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2004年11月29日

●もっとよりよくなるためにニーズを認める

こんにちわ、成井裕美です。

新潟中越地震から約1ヶ月がたちましたね。
改めて被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
地震があった直後は、TVをつければどのチャンセルでも地震のニュースで持ち
きりでしたが、ここ最近はあまり見る機会が少なくなってきました。
「便りがないのは良い知らせ」と、その分復旧のめどが立ち始めたり、避難勧告
が解除されたりと少しずつでも状況が良くなりつつあるのだと思っています。
これから寒くなりますから、ご自愛くださいね。
まだまだこれからが復興に向けての頑張りどころでしょうから応援しています!

地震のニュースを見ていると、こんなことがありました。
そしてその事で不謹慎なのかもしれませんが、ある大きな気づきがありましたの
で、今日は皆さんにそのお話をしたいと思います。

投稿者 csadmin : 12:00

2004年11月26日

◇夢の実現

後輩に当るカウンセラー達と話をしているときに、僕の“修行時代”を
何となく思い出していました。

僕が心理学を学び始めた頃、僕の先生達(二人合わせると体重は3人分)
くらいしかこの仕事で食べてる人って周りにいなかったんですよね。
だから、始めからカウンセラーになれるとは思ってもいなかったし、実際に
ボランティアのカウンセリングチームを立ち上げてからも、カウンセラー
というのは「夢」にしか過ぎなかったんです。

カウンセリングといっても、どうやって学び、どうやって技術を付けて
いいのかが分からなかったので、手当たり次第のことをやってました。
今から思えば、これらの経験が基礎になって今の僕があるわけですけど、
当時は不安だった分、出来ることは全部やろうという勢いだけでした。

先生の家に遊びに行って、その近所のファミレスで、何時間も心理学を
教えてもらったりしたこともありました。
心理学というても「上手な恋の手ほどき」とか「女心について」とか
「セックスの秘密」とか、とてもとても“実用的”なものばかりで、
夢中になって聴いてました(笑)

でも、その先生の家ってすごく遠いんですよね。
僕は車を持ってなかったので、どうやって遊びに行くか?には、いつも頭
を悩ませてました。
そこで、よく使ってた手が車を持ってる友達に
「おもろいおっさんがいてんねんけど、一緒にいかへんか?」
て誘い出す手です。

特に彼女との関係に悩んでる奴を見つけたりしたら、「よっしゃ!」てす
ぐに先生のところに電話をかけて「友達連れて行くけど、いつ暇?」なんて
聞いてたりしました。

今でも後輩から恋愛の相談なんかを受けると、お腹いっぱいになるまでしゃ
べり倒してるのは、この当時の影響なんでしょう。
同じことしてますね(笑)

それから、今でもこの仕事には僕の「趣味」のような領域が存在してます。
今はホームページの運営やコンテンツ作りなどに取って代わっていますが、
当時はテキストを作ったり、勉強会のネタを仕込んだり、時間を忘れて夢中
になれるものでした。

先生のカウンセリング講座をテープに録音し、仲間達とテープ起こしをして
テキストを作ったことがありました。
テープ起こしなんてしたことないですし、専門用語も混じったりしましたか
ら、なかなか理解に苦しみました。

それから「勉強会」と称して、毎週金曜日はうちに仲間を集めて、事例を解
いたり、実際にカウンセリングの真似事をしてみたりしてました。
姿を変え、形を変え、結局3、4年続いたんですよね。

最初は仲間内だけだったんですが、だんだんその輪が広がって、友達が
「ちょっと相談に乗ってよ」てクライアント役として登場するようになり、
友達が友達を呼んでくることになったりして、狭い家に10人以上が出入り
するような時期もありました。

部屋のあちこちで、生の相談会が開かれ、みんなで「どうしたらいい?」な
んてのを考えてました。
みんなカウンセラーとしての経験値なんてゼロに近いですから、そこで悩み
を相談されても友達の悩みを聞く+αぐらいにしかならなかったと思うんで
すよね。

