« 2005年3月 | メイン | 2005年5月 »

2005年4月29日

◇幸せを貯金する


「幸せを貯金したいのですが・・・」という住宅メーカーのCMが流れてます。
レトロで牧歌的な感じがして好きなCMです。
子ども達もかわいいし。

そのCMでは「住み心地のいい家を建てること」が「幸せを貯金する」という
お話なのですが、心にとっての「幸せ貯金」ってどのようなものでしょう?

あなたが好きなことを楽しむこと、
自分が気持ちいいなーと思える時間を過ごすこと、
あなたが誰かのために何かしてあげること(つまりは「与える」ということ)、
どれも心にとっては幸せを貯金することになるんじゃないかと思います。

ずっと楽しみにしていた海外旅行でリフレッシュして来たら、
「よっしゃ、明日からまた頑張るぞー!」
という気持ちになれます。
その時、旅行先であなたがしてきたことは「幸せ貯金」なのではないでしょうか。

貯金するわけですから、すぐに思い通りの金額が溜まることはありません。
あなたが買いたいものがあるんですが、それが30万円もするものだったと
しましょう。
毎月1万円貯金しても、実際にそれが買えるのは30ヶ月(2年半)後に
なってしまいますね。

人間関係や自分自身を成長させるとき、
「こんな関係になりたいなー」
「こういう自分になりたいなー」
という目標が生まれます。
そうしたら、そこに向けて、あなたにとっての「良いこと」を相手や自分に
与え続けることが「貯金」になるんですね。

時には「今月は出費が多くて貯金なんてできないよー」ってことがあるように
「一生懸命してあげてるのに、あたしの気持ちを分かってくれない!」
って寂しくなったり、
「頑張ってるのに、全然あたしは変わらない、成長しない」
って嫌悪してしまったりするかもしれません。

こうした内面的な目標、関係性の目標には“値札”が付いてるわけではありま
せんし、通帳があっていくら溜まったのかがすぐに分かるわけではありません。
だから、あなたが自分自身で貯金し、記帳しながら進めていくものなんですね。
いわば、あなた自身が“銀行”なんです。

そういう意味では自分の成長や変化を受け取ることはすごく大切なことですね。
難しいけれど。

何ヶ月も頑張って彼のことを考え、一生懸命してあげたとしましょう。
それなのに彼は冷たい態度で、私の気持ちなんて全然分かってもらえなくて
悲しかったり、寂しかったり、辛かったりするかもしれません。
別れよう、諦めようと思うこともあるかもしれません。
でも、それでも彼を愛したいから頑張っていたときに、ふと彼が何気なく
「ありがとう」
って言ってくれたとしたら、どんな気持ちになるでしょう?

それはあなたにとってお金では買えない喜びや感動を与えてくれるものになる
のではないでしょうか。
今までの頑張りが報われたような気がするかもしれませんね。

でも、そう感じられるのも、あなたが、あなたなりに悩み、誰かに相談しながら
一生懸命やってきた結果だと思うんです。
それはまるで、幸せをずっと貯金してきて、満期になって、「ありがとう」と
いう言葉として降りてきたような感じです。
そこでは単なる「ありがとう」がそれ以上の意味と価値をもって感じられます。
まるで、ずいぶん大きな利息が付いたような。

もちろん、あなたにとっての善意が、相手には悪意となって伝わってしまう
こともあります。
それはやり方やタイミングを誤ったのかもしれません。
お互い人間だからミスもしますし、すれ違いも生じます。
でも、あなたが善意だとしたら、それは確実に貯金されるんです。

だから、今していることがいつか満期を迎え、思わぬ利息まで付いて返って
くることを信じてみましょう。

今あなたが苦しい状況だとしても、漠然と迷っている状態だったとしても、
それは未来に向けての一筋の光や勇気になるのではないかと思います。

根元 裕幸 のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年4月25日

●逃げたい気持ちと向き合う気持ち

こんにちは。吉見太一です。

5月も近づいてくると、本当に暖かいですよね。

でも、この時期って、五月病と言われるくらい、なにか、言葉になら
ない、すごく複雑な気分になりませんか?

なんとなく・・・
『もう、ヤダな〜逃げ出したいなぁ。』
とか
『もう、なにもかも、投げ出したい!!』
とか、思ったことないですか??

