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2005年10月31日

●秋の日の風景〜車窓の向こう側〜

 路線バスに乗りました。久しぶりに乗ったのですが、良く使っていたの
とは少しだけルートが違い、大学病院の前を通ります。そう言ったことも
あってなのか、ノンステップバス、という、床の低いバスでした。

 神戸の市バスは、左右に1列または2列のシートが前を向いて並んでい
るのが多いのですが、このバスは少し変わっていて、同じように前を向い
て並んでいる席と、電車のようにバスの窓を背に一列に並んでいる席、そ
して車椅子の固定場所があって、一つの席は進行方向と反対向き。更に一
つの区画はJRの新快速なんかのように向き合って4人座りの座席。私は、
実は進行方向と反対の席はあまり好きではないのですが、この日は何だか
楽しい気分で敢えてその席を選びました。

 床も低いし私から見れば後ろ向きに走るわけで、当然見える景色はいつ
もと異なりますね。あの、夏の元気だった並木も少し色が褪せ、でも紅葉
や落葉にはまだ程遠い・・・その隙間から高く真っ青な空が見える。通り
なれている道が違った場所、あるいはちょっと異国のような感じさえしま
した。そう、相乗りの辻馬車かなんかから見えたのはこんな風景かな、な
んて思いながら乗ってました。

 そういった路線のせいか、運転手さんがいつになく声をよくかけていま
した。この頃は、あれはなんていうのでしょうか、マイクをかけて手を離
さずに声をかけられるのですが、ちょっとした「気をつけてくださいね」
とか、本来は後ろから乗るのですが、お年寄りがやっとバス停にたどり着
いたのを見ては「前をあけたげるからこっちから乗りね」と声をかける運
転手さん、それに「ありがとう」と答えるおばあさん、それを見て席を譲
ろうと思った時、私の前の席の方がすっと立ち上がり、「私は次でおりま
すから」と本当にさりげなく席を変わる。今日のお天気を更にすがすがし
く感じるものになりました。

 この路線は私が子供の頃から使っている線で、多少通っているところが
変わる事はあるものの、ずっと続いている線で、須磨区の東の商店街付近
から神戸の真ん中辺りである神戸駅までを、約30分で走るコースと聞い
ています。走るのは、「市道山麓線」と呼ばれる道で、文字通り、神戸の
町中の山に添って流れる道路なのですが、ひときわ高い場所も有り、建物
の隙間から海までが臨めます。時間によれば、ポートタワーを含む夜景を
見ることもできるのです。

 普段車を使うことが多い私は、運転しているわけだからもちろん脇見も
できないし、目線も低いので感じることは少ないのですが、神戸と言う町
の立地を感じる場所でもあります。東西に長く、南北が短い・・・つまり
北に山を、南に海を控えているわけですから・・・、そして高低差がある
ということを、私の乗るバス停からすぐのカーブで乗るたびに感じるので
す。そしてその一つ下を走る道辺りは、かつての私の遊び場所だったとこ
ろです。子供の頃、私の基地だった場所には大きな団地が立ち、目印だっ
た祠のある大きなおうちは病院になっています。踏み切りのそばにあった
汚くて臭い池はもう姿かたちもなく、整地されていて・・・あそこにいたザリ
ガニたちはどうなったんだろう・・・。

 そう、坂道があり、小さな路地が多く、震災後変わっていった眺めの向
こうに、子供の頃見ていた風景を思ったりすることも。ここそこにお地蔵
さんがいてはって、お花が添えられたり涎(よだれ)かけが変えられたり、
夏の終わりにはたくさんのちょうちんがかけられ、近所の子供たちがお地
蔵さんにおまいりに来てお線香をあげるとお菓子をもらえて・・・ふだん
は小さなささやかな祠も、このときは主役なんですね。小さくして亡くな
った子供さんのために作った、というお地蔵さんも少なくなくて、友達が
遊びに来てくれて嬉しい、そんな思いなんだと思うんです。

 バス道の一本下の道、今、友人が住んでいる辺りの近くに、小学生のこ
ろ仲良しだったお友達がいることを思い出していました。

 そのお友達・・・よしえちゃんというのですが・・・よしえちゃんのお
うちには小さな祠があって、カワイイお地蔵さんが収まっていました。良
く遊びにいってましたが、まずはお地蔵さんにご挨拶。なぜなら、このお
地蔵さんはよしえちゃんの弟さんだからなのです。よしえちゃんは幼稚園
のころから美人さんで、幼稚園から遠かったことと、お母さんの体が弱く
って歩いて帰ることができなくて、時には遠いとは言え歩けないことはな
いと子供の私にも思われた距離を、タクシーで帰ることもありました。今
となってはあまり覚えていないのですが、きれいな声で歌を歌うよしえち
ゃん、そしてハスキーな声で美人のお母さん、何だかとても好きで、いつ
も行っていた気がします。そしてよしえちゃんのお家に行ってはお地蔵さ
んにまずご挨拶。うちの母とはまったく違うタイプのよしえちゃんのお母
さんと話すのが好きで良く行っていましたが、学年が進み、クラスも変わ
り、会うことも減りました。中学校は別々になり、風の噂によしえちゃん
のお母さんが病気で亡くなったと知ったのは、腹違いの弟か妹をベビーカ
ーで連れている彼女を見かけどうしても声をかけられなかった想い出と共
に、本当に忘れていました。

 バス停の近くにも、仲良しだったお友達がいました。このひろみちゃん
は、運動神経が抜群で、小学生の頃から何キロも泳げました。お父さんが
水泳がとても上手で、そのトレーニングの結果なのですが、惚れ惚れする
ようなきれいなフォームで泳ぐんです。ひろみちゃんのおうちにはお母さ
んがいなくて、お父さんとひろみちゃんの二人暮らしでした。でも週末に
はよくおうちに呼んでもらって、「もう食べられへん!!」と言うくらい
たくさんのお好み焼きを作ってもらったり、足の悪い私に水泳を教えてく
れたり、登山に誘ってくれたり、本当にかわいがってもらったなぁ。ひろ
みちゃんのお母さんも病気で亡くなっていたのですが、どれだけきれいで
優しいか、そして大事にしてくれるお父さんとひろみちゃんのためにお母
さんが頑張っていた話など、たくさん聞く機会をもらっていました。

 よしえちゃんもひろみちゃんも大好きな友達で、タイプは違うけど、歌
や水泳や私にはないものをたくさん持っていて、でも、うらやましいとか
そんな気持ちより純粋に「すごいなぁ」「かっこいいなあ」と思っていた
な、って今も思うのです。どうしてるんだろう?結婚しているだろうな。
子供はいるだろうか?私みたいに離婚したりはしてはいないよね(笑)、
なんてちょっと心の中で対話してみたり。

