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2005年7月30日

◇祝福

最近、友人の新婚夫婦宅にお邪魔させていただくことがありました。

二人のお城に上がらせてもらい、新婚ホヤホヤの幸せそうな雰囲気を見せても
らいました。

二人とも、結婚前から、友人だったんですが、二人の幸せそうな姿を見ている
と、暖かい気持ちになりました。

「幸せそうで、良かったなぁ〜」そんな気分になりました。

人を祝福している時って、暖かくて良い気分になれます。それは、幸せな気分
です。

祝福するって、祝福を送る人の為でもあるんですが、祝福することで、自分も
幸せな気分になれるんですよね。

それは本当に素敵な気分です。


祝福しようという時に、嫉妬や、劣等感といった気持ちが邪魔してしまうとい
う、お話をカウンセリングで、聞かせていただくことがあります。

人間ですから、嫉妬や、劣等感が出てくることはあると思います。

そのことで、自分を責める必要はいらないと思うんですね。

自分を責める必要はいりませんが、その気持ちで、自分が嫌な気持ちを感じる
わけですから、自分を苦しめてしまう感情を、持ち続けないようにしたいと、
思ってみられることは大切かもしれませんね。

持ち続けないようにする方法の一つとして、無価値感を癒すという方法があり
ます。

自分の価値を見つめ直して、無価値感という感情を癒していくことで、
嫉妬や、劣等感と言った、嫌な感情が出てくることが少なくなっていけます。

嫉妬や、劣等感が祝福することに、邪魔してしまう時には、
相手の為に祝福しようと思いきれなかったりもしますから、自分が幸せな気持
ちになる為に、祝福してみようと思ってみることにチャレンジしてみると、
自分を苦しめる嫌な感情から抜けでるきっかけになるかもしれません。

これも一つの方法になるかと思います。

嫌な気持ちを感じることは、しんどいですから、なるだけ抜け出たいものです。

“祝福”は、送られた方も、送った方も幸せな気持ちになれる、素敵なツール
だと思います。

僕も機会があるかぎり、誰かに祝福を送りたいなぁと思います。


原 裕輝のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:22

2005年7月25日

●私の職務経歴書 その壱

今のカウンセラーという職にに携わる以前、私が相当のエネルギーを注いでいたことの一つが‘仕事’でした。
金銭的な理由から昼夜を問わずに働き続けた母を見ていたせいでしょうか、‘仕事’をしている時間は私にとってはある意味‘許されている’感じがしたのでしょうね、お陰で遊ぶことをかなり忘れていました。
営業職として採用された会社において、初めの障壁は地元以外への赴任。
まず土地勘がない、知り合いが居ない、言葉がわからない、表情が読めない、つまりはコミュニケーションレベルでの誤解は相当あったと思います。相手がどう受け取っているのか、脅威に感じてしまい人が怖いという気分にまで落ち込んでしまうこともしばしばありました。
同じ単語を使っても、地域が違う、文化が違うという要素でこれだけ個人の受け取り方が違うんだな・・・というのをある意味極端に思い知らされたように感じます。
職場のかたたち、また営業先の皆さんにはまだ当時珍しかった女性の営業職として様々な配慮を頂いていたということに気がついたのは、この赴任先から転勤し地元へ帰ってきてからでしたが。
例えば 可能な限り既婚の先輩の近くに住居を決める、営業所に顔を出した時には声を煩いくらいかけられる、事前に同業者にはこんなん配属されるのでよろしく、などある意味‘包囲網’ではありましたが孤立するという状況を避けるように配慮していただいていたようです。
2年後に 実家の都合もあり地元へ転勤する機会がありました。
丁度、そろそろ仕事ってこんなのかなって見えてきて上長に対する不満などをもち始める時期。
勤めていた企業は外資系で日本での本格的に全国展開を始めたのが私の入社から二桁たっていない状況でそれぞれに置かれた管理職は他社からの引抜がほとんど、といった会社だったため転勤後は今度は社内の文化の違いで四苦八苦。
さらに配属された先では、チームが全くまとまっておらず人が二人集まれば誰か他の人への攻撃。
「組織の人間は一つ上の視点からものを見ろ、下はほめろ、どんな人であってもいいところを見て自分の力にしたほうが得、自分にない発想する奴と付き合え。」と教えられた私にとってはやっぱりここもまるで外国に来たような感覚を持ちました。
その中で上長への批判と葛藤を持ち始め、仕事への気力をかなり失っていきました。
上長とのバトルは同僚たちにも心配をかけるようになり、自身も得意先で大きな失敗をするようになりました。
一番に違和感を感じたのは‘スケープゴート’的な存在が必ず一人はいつも居る…という状況そのものだったんですね。‘全員が成功する’って無理なのかしら?
実はでも、その状況をつくることに参加していたのは自分だと気がついたのは、心理学を学び始めてかなりたってからでした。
私自身が攻撃する人たちを攻撃する、ということで結局その場を戦場とすることに同意していた、ということなんです。
きつい、苦しい、どう良くしていったらいいのか分からない、という状況から抜け出すきっかけになったことのは、疑心暗鬼の世界の中で私が本音を言うという勇気を持てた事にあるかもしれません。
上長と仕事のやり方、考え方が合わず得意先に関しての報告は脚色・若しくは報告しない・・・という逃げ方をずっとしていました。死んだ振りしてやり過ごすのも性に合わなかったので口論して時間を潰したり気分を害するよりは接触をさけておこうという態度でした。
ですが、上長から持ち込まれた企画を自身の得意先で実行するように言われ、同僚からも「上の言うことなんか聞いておいたらいいやん、あかんかったら逃げたらええねん。サラリーマンなんだから強情張ったら自分が損するだけやで」と説得されもしました。
自分としてはどうしても納得できなかったんですね。
会議も終わった後に更に上長に呼び出され、「なぜ出来ない?」と延々と問いつめられることほぼ数時間たった後、私が本当に言いたくて言えなかった一言をやっと言えたんです。
「あなたが信頼できないからです。」と。
彼を傷つけてしまう言葉だったかもしれません、論点が全くずれていたかもしれません、ただ、私がこれだけはいってはいけない言葉だという勝手な自分のルールを破り本音で話し始めたとき彼のハートに響くものがあったのでしょう、やっと本当の「話し合い」が始まりました。
そこからやっと、上長・同僚との関係に変化が起き始めました。
今から考えると、実はこの言葉こそ 信頼しないと言えない言葉だったんですよね。
「本当に感じていることを伝える・・・」
よくパートナーシップにおいてのカウンセリングにおいてもお伝えするエッセンスです。
ただ、どんな人間関係においても有効なのかもしれません。
このことがあって以降から、
「どうせこの人頭固いから・・・」
「この間も何も聞いてくれなかったじゃないか・・・」
そう感じている痛みを癒していく一つの鍵は、勇気なんだなぁ、ちょっと大げさかも知れませんが私はそんな風に思っています。