僕は、この時期よくあります(笑)

この『逃げる』という言葉で、
フト・・・思い出したことがあります。

ちょうど、僕が中学生のときでした。
中学生というと、思春期の真っ最中で、同じ年代の女性を意識すると
ともに、親との接触を極力避けてた時です。

僕の実家は、とある主要駅から、支線の電車に乗り換えて帰るのです
が、事件は、その乗り換える主要駅でおきました。

僕は、その日、学校の授業とクラブ活動を終えて、帰路に着く為に、
その主要駅で、支線の電車を待っていました。

そうすると、人込みの向こうに、見たことがある女性が歩いてくるの
が分かりました。軽いウエ〜ブパーマの中年の女性です。

そうです。僕の母親です。

僕は、内心・・・
「やべっ!!おかんや!!!(←お母サマの別称^_^;)」

なぜ、母親を見たからやばいのか分かりませんが、それが、僕の直感の
気持ちだったのです。

その直感の意味がすぐに分かりました。。。
僕を見つけた母親は、うれしそうにこう呼びました。

「たいちゃ〜ん。」

急に、僕は恥かしくなってきて、顔を伏せて無視してしまいました。

すると、今度は少し大きな声になって、

「たいちゃん!たいちゃ〜〜ん!」

僕の内心としては・・・。
「うわぁ〜、もう、やめてよ。。。」
と思うとともに、気付かないフリをして、母とは逆の方に歩きました。

逃げ出した僕を見て、母の声はさらに大きくなります!

『たいちっ!たいちゃ〜ん!!ちょっと、待ってぇ〜〜!!!』

もう、ここまで来ると、プラットホームにいる大半の人が、僕たちを
見ています。その視線を感じれば感じるほど、僕は恥かしくなります。

そして、ホームの一番端っこまで追いかけてきた母が、僕を捕まえて
こう言いました。

「ちょっと、あんたのことを、さっきから呼んでたの聞こえなかった
の??もぅ、お母さん、疲れたわぁ。。。」

あんな、ドでかい声が聞こえてないわけがありません。

どれだけ名前を呼んでも、逃げていく僕に腹を立てる母と、
「大声で俺の名前を呼ぶなよ!」の気持ちを汲み取ってくれないこと
に腹を立てる僕と、結局は、2人ともケンカをしながら家に帰ること
になりました(>_<)

こんな経験を「逃げる」という単語で思い出してしまいました(^^ゞ


さらに、僕は、以前に会社員時代があるのですが、営業職をやってい
ました。

もちろん、クレームやトラブルが付きまといます。
大げさに言うと、100件担当していれば、100通りのクレームがあり、
100通りのトラブルがあります。

トラブルやクレームが発生すると、自分の中で『恐怖』が芽生えて、
その恐怖から逃げたくなったり、放っておきたくなります。

一種の、「知らぬ、存ぜぬ状態」になりたくなります。

実際に、そこで本当に逃げてしまったり、放っておいたりすると、その
『恐怖』は、さらに大きくなってしまい、言いようのない重たい感情
が自分を支配していました。

皆さんも、仕事だけではなくても、他のことでもよいのですが、この
ような気持ちになったことはないですか??

怒りのエネルギーは、大半の人が苦手だと思うのですが、僕も例外で
はなく、その怒っている人に出来るだけ近寄らないように、その怒り
のエネルギーに出来るだけ触れないようにしてしていたんですね。

そして、自分では解決できないような気持ちになってしまい、引きこ
もってしまったりしていました。

しかし、実際は引きこもっても、何も解決しないんですね。

「どうしよう?どうしよう??」
って、不安になってしまったり、

「こんなにも、放っておいて、どのツラ下げてあの人に会おう??」
って、出口のないような気持ちになって、イヤ〜な気持ちが、悶々と
自分の脳裏を駆け巡りました。

このような気持ちないですか(^^)

そんな時は、気持ちで負けないように心がけていました。
そして、気持ちのベクトルを『逃げる』ではなくて、『向き合う』を
選択しました。

向き合うのは、本当に怖いものです。
しかし、向き合えば、自分のやるべきことが決まり、とるべき行動が
決まったからです。

逃げずに向き合うことで、それだけの恐怖と戦うには、自分の中の怒り
のエネルギーを使うときもあります。ただひたすら、お詫びする弱い
男の子のエネルギーを使うときもあります。

どちらにせよ、今までの立ち止まったままの不安よりは、状況が前進
していました。

話をもとに戻しますが・・・

僕は、あの駅で母親から逃げることで、「イヤだな」っていう気持ち
とともに追いかけられました。

もしも、1回目に母が僕の名前を呼んだときに、僕が逃げずに向き合
って、母に「気付いたよ!」って、サインを出していれば、大声で名前
を呼ばれたり、追いかけてこられるような恥かしい思いや、ケンカや
イヤな思いをしなくて良かったのかもしれませんね。

向き合ってれば、「気付いたよ!」っていう、自分のやるべき行動が、
定まって、オオゴトにならずに済んだのかもしれません。

『逃げること』ではなくて『向き合うこと』もいいかもしれませんね。

吉見 太一 のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年4月23日

◇自由な時間を過ごす 

こんにちは、カウンセリングサービス清水三季央(しみずみきお)です。

もうすぐ、ゴールデンウィークですね。みなさんはどんな風に過ごされる
ご予定ですか?