 今年に入って小学校時代の、それも8歳の頃の友人と再会し、会う機会
が増えて本当に嬉しいのですが、三つ子の魂百までって言うけれど(彼女と
は八つ子の魂、なんていってみたりするが)、本当に今も波長が合って…
子供の心って本当に素直だったなあ、と思うのです。損得なしのお友達で
すから。失くしたくないと願っていたものの一つなんですね。彼女にはい
つか逢いたい、って実は長い間考えていました。今年の1月、本当に偶然
に再会し、これは奇跡や!と思いました。彼女は今もそうですか、かわい
くて頭が良くて、良く伸びる歌声に憧れていました。本当に素敵な声。互
いに成長と共に変わっていったこともあるし、成長と共に愛しいものであ
ったり・・・。子供の頃のことって案外覚えているんですよね。大人から
見るとそうでない気もしたりするのだけど、子供時代の記憶って、儚かっ
たりどこまでが現実なのかと言うこともあるのだけど、ちょっとした光景
や情景や・・・いろんな機会が昔の本当に純粋だった自分にも逢わせてくれて
いる。

 いつの間に、忘れていたんだろう。自分が子供だったと言うこと。いや、
忘れていたわけではないんだけど。純粋に誰かのことが好きで一緒にいた
くて、そのことが楽しくて、どの友達のおうちの事情も知っていたり知ら
なかったり、感じていたり、でもそんなことはどうでも良くて。ただその
お友達や家族がいて、私もいて、私の家族もいて・・・みんな家庭の環境
もその後の進路も人生も全然違うのが当たり前。なのにいつからか社会の
波にみんな少しずつ飲まれていって・・・。

 今もバスから見える風景の中に、私やよしえちゃんやひろみちゃんや、
再会したくみちゃんや、皆の家族に、私の家族に、いる気がします。私の
目に今写る景色は違うけど、その向こうに想い出と、他のものに変えがた
い何かを持って皆がいてくれる。そんな気がしました。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年10月24日

●ゴルフとマージャンと自分

こんにちは、よしみたいちです。

みなさん、趣味はお持ちですか?

よく、テレビの見合いの席の一場面などで、

「あのぉ〜、ご趣味は・・・??」

などと聞かれた時に言える趣味や、履歴書などにも書き込める
趣味をお持ちですか(笑)

正直言いまして、僕には趣味と言える趣味はありません(-.-)

でも、映画も観ます。音楽も聴きます。
ドライブも好きです。スポーツや旅行も大好きです。

一般的に、趣味として、よく言われるものは大好きなんですけどね。

しかし、趣味と言えるものではなかったと思います。

ちなみに、僕のオクサマの趣味は『寝ること。』です。

これが、趣味と言うのかどうか分かりませんが、
彼女曰く、趣味だそうです^_^;

そんな僕にも、興味が沸くものができました。
それが、趣味かどうか分かりませんが・・・(笑)

『ゴルフとマージャン』です。
(ゴルフ・麻雀といっても、家族や友達と遊びでやるくらいです(^^))

う〜ん、いかにもオヤジ臭い趣味だと思われますよね(^^ゞ

そうなんです。オヤジ臭い趣味なんです。

なぜなら、僕の父親が
「社会人として、ゴルフと麻雀くらいは知っておいた方が良い。」
という理由で、僕が社会人になってから教えてくれました。

しかし、オヤジ趣味とバカにするなかれ・・・。
これが、なかなか面白いんです(^o^)

『ゴルフ』って、最近は、若い女子プロゴルファーの方の活躍などで、
テレビなどでも、大分と取り上げられていますよね。

止まっている白いボールを、クラブと呼ばれる棒で打って、飛んだボ
ールのところまで歩いていって、そして、また打つ。

そのことを何度か繰り返して、最終的にマグカップほどの穴に入れて、
その打数の少なさを競うわけです。

「仕事の早起きはできなくても、ゴルフの早起きはできる!!」
と、どこかのオジサマの声を、聞いたことがありますが納得です(笑)

『マージャン』についてですが、すごく簡単に言うと、牌とよばれる
ものに絵が描いてあって、その絵を揃えたり、その絵の数字を並べた
りすることで、勝敗や勝った得点などが決まるのです。

『ゴルフ』では、止まっているボールを打つわけですが、なかなか思
ったようなところに、飛んでくれません。

右に飛んだり、左に飛んだり・・・バンカーと呼ばれる砂場に入れたり
・・・(>_<)
イライラすることもあります。途方にくれることもあります。

そうかと思えば、ナイスショット連発で気分が晴れやかになって、
すごくうれしく、楽しい気分になることもあります。

『マージャン』にいたっては、おもしろいように、引いてきた牌の絵が
揃ったり、数字が並んだりして、誰よりも高得点で勝って、気分よく
そのゲームを終了することができるときもあります。

そうかと思えば、全然、自分の手の内の牌の絵が、揃わずに、
悶々としたり、我慢しきれずに出た行動が、裏目に出てしまったり
(ーー;)

「でも、僕の『ゴルフ』と『マージャン』のような良いとき、悪いときの話は、人の人生でもあることではないだろうか??」
と思うのです。

少なくともボクは、そう思います。

すごく楽しくて、うれしくて、全てが上手くいって・・・
「今日は良い日だなぁ、うれしいなぁ(^o^)」
という日もあります。

そうかと言えば、怒られてばっかり、落ち込んで、どうしようもない
トラブルに見舞われる日もあります。
「なんで、俺ばっかり・・・早く、終わらないかなぁ〜(>_<)」
と悲しくて、ツライ日もあります。

『ゴルフ』においても、『マージャン』にしても、上手くいかずに、
「本当に『運』がないなぁ〜」と、苦しいときがあります。

そんな時、どのようにされていますか?

