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2005年6月26日

●調和(ハーモニー)〜〜〜あるコンサートに寄せて〜〜〜

私は子供の頃からの音楽好きで、どんなに環境が整っていなくても、どないかして音楽を身近におこうとして来た、と思う。

子供の頃、怪我が元で動きにくい時期があり、そんな私のために両親が3オクターブくらいの電池式の小さなオルガンを買ってくれたのがそもそもの始まり。見よう見真似と聴いた(聴こえた)歌…童謡などをそのまま弾いていたのを親ばかな母が聴き、近所にピアノのうまい高校生のお姉ちゃんを見つけ、まんまと私のピアノの師匠にした。

その先生は当時16歳、もちろん私が一番弟子(ちなみに私の弟が2番弟子)。今度はスタンド式のちょっとこましなオルガンを買ってくれ、バイエルなどを始めた。その先生の見立てでは私は音感に優れているらしく、楽典も小さい頃から始めてくれた。ちなみに、その先生は腕を買われ、見る間に弟子を増やした。その後、音大に進み結果的に音楽を生業とするきっかけをうちの母が作ったことになった。

しかし、しかし。私はピアノが確かに好きだ、好きな曲を弾くのは、とても好きだ。機会は減ったがそれは今も変わらない。でも面白くないと思ったことには関心を示さず、困った生徒?になっていったと思うがこの先生は若いのに(年が10違うだけだった、つまり8歳の頃先生は18歳)はっきり物を言う人だった。

「あなたはピアノを楽しむのは良いけれど、仕事にするのは考えない方が良い。」と私の妹弟子にあたる女の子に実にきっぱりと言ったのが、今思うと二十歳くらいだったと思う。
そして、私については持っているもの(親からもらった耳や指先のタッチ、表現力など)について高い評価をしてもらった…にも関わらず、一番練習嫌いの生徒であった(…与えられているものをうまく受け取れない、の原点の一つのような気がする…猛省)。

 しかし、三つ子の魂百まで…とはよく言ったもので、気にいった曲はどんなに現時点での自分の実力と遠くても、弾こうとするのだった。そして、そう言うときの私の本番での出来は普段の日の120%と言っても過言ではないかもしれない、とちょっと遠いところから見て思ったりする。そして、私の先生はそんな私を上手にその気にさせてくれた。弾きたい曲のためなら練習には出来る限り時間を割いていた、と思う、母親の、「普段からそれくらい練習したらどれほどうまくなるやろ」と言うお小言のような嘆きのような呟きを背に。

友達は、だれそれさんがあの曲が弾けたから私も弾いてみたい、と言うように自発的にやっていく人もいれば、自分の技術をあげるためにこつこつと練習を重ねたりしている中、私はただ弾きたい曲を弾くためにピアノの前に座る。
 
 両親、特に父はそんな私に過酷なリクエストをする。「石原裕次郎の『赤いハンカチ』を弾け」の、「クリスマスやから『ジングルベル』を弾け」のとのたまう。しぶしぶピアノに向かい、聴き覚えで鍵盤をたたき左手はほんまに適当に伴奏をつける、どうせ間違っても父にはわからないだろう、と思っていたかどうかは今となれば覚えていないけれど。まあ、成長してからはこの「特技?」が自分を楽しませたり、YMCAで子供に関わるボランティアをしていた時代にはクリスマス会には欠かせない賛美歌を弾くことになり、思いもかけず役に立つことになる。この頃になると、「弾く」ことがただ楽しみになっている。

こんな私、音楽の範囲・ジャンルは広いが偏りがあるのは否めない。仕方がない、こんな性格やから、と自嘲気味に思う今日この頃である(笑)。

関心のある音楽の幅が広い、と言うことは聴きたいものがたくさんある、と言うことでもある。で、この数年はクラシックのコンサートに行く事も。数年前に行った、大フィルのコンサートでは井上道義さんがタクトを振ったが、これがまた素敵にかっこよかった…。数日後、体調を壊し職場を休んで「徹子の部屋」を見ていたら、たまたま井上氏が出演しており、今日は休むべくして休んだのだ。これぞ運命的…と己の罪悪感を払拭するネタにしたのだった。

そんな私の趣味を知っている某友人が先日、「今日の○時○○分頃から辻久子さんのヴァイオリンのコンサートがあるけど来ない?」と悪の誘いをしてきた。
 
 これはとある医学系の学会の市民フォーラムの行事の一環で、友人は職務上?その学会に参加しており、会場を闊歩している時にコンサートがあることに気づいたと言う。もちろん、乗らない手はない。実家での用事があったのだがそそくさと済ませ、母を車で送り、着替えて会場へ向かった。あいにく、こうべ祭りと重なり車の流れが悪く、1曲目が既に始まった頃にホールに着いたら、2階席に案内をされた。ところが、である。2階席とは言うものの、辻さんの指までもが見える一番ステージよりの端の席だった。そう言えば、ライブハウスに通いつめていた頃にもいつも順番どおりにもかかわらず、良い席が当たることが多かった。
きっと神様は私の日ごろの行いをよくご存知に違いない、とちょっと思った。(こうして時折自分の運の良さを思ったりする。)