結局 その上司とはめちゃめちゃ仲良しさん♪という関係までは、さすがにいきませんでしたが当時抱えていた、職場におけるストレスは徐々に軽減されていきました。
その次の上司は、会社での仕事の業績に関する評判はあまりよくなかったのですが、人間としてとってもお茶目な人でした。
彼のお茶目な性格をいかに後輩たちに紹介し、彼を信頼できるような空気をつくるのかが私の業務外(?)の楽しみの一つでした。

会社にしがみついている、と言われたこともありました。なぜそこまでこだわるのかと。
今では随分と家族との関係も楽になってきましたが帰属感のなかった私にとって‘会社’は私に「居場所」という安心感を与えてくれていたのでしょうね。
初めの赴任先でこの「安心感」を感じれたからこそ、多分 色んなことがあってもかろうじては立ち続けていられたんだなって振り返ってみて思います。

有形なものに価値を見出すこと、競争に勝つこと、大切だけど無形のものの大切さも感じながら仕事をすることができたら、もう少し豊かさを感じれる社会になるのかなって密かに思っていたりもします。

地元へ転勤した当時、ストレスで数週間に一度は栄養の点滴してもらっていたり、気分がすさんで同僚と話しをするのすら警戒していた頃 営業さんだったのですこーしだけさぼって泣きながら海を見ていたときもあるんですよね。
空港近くでぶらぶらしながら飛行機を見ていたこともあります。
飛行機が旋回するのをみて感じていたことは「これもだれかの‘夢’だったんだよなぁ」って思ってました。
いつかきっと人が空を飛べるんだ・・・
そんな夢をみたところから、始まったんだよなぁって。

そうそう、
その会社の創業当時からのキャッチコピー(っていうのかな)があって
「ミラクルをちょうだい」っていうのがあったんですよ。
医療関係の方はご存知かもしれません。
会社の創業者がドラッグストアをやっていたらしいんですね。そこに幼い少女がこの言葉を言ったらしいです。事情を聞いてみるとお母様が不治の病にかかられたとの事。
お医者様が大人たちに説明した「彼女が助かるのはもうミラクル(奇跡)しかない・・・」という言葉を盗み聞いた幼い少女はなけなしのお金を持ってドラッグストアに‘奇跡’を探しにいった・・・。
それがきっかけとなって、創業者は製薬企業をはじめた・・・という経緯です。
なにせ宣伝の得意なアメリカ企業ですので着色もあるかもしれません。
でも、こんな「何かがあったら大切な人が助かるのにな」って思い・・・。
みんなの心にも密かにあるんじゃないかなって思います。

絶対あり得ないって思いながらも見続けている夢、それがビジョンといわれるものなのかな、そうやっと思えるようになって来ました。
そうかんじて初めて、まったく無駄だったんじゃないかなと思っていた時間や出逢いや人、ものに意味が持てるのかもしれません。
そうかんじて初めて、「期待していたのに与えられなかった」という痛みが自分の出来ること与えられることとして自信がもてるのかもしれません。

若い時期は画一的でない自分、でこぼこな自分、規格外だなって感じてしまう自分、集団のルールに収まりきれない時に自分をすごく迷惑な存在だって感じてしまうことあると思うんです。
でも願わくば そんな自分を責めないで欲しいなって思いもあります。
あなたがあなたとして、感性を生かしだした時にこそオリジナルな新しい分野というのが始まるんじゃないかなって思います。
そんな若い感性を「面白い」って感じれる自分でありたいなぁっていうのは少しだけ年齢を重ねた私の想い。

今日も一日おつかれさまです。
皆さんに今日も良いことがありますように!


