« 2005年8月 | メイン | 2005年10月 »

2005年9月26日

●吉原流 「 改革 」

衆議院選挙も終わって一ヶ月。
蓋を開けてみるとその結果も投票率も、
今までの選挙からは考えられないものとなりました。

「改革」がなかなか難しいと言われるこの国で、
まさに「改革」を国民に問われた選挙。
今までの政治体質やこの「改革」に対して、
国民誰もがやっと、一言いいたいと考えたのかも知れません。

さて僕達が参加した 選挙。
また日々国会で繰り返されている議論。
僕達の外の世界で行われている「改革」

実は、こんな「改革」が、
日々僕達一人一人の心の中でも、
繰り広げられているのをご存知でしょうか?


「変わりたい」と「変わりたくない」


毎日毎日心の中では討論が繰り返されて、
始終総選挙が繰り返されています。

自分の頭の中に国民(心の中の無数の声)に選ばれた議員が、
100人存在していると想像してくださいね。

賛成派:「おい、もうこんなつまらない人生はもういやだ、
    「そろそろ自分を変えていくんだ改革だ改革!」
賛成派:「そうだ、今変わらないと一生こんな状態だぞ!立ち上がろう!」

反対派:「なっ何を言い出すんだ、今までのやり方で、
     得したこともあるじゃないか!変わるなんてとんでもない!」
反対派:「もし変わってしまって失敗したら誰が責任を取るんだ!」

賛成派:「変革に多少のリスクは、多少の痛みは伴なうだろう、しかし、
     今変わらなかったらこれ以上の人生の喜びは感じられない」
反対派:「絶対 変わるなんて反対だ 反対〜〜〜!!」

賛成派:「何をいまさら言っているんだ!解散だ解散だ〜!!
     国民(心の声)にもう一度選んでもらおうじゃないかっっっ!」

そしてその選択を突きつけられた 心の中の無数の声は・・・

声A:「俺は変わったほうがいいと思う、俺もやっぱりパートナーが欲しい」
声B:「私もそうよもっと豊かになって美味しいものをたくさん食べたいわ」

声C:「変わるってそんな簡単なものじゃないと思う」
声D:「今のままでいいじゃない。ずっと私は”こう”だったんだから」

声E:「私はこんなの嫌(泣)本当はもっともっと幸せになりたい・・・」
声F:「俺もそうだ! ずっずっと俺は寂しかったんだ(号泣)」

声G:「だめ〜 そんなの絶対変われない、変わりたくないの(泣)」
声H:「そうよ痛みを伴なうって・・カウンセリングやセラピーを受けて、
    心の中の傷をほじくるのでしょ? 絶対私は嫌よ!絶〜対嫌」

        ・・・・・どうですか?こんな感じじゃないですか(笑)


国の話だけでなく、
僕達が”変化”しようとする時には、色んな思いが出てきます。
この体制で、今の自分で、うまくいっていることもあるでしょう。

そして僕達は、未知のもの に怖れをいだきます。
それがどんなものなのか? うまくいくものなのか?

日本の歴史を振り返っても、そんなことがありましたよね。
だけど変化は外から押し寄せてきました・・

”変化”それは、古いものを捨ててしまうのではなく、
”新しい”考え方、物の見方を受け入れていくことの様に思います。

国も世界も生命も宇宙も、今この瞬間にも変化し続けています。
それはより豊かにより自由により幸せになるためだと僕は信頼しています。

僕達を育ててくれた トレーナーの”言葉”を僕は良く覚えています・・

「 人の心の中は、
  ”変わりたい”と”変わりたくない”は 50対50。
  ”変わりたい”が 51 になった時、人は変化し始めるんだ! 」


さてあなたの心の中の次の総選挙!!
                 どんな結果になりそうですか

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年9月24日

◇ 「  好 き  」   

「 好き! 」 って不思議な感情だと思いませんか?

人それぞれ 好きになる人も違えば、好きなことも違う・・
優しいそうな男性にいつも恋する人もいれば・・
男っぽい男性にいつも惹かれる人もいます・・

人それぞれがそれぞれの 好き を感じています。
そしてこの 好き は、
決して頭で理解できたり、理由があったりはしません。

好きになってから、
「 僕は、なぜ、どうして彼女のことが好きなんだろう?? 」
なんて考えた事ありませんか?
もちろん、色んな理由を探すことも出来るでしょうが、
明確な答えなど見つかりません。
どうしてか分らないけど・・「 好き 」なのです(笑)

僕達の心がいつしかどこかで自然に 好きって感じ、
それはどんどんどんどん膨らんでいきます。

恋をしているとき、誰かを好きでいるとき、
僕達の住む世界は一変します・・

いつも車や電車の中から眺めている街の灯りが、
一変して艶やかに感じ始めたり。
いつも見ている花や空までも色鮮やかに照り輝いてきます。


僕もそんな時、花好きのおばちゃんに一笑されたのを覚えています・・

僕「 おばちゃん!今年はすごくきれいに 花 咲かせているねえ 」
おばちゃん
 「 何言ってるのん! おばちゃんは毎年同じ様に花を咲かせているよ
    花が咲いてるのは、吉原くんの心の中じゃないの(笑)」
僕「 ・・・・・ 」

いつしか自然に芽生えて・・
僕達の心の中を、
そんな輝きや、暖かいものでいっぱいにしてくれる「 好き 」
この理由の分らない 不思議な感情 の本当の意味はなんなのでしょう?