ところが、である。ヴァイオリンの伴奏のはずのピアノの音がやたらに目立つ。席のせいか?グランドピアノの蓋が開きすぎているのか?会場の音響か?と思っていたら、1曲目が終わると辻さんが下がり、続いてピアノ奏者、譜面をめくる人(どういう呼び名か知らない)も後に続いた。すぐにステージに戻ってこられ演奏を始めたが、今度は前ほどピアノが目立たなくなった。フォーラムの一環なので、コンサートは1時間ほど。曲数は7曲とアンコール曲。長くはないが、聴き応えのある演奏だった。辻さん所有のヴァイオリンに纏わる逸話は有名だが、辻さんとヴァイオリン、と言うより本当に体の一部のようだった。ヴァイオリンに愛情を…などと言う言葉も似つかわしくないくらい、辻さんの体の一部になっていた。

コンサートが進むにつれヴァイオリンに添うようなピアノの音色は、控えめでありながら却って存在感を感じた。

そう言えば、たまにカウンセリングにも使う江藤俊哉さん・玲子さんの「G線上のアリア」のハーモニーがとても好きだ。ヴァイオリンに寄り添うようなピアノが優しい。かと思うと、ピアノを引き立たせるようにヴァイオリンが控えめになる。とてもバランスが良く、私には聴き心地がとてもよい。

音楽とは調和(ハーモニー)がないと個々の演奏がすばらしくても打ち消し合い、融けあって一つの作品をなすと言うよりむしろ、自己主張のぶつけ合いのようになってしまう。ジャンルを問わず、バンドやオーケストラでもそうなのだろう。

 音楽を聴く時、主旋律以外のパートに耳を傾けることが良くある。どんな楽器がんな風に主旋律に絡むか、時には控えめに時には競り合うように…。裏打ち(半テンポ遅いタイミングのリズム)が効果的に絡んでいるな。低音域の楽器が主旋律を奏でるときの奥行き感。弦楽器のカウンターメロディー(主旋律と絡む旋律)の美しさ。おそらく譜面を見ると各セクションは味気ない音を鳴らしているだけの時も少なくないと思う。でも楽器と楽器、奏者と奏者がまさに心を合わせて奏でて初めて「音楽」になる。どれ一つを欠いても、物足りない演奏になるのに違いない。

チームで仕事をすることがよくあった。各自に振り分けられるのは単純作業であったり、複雑な資料の整理であったりする。こだわりたい内容があったり、それでも全体でのバランスを考えたら削らざるを得ないものもあったり、イレギュラーな事態が起こったり。でも、何をしたいのか、どんなものを作りたいのかをはっきりとわかっていたら、エネルギーをそちらに注ぐことができる。
仕上がりは、時にはパッチワークのようであっても、むしろ一点もののオリジナルの味わいを愛しく思ったりする。
 私にとって学校での仕事は、そう言う趣を感じる媒体でもあったな、と20年を振り返り思う。

どのセクションも主役。どの人も、主役。目的は美しい音楽を創ること、ただ一つ。そう思えば休符だらけの楽譜も、目立つ旋律も、すべてがピース(かけら)に過ぎない、とも思う。そうして育んだものが、人の心に触れてゆき、それぞれの胸の中に湧き上がる新しい想いが、実は作品の最後の仕上げなのかもしれない、と思う。

辻久子さんのコンサートでは、その演奏の技術的・芸術的なすばらしさを超えて「辻さんとヴァイオリン」の生き様の大切なひと時にご一緒しているように思えた。
 
 うまくは言えないが、辻さんの人生の流れの中の一時に聴衆があり、聴衆や他の演奏者、コンサートやフォーラムの運営に関わった人々のそれぞれの人生の中にこの演奏がある。無理やり言葉にする
とこんな感じである。ちなみに、私を誘ってくれた友人は、隣の席で心地よく無意識と戯れていたようだ。そう、それでいいのだと思う、人それぞれで。睡魔、いや無意識と戯れる友人もまた、辻さんの人生の一コマのピースなんである。

うまい表現が見つからないが、たとえば神様がいるとして、遠くから私たちがかもし出すハーモニーを、美しい音楽のように楽しんでいるとしたら。こんなふうに同じ音楽を違った楽しみ方をする私たちも切り取った一場面のようだったりするのかもしれない。でも、私たち自身は、それぞれが自分を精一杯生きている。それぞれの人生を芸術作品のように大切に生きている。だれかが(例えそれが神様であっても)そのことをどう見ようとお構いなしに。でも、「今ここ」に集っていること自体に目的や意味があることだってある。
その時は、トータルのバランスを考えるのも必要な事なのかもしれない。誰のためでなく、ただ自分の存在自体が、ハーモニーをなすのに欠かせない要因であることだってある。

辻久子さんのすばらしい演奏は、私の心にいつもあって、普段は知らない顔をしていたそんな想いに触れた。すばらしい音楽や絵は心の中のささやかなセンサーに反応して、あふれ出すきっかけになることを、本当に久しぶりに思い出すことができた。

今年はもっとコンサートや美術館に出かけたいな。で、その世界にその時間だけでもどっぷり浸かってみたい。

 ああ〜考えるだけでも幸せ〜な私(^^♪

中村 ともみのプロフィールヘ>>>

投稿者 csadmin : 07:06

2005年6月25日

◇父と私

みなさん、こんにちは。
とても暑い日が続いています。
この夏もライブに行っているか、ダラダラ過ごしているかの予感。
きのかずよです(^^;

このコラムの締め切りが父の日前、出るのが父の日後ということで、私の父
の話でもしようか思います。

私は父を、お父ちゃんと呼ぶのですが、その父は「ちゃん」付けしてあげる
ような、かわいいモノとは正反対の、ぶっちょう面で何を考えているかよく
分からない普段は無口、酒が入ると同じ事を何度も繰り返してしつこい、い
わゆるウザイ人です。

