« 2005年10月 | メイン | 2005年12月 »

2005年11月28日

●出会いの不思議〜天使は天使のかっこうをしていないかも?〜

実はこんなところで暴露するのもなんなんですが・・
僕の奥様はカウンセリングの世界では、
ぼくよりずっと先輩なんです。

僕が人生に行き詰まって、
始めてグループワークというものに参加した時。

もう一度人生を見つめ直そうと、
何ヶ月も迷った上あげく、
やっとの思いでそのセミナーに参加しました。

ちゃんとしたスーツにネクタイ締めて、
なぜって 人生を真剣に考え直す勉強会 だと思ってましたから、

セミナーには100人以上の方が参加していました。
椅子をU字に並べて好きなところに座っていきます。

たくさんの人が楽しそうにおしゃべりしている中、
誰も知らない僕は一つの椅子を選び、
緊張してガチガチになりながら一人で座っていました。

もちろん正装は僕一人・・・


いよいよはじまる時間が近づくと、
一人の女の子が大きな声で笑いながら、
周りの皆んなに手を振りながら、
僕の目の前の席に座りました。

髪の毛は茶色で、カラフルな服を着て、
そして女の子は椅子に座ったか思うと、
遠くの方に友人を見つけたのかまた立ち上がり、
大きな大きな声で「 ○○ちゃ〜〜ん 」と
叫びながら手を振っています。
100人規模のギャラリーの中で×××

どこから見ても僕には悩みを持った人には見えません。
セミナー中も大声で笑っているし、
ダンスをすれば大はしゃぎで踊っているし、
小さい頃から恥ずかしがりやの僕には理解できないタイプです。

もし、学生の頃同じクラスになったとしても、
きっと一度も話をすることも無かったでしょう。

そしてその女の子を見たとき、
はっきりと 来るところを間違えた と思ったのを覚えています。

僕は真剣に人生をやり直そうとスーツ姿で望んだセミナーです。
彼女は茶髪でノリノリで踊っています。

・・・違い過ぎます!!


セミナーが終った日。
その女の子は帰ろうとする僕に駆け寄ってきて、
「打ち上げに行こう!!」と笑いかけてきました。
それはセミナーがはじまる前に友達に見せていた明るい笑顔でした。

でも良く見ると僕だけを誘っているわけではなく、
始めて参加した連中皆んなに駆け寄って誘っています。
あの度肝を抜かれた笑顔で・・走り回っています。
誰一人逃さぬように。

その悩みを持たない女の子は、
誰よりも人の寂しさを知っていたのでしょう。


その女の子を結婚するからと父の前に連れて行ったとき、
父は反対しないまでも二人を見て洩らした言葉があります。

「 どう見ても接点が見えないんやけど・・ 」


人の出会いは不思議なものです。
人生で出会わない様な相手と出会ってしまうことも・・

でもその出会いに身を任せた時。
それはその人の人生を変えてしまうぐらいの、
素敵な出会いになるのかも知れません。

そしてその女の子は、
今でも僕の人生にあの笑顔で寄り添ってくれています。

(笑)もう女の子とは呼べないけれど・・


※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年11月26日

◇人と人の距離

最近 人と人の距離について深く考える機会がありました。
恋人、夫婦、親、友達、会社の人間関係・・・・・
僕達が受けるご相談の多くはあらるゆる人間関係です。
自分との関係、これもひとつの人間関係かも知れません。

そうすると僕達が悩み苦しんでいるのはいつも人間関係。
人と人の距離や関わりの中で、日々もがいています。


僕自身も人に近づくことがすごく苦手なタイプです。
小さい頃から友達を作ることが苦手でしたし、
転校など環境が変わるといつも孤立してしまいました。

好きな人が出来ても近づけない。
恋人に上手く自分を表現できない。
会社の上司にも距離を感じてしまう。
大人になれば親とも何かしら距離を感じる様になる。

どうして僕達はいつもいつも人との距離に悩み苦しんでいるんだろう?
どうして人と人の間には距離が出来てしまうんだろう?