「 道しるべ 」

今、僕はそんな意味を感じています。
自分が進むべき方向を教えてくれるのが、
この「 好き 」だったんじゃないかなって。


現在、愛しい妻と息子に囲まれ過している今の 幸せ・・
そのはじまりは、
僕の心の中に芽生えた 彼女に対する「 好き 」と言う感情でした。
その「 好き 」と言う単純な気持ちに従って、気がつけば・・
一緒に暮らしだし、子供が出来て、家族となって、今があるわけです。

これは、当たり前だと言われるかも知れませんよね。(笑)


ではその前に感じた「 好き 」はどうだったのでしょう?
その前の恋は・・離婚して別れたわけですから、
お互い嫌というほど傷つけあい、苦しい思いをした関係でした。

でもそんな関係にも、たくさんの暖かい想い出があり、
また、今の僕に成長できたのも その関係があったからです。
そうして考えると、
前の妻に出会ったときの「 好き 」も、
やっぱり僕の人生を幸せに導いてくれるものでした。


その前もその前の前も・・・

今、愛する人と暮らしている僕は、
以前の恋愛はすべてなんらかの形で 失恋しているわけです。

だけど、その恋のすべてに心暖まる「 想い出 」があり、
それぞれの出会いに必ず意味が見出せます。
そのすべての出会いがあったからこそ 今の僕がいるわけです。


もっと大きく成長するために・・
もっと人を愛せるようになるために・・
もっと幸せになるために・・

そんな人生の道しるべ
それが「 好き 」と言う感情の意味の様に 今感じます。


今 これから恋がはじまりそうなあなた。
少〜し勇気を出して、
あなたの中に芽生えてくる「 好き 」を信頼してみましょう。
それは必ずあなたを幸せへと導いてくれる 道しるべ だと。

もっと大きく成長するために・・
もっと人を愛せるようになるために・・
もっと幸せになるために・・

そして もうひとつ覚えておいてください。

あなたの中にあるその純粋な「 好き 」・・
そしてあなたの「 人を愛する気持ち 」
それはどんなセラピーよりも、どんなカウンセリングよりも、
その人を癒す力を秘めています

それほどあなたの心の中で芽生えた、
あなたの「 好き 」は、貴重で価値あるものなのです。

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 09:48

2005年9月19日

●この世から消えたいと思う気持ち

自分で自分を殺す行為。
インターネットを通じてその仲間を募り、そして一緒に自殺する。
こういった事件は後を絶たないですね。

だけど私自身、このまま生きることではなく、「死」を選ぼうとしたことは何度かありました。

私が死を選ぼうとしたとき、それは孤独感を強く感じたときでした。
「誰にも分かってもらえない。。。」
「誰も私を必要としない。。。」
「誰にも愛されない。。。」
それをこれからも感じ続けることは、生きるより苦痛だと思ったからです。
いつ終わるとも思えない暴力の世界。
いつ終わるとも思えないいじめの世界。
たった一瞬の痛みで、この世界がなくなってしまうんだと思ったら、そっちの方が絶対マシだと、本当に何度も何度も何度も考えていました。

父の暴力も学校のいじめも誰にも言えず、ただ黙って耐えるしか方法をしらない。
そんな世界を本当に一瞬にして消してしまいたかった。。。。
「私は何のために生まれたのか。」
「私はどうして生きているのか。」
「人に嫌われるために生まれ、人にいじめられるために生まれたのか。」
ほぼ毎日学校で、家で、声を殺して泣いていたことを覚えています。

私が本気で「死」考えたのは、父の暴力が一番ひどく、学校でいじめが一番激しかった時でした。修学旅行の話が出て、場所は北海道。皆すごく喜んでいたけれど、私には瞬時にすごい恐怖感が出てきたんです。修学旅行。グループを組む。私は皆に嫌がられ・・・。そしてその通りに事は進みます。
「げー、誰かこのきしょいのグループに入れたらあ?」
「こっちは絶対パス!! めっちゃおもろない旅行になるやん!!」
「あー、あー、こんなに皆から嫌がられてんのに、よう学校来るわなぁ!!」
「あいつと一緒の旅行なんて最低の旅行やん!」
「修学旅行までに死ね! そしたら全員平和や!! ははは!!」

それから「あんたなんか死んでしまえ」「旅行までに消えろ!」というメモが何度も回ってきました。
その苦しさから学校の行きでも帰りでも声を殺して泣きながら帰っていた毎日。
家に帰ると酔って怒鳴る父。泣きじゃくる母。家出する妹。父と大喧嘩の姉。
あの頃カウンセリングという言葉も知りませんので、私はとにかく誰にも言えず、ただ毎日学校の授業中に、「助けて・・」「死にたい・・・」という言葉を教科書やノートに書いていました。

旅行は、結局じゃんけんで負けたグループに私は入れてもらうことになりましたが、それまでも、ホテルについてからも、そのグループに散々辛い言葉を投げかけられ、途中からは完全無視になりました。

修学旅行1日目の夜。
皆はしゃぎ疲れて眠ってしまった時間に、私一人眠れませんでした。皆を起こさないように起き出して、窓の扉を開けて、空を仰ぎ見ました。札幌の夜空はとても綺麗でした。空気が澄んでて星がたくさん見えたんです。その時、なんだか今まで苦しかったものがすっと消えて、
「こんな綺麗な夜空を飛んだら、私は気持ちよく死ねるかもしれない・・・。」って。
思いました。とてもリアルに今でも覚えています。
そして窓に左の足をかけて窓の上に立って・・・・・・けどね。
結局いろいろ考えすぎて出来ませんでした。
だけど旅行から帰ってからも、あの綺麗な星空が忘れられなくて、「死」を選ぶなら、綺麗な夜空の中で飛ぼうと、ずっとずっと考えていました。
それは最後まで思うだけで、実行に移すことはありませんでしたけど。