投稿者 csadmin : 12:00

2005年7月24日

◇出会いの意味 〜自分に目を向けたとき〜 

僕の若い頃の恋愛のはこんな風でした。

人目あったその日から!!
一人の人が好きになってしまいます。
もともと自分の気持ちに正直に生きれていた方ではないのですが・・

この”好き”という感情だけは、正直に感じれてしまうんですね。
それで、自分が意識しはじめるとどんどん”好き”という感情が膨らんで、
彼女に告白しなくては、イテモタッテモいられなくなってしまいます。
そして後先、周りかまわず「告白」してしまいます。

「おっ 俺 ○○ちゃんのこと 好き!」
・・・なんのひねりも、なんの工夫もないですね(笑)
でもシンプルな伝え方が良いのか、気持ちはストレートに伝わるみたいで、
運良く お付き合いのOKをもらえたりします。
ここまでは、良いですよね。全然OKです(笑)

が、しかし ここからが僕の地獄の日々がはじまります・・

どうして付き合ってもらえたのに 地獄 なのかというと、
毎日毎日 僕は 大きな大きな”不安”との戦いが始まるのです。
「OKは出してくれたけど、本当に僕の事”好き”なのかな・・」
「本当はそんなに好きではないけど付き合ってくれくれてるんじゃないかな」
「きっと、彼女にはもっといい男性があわわれるだろう・・」
「彼女はもっといい男性が好きに違いない・・」

・・不安なんです ずっと・・
もちろん、それだけ”好き”という気持ちが強いのは確かだけれど。

たえず彼女の言動が、行動が、些細な事が気になって仕方がなくなります。
だから、そんな些細なケンカも耐えません。
彼女からすると、ほんとに耐えがたい状態になっていきますよね。
そのうち、彼女が耐えられなくなって別れを告げてきます。
彼女としても自分の気持ちを信じてもらえず。疲れ果ててしまいます。

こんな恋愛のパターンを幾度か繰り返してます。
僕の一番大きな失恋 「離婚」のときまで・・

彼女とは三年付き合って、結婚生活は七年あまりでした。
付き合った当初から、同じ様なことは繰り返していましたが・・
なんとか、結婚まで到達しました。
彼女は本当に頑張ってくれていたんですよね。


そして、いつも別れた後に気付くんです。
その彼女はそんなに信用できない人ではなかったこと。
だけど、その最中は本当ににそう感じれないんです。不安で不安で・・

そんな頃の僕は、頭では理解しているんですね。「信じてあげないと」と。
でも”感情”がそう感じられないんです。
「いつかいなくなるんじゃないか」
「いつかなくなるんじゃないか」そんな不安ばかりが僕を苦しめます。

そして、やっぱり彼女も疲れ果ててしまいます。
そして、ずっとずっとこんな同じ恋愛のパターンを繰り返していました。

もちろん 女性が「結婚」を決意するのに、
そんな生半可な気持ちではなかったはずです。
最後に彼女が言った「もうあなたを愛せない・・」も、
その頃僕はその言葉通りにしか聞こえませんでした。

自分の中の不安にアップアップして、
そんな彼女の気持ちも、感じ取る事が出来なくなっていました。

離婚経験とは、その前その後 何年も本当に苦しい思いをしました。
もちろん激しい怒りや、彼女を責める気持ち、自分を責めること、
悲しみや喪失感・・ あらゆる耐えがたい感情に向き合いながら。

そんな思いの中で僕は、もうこんな経験はしたくない。
そんな気持ちの中で僕の目は、 は・じ・め・て

   「安心できるような愛をくれない彼女」 から

   「愛を感じれない僕の心」
   「その心の中に存在する大きな大きな不安」に

生まれて初めて、彼女から自分自身に目が向いたんですね。
これは、僕の人生で本当に大きな大きな転機となりました。

そして、彼女が感じさせているんだと思い込んでいた、
僕の心の中にあったあの”大きな不安”
それは、ずっと小さい頃から心の中に抑え込んでいた”不安”だったこと。
そして、ずっと昔から抱えていた寂しさや悲しさ。

僕をそれまで”そう”させてきた”そう”感じさせてきた、
色んなものが見えてきたんです。
彼女の最後の言葉「もうあなたを愛せない」は、
「もうこれ以上傷つきたくない」という心の叫びだったことも・・

今僕は、前の妻と出会ったことを、心から感謝しています。
彼女と出会って、こんな自分になれたんだから。
彼女と出会って、小さい頃から抱えていたものが癒せたんだから。

だけど、正直こんな気持ちも拭えません。
あの時、もう少し早く、自分の方に目を向けることが出来てたなら・・
彼女も僕もこれほど傷つくことなく、成長できていたかも知れない・・


