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2006年5月30日

●力を抜いて、自分に戻る

今回のコラムを書くにあたり、これまでにないほどの脂汗と冷や汗をかいてしまいました。
というのも、書けないんです。。。

書くことがないというのとも少し違うのですが、いざ書こうとすると、一文字も先に進まないのです。

そんな状態でウンウンうなっていると、それを見ていた奥さんが僕に言いました。

「そんなに力を入れているから書けないのよ。もっと力を抜いて、書きたいように書いたほうが、いいコラムができると思うよ。」

奥さんの言葉を聞いて、僕はハッとしました。

「読んでくれる人にとって、ためになることや役に立つことを書かなきゃ…」
「読む人が嫌な気分にならないように書かなきゃ…」
「カウンセラーとして、間違ったことや変なことを書いてはいけない」

そんなつもりは全然なかったけど、知らず知らずのうちに力が入り過ぎていたようです。

こんな気づきがあった時にはカウンセラーの悲しい性で、ついつい分析をしてしまいます。

いいものを書こうと頑張ることは悪いことではないと思いますが、どうしてこんなにしんどいのか?

その部分を探ってみると、どうも、ネガティブな感情が基になっているような感じです。

いいものを書こうとする動機を探してみたところ、確かに、「これを読んでくれる人に何か役に立ちたい」というのもあったのですが、「立派な優れたカウンセラーに見られたい」「すごいと言われたい、見られたい」という、「カッコつけたい自分」が隠れていました。

この「カッコつけたい自分」の下に隠れている「カッコ悪くてどうしようもない自分」を感じた時の感情や感覚が、力み過ぎてしまう原因になっているようです。

そういえば、この「カッコ悪くてどうしようもない自分」って、仕事以外にもいろんなところで感じているなーと思いました。
それは、友人関係だったり、家族関係だったり、夫婦関係だったり。。

よくよく話を聞いてみると、奥さんは、僕のそんな部分を見ていて、知ってたようなんですね。
しかも、僕が自分で嫌って攻撃している「カッコ悪くてどうしようもない自分」の部分も、ちゃんと見て、受け入れて、愛していてくれたんですね。
そして、「カッコ悪くてどうしようもない自分」は誤解だということも教えてくれていて、そんな部分を全部ひっくるめて、あの一言が出てきたみたいなんです。

僕は、「すごい人と結婚したんだなー!」って、びっくりしました。
前々からすごいすごいとは思っていたけれど、いつも側にいるから当たり前になってしまっていたけれど、改めて、奥さんとパートナーシップを持つことが出来た喜びと幸せを感じずにはいられませんでした。


奥さんとのことに関しては、今回の出来事があって本当によかったなーと思う気づきがあったのですが、よかったなーと手放しで喜ぶことができない気づきもありました。

僕はこうしてカウンセリングの仕事をしていて、多くの方のお話を聞かせていただいたりお話をさせていただいていますが、その根底には、いつもこの「カッコつけたい自分」というのがいたように思います。

そのために、力が入り過ぎていたり、自分の保身のために言ったりやったりしていた部分があったのだと思います。

カウンセリングをする動機の中に、「自分の身を保ったり守ったりするため」というのがあるということは、とても残念で、すんなりとは受け入れ難いことですが、悲しいし、恥ずかしいけれど、事実です。

奥さんの一言から出てきた、触れたくない、認めたくない、この事実。

これまでのこと、これからのことを考えると気が重〜くなります。

「今まで何てことをしてしまっていたのだろう…」という後悔。
「こんなことでこれから続けていけるのだろうか?」という怖れと疑い。

これを持ったまま、また明日からカウンセリングをするのかと思うとゾッとします。

しかし、これに気づくことができた今、それはもう全てを投げ出して逃げ出してしまいたいくらい嫌なことだけど、この事実を受け入れました。
そして、これもまた全てを投げ出して逃げ出してしまいたいくらい怖いことだけど、自分を隠して取り繕う力を抜いて、そのままの自分自身でカウンセリングをすることを決めました。

明日からは、昨日までとは違う、新しい「木村祥典」でカウンセリングをします。

このことをコラムに書くことについて、とても悩みました。

これは、カウンセリングをする人が言うことではないことなのかもしれません。
けれど、これを隠したままカウンセリングをするのは決してお客様のためにはならないし、お客様のためにならないことはしたくありません。
これを隠したままカウンセリングをしても、いいカウンセリングはできません。

「カッコ悪くてどうしようもない自分」が完全に完璧に無くなったわけではないけれど、少なくとも一つの鎧を脱いだわけですから、その分だけお客様の側に近づくことができます。
それが、「一緒に感じて、一緒に進む、本当にお客様のためになるカウンセリング」につながることを信じて、よりよいカウンセリングができるように精進したいと思います。

こんな僕でよかったら、お話聞かせてくださいね!