今思ってもとても追い詰められた状況の中で私は長い間生きていたと思います。
これらの体験は、今でもとても辛くて涙が止まらなくなってしまう思い出です。忘れることなど出来ない、私の長い長い学生時代の経験です。だけど私はこの時「死」を選ぶことはありませんでした。。
理由なんかなんでもいい。
「怖かった」でも、「寸前でびびった」でも、「情けないけど、それでも生きたいと思った」でも。
それでも私は「死ぬこと」を選ばなかったんです。

こんな辛い状況の中で、私はそれを越えてここまで生きてきました。
それにこれだけ苦しんだからカウンセラーという職業を選び、今までになかった大きなぬくもりを感じながら今は生きています。父の暴力といじめ。私にとってタブーだったことが、今はなくてはならない私の過去になったんです。だから思い出は辛いけれど、あの頃私をいじめた人たち、そして父に対しての恨みは今は全くありません。
むしろ今の幸せはこれらがなければ存在しなかったわけだから、感謝しています。

そんな自分を『誇り』に思います。

カウンセラーとなった今、たくさんの方のお話をお聴きする中で、私と同じような体験を持つ方、また同じではなくても、自分を消してしまいたいと本気で考えたことのある人は本当にいっぱいいっぱいいます。
泣きながら語ってくださる方、鳴き声で言葉にならない方、悲しみをこらえて話し続ける方、本当にいっぱい・・。だけどその方たちも、結局自分を消さずに、ここまで頑張って来たんです! 
これってすごいことなんじゃないでしょうか!?

「死」を考えてしまうとき、それって相当追い詰められた状況です。そしてそれを考えてしまうなら、そこまで必死になって、自分なりに努力をいっぱいいっぱいしてきた証拠だとも思います。
そこまで追い詰められるまでには、きっと辛いこと苦しいことがいっぱいあったはずです。何度も何度も私と同じように「何のために生きてるの!?」という疑問ももったかもしれません。
だけど、「死」を選ばずに、「生」を選んでここまで頑張って生きてきたんですよ!
真の強さや、ここを乗り越えてやるという意識を持っていなければ出来ません。
こんな苦しいこと、これらの意識なしに乗り越えることなんて出来ないですよ!

今、死を考えてしまうときがある方。
昔何度か考えたことがある方。

助けを求めてください。誰でもいいです。両親でも友人でも、姉妹でも。。。
「こんなに苦しくて、自分を消してしまいたい気持ちにかられる・・」と、伝えてください。
それでも誰にもいえないならば、私たちカウンセラーに話してください。
あなたの気持ちをわかってくれる人は必ずいます!

皆死にたいんじゃなくて、本当は生きていたいはずです。
私が「死」を選ぼうとしていたときも、生きるのが辛かったから考えてしまいました。だけど死ねませんでした。生きていたかったんです。あなたが諦めず、チャレンジする限りは、必ず楽になる方法は見つかるはずです。ただし、それを今度は誰かに頼ることで一緒に越えて行くというやり方にしてみてくれませんか?

今までの苦しさは、あなたが悪かったんではありません。あなたの性格とか態度とか、そんなもの全く関係ありません。あなた自身に非はないんです。ただ、一生懸命だっただけでしょう?
ただ必死にその時その時を、最大限自分の出来る限りの力でやってきたはずです。 
そんな自分ってすごい力で自分を支えてきたんじゃないですか!

カウンセラーは応援したいんですよ。生きたい、楽しみたい、笑いたいと願う人を!

そして自分が今日まで生きてきたことを、『誇り』に思ってください。
胸を張って生きて欲しいと思います。

私は「人が怖いんです・・・」という一言から、カウンセリングの世界に入りました。いじめの話もここで始めて話しました。泣いて泣いて、いっぱい叫んで、苦しんで、自分の中の苦しみを外に出して、それを誰かに受け止めてもらって、ようやく人とのつながりの大切さやあたたかさをこころから知ることが出来ました。
それを身をもって知った私だから、強く伝えたいと思います。

助けを求めてください。
そしてその苦しさを乗り越えて今までやってきたあなた自身を、誰よりも自分が『誇り』に思ってくださ
いね。

小川のりこのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年9月16日

◇ハプニング万歳!?

彼と食事に出かけたある夜の出来事です。

その日はとても大事な日で、今後の二人のおつきあいについて切り出す
チャンスを私は伺っていました。
そういう気配を察してか彼もちょっとよそよそしい感じ・・

中華料理を食べながらまずはお互いの近況報告。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰りの時間が近づいてきました。
時計を見て慌てて切り出そうとしたところ「そろそろ出ようか」との彼の一言。
“昨日の夜の計画では、もっと早い時間に切り出す予定だったのに・・”
「そ、そうね・・」と答えながら頭の中はいつ話そうかといっぱいです。

あまりにも一生懸命考えすぎて緊張していたせいか、店を出て歩いている
途中に足をくじいてしまいました。
1ヶ月前に捻挫したところと同じ箇所をまた捻挫してしまったのです。

“よりにもよって、なんでこんなときに!?
足を怪我するのは前進する怖れであると何かに書いていたっけ・・”
ビンゴ〜とどこかで鐘が鳴るのを聞きながら、痛さに思わず座り込んで
しまいました。
歩こうにも足に力が入らずに引きずってしまいます。

「テーピングをやってあげようか?」
彼がそう言って薬屋さんを探しに行ってくれましたが、シャッターがすでに
降りていました。
コンビニも行きましたが置いているのはバンドエイドだけ。
とりあえず冷やしたほうがいいかもと思い、ハンカチを水に濡らして当てて
みたのですが蒸し暑いせいかイマイチです。