僕には今二歳の息子がいます。
彼にも近所のお友達や公園での友達が出来てきました。

だけど彼らを見ているとそんな距離を感じている様は見えません。
もちろん母親に対しても、いつもあるがままでいます。
父や母だけでなく道で出会う見知らぬおばさんにも微笑みかけています。
彼はまだ人との距離をちっとも感じずに暮らしているのです。

ず〜〜〜〜と昔の自分を思い返せば、
僕にもそんな時代があったような気がします。

母に連れられ街を歩いていても、
電車にのっても、バスに乗っても、
周りの大人は皆んな優しく微笑みかけてくれている。
そんな風に感じていた頃がありました。

何か困った事があったら誰かが助けてくれるし、
泣いていたら誰かが駆けつけてくれる。
デパートの店員さんはいつも笑っている。

その頃、僕は周りの誰とも距離を、
感じてなかったように思います。
どこに行っても自分でいられた様に思います。

そして街にも電車の中にもお店の中にも、
優しい人しかいない様に感じて生きていました。


大人になった今、街角はおろか、
一緒に暮らしている大切な家族にも距離を感じることすらあります。

なぜなのだろう??

生まれたときには、
人と人の間に距離なんて感じなかったのに。


きっと、僕達が人生の道のりで、
たくさん傷ついて、
たくさん悲しんで、
その度に人との間に距離を作って来てしまったのでしょう。

もうこんな恥ずかしい思いはしたくないから・・
もう二度と恋で傷つきたくないから・・
もう自分がダメだと感じたくないから・・
もう悲しい思いだけはしたくないから・・

もう傷つかないように、もう悲しまなくてすむように。

そして僕達は人生のどの時代でも、
自分達で作ってしまった 人と人の距離 で悩み続けている。

僕はずっと長い間、父との間に 大きな距離 を感じていました。

自分の心の中にあるこの距離を探っていくと、
心の底にこんな気持ちが封印されてました。

「 僕は出来のいい息子じゃないんだろう 」
「 父が望む様な息子にはなれてないんだろう 」

僕のこんな気持ちが父への距離を作り出していたのです。

カウンセリングでそんな自分の気持ちに気付き、
グループセラピーではそんな気持ちを感じながらも、
人に近づくことに何度もチャレンジして、

ようやく現実の父に近づけるようになった時、
やっと僕も父の心の中の気持ちに気付けるようになりました。

「 俺は父として充分だったのだろうか 」
「 俺は父として間違わなかったのだろうか 」

父の中にもこんな気持ちがあったことを知りました。

僕達が人との距離で悩み続けるのには理由があります。

それはその心の一番底に、

もう一度人と繋がりたい。
もう一度感じ合いたい。
もう一度愛し合いたい。

誰しもそう強く願っているからです。


あなたがあなたのその気持ちに気付けたなら、
あなたがその人のその気持ちに気付けたなら、
あなたが人の心の痛みを理解したなら、

必ずもう一度人に近づく勇気が出て来ます。

そして一人一人あなたが近づいていけたなら、
公園で走り回っているあの子供達のように。
あなたの周りの世界は必ず変っているでしょう。


※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 09:46

2005年11月21日

●昔話

こんにちは。きのかずよです。
なんかぼーっとしてたら、昔の自分を思い出して面白かったので、お話しようと。。。


私は親の前で泣かない子供でした。
そのくせ前にお話したように、しょっちゅう親の言う事を聞かない子供だったので、これまたしょっちゅう怒られていました(^^;

おかぁちゃんの言う事を聞かないで遊び続けていると、最後の最後はおとぅちゃんに、箒の持ち手の竹の部分で、オケツと太ももを叩かれていました。
今、私の太ももが、象の足と見間違うほどりっぱなのは、きっとその成果と思えるほどです(><)
太ももには一本の太い赤あざが残って、あほぅな私は、そのあざが消える前に、また親の言う事を聞かないで、またまた叩かれるというような事を繰り返し、赤青黒のあざがある太ももを、友達に見せて喜んでいる(?)ような、子供らしい子供でした。
あ〜その頃からMっ気を開花させていたのかぁなんて、思ったり思わなかったり・・・。


いやいや、そんな私のMっ気をお知らせしたいわけではなく、そんなに痛い目にあっても、おかぁちゃんおとぅちゃんの前では、叫びはするけど、泣いていなかったように思います。
叩かれた時、幼稚園生の私は、押入れかトイレに駆け込んで戸が開かないようにしていました。
トイレと押入れ、一長一短。
トイレは鍵があるんですよね。だから、気にせず涙を流して泣ける。
でも、涙が落ち着くまでにかなり時間がかかるので、狭いトイレの中、冬は寒いし夏は暑いし、他の家族にトイレ使用を許さない!!!
「お腹痛いから出られへん!」と、言えるくらい頭が回ったかどうかは、覚えていませんが(^^;
で、また怒られる。。。
押入れは鍵がないので、両手で、戸を押さえている。涙と鼻水垂れ流し。。。
でも、泣き疲れたら布団に絡まって眠り込んでOK☆ただし、夜の布団は涙と鼻
水でカピカピ。。。