僕は、そんな時は、早く自分に運が回ってくるようにします。

ゴルフでは、クラブやボールを変えてみたり、一息ついてみたり。
マージャンでは、どれだけ低い得点でも、早く上がるようにします。

自分のダメージが大きい分、それを大きな事で取り返そうとスケベ心を
出すと、もっとドツボにハマっていくんですよね^_^;

大きく変えようとすると、自分の中で期待が生まれます。

期待すると、自分の思い通りにならなければ、目的が達成されたように
感じる事ができません。

そんなときは、小さな変化をコツコツとします。
小さな変化・勝利って、すごく大事だと思うんです。

ボクは、小さな勝利で、小さな変化で、自分に運が流れてくるように
感じます。

時には、我慢と感じて、苦しい、ツライと思う時もあるでしょう。
時には、先の見えないの不安に駆られて、嫌気が差すときもあるでし
ょう。

でも、ボクは、そんな小さなことを積み重ねています。

人の人生って・・・
調子の良いと感じるときもあれば、悪いと感じるときもあります。
気分の良いと感じるときもあれば、悪いと感じるときもあります。

自己啓発の本などで、「ポジティブに考えよう!!」みたいなことが、書かれてありますが、落ち込んでいる時に、なかなか良いように考え
にくいですよね。

生活のため、家族のためにと、早々にリタイアすることも出来ません。

社会人として、そういった良いとき、悪いときの思いを感じれるゲームを、そして、ゲームを通して、どのようにしていくのかをボクの父は、教えてくれたのかもしれません。

もし、現在、上手く行かずに、悲しかったり、つらい気持ちになって
おられるならば、早く、自分に運を呼び込むように小さな変化を大切
にされると良いかもしれないですね。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

吉見 太一のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年10月23日

◇お引っ越し 〜手放すこと〜

突然ですが、引っ越すことになりました。
現在、引っ越しの準備に追われております。

引っ越しの時、毎回大変なのが荷物の選別です。
皆さんも経験があるかと思いますが、どの荷物を持っていって、どれを捨て
るか、毎回悩みますよね。

わが家も例外ではなく、特に今回は夫婦で「荷物を3分の1に!」を目標に
頑張っております。

とにかくなんの荷物がいちばん多いか調べてみました。
わが家でいちばん多い荷物は「本」です。
特に妻が本好きで、最初引っ越しする時に妻の本(私も含む)を処分するた
めに古本屋に持っていったのですが、なんと段ボール箱20箱!!
さすがにあの時はすごかったですね。
車で2往復した記憶があります。

次に多いのが、「紙」です。
FAXやら、電話などの明細書やら、捨てていいものかどうかわからない書類
がこれまたたくさん出てきます。
皆さんはどうされているんでしょうね?
とりあえず私はファイリングしておいてあるのですが、それでもかさばって
なかなか場所をとってます。

そして、これはわかる人にはわかってもらえると思いますが、パソコンソフ
トって場所をとるんですよね。
パソコンを初めて10年間、ずっとソフトを捨てずにおいていたら、段ボール
箱10箱近くになりました。

そして、どの家庭でもたくさんありそうなのが、「服」ですね。
私はそんなにおしゃれなほうではありませんが、それでもかなりあるなと感
じてしまいます。
女性ならなおさらでしょうね。
以前友人の女性の引っ越しを手伝ったことがあるのですが、引っ越し前に処
分した服がポリ袋12袋、そして、持ってきた荷物の8割が服というすさまじ
い状態でしたね。
たぶん妻の服もこれから選定に入るんだと思います。
大変だろうなぁ。

クライアントさんとの話で、「引っ越しするのに夫が何もしてくれないから、
引っ越し屋の手配から電気、ガス、水道、電話の手続き、梱包、掃除など全
部一人でやった」という人がいたのですが、私は心から「よく一人でやりま
した!」と称賛したいですね。
本当に大変ですからね。

今こうしてつらつらと書いてみたのですが、ここに書いたものって、家には
あるけど、ほとんどが1年以上日の目を見なかったりするものなんですよ。
普通に生活している分には全く気がつかないのですが、いざ引っ越しとなっ
た時に、意外と使っていないものがたくさん出てきたりしますよね。
今だったら、リサイクルやフリーマーケット、オークションなどである程度
は処分することが可能なのでしょうが、以前は捨てるしかありませんでした
から、なかなか捨てられなかったりしたんですよね。

そして、いつものごとくふと考えたりします。
心の中にも、こんな感じで「必要のない」ものが結構たまっているんじゃな
いだろうか?
たとえば、あまり意味のない嫉妬心や怒り、恐れなんかは、心の場所をとる
だけで、意外と使い道がなかったり、捨てるに捨てられない「執着」してい
るものがあったり、実は心の中も家の中のようにいっぱいになっているのか
もしれませんね。

たとえば、皆さんの心の部屋があって、その広さが20畳くらいあったとしま
す。
そこにたくさんの普段使わないいろんな「感情」という荷物を詰め込んで、
実際の生活スペースが4畳半くらいの広さになったとしたら、もしかしたら
「私は4畳半くらいの心の広さの人間」と思い込んでしまうかもしれません
ね。
でも、外から見れば4畳半だとは思わないわけですから、周りは広い部屋を
イメージするわけです。
でも、中に入ったら4畳半くらいしかスペースがない。
友人や恋人が遊びに来て、その状態を見たら、いったいどんな顔をするで
しょう。
そう考えた時に、友人を心のお部屋に招待したいと思うでしょうか?

カウンセリングなどをしていて、なかなか彼や彼女に心を見せられないとい
う話がよく出てきます。
もしかしたら、その人たちは自分の心がこのような状態になっていて、見せ
たらがっかりされる、嫌われると感じてしまうから、うまく心を開けないの
かもしれませんね。

あるカウンセラーがこんなことを行っていました。
「心の中の状態と、部屋の状態はだいたい一緒なんだよね。心の中の状態を
部屋に映し出すことで、現実と心を一致させようとするんだよ。」
これは確かに言えることかもしれません。
よくこんな話もありますよね。
気分を変えたくて部屋の模様替えをした。
彼を忘れるために思いっきりモノを捨てた。
髪形を変えた。
ピアスの穴を開けた。
どれも「今の自分を変えたい」と感じている時が多いのではないでしょう
か?

問題は心の中にあるのかもしれませんが、心の中の問題は、必ず現実に何ら
かのメッセージを送っています。
もし、何かに行き詰まっているように感じたら。
一度自分の周りをチェックしてみてはいかがですか?
そこには、心が行き詰まっているのと同じように、行き詰まった現実が存在
しているかもしれません。
逆に、現実が行き詰まっていると感じたら、心が行き詰まっているのかもし
れませんね。

心の大掃除。
今年も残すところ後3ヶ月ありませんから、そろそろ部屋の大掃除と一緒に
考えてみませんか?