そんなお父ちゃんが、なぜか私は好きなのです。

きっといい思い出でもあるのだろう・・・
だから、この歳で「好き」と思えているのだろう・・・
いい思い出いい思い出・・・
とりあえず、思いつく思い出を(><)

幼稚園児・小学生の頃は、よく叩かれてましたね!
とにかく私は、親の言う事を聞かない子供でした。

先ずは母親が
「机の上片付けなさい!」
「洗濯物なおしなさい!」
「靴そろえなさい!」
「遊びに行く前に、掃除しなさ〜い」
母の怒りは、全くもって御尤もな事で、「勉強しなさい、宿題しなさい」
と言われ怒られた記憶はなく、人間が困ることなく生活する為の必要最低
限身につけて欲しいと、親が子供を思う気持ちからでて来る、いわゆる基
本の躾からくる怒りですよね。
しかし、そんな母の気持ちを微塵も分かってあげることなく、母をなめて
いた私。

母の言葉を無視して遊びに行って、帰ってきたらテレビ見て。。。そんな
日々を3ヶ月くらい過ごしていると、お父ちゃんが出てきます。
学校から帰ってきて、お父ちゃんがいると、いや、いる事を玄関を開ける
前になぜか察知すると
「うわぁっ、怒られる・・・」
と、身体が反応します。
なので、一緒に帰る友達に、
「カバン置いたら、すぐ迎えに来てな〜そっこーやで。」
と、頼み、ほんとに近所なので、5分と経たずに
「きのちゃ〜ん、遊ぼ〜」
と、来てくれるのですが、この5分の間に我が家で何が起こっているかと
言うと。。。

「ただいま〜。今日は○○ちゃんと遊びにいくねん。一輪車の練習せな
なぁ。」
と、わざとらしく遊びに行く事を伝える私。
そんな私を横目に、
「机の上片付けろ。そんな机で、どうやって勉強するねん」
と、言う父。
「え?勉強せーへんから、関係ないねん」
「物置にするために机買うたんちゃうぞ。遊びに行く前に片付けろ」
「○○ちゃん迎えに来る〜」
「来るまでにしろ」
「もう来る」
「なら遊びに行くな!!!」
「約束した〜」

「きのちゃ〜ん、遊ぼ〜」

「ホラ、来たやん」
と、逃げるように玄関に飛び出そうとした瞬間

バチン☆☆

箒の穂じゃない持ち手(竹)の部分で、可愛い私の太股を叩きます。
お分かりのように、誘いに来た友達の目の前で。
「いた〜い、何で叩くんよ。遊びに行くねん。誘いにきてるねん」

バチン☆★☆

「あほか、机の上片付けるまで、遊びに行くな言うてるやろ」
「いた〜い、うわぁ〜ん。いたぁ〜い。遊びに行く。○○ちゃん、ごめ
んな行くからな」

そんな状況を目の当たりにして私より友達の方が、引きますよね(^^;

「き、きのちゃん。。。机の上片付けるの、手伝ってあげる」
「そんなん、悪い〜」
「ううん。私片付け大好きやねん。得意やで!」

私達父娘は、全く他人の小学校1・2年生の子供に、ここまで気を使って
もらっていたようです
机の上の片付け、洋服ダンスの整理、グリーンスクールの準備を、こ
のような過程のもと、友達に手伝ってもらった事があると記憶していま
す。

お父ちゃんが怒る理由は、私自身一番知っていたにもかかわらず、叩か
れても叩
かれても、めげずに言う事を聞かず、太股のアザが消えかけた頃に、ま
た叩かれ、最長6ヶ月、太股に数本、長くて赤くて青くて黒いアザがくっ
きりとありました。
あ、今、太股が太すぎるのはそのせいかっ?

そのアザを友達は観察していた事もあるようです。見せびらかしていた
私がきっといたのでしょう・・・。

私はこの頃から既に、学習能力が低かったようですね。

幼い頃からの叩かれぐせが付いてしまっているからなのか、私はよく叩
かれます。
中学生の時も、生徒会長だったのに先生に叩かれていました。
大学は、その感覚が完全マヒして、空手部なんぞに入部してたし。。。
カウンセリングを学んでいた頃(といっても、3年ぐらい前ですが)、師
匠に頭をよく叩かれていたようだし。癒しをウリにしているのに・・・。
それに対してどーとも思わない私というのも、「慣れとは恐ろしいもの
じゃ」と考えさせられます。

叩かれ体勢が取れているからかも。叩かれていいような受身をとっている
かも。
叩かれる準備をしているのかも。

と、ここの先輩に言われました。

これを長所として受け取るなら、私はお父ちゃんのおかげで『打たれ強
い』人間になった。ぐらいでしょうか。

幼なじみと喋ると、お父ちゃんの話が出てくる事があり、
「きのちゃんのお父ちゃん恐かったもんな〜。あ、今でも、三味線もっ
て自転車乗ってんの?」
「はぁ、乗ってるかもなぁ・・・」
私が言う事を聞かずに怒らしている以外は、父は、うれしがりなので、
友達に、家に遊びに来ても道で会っても、良く喋りかけてたので、今でも
友達の印象に残っているようです。(ちょっとフォロー)

お父ちゃんとの思い出は、たっぷりあります。どれもこれも、私の基礎は
ここで出来たかぁ〜と、思える、聞くも涙、語るも涙の話ばかりです。上
の話も、普通は涙じゃないですか?
それでは、「父との思い出パート2」をいつか書きます。

きのかずよ のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年6月20日

●普通って何!?