「湿布があったらいいんだけれどな・・」
ひとりごとのようにつぶやいた私に、少し間をおいて
「・・湿布ならある・・」
とボソっと彼が言いました。

「えっ!?湿布持ち歩いているの?」
書類封筒は持っているけれど、カバンは持っていないし?
「どこに?」
「・・ここ・・」と彼が指差したところは腰でした。

そう、彼は腰痛持ちなんですね。
その日は痛みそうな気配だったので貼っておいたらしいのです。

「もう1軒薬屋さんを探してくるから待っていて」
そう言って出かけて戻ってきた彼の手には、腰からはがしてふたつに
折りたたんだ湿布とアルミパック入りの冷凍シャーベットがありました。

その湿布はかなりくたびれていましたが、私にとってはまるでキラキラ光る
宝物のように映りました。
「まだ使えるよね」
「うん、大丈夫みたい。ありがとう」
二人で湿布の匂いを確認して(笑)足に貼り直しました。
凍ったシャーベットも機転が利く彼らしいアイデアです。
足はひんやり、心は彼の優しさにポカポカでした。

彼の性格からいって自分の使い古しの湿布を差し出すことは抵抗があった
かもしれませんが、私を気遣う気持ちを選んでくれたことが嬉しかったです。

足の捻挫というハプニングにどうしたらいいのか二人であれこれ考え、
彼が与えてくれて、私が受け取って・・
小さな共同作業が心の距離を縮めてくれたようです。
緊張していた気持ちがすっかり緩んで「実はね・・」と彼に切り出すことが
できました。

計画にはない予期せぬ出来事が起きるとつい慌ててしまうものですが、
そうなったら計画にこだわらずに流れにまかせて力を抜くと、
目的地へいつの間にか辿り着いているものなのかもしれません。その流れて
いく合間を楽しむことができたら、どれだけ味わい深い時間を
過ごせることでしょう。
人生に起こるハプニングもぜひそうやって楽しみたいものですね。

かといって、ハプニングだらけの毎日はジャングルを冒険するようで、
ちょっといただけないかも・・
適当な回数が人生に散りばめられているほうがいいかな・・
できれば退屈しているときに起きてくれたら・・

あ、今度は“ハプニング”を計画してしまいました(笑)


ながの ひろみのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:51

2005年9月12日

●男と女〜〜〜心の中にある異性〜〜〜

 ユング心理学では「男性の中にも女性性が、女性の中にも男性性がある」
と言われています。男性の中の女性原理をアニマ、女性の中の男性原理を
アニムスと言いますが、個人の成長と共にアニマやアニムスも成長を遂げ
るのだそうですよ。

 男性は、たとえば社会的な地位やイメージ、時には家族の期待などさま
ざまな条件のもと、女性的要素とされる「感情」「情緒」などを抑えこみ、
自分の思う「男らしさ」を追求したり、そうあろうとします。一方女性は
「決断力」「論理」などを抑えこむように育てられた、と言うことを少な
からず聞きます。もちろん時代の趨勢や親を初めとする養育者などの思い
もありますが、こうして育てられた「男性性」「女性性」をジェンダー
(社会的性差)と言います。最近職業や資格に関しても「看護婦・看護士
→看護師」「保母・保父→保育士」のように性別による区別の無い名前に
変化してますよね。また、かつては「家庭科」は女子、「技術」は男子、
と違う内容の授業を別々に受けていましたが、最近はそういった区別は本
当に少なくなりました。
 
 まぁ、個人的にこのことについては一家言あるのですが・・・簡単に言うと
私は料理も手芸も嫌いじゃないが木工もエンジンの分解もしたかった、と
言うことにつきますけど。そう、私が中高生の頃には受けられなかったん
ですよね、授業自体。逆に、調理実習をしたい同級生や、刺繍や編み物を
得意とする先輩がいたり。こう言った作られた「男らしさ」「女らしさ」
ではなく、「男性原理」「女性原理」という捉え方で言ってみれば「持っ
て生まれた性別に特有の人間らしさ」と言うような感じでしょうか。

 自分の中に逆の性別像(アニマやアニムス)がある、と言うことは恋愛
にも大きな影響があると考えられますね。よく言われるのはアニマ像・ア
ニムス像をパートナーに強く投影した結果起こる、パートナーシップでの
問題です。つまり、男性であればアニマ(心の中の女性的要素を元とした
女性像、と言う感じでしょうか)のイメージを持ちますが、彼女や妻にこ
の部分を強く投影(自分の心の中で感じたことなどを相手がそうであるよ
うにみる)し、失望したり、思わぬ相手と恋に落ちたり、と言うこともそ
の一つでしょうね。女性の場合も同じです。

 つまり「こんな女(男)と思わなかった。だまされました。」などと言
うような悩み、時にはおのろけは、実は自分自身のアニマ(アニムス)像
をパートナーに投影した結果、「話が違うやんかぁーっ!」と言うことに
なるのです。じゃあ、このアニマ(アニムス)とどう付き合うか。これが
次の課題になりますね。

 自分自身の中の異性は成長させることができるわけですから、自分であ
って自分の理想の異性でもある、と言うことも言えると思います。このイ
メージが自分自身を成長させ、パートナーシップも成長に向かわせうるの
ですが、このイメージだけにとらわれすぎると前述したようなトラブルに
なってしまったりすることも。じゃあ、どう成長させるの?と言う話にな
るわけですが・・・。

 自分の中の異性との対話と言うのも一つの方法ですね。対話ってどうす
るのって?男性なら女性的側面・・・つまり感情面や情緒的な感覚、とき
めき、柔らかさを感じてみる。たとえば、空の色や、朝聞こえてくる小鳥
の鳴声、夕焼けに染まる街並み、、、他愛のないことに意識をむけて見て
ください。たとえば、空。ほんの数日前とは雲の形や空の色がもう違いま
す。町並みの染まり方も変わってきています。その時は何も感じないかも
しれません。でも、少しでも気持ちを向けてみたら、季節が確実に動いて
いる事がわかると思いませんか?

