、助けてくれたのも彼女。
大人になり、数十年後に「とても嬉しかったのよ」と伝える機会があったとき
「そんなことあったっけ?」と言いながら、喧嘩をした次の日の仲直りの後と
同じ、照れくさそうな顔を見せてくれました。
人間って意外と、自分が感謝されるようなことをしてきたことってすっかり忘
れている事が多いですね。

社会に出るまでに父に言われた言葉に「学生が終わったらなかなかともだち出
来ないかもしれないぞ」というのがあります。
それを聞いた当時はとても淋しく思い、「大人になると一人で生きれるように
強くならなくてはいけないのかな」と感じていました。

それでも縁というの不思議なものです。
社会に出て、一度も行ったことがない場所に仕事での赴任が決まり配属された
半年後、たまたま出会った同業他社の男の子は同郷で共通の友人がいることが
話をしているうちに分かりました。
実家を離れての初めての一人暮らし、毎日淋しさを抱えていた私。
毎日顔を出す営業先で時折挨拶と言葉を交わす彼。
時々は、仕事の空いた時間をコーヒーを飲みながら一緒に過ごすこともありま
した。
一人、実家を離れているこのときに、時折姉の精神疾患が悪化したと親から報
告を聞いたり、実家の金銭的事情の悪化を聞いたり。
本来の泣き虫さんが発動しそうになるたびに、不思議なことに約束をしている
わけでもないのに彼を見つけ少しだけする立ち話。
「調子、どう?」
「まぁまぁかな。そっちは売れてるん?」
「え?これからやで、俺はな・・・。」
「そっか、がんばってね。じゃ。またね。」
たったこれだけの会話と彼の笑顔がもう実家に帰ろうかしら・・・とくじけそ
うになる私をどれだけ救ったのかなんてこと、きっと彼は判っていない事でし
ょうね。

この彼と出会い、会うことがなくなった後でも私はやっぱり
「一人で生きられるように強くならなくては、何がなくなっても生きていける
ように。」
そんな風に感じていたと思います。
あの人にも、この人にも、支えられていることに気づきもせずに。

そして今。
出来るだけ、一人で生きる。
まるで、ポリシーのようになってしまった私の考えを平気で覆そうとする友だ
ちが居ます。
一人で落ち込もう、と暖かい布団と飲み物を準備している私に平気でメールし
てくるこのお友だち。
もう、何年ものお付き合いになりますが「一人で泣くのーーーっ!」と何度目
の前で泣かれたことか。
毎日のように、喧嘩をした事もありました。
私自身が迷惑なもののように感じて、そういう時は出来るだけ人と関わらない
ようにする私を平気で怒る10歳上の勝気なこの友だち。

お蔭様で、
私のポリシーは徐々に崩れだそうとしています。

「ひとり」で生きるのか・・・
「共に」生きるのか・・・
選択肢は、いつも私の目の前にあります。

ひとりで生きることを選択し続けてきた時には、誰が何をしてくれたか、居てく
れたことにも人って気づかないものですね。

「ともに」生きる・・・。
ひとりで生きるほうがある意味楽に感じることもあるけど、
そう選んだときに、脳裏に浮かぶのは誰かの美しい笑顔だったり、偽りのない
表情だったり、一言であったり、見守ってくれている想いだったり。
一人ひとりへの感謝を自分の人生の彩として感じることができた時に、人が存
在するという人間同士の贅沢さを想います。

誰かから与えられている影響も、誰かに与えている影響も本当は人を生かす大
きな力になっていること、落ち込んでいたり淋しいときには忘れてしまうもの
だけど。
出来るなら、自分を生かしてきてくれた一人ひとりの人に感謝を配ることがで
きたとしたら、どれほど心が豊かになるでしょうね。
そして、もしかしたら、私が影響を与えることができた誰かの感謝を受け取っ
ていくこと、勇気がいるけれど選択できるといいな、と思います。

今日が、あなたが誰かにした、素晴らしいことに気付いて、受け取っているよ
うな日になりますように。
今日が、あなたが誰かにとって、神様からのプレゼントであり、お使いである
ことを思い出していける日になりますように。


投稿者 csadmin : 10:13