少し世界が広がった小学生の頃は、叩かれると家を飛び出して、近所の親戚の家に逃げるように向かいます。
そして、涙を流しながらその道中、下を向いて歩いていました。
そして、涙が乾くまで少し遠回りして、親戚の家に着くと
「おばちゃん泊めて。泊まりたいねん」

怒られたから家に帰りたくないなんて、一言も口にせず、いとこの兄ちゃん姉ちゃんと遊びたいから泊まりにきた、と大ボラを吹きます。
そして、多分理由は知っていて、そんな私を、何も言わずに迎い入れてくれていた、おばちゃんやいとこ達。

そんな優しい親戚心も分からず、あほぅな私は、一通りいとこ達と遊んで、晩ご飯も食べておフロも入って、さぁ寝るぞって頃に

「もう家に帰りたい〜」

と、ぐずり始めるのです。

今思うと、なんて迷惑な子供!!!
「泊めろと言っておいて帰りたいとは何や〜!!!しかも飯まで食って、フロまで入りおって、何様じゃー!!!」
と、おばちゃんがキレても誰も怒らないでしょう。
少なくとも、今の私はそんな事を言うおばちゃんの味方をします。
「そんなわがままな子供は、ほぉり出してしまえ〜」

しかしおばちゃんは、そんなことを言うではなく、幼心のホームシックを悟って家に電話をしてくれてました。

幼心に、おとぅちゃん迎えに来て欲しいなぁと、期待する訳ですが、うちのおかぁちゃんは
「じゃ、歩いて帰っておいで〜」
と、電話口で言うわけです。。。
おぅ〜ブロウクンハート(T-T)

そんなギザギザハートの私に、家まで付き添ってくれるいとこ。
ま、家まで歩いて10分弱くらいなんですけどね。
で、家に着くと、私を笑うおかぁの姿。
うちのおかぁの笑い方は、なんとも、人をバカにしている笑い方をします。

もちろん、馬鹿にしたわけではなく、意地をはった子供が、子供らしくておかしかったのでしょう。

私は、よくおかぁちゃんに、
「あんたの笑い方は、人を馬鹿にしているようで嫌いや」
と、言われます。
それを言われるたびに、
「あなたの子供だもの」
と、思うわけです(^^;

嫌なのに、おかぁちゃんのマネをしてしまったようです。

母娘というのは、なんとも言えない関係ですね。。。


きのかずよのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年11月19日

◇本当に楽しむって???

先日、友達と一緒に東京ディズニーランド&ディズニーシーに行ってきまし
た。
これまでも何度かディズニーランドには行ったことがあったものの、2日間
どっぷり遊んだのはこれがはじめて。
最高に楽しい2日間、になるはずだったのですが・・・
1日めが終ったところで、どうも楽しんでいない自分に気がつきました。

例えば、おそうじのおじさんがつまらなさそうにだらだらおそうじしている
のを見つけて、ディズニーランドといえば、おそうじの人は、ゴミが落ちて
いたら瞬時にやってきて楽しそうに片付けていくという伝説があるけど、
実際はそうじゃないんだ〜と軽く失望してみたり、
パレードが始まる前に交通整理をしているお姉さんの注意の仕方が怖いなぁ
事務的だなぁと思ってみたり、
パレードで踊っている人が無表情だけど、つまんないのかしら?と思って
みたり・・・
気がつくとあら探しばかりしていたのでした。

以前、ディズニーランドのサービスに関する話を聞いたり、本を読んだこと
があったので、サービスや応対に敏感になっていたところはあったと思う
のですが、それ以上に、私ができていないところにばかり目を向けている
ことに気づきました。

あれだけ行き届いているディズニーランドでこれくらい悪いところが見つ
けられるのですから、私ってなんてネガティブな人間なんでしょう・・・
よくないと思うことの何倍も、すばらしいことや楽しいことは存在してい
たのですから・・・

それに気づいたおかげで、2日目のディズニーシーでは、「ここがいいな
ぁ」「これもおもしろいなぁ」といいところに目を向けることができるよ
うになり、十分楽しんで帰ることができました。


後から考えてみると、私がやっていたあら探しというのは、楽しみすぎな
いためのブレーキのような役割をしていたのかもしれません。

・仕事が忙しいのに、遊んでばかりいていいのかな?
・夫を家においてきて、私だけ楽しんでいいのかな?
・もっとほかにやらないといけないことがいっぱいあるのにな・・・
と楽しみ過ぎないようにするための理由はたくさんありました。