日々、忙しく過ごしていらっしゃる方も多いでしょうから、自由な時間を、
過ごすのには、よい機会なのではないでしょうか。

いつも、お客様からいただくご相談で、多くあるものに、

「好きな仕事をしたいけれど、何が好きなのか、何がしたいのか、
よくわからない」

というものがあります。

私たちは、何らかの条件を与えられた中で、答えを見つけ出したり、
決められたやり方にしたがって、行動したり、考えたりすることや、
何かと比べて、有利な状態をつくったり、何かと比べて、より正しい状態を、
つくることは、うまくできたとしても、まったく制限のない中で、自由に、
やりたいことをしたり、考えたりすることは戸惑いがちです。

写生は上手にできても、自由な絵を描くのは、手をつけにくいものです。

これは、難しいことだからというよりは、自由を体験することが少ないことが
理由なのではないでしょうか。

慣れていないだけなんですよね。

とくに、日々、忙しさに追われて、変わり映えのない毎日を繰り返している、
としたら、なおさらです。

ふだん体験することが少ない、自由な時間を、過ごすというのは、とても、
大切なことだと思います。過ごすとしたら、この連休はいいチャンスですね。

好きなことをするというとき、何もしたくないという気持ちの方が先に、
出てくることもあります。それは、それまでに、そのくらい疲れていたから、
かもしれません。それくらい、したくないことをし続けてきたのかも、
しれません。だとしたら、何もしないで自由に休息したい、という、
「やりたいこと」があるわけですね。

何もしない一週間というものも、とても素敵な価値あるものだと思います。

私は、よく、山や、湖や、海など、自然の中に出かけて、友人と食事を、
したり、おしゃべりをしたり、ただ、ただ、ボーっと過ごしたりします。

特にリゾートと呼べないような、「普通の田舎」がお気に入りです。

そういう時間の中で、ふだん考えもしない、いろんな思いを感じとることが
できたり、自分の心の中での、いろんなものを見つけることができるんです。

そして、何もしないでいるというのは、そう長く続くものでもないんですね。
気がすむまで、ボーっとすると、それにも、飽きてきて、なんとなく、
自然に、体が動き始めるものです。そんなときに、突然、湖に白鳥が、
舞い降りてきたり、思いがけなく美しい景色を見つけたり、けっこう、
素敵な面白い出来事に、恵まれることもよくあります。

そんな体験をすると、自分の人生に、思いもよらない、
幸運な出来事があって不思議ではないなと、変な自信が身についたりします。

ですから、カウンセリングのときにも、お客様の人生に、思いもよらない、
幸運や変化があって不思議ではないと自然に思えるんですね。

好きな仕事というのも、まずは、仕事という形になる前の原始的な要素を、
見つけることから始まります。はじめは、遊びや、趣味、また、
そんな命名ができないくらいの行為に隠れている、要素に
気づくことができたら、それを育てていけばいいわけですから、
しめたものです。

自分の外側につくりだすものというよりも、自分の心の中に、もともと、
あるものを、見つけ出すものです。それは事実ですが、さらに、
そう、とらえるだけで、身近に感じられて、楽に見つかりそうな気が、
するのではないかと思います。

自由な時間を過ごしていると、その要素は、きっと現れているはずです。
それに、あとから気づくことができればOKです。
まずは、過ごして体験することから、はじめてみてほしいと思います。

このゴールデンウィーク、あなたの人生をゴールデンに変える、
きっかけにしてみてはいかがでしょうか。


清水三季央のプロフィールへ>>>
             

投稿者 csadmin : 12:03

2005年4月18日

●Spring〜〜〜弾む。泉。春、命のあふれる時間〜〜〜

 英語で春は、Spring。
 辞書で引いて見ると、Springの意味は他に、「ばね」「弾む」そして
「泉」とあります。枯れることのない泉に、命の息吹を思うんですよね、私。

 昔高校の授業で、国語の先生が春は張る=根が張る、が由来で、新たな生命
力を思わせる、と言うような話を聞いたこと『だけ』おぼえている私(笑)。
どんな単元だったのか、まったく覚えてないんですもん。そして、私の頭の中
は、こんなことだらけ。そして今に至る・・・。

 3月末で20年間勤めた仕事(神戸市の公立学校で事務のお仕事をしていたので
す)を辞め、物思う時間が増えたはずの私。家事をする時間が増えたはずの私
・・・。 う〜ん。体は確かに楽になったけど、1日カウンセリングできるよう
になったけど、時間の使い方はこの半月ほどで下手になったようにな気がします。

 そこで、今日は早起きっ!少しは片付けよう。午前中は外に出かけて、春を満
喫だぁっ!と決心。決めると早いのが私の常。片付けをして(・・・根本的には
することは山積なのだが)、ビン・缶・ペットボトルのゴミを出し(これがまた
結構あったりする。息子たちの消費量もある。先月は仕事にかまけて出すの忘れ
てたし。環境問題に取り組みたくても、本当に時間がなかった・・・なんて言い
訳はやめよう。今後の課題の一つにします。)朝食を摂り、近隣の散策にでかけ
ることに。

 住居の周りのバス道は桜並木があり、とてもきれい。でも敢えて山の方へ。と
言っても山しかないない所ではなく、古い住宅街がある方を目指してみた。神戸
は山が多い。住宅も、結構な標高のところや、おぉっ!!というような立地条件
に建っていることも少なくなくて。震災の折には、一見崖の近くで地崩れしそう
なのに被害の少ない地域があって、どうやら岩盤が硬く、地震の波が海側(南)
から通って岩盤に突き当たり跳ね返って波の干渉が起こったエリアの被害がひど
かった、と言う話も聞いたな。