僕は、出会いには必ず 良い意味 があると考えています。
特に恋愛や結婚のような深い関係ならばなおさら。
その 良い意味 の中のひとつが、癒しと成長のように思います。
そこには僕達がより良く、より幸せに、より豊かになるための、
宝物がいっぱい詰まっています。

その渦中に居る時、相手から自分に目を移すことは、
それほど容易ではありません。
だけどそれでもそんなことが出来たなら、
傷つかずにも、お互い癒し、成長し続けることが出来るんじゃないかと、
今僕は、そう思います・・

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 10:17

2005年7月18日

●ゴッホ展にて

心待ちにしていたゴッホ展に行って来ました。
以前に神戸でゴッホ展が開催された時にも行きました。
その時、ゴッホ自身や絵に描かれた人の感情が、絵を通して伝わってきたことが強く印象に残っています。

今回の展覧会の中で私が一番好きな絵は、「夜のカフェテラス」です。
一度実物を観てみたいとずっと思っていた絵です。
この絵は、夜空に星が輝いていて、明るいカフェのガス灯がテラスと周辺の石畳を照らしています。
本当に星が輝いているように見えます。
カフェの近辺に住んでいる人たちが、心地よい夏の夜の静けさを楽しみにカフェにやって来るのでしょうか。
「もし、こんな所が実在するのなら、行ってみたい!」と思うくらい、とても素敵な光景です。

「レストランの内部」は、明るい色彩が美しい絵です。
白いテーブルクロス、テーブルの上に生けられた白い花、木の椅子、壁に架けられたゴッホの『アニエールの「レストラン・ド・ラ・シレーヌ」』、壁面のピンク色・・・この絵を観ていると、春を感じます。
こんなに明るいきれいなレストランだと、会話も弾むし、食事も楽しいだろうなあと思います。
『アニエールの「レストラン・ド・ラ・シレーヌ」』は、まだ観たことがないので、いつか観てみたいです。

「サン=レミの療養院の庭」を観ていると、ゴッホは伸び伸びと絵を描いていたんだろうなあという気がします。
木や草が生き生きとしているように見えます。
ちょうど木陰になっているところにベンチがあります。
このベンチに腰掛けて、木々の緑や白い薔薇を眺めたら気持ち良さそうだなあと思います。
ゴッホもこのベンチに腰掛けて自然を楽しんだのでしょうか。

「公園の小道」は、自然が豊かな公園の小道の奥に、パラソルを差している着飾った女性達が描かれています。
女性達を見ていると、とても優雅な感じがします。
木々の頂部が黄色になっていることから、秋の訪れを感じます。
豊かな自然に囲まれたこの小道を散歩したら、嫌なことなんて忘れて、気持ちが穏やかになりそうな気がします。

「夜」は、ゴッホがミレーの絵を模写したものです。
眠っている赤ん坊を見守りながら針仕事に勤しむ母親と藁で籠を編む父親が描かれています。
そして、ランプの灯りが家族を照らしています。
その灯りがとても優しく感じられます。
それは、ゴッホが弟テオの家族の幸せを願う気持ちが込められているからだと思います。
ゴッホがテオを想って描いた絵は、いつも優しく穏やかな感じがします。

ゴッホの絵にはいろんな描き方があって、それぞれ違った印象を受けます。
ゴッホは、いいと思った手法を積極的に取り入れたからです。
ゴッホなりの絵に対するこだわりや、向上心がそうさせたんだと思います。
試行錯誤を繰り返し、諦めずに描き続けたから、こんなに素晴らしい絵が描けたんですよね。
みなさんも、欲しいものがあったらどうか諦めないで下さい。
私も、諦めようとしたことが何度もあります。
でも、応援してくれる人たちがいて、困った時に相談できたからここまで来られました。
今度は私が、カウンセリングを通して、みなさんが欲しいものを手に入れるお手伝いをしたいと思っています。

上田 紘美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年7月16日

◇誰かの願いが叶うころ・・・

こんにちは、成井です。

突然ですか、あなたが「幸せになって欲しいな」と願う人は誰でしょ
う?
家族でしょうか?
友達でしょうか?
恋人でしょうか?
過去にお別れした人でしょうか?
もう今は会えない人でしょうか?

「これはあなたの為のものではありません」
こうきっぱりと書いてあるお守りが、今私の手元にあります。
「これは君にあげるのではないからね!」
と満面の笑みとともに、あるお寺の住職さんからこのお守りを頂きまし
た。
住職さんとも、そのお守りとも、なんだか不思議な出会いだったので今
日はそのお話をしたいと思います。

先日、友達と2人で兵庫県にある有馬温泉にほっこりしに行ってきまし
た。
・・・と言っても、私自身は兵庫県民なので近場の温泉に宿泊すること
はめったにありません。
友達が東京からワークショップ参加のため大阪に来ていて、その子が有
馬好きたのでお誘いを受けたのです。
最近の私は時間の使い方が下手で、ばたばたとすることが多くてイライ
ラしていたり、疲れやすかったりと少し神経が張り詰めていて緊張して
いたので、自分自身へのご褒美と休養を兼ねての1泊旅行でした。
有馬での滞在中はそんな私のイライラを反映してかある意味トラブル続
きだったのですが、でもそれが全て「ラッキー♪」なイベントに変化し
ていくという面白い体験になりました。
この「あなたの為のものではないよ」お守りもそのラッキーな出来事の
1つです。