だから、どこかであら探しをして楽しみ過ぎないようにしていたんじゃ
ないかな、という気がします。

でも、私があまり楽しまなかったからといって、いいことは何もない
んですけどね。

「本当に楽しかったよ〜。遊びに行かせてくれてありがとう!」と
夫にお礼が言えて、
リフレッシュした気持ちで効率よく仕事ができれば、
私が本当に楽しんでも、何も問題はありませんものね。

今は、心から楽しめる自分になったら、もう一度、ディズニーランドに
行ってみたいなぁと思います。

あっ もしかしたら、ディズニーランドにはまってしまう自分が怖いのかも
しれませんね(^^;

ともかく「本当に楽しめる」そんな自分になりたいと思わせてくれた
経験でした。


投稿者 csadmin : 12:04

2005年11月14日

●学校へ行こう♪ 〜Back to The school〜

先日、友人の(といっても、うちのカウンセラー)元の職場である盲学校の文化祭に誘われ、何の気なしに足を踏み入れた‘学校’。

中学生の頃まではいわゆる「ビン底めがね」をかけ、親と先生と私の3者面談では担任の先生から‘本当に問題ないお子さんですから’と言わしめ、時折は学級委員などもしていました。

ですが、高校に入学してからは見る影もないほど机に向かわなくなり、挙句の果てには教科によっては担任に呼び出され「頼むから、勉強してくれ…」と頭を抱えられた経験も。

一旦は収まるかのように見えた私の反抗期ですが、本人の意図とは無関係にさらに社会人になってから激しくなっていきカイシャの中では言うこときかないっぷりを仲の良い後輩からよく指摘され「うえにしさん、もうちょっと頑固なのどうにかしたらもう少し得できるのに…」と心配までしてもらっていました。

こんな中途半端な反抗期を引きずった私が‘学校’という空間に足を踏み入れた瞬間に感じたのは自分の中にある‘学校’や‘先生’に対する懐かしさも混じった不思議な想い。授業中先生の目を盗み友達に手紙を書いているような、ちょっと‘エライ’人たちから背を向けているような軽い罪悪感や緊張、気恥ずかしさ、でも背筋がシャンと伸びたような神聖さ。そういったちょっぴり苦くてノスタルジックな感覚が体を通り抜けるようでした。

実は思わず「外で待ってる…」って言い出したかった瞬間です。

彼女が元の同僚に挨拶をしたり、可愛がっていた職員さんや生徒さんなんでしょうか、声をかけ談笑している横でそわそわしている私を気遣い、講堂で行っている生徒さんと先生の発表会を見に連れて行ってくれました。
そこで初めに見たのは生徒さんのバンド演奏。音楽にはかなり疎い私ですが、「この子が来たときにはこういう状態でね…」と目頭を熱くし子供さんの様子を愛情深く語る友人の解説もあいまって、また、本当に好きでやってる!という感じが伝わってきて自分の緊張もすっかり溶け、引き込まれていきました。

以前、勤めていた会社で最後の2年半担当したのは、実務経験がない職種の研修担当。新人研修が主だったのですが、まず、新入社員の子達の学歴が半端じゃないんですね。最高学府の院卒…なんてのも混じってたり。ちょっとヤカラな営業職出身の私としてはまず出てくるのは‘舐められたらどうしよう’、同じチームの方たちは実務経験がないことをかなり理解しカバーしてくださいましたが、他のチームの方たちはまず‘分からない貴女に何を言っても仕方がない’‘新人扱うにしても全く期待していないから’という態度。
で、まずはそのチームや研修の過去の書類全てに目を通し流れを把握すること、そして自分の劣等感を処理すること…が第一の仕事になりました。

「やったことがない仕事」劣等感の処理をどうしたか、なんですけど、まずは自分が誰からどういう影響を受け今の仕事のスタンスになったのか、自分にできること得意なこと、相手のできること得意なことは何かを事細かに分析していきました。そうすると、人と協力すると出来ることや、出来ることやってきたことの中から方向性や目的を変えると使える技能や考え方もあったり。

そして研修という仕事のモチベートの元を探って行った時に出てきたのは私の場合は人から受けた恩(愛、ですかね)と乗り越えたい、という想い。
鍵になった言葉、たくさんあるんですけど一つは「分からないことが何かが分かってたら、問題ってのは解決できるねん。だから分からないこと責めてもしゃーないねんで。ほんまに人に教えたり理解してもらいたかったりするんやったら、相手が分からないことが何か探してやるのが‘研修’って仕事やろ。」という言葉。
「他の人間から見て‘悪い’ところ直そうとするより、ええとこ見て褒めたり。勝手に伸びよるわ…」
彼は、家庭教師の経験からそういうことを学んだそうです。
よく言われることではありますが、体験から言葉を貰うとやってみようかなって気になるものですね。

