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2004年10月30日

◇これから組 

こんにちは。
今回のコラムは、私きのかずよが担当です。

さて、いきなり私事ですが、本日(10/22)このコラムの原稿
締切日が、29回目の誕生日です。

若かりし頃の私には、計画が沢山ありました。

24最で2歳年上の彼と結婚、26最で出産。
彼のご両親がどうしてもと言うので、同居をはじめる。
育児も手伝ってもらいながら、楽で幸せな毎日。
子供が小学校に上がると同時に、皆がいやがる、PTAの活動
をバリバリやって、PTA会長になり、
と、同じく地域の活動もそつなくこなし、周りの薦めも合って
、市議会議員に立候補。
しかし、勢いだけでは当選できず、学と箔をつけるため、もう
一度、修学することを志す・・・。

29歳になる今日、もうすぐ3歳になる子供がの面倒が大変で、

「そうそう、もうやんちゃ盛りで、動き回って目が離せないで
すぅぅぅ、
でもまだ、お義母さんがよくしてくれるからぁ・・・」

と、近所の先輩ママ達に育児相談をしながら、しんどいときも
あるけれど、充実した日々を過ごして・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
いません。

独身かつ彼氏無し。
いない暦を考えると吐きそうになるので、やめときます。
あ、それから今だに自分の両親と同居してます。

さて、世間の親同様、

「結婚する気ないのと違う?」

としょっちゅう我が親も言います。

「気はあるけどなぁ・・・世の男達が女見る目ないのと違う」

なんてごまかしは、27歳過ぎて効かなくなりました。

ある日、父方のおばあちゃんと、おばちゃんに

「女の子は、はよ嫁にいかなあかん!!!」

と、これから説教モードに入らんとばかりの勢いで、話し掛け
られ、身の危険を感じた私は、

「いやぁ、うち、お父ちゃん見たいな男の人が理想のやからな
ぁ・・・
最近なかなかそんなタイプがおれへんやろ。」

と、口から(半分)デマカセが、スーと出てきました。
いや、我ながらすごいと思いつつ。
おばあちゃんにしてみたら、自分の息子を「いい男」やと言わ
れてるわけなので、悪い気はしないでしょ。

またある日、我が母が

「ちょっと、今日○○ちゃんのお母さんに会ってな、
○○ちゃん、赤ちゃん産まれるねんて。
お母さんも嬉しそうやったわ・・・・。
で、こんな話になったら、向こうは絶対『きのちゃんは?』
って、聞いてくるねんて。
もぅ、お母ちゃん、笑ってごまかすしかないやん。もぉ」
と、なんとも言えない怒りと切なさで、訴えかけてきました。

すかさず私は
「最近、私、綺麗になったと思えへん?」

「はぁ?何言ってんのこの子」

「きっともうすぐやと思うねん。
周りからも、最近綺麗になったって言われるし。」

「あほかっ!今ごろ綺麗になっても遅いわ」

「いやいや、17で綺麗になる子もいれば、
23で綺麗になる子もいて、29でなってもいいし、
30過ぎてなってもいいねん。
そうせな、面白くないやろ。
私は29で綺麗になるようになってたんやわ。」

「あほか、綺麗の期限は3年や」

『それはあなた基準でしょ』と、心で突っ込みを入れつつ
「3年もあるってすご〜い。男できるのも、余裕だな。」

これ以上母は、何も言いませんでした。
いや呆れて何も言えませんでしたなのかも・・・。

またまた、我ながら口が上手いと思いましたね。
しかし、自分の発言に責任を持たないといけないと痛感してい
るので、少し焦っています。
最低でも、これから3年先は、今より綺麗になっていないとね

こわいけど、楽しみだわ。

「これから組」

ということで、平和ではないでしょうか?