投稿者 csadmin : 12:00

2006年5月27日

◇『母の日』によせて

今月の15日は『母の日』でしたね。

今年はたまたま『母の日』の前日に福岡で心理学講座があって、感情に
コミュニケーションの実習の中で相手に自分の気持ちを手紙で伝えると
いうものがありました。
日頃、お互い素直になれずに口喧嘩ばかりしている母の顔が真っ先に浮かび
チャレンジしてみようと思いました。書き始めてから、そういえば小学生の
時以来、親にまともに手紙を書いたことがないかもしれないということに
気付きました。我ながらびっくりです。

私の母は7人兄弟姉妹の長女ですのでしっかり者で人の世話をやくのが
好きなんですね。謙遜が美徳とされた昔の人でもあるので、受け取ること
がとても苦手です。
今年の『母の日』もそうでした。
私:「夕飯は手巻き寿司をするからまかせといて!」
母:「(お寿司やさんのチラシを見せながら)こっちのほうが安いんじゃ
   ないかねぇ・・」
私:「・・(怒)なんで人の気持ちを汲んでくれんとよ!!」
母:「だいたいあんたが買い物に行くのが遅いけんたい!」
私:「はぁ?」

喧嘩の始まりはいつもこうです。
母のことを大切に思うからこそ提案したことだったのに、喧嘩になって
結果的に母に嫌な思いをさせる事態に私としては納得がいかないわけ
ですね。

思い起こせば子供の頃は気持ちを受け取ってもらえない寂しさをいつも
感じていたかもしれません。母の顔色をうかがって喜んでもらえないことに
対して、自分がやったことは迷惑なことだったのかなと自分を責めていよう
にも思います。
私の気持ちは受け取ってくれないのに、なんでお母さんの気持ちだけを
受け取らないといけないの!?という怒りもありました。
いつの間にか母との会話は敬語で応対するようになり、母の気持ちを
受け取ることを拒否し、こちらから与えることを放棄してだんだん距離を
取っていきました。

母は祖母が病気がちで臥せっているような家庭で育ったので、早くから
自分が気丈でなければいけない、人の世話になって迷惑をかけてはいけない
という思いが強かったのでしょう。親が病気で寂しい思いをした分、子供の
ために健康でいなかればという気持ちもあったようです。
年を老いて気持ちに体がついていけなくなってきている今、少しずつですが
ようやく頼ることもできるようにはなってきているようです。

私が心理学で『受け取ること』を学んで母との関係も変化していき、敬語で
接するようなことはなくなりました。
しかし、母の気持ちを受け取っていることを伝えること、つまり感謝して
いる気持ちは十分にはまだ伝えきれていないように思います。

心の距離が近いほど照れくさくて伝えにくいものですよね。
“ありがとう”は、何かをしてもらったり、気にかけてくれたりしている
ときは自然に出てくるのですが、さらに“いつもサポートしてくれて
感謝しているよ”とか、“気にかけてくれているのがとても嬉しい”などは
思っていても一度も言葉に出したことはないなあと改めて思いました。

振り返りつつ、ひとつひとつ言葉を選んで思いを込めて手紙を書いていると
涙が自然に出てきて“お母さんが私のお母さんでいてくれてありがとう”
という言葉が最後に自然に浮かんできました。
本当に伝えたかった言葉はこれだったんですよね。

私のように母に直接感謝の気持ちを伝えることができる状況はそれだけでも
本当に幸せなことだと思います。
今回そういう機会に出逢えたのもありがたいことだなと思いました。