そんなこんなで、学歴や色んな要素で自分を閉じ込めず、自分の持っているものは取りあえずこの子達に渡していこう、と思えるようになって初めて新入社員たちに親愛の情を持って接することができる様になりました。

新入社員を扱いながら感じたのは、‘面白い’‘楽しい’を感じさせることや‘何かに貢献できる’っていう自分だけの枠から超えた結果を見せた時にどんなことであれ人というのはモチベーションがあがるものだなぁということ。
自分が何かが不得意だ、出来ないっていう感じ方って、まるで人から見たら小指の先にちょっぴり怪我をしただけのように見えたとしても本当に凹んでしまったり将来がないように感じてしまったりするもの、でも、周囲の人がその子の本来の価値や素晴らしいと感じるところを見続けてサポートすることで変化していくという人の可能性をたくさん見せていただいたように思います。

それから、オマケ的には例えこちらが10準備して10レクチャーしたとしても、残っているのって1残ってたらいいほうで…。それに対して目くじら立てない遊び心も貰ったかもしれません。

そういう面白さと大変さを体験させてもらい、その職でもらったものって本当に大きいなと今も感じています。

でも、それでも相手ははっきり言って大人ですし、仕事という縛りもあれば責任という言葉でも括れるし、ある種目的もはっきりしています。

‘学校’って、当たり前ですけど子供が主ですものね。一体この子達がここまで来るまでに本人たちの努力もさながらなんですけどどれくらいの愛のある「目」や「手」や「想い」や「苦労」があったんだろうなぁ、と改めて感じ入りました。

それともう一つ私にとってとても興味深かったことは、盲学校という性格上年齢層の高い生徒さんがいらっしゃる事による影響を教えてもらったことでした。「勉強」の先にある「知識」や「能力」が社会でどう生かせて貢献できるのか、「知恵」や「才能」として生かせるのかその「目」や「人との繋がり」を持っているのはなんらか「社会」で活きてこられた方たちだものなぁ…と。
実際私も医療と関わる世界に居ながら、さまざまな理由で視力を弱まっていかれた場合の進路に盲学校での就学があると知ったのも恥ずかしながらこの友人のお陰だと思います。

‘学校’って、ある種社会から見ると特殊に感じてしまうのって、逆に余りにも当たり前に同じ年齢の子でくくられるからかしら、、、ともふと感じました。

会社にいるときに馴染めなかったことの一つに「そういうものだから」「昔からそうだから」「そう決まっているから」ということで「こうすべき」と言われてしまうことなんですね。
根っからワガママなんでしょうか、本気で出来ないんです、理由がないこと。
いわゆる‘規格外’。(一応、‘人の道’的な常識は重視派です、念のため)

でも、会社で若い子達を見ていたり、カウンセリングでお話させていただいたりしたときに多く思うのって‘規格からはみ出た私’を責めていること ものすごく多いんですね。感じ方としては‘私は迷惑…’って感じでしょうか。
本来的に誰かの邪魔をしていたりしないのに…。
とっても素敵な才能かもしれないのに…。
一人では持て余しているかもしれないけれど、生かせる場所はきっとあるのに…。

きっと、私もそんな風に見てくれた人がそこかしこに居てくれたんだろうなって、‘学校’に連れて行って貰ってもう一度自分の出会ってきたことを振り返ることが出来ました。

‘大人’といわれるようになって、もう一度、‘学校’見てみると面白いかもしれません。昔はもしかすると「だいっきらい!」だったかもしれないけど。

お子様がいらっしゃる‘大人’の方もお子様がいらっしゃらない‘大人’の方も、ちょっぴり気恥ずかしさを感じながら、機会があったら色んな‘学校’触れてみてもいいかもな、って思う一日。

こんな機会をプレゼントしてくれたお友達、ありがとう♪
迎え入れてくれた、職員の方、素晴らしい演奏を聞かせてくれたり楽しい演劇を見せてくれた生徒の皆さんにも感謝を込めて。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年11月12日

◇変化について

私事ですが、この10月に引っ越しをしました。
まあ引っ越しするまでの1ヶ月間、いろんなことがありました。

「引っ越ししよう!」と決めてから実際に引っ越しするまでの間がわずか1
ヶ月半足らず。
普通であれば、もう少し時間をかけてするものなのでしょうが、私自身、こ
の短期間で引っ越しできたことを驚いてもいます。