しかも、経験はないのに、心理学やカウンセリングの知識だけは多少あって、
頭でっかちになってる時期です。
ある意味、非常に危ない状態なわけです。

だから
「この前、○○したらいいよって言ってたから、やってみたけど出来なかっ
た。どうしてくれんねん!」
みたいなことを言われたり(友達だから遠慮ないんですよね、こういう時)、
「なんか、無理やりこじ開けられたような気がしてしんどくなったわ」
と怒り出して途中で帰る人が出て、それを追いかけて夜の街を走りまわった
り、急に喧嘩が起きたり、色んな問題もよく起きました。

・・・こういう風に書くと、なんか青春っぽいですね・・・(笑)

その時はそれで悩むことも多かったんですけど、今から思えば
「やってはいけないこと」「言ってはいけないこと」
をたくさん学ぶ機会になったんだと思います。

でも、・・・ほんま良かったです・・・それが友達で(笑)
人身御供のように修行に付き合ってくれた友人達に「ありがとう!」といい
たい。

でも、そうして人が増えてくると「勉強会」なのに、なぜか鍋がテーブルに
設置されるようになったり、部屋のあちこちでゲーム大会が始まったり、
占い師の友達が占いしてくれたり、夏になれば「怖い話大会」になったり、
「差し入れ持って来たでぇ〜」とビールが入ってきたり、徐々に溜まり場兼
居酒屋のような状態になってました。
それはすごく楽しい時間でした。

たぶん、その集まりの中で、この仕事は面白い!と実感したんだと思います。

その「勉強会」もカウンセリングサービスの設立で僕がとても忙しくなって
自然消滅してしまったんですけど、今でも懐かしいような、ちょっと複雑な
(!?)思い出だったりします。

それから、妻との関係というのはカウンセラーになるにはほんといい修行で
した(笑)(・・・いや、過去形じゃないですね。現在進行形です・・・)

パートナーシップの問題と向き合うことって、自分の心と向き合うことにも
なりますし、必死になる分だけ、学びも大きいですね。
妻との間にも色んな問題がありましたが、僕が講座などで
「人生をかけて学んでます(笑)」
と冗談交じりにお話しするのも、ある意味嘘じゃないんですね。

カウンセリングの5分前に喧嘩が勃発することだってあるんです。
「なんで、俺、こんなときにカウンセリングしなきゃあかんねん・・・」
と思うこともありました。
でも、そういうときに限って、まさしく妻との喧嘩の原因がカウンセリング
のテーマになったりするんですよね。
そうして、カウンセリングの中で、僕自身が身をもって学び(^^;、
カウンセリングが終わって、再び奥さんと向き合うわけです。

電話カウンセリングなどでは、そんな状態のまま、お互いが別々にカウンセ
リングに入り、カウンセリングが終わった後、すっかり仲直りしてることも
ありました。

3月に生まれた子どもから学ぶこともとても多いですし、子育てを通じて、
妻を改めて尊敬しなおしたり、自分の親の苦労を思い、感謝する気持ちがす
ごく強くなりました。
本当に愛情が無かったら人間は誰も育たないんだなあ・・・と実感します。

たぶん、僕もここで一つも二つも成長できて、そのパワーをお客さまに還元
しているし、していくんだろうと思います。
カウンセリングの仕事の醍醐味というのは、そうして日常と仕事が直結して
ることなんですよね。
人生の出来事すべてがネタになるんですよね。

そういえば、僕と理加がもめてたとき、僕の先生がこんなことを言ってまし
た。
「もし離婚することになったら、それがまたカウンセリングのネタになるん
や。どうしたら離婚せずに済むかが分かるやろ?それを離婚しそうな夫婦に
教えてあげることができるぞ」

要するに“離婚することを恐れて臆病になるな”ということを言いたかった
んだと思います。
まあ、そこでもしたたかにネタにしてしまうくらいの強さが求められるんで
すね。