 傾斜を上がっていくと、桜の花の隙間から神戸の町並みが。夜はさぞかしきれ
いだろうな。新しい家、昔からの家、そして最近は老人保健施設やホスピス床の
ある病院などもこのエリアには本当に増えた。私の知る限り、このあたりの小学
校や中学校の児童・生徒数も減少傾向みだいだけど、最近の少子化から思うと特
別なことはないんだろうな、と思う。マンションも多くなったしな。

 ああ、人が住んでるんだ。生活してるんだ。午前中の、今までならデスクに向
かっていた時間帯のこと、行き違う人も少ないけれど。庭先に色とりどりの花が
植わっているのが何よりの証拠だ。なんて想いながら懐かしい通りも通ってみる。

 週に2〜3回は歩く時間を作ろう、と思ったのは、他でもなく自分の足を思う
から。今までは車頼りの(何と言っても時間が節約できる)歩く事も少ない生活。
私の足は、このままだと年々衰えていくことが必至だろうな、と思っているから。

 左足の膝の下に負傷してから40年を超える。当時3歳児だった私はきっとおてん
ばだったのだろう、遊びに来ていたいとこ達にからかわれるのに飽きて座りこん
だ。ところがそこは、回転展望台の手すりの下で、子供の足くらいしか入らない
わずかな隙間がある(実は数年前に見に行ったら簡単に金属の板でふさいであり、
子供さんにご注意ください、とあった)。見事に機械に巻き込まれた私の叫び声
に、母が駆け寄り私を引き上げてくれた記憶がある。その後おそらく相当期間の
入院や、手術を重ねたであろう私の足は、切断されるはずであったのにつながっ
ていて、私を支えてくれている。大切にしなければいけない、でも結構酷使して
きたな、本当に付き合いのよい親友や家族みたい。

 他の友達にできることをできないのが悔しい、のではなかった。自分にもでき
るはず、と私はいつも思っていたように思う。縄跳び、ゴム跳び、鉄棒、跳び箱、
マラソン。何でもしたかった。もちろんうまくはできなかった。でも仲間はずれ
にはならなかった。ただ、運動のできる友達とは自分は違う、といつも思ってい
た。

 低学年の頃は、そんなこともあって砂場でよく遊んでいた。思い出すと結構知
的な遊びをしていた、と思う、覚えているのは、テレビで見た櫁柑山への農薬散
布をテーマにした砂遊び(笑)。その時の遊び相手に、1月偶然再会した。32年
ぶりの再会。中学校は別だったからそれ以後逢うことはなくなったが、何かにつ
けて思う友達の一人だったので、今回の再会は願ってもないものだった。彼女の
歌声がとても魅力的で大好きだったのだけど、声が素敵なのは今も変わらずで、
そのことがとても嬉しかった。

 地元に住み続けている私は、近所を歩くだけでたくさんの思い出たちに触れら
れる。でも違う地域で仕事を続けている彼女はそうじゃない。彼女のふるさとみ
たいに私はなれるかな。と、思っていたのに、忙しさにかまけてメールの1本も
送っていなかった。反省。

 ぶらぶら歩くだけ。でも結構いけるな私の足、とも思う。左の足底が痛い。怪
我をしてから最後の手術を受け今のように歩けるようになるまで、外側に湾曲し
て尖足だったので、小指側は強いが親指の付け根が弱い。なので、すぐマメやタ
コができる。実は、自分で削って凌いでいたのだけど、どうやら限界のようだ。
ちゃんと処置してもらおう、と決心・・・したつもり(だって痛そうやもん・・
・)。実は左右に脚長差があることもわかり、この1年弱は装具で補高をしてい
る。そうしてみて初めて左の腰や背中への負担が相当だったことに気づいた。

 人間なんてそんなもんやなあ。ありがたみが当たり前すぎてわかりにくい。

 今は普通に歩ける。でも昔はそうじゃなかった。これから先は、わからない。
杖が要るようになるかもしれないし、独りでは歩けなくなるかもしれない。でも、
今のように歩くことができるかもしれない。

 そんなことを思ったら、右の腰が痛み出した。そうや、こっち側にはいつも負
担をかけてるよなあ。坂道をのぼりながら思っていたら、有床ホスピスとケアハ
ウスのある病院から若い女性が出てきた。見るとはなく表情を伺ってしまった自
分をちょっと責めた。彼女は心持ち振り向きながら、心を切り替えるように坂道
を下って行った。

 家族といたのかな。それともここは職場?詮索仕掛けて止めた。

―――桜が、とってもきれいだった。

 泉のように限りのない命を思います。その一方で、限りのある命も思います。

 自分の時間の制限が少なくなったとたん、締め切りを守れなくなった自分のこ
とも思います。いつもあるからこそわかりにくいものだらけだなあ・・・、と。

 人の命ってなんだろう。一人一人の時間をもっと大切にできたらいいのに。

 春霞のような私の頭はそれでもそんなことを思います。

 