 また、女性なら理知的・理論的な面や決断力・判断力と言ったことを意
識して使ってみる。仕事を持っていたらこれはたぶんすごく日常的にして
いますよね。私、時々自分で決められないことがあるのですが(お昼のメ
ニューとか)、一転ここ!と言う時の判断も行動もすごく早い時がありま
す。動いたら最後そのまま流れに乗ってしまうのですね。それこそまるで
何かが降りてきたかのような素早さで、周りがびっくりすることも。いや、
驚いているのはたぶん私自身が一番・・・かも。で、そう言う時はすごく
論理的に話をする。まったく同じではないとは思うのですが、そういった
経験のある方少なくないんじゃないかな。物事を決める、行動する、と言
うのもすごく男性的なエネルギーが要るように思いますね。
 
 本当のことを言うと・・・思春期の頃、そう、哲学にハマったりしてい
た頃の私は、「男らしさ」「女らしさ」と言う言葉にすら嫌悪感を持って
いました。ステレオタイプとしての男、女、と言う感じがしてたんですね。
実際に母はそう言う言い方をよくしていたなあ、と思います。で、「これ
が男らしさ」、と言うようなものを手に入れたいと思っていたし、「女ら
しさ」とされるものに見向きもしないでいようとしていた時期でもありま
した。でも、すごく情緒的で、きれいなものは好きだし、秋の夕暮れに似
合う曲をかけて涙・・・まではいかないにしても胸がきゅん!と言うあの
感じがとっても好きでした。一方ですごく論理を多用しようとしていたし、
濫読の範囲は法律書や相対性理論にまで広がっていました、まさに頭の容
量から溢れてしまうみたいな感じやけど。まさにエレクトラコンプレック
ス、ですね。

 すごく仕事ができてリーダーシップもとれる男性の上司が、音楽を聴い
てうっとりしていたり絵画の世界で遊んでいたり、お花を育てるのが得意
だったり、いわゆる「情のある人」と言うタイプであったなら、女性の部
下からの指示も相当高いと思われますが、それはその人が自分の中の女性
性を上手に使っているからだと思うのです。自分の中の女性性が語る声が
聞こえている、まさに対話している感じですね。

 一方、母性や感受性を使う日常や仕事をしているときにも、理路整然と
したスタンスは必要なことがあります。何となくしてみた、も良いし、後
でその事について自分なりの理屈を考えて見るのも良いのかもしれません。
特に母性的な要素は理性とは対極にあるような部分が多い、と思います。
要するに、子供やケアを必要としている人には理論は通じにくい事が多い
からです。なので、感性で動いてしまう事も少なくないのですが、後でた
どって見るととても理論的だったりすることがあるんですよね。ただ、自
分ひとりでやるとどうしても、「何となく」と言う感じになるし、「こう
すればうまくいく」と言う結果だけが証拠のようになったりすることも。
後で整理して見たりすると、自分のとった行動が実はすごく理に適ってい
た、と言うことがあったのなら、「これについてはこう言うところが良か
ったから次もこうしよう」などと言うように理論を後付けにするのも良い
かもしれませんね。

 この「男性の中の女性性」と「女性の中の男性性」がお互いに強く惹か
れあうような恋が、本当に強い結びつきのパートナーシップだと言います。
何だかメビウスの輪のようですが、多くの人は否定されたり裏切られるこ
とのない愛を求めますね。そういった意味では自分の中の異性はまず裏切
る事はしません。自分にとって一番の理解者です。なので、この部分をパ
ートナーに強く投影をしてしまうと、「だまされた〜」と言う話になるの
ですが、自分の中の異性の部分が相手の中にある異性の部分・・・あなたが
女性であれば彼の女性的な側面ですね・・・に魅力を感じる、と言うことだか
ら、つまりは彼のデリケートな心や優しさ、時には弱く見える部分のすべ
てを受け入れることができる、ということになります。あなたが男性であ
れば、彼女の男性的な面に共感し、魅力を感じる、ということですね。

 ところが、自己嫌悪が強いときには自分に関して否定的な感覚が多く、
こういった部分が認められるとは思えないのですね。相手に理想のパート
ナーを投影する分だけ、自分はふさわしくない、と感じてしまうのではな
いでしょうか。この負の投影を取り戻すのに、「自分の中の異性」を役立
てて見てはいかがでしょうか、と言うのが私からの提案です。

「彼より私の方が力強いわ」「彼の方が私よりデリケートだわ」と感じた
としたのなら、彼から見た私はどうでしょうか?「自分より男らしい彼女」
「でも僕の方がよく気がつく」・・・感じることはこんな感じなのですが、
「運転は私の方が得意だから私がやるわ」「掃除は僕の方が丁寧にできる
から任せろよ」・・・それでうまくいくのなら、全然問題はないと思いま
せんか?

 同じように感じていても、その感覚をどの方向にもっていくかで、パー
トナーシップの結びつき方は強くもなれば、痛みにもなります。そして、
あなたが痛む、と言うことはとりもなおさずパートナーの痛みでもありま
すね。それはあなたが心から望んでいるものとは違うのではないでしょう
か。

「あなたの中の異性」を彼に、彼女に、見せて上げてください。その姿を
押し付けるのではなく、「あなた自身」として、彼や彼女に逢わせてあげ
てください。ちょっと勇気がいるかもしれません。恥ずかしかったり、隠
したい、と感じるかもしれません。でもそれはあなただけではなく、パー
トナーの中にもあるのです。彼、彼女の内面に触れてみたいと思うのであ
れば、それはあなただけではないはずです。

 得意な分野、不得意な分野を羨ましがったり責めてしまったりするので
はなく、お互いの美点として分かち合えたらどんなに素敵でしょうね。今
まで苦しく感じていた事が本当に軽く、楽になると思いませんか。大切な
のは、バランスです。あなたの中、そしてパートナーシップにおいても。