とはいえ、僕は離婚を回避することで「どうしたら離婚せずに済むか?」と
いうネタを提供できる立場になったわけですから、万々歳です。

でも、その理加ともう一度前向きにやっていこうと決めたときに、
実はカウンセリングサービスの設立話が舞い込んできたんです。

その時は気付かなかったけど、後で理加が言っていてハッとなりました。
心理学にはこんな格言があるんです。

「真実のパートナーとライフワークは同時にやってくる」

なるほどなあ・・・と夢を一つ実現した今なら深く納得できます。


根本裕幸

投稿者 csadmin : 11:12

2004年11月22日

●ありがとうとごめんなさい

こんにちは。
みなさんは「ありがとう」と「ごめんなさい(すいません)」が同じ意味を表すことがあるって知っていますか?
「え?それってどういうこと?」

例えば、
居酒屋の忙しそうな店員さんを呼び止めて何かを頼んだ時なんかに
「すいませんでしたー。」って言うのも「ありがとう。」って言うのも同じことってことなんですよね。

私は3年ほど前からどちらでも使えるスチュエーションの時は「ありがとう」を使うことにしています。
だって、「忙しいのにごめんねー。」ってモードで話しかけられるのと「聞いてくれてありがとうね。」っていうモードで話しかけられるんだったら、絶対後者の方がいいと思いません?
私は「ありがとう。」って言われる方が気持ちがいいですね。

世の中には[自分が他人に与えたものは廻り廻って自分に返ってくる]という法則があるらしいです。
だったら・・・「ごめんなさい」が返ってくるよりは「ありがとう」が返ってくる方がいいに決まってますよね。
ふむふむ。だったら「ありがとう」をたくさん言おう。
だから、私はある意味で『ありがとうは魔法の言葉』なんじゃないかな、と思っています。

でね、これを始めたときに私の周りに「すまんなー。」が口癖の男性がいたんですよね。
そうすると、それまでは何も感じなかったはずなんですけどこれがまた耳障りに聞こえてくるんですよ。(笑)
必ず「すまんけどなー・・・」から会話が始まる・・・。
友人も「あの人がありがとうって言っているのなんてほとんど聞いたことがない。」と言うほどでした。
(--;   何とかならんのだろうか・・・。
(ちなみにこの方はけっこう仲のよい目上の方で先輩とか上司に当たるような方でした。)
この日から私の中でどうやったらこの人の口から「ありがとう」という言葉を聞けるのか、という研究が始まりました。

まず初めはこの人との会話の中で「ありがとう」をたくさん使うように心がけました。
しかし、こんな程度では結果はでませんでした。(敗北感・・・(;_;))
(--;   他の手はないのだろうか・・・。

もうそんなことも忘れかけていたというか半ばあきらめかけていたころにチャンスはやってきました。

カラオケにみんなで行ったときのことです。(ちなみに幹事は私でした。)
その人はお仕事が忙しくてほとんど終わりかけに顔を出しました。
お会計の時にほとんど歌っていないしということでみんなでその人の分も負担すると¥200くらいだったんです。日頃お世話になっているのでみんなでおごることにしました。
私はマイクで
「みなさんお一人様¥XXXXです。○○さんは今日はタダでーす。○○さんに感謝されながらお帰りください。」
とアナウンスしたときに・・・
「みんな、ありがとーーーー!」とその人の口から大きな声が。

(*_*) あ、ありがとうって言った。(ビックリ感と達成感)

あれから2年は経っています。
最近ではこの人もめっきり「すまんなー。」という言葉を使わなくなりました。
人って変わるんですねぇ。(しみじみ)

それにしても、私にとって幸いだったのはこの話をしたら「すごーーい!」って言ってくれた友人がいたことかもしれませんね。(笑)

あなたの周りにも「ごめんね。」とか「すまんなぁ。」って口癖がある人はいませんか?
ただ「なんかやな感じ。」って思っているだけじゃなくて「どうやったらこの人の口からありがとうって言葉が聞けるのかしら?」って観察したり研究したりしてみたら面白いかもしれませんよ。

そして、あなたも「ありがとう」って言葉を使ってみてください。
あなたにたくさんの「ありがとう」が返ってくるはずですから。

岡田 英里子

投稿者 csadmin : 12:58

2004年11月21日

◇親族の輪

先日夫の祖母が亡くなり、はじめて夫側の親族と過ごすことになりました。
結婚式の時に一応顔合わせはしたものの、バタバタした中ほとんど挨拶くらい
しかしていなかったので、きちんとお話するのは今回が初めてのこと。