さて『母の日』当日・・
手巻き寿司はご馳走できたのですが、手紙は結局渡せませんでした。
恥ずかしがり屋の私は翌日に父を介して、私のいない時間をねらって渡して
もらったのでした。
“この親にしてこの子あり”ならぬ“この子にしてこの親あり”
母の素直でない部分をもっともっと許して受け入れようと心に固く誓ったの
でした。。


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投稿者 csadmin : 11:52

2006年5月23日

●「ポーラ美術館の印象派コレクション展」にて

この絵画展では、私の好きなモネとコローの絵が観られるということで、とても楽しみにしていました。
今回も、たくさんの素敵な絵と出会うことができ、とても満足しています。
その中から、私にとって特に印象に残った絵について、皆さんにお話したいと思います。

まず最初にジャン=パティスト=カミーユ・コローの「森のなかの少女」です。
コローの描く木は、空に融けてしまいそうな感じがしてとても好きです。
静かな森の中で少女が牛の番をしています。
その少女が立っている地面は、少しぬかるんでいるように見えます。
牛は湖の中にいて、少女の方を見ています。
森の落ち着いた深い緑が、安らぎを与えてくれる、そんな気のする作品です。

次に、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「エッソワの風景、早朝」です。
この作品の最初の印象は「ほわんとした風景」でした。
右手奥から左手前に道が描かれています。
道の両脇には、葉のたくさん付いた木が連なっています。
道を馬車が走っています。
馬車が走ると砂埃が立ちそうな道です。
道を歩いているのは夫婦のように見えます。
買い物から家に帰るところかもしれません。
空の青、草木の緑、黄、赤、花の白・・・、この作品は、光と色彩に満ちていてとても美しいです。
まるでパズルの欠けたピースを埋めるように、心に足りない色を補ってくれるような気がします。

アルフレッド・シスレーの「ロワン河畔、朝」はやさしい色使いが心象的な作品です。
明るく清々しい青空は、緑と溶け合っているように見えます。
河畔に止めてあるボートは、自然と一体化しているようです。
水面には、河沿いに建つ家々や、木々が映っています。
木の白い幹、明るい緑がとてもきれいで、心を清々しくしてくれるような気がします。
優しい色使いが心を洗ってくれて、優しい気持ちにしてくれるのではないかと思います。

クロード・モネの「エトルタの夕焼け」は、本当に夕焼けを見ているような気持ちになる作品です。
海に夕日が反射しているように見えます。
崖、浜辺、ボートの辺りは、既に暗くなり始めています。
そして、よりいっそう、夕焼けの光が眩しく見えます。
この作品を見た時、「本当に夕焼けだ」と感動しました。
この作品の夕日は、心を明るく照らしてくれる、そんな夕日だと思います。

クロード・モネの「睡蓮」は白と紫の睡蓮の花がとてもきれいです。
私の目と心がとても喜んでいるのがよくわかりました。
池の水面には、対岸の樹木が映っています。
それに、空と雲も見えます。
そうやって、池に浮かぶ睡蓮とともに空や周囲の風景を楽しむことができます。
モネの絵は、空や樹木を直接見て感じる美しさとはまた違った感動を与えてくれます。

絵画展に行くと、美しいものを愛でる喜びを感じます。
絵を通して、画家を魅了した自然の美しさを思います。
そんな時、私の心の中には美しい音楽が流れます。
美しいものに触れると、今までに私に感動を与えてくれた美しいものが響き合うような気がします。
みなさんは最近喜びを感じることはありましたか?
忘れずに、自分自身が喜ぶことをしてあげて下さいね。
このコラムが、みなさんにとって何かいいきっかけになれば、とても嬉しいです。

上田紘美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2006年5月20日

◇パートナーシップの感情表現

先日、テレビである精神科医が、若年性アルツハイマー型認知症の話をして
いました。
内容は要約するとこんな感じです。
「ぼけ防止のポイントはコミュニケーションだそうです。
生命力のある人は好奇心旺盛ででおしゃべりで、、そんな人は基本的にぼけ
にくいんですよ。
ところが、男性にはおしゃべりと情報交換の違いがわからない。
そして、情報交換には感情の起伏がない。
女性は感情の起伏を伝えたいのであって、それ自体が情報であると男性は認
識できないから、コミュニケーションがとれなくなってしまって、結果とし
てぼけやすくなってしまう。」
まあかなり内容を簡略化していますから、実際この通りの意味なのかどうか
は私も正直自信がありませんが、だいたいこんな感じでした。