投稿者 csadmin : 12:00

2005年4月15日

◇カウンセラーをしていての喜び〜恋愛編〜

カウンセラーになって、よかったなぁ〜と感じる時は、多々ありますが、
僕が、一番それを感じる時は、クライアントさんが幸せになっていく姿を見る
時です。

それは、僕にとって、本当に幸せな思いになります。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、当初の状況や、心境が変わっていって、
初めて会った時よりも、より幸せになっていくのを間近で見れるのは、
カウンセラー冥利につきます。

彼氏が欲しいという相談で、初めてお会いしたクライアントさんと、
その欲しいという思いにブロックをかけている心理(自信の無さ、もう傷つき
たくないという思い、男なんて・・・という思い、両親との関係、等)を
取り除いていくことに、1年越しのお付き合いで取り組んでいくことがあります。

そのクライアントさんが、ある日、「結婚することになりました」という話
をしてくれた時は、本当に嬉しい気持ちになります。
クライアントさんと、僕と二人で、「良かったねぇ」と嬉し涙をボロボロ流し
たことがあります。

そんな経験を、カウンセラーをさせていただき、たくさん経験させてもらいま
した。

分かれた彼氏、彼女への執着の問題で、ご相談してくださったクライアントさ
んと、失恋や別れの痛みを癒していき、執着を手放していき、
新しい幸せに歩いていくことにチャレンジすることを、クライアントさんと取
り組んでいくこともさせてもらうこともあります。

時には、絶対手放せないと思いながら、時には前に進みたいと思いながら、
葛藤するクライアントさんと取り組んでいきます。

そして、そのクライアントさんが、ある日「新しい彼氏ができました」
「新しい彼女ができたんですよ」と話してくれた時は、小躍りしたくなる気分
にさせてもらいます。

そして、そのパートナーとのパートナーシップに取り組んでいき、
「結婚することになりました」と話を聞かせてもらった時は、また涙を流して
喜びます。本当に嬉しいんです。

時には、クライアントさんと一緒に喜び、
時には、クライアントさんと一緒に泣き、
時には、クライアントさんと一緒に頭をひねり、
時には、クライアントさんと一緒に笑い、
そんな経験を通して、積み上げてきた関係だけに、本当に嬉しいんです。

そんな経験を一緒にさせていただくことに感謝します。
ありがとうございます。

2004年9月発表コラム:カウンセラーをしていての喜び の続編です。)

原 裕輝 のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年4月10日

●卒業 〜新しい旅路〜

三月街を歩いていると色んなところで 卒業式 を目にしました。
なつかしいです。もうず〜〜い分前(笑)に僕も出席してました。

何年もその場所で学び、遊び、経験して、その場所を巣立つ・・
そして新しい学校へ、新しい社会へ、環境へ 旅立つ儀式。

その頃 僕達は卒業式にどんな気持ちで出席していたのだろう。

不安や期待をいっぱい抱えて通いだした頃のことを思い、
少しずつその環境に馴染んで楽しくなって来た頃のこと。
そして毎日毎日いっしょに過した、仲間や先生たち、

卒業の頃にはきっと、
色んな思い出が詰まった建物も、
慣れ親しんでいた仲間や先生も、
自分とはきっても切れない存在になっていたはずです。

だけど、日に日に迫る 卒業の日。

皆んなと別れる寂しさも胸をせつなくしただろうし、
新しい世界へ、ひとりで旅立つ不安にも胸がいっぱいだっただろう
もう少し、この場所でこの仲間と過していたいって感じたような、
そんな複雑な気持ちだったと思います。

だけど、どんな気持ちでいようと 卒業 の日は来ました。

学生の頃は、そんな節目が幾度となくありました。
着慣れた制服。通いなれた道。遊びなれた仲間たち。
そんなもののすべてを手放し新しい自分へ変わっていく・・
僕達の成長には、すごくすごく大切な 卒業式 でしたよね。

そんな僕も最後の卒業式を終えてから○十年(笑)
転職や、別離、引越しは数々経験してきましたけれど、
あまり 卒業 を意識したことはありませんでした。

それなのに、今年なぜか 卒業式 が気になる・・
三月そんな自分を見つめる日々が続いてました。
今の僕も、色んな問題や人生の課題を抱えて生きています。
そんな問題も全て見直してみました。

その中に、もう 卒業 しても良いものはないか?
もう、卒業しなくてはいけないのに、しがみついている問題は?
探せばあるんですよね(笑) ひとつふたつ・・
何年も何年も取り組んできた問題!