きのかずよ

投稿者 csadmin : 12:37

2004年10月25日

●銭湯の掟

ご無沙汰していますインド人にプロポーズされた、きのかずよです。

いきなりだが、
銭湯の掟というのを、みなさんご存知だろうか?
銭湯である。
スパではない。
加えて言えば、スーパー銭湯でもない。
掟である。
決まりごとではない。
加えて言えば、ルールでもない。

その掟を今日は、2つお伝えしたい。

私の近所は銭湯がまだ数残る所で、小さな頃からたまにお世話になっている。

久しぶりに行けば、小・中学校の同級生を見かけることも少なくない。
大人になった身体で、お互い少し気恥ずかしく、声をかけるのもなぜかしら、躊躇わ
れる・・・。
しかし、同級生のお母さんに会った時は、気恥ずかしささんてものは、感じていられ
ない。

「まぁ〜きのちゃん、久しぶりやないの。元気?
うわぁ。全く変わってないねぇ・・・(←この間は、私の全身を見てくれている
間)。
おばちゃん嬉しいわぁ。
どの子も、綺麗に変わってしまって声かけられへんのに、きのちゃん、まんま変わっ
てないから」

「あ、ありがとうございます」
と、愛想良く、答える私。
ん?ん?ん?
よくよく考えると、これは、誉められていないのではないか???

話が心ばかしそれてしまった。
話を戻そう、銭湯の掟である。

気持ちのいいお天気の日に、自転車で少し遠目の源泉温泉が自慢の銭湯に行った日の
こと。
ちょくちょく行くので、カウンターのおばちゃんには顔を知られているのだが、
掟の全てを把握しているわけではない。

比較的客の少ない時間、お昼時に行くのだが、さて洗い場で、イスを置いて腰を掛け
ようとすると、

「おねえちゃん、そこはもうすぐ○○さんが来るから、空けといてあげて」
と、いきなり横のおばちゃんに、声をかけられ、何を疑問に思うことなく違う場所に
移動する。

しかし、後々考えると、理由が正当性に欠けているのは明らか。
ひとつお勉強、「・・・だから〜して」といわれ、・・・部分の正当性をあまり考えず、
従ってしまうのを、
「カチッサー効果」と言うそうな。

しかし、銭湯では正当性などよく考えないのが一番である。
密かにではあるが常連の方々の中にある、掟を受け入れることを薦める。

掟その1:公共の場でありながら、公共の場でないことを、すんなり受け入れること

さて、気持ちよ〜く湯船に浸かっていると、よく来るらしきおばちゃんから、

「おねえちゃん、いい身体してるわね。プロポーションいいわよ。」
と、いきなり話しかけられ、
「163センチ65キロの私に向かって、言う言葉か?」などと、少し不貞腐れそうに
なったが、
ここは持ち直して、愛想良く(←自分でもすごいと思うくらい)
「あ、ありがとうございます。でも、そんな事ないですよ。太ってますもん。」
と、言うと、
「何言ってんの!細けりゃ良いってもんじゃないのよ。今の子はみんな細すぎるで
しょ。」
と、叱咤され、
「はぁ、でもお尻と腰が太すぎますからぁ・・・。」
と、少々悩み顔で訴えると
「女の子は、丈夫な腰がいるのよ。それぐらいがちょうどいいの。
見てみなさい!その辺のインド人の女の人なんか、大きいお尻してるでしょ。
あの人らなんか、産んだその日に、赤ちゃん抱いて坂道カツカツ歩いてるでしょ!
大きい方が、おばちゃんも安心や。」
と、私の悩みを一蹴してくれた。
「そうなんですか〜。なんか、すごいですねぇ・・・。ありがとうございます」

しかし、声には出さないが、
「えぇ!インド人て?!そんな姿、見かけたことないし。
わたし、子供産んでも1週間ぐらい、普通に入院しときたいし・・・。
おばちゃんに安心してもらってもなぁ・・・」
と、私の心の叫び。。。
しかも、どうしてインド人を例えに出したのだろう?
やはり私はインドに行くべきなのか?