このテレビを見ているとき、妻が私にこんなことを言いました。
「何故学校の先生がぼけやすいのか、そう考えたときに、あれだけ生徒に対
して頭を使ってしゃべっているのに、それでもぼける人はぼけてしまうとい
うことは、授業というのは情報を伝達しているだけであって、感情を伝達し
ていないからではないか?と、私は推察するね。
感情を表現することが、ぼけ防止の一番の特効薬であるのかもしれない。
だとすると、おしゃべりで感情のことばかり話すカウンセラーは、ぼけない
のかも・・・。
よかったねぇ、あなた、ぼけない可能性が高いよ。」
これが本当かどうかは、私自身年をとってぼけないかどうか調べてみる必要
がありますから、審議の程は今はわかりませんが、考え方としては、なかな
かおもしろいなと感じて聴いていました。

この精神科医の方がおっしゃったように、男性は感情表現が上手ではありま
せん。
どちらかといえば、感情を表に出さず、冷静(?)であることが男らしいと
思い込んでいる人もいるのではないかとも感じます。
ただ、そのやり方では、感情を使ってコミュニケーションをとりたい女性と
は当然うまくいかないわけですから、男女間で意思の疎通はとりにくくなっ
てしまいますよね。

実際、カウンセリングでも「彼や夫が何を考えているのかわからない」とい
う相談は非常に多くあります。
話を聞いていくと、原因は意思の疎通、コミュニケーションに関する問題が
すべてといっていいくらい、男性側(ごくたまに女性側もあります)に感情
表現、感情の伝達がうまくできていないパートナーを選んでしまっているん
ですよね。

すると、男女間の問題の多くはコミュニケーションが上手にとれないことに
よる、誤解や間違った解釈(思い込み)が原因ではないかと感じてしまいま
す。

私の妻も元カウンセラーでしたが、それでもうまく意思の疎通がとれないと
きはいっぱいあります。
一番コミュニケーションがとれなかったときは、36時間(2回の休憩は冷む)
ぶっ続けで闘論会(わが家ではけんかのことをこう呼びます)をしましたか
らね。
結果として、この大闘論会がコミュニケーションになって、さらに親密感が
増したんですすけどね。
ただ、コミュニケーションのことがわかっているカウンセラーでさえ、意思
の疎通を図ることはなかなか簡単にはできないんですよね。
まして、心理学も何もわからない人が意思の疎通を上手に図れるとは、とて
も考えにくいわけです。
ないことはないでしょうが、かなりまれな人同士ということになりますよね。

さらに、女性や男性がパートナーに対してヒステリックになったりすること
は、パートナーに感情を表現して、その感情の起伏をコミュニケーションし
たいからではないかとも推察できるわけです。

もしヒステリックな彼女や奥さんを持っているとしたら、男性はちゃんと
パートナーに対して感情表現ができているかどうか、自分の胸に手を当てて
考えてみたほうがいいのかもしれませんね。

逆に、ヒステリックな彼や夫を持った場合は、女性は相手が怖がっている可
能性があることを頭に入れておいた方がいいかもしれません。
男性は、嫌なことで図星を指されると、ほとんどの場合感情的になってきま
すからね。

図星を指された部分って、男性にとっては認めたくない、感じたくない部分
でもあるわけです。
男性からすれば、まるでけがをしているところに塩を塗られる感じなのかも
しれません。
このときに、自分が受けた痛みと同じものだけを相手に返そうとしますか
ら、人に対して攻撃的、暴力的な人は、自分を守る防衛手段として、感情を
使うのかもしれませんね。
実際には男性女性にかかわらず、このような部分はあるでしょうけどね。

まずあなたのパートナーが、ちゃんと感情表現ができているか。
そして、自分自身も感情表現ができているか。
さらに、お互いがちゃんと感情を情報として伝達しあっているか。
もしこのうち一つでもかけているのだとしたら、コミュニケーションがきち
んとできていない、もしくはちゃんとできていると思い込んで、見落として
しまっている可能性もありますあkら、しっかりとチェックする必要があり
ますよね。