「普通はこうだよね。」
「そうするのが普通でしょう?」

人との会話の中では、「普通」という言葉はとてもよく出てきますね。もちろん私もついつい使ってしまいます。だけど、この言葉について、私はとても深く悩んだことがあります。

例えばチョコレート。私は大好きです。
同じように大好きな人はたくさんおられると思います。だけど甘ったるさが嫌いという方も当然おられると思います。
だけど10人いて9人がチョコが好きな人だとすると、嫌いだと言う、その1人の人は、「めずらしい」「変わってる」又は「普通じゃない。」となってしまうと思うんです。ようするに統計によるものだと思うんですよね。9対1で、1の人が除外されてしまうような感じだと思います。

私は子供の頃のいじめの体験がありますから、
・私は嫌われ者
・私は迷惑な人間
・私は生きる価値のない人間
と、そんなふうに思っていたので、「特別な存在になりたい」と思っていました。もちろんいい意味で。だけど言われた言葉は
「変わってるね。」
「それって変。」
「普通じゃないよ。」
だったんです。今は言われることがあったとしても全く苦にはなりませんが、あの頃はとても辛かったんです。自分だけが人と違う変な子なんだと解釈していましたから。

私たちには皆それぞれが、生きていく環境や人との出会いで、いろんな価値観を持ちますよね。人に対しての価値観。モノに対しての価値観。
「人って優しくてあったかい。」と思う人もいれば、「人って裏切るし、信用できない。」と思う人もいます。その人が持ってしまった価値観というものに、正解不正解はなく、その人がそう感じてしまうのならそれは真実だと思います。だけど人と人ですからこころがありますので、その価値観に対して「理解できない」「理解したくない」と反発する気持ちも当然出てくると思うんです。でもそれも悪いことじゃないと思いますし、無理やり理解しようと頑張っても、苦しくなる一方で、なかなかうまく行かないことの方が多いと思います。
「普通」というのもこれと同じことが言えると思っています。

9人はチョコレートが好き。
1人はチョコレートが嫌い。

好きには好きの理由がちゃんとあるし、嫌いには嫌いの理由が当然あると思うんです。
その理由はそれぞれで、理解されようがされまいが本人に変える意思がない限りは
変わることはないと思うんです。
ただこれを「絶対理解なんかしたくない!」と頑なに思ってしまうと、
自分が正しいと感じてしまうこともあると思うので、

「あなたが間違っている!」

と思ってしまいますよね。

日本人はよく多数決というものを使いますが、
多くの意見が「普通(正しい)」であって、少数意見は「普通じゃない(間違い)」と判断することもあるようです。

「普通」という言葉は悪い言葉だとは思いません。
「普通」=「一般的」=「多くは・・・」と私は解釈しています。
だけど、これを私自身昔は「比較」という解釈をしていました。

「普通」の人が正しく、「普通」でない人は間違っている。
変わってる人、嫌われてる人、変な人。
皆と比べると違う人。
だから私はおかしい子。
そんなふうに解釈をしていました。
だけど今は9対1ならば、出来るだけ多くの1の側の人の考えや意見、価値観を聞きたいと思っています。そこには9人の人たちには考えられないような発想が隠されているのではないかとわくわくしてしまいます。

私のずっと持っていた「普通って何?」の答えは、

「普通」で生きるのも、皆と同じで共感し合えるから楽しい。
「普通じゃない」「変わってる」と言われて生きるのも、何かそこから新しい発見が出来そうで楽しい。

どっちを選んで生きるか、または時と場合により両方をうまく選んで生きるかという、「自分の生き方に関する考え方のひとつ」だと、今はそんなふうに思っています。

小川のりこのプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年6月17日

◇好きだからこそ興味を持つ

最近、数年ぶりに映画にはまってます。
以前までは見たい映画があっても、レンタル屋にでるまで待っていたのです
が、6月に入ってから足しげく映画館に通っています。

しかも、今更といっては何ですが、韓流映画にはまってしまいました。

もともと今年に入ってから、妻が映画館に行くようになりました。
私はその話を聞いているだけだったのですが、ある日
「今日休みだから一緒に映画見に行こう!」
と言われてついていったんです。
そしたら、偶然ですがその日は映画の日で、さらに私が見たかった映画が上
映されているではありませんか!
そのまま妻とは別行動で映画館に入り、映画を見ようとしたら、なんと隣の
映画館でクライアントさんが大好きな俳優がでている映画がやっているでは
ありませんか!
切符売り場で5分ほど悩んだ末、両方見ようと決めました。

そしたら、まあ見たい映画が次から次へとどんどん出てくるではありません
か!
しかも、韓流映画フェスティバルの最中でしたから、おお! これも見たい。
これなんかもいい!と、一人ロビーではしゃいでいました。

映画を見終わって妻と合流したら、そこから先はお互いの見た映画の話です。
ストーリーがどうとか、演出がどうとか、パンフレットを見せながら
「この役の人はね、主人公なついているんだけど、結局最後殺されちゃうん
だけど、最後のエンディングでこの人のお墓が出てくるんだよね、そしたら
・・・。」
などと帰りの車で盛り上がりました。
もちろん、私も見た映画の話をしました。
「ここでね、アムロがこ〜〜んな感じで出てきて、シャアがそれに対して
「何をする気だ!アムロ!」って叫ぶんだよね。」
「徴兵にいくときに彼女が見送りにいくといってこなかったんだよね。韓流
だから、まさかなぁなんて思ってたら、そのまま17年後の世界になっている
んだよね。そしたら主人公が高校教師になってて・・・」