 相手に不足を感じるとき、自分につくづく愛想が尽きたとき、少し思い
出してみてくださいね、あなたの中の、パートナーの中の異性の存在を。
本当にほしいもの、目指しているものはそこにあるかもしれません。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年9月10日

◇「ありがとう」について〜私の転機〜 

仕事柄のせいなのか、年も重ねていっているせいか、何かをしてもらって
嬉しいと感じる気持ちであったり、ただそこに居るだけでありがたいと思
う気持ちだったり、その時々に起こるいろんなことに対して感謝する気持
ちが大きくなってきています。

以前の私は、そういった感謝する気持ちってあまり持ち合わせていません
でした。それ以上にあらゆる感情を押さえ込んでて、我慢をしている子供
だったんです(そんな我慢をするようになったのも原因があったからなの
ですが・・)

欲しい物を正直に欲しいと言えない子っていますよね?
目は訴えているけど態度は「いらない」って示していたり、何も言わない
でじぃ〜とそれを見つめて欲しい事を物語っていたり。
自分の素直な気持ちを伝えられない、言っちゃいけない、って伝えること
に関してブロックがかかっているような子供でした。

そうすると、心理学的には

「これだけ我慢して頑張っているんだからもっと優しくされるべきだ」

というようにどんどんエスカレートしてきて、抑圧している気持ちが強く
なればなるほど、相手が自分に対して何かをしてくれることが当然のこと
のように感じられてくる。
「特別扱いしてもらいたい」感覚が無意識に強くなってくるんですね。

感情を抑圧しているから満たされていない。
その度合いだけバランスを取るようにそれを穴埋めしてくれるような要素
が必要になります。
その要素は「愛されること」だったり「認めてもらうこと」だったり人そ
れぞれです。
それをずっとやり続けていると、そうされるのが普通だ当然だ、と自分の
観念として刷りこまれてきます。

で、私はというと、優しくしてもらいたい、認めてもらいたい・・と心が
渇望していますから、何かしてもらったとしても「ありがとう」という
言葉は自然に湧いてこないのであまり使うことが出来ませんでした。
言ったとしても気持ちがこもっていなかったんじゃないかな。
こんな風に書くとなんて高ビーな傲慢女なんだ、って思われるかもしれま
せんが、そうじゃないんです。
してもらっている、という好意がどんなに嬉しいことなのかが「感じられ
ない」んです。

ある時、この感謝について一つの気づきがありました。
随分前のことですが、関西に住むようになって知り合った友人がいて、
一緒によく遊ぶようになり、ある時その友人とコンビニに入って、何か買
ったんですね。
そしてレジで商品を手渡されてお金を払い、その場を去る時にその友人が
言うんです。
「ありがとう〜♪」

こう言うのは関西ならではなのでしょうか?
しかも語尾が上がってます。
まさしく嬉しそうに♪マークがつくようです。

目が点になりました。
そんな風にありがとうとレジでお礼を言うってことは、ある人にとっては
ごく普通のことかもしれないけど、私にとっては有り得ない状況だったん
です。

というのも、私は仕事で接客もやっていて、お客様に対して「ありがとう
ございます」という言葉は日常茶飯事で、その頃は口癖のようにしていた
んですね。
仕事で言うのは当たり前ですから「ありがとう」と使っていても、
大勢を相手にしてしまうと一言一言に気持ちがちゃんと乗っていません。
相手も仕事を終えて疲れきったサラリーマンさんが多かったですし、こち
らの「ありがとうございます」に反応する人はほとんどなく、顔を見ない
しそっけない。もちろん返事もない。
それが普通のことだ、って思っていたんです。

無反応っていちばん淋しいことなんですけどね、今だからわかることです
が、仕事だし・・とあきらめてしまってて淋しいと感じることも麻痺して
いたんですね。

彼女のその「ありがとう」は、とても自然に溢れてきている暖かい言葉で
した。
こんな風に言えるのってすごいな、って。
思えたんです。

そして。
私もそんな風に言えるようになりたいなって。
素直に、そう感じられました。
このことは私にとって一つの転機になりました。

それから私も習ってレジでありがとうを言うようにしてみたのですが、
やっぱり最初はやったことがないことだから違和感があるし、とっても
恥ずかしいし、口がもぞもぞして言いにくかったですね。

でも言ってみたらすっきりして気持ちがいい。それからは必ずレジでは
言うようになりました。
少なからずもレジのおばさんも喜んでくれているような気がします。

そして、今ではありがとうの幅も広がりました。
お菓子をもらって「ありがとう」
楽しい話を聞かせてくれて「ありがとう」
などなど、人以外に状況にも感謝できる自分になりました。

でも、そんなに幸せな気分でいられる時ばかりではありません。
私も人間ですから落ち込むこともあって、ネガティブな感情もいっぱい
出て来る時があります。
でも、そういった時、こんな風に思うんです。

そんな私を支えてくれる人たちが後ろについている。
家族、友人、仲間、師匠が私を見てくれている。
頑張れ、って応援してくれている。
大丈夫だよ、って言ってくれている。

そんな皆の存在が私の支えとなってくれていること。本当にありがたいな
、って感じるんです。

私にとって感謝は魔法の言葉です。
ずっと大切に使っていこうと思います。


中野 知枝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 11:42

2005年9月 5日

●あの時は死ぬかと思った

お久しぶりです!きのかずよです。
ネタを探しに、青春18切符の旅に出ていました・・・。
はい。明らかなウソですm(__)m

この前、年に一度の健康診断に行ってきまして、オールAの健康優良児の判定を受け、会社内で診断書を見ながら1人ほくそ笑んでいましたところ、
「法律が許すなら、きのちゃんの健康診断は3年に1度で良いとしてもらいたいなー。」
と、社長が言葉を発し、それに便乗して、同僚達が
「そうだ!!!きのちゃんの健康診断費は、この会社の一番の無駄な経費だ〜!!!」
と、まるで税金の無駄使いを、市民が怒り訴えるがごとく、一丸となって、私の健康を羨む代わりに、怒りをぶつけてきました(^^;
私も罪な女ですわ。