もしパートナーが、ちゃんとした感情表現ができていなければ、それはあな
たが教えないと、パートナーはいつまでたっても感情表現ができなくなりま
すからね。

もう一度パートナーとのコミュニケーションを、しっかりと見直してみるこ
とも、それこそコミュニケーションをとるうえで大切ですからね。

焦らずに、チャレンジしてみてくださいね。

ありがとうございました。


投稿者 csadmin : 12:15

2006年5月16日

●・・・それでも愛を選択する。

皆さん、こんにちわ。
吉見太一です(^^)

ぼくの結婚生活も、この4月末でついに1年が経ちました。

いやぁ〜思い出しますね。
奥さんの両親に挨拶行ったときのことを・・・(笑)

それまでにも、ぼくの友人にも聞いてたんですね。
「嫁さんの親父に挨拶するのは、メチャクチャ緊張するぞ!!」
ってね(^^)

ぼくのイメージだったんですが、よくTVドラマなどでは、あちらのお母さんが和室に通してくれて、少しすると、小ぎれいにしたお父さんが登場するって感じだったんですよね。

お茶を出されて、そのお父さんとぎこちない話が数分行われた後に、
沈黙になってしまって、耐え切れなくなって切り出すんですよね。

「娘さんを、ぼくに下さい!!」

・・・、またもや沈黙の後。コクリとうなづくお父さん。。。
みたいなことを考えていました(^^)

そして、ぼくにとっての『その時』は、昨年の正月でした。

ぼくが奥さんの実家に訪れると、親戚がたくさん来られていました。
そりゃそうですよね。正月の賑わっているときです(^^)

今までバタバタと走り回っていた、甥っ子や姪っ子たちも、
「そっちの部屋にいっちゃダメよ!!」って感じで、別の部屋に連れ
て行かれちゃったんですよね。

「入っていっちゃダメよ」が、ぼくの緊張を一段と高めるんですよね(笑)
そして、義父とぼくの二人にされてしまいました。

そこでは、本当に他愛もない話しかできないし、上の空だから、今でも
何を話したか覚えていません。

案の定、二人とも話すこともなくなって、沈黙に・・・。

そして、ついに『その時』が来ました(笑)
座っていた座布団から、飛び降り(そんな感じです)

「お義父さん、娘さんと一緒にさせて下さい!一生大事にします!!」

と言って、頭を下げました。
(後ほど友人には、さすがに座布団から降りることないやろ(笑)って笑われましたけどね。)

お義父さんは、コクリとうなづくわけではなかったですが、
「なにもできない娘だけど、こちらこそよろしく頼むわな。」
と、優しく微笑んでくれました。

このとき、なんとも言えない安堵感を感じたことは、現在でも覚えてい
ます(笑)