投稿者 csadmin : 03:16

2005年10月17日

●遊び 〜新しさを感じること

先日、久々に会った仕事仲間と、「夜遊びしよう!」ということになりました。

仕事を終わらせて、5人で夕方から4時間ほど、難波へ遊びに行きました。
賑やかな商店街をぶらぶらしながら、タイムサービスのお店でご飯を食べて、
道頓堀の側道の、整備され、綺麗になっている辺りをまたぶらぶら。

遊びのメインは、「おしゃべり」でした。
近況報告にはじまり、共通の人物の話題から、流行のファッション、音楽、
映画など、時には仕事中には聞きにくい仕事のことも。
ぶらぶらしながら、あ、そこのアレ何だかんだ…とずっと話し続けていました。
カラオケにも1時間だけ行ったのですが、歌の間奏中はまた喋る。。
最後は、大合唱でしめくくられお開きとなり、とても楽しいひとときを
過ごしました。
そして、ほろ酔い気分&遊び疲れた〜と「良い気分」で帰宅した時に、
あることに気付いたのです。

「今日何したか、次、何をするか、、、忘れてる・・・!!」


すっかり忘れていました(叫)

(注)…実際には、仕事を終える前には、一日の振り返りをして必要なことは
メモしていますし、次のTo Doも一覧にしてあるので、全く問題はありません
でした。
むしろ、この夜遊びがよい気分転換となったらしく作業効率も上がりました。

気付いたのは、このすっかり忘れた、ただフワ〜とした感覚は、
脳に余裕の空間が作り出された感じというか、
肩の荷を全部降ろしている感じというか、
とっても楽チン♪ かろやか〜なよいものだということでした。


「遊び」って、生き生きした感覚を簡単に作ってくれる、そして、この
生き生きした感覚は、新しい物事、考え、人々を受け入れやすくしてくれる、
と改めて思いました。


皆さんは、最近、いつ「遊び」ましたか。
皆さんにとって、「遊び」というとどんなことでしょうか。

私にとって、「遊び」は、かつてこんな感じでした。

…ブランコ、鬼ごっこ、ままごと、自転車レース、町中探検、泥団子作り、
 フラフープ、バレーボール、バトミントン、ゴム跳び、ケンケンパ、
 絵本や紙芝居の暗唱、ぬりえ、トランプ、あやとり、バトン、
 人生ゲーム、お化け屋敷ゲーム、オセロ、ファミコン、
 マンガ、小説、カセットテープの編集、アイドルの物真似…

これらは、中学3年生くらいまで、好きだったこと、楽しかったことなんです。
(ファミコンがあって、PS2(プレステ2)がないあたりが世代を表している
かもしれませんね。(照))

子供の頃は、お昼過ぎから夕方まで、同じ遊びを何回も、何十回も、たぶん、、
何百回も、飽きずに遊んでいたように思い出されます。
同じ鬼ごっこでも、時にはただ追いかけるだけではなく、気がつかない芝居を
してみたりとか、近所のチビッコもいる時は、恐そうに追いかけて、あと少し
で捕まる!という所で逃がしてあげるとか。
(チビッコは「ひよこさん」と呼ばれ、例え鬼に捕まっても鬼にならない
ルールがありました。)
あやとりでは、ゲームオーバーだと思われるぐちゃぐちゃな状態から
糸をとって復活させるのが尊敬されたので、永遠と続いていましたし、
暗唱が十分出来た物語は、3つの話を一つに作り直してみることもあれば、
ままごとの新しいストーリーになったり、新作の歌や踊りになったりも
していました。
…鬼ごっこに関しては、本当は、私はどんくさい子供だったので、
よく鬼になっては皆に逃げきられてビービー泣いてもいましたが、それでも
懲りずに毎日、何で遊ぼう?何か新しい驚かせることないかなぁ?と
夢中でした。

皆さんの子供の頃は、どんなことが好きでしたか。
飽きることなくやっていたことは、どんなことでしたか。

仕事だけでなく勉強でも趣味でも、追求していくと、私達には「すること」
っていくらでも出てくるんですよね。
アレもコレもソレもしたい…という意欲的な状態でさえ、私達は調整し、
成し遂げていく為に、多くのエネルギーを消費しています。
が、その中に「出来ない理由」「嫌なこと」などが混じってくると、
膠着状態となったり、非生産的な思考に捕われたり(これらも悪いことでは
ないんですが…。)して悩ましい問題や感情が生まれてしまいます。
(本来、仕事や勉強、趣味は、楽しんで出来るものなんですが、
こういう状態が起こり得るから、重く苦しく難しいだけのものだという誤解が
生じたり、葛藤が起こったりするのですね。)

カウンセリングでお手伝いさせていただいていることは、
この混沌としてしまった感情を見つめたり、整理整頓したりしながら、
埋もれてしまった本当にしたいこと、好きなこと等を見出し、
繋りを取り戻していくことですが、
「遊び」がもたらすこの、生き生きとした感覚は、こだわりや思い入れなどの
縛り付けを緩めて、軽くしてくれるので、
問題や感情を軽く扱えるようになることも多いです。
なのでセラピーでも応用されますが、日常でも心がけて使っていくことが
出来るものです。
そしてどうなるかというと、新しいもののすばらしさや未来に喜びがあることを受け取りやすくしてくれるのです。

今回の経験では、私はそれまで、高校以来の親友が海外に嫁いだことから、
少し漫然とした寂しさに捕まっていたのですが、
寂しさよりも彼女との友情を大切にしようという意欲が戻ってきましたし、
これまでに出会って来た人々、最近出会った人々のいい所、優しさ、面白さ、
ちょっとした心遣いを嬉しく思う感覚をより鮮明にして取り戻すことが出来
ました。
生き生きした感覚の大切さと、この効果を思い知らされた気がしたのでした。


今の私にとって、「遊び」というとこんな感じになります。今後の予定ですが…。

○友人宅にて、某ドラマの韓国料理レシピをお題にクッキングパーティをする。
○すでに観て来た『ベルリンの至宝展』と『ミラノ展』で、宗教関連の作品を
 観る時、誰が誰なのかがピンと来なかったので、漫画か初心者用ので
 キリスト教の本を一冊読む。
○趣味で続けてきた語学(英・仏)の試験を受ける。

普段、連絡を取らない時間帯に友人と連絡を取り合ったり、
行かない本屋のコーナーを見て回ったり、音にじっくり耳を澄ましたりする
時間は、新鮮で楽しいものです。


けれど本当は、「遊び」から得られる生き生きとした感覚は、
何もイベントがなくても得ることが出来るんですね。

朝早く起きたり、夜遅く寝たり…そんな風に日常を変えたり、
家に帰ってすることを変えるだけでも、感覚は刺激され、
生き生きしてくるのです。
そうやってみること、新しさを感じてみることで、感覚は生み出されます。

子供たちが同じ「遊び」を、毎回夢中で変えていたように。

伊藤昌代のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年10月15日

◇パートナーは自分の潜在意識?!