ま、何の映画を見たのかはわかる人ならだいたいわかると思いますが、久し
ぶりの映画に私自身、かなり盛り上がりました。

私はもともと映画は好きですし、昔はよく妻と映画に行っていました。ただ
し、一緒の映画を見ることはあまりありませんでしたけどね。
一人で映画館4件はしごしたこともありましたね。

覚えているのが「ゴースト〜ニューヨークの幻〜」を見に行ったときですが、
これが失恋の直後に見に行ったんですよ。
そしたら、映画が終わったら周りがカップルだらけで、みんな頭がくっつい
ていて、自分ひとりポツンって座ってて、映画で感動するより別の意味で泣
きたくなりましたね。

ただ、不思議なんですが、妻や友人達が映画の内容を語り始めると、何故か
私も見たくなります。
今回見に行った映画もそうです。
一本はカウンセラーの友人が「ええで〜。」といっていたので見に行き、も
う一本は先程のお話のようにクライアントさんが「もう私この人の大ファン
で、DVD予約しているんですよ!」と楽しそうに話してたんで、一度見てみよ
うと思ったんです。
そして、ふとあることに気がついたんです。

以前、あるクライアントさんにお会いしたときに
「私、金沢に住んでいるんです」と言われたんです。
私は金沢という街が大好きで、過去何度も旅行に行ってました。
そして、クライアントさんに
「金沢っていい街だよね〜。こんなのがあって、こんなのがあって、そうそ
う、この道をもう少しいったら、こんな喫茶店があってさ、そこの紅茶が美
味しくてね〜。」
と、金沢の思い出をいっぱい話したんです。
そしたら、そのクライアントさんが「私の住んでる街って、そんなにいいと
ころだったんですね」とびっくりしていました。

自分が楽しい、面白いと思ったことを、本当に楽しそうに相手に伝えること
が出来たとき、たとえその内容に興味がなかったとしても、相手に対して
「好き」という感情があるとき、その楽しさって、伝わるんですよね。
そして、その楽しさに巻き込まれて、興味がなかったものに興味を引かれて
いくんでしょうね。

また、相手のことを「好き」と思った分だけ、好きな人のことを知りたい分
だけ、相手の好きなものがどんなものか興味を持っていくんでしょうね。

パートナーシップ、恋人や夫婦関係では、お互いがそれぞれ楽しみを持ち、
そして、その楽しみを共有することが出来たとき、関係はより良くなると私
は感じています。

そのためには、自分を楽しませ、そして、その楽しさを相手も楽しめるよう
に表現する。
さらに、相手の楽しさを受け取ってあげる。

これらが出来ていないときは、自分を楽しませていないか、相手に対する怒
りや諦め「どうせいっても無駄」みたいな感情があるのかもしれませんね。

私にとって好きなこと。
映画、音楽、漫画、アニメ、囲碁、パソコン、カウンセリング、食べ物、旅
行、占い、その他たくさんのものは、私が好きな〔好きだった〕人たちが私
に伝えてくれた、「楽しさ」という愛情だったのかもしれませんね。

皆さんも、大好きな人に「楽しさ」という愛情を表現してみてはいかがです
か?


投稿者 csadmin : 11:15

2005年6月12日

●わたしのおねえちゃん

コラムを読んでくださってる方 こんにちは。
カウンセラーになって初めて、‘コラム’を書きます。どきどき。
自分が感じていること、考えていること、公の場で表現するのってほんとに勇気がいりますね。

誰の人生にとっても何かを選択する時の知らず知らずのキーワードってあるかと思うのですが、人生を通じて私にとっては‘姉’がいつもキーワードです。
二人姉妹の妹として、生まれた私。
いつも姉の後をついて歩いていました。
今では懐かしい8mmビデオに残っていた幼少期の私の目は、姉をいつも見上げ探していました。
私は小さく生まれたのですが、姉は成長が早いたちだったようで幼稚園の頃から他の園児たちより頭ひとつ飛び出してしまう、目だってしまう人でした。
そんな姉を 当時の人にしては身長が高く女性としては少し劣等感を感じてたであろう母は自分のことのように心配をしていましたが、私にとっては世界で一番好きなお姉ちゃん。お構いなしでついて廻っては‘ついてこないでよっ’といつも困らせていました。

姉が学童期には成績が良かったこともあり、私の図式の中には「お姉ちゃんは優秀でしっかりもの・私は甘えたでみそっかす」という崩れがたい公式がいつもありました。

姉は学校でも同様の評価を受けていたようで、面倒見もよく 常に学級委員的な立場おり 学校に来づらくなった友人を毎朝迎えに行くというようなエピソードには事欠かない人でした。

そんな優秀な姉が思春期を過ぎた頃から、少し 精神状態を崩し始めました。
今考えると彼女の親の期待に応えたい生真面目さと優しさ 思春期特有の父への嫌悪感 本が好きでファンタジックでユニークな感性 そして自分自身の持つエネルギーをうまく統合し表現する手段や、思春期特有の悩みを乗り越える支えとなるものがなかったのでしょうね。
それから数年をかけ、ゆっくりと彼女だけの世界に閉じこもるようになりました。

姉が変化していく様子は‘姉一筋’だった私には大変なショックでした。
なんといっても我が家の「優秀さ」や「責任感」に関しては、全て姉の担当だったんですから。
姉が担当してきたことを、私が少しでも真似ができたら少しはよくなるかしら。
こうなったのは私がのほほんとわがままだったせいかな。

それからの私はまずは自分を攻撃して 後には姉がこういう状態になったのは両親のせいだ、と姉を使っての隠れた反抗期を展開しました。

そして、姉を助けたい、の一心で就職した会社はこころに関わる薬も扱う製薬メーカー。
お付き合いした男性は、ほとんどこころの問題を本人か家族の方が持っていらっしゃる。