ぼくの友人で、奥さんのお父さんがすごく強面の方で、メチャクチャ
ビビったって話をしてくれました。

女性の皆さんに分かって頂きたいのは、男性はそのくらいドキドキして
ご両親にお会いしているということなんですね。

これをご覧下さっている男性の皆さんには、プロポーズもご両親への挨拶も緊張して、ドキドキしますが、必ず欠かさないで頂きたいということです。

ぼくの奥さんは、今でもプロポーズとご両親への挨拶はうれしかったと
言ってくれています。

きっと、女性にとって、すごく大事な行為なんですね。

あれから、アッと言う間の1年でした(^^ゞ

お互いに、愛を育んで結婚することになりましたが、全く違う環境で、
育ってきた二人が一緒に住むんですよね。

僕には、僕のやり方があります。
奥さんには、奥さんのやり方があります。

本当に些細なことで、何度も何度もぶつかり合いました。

付き合っているときは、
「大丈夫かなぁ〜?もっと、しっかりして欲しいな。」
とか
「もっと、優しくして欲しいな。」
といったような、気持ちがいっぱいありました。

でも、結婚して1年経過してみると、ぼくの奥さんは見事に大人の女性
になったような気がします。少なくとも、ぼくには、そう感じます。

もちろん、1年たっても夫婦ケンカもします。お互いに言い合ったりします。

でも、ケンカの最後に彼女は泣きながら、ぼくを抱きしめるんです。

すごく、悔しいと思います。1年前の奥さんだと、手が出てたかもし
れません。すごく屈辱的なことだと思います。

きっと、分かって欲しいと泣いてるんですよね。助けて欲しいと泣いてるんですよね。そして、愛して欲しいと。。。

だけど、最後には、暴言を吐くのではなくて、手を出すのではなくて、
自分の悔しさや屈辱的な気持ちを乗り越えて、愛を差し出してくれる
んですよね。

それは、本当にすごいなって、素直に奥さんを認めざる終えません。

抱きしめられると、その愛のエネルギーには無力になってしまいます。

愛を与えるって、ホントすごいことだと思いませんか?


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投稿者 csadmin : 12:00

2006年5月14日

◇無気力におちいってしまったときに

みなさん、GWはいかがお過ごしでしたか?

GWが終わった後の、この時期は、いわゆる五月病という、
無気力な状態におちいりやすいこともあって、そのジャンルの、
ご相談も多くなります。

4月、新しい環境に適応しようとがんばったときの心理的、肉体的、
ストレスから疲れが出てきたり、新しい環境に理想を描いて、
期待していたのだけれども、現実をみて、

「こんなはずではなかった・・・。」

と、期待はずれで落胆し、希望を見失ってしまったりすることが、
多いようです。

そういう意味で、5月に限ったことではなく、進学や転職や転居、
結婚の後など、環境が変化したときには、無気力におちいりがちです。

マラソンのような長距離走でも、スタートのときは競争心や意気込み、
もあってか、速めに走りがちです。スタートダッシュも大事ですが、
最後まで同じペースでは完走すらできない場合もありますよね。

ですから、途中で、ランナーそれぞれの体力にあわせて、
マイペースで走ることも大切です。

長距離走なら、あたりまえにわかっていることでも、日常の生活と
なると、知らず知らずのうちに、自分のペースを忘れがちなのかも、
しれません。

では、この無気力におちいってしまったとき、どんな対処をしたら、
よいのでしょうか。

無気力をのりこえようとするとき、無気力さを心の中に、
抑えつけて、ポジティブになろうとしがちなのですが、
抑えつけようとすればするほど、それは反発して強くなって、
しまうものです。

自分の意見を他人に抑えつけられると誰でも反発したくなりますよね。
でも意見を受け入れてもらえると、反発したい気持ちはおちつきます。
それと同じ原理です。

そんな理由もあって、無気力な感情を受け入れていくと、
気持ちがおちついてきます。

またポジティブになろうとすることを少しやめて、あえて、
休息をとるだけでもよいです。

それでも無気力がおさまらない場合には、お仕事などに、
支障が出る前に、早めに無料カウンセリングなどでご相談ください。

無気力がおちついたら、新しい環境で自分をどのように、
活かしていくのかという目標を考えるてみましょう。

期待していたものと、現実との違いを比べて、ちょうどよい目標を、
つくって目標の調整をするわけです。

そして、調整した目標に向かって、休息をしつつ、健全な努力を、
しつつ、マイペースで進んでいってくださいね。

みなさんが人生のレースを完走できるように、無気力に
おちいってしまったときの考え方として、ヒントにしていただければ、
幸いです。


清水三季央のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:24

2006年5月 9日

●古い手紙

4月21日、私の誕生日に無事入籍いたしました!!
応援くださった方々に、感謝です。

ただ、様々な事情がありまして、一緒に暮らすのは6月からとなりました。
ちょうど、この4月から単身赴任ばかりだった父が関西へ転勤になり、13年ぶりに家族そろって暮らしています。
つかの間の家族団らんを楽しむべく、父はしょっちゅう近所の温泉へ誘ってくれます。
母とは、新居に向けてのお買い物に出かけたり、お茶をしたり。
やはり、何かを惜しむような時間をすごしています。

そんな中で、引越しに向けて、少しずつ荷造りをしています。
しかし、なかなかはかどらないのです。。。
私が始めて書いた落書き帳が出てきては、なつかし〜〜と眺め、生まれた日の新聞が出て来ては熟読してしまいます。