先日TVで『ブルースカイ』という映画をやっていました。
10年位前の映画で、日本では公開されなかったのであまりメジャーではない
ですが、個人的には結構好きな映画です。
主演のジェシカ・ラングという女優さんが、とても色っぽい妻を演じていて
カッコいいんです。

何年か前に英語字幕しかないビデオを、泣く泣く辞書を片手に見たのですが、
主演の男優さんの英語の早いこと。。なんどビデオを止めたことか。。。
今回TVで吹き替え版を見ることができて、やっと?細かい内容を理解する
ことができました。(^^)v

夫婦や家族の心理的葛藤や絆についてかかれているのですが、米軍が舞台で
雰囲気も普通の家族ものとはちょっと違って面白いです。

―― アメリカの軍隊に務めるハンク少佐には、妻と二人の子供がいます。
真面目で気骨もあるものの、自分の意見をなかなか上司に押し通せないハンク
と違って、妻のカーリーは明るく派手なパーティ好き。
転勤がちな駐屯地でも、夫の同僚をよんではみんなで騒いだり、夫の仕事中に
色じかけをしたりと、とても自由奔放です。
カーリーのせいで、転勤を命じられることも。

一見するとまるで正反対の性格で、なぜこの二人が一緒に?と思うものの、
二人はお互いに強く惹かれ合っているんですね。
真面目なハンク少佐も、奥さんが楽しんでいるところを見るのは大好き
なんです。

ところが、ある転勤をきっかけに二人の関係が変化していきます。

新しい駐屯地の環境に馴染めず、気分が晴れないカーリーは
いつもの奔放さに輪をかけて、ハメをはずしてしまいます。
夫の留守中、夫の上司に言い寄られ、つい応じてしまったんですね。

そんな時、夫のハンクも仕事でピンチに見舞われます。
もともと核戦争に反対のハンクは、自分が関わったプロジェクトで、
大変な事実を目にしてしまいます。
地下核実験をしている途中で、人命に関わる事態が発生したにも関わらず、
上司に忠告しても取り合ってもらえません。
ただ、見たことは忘れろと。

納得できないまま、でも反発しきれないまま、帰ると妻の浮気が発覚。
妻を信じられなくなった上、実験のことでも反抗的なハンク少佐は、上手く
陥れられて、ついには精神病院にまで入れられてしまいます。

薬づけになった夫をみたカーリーは、怒りも心頭で、自分にとっていかに
夫が大切な存在かにやっと気づきます。
そして、何とか夫を病院から引き戻せないものかと一人もがいている時に、
偶然夫のカバンから極秘書類を見つけます。
そこには、あの核実験のことが書かれていのです。

いてもたってもいられないカーリーは、地下核実験が行われた土地に行き、
放射能をあびたかもしれない人々を直接訪ねます。
そして、その実験が行われている場所に一人で出かけ、軍の計画を妨害
しようとします。
新聞やTVにも声をかけ、メディアに堂々と自分の姿をさらして。

結果、プロジェクトを邪魔する厄介者として軍の上の人に会うことができ、
直接夫を解放してくれるように交渉するのです。

なかなかワイルドでしょ?(^^;)

カーリーの熱意にうたれたのか、脅しにびびったのか(笑)、ハンク少佐は
無事病院から開放されます。
もちろん、軍を辞めることにはなったのですが、今回のことでカーリーも
自分のことを深く反省し、二人は仲を取り戻します。

そして、軍を辞めたハンクが新しくたどり着いた仕事は…、なんと!大学教授
だったのです。それも核の脅威を教えることに。
核実験を支援する立場から、核戦争反対を唱える立場になったんですね。

強い思いはあるものの、逆らいきれず国や軍に従ってきたハンク少佐が、
奔放な奥さんのお陰(?)で、自分の一番したかったことをできるようになった
のです。

―― もし、カーリーという奔放な奥さんがいなかったら?
いろんなトラブルもおきなかったし、傷つくこともなかったかもしれません。
でも、一生上司に逆らえないまま、自分の気持ちを押し殺して、納得いかない
核実験に関わっていたかもしれないですよね。

では、カーリーにとってはどうでしょう?
彼女も、真面目で真っ直ぐに自分を愛してくれる夫といたお陰で、派手なだけ
じゃない移り気なだけじゃない、自分の中にある真っ直ぐな情熱を見つける
ことができたんですよね。
楽しむことは大好きでも、いつも不安的で心のよりどころが感じられなかった
彼女にとっては、夫のために全力をつくすという経験は、きっと大きな自信に
なったと思うのです。

この二人を見ていると、パートナーシップの力はすごいなぁと思わせてくれます。
一人では限界あることを可能にしてくれるのですから。
互いに競争し合い傷つけあってる時は、ハチャメチャなんだけど、相手を一番に
思えた時に、すごい力を発揮するんですよね。

パートナーは自分の潜在意識を見せてくれるといいます。
最初は純粋に魅力として、自分のないものをもっている人にひかれるものですが、
でも、その違いが衝突した時、行き過ぎた時、それはお互いを傷つけあうもの
にもなりますよね。

でも、もしそこでもう一度相手のことを受け入れることができたら…、
“違い”の悪い部分ではなく、良い側面をみることができたら…、自分の中に
眠っている潜在的な力も一緒に引き出すことができるのかもしれません。

もちろん、これは男女関係だけではなく、友人や仕事などあらゆるパートナー
シップでいえることです。
実際の関係性を続ける続けないは別として、相手の違いを受け入れること、
許すことで、知らない内に相手の魅力も自分の一部として統合できるとしたら
素敵だと思いませんか?

みなさんのパートナーはどんな人ですか?
自分との“違い”てなんでしょう?
それは、あなたの知らない世界ならぬ((^^;)…寒)、あなたの知らない潜在能力
をみせてくれます。

自分の中にある隠れた魅力を開花させるために、パートナーの違いを
大切にしてみてください!
きっとあなたの魅力もアップしますよ〜。


塩田 純子のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:59

2005年10月10日

●34歳 独身、結婚について考える。

こんにちは、うえにしなおみです。

すっかり秋の気配ですね。気温もぐっと下がってきたみたい。

今、私が住んでいるのは神戸市内、とある高校のグラウンドの真隣になります。朝は野球部の朝練でしょうか、「キーン」という澄んだ音が近所に響き渡ります。
先日は体育大会だったようで、応援歌やマスゲームの音楽、学生さんの初々しい場内アナウンスで私も自分の高校時代を思い出し、離れて10年以上経つ地元へ思いを馳せていました。

想像力貧困な高校生の私、本気でノストラダムスの大予言を信じていましたし(1999年は私が29歳、30歳を迎えられないんじゃない?という荒っぽさで将来を考えることを放棄してみたり…)、小学生の頃友達としたこっくりさんの「26歳で結婚するでしょう」を信じてみたり、、、。(当時は本気で20代で結婚してると思い込んでいました)
「34歳の私」は到底、想像することは出来ませんでした。