思い切って、それを卒業した時の自分を想像してみました。
その問題がなくなった自分は、今度は何に直面するのか?
何に向かって歩まないといけないのか?
そこには、新しい課題に取り組むことへの不安や怖れ、
何年も取り組んでいる自分への執着心。
色々と心の中こびりついている感情・・卒業したくな〜い(笑)

TVでお家をリフォームする番組がありますよね。
どれだけ不便でもどれだけ古くても、家が壊される時。
僕達は、底知れず悲しみます、痛みを感じます。
そりゃそうですよね。
今は不便で古くなってどうしようもないけれど、
長い間、僕達を雨や風、寒さから守ってくれた建物。
その建物の中で、家族が育まれ、笑い、生活してきのですから。

だけど・・・そんな建物も、壊さないと新しいお家は建ちません。
お家の建て替えを決意するときって、すごい決断がいるんだろう。
僕達の成長も良く似たものかも知れません。

長年持ち続けた、考え方や、感じ方、ものの見方も生き方も、
それはずっと、僕達を生かしてくれたものに違いありません。

長年取り組んできた夫婦の問題、恋愛、失恋、自分の問題。
それを卒業したら、次の課題へ入学しなくてはなりません。

学生の頃は、僕達がどんな気持ちを持っていようと、
時期がくれば強制的に卒業させられました。(笑)
そしてそれがとても大切な成長でした。

大人になった僕達には卒業式がありません。

時には自分で 卒業 をしないといけないのかも知れません。
今抱えている問題の中で、もう卒業できるものがないか?
次の課題に進むのが恐くて留まっているものはないか?
そんなことを、探してみる必要があるかもしれません。

そしてそれが見つかったら、
それを手放しす勇気を。
慣れ親しんだ古い自分を手放す勇気を。
新しい課題に進む勇気を。
自分自身で持たなくてはなりません。

だけどその 卒業 を決断したとき・・
それを手伝ってくれる人も、
祝ってくれる人も、
喜んでくれる人も、
僕達の周りにはたくさん存在しています。

そして、そんな成長をずっと願ってくれていた人の存在も、
見えてくると思います・・・

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 09:17

2005年4月 9日

◇昔と今

僕はもともと熱がりで汗っかきなんで、冬は嫌いじゃなかったはずなんです
が、ここ数年はなぜだか冬が苦手になってきてます。

う〜ん、それはもう若くないということなのか、最近ちょっとやせて、肉厚
がなくなってきたせいなのか、よくは分からないんですが。


最近、昔と違うなぁ〜ということが良くあります。

ゲームで夜更かししたりすると、次の日がとてもしんどい。

金銭的に困窮がなくなった。

友達や仲間がいる。

プラモデルを作るとき、手が震えなくなったし、妥協できるようになった。

とか、色々です。

まあ、これを見ると、昔よりはなんだか、よくなってるみたいですね。

でも、感覚的なところを見ると、昔と同じ、というところが多々あることに
最近気づいたんですね。

たとえば、

ゲームでつい夜更かししてしまう。

お金がちゃんと足りているかどうか、奥さんについ、確認してしまう。
(生活費は大丈夫かぁ〜ってな感じで。聞かなくてももう大丈夫って知って
るんですけどね。)

ときどき、なんだか寂しくなって、その寂しいのと向き合わねばならん!と
一生懸命になっていたり。よく考えて見ると、寂しかったら遊びにいける
友達とかが今はいっぱいいるんですよね。

なんだか、今の現実に感覚が追いついていないような状態な部分があったり
します。

これって何なのかなぁ。。。と奥さんとしみじみ語り合ったわけです。


田村「これはどうなんやろうか?」
奥さん「う〜ん、人間というのは日々成長してるからねぇ。。。」
田村「そうやねぇ。。。」
奥さん「まあ、私も一生懸命、日々生きてるからねぇ。。。」
田村「そうやなぁ。。。」
奥さん「主婦業で忙しくても、トイレに入ったときとかに、ゆっく考える
時間があるわけじゃない?そんなときにね、自分の中で『今日も一
日誰かを愛していこう』とかね、あと、『自分を信じていこう!』
とか、いろいろと真剣に考えたり、してるわけよ」
田村「。。。あんた便所でそんなこと考えてるんですか。。。」


う〜ん、なんだかよく分からなかったんですが、でも、確かに僕たち人間
は、日々成長を重ねていくわけですから、感覚もそれに応じて変えていく方
がいいわけですね。

現実に即した物の見方とか、そういったものを受け入れていくと、人生が
変わっている事に気づいたり、受け取れなかったものが受け取れていくよ
うになるわけですから、また、喜びも大きくなります。
僕にとっては、友達や仲間との繋がり、というのが一番大きいですね。
奥さんとの絆も、最近また、深まってきていることですし。

癒されるって、こういうことなんだなぁ、と、またしみじみと実感してし
まうわけですね。

確かに、お話を聞かせていただいた後に、
「何を悩んでいたんだろう?」とか、そういった感想を聞かせてくださる
方もいました。

最近、そういう瞬間が、また、一層好きになってきています。


投稿者 csadmin : 10:24

2005年4月 4日

●さくら

四月に入って、新たな年度、平成17年度がスタートしましたね。
今月から新しく学生生活を始められる皆さん、就職で社会人になられた皆さん
おめでとうございます。

また、お勤め先で転勤や異動された皆様、昇進された皆様、どうも御苦労様で
ございます。

これまでと環境が変わって、新生活を始められた方も多いことでしょう。
気分を一新された方もいらっしゃるのではないでしょうか?