そして先日、私と旦那様が付き合って半年くらいした頃、旦那様からもらったお手紙が出て来ました。

その頃、私はマスター課程の研究調査の忙しさのため体調を崩し、入院していました。
入院先は淡路島だったので、付き合い始めて3日目にして同棲生活を始めていた私達にとっては、初めての長期に会えない日々だったのです。

あの頃は、心理学で言うバリバリの「パワーストラグル」。
それはそれは、激しいけんかを繰り返していました。

買っても買っても目覚まし時計は壊れていました。
お皿もたくさん割れました。。。
時には、食パンがつぶされていたことも・・・(食パンさん、ごめんなさい(>_< ))

あの頃は、自分の中の自己嫌悪、きっと嫌われるに違いないと言う気持ちを見ては、恐怖を感じ、下を向いていました。
たくさんのわかってほしい気持ちは、「何かをしてあげる」という形になっていましたが、やってあげることに全力を使い、彼を見ることを忘れていました。
やがて「何かをしてあげる」という気持ちは、やってあげたのに帰ってこない、という不満の気持ちに変わっていきました。
そんな自分にまた、自己嫌悪していました。
「そんな愛し方は、私のやってほしい愛し方じゃなぁーーーい!!」って、いつもいつも怒っていました。

心理学を勉強して、自分たちの関係が少しずつわかってくると、「受け取る」ということが必要なことがわかりました。
当時の私は「受け取るって何さっ!!??」と言った感じ。

そこから少しずつ、気がついて、受け取って、また気がついて受け取って、の繰り返しでここまで来ました。
今では私たちの中では、受け取ることの方が重要事項にさえなっています。

そんな、まだまだけんかばかりしていた頃の手紙の内容には、
どれだけ私のことが大好きか、
もっと自分が大きな男になって、私が怒っても怒っても笑っていられるようになりたいこと、
子供が生まれても、おじいちゃんやおばあちゃんになっても、恋人ようようでいたいこと、
バイトで始めて自分で作ったタイヤキを私に食べてもらいたいこと、
内緒で淡路島まで会いに行く計画を立てていること、etc

たくさんの愛の言葉が書かれていました。
彼はどうすれば私が受け取れる形になるのか、日々試行錯誤してくれていたのですね。
初めて、その頃の彼の気持ちに気がついて、びっくりしてしまいました。

夜の彼との電話で、「お互いおバカだったね〜(*^-^)」と笑い合いました。
当時は、これ以上ないくらい絶望的な気持ちだったのです。
どんなに絶望的なことも、未来しだいで良い思い出に変えられるのですね。
心理学と、導いてくれた先生と、応援してくれた先輩と、支えてくれたお友達に感謝です(´_`。)

2月のとてつもなく寒い夜、バイクに乗って、一晩かけて、海を渡って、会いに来てくれた日の、冷たい手と、無邪気な笑顔と、彼の愛情を4年越しで受け取った夜でした。

投稿者 csadmin : 12:00

2006年5月 7日

◇成長のテーマがやってくる時期

「原さんはカウンセラーをしてるけど、悩みとか無いの?」と聞かれることが
あります。

「はい、無いんです」と言いたい所ですが、そうではなかったりします。

例えばですが・・・
僕の父親は8歳の時に病死しています。
その為、8歳までの父親像があるのですが、それ以降はありません。

僕自身が幼い頃に父親を亡くしている経験をしている為、
もうすぐ僕は父親になるのですが、幼い子を残して死んでしまったらどうしようという不安がよぎることがあります。

今は大きな悩みではないのですが、この不安という感情が今後の人生のブロックになることがあると思います。(悲しいかな、職業上、心理分析をしてしまうのです・・・)

しかし、人生の問題(悩み)は、乗り越えられない時には問題として浮上してこないと言います。乗り越えられるような時期になったからこそ問題として出てくるのだと。

この悩みを、新たな人生のテーマとして受けとめて、僕も乗り越えられる時期がきたのだと受け取りたいと思います。

僕も、ついにこの問題に取り組めるくらいに成長できたのだと受け取りたいと思うのです。

乗り越えられるテーマとして見られると、解決の仕方があると思いやすいです。

解決の仕方は、誰かからアドバイスを貰ったり、痛みを癒していくなど、その解決の仕方は今後探していくことになるかと思いますが、解決の仕方は必ずあるように思うのです。

解決のポイントは一人で頑張らないことだとも自分に言い聞かせながら、このテーマに取り組んでいこうと思います。


人生には色々問題や、テーマが出てきます。
それらは、解決される為に、または自分の成長の為に、問題や、テーマが出てきていると思います。

そして、その問題や、テーマがクリアになった時に、また一歩成長できた自分に会えるのでしょうね。

もし、あなたに悩みがやって時に、苦しくてやってられない時もでてくるかと思います。そんな時は、また一歩成長する時期がやってきたのだと思ってみられてはいかがでしょうか?
一歩前進するきっかけになるかも知れません。