さてさて、
今回のお題は「結婚について考える。」ここ数ヶ月でしょうか、知人友人たちから「結婚」という言葉がいやに飛び交っていて私自身考える機会が多かったんですね。
34歳、非常に微妙なお年頃、カウンセラーといえども人間ですし女ですから焦りもするしコワくもあります。

今、学生の頃親しかった友人たちを見渡してみると多くがこどもを出産し、家庭生活を営んでいらっしゃいます。

私は進路を決定する時に、いつもといっていいほど友人のアドバイスをきかないようで、職業を決めるときにも企業への就職には友人の多くは反対をしています。理由は‘厳しすぎる’‘男の職場’‘婚期逃す’…などさまざまですが多くは女性として好ましくないというニュアンスが多かったように感じます。
「結婚はしたい〜」と口では言いながら、当時の世間的に見れば結婚するという方向性ではなかったようですし、私自身の気は弱いわりに負けず嫌いでしつこくて不器用な性格を知っていたから彼女たちのほうが、数年後の私を容易に想像できたのかもしれませんが・・・。

仕事を始めてからは「男性に負けたくない」「男性と同じに扱われないと申し訳ない」「女性だからを理由に使わない」そんな想いと葛藤の中にずっと居たように思います。

「負けたくない」と感じていること自体が、自分自身の「女性」を意識していて男性優位を常にどこかで信じていたことを今になると分かります。
私にとって「女性」はよわいもの・無力なもの・迷惑なものと感じていたようです。

女性性の痛みをしっかり感じさせてくれた、男性陣のお言葉ベスト3。
「いいよね、結婚したらやめれるし。」
「やっぱり得だよね〜、女性は。」
「結婚相手探しに来てるんでしょ?」

今なら風潮としても「ハラスメントですよ!」と言い切れるこの言葉ですが、20代の頃はこの言葉との戦いでした。
で、意地になって仕事を続けるに、今に至る。
30超えると、自分自身の中での何か吹っ切れた感もあったのでしょう、仕事で出会う方たちも「女性である」事をよきにつけ悪しきにつけ言われることは減りましたが。
ただ、油断していると自分に「女性」としての意識そのものが低くなった分、危険も増えたりしてやっぱりちょっぴり生き辛い。

子供を育てながら仕事をするには物理的に不向きな仕事ではありましたが、後輩たちの中には出産して仕事に復帰する子達も増えては来たようです。
色々な考え方があるかとは思いますが、性別はともかく才能が社会で生かされるのは何より。環境が整わないと難しいとは思いますが、そういう子達の存在が制度や周囲の見る目を変えていくのでしょうか。

もちろん、早くに結婚して家庭に入った友人たちが羨ましくないわけではありません。
会社勤めをしていた時に一番羨ましかったのは‘奥さん’という言葉。今思うのは決して奥さんという言葉や立場が羨ましかったわけでなくて「幸せそうな感じ」や「守られている感じ」を羨ましいと感じていたようです。
子どもさんを育てていらっしゃる苦労話すら、羨ましいと感じることもしばしばですしね。

でもこういう友人とお話しすると「自由でいいね」と言われる事も。

色んな‘結婚’があるんだけど、私って本当は一体何が欲しいのかしら?と本気で考えたのは実は最近です。幸せになりたいってぼんやり感じている状態は長かったですし、歳を追うごとに色んな事が楽になっています。
でも、幸せって?

お友達から届く、‘結婚しました’のお葉書やご報告。
頂くとほとんどが私自身も顔がほっこり、緩みます。この正体やなんぞや?
‘仲がよい’って雰囲気、‘二人でスタートします’そんな新鮮さなどをかんじる事が出来るからでしょうか?

‘結婚していない’ということで親や親戚に対して申し訳ないとかんじる事もあります。特にばあちゃん世代になると‘嫁き遅れ’とか思ってるんだろうな、なんてプレッシャーも十分感じます。
もう既に親族一同、私に対し「なおみちゃん、結婚は?」と聞くことはなくなりましたが、くやしまぎれに「結婚=幸せ」ちゃうもんっなどと「何か結婚について突っ込まれるかも!」雰囲気を感じただけでのたまいたくなったりもします。それだけでもどこかで「結婚=幸せ」だという価値観を持っているんですけどね。^^;

20代、劣等感もあいまって情熱を傾けたのは仕事でそこから得られたのは自信だったり、生きていくうえのスキルだったり。
本当にたくさんのものを貰いました。
だけど、心では‘幸せになりたい’いつもそう感じてはいます。

昔、結婚しようと思い踏み切れなかった理由は、彼を愛し続ける自信のなさと仕事を続けることを反対されたことでした。仕事もしたい…と伝えた時になぜか怒りを買ったことを覚えています。
相手方の背景もありましたし、背景から来る「女性は家庭を守って欲しい」という相手の価値観と折り合いをつけることが出来ませんでした。
相手の方と再会してもやり直すつもりはありませんが、今同じ状況ならどう対処できるだろうなとはよく思います。

20代のときほど、必死にがむしゃらに(体壊すほどに…)仕事に向かわなくても良くなった今。
私の人生にこどもという授かり者がきてくれるのかどうか別として、結婚できなかったらもっと寂しくなっちゃうんじゃないかな、一生幸せになれないんじゃないかな、そんな怖れにふと駆られることもあります。

本当に自分の心と向き合ったときに、私にとって幸せを感じられるのは
人であれ、ものであれ、仕事であれ、愛する対象があること。
自分が女性であることを痛みでなく喜びとして感じる事が出来ること。
自分の中の女性的な側面を‘劣等感’に閉じ込めていた時には到底考えることも出来なかったことですが、、、。
女性だからこうしてはいけない、こうすべき、ああすべきという観念からでなく柔らかさや優しさ、愛するという強さそういったことを表現出来る事なのかなと。
この歳になり好きな人に正直さを持ってハートを開くのは勇気もいるけれど、今まで情熱を傾けてきた仕事の方向性も含めて‘一緒に生きたい’と思える人を自分の力で選び、信頼すること。
歳を取るごとに、結婚後のお話もうかがう機会が多く(仕事柄もありますが^^;)耳年増になり、平坦さだけではない深さも思いますが、、、。

「結婚」に関しても常識や価値観は世代とともに移り変わり、特に西洋の文化が否応なく流入した戦後はめまぐるしく変化し続けているのを、様々な世代の方とお話させていただく中で感じます。
常に私たちの親の世代の価値観は私たちに影響し、また私たちの生き方も次の世代へ伝えていく必要のあることと、次の世代にとっては抑圧となってしまうこともあるのでしょう。