掟その2:銭湯でおばちゃんに話し掛けられたら、愛想良く答え、
タイミングを見て「身体もう一度洗ってきます」ということ

『もう一度』というのを言い忘れると、
逆に、「洗わんと浸かったらあかんやないの」と注意されるおそれあり。

気持ちよくその銭湯を、後々も利用できるか否かは、この掟によるところだと私は思
うのである。

銭湯に縁のない方には、ち〜とも役に立たない、話でしたが、
そんな話ばかりをこれからもしていきたいと思う今日この頃。
また、次回をお楽しみに。

※本当に在日のインド女性がそのような姿で歩いているのを、
見かけたことのある人お知らせください。

きの かずよ

投稿者 csadmin : 12:00

2004年10月23日

◇自分の居場所を求めて

私は長い間舞台役者をしていました。
学生の頃いじめがひどくて、自分を「友達」と思ってくれる人がいないと
感じていたから、社会に出て仲間を求めようとしたんですね。
別にお芝居でなくても、今の自分を隠せるものならなんでも良かったんです。
いじめられている自分。
嫌われ者の自分。
愛されない自分。
なさけない、プライドさえなくなってしまった自分。
そんな自分を隠して、別人として生きたい気持ちが強くなって、一般公募さ
れている役者募集に応募しました。

素の自分は相変わらずでした。人にこころを開かず目を合わさず、関わろう
ともしませんでした。だけどお芝居では話す言葉も決まっているし、動きも
決定されるから、お芝居は私にとって、一時ではあったけれど、リラックス
して人と関われる時間だったんです。
それに、いざお芝居が始まると、その役を持っている私は場面場面で必要と
され、それがとても嬉しかったんです。

そして本番。
自分の出番になると、お客さん皆が私を見てくれる。
そこにはいじめられてて嫌われ者だった私は存在しません。
しっかりとしたひとりの女性の役を背負った、私が演じている別の私が存在
して、その私の言葉をお客さんが固唾を飲んで見ている。
必要とされている私。
見られている私。
とても嬉しかったんです。

自分にとっての逃げ場が出来た。そう思って15年やってきました。
そんなに長い間やっているにも関わらず、私は一度たりとも、ひとつの劇団
に所属することはありませんでした。
なぜなら素で関わる人間関係は極端に怖いからでした。
ずっとフリーのままで、呼ばれたり、話が来れば応じるというやり方をとっ
ていました。だから劇団員のひとりとしてお誘いがあったとしても、とても
嬉しいことなのに怖くていつも断るばかり。
仲間や友達が出来なくて当然ですよね。

社会に出ても同じでした。
18歳の頃に貿易会社の社員でしたが、ここでも社内いじめにあって、とても
情けない辞め方をしました。以後同じところに長く働けず、派遣として長く
て2年。通常半年程度の仕事を転々としていました。
それでも私個人を必要としてくれる人が欲しくて、お芝居を続けながらも、
いろいろな勉強をし、資格を取りました。何かひとつの自信もってやれるも
のが欲しくて・・・。

そんなことを繰り返すうち、お芝居が苦痛になってきたんです。
本番での拍手喝采やライトを浴びるのは嬉しかったのですが、それまでの練
習での人間関係に限界が出てきたんです。苦痛で苦しくて、なのにこれをや
めたら、本当に誰にも必要とされなくなる・・・。そっちのほうが恐ろしく
て、すごいストレスを抱えながらもやり続けていました。

私は自分の居場所をずっとずっと求めていたんです。
安心できる場所。
必要とされる場所。
愛される場所。
いろんなことに挑戦して、頑張って頑張ってきました。
だけど、決して楽しんではいませんでした。

今、カウンセラーとしてたくさんの方とお話する中で、頑張ってきた人は本
当にたくさんいらっしゃいます。とても一生懸命で、その生き方は全力疾走
に近いほどです。
居場所がないといわれる方も本当に多くおられます。
だけど、私が居場所がないからと一生懸命だったとき、そこに「楽しさ」は
全くありませんでした。
今現在いっぱいいっぱいに頑張ってらっしゃる方、頑張るのをやめて、
楽しみませんか?
私は頑張らずに楽しめるようになったとき、ようやく自分の居場所を見つけ
ることが出来たように思います。
必死だった自分。
決して止まることをしなかった自分。
みっともないこともたくさんしたけれど、それはすべて私の今を支えていま
す。現在は舞台への誘いがあっても全て断っています。
15年もやっていたわけですから、もちろん懐かしく思うし、また舞台に立ち
たいと考えることもありますが、今はカウンセラーとして人と関わることと、
私が関わりたい全ての人たちとの関係が私の居場所です。