私が引っ越しする時のいつものパターンがあるのですが、いつも突然決めて
しまうんです。
今回もそうですし、前回の引っ越しもそうだったのですが、「○月×日まで
に引っ越す!」という期限を切ってから、家探しを始めるんです。
ですので、毎回毎回どたばたになりますね。
引っ越し直前の1週間は1日3時間睡眠時間が確保できればいいほうでしたし、
また引っ越しにあわせてコラムの締め切りが3本も来るし。

今回も、とにかくほとんどモノを減らして引っ越ししたのですが、逆に減ら
しすぎて、本来あるべきものがなかったりしています。
実際に使う時にならないと気がつかないようなものがたくさんあって、たと
えばシャンプーがなかったり、食器用洗剤がなかったり、どこにでも売って
いるものがなくて、そのかわり畳用洗剤やパソコン雑誌など、あれだけ捨て
たのに使わないものが入っていたりして、混乱の跡が窺えるわけです。

今回の引っ越しでは、本当にいろんなことが変化しました。
もちろん、初めての東京生活でもありますし、こんなににぎやかなところに
住むのも初めてです。
人間関係や生活習慣も今までと全く違います。

ここでふと、あることを感じたんです。
今回の引っ越しは、結果として「自分に変化が起きる」引っ越しになりまし
た。
ある程度予想はしていたのですが、ここまで変わるとは思っていませんでし
たからね。
最初は「変化を起こす」感覚だったんです。
それがいつの間にか「変化が起きる」感覚に変わっているんですよね。

そこで、この「変化を起こす」と「変化が起きる」。
どう違いがあるのでしょう?

変化を起こすというのは、自分が予想した範囲内での変化を現すのではない
かと私は感じます。
たとえば、日常的であれば髪形を変えるとか、ピアスをあけるとか、パソコ
ンや携帯を変えるとか、部屋の模様替えをするとか。
完全ではないにしろ、自分の予想した範囲を越えることはあまりありません
し、そうすることで自分の何かが変わると期待している部分もある感じがし
ます。

一方、変化が起きるというのは、先程とは違い予測できない変化がやって来
ることでしょうね。
たとえば、髪形を変えにいったら丸坊主にされた。
これはびっくりしますよね。

この二つを比べた時に「変化を起こす」というのは、心のどこかでコントロ
ールされているのでしょうね。
そして「変化が起きる」というのは、コントロールできない状態になります
から、たくさんの恐れを感じるでしょう。

ただ、ここでもう少し掘り下げてみたんです。

一般的にですが、通常未来を予想する時って、だいたい最悪の結果から予想
しませんか?
こんなことになったらどうしよう、あんなことになったらどうしよう、そう
思うことによって、自分が期待を持たないようにして、結果として期待外れ
にならないように、つまりがっかりしないように最悪の結果を予想しておく。
そして、最悪の結果にならなければ安心できるわけなんですよね。
そうすると、ここで予測していない部分は、期待していない限り、最高の結
果は予想していないわけですよ。
そうすると、予想していないことはコントロール不能なところですから、ど
んなにいいことであっても怖いわけです。

変な話ですよね。
最悪の結果より、最高の結果の方がいいのは誰でもそう思うわけですが、こ
の考え方だと、最高の結果が来たほうが怖さを感じるわけです。
でも、意外と皆さんもそうではないでしょうか?

もし、皆さんが「変化が起きる」状況に遭遇したのであれば、怖いと感じる
ほど想像していないいいことが近づいてきているのかもしれませんよ。
その状態になったら、コントロールするのをやめて、流れに身を任せてみた
ら、意外な結末になるかもしれませんね。

皆さんがこれを読む頃には、家の中はほとんど片づいて日常の生活を取り戻
していることでしょう。
というか、そうあって欲しいと心から願っています。


投稿者 csadmin : 11:16

2005年11月 7日

●自分探しの旅

先日リフレッシュ休暇を取った際に、群馬の草津温泉へ一人旅に行ってきました。

今回のこの旅の目的はただ一つ。

「何もしないこと」

これだけでした。

丁度その頃、僕は仕事でもプライベートでも、よりよい状態を目指してがんばるけれどうまくいかなくて、煮詰まっている状況でした。
それを知ったある人から「一人旅に行ってきたら?」という提案があり、奥さんの強い勧めもあって、気乗りしないながらも行く事にしました。
気乗りしていないので、どこに行こうか?何をしようか?という事に関して積極的になれず、とりあえず草津に行くことだけを決めて宿も取らないで出発しました。