有馬温泉は古くからの温泉郷なので神社やお寺が以外と沢山あるのです
が、その中の1つのお寺に立ち寄った際に、たまたま住職さんとお話が
出来る機会に恵まれたんですね。
その住職さんは、気さくで、ノリのいい、ちょっぴりファンキーな住職
さんでした。
そして、お寺を去る時に
「これもってき〜!(訳:これを持って帰りなさい)」
とお守りを差し出してくれたのです。
「ありがと〜!!!」
と喜んでいたら、住職さんは満面の笑みとともにこう念押しされまし
た。
「これは自分にあげるんやないで(訳:これは君にあげるのではない
よ)
自分の1番大事な人に渡してや〜。(訳:君の1番大切な人にあげてく
ださい。)」

「???」と思ってお守りが入っている袋を開けると、そこには1枚の
紙が入っていて、このお守りの趣旨が書いてあったんでね。
そこにはこう書いてありました。

「あなたは仏様の前で合掌、礼拝して何を祈願するのでしょうか?
きっと自分の事よりも家族、親戚、友人、兄弟、友達、恋人など、今自
分にとって1番大切な人の幸福、健康、安全、長寿などを祈願するので
はないでしょうか?
このお守りはそんなあなたの優しい慈しみの心を形にしたものと思って
ください。
ですからこのお守りは自分の為のものではありません。
今あなたの1番大切な人にあげてください。」

そういえば、学生時代の受験の時、親や親戚から「合格祈願」のお守り
を沢山貰いました。
車の免許を取ったとき、「交通安全」のお守りを貰いました。
縁結びの有名な神社仏閣などに行った友人からお土産として「縁結びお
守り」を貰いました。
振り返れば、それ以外にも色んなお守りを家族や友達から受け取ってい
ます。

そういえば、友達が妊娠した際に「安産祈願」のお守りをプレゼントし
たことがあります。
絵馬に自分以外の人のお願いごとを書いたこともあります。
病気で入院している友達にお守りを渡したこともあります。
振り返れば何の疑いもなく誰かの幸せを願って、それをお守りに託して
相手に渡したことが意外と多くあることに気づきます。

私達が人生の中で何かの問題にどっぷりとはまり込んでしまう時、それ
は自分の幸せを祈ってくれている人がいることに気づけなくなってし
まっている時なのかもしれません。
1人ぼっちで生きていて、誰にも自分自身を祝福されていないように感
じる時なのかもしれません。

誰かの「幸せ」が叶う頃、その人の幸せを自分の事以上に願う人が必ず
います。
誰かの「幸せ」が叶う頃、その人の幸せを自分の事以上に喜んでくれて
いる人がいます。

実は、今私が持っている住職さんから貰ったお守りは、すでに私が貰っ
たものではないんです。
友達と1つずつ貰ったので、早速友達に渡したら、彼女も私にくれまし
た。
そして私はまたこのお守りを、これから先、次の誰かに渡す事でしょ
う。

廻り回っていつかまた自分の所に戻ってきたら面白いですね(笑)


成井 裕美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:41

2005年7月11日

●自己PRはハズカシイ?!

こんにちは。
雨の日に、しとしと...という雨音と鳥のさえずりに耳を傾けていると、心持ち、
いつもより時間がゆっくり流れている気がします。そんな静かな音を聞きながら、
このコラムを書いています。
(...書き終わる頃には、どしゃぶりになり各地で被害も出ています。自然の裏表ですね。)


さて、皆さんは、最近ハズカシイと感じられたことはありますか?
あるとしてそれは、どんなこと、どんな時だったでしょうか。
実は先日、自己紹介の研修を受ける機会があったんですね。私は元々
恥ずかしがり屋な方ですが、その時に、
「こんな風にもハズカシイと思うのだ」という経験が出来ました。
今日は、その時のことを書いてみたいと思います。


それは、「よりよい自分なんて」というハズカシさでした。
2時間の研修の終わりには、私は、このハズカシさという「壁」を越えて、
「自分らしい自分」や「本来の私」を気負いなしに表現出来て、心地よい気分になりました。

研修は、40名ほどの人数で、一人15秒ずつ自己紹介していき、後ほどVTRで
全員の分を検証するというものでした。
一度に40人の自己紹介を聞く機会なんて、そう多くはありませんよね。
自分のは照れますけど、他の方のは興味津々でビデオを見ていました。
すると、改めて、「認めざるを得ないなぁ」と感じたことがありました。

それは、
「長所、いい所、好きなこと、希望を沢山言っただけ、印象が良くなる」
ということでした。

こう書くと、もしかすると、「今日の伊藤はポジティブシンキングの勧めか?!」
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。
(どちらかと言うと私は、ポジティブには、「マニュアルじゃないの?」とか
「胡散臭いなぁ」とか用心するタチですし。(苦笑))