何十年もかかってしまったけれど、ようやく私が手に入れることができた、
私の大切な宝物です。


小川のりこ

投稿者 csadmin : 12:21

2004年10月18日

●女性にとって仕事をする事と『バランス』

私は、カウンセラーという仕事を始めて5年目になります。
その前は、約10年ほど、大病院で看護婦をしていました。

6年前に結婚をし、3歳になる娘が一人います。
産後は、約1年ほど休暇を取っていたのですが、1年もすると、産前に仕事を頂いてた会社より、私を求めて下さる声が聞こえてきたのと、私自身、子育てによる軽い鬱状態が見られ始めたので、これは母子共にとって良くないと思い、少しずつ仕事を再開する事にしました。

それでも、こどもというのは、母乳の免疫がきれる1歳になってからが大変って感じで、
仕事を始めても、急にこどもが熱を出しては、突然休まないとならず、そのたびに、職場にその旨を申し入れては、謝ってばかりしました。
そして、「どうして、謝ってばかりいないとならないのだろう?別に誰もいけない事をしているわけでもないのに、でも、とっても気分が悪い。どうして?」
と、自問自答することがとても多かった事を覚えています。

それから、こどもが熱を出すたびに、「女性である私が、休まないとならない」という思いで、私も主人も動いている事を発見した時には、驚きました。
私の主人は、「おれが生活の安定給、お前がその上乗せ給」という持論を持っています。
私も、最初は、「なるほど、この考えはユニークだし、女性にとって楽だナー」なんて、簡単に捉え、受け入れてきました。
でも、結果的には、子育てに関する事は、女性が中心になるんだーっていうサイクルがある事を知りました。
それまでも、後で思えば、感じていた事があって、産前の市から頂く案内で、
「どうして母親学級というのがあるのに、父親学級というはないんだろう?」
と思い、「母親学級に父親も連れていきたい。男性にも、妊娠中の女性の事や胎教について知ってもらいたい。」と市に申し出た事があります。
すると、「来てもらっていもいいけど、男性はいませんよ。」と言われ、夫婦で相談し、結局は私だけで参加していました。
友人に相談した所、現在では、両親学級としてやっている所も出来ていると聞きました。

もちろん、このような事に、なんの疑問を持たれない女性も多いと思います。
でも、私のように、結婚前に、夜勤までしてバリバリと働いていた人は少ないかもしれないけれど、ある意味で男性よりも威勢のいい女性は、ちょっと疑問に思う人も、少なくないのではないでしょうか?

人それぞれ、夫婦のバランスは違うと思います。
そして、仕事や出産に関する考え方も夫婦によっても、あるいは、各個人によっても違うでしょう。

でもね、今という時代は、仕事を辞めず、そのまま育児休暇後に職場復帰する人も多いと思います。
そして、仕事時間も、仕事内容も、男性と変らず持っている人も多いのではないでしょうか?
こういうタイプの人は、ある意味で負けん気も強いですから、「頑張ればなんとかなるのよ」なんて、頑張ってしまいがちです。
でも、その結果、夫婦間に問題を生じて離婚になってしまったり、体を壊してしまったり、心を壊してしまったり、こどもに問題が生じたり、と二次的な問題が出て来やすいようです。

このような結果のためか、現在では、こどもを持たないと恐れている方もいるのではないでしょうか?
また、表面意識に、こういう意識がないとしても、夫婦間でも、仕事や自分達のしたい事とのバランスを伺っているうちに、出産のチャンスを逃がしてしまい、その気がなくなってSEXレスになったり、その数年後には、パートナーが不倫してしまった、あるいは、その相手にこどもが出来たというご相談も、時々聞かれます。

また、ご相談を受けていると「こどもが出来て、夫婦ゲンカが多くなった。あんたが生まれたせいだよ。」と言われて育ち、それがトラウマとなっているという方がいます。
そして、この事が、自分がこどもを持つ事に関して、大きな恐れを作っている要因の一つだとわかり、問題が解決されていく事があります。