どうか、一日もはやく、新しい環境になれますよう、応援しています。

街の中を歩いていると、ソメイヨシノこと桜が咲いて、とてもキレイですね。
豪華さ、優美さ、華やかさ、あでやかさ、いろんなたとえ方ができる、、、。
それがこの花の魅力だと、僕は思います。

僕が暮らす大阪市内には、大きな公園が、あちらこちらに点在します。
家の近くにある長居公園、その他、大阪城公園や気さくな雰囲気の天王寺公園
そして、かつて「花の万博」が開かれた、鶴見緑地こと、花博記念公園など。

まるで、暖かい春が巡ってきた喜び・嬉しさを、体中いっぱいに表すみたいに
公園の緑に、いろどりを添える花、、、それが桜なのかもしれませんね。

寒風をしのぎ、時には雪をいただきながら、季節の訪れを待っていた、、、。
もし、桜の花の思いを言葉におきかえるとするならば、次のとおりかもしれま
せんね。

「力をつけて、歩みを進めれば、花開く時は、必ずやってきますよ。」って。

これって、僕達の日常の身のまわりの出来事におきかえられないでしょうか?
僕達、日々の歩みも、桜の花が咲くまでの営みに、たとえられることはないで
しょうか?

僕達には、いろんな夢の数々、なりたい自分や欲しい未来があると思います。

理工系の専門分野を勉強し、知識を深めて研究にいかしてみたい、とか
法律の勉強をして、その道のスペシャリストとして、活躍してみたい、とか
役職について、多くの人を従えて、大きな仕事でがんばってみたい、とか

カットの技術を身につけて、いろんな人のヘアスタイルを素敵に変えたいとか
スポーツや芸能、あるいはお稽古に通ってスキルを高めてみたい、などなど

すばらしい恋愛をして、良き生涯のパートナーを持ちたい方もいるでしょう。

それはまるで、春の夜空にうかぶ、はるかかなたの満天の星々の輝きのように
将来の理想像も、星のきらめきと、同じ輝きを持ってると思うのです。

僕達は、ともすれば、その輝きを持ったままで、一気に花を咲かせるがごとく
夢をかなえてみたいと感じるものです。

それがかなえばいいのですが、実際のところは、、、そうはいきませんよね。
もし必要とあらば、取り組むものをかえて、路線修正するのもいいでしょう。

ただ、そんな場合でも壁のような、何かしら乗り越える必要があるものは、出
てくると思うのです。

何かにチャレンジして、行き詰まりや閉塞感を感じた時に大切なことがあると
したら、何でしょう?

「乗り越えてやるぞ!」って強い意思を持つ?気合と根性に、熱いファイト?
ええ、まあそれが大切な局面もあるでしょうね、、、。

その他に、こういった見方や考え方もできると思うんですよね。それはと言え
ば、、、。

「初心忘るるべからず」という古くからのことわざにもありますように

「行き詰まったら、チャレンジを始めた、原点の気持ちに立ち返ってみる。」
「何かやってみようと思った時の、新鮮な気持ちをもう一度思い出すこと。」

だと思うのです。

冬をこえて、心も体もポカポカと暖かく、何かを始めた時のよろこびと感激。
折にふれて、立ち返ることで、勇気と希望、元気や活力、エネルギーがあふれ
出て、自信にもつながると思うのです。

桜の花は、さりげない思いをそっと僕達に、伝えているのかもしれませんね。
「初心の新鮮な気持ちを常に思い出すことで、あなたの夢の桜もあでやかに花
を咲かせますよ。」なんて。

大阪は、毎年四月中旬になると造幣局の「通り抜け」と呼ばれる、局内の桜の
一般公開が行われます。

なにわの春の真っ盛りは、もうすぐです。

向井 康浩のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2005年4月 2日

◇ロマンスをもう一度!

古いモノクロ映画のようなタイトルですが…。(汗)
この3月26日で(無事?)結婚して丸5年を迎えました。

もう5年経ったのかという気もするし、まだ5年かぁという感じもします。
きっと長年夫婦をやっておられるベテランの方からしたら「まだまだ青い!」
という感じなんでしょうね。
でも、ここにきて私達の夫婦関係は大きな節目を迎えています。
ちょうどコラムの時期と重なったので、自分の決意表明をするつもりで
この五年間を振り返ってみようと思います。

主人と知り合った頃は、お互いに人生で行き詰まりを感じている時だったの
で知り合ってから結婚するまではすご〜くいろんなことがありました。

二人とも守るものがない丸裸状態だったので、楽しいことも、怒って喧嘩す
ることも、そこまでしなくていいやろー、大人げないやろーと思う位、全身
でぶつかっていたように思います。
デートの途中で怒って突然帰ってしまったり、駅の改札口で人目も気にせず
いちゃいちゃしたり、はたまた泣きながら喧嘩したり、、。