世代の狭間に生きている感もありますが、常識や価値観を超えてひとりひとりがオリジナルな幸せを少しでも感じられたらいいな、と改めて思う今日この頃です。

34歳、あと一ヶ月で35歳、独身、
決して負け惜しみではない、と思いたい「結婚について考える」でした。(^^♪
ちょっぴり「適齢期」と言われる年代を過ぎた皆さんへの応援にもなったらいいな!と思って書いています。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年10月 8日

◇損の道と得の道

僕は、いろんな仕事に就きました。宿泊施設のスタッフや、コンビニ夜勤、
精肉業に建築、芸能関係、その他、車に乗ってレンタルマットやモップを定
期的にとりかえに行く仕事もしていました。

そこは、本部から看板と商品をかりて、お客様の所をまわる、フランチャイ
ズ店形式の会社でした。

家庭用部門と業務用部門があって、交換周期はそれぞれ家庭用が4週間、業
務用が2週間。僕は業務用部門(会社・お店・病院など、人の出入りが多い
事業所がお客様)へ配属され大阪市内北東部を中心に、1日60〜70件の
配送ルートを夕方までに回り続
けるハードワークで、途中からは、新規開拓の営業に回ったこともあります。

朝、出社すると朝礼から始まります。本部と同じように、社訓や年度別モッ
トーの唱和から始まります。

社訓は、本部を創業された方から長年受け継がれたものですが、その中にこ
んな一文がありました。

「損と得の道あらば、損の道を行くべし。」と。

この社訓自身は、それはそれで立派だと思うのです。

僕も昔は、自分が劣等感やコンプレックスのかたまりでした。自分の存在を
ポジティブにとらえることができない、無価値感にとらわれ続けた人でした。

そこから抜け出すためには、自分をしんどい状況において、自らを鍛えな
きゃいけない苦労は、自ら買ってでも経験しよう、それが自分を大きくして、
成長するためには欠かせない。

もし、誰もが手をつけたがらない仕事があるなら、自分からすすんで手を上げ
よう泥まみれ、ほこりまみれ、汗まみれになっても、そこで自分に充実感が感
じられるなら、それが自らにとっての勲章であり、プライドでほこりだと、自
分に言い聞かせながらすごしてきました。

仕事そのものは、なんとかこなしたし、お客様から「いつもご苦労様。」なん
て、ねぎらっていただいたり、プレゼントをもらうこともありました。

にもかかわらず、「自分は自信がない、ちっぽけな存在だ。」とか、「業務中
のお客様へのところへ行くのは、貴重な時間を割くみたいで、相手の方にとっ
て迷惑に感じないだろうか?」なんて

おどおどしながら、罪悪感を感じながら接してたんですね。

僕にとって、自分が成長するために、自らをハードワークの場におくことは、
自分の無価値感を感じないようにするためのものでした。

抱え込んだ、自らをネガティブに感じる感情そのものは、一向に解消されなか
ったんですね。

子供の頃から持ってた、親との葛藤、中学校に入ってからいじめにあったこと
若く見られた容姿で、いい思いをしたことがなかったことなど、もろもろあり

自分は孤独で寂しい、いつも一人ぼっちで、何の魅力もないダメな人間だ、を
感じないようにするための補償行為として

自分は楽しく、明るく、ワイワイにぎやかに、充実した毎日を送るにはふさわ
しくない人間だと思い込んだのであえて苦業の「損の道」を選んだんですね。

一生懸命がんばってきて、自分を成長させるためにやってきたはずの事が、何
も報われないとするなら、そこからは、これまでのやり方を手放すときなのか
もしれません。

そのためには、もし自らをネガティブに感じるのであれば、その逆に、自分に
は抗しがたい魅力があると感じられるようになる必要があります。

自らをポジティブに感じられるようになれば、あえて苦業の「損の道」を行く
必要もなくなるんじゃないでしょうか?

「得の道」とは、苦業の逆、つまり楽しい道と言ってもいいかもしれません。

「得の道」と書くと、おいしいところだけをちゃっかりいただくような、あつ
かましいイメージをお持ちの方もいるかもしれません。

僕は違うと思います。自らの存在を肯定的にとらえることから、自分が持つ長
所を認識し、活かしていくことだと考えます。

自分をネガティブにとらえ、自己嫌悪を乗り越えるための手段として苦業の「
損の道」を選び、何もかもうまくいかなくなったあなたへ

もう、抗しがたい魅力を得るための、楽しい「得の道」を選んでもいいんじゃ
ないですか?


投稿者 csadmin : 01:24

2005年10月 3日

●本当のやさしさって?

最近、「やさしさ」について思いを巡らせることが多いんです。

もともとのきっかけは、奥さんや家族や友達や仲間などにもっとやさしくしてあげたい、ということでした。
「やさしくしてあげるって、何をすればいいの?」という素朴な疑問から始まったのですが、「そもそも『やさしさ』って何?」という、とっても広くて深い謎に辿り着いてしまったのです。

そこで、自分の中にある「やさしさ」を探ってみました。
すると、

・望みを叶えてあげること
・責めないこと
・許してあげること
・怒らないこと

というのが出てきました。

僕は、これらのことをする時に「やさしくしている」と感じて、そして、これらのことをしてもらった時に、相手の人を「やさしいな」と感じているようです。
そして、何かをすることが「やさしさ」だと思っているようです。

そんな僕に、「やさしさ」について大きな変化がありました。

先日、言うことを聞かなくて約束を守らなかった甥っ子(5歳)を怒ったことがあったんです。

僕はそれまで今まで一度も怒ったことがなかったんですね。
まだまだ小さな子供ですし、できるだけ自由でいて欲しかったので、ワガママを言おうが、人の話を聞いてなかろうが、それを責めず、怒らず、許して、甥っ子のやりたいようにさせてあげていたんです。

ところが、今回は、言うことを聞かなくて約束を守らなかったことを、敢えて怒ったんです。

怒ってあげることがやさしさだと思ったんです。

「もしここで僕が怒らなければ、甥っ子は将来もっと怒られてもっと痛い目に遭う」
「だから、今怒ってあげた方がいい」

そう思ったんです。

実際に怒って、甥っ子がすごく怖がって自分の世界に引きこもっているのを見ていると、すごく嫌な気分になりました。

おそらく、僕以上に甥っ子は嫌な気分になって、怖れと痛みで一杯だったでしょう。
それもわかっていた上でやったのですが、自分がやったことに自信が持てません。

「やっぱり俺ってやさしくないな」と思いました。
ただ甥っ子を無駄に怖がらせて無駄に傷つけてしまっただけではないかと不安と迷いで一杯になりました。

少し落ち着いてからこの出来事を振り返ってみると、「怒る」という表現方法はベストではなかったかもしれないけれど、すごくヘタクソなやり方だけど、あの時怒ったことは、僕のやさしさだと思います。