そういう意味では成人してからの物事の選び方はかなり一貫性があったようです。

十数年をかけ、カウンセラーの仕事を勉強し、今は姉への支援も多少なり成功したように感じています。
それには 人との縁や協力や、社会的に受け入れてもらいやすい環境が多少なり整ってきたことも大きな素因だと思っています。

状況が落ち着き、私自身が肩の荷を少しおろすことが出来た時に 自分の中に去来したのは「空虚感」と「疲労感」そして「当時の状況への怒り」でした。
もちろん「私が覚えている優しいお姉ちゃん」にもう一度出会えた喜びもありました。
それでも かけた時間は十数年ですから、予測はしていましたが自分自身のなかでのこの解消できない思いは大きかったように感じます。

でもそこでやっと気付いたことは・・・。
たくさんの人が 想ってくれていた事。
見落としていたのは、私が長い時間やたくさんのものをかけて取り組んでいた当時には受け入れられなかったこと。
「姉も苦しんでいる私に罪悪感を感じ、幸せになって欲しいと願っていること」でした。
そう、姉から私への愛でした。

自分より弱い、
とレッテルを貼ってしまった人のハートから暖かい想いを受け取ること、、、
自分が助けなくちゃいけないと感じている人から助けてもらうこと、、、
とても勇気がいりますね。
でも どうやらそれが、彼女の苦しみを一つ軽くする、ただひとつの方法のようです。

姉の状態との葛藤の最終段階が、こういう形になろうとは、思いもよりませんでした。
まず私自身が幸せになることを選ぶ方法もあったかもしれないな、、、なんて思ったりもしますしね。

今回のお話は、少し極端かもしれません。
でも、、、
あなたの周りの普段は見落としがちな「愛」「想い」「祈り」。
今日は少し 感じれる日になったらいいな・・・
そんな想いを込めて・・・。

投稿者 csadmin : 12:00

2005年6月10日

◇母と子の微妙な関係

うちの子らも成長し、今では下のような構成となりました。

長女あゆみ:小学3年生
次女こよみ:小学1年生
三女のぞみ:弱冠2歳

次女こよみは、以前僕がいろいろ面白いことを暴露したため、今で
はすっかり有名人です。ですが、さすがにもう小学1年生、自分の
話すことを考えるようになったのか、以前のような変わったことも
だんだん言わなくなってきました。
相変わらず僕に、
「プラモ買い過ぎ。。。あんたそれでもお父さんですか。。。?」
とクールに突っ込んでくれるあたりは変わらないですけどね。

この3人娘どもと僕たち夫婦の人間関係も、もう、すっかり複雑に
なってきています。
一度、相互関係を図に書いてみたいぐらいですが、さすがの僕もそ
こまでひまではありませんから、やりません。

お父さんやお母さんから(つまり僕たち夫婦から)の怒られ方もい
ろいろです。

おもに3人娘がどんなことで怒られているのかというと、

長女あゆみ:さっさと宿題をしてしまえ
      明日の時間割をあわせろ

次女こよみ:ののと張り合うな
      ご飯を食べてる最中に寝転ぶな
      早く寝ろ(朝、たたき起こさないと起きない)

三女のぞみ:こよのものを取り上げるな、
      テレビのまん前に仁王立ちするな
      (一度立ち塞がると動かない)

三女については、まだまだわけがわかっていませんから、いくら怒
っても無効です。
ですが、上二人が下にやきもちを焼かないよう、悪いことをしたら、
無効と解っていても怒る必要があります。
ののは怒られると、こんな顔(´〜`)になるので、かわいそうな
んですが。。。

でも、上二人は大きくなってきたせいもあるのか、ちょっと言われ
たぐらいではもう、動きません。
ですから、うちの奥さんの怒鳴り声も、ここ半年ぐらいでずいぶん
ヒートアップしました。

最初は、
「ご飯だからテーブルの上を片付けて〜」
って感じで、和やかなんです。

でも、今では1回2回言われたぐらいじゃ、テレビアニメの方が娘
どもにとっては大事にきまっていますから、
「早く片付けろっていってるだろぉっっっ!!もう、テレビ見せな
いぞぉぅ!!!!」
と、なるわけです。

特に次女はいっつも怒られるとすねまくります。
「もう、うちをでていくっ!!」
てな具合に。

そうすると、うちの奥さんもさらにヒートアップし、
「勝手に出て行けぇぇぇぇっ!!」
となっていき、長女に、
「こよ、出て行ったらいやぁぁぁぁぁっ!!!」
と泣いて止められるんですが、次女は
「もう、はなしてぇ!!!」
と、長女の腕を引っかきまくるという状態になります。

たかだか、テーブルの上を片付けるか片付けないかの話で、なんだ
かもう、修羅場になりまくっているのを見て、
「なんで、そこまで行く?」
と僕は不思議でしょうがないわけです。
(しかし、次女が一度として出て行ったことはありません。)

そんな次女を、
「おかあちゃんはね、別にこよが憎くて怒ってるんと違うねんで。
 テーブルの上を片付けな、ご飯食べられへんやろ?」
とやさしく諭すのもまあ、一苦労です。
このとき、気づくのは、次女は、
「もうテレビを見せない」
という部分しか聞いていなかったというところです。