結婚して戸籍上は夫の家に入ったものの、その親族とはほとんど面識がないと
いうのも何か変な感じだなぁと思っていた私。
というのも、私側の家族は、親族の繋がりが深く(仲がいいかはさておき…)
法事などにもきちんと家族や親戚が集まる家系なんですね。
例え出席できなくても、きちんとみんなに声はかけるし、お墓参りもきちんと
するし、それが普通なのかと思っていたのですが。。

ところが、夫の家系は、そういうのが全くないんです。
法事で呼ばれたことはもちろんないし、お正月に集まることもなく、お墓参り
にいくと言えば「そんなのわざわざしなくていいのよ〜。」とあっさりと返さ
れてしまう始末。

こんなものなんだ…と驚きつつ、まぁよくある嫁姑や親族関係のトラブルに
巻き込まれなくていいのかなぁと良い方に納得もし(私の方の家系はそうい
うトラブルが昔から多く嫌気がさしていたところもあるので)、でも一方で
そういう付き合いが全くないというのも何かちょっぴり寂しい気がしていた
んです。
もちろん楽は楽なんだけれど、本来あるべきものがないような感じもして。

だから、今回はじめて夫の親族の集まりに顔を出すことになり、ドキドキの
連続でした。
大勢の知らない人達に一気に囲まれ、顔と関係を一致させるのも一苦労。
宗派や地域の習慣もうちの家系とは全然違うので、どこまで手伝いしていい
のかもわからず右往左往し…。
でも、男性と女性の役割がしっかり分かれているところは一緒なんですね。
やっぱりそういう世代なんだろうなぁと、妙に納得したり。

でもそんな中でも、真剣な話し合いもある中、親族やいとこ達が夜を徹して
昔話で盛り上がっていたりして、こういう光景はなんかいいよなぁとしみじ
み思ってしまいました。
もちろん私は初対面で彼らとの思い出はないのですが、久しぶりに会う親族
が集まって、どうでもいいことを楽しそうにワイワイ話している姿は、見て
いて心地いいものです。

お祖母さんも92歳の大往生だったので、こんな風にみんなが幸せに笑い合え
る時間をもてたのかもしれませんが。
でも、大人になると忙しくて殆ど集まることもない親族が、こうやってまた
集まって少しでも共有できる時間をもてるのはいいことですよね。
それだけお祖母さんがみんなから愛されていた証だろうし、それが一番の供
養になるのかもしれません。

夫の親族にも次に会う機会があるのかはわからないし、最近は親族や家族の
繋がりはどんどん薄れてきていますよね。
私自身もどちらかといえば、そういうことを面倒くさいと思ってしまう方だ
けれど、でも、こういう人間同士のいい所はちゃんと引き継いで残していけ
たらなぁと思いました。

家族でも、親族でも、友人同士でも。
人の集まる所に摩擦はつきものでも、繋がりを感じられるのもやっぱり人が
集まる所で。そんな輪が少しずつ広がっていくことを祈って。。


塩田純子

投稿者 csadmin : 12:07

2004年11月15日

●キミノココロ ボクノココロ

私はもともと、それほど本を読むほうではありませんでした。
特にカウンセリング、セラピーに関する本は、ここ1〜2年で読むようになりましたね。

逆に、妻はよく本を読んでいました。
結婚した当初は、妻の本だけで1万冊はあるんじゃないか?というくらいあり、その半分は心理学、精神世界系の本でした。
そして、私が読み始めるようになったら、妻が読まなくなったというのも面白い話です。

以前妻が、言葉の表現がうまくできない人は、偏った本の読み方をしているか、活字のものをあまり読んでいないのではないか、といっていました。

もちろんこれは推測であって、根拠も何もありませんが、言葉の表現に関しては確かに本の影響はあるだろうと私も思います。

私はもともと活字嫌いでしたが、昔から歴史小説や歴史に関する著作物は小学生のころから読んでいました。
子どものころの夢は「神代文字を読む」でしたから、かなり変わった子どもといえたかもしれません。
そして、漫画もいっぱい読みましたがとにかくジャンル関係なくいろんなものを片っ端から読んでましたね。
中学、高校はとにかく小説ばかり読んでいました。
ソノラマ文庫や講談社文庫、新潮社やコバルト文庫、カドカワ文庫など、SF、恋愛、歴史、フィクション、ミステリーといろいろ読んでいました。