一方で、「そんなの当たり前じゃない!」って思われた方も多くいらっしゃると
思うんですね。
私たちは色んな場面で、よいだろうと思われるのにしない、ってことが
何故かあるんですよね。私の何故の一つはハズカシさだったんですよ。


具体的には、研修では次に挙げるような例を人数分見ました。
ちょっと、紹介される身になって読んでみてくださいね。
次の自己紹介のうち、皆さんはどちらの方がよりその人のことが伝わると感じられるでしょうか?
(人材派遣会社の研修であった為に、「派遣先の初日挨拶」という設定になっています。)

(1)はじめまして、伊藤昌代と申します。初日ということでとても緊張して
おりますが、一日も早く慣れるように頑張ります。よろしくお願い申し上げます。

(2)はじめまして、伊藤昌代と申します。初日ということでとても緊張して
おりますが、一日も早く慣れ、これまでの経理事務の経験を生かして、
親切、丁寧をモットーに、正確で信用の出来るように責任感を持って笑顔で
取り組んで参ります。よろしくお願い申し上げます。

いかがでしょうか? どちらの方がより私のことが伝わりましたか?
それはどんな所からでしょうか?

ちなみに(1)も(2)も、ちょうど15秒間のスピーチだったんですよ・・・
(いかにゆっくりと話していたかバレますね(大汗))


□「こう言おう」と自発的に思うまで

さて、(1)はVTRで撮影された時ので、(2)が全員のビデオを見終わった後
にフォローアップを受けて作り直した紹介文でした。

実際に話す場面では、「何て言おうかな」ということで頭が一杯になって、
誰かが話している内容も"参考になるなぁ"とか
"あ、あの人時間足りなかった"ということに目が行くのですが、
VTRでだと、客観的に、紹介を受けている立場で全員の自己紹介を検証出来ました。

ビデオを見始める前に、講師の先生から説明があったポイントはこんな感じでした。
○視覚からの情報について
・雰囲気はどうか?
・表情、目線は?
・姿勢、態度は?
○聴覚からの情報について
・声、滑舌は?
・話し方、言葉は?
・話の内容は?

私のは、緊張したオドオド感が表面に出ているだろうと予想していたの
ですが意外にも、
雰囲気⇒柔らかい、表情・目線⇒穏やか・笑顔、
姿勢・態度⇒どっしりしている、声・滑舌⇒高すぎず低すぎず...
という印象でした。
このコラムで分かる、"話の内容"以外のところがマシだったんですね。
(セーフ...かな^^;)

次に、VTRを使って客観的に見つめた自分について、
「何を大切にしたいと思っている人だから、ああ言ったのだろうか」とか、
「これをしてきたということは、何に気を配ってきた人なのだろうか」
という点を言葉にしていきました。
そして、それらをよりよい印象で残すには、どんな表現があるのかについて考えていきました。

□ それを言ってみると...

私の例では、(1)で緊張していることを述べたのは、
しっかりと必要な仕事をしたいと思うほどに、緊張でカチコチに
固まるだろうと予想してのことでしたので、
(2)では「しっかり」をより具体的に表現する言葉として、
「丁寧」「正確な」「責任感をもって」などを取り入れました。また、
カチコチになるだろうと思われるくらいに、新しい環境に
慣れることを大切に思っていることを表現する言葉として、
「親切」「笑顔で」を選びました。

また別の方の例では、
初め、「...以前のアパレルの販売経験を活かして頑張ります」と紹介された方は、
「...以前のアパレル販売で培った、我慢強く迅速な対応や、機転を
利かせた行動力を活かして...」等と作り直されていました。

そして、作り直した部分をもう一度、今度は撮影はなしで発表したのですが...。

ここで、「んな、よりよい自分なんて〜〜」というハズカシさが出てきたんですよね。
「よりよい印象を残せるようになっているか確認の為もう一度言う」
という行為を通して、どうやら私達は、
「自分をより肯定的に扱う」ということをしていたようなのです。

私のハズカシさは、言わば、
「いい? ホンマにそんなこと言っちゃっていいの?? 
......でも嘘じゃないし、いいよねぇ」というものだったのです。
「いいよねぇ」に辿り着いた瞬間、今まで思いつきもしなかった言葉を
すらすら話せている私がいました。ハズカシさという壁に隠されていた
自分の一部に出会えたような嬉しい気持ちでもありました。


□「痛みや絶望があるから、これが大切なんだ」という思い

中には、「これしかないんだから大切だ。だから自分はこうなんだ。」
「自分はこうなんだ。生まれたときからそうなんだ。」等という気持ちが
出てきて辛くなることもあるかと思います。
例えば、私は目が悪いので、目の健康や視力に関する情報は
とても大切だけど神経質にもなります。また、自分の気の弱さは
どうしようもないなぁと落ち込むこともあります。本当は、そう思う
度合いだけ、大切なことや好きなことがあるのですが、
落ち込んでいる時は「どうしようもないなぁ」って思ってしまうものでしょう。
こんな風に、何か痛みや辛い気持ちが出てきたとしたら、それは、
「大切」であるのと同時に、「目標」でもあるんですよね。
ハズカシさとは少し違うかもしれませんが、
「目標」も隠すのではなくて求めていきたいものですね。


□「見られている」よりハズカシいけれど...