そんな健康な私でも、「死んじゃうよ〜〜〜」と思った出来事があります。

みなさん、夏休み・冬休み・春休みJRが発行する「青春18切符」で旅行した事はありますか?
私は学生時代、この18切符に泣かされたことがあります。
それは、私の入っている部の合宿は、この18切符使って合宿地まで行っていたからです。
18切符の1日間普通列車が乗り放題という特徴を、最大限フルに活用した工程で。。。

中でも一番ひどかったのは・・・

「え〜出発日は、姫路駅ホームに夜12時集合や」
「( ̄O ̄;?夜ですか?0時ですか?」
「そうや、切符一枚で桜島まで行くぞ!!!」
「先輩、マジっすか?」

0時姫路駅集合→行けるだけ西に行く終着駅で降りる。多分1時過ぎくらい→その隣の駅が始発駅なので、一駅(約2時間くらい)歩く→5時過ぎの始発に乗る→福岡で乗り継ぐ→鹿児島まで行く→桜島に夜たどり着く

先輩が打ち出した計画は、その先輩がワンダーフォーゲル部と空手部を兼部をしているからこそ、考え付く計画でした。

「歩くって、なんなんですか?」
「歩くんや。始発駅着いたら、時間まで寝れるから大丈夫や」
「一駅やのに2時間くらいって何ですか?」
「あ〜田舎の一駅って、離れてるからな。」

そんな言葉に押し通されて、私たち後輩は渋々桜島合宿に行く事となりました。

出発日当日、言われるまま0時に姫路駅にホームに集合した私たちの前に、希望の列車が止まりました。
「ムーンライト九州」
18切符は通常普通列車しか乗れないのですが、この列車に乗っとけば、博多までは乗り継ぎなしという、素敵な列車なのです。

「先輩、これ乗ったらいいんとちゃいますか?歩くの無しで、行けますよ!乗りましょ!」
「おぉ、これは自分の計画になかった列車やな。すごいな〜・・・でも、ス、スマン。中野(仮名)がまだ来てないんや・・・」

( ̄▽ ̄;)

「先輩、これに乗って先に行きましょう(^0^)/~~中野先輩だけ計画通りということで、連絡しましょ」
・・・なんて、言える訳ありません(T-T)

私たち空手部一行は、計画通り鈍行に乗り、西の終着駅に着きました。
駅を出ると、そこは、とてつもない田舎の風景が目の前に広がっていました。つまり、田んぼばかり・・・。しかし兎にも角にも隣の駅を目指して、線路沿いに歩き始めました。

数分後・・・。

「先輩、線路沿いに行けなくなっていますよ〜。分かるんすか〜?」
「おぅ。大丈夫や、1週間前に下見に来た( ̄^ ̄)田んぼ道入って行くんや」

20分経過・・・

「先輩、この地蔵さっきも見ましたよ(;゜0゜)」
「大丈夫や。あと30分くらいや」

50分経過・・・

「まだ、田んぼを抜け出せないじゃないですかっ!o(T□T)o」
「おかしいなぁ・・・そこに交番あるから聞くわ。」

さて、田舎の交番のお巡りさんは、交番の2階に家族と一緒に住んでいるようで、、、
「こんな深夜にどうしたんや?大丈夫か?でも、声小さくしてな。子供が寝てるから」なんて、言われてしまいました。

そんな優しいお巡りさんのおかげで、一行は無事国道に出る事ができました。

しかし、ここからが、本当の苦難の始まりでした・・・。

目の前の国道、そこには今から地獄に行くのではないだろうかという、恐怖が私たちに襲ってきました。

「せ、先輩、下見って、どんな時間帯に来たんですか?」
「昼間や。昼はこの国道、車一台も走ってなかったんやけどなぁ・・・(◎o◎;)」
「長距離トラックが、めっちゃ高速で走ってますやん。この横を歩いていくんですか(T0T)こんなとこ歩いたら、し、し、死にますよ」

田舎の国道、片道一斜線。気持ち作ったような人間1人くらいの幅の歩道。車道の逆側は、田んぼ。。。

皆さん、危険な方に身体が引き寄せられる感覚って、覚えがないですか?
高速で走っていくトラックの風を左肩に受けながら歩く私。
頭で考えたら、右の田んぼに落ちる方が、命は保障できる。
にもかかわらず、身体が左に傾く感じがするのは何故(;_q)
私の体質?あ〜、危険な香りのする男に惹かれるのも、同じ事?