言葉の表現力などは小説に見られるように、いかに相手にわかるように言葉で伝えていくかが決め手になりますので、自然と力がつくのではないかと考えられますね。

漫画やテレビでも表現を養うことは可能だと思いますが、活字のみの小説などと違って、目で見て情報を得ることができますから、その分小説よりも表現力を理解することが難しくなるのかもしれませんね。

ま、難しい話はこれくらいにして、皆さんが興味を持った何かから、自分に合った表現方法を身に付けていくというのは、いいことだと思います。
ただ、できるならばいろんなジャンルを読んでみると、いろんな表現が身に付くかもしれませんね。

本だけでなく、新聞やラジオもいいですよ。

最近来るまで移動するときは、必ずFMを聴いて音楽チェックやニュースを聴いてますし、新聞も隅から隅まで目を通すようになりましたね。
新聞は囲碁の対局を読むのがもともとの目的なんですが。

もちろん、漫画も読んでますよ。
漫画のキャラクターを心理分析なんかして遊んだりもしますね。

最近妻に勧められた本は「Good Luck」(ポプラ社:アレックス・ロビラ、フェルナンド・トリアス・デ・ベス著:952円税別)で、知っている方も多いと思います。
この本を薦められたとき、私は読まずにずっとかばんの中に入れていました。
しかし、ある問題に突き当たったとき、ふとこの本を読んでみようと思い、読んでみたところ解決の糸口のようなものが見えたんですよ。

それから、クライアントさんにはよくこの本をお薦めしております。

ほかにも、私のお勧めの本を紹介しますと
「子どもが育つ魔法の言葉 for the Heart」(PHP研究所:ドロシー・ロー・ノルト著:880円税別)
「水からの伝言」((株)波動教育社:江本勝著:2667円税別)
「いのちからの伝言」((株)波動教育社:江本勝編著:1800円税別)
などがあります。

あと、最近私が読んだ漫画では、
「キミノココロ ボクノココロ」(講談社:みやうち沙矢著:390円税別)が面白かったですね。
この本はセラピードッグとセラピストの心の交流と成長を書いたお話で、読んでうるうるしました。

あと、クライアントさんが紹介してくれた本では「こどものおもちゃ」「キッパリ!たった5分間で自分を変える方法」などがあります。

もし。特にすることがなくて暇を持て余しているとか、通勤時間に余裕があるとか、ちょっとした時間があるようでしたら、ぜひいろんな本を読んでみてください。

もしかしたら、あなたの人生を変えるような、すてきな本に出会えるかもしれませんよ。

余談ですが、私の妻は、漫画「ジャングルはいつもハレのちグゥ」の「グゥ」にそっくりといわれています。
見た目も性格も。

興味がある人は、読んでみてくださいね。

中原 謙一

投稿者 csadmin : 12:00

2004年11月13日

◇上司が教えてくれたこと

最近大統領選といい球団経営といいリーダーシップに関連した記事が新聞を
にぎわせましたね。
トップのやり方でその組織のカラーが決まるといっても過言ではありません。

リーダーシップといえば、私は職場の元上司のことが思い浮かびます。
以前彼と交わした会話で今でもずっと心に残っていることがあるんですね。

私が勤めていたところは女性が多い職場でしたが、同じ部署に私よりひとま
わり以上年上の男性の方が一人いらっしゃったんです。仕事内容はほぼ一緒
でしたが、年功序列の給与体系のため彼のほうが給料がよかったのです。
ところが勤務中の態度といえば判断ミスが多く、注意されても改める素振り
もないし自ら学ぼうとする姿勢も見られません。
少し持て余す時間ができると仕事中に居眠りを始める始末。
チームワークの仕事なので、その分のフォローも必要だったわけです。
一緒に仕事をしているとイライラしていつも気分が悪くなっていました。