検証の最初のプロセスの、「何を大切にしたいと思っている?」、
「何に気を配ってきた?」ということを言葉にすることは、
今回の自己紹介の場面だけでなく、様々な場面で使って頂ける
コミュニケーションの基なんですね。

皆さんの中には、何かの発表を控えているとか、誰かに伝えたいことが
あるとか、面接の予定があるとかいう方々も多くいらっしゃるでしょう。
長所や愛、優しさ、希望などの「よりよいこと」を自分自身で認めて
言葉にすることは時に、「見られている」ということよりハズカシいことも
あるのだけれども、この壁を越えると、とっても分かりやすい、
シンプルなコミュニケーションにもなるんですよね。

「よりよく伝えるには、どんな言葉がいいかなぁ」という気持ちで、
上記について見つめてみるのもいいかもしれませんね。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年7月 9日

◇島男ワールド

TVドラマ『恋におちたら』、遂に最終回を迎えてしまいましたね。

最初は、なんて極端な設定の、しかもなんて早い展開のドラマなんだろう
(^-^;)
と思っていたけれど、やっぱり最後には島男ワールドにやられてしまいま
した。

草なぎ君だからこんなキャラクターを演じられるんだろうなぁと関心しつつ、
彼のドラマは味があってついつい見てしまいます。
特にカッコいい(役柄)というわけではないし、どちらかというとカッコ
悪かったり、ひどい時はあまりのイケてなさぶり?に笑ってしまうような
ことも多いのに…、なぜか最後には惹きこまれてしまうんですよね。

人間くさいというか、そういうカッコ悪い部分も含めて前進していく姿が
カッコよく見えてしまいます。
最後には「がんばれ〜!」て一緒に応援したくなってしまうんですから。

今回の『恋におちたら』でも、草なぎ君扮する主人公の“鈴木島男”は、
とにかく純粋で一途で、何事にも一生懸命とりくみます。
でも、そういう人にありがちな、周りの人に押し付けるような暑苦しさは
なく、とっても穏やかなんですね。

周りの人が何といおうと、自分が好きなものは好き。自分が納得いけば、
周りの人になんといわれても、それで幸せ、ハッピーなんです。
完全に自己満足なんだけれど、人に流されない、人に無理強いしない、で
も決して一匹狼なわけでもなくみんなとの関係も大切にするところが、と
てもさわやかで好感がもてます。

とにかくいいものを提供したい!お金よりも大事なものがある!という純
粋な思いをもち、親の残した町工場を継ぎながら毎日の幸せを大切に生き
ていたものの、母親が病に倒れ、工場も借金で閉鎖に追い込まれたところ
から彼の人生が変化し始めます。

お金とのいろんな思いに葛藤しながらも、コンピューターの才能とそのユ
ニークなキャラクターを買われ、大きなIT企業に就職し、そして、あれ
よあれよという間に取締役にまで昇進してしまいます。
よりによって、自分とは正反対の、お金や名誉や権力そんなものが大好き
な社長の元で。

でも、なんたって“鈴木島男”だから、そんなものに巻き込まれるはずが
ない!
彼は彼らしくやっていくだろう…、と周りの誰もが思っていたところ、
純粋培養したような彼も(純粋な彼だからこそ?)遂にそのパワーに魅せ
られてしまいます。

ある大きなプロジェクトを成功させ、その快感を覚えてしまい…、
それからは、あれだけ周りや人のことを第一に考えてやってきた彼が、い
らないものはどんどん切り捨てて、合理的に機械的に自分の力を拡大して
いきます。

ドラマでは、そこまで極端にならんやろ〜!とつっこみを入れたくなる位
変わっていましたね。(笑)
いつも穏やかな草なぎ君の顔の怖いことといったら。。

それはよしとして、、
そんなこんなでいきすぎてしまった彼は、やはりある時あっさりと解任さ
れてしまいます。

すべて亡くしてしまってしばらくは茫然とするものの、周りの人達の愛情
に助けられ、もとの“鈴木島男”に戻っていきます。
純粋一途で、でも前と違うのは、単なる理想や夢だけでなく、現実やお金・
権力、そういうもの痛みや葛藤など、いろんな側面も受け入れられるよう
になっていること。

そして、そうやってパワーアップした彼にまた大きなチャンスが訪れます。
今度は本当に彼らしく自分を表現できる形で!