と、問題を言い出すと、きりがないくらい出てきます。

それでも、私は、こどもを持った事は、後悔するなんて事は、一度もありませんでした。
ほんと、こどもこそ、私達夫婦を助けてくれる天使に違いありません。
でも、「どうして、こんな想いをしなければならないんだろう?」と思った事は、きりがないほどあります。
私の大先輩で、国際的カウンセラーになって、今も世界を癒す旅に出ている女性がいます。
その方は、3人のお子さんがいて、一番下のお子さんが、6歳ですが、私の気持ちをよく理解して下さいます。
そして、「今まで大変だった事の半分は、こどもの事だった。私の給料は、全てベビーシッター代になったのよ。」と話してくれました。
それでも、その先輩は、そんな事は問題じゃないと思っている様子が、伝わってくる女性です。ちなみに、その女性は、社会的にも大成功されているご主人を、家事に関しては、何もしなかった段階から、今では、家事の全ての出来るご主人に変化させています。
私は、そのご主人とも、海外を一緒に旅する機会があったのですが、旅の最終日に、「今回の旅も、洗濯物は今着ている分だけにする事が出来た。毎日洗濯したんだよ。これで、妻に誉めてもらえるナー。」なんて、嬉しそうに言ってるのを見て、私は、とっても羨ましく思い、そして、いつか私も、そんなふうになってもらえるように亭主改造計画をしたいなーって思いました。

実は、私も、友人や娘関係のお母さん方からは、「ほんとに良いご主人ね、感謝して大事にしなきゃだめだよ。」と、お説教されるようによく言われます。
そうなんです、私も、亭主改造計画3年という計画を始め、もう2クール目に入りました。
3年後ごとに目標を決め、2クール目は、1クール目の反省を元に、手直ししたモノです。
やっぱり、家事や育児だけでは満足しない女性にとって、自分が今あるサイクルに飲み込まれない事が大切だと思います。
そして、夫婦や家族のバランスや、夫婦の目指す道が必要だと思います。
そのためには、コミュニケーションも大切ですね。
どんな側面でも、誰との関係でも被害者にならず、そして、この社会において女性としての価値も失わない、そんな生き方をしたいし、そんな事を望む女性を心よりサポートしていきたと思っています。
女性のみなさんも、女性を応援する男性方も、みんなで勝てるサイクルを目指しましょう!!

深澤 三津子

投稿者 csadmin : 12:00

2004年10月16日

◇演奏

私は昔、音楽を演奏するのが大好きでした。
小学校のころからマーチングドラムをたたき、中学校に入ると吹奏楽部で
パーカッションをたたいておりました。
また、姉の影響で琴や和太鼓なんかもしてました。
高校に入ると、今度はクラリネットを始め、社会人になってからはサックス
もやってました。
また、それと平行してギターを習ったり、エレクトーンを習ったり、ポピュ
ラーピアノを習ったり、いろんなことをしましたね。
まあ、とにかく演奏するのは今でも大好きです。

楽器屋さんの前を通ると、つい足を止めて、いろんな楽器に見とれてしまい
ます。
そして、触ってもいい楽器があれば、ひたすら音を出して楽しんでいます。
以前知り合いがインド楽器のタブラを習っていて、たたかせてもらったことが
あるのですが、難しかったですね。
なかなか音が出ないんですよ。
そのうち腕がつったりして、持ち主いわく
「音がちゃんと出せるまでに2〜3年はかかりますよ」
といわれました。
でも、ちょっとでも音が出ると楽しくて楽しくて、欲しくなったりしました。

今は自宅に、なぜかスリランカの太鼓が一つあります。
フリーマーケットでスリランカの留学生から譲り受けたのですが、ごくたまに
たたいて遊んだりしています。
この太鼓も変わっていて、ヒモがついているのですが、これを足に通します。
そして、ひざの辺りで太鼓を固定して、両手でたたくんですよ。
またこれも変な音がするんですよ。
でも、楽しいので時々たたいて、妻に嫌な顔されたりします。

今回、なぜこんなことを書いているのかというと、最近クライアントさんから
「また演奏しないんですか?」
ということをよくいわれるようになったんです。
そして、ふと気づいたのですが、ずいぶん長いこと演奏することから遠ざかっ
ているんですよ。
あんなに楽しかった楽器の演奏を、何でやらなくなったんだろうって。

演奏しなくなったのは今から11年前になります。
その頃の私は、すごく自暴自棄になっていて、自分を楽しませることを許可し
ていませんでした。
すごく自分が嫌いだったんです。
「誰が自分に楽しさを与えてやるもんか!」
というくらい、自分を厳しく扱っていた時期でした。
今の私からは想像できないくらい、当時は本当に悲惨な状態でしたね。
その時以来、楽器を演奏することはしていません。