ある日私はブチ切れて上司に訴えました。

「同じ仕事していて、私の6割分しか働いていないあの人の尻拭いまでして、
向こうのほうが断然給料が高いというのは腑に落ちません!」

そのとき上司の返事はこうでした。

「若い人のほうが頭も回るし、仕事の処理も速い。
給料泥棒と言われても仕方ない。
あいつを見ていて確かに私も頭に来るときはある。
でもよく見てごらん。あいつなりに一生懸命やっているよ。
あなたから見たら60%の頑張りかもしれないけれど、
あいつ自身は100%の力を出してやっていると思うよ。
元々持っている能力に差があるのに、彼に対等さを求めるのは無理な話なん
じゃないね?」

へー、そうなんだ・・
そういえば、彼は仕事そのものは真剣な顔をしてやっているなあ・・
その時、自分のものさしで彼を見ていたことに初めて気が付いたんですね。

子供の頃から親に『相手の立場になって考えなさい』ということはよく言わ
れてきました。けれども、今まで
自分の基準で相手の立場になる・・ことはしてきたけれど、
相手の基準で相手の立場になる・・ことはしてこなかったのかもしれないと
思いました。

自分の基準で考えると、
“私だったらこうするのに!”とか“私ならこんなに頑張るのに!”
という思いが強く出てきて、
“何でできないの!?”“何でしないの!?”
という言葉しか出てこないんですよね。
でも、相手の基準で考えると、
“もしかして一生懸命にやっているけど結果が出ないのかも・・”や
“自信がないからうまくできなくてサジ投げているのかも・・”など
相手を理解しようとする気持ちになるので、いろいろな見方が沸いてくるよ
うに思うんです。

しかし一方で能力の差だと言い切ってしまうのは、自分が出来る人間で彼は
出来ない人間だと相手を蔑んでしまうような気がして、その上司に再び尋ね
たんです。

「でも、能力に差があるのを認めるのは、人を見下げるような感じがして抵
抗があるんですが・・」

上司いわく、

「それはひとつの面でしか彼を見ていないからだと思うよ。
あいつは町内会長をしていて、町内行事は率先して引き受ける。
とても親孝行だし、嫁さんにはやさしい。
そこが彼の能力が一番出せるところかもしれない。
仕事をしているときは、持っている能力がたまたま発揮できていないだけよ。
誰にでも得意分野というのはあるわけで、あなたにだって当然苦手な分野は
あるやろ?」

あー、どこかに身を隠したい・・
とても狭い見方をしていた自分がとても恥ずかしくなりましたね。
誰でも才能って必ずあるんですよね。
自分の才能を得意とする分野で生かして使うことが大切なんですね。

それからその男性に対して腹を立てることがなくなったわけではありません
が、少なくとも気持ちに余裕を持って接することができるようになりました。

確かに仕事場というのは仕事をするところだし、その結果が求められる場所
だとは思います。
でもそれだけじゃないんですね。

自分自身を生きるとはどういうことなのか・・
人が助け合いながら生きるとはどういうことなのか・・
をその上司は教えてくれたように思います。

そんな上司に出会えたこと、そして彼の下で仕事ができたこと、今でもとて
も誇りに思っています。


ながのひろみ

投稿者 csadmin : 12:51

2004年11月 8日

●エミール・ガレの世界

先日、エミール・ガレ展に行って来ました。
内容は違いますが、以前に京都でエミール・ガレ展があった時には行かなかったんです。
あの時は、ガレのすごさを知らなくて行きませんでした。
奈良にモネの絵を観に行った時に、ガレの作品も観ました。
その時に、こんなにすごいものを創る人だったのか、と驚きました。
ガレの表現力の素晴らしさもありますが、常に最高のものを追求し続ける精神的な強さのようなものを感じたんです。
そして、京都でエミール・ガレ展が開催された時に行けばよかったと後悔しました。
それからずっとガレの作品をもっと観てみたいと思っていました。

会場に入る前に、作品についての解説を聴くことが出来ました。
解説の中に出てきた「いのちの輝きとはかなさ」という言葉が印象的でした。
「カトレア文八角花器」は、花が咲いた時の明るさと花が枯れていく時の暗さをリアルに感じさせてくれます。
ガレの観察力の素晴らしさも感じられます。