今から振り返ると恥ずかしいことばかりですが、でもお陰で、人生の中でも
あれだけ濃い時間はないだろうと思える位いろんな経験ができました。
お金はなかったけれど(笑)、一緒にいられる時間が沢山あって、二人とも
一番純粋で幸せな時期だったと思います。

そうして結婚して1年目、2年目…と過ぎていきました。
家族が亡くなったり、引越ししたり、私もカウンセリングの仕事を始めたり
と環境は確実に変わっていきましたが、私達は変わらず元気にやっていまし
た。

やっと落ち着いてきたのは、3年目4年目くらいでしょうか。

ところが…、です。
結婚4年目を過ぎた辺りから、何かおかしい?んですね。
時々わけもなく涙が出たり、何ともいえない乾いた不思議な感覚になって。
不安なのか何なのか自分でもよくわかりません。
カウンセラーなのに…。(^-^;)

もちろん、表面的には何も問題はないし、仲良くやっていました。
主人の仕事が忙しいということ位は除いて。(この“くらい”が結構曲者!)
相変わらず小喧嘩はしていましたが、すぐに収まって長く引きずるような
こともなかったし、友人にも笑って話していた位ですから。
「まっいいか〜」となんとなく流れていきました。

5年目に入って、主人の仕事は相変わらす忙しく、どんどんハードワークに
なっていくのがわかります。私も毎日慌ただしく過ごしている内に、珍しく
体調を崩すことも増えてきました。
調子が狂うせいか、小喧嘩が前よりも増えた気がする?
小喧嘩というよりも、中喧嘩?
喧嘩と喧嘩の間もどんどん短くなっているような気がする?

いつものことと言って笑いながら気にしないでいることもできたけれど、
でも、この頃には、そうはできなくなっている自分に気づいてしまったんで
す。

そう、二人の関係が、確実に以前とは変わってしまっているということ。
それぞれ頑張っている内に、いつのまにか距離ができていて、心はとっくに
寂しいと感じていたこと。
現状にすっかり疲れきって、小さな不満がつもりつもって無視できない位
大きくなってしまってること。

さすがにヤバイと思い、私なりに一生懸命ぶつかってみました。
(ここでは、一応カウンセラーらしく。)
でも、具体的に大きく事を動かすことができずに悶々と日々は過ぎていきま
した。
今から思うと、昔のようにただ全身でぶつかっていくのを怖がっていたんだ
ろうなぁと思います。
なんであんなに一生懸命だったんだろう…?若かったから?
あれだけワイルドに?ぶつかりあっていた時期もあったのに、安定して落ち
着いた生活をしている内に、いつのまにか昔のような情熱を亡くしていたん
ですね。

でも、「今のままじゃ嫌だ!」と思い必死に行動していると、不思議にいろ
んなサポートに出会えるんですね。
この時に出会った人や本や友人から、沢山ヒントをもらいました。
とにかく二人でいろんなことを話して話して、話まくりました。
今までの喧嘩からもう一歩踏み込んで、お互いの気持ちをとことん見せ合っ
て。
言葉で書くほど簡単なことではなかったですが。。

いろんなことを話している内にわかったことは、主人のことをこんなにも知
らな
かったのか、ということです。わかっていたつもり…、でも、知らないこと、
気づかないことが沢山ありました。
それは昔からあった要素もあるかもしれないけれど、でも本当は、それだけ
私達て年月とともに成長しているんですよね。
内面は刻々と変化しているんです。
もちろん、主人だけでなくて私も。

何を一番怖れていたか?
どうやら、それは“変化すること・成長すること”だったみたいです。
どんなにおちついても、今ラブラブで幸せでも、内面は時とともに変化したが
るものなんですよね。
それを、今のままでいよう…現状に満足だから…と、もっとよくなることを望
まない方が本当は無理があるのかもしれません。

二人でうまく話ができるようになって一番びっくりしたのは、
「こんなのしたいね。こうしたいね。こんな風になれたらいいな〜。」という
欲求がどんどん出てくることです。
不思議ですよね。あれだけ、どんづまりで先がないように感じていたのが。
こんなに自分達の欲求を抑えていたなんて!

本当にマヌケやな〜と思います。
でも、今はそれを二人で笑って話せるんですから、よしとしよう。。

夫婦として第二のスタートラインに立ったばかりで、これからどんな風に流れ
ていくのかはわかりません。
はっきり言ってとっても怖いです。(苦笑)何せ二人ともびびり屋ですから。
でも、大きかった不安や怖れが、少しずつワクワクやドキドキに変わっている
のも同時に感じています。
そしてちょっぴり強くなれた自分も。

だから、怖くてもよりよくなることに貪欲に!なってみようと思います。
今の枠をとっぱらって、あきらめずにより多くを望んでみたいと思います。
そして、10年後20年後も、今では想像もできない位変化し続けていられる
ように…!

そんな夫婦でいられることを願って。。(『6年目の誓い』より/笑)


塩田純子のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:22