これ様子を観察していて、僕たち親の方は、特に子供らが憎いわけ
でもなく、また、怒りたいわけでも決してないわけです。
テーブルの上がおもちゃだらけで、ご飯を食べれる状態じゃないから
奥さんは、「ちゃんと片付けなさい」と言ってるだけのところを、
いつまでたっても片付けようとしない子供らにいいかげん、いらい
らしてるだけなんですね。

が、子供にとっては、
「なんでこんなに怒るんだろう?」とか、
「おかあちゃんもおとうちゃんも、私が嫌いなんだ」
というようなところに入っていくことがあるようです。
だから、「出て行く」騒ぎまで発展していくわけですねぇ。

「嫌いなんだ」と疑ってしまいたくなる気持ちもわかります。
実際、こっちも口調が厳しくなってますから。

で、奥さんにインタビューしてみると、
奥さん:「だって、何回言っても知らん顔なんだもの」
僕:「ウェンディのお母さんのように、やさしく言い聞かせて見る
   というのは?」
奥さん:「だって、やさしくしたら、余計に動かないんだもの」
僕:「でも、修羅場やし。。。」
奥さん:「こよはいっつもあんな憎まれ口ばっかり利くやつなの。
     だからね、好きにさせるの。怒りが収まらないみたいだ
     から。そうするとね、そのうち、私のところに抱きつい
     てくるから。
     こよにはこよの主張があるみたいだからあれでいいのよ」
僕:「あら? 意外に冷静なんや?」
奥さん:「あたりまえじゃん!!」

ということでした。

う〜ん、要するに、喧嘩するほど仲がいい、ということなんだろう
か?と僕は思うわけですが、まあ、あの修羅場をそんな冷静な目で
見れるうちの奥さんを、結構尊敬したりします。


しかし、長女がビデオでウェンディのお母さんを見て、しみじみと、
「ウェンディのお母さんってやさしいなぁ・・・」
と言ってるのを聞いてると、
やっぱり、奥さんのヒートアップした姿は、子供にとっては見るに
耐えないみたいです。

人の成長プロセスを見ると、このあたりに、愛されているか、そう
でないか、という誤解が生じていくのかも知れない、と感じますが、
もしそうであったとしたら、誤解の仕方があまりに些細です。

本当にこんな単純な誤解から始まっているんだとしたら、親子関係
で癒される、というのは、もっと簡単で、単純なプロセスで進める
こともできるかもしれないとも思います。

このあたりの母と子の微妙な関係は、更なる研究と観察を続けてみ
たいと思います。(←他人事なのか?おまえ!?)


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投稿者 csadmin : 11:52

2005年6月 6日

●おもしろさの向こう側

こんにちは、吉見太一です。

私事ですが、今年の4月30日に入籍しました。

結納・入籍・僕の引越しと3大イベントを同じ日にしました。
めちゃくちゃ忙しかったですけど、天気もよかったし、
非常に充実した1日となりました。

なんで、同日なのかって??

それは、占い好きな僕の母親が、何冊も占い本を出してきて、
「2人にとって良い日は、この日しかないよ!!」
って感じで・・・この日になりました(笑)

みなさん、結婚ってどんなイメージがありますか??

僕は、ずっと結婚願望が強かったんです。

なぜならば・・・、モテナイからです^_^;

もてないから、僕のことを好きになってくれる人ならば、
すぐにでも結婚したかったからです。

よくテレビとか雑誌とか見てると、
「あの女性とは遊びで付き合った・・・。」
というのがありますよね。

でも、僕には、そんな考えはあり得ませんでした。

僕にとって、

『お付き合い=結婚(ケッコン)』

の図式です。

「お前は、昭和一ケタ生まれか!!」
と言われるかもしれませんが、この考えは揺るぎないものでした。

社会人になる前は、
「24歳くらいで、結婚するだろう。」
と、勝手に思っていました。

なぜ、24歳かは分かりませんが、
なんとなくそう思っていました。

しかし、実際に24歳になった僕は・・・、
結婚どころか、恋人すらいませんでした。

逆に、失恋して大きな痛手を負って、シクシク(涙)と、
辛い日々を送っていました(^^ゞ

夢と現実が全く違っていました(笑)

24歳になってしまったものは仕方がないと、
また、新しい目標を立てました。

次は、“27歳”での結婚を目標としました。

モテナイ君の僕でしたが、27歳までかなり頑張りましたよ(^^)

当時、会社員をやっていましたが、相当忙しかったにも関わらず、
お酒の席を初めとして、女性との出会いの場には、必ず顔を出して
いました。

“落ち着いたオトナ”というより“ガッついてた”という表現の方が、
分かってもらえる感じでしょうか(笑)

しかし、結果は無惨なものでした・・・(>_<)

もちろん、2人で遊びにいった方もおられます。
でも、うまくいかないんですね。

みなさんも経験はないですかね??
あの、男性と女性のビミョ〜な距離を・・・(ーー;)

もちろん、僕も女性をお誘いして断られると傷つきます。

これ以上傷つくのは嫌なので、なにか理由をつけて、誘ってみたりし
ました。これだと、断られたとしても、自分が拒否されたのではなく
て、誘った理由が断られたことのように感じることもできましたから
ね(^^ゞ

なんとも、よわっちくて情けないですよね。

でも、気に入った女性に対する自分の気持ちが大きくなるので、その
大きくなる度合いだけ、彼女との距離を縮めたくて、何度も連絡した
り、気持ちを伝えたくなったりしてました。

すごく、その距離の感じが怖くて、不安になったりもしていました。
そして、その怖さのあまり、結果を早く求めてしまって、ダメモト
(ダメでもともと)で、告白してみたり、逆に相手の気持ちも確認し
ないまま、逃げたりしてしまってました。