ガレの発想は素晴らしいです。
作品に詩の一説を彫る、というガレの発想に私はすっかり夢中になってしまいました。
詩を選ぶセンス、詩を刻んだ文字の形や線も素敵でした。
「ヴェロニカの実形香水瓶」には、ピエール・デュポンの「ヴェロニカの歌」の詩の一説「・・・小さな花を求めて世の煩わしさの中を行く、純真な人たちのために」と彫られています。
ヴェロニカは青紫色の小花が穂になってつく清楚な花で、この作品は器全体がヴェロニカの実の形になっています。
器には花と実が描かれています。
全てがヴェロニカで統一され、ガレの徹底した作品作りにガレの信念を見た気がしました。

ガレはガラスに関する科学的な研究を重ね、新しい素地や技術を開発しています。
そんなガレをうらやましいと思うことがあります。
私はビーズアクセサリーを作るのが好きですが、自分でビーズを作ることが出来たら、と思うことがあります。
ビーズを見ていて、微妙に光沢が強かったり、色が淡すぎたり、濃すぎたりすると感じる時に、私だったらこんなふうに作るのになあと思います。
小さい頃から何かを作ることが好きなので、何かあると「作る」方に関心が行くのだろうと思います。

ガレの家具は素晴らしいものでした。
「アイリス文木の葉形トレー」は、本当に葉がめくれているので驚いてしまいました。
本当に木なのかと思ってしまうくらい、曲線が滑らかでした。
その上、アイリスの花まで描かれています。
ガレの家具は贅沢だなあと思いました。
ガレの寄木細工には、絵のように自由自在に色彩が表現され、自然からのモチーフが美しく描かれています。

エミール・ガレ展は、思っていた以上に素晴らしいものでした。
私はピエール・デュポンもヴェロニカも知りませんでしたが、今回、ガレの作品を通して私の世界が広がったような気がしました。
ガレの作品を観ていると、嫌なこと、しんどいことなんて忘れて、見とれてしまいます。
そして、とても満ち足りた気持ちになります。
それは、私にとって幸せな時間です。
また、こうやって私自身が幸せな時間を過ごせるものを新たに見つけられたことを嬉しく思います。
そして、それを与えてくれたガレに感謝しています。
私は、カウンセリングを通して、みなさんが幸せだと感じられる時間を増やすお手伝いをしたいと思っています。

上田 紘美

投稿者 csadmin : 12:00

2004年11月 6日

◇結露(けつろ)の季節

晩秋は、お昼とお昼以外の気温差が大きい季節。閉めきったお部屋で、朝起き
たら、窓に水滴がいっぱい、なんてことはありませんか?お部屋の内と外の温
度差が大きいと、「結露」が出来ますよね。

僕は、もともと寒がりな上にマンション暮らしなので、窓を開けずに過ごすこ
とが多かったです。アルミサッシの窓は気密性が高いので、室内はジメジメし
て、カビだらけでした。

そして、春まで持ち越して、カビキラーで大掃除をする、、、。こんなことを
平気で繰り返してました(苦笑)。

しかし、カウンセラーを始めると、自分の気持ちを常に安定させたい、そのた
めには、自分の時間を過ごす家は清潔に、快適で過ごしたいと思うようになり
ました。

結露を外へ流すアルミサッシもあるようですが、まだまだこれからだと思いま
す。

そこで僕がチャレンジした工夫を御紹介します。家にいるときには、窓の端を
ほんの少し開けて、常に空気が入れかわるようにします。うすい雑誌1冊分ほ
どのスキでOKです。なるべく2箇所以上あけられるのがいいでしょう。

特に結露は、夜から朝にかけて出来やすいので、夜間こそ、窓をすき間分あけ
て置いてください。御家族がいる方は、工夫してあげてください。重ね着や、
暖房器具(コタツなど)を早めに出すのもいいかもしれません。お休みの時も
毛布を多めにかけられるとか。

ポイントは、室内と室外の気温差を出来るだけ小さくして、体を冷やさないよ
うに過ごすことです。

おうちで晩秋をすごす工夫として、メンタルヘルスのためにも快適な生活空間
づくりの一環として、みなさんも一度お試しください。

(寒冷地で雪の中過ごされてる方、またマンションのン十階など、高層階で風
が強く窓が空けにくい方、あしからず御了承ください。)