この出来事は僕の中に大きな変化と気づきをもたらせてくれました。

○今までのやさしさの概念が大きく変わった

今まで自分が怒られたり厳しくされて「やさしいなー」と感じることもなければ、
自分が怒ったり厳しくしたりすることでやさしさを表現することはありませんでした。

やさしさにはいろんな種類、いろんな形があるようです。

望みを叶えてあげるのも「やさしさ」ならば、望みを叶えてあげないのも「やさしさ」。
甘やかすのも「やさしさ」ならば、厳しくするのも「やさしさ」。
何かをしてあげない「やさしさ」もあれば、何かをしてあげても「やさしさじゃないもの」もある。

いろんな種類、いろんな形があるようですが、全てのものに共通しているのが

「その人のためになるなら」
「その人の幸せにつながるなら」

という、「その人のために向けられた想い」であるということです。

これがやさしさの正体のようです。

○今まで僕に与えられていたやさしさを感じて受け取ることができた

甥っ子を怒ったことで、それをすることがどれだけ気分の悪いことなのかが、嫌というほどよく分かりました。

今まで見えなかったり気づかなかったりしたけど、親や先生や学校の先輩や会社の上司などは、そんなに嫌な気分になってまで、嫌われ役や憎まれ役を買って出てまで、それだけ大きなやさしさを僕に与えてくれていました。
今更ながら感謝の気持ちと、そこまでして伝えてくれたその人達への尊敬の思いで一杯です。

○やさしさは、与えた分だけやってくる。

僕が、多くの人のいろんな形のやさしさを感じて受け取れたのは、僕がそれを人に与えたからなんだと思います。

心理学の格言で「与えた分だけ受け取れる」「受け取る分だけ与えられる」というものがありますが、まさにこれを身をもって経験しました。

与えた結果として帰って来たものを見てみると、あの時甥っ子を怒ったのは、やはり僕の「やさしさ」のようでした。

というわけで、僕の中では「その人の幸せを願う、純粋な想い」というのが本当のやさしさである、ということに落ち着きました。

だから、種類や形にこだわるのではなく、受け取ってもらいやすい表現、分かりやすい表現という方にエネルギーを注ごうと思います。


この長文を最後まで読んでくださった、あなたの「やさしさ」に感謝いたしますm(u_u)m

投稿者 csadmin : 12:00

2005年10月 1日

◇免許

まだ、夏の余韻が少し残っていますが、
これからの季節はバイクでのツーリングでは、風が心地良いですよね。
それを無視するかのようになぜか冬の出来事のお話なのですが(笑)


高校1年の冬のことです。
私が、家で夕方の再放送を見ながら、寒い冬は家の中が一番!(^^)ゞと、
くつろいでいると父が帰ってくるなり
「教習所行くぞ!」と一言。
バイクの免許を取りに行かせたいようです。

???
そりゃぁ、いつかはバイクの免許を取ろうかと思っていたけど、
何も高校のうちに取らなくても・・・。
どうせ、学校へは乗って行けないんだから・・・。
しかも、今冬だってば!真冬!
それに、原付の免許さえ持ってなかったんですよ!


当時父は、弟の口車に乗せられて(笑)
車を売って1台のバイクを購入していたのです。
久しぶりにバイクを買ったものの、一人で乗っているのはつまらないらしく、
そこで、「免許が取れる年齢」に達している私に白羽の矢が立ったわけです。

夕方にくつろいでいる人間にとって、その時間から出かけることほど
面倒なことはありません(^^;

渋々教習所に連れて行かれました。


バイクの免許を取得されている方はご存知でしょうけれど、
バイクの免許取得のために、教習所に入る前にテストが
テストがあるんですよ。テストが!

まぁ、テストと言っても、倒れているバイクを一人で起こすことが
出来るかということなんですけどね。

一人でツーリング中に転倒しちゃった時に一人で起こせないと
大変なことになっちゃいますからねぇ。


そんなことは知らない私は、教官らしき人から、
「はい、起こしてみて」とにこやかに指示を受けたのです。

* @?!?
なんですと!これを起こすの?と言う感じで、よほど私は戸惑っていたので
しょう。
その教官が、「これ起こせないと、教習所に入れなんだよね〜」と教えてく
れました。

う〜む。そ・そうなのかぁ。ならばやってみますか。
とやってみるものの、バイクなどに興味のなかった私は、
腕だけで引きこそうとしているからか、バイクの方は一向に上がる気配を見
せませんでした。
つまり、10cmとか20cmぐらいしか浮き上がってない訳なんですねぇ。

「腕じゃなくて腰であげるんだよ」
と教えられても、その意味がわからないので、どうしようもありません。
腰を車体の内側につけて足(腰)から持ち上げて行くと、
楽に持ち上げることが出来るのですが、その事が良くわからなかったのです。

何度もやるものの、全然上がりません(笑)
そこで見かねた教官が、別の1バイクを指して
「これで出来なかったら、もうダメだからね」と。
そのバイクはガソリンが入っていないので、一番軽い状態になっているもの
でした。

『最後』と言われたからには、全身の力を振り絞って持ち上げました。
もちろん、上がりましたよ♪やっとのことでしたが・・・(><)


そんなこんなでやっと入所できた教習所では、
どの教官も「彼氏にバイクの免許取れって言われたんでしょ〜」
と私が父に無理やり連れてこられた事など全く信じてもらえず(;;)、

バイクの教習は所外に出ないので、殆どクラッチを握りっぱなしの状態&
寒さで手がかじかんだ状態で腕が痛くて使い物にならないと言う教習所生活
でした。

そんな冬の教習所では、教官も同じ思いらしく、寒さのために
人との距離感が短くなるんでしょうね。
休憩中にはストーブで暖を取りながら、やさしく声をかけてもらったり、
バイクの楽しさや、教官の体験談などを聞かせてもらいました(^^)
主に、こういう寒い時の体験談でしたが(笑)
そのおかげで寒さ対策の方はバッチリになりましたね。


教習所ってなんか厳しくて、いい子にしてないと合格もらえない。
と言う感じが漂っていたり、
免許を取るまでの通りすがり。と言うような部分もありますが、
私にとっては、とても思い出深いところでもあります。

時々、その教習所の前を通ると、懐かしく教習車を眺めてしまいます。


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投稿者 csadmin : 10:48