楽器を演奏することの思い出は、楽しさとつらさが両方ありました。
楽しさの方は、一人ひとり違う楽器が一つの曲を作っていく、そんな楽しさが
ありました。
クラブで演奏会を開いたり、コンクールに出たり、バンドに参加したり、みん
なで音楽を作る楽しさが何とも言えませんでしたね。

つらいこともいっぱいありました。
独りでひたすら基礎練習をしたり、本番でミスをしたり、いちばんひどかった
のは楽器を忘れたこともありましたね。
演奏会場で
「おい! 楽器あらへんぞ! どこいったんや!」
「そういえば、高速走っているときに、楽器積んだトラックが路肩に止まって、
荷物積み直してたで」
なんと、高速道路に楽器を置き忘れてきたんですよ。
大慌てでした。

久々に思い返すと、自分の人生の3分の1が楽器とともにあったんですよね。
また演奏したいという気持ちもありますし、ブランクでなかなか踏み出せない
という気持ちもあります。
どうせ始めるなら新しい楽器をやりたいなというのもあります。
今演奏してみたいのは胡弓ですね。

今は楽器を演奏しなくても楽しい日々が増えましたが、今楽器を始めても、楽
しい日々はもっと楽しくなるだろうなとも感じます。
「今よりももっと楽しい人生」
すてきだと思いませんか?
そして、そんな人生を、自分に与えてみませんか?


中原謙一

投稿者 csadmin : 12:08

2004年10月11日

●60点満点

「60点で100点満点と同じに認めてあげてね。」
これは、僕が昔、サラリーマン時代に悩みを抱えた時、ある人から教わったこ
とでした。

僕は、学校を出たての頃、ある宿泊施設に入社しました。配属されたのは、フ
ロントで、沢山のパートやアルバイトの人たちが働いてました。

「非常勤のパート・アルバイトさんたちから見たら、正社員で入ったあなたは
上司として見られますから、そのつもりで自覚を持って、がんばってください
ね。」

当時は、仕事を覚えるだけでも大変な上に、上司として自覚を持てと言われて
も、戸惑うばかりでした。でも、頼りないと思われることを怖がって、わから
ないことを自分から聞く勇気もなかった僕は、体裁をつくろうだけの人になり
ました。

仕事の流れをつかんだ頃には、日常業務の流れに支障のない、人の失敗でさえ
も、重箱のスミをつつくがごとく怒ったり、責めたりする、イヤな人と化して
ました。今、思えば「今度から気をつけましょうね。」と、穏やかに言えばす
むことなのに。

わからないことを聞かれたら「そんなもの自分で考えてから、こっちへ伺いた
てろよっ!」と突き放したり、、、。

そんな僕を見て、バイトさんたちやパートさんたちは、ただ怖がるばかりでし
た。

しかし、そんなある日、ひとりのパートさんがついにキレました。

「100点満点のテストで99点なら、0点と同じみたいな態度をとられたら
気が張り詰めっぱなしで、やってられないわよっ!!」

「、、、。」

僕には、かえす言葉がありませんでした。

悩んだ末にたどりついたのは、同じような悩みを抱えた人の集まりでした。そ
こで、ある年配の方が次のように教えてくださいました。

「ムカイさん、あなたは御自分に100点満点の完璧さを求めてませんか?御
自身に完璧さを求めすぎたら、御自身以外の方にも、その完璧さを求めてしま
うものなんですよ。で、あなたは人に求めるほど、御自分が完璧にできるんで
すか?」

「アルバイト・パートさんたち、つまりあなたの下で働いてる人たちの御仕事
ぶりを見る時は、100点満点のテストなら60点でOKにしてあげたらどう
でしょう。60点で100点満点と同じように見てあげてはいかがですか?い
わば、60点満点です。」

「60点の目安は、日々のお仕事の切り盛りに、必要なポイントをおさえるこ
と。つまり日常業務が滞りなくすすめば、それでいいじゃないですか。もし、
残りの40点分を求めるなら、それは余裕があるときにお願いすればいいじゃ
ないですか。」