そんなこんなをしているうちに、27歳の誕生日を迎えました^_^;
もちろん、恋人もいませんでした。

僕の目標は、27歳での結婚だったんです。
その目標に、突き進んでいました。
もちろん、28歳の誕生日までに1年間あります。

しかし、27歳の誕生日を迎えたときに、僕はすごく虚しい感覚に
なりました。ポツリ1人ぼっちのような気になりました。

でも、その時にフト思ったことがありました。

それは・・・、
「自分はなんのために結婚するんだろう??」
と言うことでした。

僕にとっての結婚・・・それは、『おもしろい!』でした。
パッと出てきた、キーワードが『おもしろい!!』でした。

僕が欲しいものは『おもしろいこと。』であって、
その形として『結婚』があると思うようになりました。

今までは、「おもしろいこと」を放っておいて、結婚という形ばかり
こだわっていました。

それから僕は、「おもしろいこと」にこだわりました。
誰かとの出会いもそうですが、1人でも「おもしろい」と思うことを
していきました。

そうすると、不思議ですね(^o^)
「おもしろい」波長の人と出会うんですね。

僕の奥さんは、僕にとって不可欠な
『おもしろい!!』
という要素をたくさん持った人だと思います。

結婚した奥さんとの出会いは、本当に自然でした。
自然な出会いとは、僕自身も彼女自身も自然でいられるから楽です。

僕にとって、
「おもしろさの向こう側」
にあったものが、『結婚』だったんですね。

皆さんも、もし、なにかにこだわっていたとしたら、目線を変えて
みるのもいいかもしれませんね。

最後まで、読んで下さってありがとうございます。

吉見 太一のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年6月 4日

◇愛することと期待すること

ここのところパートナーシップにおいて奮闘しています。
クライアントさんに伝えていることが、自分のことになるとあまりできてい
ません。
できていないとわかっているうちはまだいいかもしれません。
見えていないことも実に多いんですよね。

不思議とこういうときに限ってパートナーシップのご相談が多いんですね。
「彼の愛しかたを認めてあげましょう!」
「恥ずかしさを乗り越えてハートを開いてみませんか?」
「まず自分から変わってみませんか!?」

クライアントさんとお話するたびに、
「あれれ、自分に言っているわ・・・」と思います。
しかし、有言実行のカウンセラーを目指している私にとっては、
まるでクライアントさんから背中を押されているような気分にもなるんです
ね。
一緒にチャレンジするということはとても励みになります。

“愛”って何だろうと真剣に考えた時期がありました。
形あるものだったら、それを受け渡しすることで確認できるから
相手をうまく愛せているんだろうか?とか、自分は愛されているんだろうか?
とか余計な心配せずに済むのに・・と思っていました。
目に見えないものなので、それが自分の中に本当にあるのか、
あったとしてもどんな形で表現したらいいのか戸惑っていたんですね。
愛は考えるものではなく感じるものなのに、
その感覚さえも当時はまったくわからなかったのです。
この頃は完璧に頭で考えるタイプだったんですね。

ワークショップに参加しはじめてから“愛”ってこういうことかなと
自分ながらに掴んだ感覚があります。
それは、何かしら暖かくて優しくてとても安心する感じ。

これを「与える」ことが“愛する”ということならば、別の言葉で言い換える
と、“愛する”とは大切に思ったり幸せを願うことかなと今では思っています。

自分を愛するとは自分を大切に思うこと。
誰かを愛するとは相手を大切に思うこと。
両思いというのは、お互いが相手の幸せを願って相手に「与える」状態ですね。
でもそれだけでは双方の交流がないので、
「与えて」くれた相手の気持ちを「受け取る」ことも大切になります。

心から相手に「与える」ことができて、
相手からも気持ちよく「受け取る」ことができる。
そういう二人になれたら素敵ですよね。

しかし、現実には私の前にいつも“期待”という大きな壁が立ちはだかります。
愛しているなら、願いを聞いてくれるはず・・
愛しているなら、まめに連絡をくれるはず・・
愛しているなら、もっと気を遣ってくれるはず・・
相手の行動がつい気になってしまうんですね。
これだけ愛しているなら、それと同じくらいの愛を返してもらえるはず・・
と見返りを期待する場合もあるでしょうね。

愛するのに期待なんて必要ないのに、なんで期待しちゃうのかしら??
と思いました。
だって愛はただ与えるだけでいいのに。
人によってはあまりに期待してしまうことに対して
本当は相手を愛していないんじゃないかと責める人もいらっしゃるでしょう。
でもそうではないと思うんですね。
相手を大切に思う気持ちとは別の領域で生じている気持ちだと思うのです。

期待通りにいったら“私って愛されている!”
期待がはずれたときは“やっぱり私って愛されていない・・”

期待は高い確率で裏切られるものという一般論から考えたら、
期待するということは、彼を使って「いかに私は愛されていない人か」という
ネタを自分でこしらえ懸命に言い聞かせているのかもと思いました。
そうなると、目の前にいる相手は視界から消え去り、
一人芝居しているようなものですね。

人の愛しかたにはいろいろな表現があると思うのです。
期待がはずれたからといってそれは決して愛されていないことにつながるので
はなく、相手の「与えかた」が見えていなかったり、
自分が望む「受け取りかた」にこだわっているだけかもしれません。

・・自分で書いておきながら、とても耳の痛い話になりました。。

期待という壁に邪魔されて相手が見えなくなってしまっている方、
ひっそりとたたずんでいる愛を一緒に探しにいきませんか?


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投稿者 csadmin : 12:10