ドラマでは極端な設定になっていたけれど、でもこれって人の成長のプロ
セスそのもので面白いなぁと思ってみてしまいました。
純粋に理想や夢を追いかけていた時期から、現実に直面し、葛藤しながら
も前に進み、そして行き詰ったところで一度大きな痛みを受け入れ、手放
し、またひとつ成長していく。
どれがいい悪いではなくて、本当にプロセスなんですよね。

そんな“鈴木島男”の成長を見守って、傍にいる彼を取り巻く人達も、
またみんな温かい。
彼を信じて、そして失敗した最悪の時にもただ受け入れて、彼の良さを
見続けてて。。
すごいなぁ、上手いなぁ、とただただ関心してしまいます。

そういえば、草なぎ君のドラマて、いつも最後には悪役がいなくなるような?
最初はひどく思えるような人も、回が進むごとに自分の中にある違う側面
を見つけて、変化していきますね。
だから、後味がよくてついつい見てしまうのかも。(^^)
今後の草なぎ君のドラマも楽しみです。

合理的なだけでも、感傷的なだけでもない、こんな“鈴木島男”的な世界
はこれからもっと受け入れられるようになっていくのではないかなぁとい
う気がします。
こんなハッピーな島男ワールドが広がっていくと、世の中もっと楽しく
明るくなりますね。

それを願って!


塩田純子のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:20

2005年7月 4日

●満喫しよう!

こんにちは。木村祥典です。
コラム初登場となります。よろしくお願いしますね。

先日、ハワイに旅行に行ってきました。
ハワイに行くことが決まってから、木村家では、どこに行こうか?何をしようか?という話題で持ち切りでした。
奥さんは以前にもハワイに行ったことがあるのですが、僕は初体験です。ドキドキです!ワクワクです!!

ハワイを満喫しようと、”ハワイでしかできないことって何だろう?”をテーマに、ハワイでやりたいことリストを作りました。

・何もしないでビーチで昼寝。
・おもちゃ屋さんに行って向こうならではのおもちゃを物色。
・本場のでっかいハンバーガーとロコモコを食べる。
・地元の人の生活に密着したスーパーマーケットに行く。
・心理学の先生が住んでる街を訪ねる。

そして、いざハワイへ!


初めて日付変更線というものを超え、日時の感覚がおかしくなりながらハワイに到着。
”やりたいことリスト”を元に張り切っていたのですが、グッタリとつかれているし、団体での旅行だったのであまり自由もなくて、日本で盛り上がった分だけ”やりたいことリスト”とのギャップが大きくなっていきます。
とてもじゃないけどハワイを満喫どころではありません。

せっかくハワイに来たのに、ハワイを楽しめないのはあまりにももったいないし悲し過ぎます。
そこで、ハワイに着いてからその時までの間で楽しかったことを探してみました。

ホテルのテラスが景色も良くて居心地が良かったのを思い出し、テラスで夜景を眺めていました。
すると、ハワイ滞在中の楽しかったことやうれしかったことが次々と出てきました。

空港に着いて飛行機を降りた時のドキドキとワクワク。
とても強いけれど、不快ではない日射し。
高ーい空と、青ーい海。
その海からの風。
一見怖そうだけど、実はやさしいハワイの人達。
ゆっくり流れる時間。
ホテルの部屋に帰ってくるたびにきれいに整えられたベッド。

たくさん出てきました。

”やりたいことリスト”と、それができない不満にとらわれて、味わって楽しむことができてなかったけれど、楽しかったことやうれしかったことが全然無かった訳ではないんです。

ハワイを満喫するヒントを得た僕は、夜景を眺めながら時間差でそれらを改めて味わって、”やりたいことリスト”を白紙に戻すことにしました。

”やりたいことリスト”がいつの間にか”やらなきゃいけないことリスト”になってしまってたんですね。
その”やらなきゃいけないリスト”を”できたらいいなリスト”に変えて、リストに関係なく、その時その時の瞬間を楽しもうと決めました。

それからのハワイは、帰りたくなくなるくらい楽しかったです。

そして最終日の夜までには、日本で作った”やりたいことリスト”のうちのほとんどが叶っていました。

自分のお土産に気に入ったおもちゃを買うこともできたし、”これが一人前なのか!?”というくらいのでっかいハンバーガーやロコモコを食べることもできたし、ディスカウントストアを何時間もウロウロすることもできたし、心理学の先生が住む街に行くこともできました。

こうしてハワイを満喫して日本に帰って来ました。

空港からの帰りにお蕎麦屋さんで食事をしました。そのお蕎麦のおいしいことおいしいこと!
久しぶりに帰ってきた我が家の落ち着くこと落ち着くこと!
自分のお布団の寝心地のいいこといいこと!!

ハワイから帰って来てからは日本を満喫しています。

普段の日常生活では当たり前になっていて何も感じないことが、一旦非日常を経験することで、とても新鮮でありがたいものになっています。
これを満喫するためにハワイに行って来たのかというくらい満喫しています。


普段の日常生活では当たり前になっていることの中にも、当たり前でないことはたくさんあるんだと思います。
それらを味わって楽しんで満喫することができたら、毎日がHappyになりますよね。

そして、それが当たり前になったりそれに慣れ切ってしまったり飽きたりすることはよくあることだし、自然なことだとも思います。
そのために非日常というのがあるのでしょう。

”日常も非日常も楽しんで満喫することができるようになろう”というもっともらしい理由をつけて、次はどこに旅行に行こうかと計画中です。

投稿者 csadmin : 12:00