旅行の計画の時からずっと気乗りしなかった理由の一つが、仕事を休むことです。
「もっといい仕事をしたいのに、いっぱい仕事しなきゃいい仕事できないのに、仕事を休むなんて…」というのが草津に着くまで僕の頭の中をグルグルしていました。

草津に着いて宿を決めて部屋に入り、荷物を降ろして一息ついた時、僕はほっとしてくつろぐ訳でもなく、旅に心躍る訳でもなく、沈んでいました。

「やっちゃった…」「仕事休んじゃった…」「後悔してももう遅い…」

何かとっても悪い事をしているように感じました。

とりあえずお風呂に入り、夜ごはんを食べましたが、相変わらず気分は沈んだままです。

旅の目的に沿い、本も読まず、テレビも見ず、何も話さず…
時間を持て余します。

「何もしないでおこう」とがんばって何もしないようにしているのですが、仕事の事や家族の事や将来の事など、いろんなことが次々と浮かんできます。
何もしていないのに、何だか気ぜわしくて、落ち着きがなくて休まりません。

他にやることがないので、とりあえずお風呂に入りました。

そこで気づいたのですが、お風呂に入ると思考が止まるんです。

「う゛〜〜〜」「あ゛ーーー」と言ってる時、仕事の事は気になりません。
「硫黄の香りがー」「お湯が目にしみる〜」という時、将来の事など全く考えていません。
「白旗源泉のお湯はどんな感じなんだろう??」と思いを馳せている時、気ぜわしさも、落ち着きのなさも感じません。

「気持ちいいな〜」「熱いな〜」「う゛〜〜〜」「あ゛ーーー」 ただそれだけの時間を過ごしていました。

草津のお湯で体も心もほぐれたのか、ようやく疲れを感じることができるようになってきました。

体がダルくて肩や腰の痛みを感じます。そして、考える事が面倒くさくなってきて、考える気力が湧いてきません。
それをそのままにしておいて、ただ「ダルい〜」「しんどい〜」という状態でいました。

そうしてそのままの状態で放っておくと、初めは頑張って何もしないようにしていたのが、何もしたくなくなりました。

さらにそれをそのままの状態で放っておくと、本当に何もしなくなって、何も考えなくなりました。

結局、草津にいる間にしたことは、眠たくなって寝る事と、お腹が減ってごはんを食べる事と、気持ちいいからお風呂に入る事のたった3つになりました。

この3つだけで、あっという間に1日が過ぎてしまいます。
しかし、そんな1日を過ごしても、自分1人だけですので誰にも迷惑はかかりません。
堂々とそんな1日を過ごす事ができて、まさにストレスフリ−の状態でした。

そんな日を数日過ごすと、「やらなければいけない」義務感ではなくて、「やりたい」欲求が顔を出し始めました。

仕事の事、家族の事、将来の事…

旅行前に悩んでいた事と内容は同じなんですが、種類は全然違います。

プレッシャーや責任感が動機となった「こうあらねばならない」といったものではなく、「お腹が空いたからごはんを食べたい」というのと同じように、特に理由も動機もなく自然とそう思ってそれを求めているような感じです。
欲求を満たすことに関しては、これもまた自然と意欲が湧いてきます。

こうして少しずつ自分の中が動き出したのを感じながら草津から帰ってきました。


草津から帰ってきてから、ボーッとし過ぎたせいか、考えるということができなくなって困ってしまうこともありましたが、それでも、草津に行ってきて本当に良かったな〜と思いました。

何より1番良かったのが、帰ってきた僕を迎えてくれた奥さんの笑顔!!

僕がいない間、寂しい思いをしたこともあったでしょうし、心配する事もあったでしょう。
それでも笑顔で迎えてくれる奥さんは、本当によくできた素晴らしい奥さんだと思います。

そんな奥さんの愛に包まれて、僕は幸せをいっぱい感じるのと同時に、「ありがとう!」と「大好き!」という、気持ちが僕の心から自然と湧いてくるのも感じて、僕は、迷いなく自信を持って奥さんに「ありがとう!」「大好き!」を伝える事ができました。


今回の自分探しの旅は、自分の心や体とつながり、自分の心や体の声を聞いてその欲求を満たし、元気とやる気を充電する旅となったのでした。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年11月 5日

◇パン作りで見つけた私のこだわり

ホームベーカリーを買ってからというもの、最近は毎日のようにパンを焼
いては職場に持っていったり、友人におすそ分けしたりして楽しんでいま
す。
手作りって暖か味があるから余計に相手が喜んでくれるんですよね、
美味しい〜って言ってくれるその笑顔が見られるのが嬉しいんです。