当時の僕は、体裁をとりつくろう内に、100点の完璧な人でいようとして、
それがいつのまにか、周囲の人たちにも完璧さを求めて、、ギスギスした感じ
を与えていたとは、、、思わなかったんですね。

完璧を求めることだけはやめようと決めたら、まわりの人たちは、はじめはビ
ックリしたようです。しかし、次第にビクビクしながら僕に接していた人たち
の雰囲気が穏やかになったのは、驚きで、貴重な体験でした。


100点を求めるよりも、60点でもいいと思えたら、その気持ちでゆとりを
持って、人に接することができるんですよね。

さらにそこで「よくがんばったね。」ってひとこと言ってあげられたら、ほめ
てもらえた人は「さあ、また次もがんばろう」って、意気に感じるんじゃない
でしょうか?

リーダーシップをおとりになる立場の方で「つい、相手の人に完璧さを求めて
しまいがちで上手くいかない。」とおっしゃる方には、この「60点満点」の
視点を取り入れられてみてはいかがでしょう?

投稿者 csadmin : 01:51

2004年10月 9日

◇結婚式

秋は結婚式のシーズンですね。
街に出かけるとときどき、結婚式を挙げているところに出くわすことがあり
ますが、幸せそうなカップルを見るとこちらまで幸せな気持ちになります。

私が結婚式を挙げたのもちょうど2年前の今頃でした。
うちのあちこちの壁には、結婚式のときの写真が貼ってあるので、よくそれ
を眺めては、あの日の幸せな気持ちを思い出しています。
夫婦ゲンカをしたときや落ち込んでるときやなどには、写真のおかげでずい
ぶん励まされました。これは、結構おすすめです(*^^)v

結婚式に関しては、準備からその後まで、気づくこと、学ぶことがたくさん
あり、たいへんだったけどやってよかったなぁと思っています。

結婚式で特によかったなぁと思ったのは、「受け取ること」と「感謝するこ
と」ができたこと。どちらも大切なことだと日ごろからわかっているのです
が、恥ずかしかったり、一歩踏み出せなかったりで、なかなかできていない
ことなのです。でも、この日ばかりは、特別な雰囲気のおかげで苦労なくで
きました。

結婚式は受け取ることの連続。「おめでとう」の言葉や、お祝いをたくさん
もらいました。「いや・・・そんな・・・申し訳ない」と言いたい気持ちが出てく
るのをぐっとこらえて「ありがとう!!」というのは、とってもいい受け取る
レッスンになりました。
それに、結婚式当日は、会場のスタッフから、丁重に扱われ(なんと、この
年でも「お嬢さん」と呼ばれるんですよ(笑))、司会者からはほめたたえら
れ、招待客の方からは「きれい〜」とか「すてき〜」といっぱい言ってもら
いました。
「ドレスが?化粧が?」などとつっこみを入れないで、ニッコリ「ありがと
う!!」というのは、まさしくお姫様気分。
1日中受け取り続けたおかげで、それ以来、ちょっとは受け取り慣れたかなぁ
などと思っています。

それだけ受け取っていると、私から出てくるのは感謝の気持ちだけなんです
よね。
この日、何回「ありがとう」と言ったのか覚えていませんが、本当にいっぱ
いいっぱい「ありがとう」って言いたかったです。
家族をはじめ、先生、上司、友達・・・お祝いに来てくれたみんなが支えてくれ
たからこの日があるんだなぁと心から感謝できたし、それを伝えることもで
きました。
こんなことを思うのは、卒業式か結婚式くらいですね(^^)
結婚式って、それまでの自分から卒業して、夫婦として出発するためのセレ
モニーなのかもしれません。

結婚記念日は、結婚式のときのこんな気持ちを思い出すための日なのかもし
れませんね。
すてきな思い出に励まされて、また1年、パートナーシップを育てていきた
いと思います。


前田紀美子

投稿者 csadmin : 12:05

2004年10月 4日

●マイブーム

最近カウンセラーの中では、温泉がはやっています。

皆さんは、何かマイブームのようなものがありますか?