原 裕輝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:05

2006年5月 2日

●自由な発想〜料理の世界から〜

外食をするときの僕の楽しみの一つは、新しい料理に出会える事です。
この料理はこんなもの、とか、こんな味とか、こうして食べるべき、とか、自分自身が持っている食材や料理に関する固定観念の多さに気づかされる事も多々あります。
「創作料理」と銘打っているお店も最近は随分と多くなりましたが、料理の世界で固定観念はどうも禁物のようですね。おそらく、百人の料理人がいれば、百人のアイデアや工夫が盛り込まれている百通りの料理があるのではないか、と思っています。
僕が固定観念を打ち砕かれた例を挙げてみると、
☆焼き河豚(ふぐ)
河豚料理の定番といえば、てっさ(刺身)、唐揚げ、ふぐちり(鍋)と思っていましたが、あにはからんや。醤油とにんにくベースのタレに漬け込んだ河豚を焼いて食べるという料理がありました。河豚を焼く、というと、干物にした河豚を焼いて食べた事は何度もありましたが、てっさにすることができるような、河豚のおおぶりの切れ身を焼いて食べるという経験は初めてしました。焼きながら食べるのですが、醤油の香ばしさ、にんにくの香りが食欲を引き立てます。一口ほおばると、柔らかい河豚の肉からジューシーな旨みが出て、醤油の香ばしさと調和します。
今までの僕の固定観念は覆され、「また食べたい」と思う逸品でした。
☆ポン酢で食べるもつ鍋
もつ鍋の定番は、味噌か醤油をベースにしただし汁に、もつ、にら、キャベツなどを入れて、食べるものだと思っていました。味付けは、鍋のだし汁なんですね。これも結構美味しいのですが、先日食べたのは、鶏ガラスープがベースになっていて、ポン酢で食べるというものでした。
いつもはこってりとした感じが強いもつ鍋ですが、あっさりした感じで、これはこれでまた美味しいなぁ、と感心しました。
☆生キャベツをのせる豚骨ラーメン
豚骨ラーメンの本場と言えば、九州です。特に有名なのは、長浜(博多)ラーメンですね。でも、同じ豚骨ラーメンでも九州内の地域によっては味も、トッピングも変わります。長浜ラーメンは、一般的に紅生姜をトッピングして、豚骨スープ特有の臭いと脂っこさを緩和しているように思いますが、熊本のラーメンで、角切りにした生のキャベツをのせて出すところがあります。
最初は、なんで?という感じだったんですが、これが少し濃い目の味付けのスープやラーメンの上にのっているとろける豚の三枚肉と相まって、絶妙なバランスを作り出していました。キャベツが、絶妙にラーメンを引き立てている、そんな感じでした。
☆鯖の刺身
これは、地方による文化の違いだと思いますが、関西出身の僕は、両親から「鯖は生で食べたら駄目だ」と厳しく言われていました。煮付けるか、焼くか、酢でしめるか、というのが関西地方での定番でした。鯖はいたみが早いので、生で食べるという習慣が無かったんだと思います。
ところが、九州では、鯖は生で食べるのが定番だと知りました。新鮮な鯖が手に入る地方ならではの事かも知れません。おそるおそる食べてみると、とろけるような感じで美味しさが口の中に広がります。
今では、僕も当たり前のように鯖を生で食べています。

料理の世界では、チャレンジが当たり前なのかも知れません。そして、その評価は美味しいかどうかで決まります。
料理の世界は、チャレンジが固定観念にとらわれない自由な発想から生まれてくる事を教えてくれている身近な一つの世界ですね。

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投稿者 csadmin : 12:00