こういう私でもパンについては無知の素人だったんです。
私は以前調理師をしていましたので、どちらかというと料理は得意な方で
、ある程度のものは作れたりするんですが、パン作りっていうのは、どう
いう過程を通って作られていくのかをやったこともないし見たこともなく
、全くわからないので「パンはお店で買うもの」と私の心の中ではそう決
められていました。
(よく考えたらケーキでもおうちで作れる代物なんですからパンも作れて
当然なのかもしれないけど、そこまで頭がまわっていません・・)
それに巷ではパン屋さん以外の普通の主婦の方とかもおうちで作られてい
たりすると、ただただ「パンが作れるなんてすごい!」って感動してしま
うんですよ。
私にとって「パンを焼く」っていうことは、未知の世界の憧れの極地!な
のです。

そうなると・・わからないことって知りたくなりますよね?
どこか心の中に引っかかりがあるものって知りたい欲求が大きくなるよう
です。

「ドライイーストって何?」
「パンって強力粉なんだ〜」
「発酵って難しいんだろうな・・」

本当は興味はあるんですよ。実際私もそうなんですが、ただ知らないこと
が多いと、さまざまな理由をつけてそのことから遠ざかろうとしてしまい
ます。

この、「やったことがない」のが曲者です。
経験のなさというのは、自分の中にあるいろんな可能性の芽を摘んでしま
って、それ以上の成長を閉ざしてしまいます。
これは大人になればなるほど、知らない、わからないと感じさせる要因に
は必要以上の興味を持たなくなってしまうんです。
要らない労力は使いたくない、っていう心の働きが起こっているのかもし
れません。もったいないことですね。


私の場合も、

「やったことがないから出来ない」⇒「私にはパンは作れない」

このように変換されていたみたいです。

わからないことがある自分が嫌だったからあえて興味を持たないようにし
ていたのかもしれないし、自分にはパンは作ることは出来ないんだ、って
思い込んでいたところもあって、そのせいで興味津々の自分を認めようと
はしていなかったのかもしれないし、見方はいろいろですね。

でも、不思議にそうやって押さえ込んで抑圧していた蓋が開いたきっかけ
ができました。パンが食べられない状況で頭の中で起こっていたこと。

「パンを食べたい」⇒「パンを作りたい」


脳内大変換です。
あれだけ作れない〜って思っていたのに不思議ですよね。


それからが大変で、パン作りをしているあらゆるサイトをあちこち探し回
り、参考に見ていたんです。

・材料をそろえるとするとどこで買ったらいいのか?
・小麦粉やイーストは何を使ったらいいの?
・中に入れる具はどういうのがある?
・美味しいレシピは?

などなど、私の中にあった疑問が一気に爆発、って感じで夢中になって
探してしまいました。

この状態になって、改めて学んでいる心理学の格言にこんな言葉があるの
を思い出しました。

「自分が苦手だ、無理だと思っている分野ほど才能をもっている」

まさしくそのとおりだな、と思います。

あれだけ自分には無理だ・・と思っていたのに、その「無理」という言葉
を取り払うことによって、出来ないと思い込んでいたことが興味に変わっ
て、その過程を楽しむことが出来るようになっている自分を見つけたんで
すから。とても面白いです。

そしてどうしたら美味しいパンが作れるのか?と、とことんこだわりが出
てきています。日々レシピを少しずつ変えてみて試しているし、面白い、
楽しい、と思えるからその作業が苦痛にならない。時間も気にせずに夜中
でも作っていたりする。
そして失敗作が出来たとしても、「こうやったらうまくいかないんだな・
・」と、失敗したことを悪く思うんじゃなく学びとして受け取ることが出
来るんです。

身の回りの方とかでも、あれほど嫌だって言ってたのにやってるとか、嫌
いだと言っていた人といつのまにか仲良くしていたりとかありますよね。
嫌いから入った男性をある時に好きになってしまって付き合うことになっ
た友人もいます。それも同じような現象なんでしょうね。

そういう苦手なものに関しての自分の思いは改めて誤解なんだ、って気づ
くことが出来るとしたら、その時っていうのは、その対象に対して自分の
心の中に閉じ込めてある純粋な気持ちの部分に触れることができた時なん
じゃないかな?と思うんです。
純粋に好き、といえる素直な気持ちほど、強いものはありません。

ただ、ここを見つけることっていつも違う想いで周りを固めてしまいます
からなかなか難しいとは思いますが、でも探したら必ず見つかるんです。

皆さんも自分の苦手で無理だ、と思っているところの見直しをしてみませ
んか?
もしかしたらものすごい才能が出てくるかもしれませんよ。


中野 知枝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:09