そんなしょうもない事を考えながら、危険と隣り合わせに歩きつづけると、最大の難所に着きました。
な、なんと、トンネルがあるのです。そしてそのトンネル内を歩かないと辿り着けないというのです。

「先輩、無、無理です。こんな環境でトンネルを歩くのは無理です!絶対に誰か死にます。男子はともかく、何で、女子がこんな目に合わないといけないんですか〜〜〜〜(ノ`△´)ノ〜〜〜〜〜〜(゜∇゜)」

あまりの恐怖に、泣くよりも怒り、そしてどうとでもなれの諦めの境地に入りました。

先輩も自分の計画の無謀さに罪悪感を感じすぎていたのでしょうか・・・

「ヒ、ヒッチハイクするから」

今まで歩いてきた中で、普通車を見かけた覚えのない私。
『そんなん無理やわ。車とまれへんわ・・・』
と、心の中で呟きながら、数分待っていました。

しかし、神様は、私たちに奇跡をくれました。

赤いセダンが止まったのです。
そして、中には2人の男の大学生。

あ〜神様、私にこの人達と出会わせるために、今まで苦難をお与えなさったのですね。恋に落ちてもいいですか(# v。v)o

な〜んて事を思う余裕もなく、車の中で優しく話し掛けてくれる彼らに、先輩の文句ばっかり言っておりました( ̄曲 ̄)

トンネルを抜け、怒りもそろそろ収まってきたところ、駅に行く側道で車をおろしてもらいました。
すぐにヒッチハイクできたようで先輩達も後にいました。

「おい、後10分したら始発が出るぞ!!!走れ〜」

(; ̄0 ̄

「2時間くらいって言ってたじゃないですか!なんで、もう5時前なんですか?」
「すまん、ここまでは下見に来てなかったし、9キロや思ったら、19キロやったわ(^ー^;A」

(T▽T)

私は、今もこの先輩を恨んでいます。。。

いやいや、本当に死ぬかもしれない思いをして、あの瞬間は先輩を恨んだけれど、今となっては笑って喋れる、素敵な☆思い出になっています。

きのかずよのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年9月 4日

◇自分なりの休みをとろう

最近、仲間のカウンセラーやクライアントから、「休んだほうがいい
ですよ」とよくいわれます。

確かに、好きでしていると疲れを感じませんから、どこまでものめり
込んでしまいます。
始めのうちはいいのですが、さすがにそれが長期間続くと、体が言う
ことを聞かなくなるんですよね。
気がついたら1日14時間カウンセリングしてた、なんて日もありまし
たから、さすがにちょっと休もうと思い、2日間ではありますが、の
んびりする時間をつくりました。

初日は妻のために買ってあげた「鋼の錬金術師」のDVDをのんびり
と見て、家の中でまったりとした時間を過ごしました。
2日目は散髪に行ってから、妻の要望で近くのショッピングモールに
いって、あれこれと見て回りました。

私と妻は、あるところに行くと、時間を忘れて夢中になります。
それは、本屋と文房具屋とお土産屋さんです。

この3個所に行くと、夫婦そろって腰が重くなり、全く動かなくなり
ます。
よく友人に嫌がられたりしますね。
友人も友人で、ブティックなどにいったら、動かなくなるんですけど
ね。

今回はそのなかで本屋と駄菓子屋に行ってきました。

発端は妻が「天体写真の本が欲しい!」だったのですが、行けばそれ
なりに私も楽しんでしまいます。

妻が本を選んでいる間、私は写真集のコーナーにいました。
決してグラビアアイドルの写真を見ていたわけではありませんよ。
ナン・ゴールディンという人の本で「悪魔の遊び場」という分厚い写
真集があったんですよ。
何となく魅かれてぱらぱらっと見てました。

これがなんて言ったらいいんでしょうねぇ。
実際見たことのある人はわかると思いますが、かなり賛否両論な意見
がでそうな本なんですよ。
でも、私はなぜかこの本が気になって、ただぼーっと眺めてました。

それから、「こげぱん三都ぶらり旅日記〜大阪、神戸編〜」は楽しめ
ました。
最近行った店や近所のパン屋さんなどが紹介されていて、妻と「この
店、見覚えあるやろ」「この店の包装紙、覚えてる?」など、さすがパ
ン好きの妻はあれこれ詳しくそれぞれの店を説明してくれましたね。

その後、妻と占い本のコーナーにいったら、まあびっくりしました!
なんと、先輩のセラピストの本が並んでいるではありませんか!?
しかも占いコーナーに!
「おおっ! Yさん本出してたんや!」
夫婦で大いに盛り上がります。

盛り上がった勢いでそのまま次は駄菓子屋へ行ったのですが、まあ私
にとってはパラダイスのようなところです。
懐かしいココアシガレットやよっちゃんイカなど、1960年代以前の
人にはすごく懐かしいものがいっぱいありました。
しかし、そこで私が見たことがないものがおいてあったんです。
妻に聞いたら、
「ああ、ミルメークね、牛乳に溶かして飲むんよ。」
なぜ知っている、妻よ。
このミルメーク、私は全然知らなかったんです。
脱脂粉乳なら知っているのですが、昔給食などで出ていたそうなので
す。
皆さんの給食ではあったんでしょうか?

珍しくてつい買ってしまい、これから飲んでみようと思ってます。

毎日忙しくしていると、どうしても家でごろごろしたくなったり、何
もしたくなくなったりしますが、たまには家族で、もしくは独りでで
も、ふらっとこんな一日を過ごしてみるのも、いいかもしれません
ね。

友人のカウンセラー夫婦は諏訪地方へ温泉旅行に行くそうですし、別
のご夫婦はラルクのコンサートに行ってきたそうです。
また、クライアントさんの中でも石垣島に行ってきたり、アメリカに
行ってきたりと遠出をする方から、近くのカフェやホテルのラウンジ
でちょっとリッチな時間を過ごしたり、1日健康ランドでのんびりし
たり、漫画喫茶でのんびりする人もいました。

大切なのは、自分のための時間を与えてあげることではないかと思い
ます。
それが原因で余計疲れることもあるかもしれませんが、こんなときの
疲れは、心地よく眠りを誘ってくれます。
妻は帰ってきてすぐ、布団に潜り込んで寝ています。
よっぽど楽しかったんでしょうね。

自分が心から休むための自分のためだけの時間。
そんな時間を、たまに自分に与えてあげるのもいいかもしれません
よ。
しょっちゅうだとだれますけどね。

自分のために「のんびりした時間」を使ってみてください。

ありがとうございました


投稿者 csadmin : 08:32