向井康浩

投稿者 csadmin : 12:11

2004年11月 1日

●妻子ある人を好きになる。又は結婚後不倫する。

「まさか自分が不倫するとは思わなかった・・・。」

私が初めて妻子ある人を好きになり、それを自分で自覚して、その思いを止められなかったときに思ったことです。
不倫なんてどろどろしてて汚いと思っていました。だから本当に驚きましたね。けど好きになってしまいました。これは独身の頃のこと。そして一度目の結婚後。同じことをしてしまいました。今度は結婚している私に好きな人が出来たんです。

「私何やってんだろう・・・」
何度も思いました。

独身時代、妻子ある人を好きになり、
一度目の結婚後妻子ある人を好きになり、
それでは満足出来ず、独身の人をも好きになりました。

不倫パターン総なめですね・・・``r(^^;)

「愛されたい」
そういう思いが私に強すぎたのだと今は思っています。
誰に??
それは父親にでした。
私が日頃から思っていたのは
「お父さんのような、大きくて優しくて包容力のある男性に、両手で包まれるような愛され方をしたい。」
だったんですよね。父は私と大喧嘩た数日後、お酒の飲みすぎによる肝硬変で亡くなりました。父親らしい父ではありませんでした。いつも酔っ払って、いつも怒鳴ってて。だから私はずっと父を求めていたんだとおもいます。それが独身時代。

結婚したらしたで、
「愛して、優しくして、抱きしめて、理解して。」
自分自身の父に愛されなかった思いを、相手にとことんぶつけました。
「なんで、・・・してくれないの!?」
夫は疲れたと思います。してして攻撃が毎日ですから。そんな攻撃を続けていた私は、
「彼をきちんと見ていなかった」し、
「彼を自分から愛して、優しくして、抱きしめて、理解しよう」とはしていませんでした。
自分がしてないのに、相手に要求だけしていました。彼が疲れても当然かもしれません。だけどそんな自分の傷を彼にうちあけることも怖くて、ただ愛してくれる人を探し続けました。
時には妻子ある男性。時には独身の男性。
時には年上、時には年下。
気がつくと、私は3人の男性と、そして夫と同時につきあう生活を送っていたんです。

でもね。楽しくないんですよ。
未来への希望がないから。

自分は結婚しているし、独身や既婚者相手にいつまでもこんな状態が続くわけないってことも分かってましたから。だけど彼らに愛されている今、それを断ち切ってしまうことも怖かったんです。だって、残ってしまうのは、私を愛していないと私が感じている夫だけですから。だからひとりになるくらいなら、続けてる方がマシだって思ってしまったんです。
相手の男性にもとても失礼なことですよね。
気づいて「やめよう!!」と思えたのは、7年ほど経ってからです。誰にも相談出来ないことでもあるから、本当に苦しかったです。あのとき誰かひとりでも、どれだけ間違っていることであっても私の味方でいてくれる人がいたら、私はもっと楽になれたかもしれません。
少しでも楽になれたら元気や勇気が出て、
「この状況からなんとかして出よう! 抜け出すんだ!」
という気持ちにもっと早くなれたかもしれません。
そうなったら動けますからね。

今たくさんの方がこんな思いを持ってると思います。
カウンセリングの現場でも、妻子ある男性を好きになった、自分自身が不倫してしまったというお話はよくお聞きします。本当に苦しくて辛くてたまらない恋愛ですよね。皆さんご自分でわかっていらっしゃると思います。この状態って自分を苦しめるだけなんだと。だけど、どうすることも出来ない。だからますます苦しいんだと思います。
だけど、それでもその苦しみから逃れたいと感じているならば、私たちカウンセラーにお話していただけませんか? こういうお話は皆さん自分を責めますし、ほとんどの方が誰にも話すことはないと思います。私もそうでした。誰かに言いたかったけど悪いことをしていると分かっている分、孤独でした。だからこそ、思い切ってカウンセラーに爆発させてくださいませんか? もうひとりで抱えるのはやめませんか?

小川 のりこ

投稿者 csadmin : 12:00