私は今、囲碁に凝っています。

もともとはアニメ「ヒカルの碁」を見て影響されました。

最初はただ見ていただけなのですが、気がつけば碁をうちたくてうずうずしてしまい、結局どっぷりはまっています。

妻は「あんたは小中学生か!」と言いつつも、私のためにポケット囲碁(490円)を買ってくれました。

このポケット囲碁が重宝しています。

カウンセリングの合間に、本を見ながらうち方の勉強をしています。

独りでぶつぶつ言いながら
「ここでこううったら、こうとられるんだよね。」

「ここにうったら・・・そうか!全部白がだめになるんだ!」

よく面談ルームの控室でこんなこと言ってますから、ほかのカウンセラーからすると不気味に見えるかもしれませんし、妻も「何言ってるの?」と最近よく言います。

しかも、「ヒカルの碁」のDVDもまとめて購入しました。
今や私の心のバイブルとなりつつあります。

さらに、パソコンの囲碁ソフトも購入し、パソコンで9路盤(初心者用の碁盤)を使って毎日勝負を挑んでおります。

ネット囲碁への参戦も考えています。

ただ、なかなか勝つことができません。

試合ができるようになるまでにはなかなか時間がかかりますね。

奥の深いゲームです。

でも、先日面白いことがありました。

妻の実家に遊びに行ったとき、テレビの調子が悪いということで私が配線を見ていました。
配線チェックが終わってテレビをつけてみたら、ちょうど囲碁の番組をやっていたんです。

いやあ、まじめに見てしまいましたね。

昔なら「何でこんなつまらない番組をやっているんだ。誰も見ないのに無駄なことを」なんて思っていたのですが、今はそれを真剣に見ていて、そしてちゃんと問題を解いている自分がいるんですよ。

人間変わると面白いくらい変わりますね。

そしてもう一つ、面白いことに気がつきました。

碁石のうち方に自分のパターンが出ているんですよ。

どうしても勝てない理由に「詰めが甘い」というのがあるのですが、それがそのまま私のパターンでした。

これを教えてくれたのも妻で、
「練習と実践が結びついてないのもあんたのパターンやろ。」
とズバリと言われてしまいました。

さらに妻いわく
「普段ずっとカウンセリングしてたら、日常との切り替えがうまくいかないときもあるからね。たまには頭使う遊びもいい気分転換になるでしょう。」

やはりいいことを言いますね。

たとえどんなに好きなことでも、根を詰めすぎると行き詰まって煮詰まってしまいます。

そんなとき、気分転換があればずいぶん違いますよね。

熱中することは悪いことではありませんし、熱中できるものをもてるのはいいことだと思います。

ただ、それだけではしんどいし、燃え尽きてしまうかもしれません。

煮詰まって考え方が堅くなってしまい、どうしても抜けられなくなるかもしれません。

そんなとき、気分転換になる何か、楽しめる何か。

そんなものがあれば、以外と煮詰まっていることに対しても答えが出るかもしれませんよ。

それが旅行でもスポーツでも健康グッズでも温泉でもゲームでも料理でもガンダムでもアニメでも釣りでも、何でもいいと思います。

さだまさしの曲に「しらみ騒動」というのがあるのですが、この中でさだまさしが
「いい曲が作れなくて煮詰まってしまって、気分転換に「そうだ!曲を作ろう!」」
といっています。

そんなことでもいいんですよね。

熱中できる「何か」と気分転換できる「何か」。

その両方を、持ってみませんか?

投稿者 csadmin : 12:00

2004年10月 1日

◇初 恋

初めての恋・・僕はちょうど中学一年生でした。

あの頃って、僕の印象では、男の子より女の子の方がはるかに成長が早かっ
たようで、女の子は「○○先輩がかっこいい〜」とか「○○君ってシャイよ
ね〜」としきりに恋や異性の話をしていました。
男の子は、もっぱらガンダム派と宇宙戦艦ヤマト派に別れてアニメ論争。
男女の話では、恋を通り越してオールナイトニッポン(当事の深夜放送)の話
題ばっかり。どうも恋については、恥ずかしさが勝っていてまだまだ向かい
会えないような状態でした。

だから周りで始まる恋愛も、女の子が積極的になっていた様で・・・
そんなとき、僕にも一人の女の子が近づいてきてくれて、お付き合いが始ま
りました。

”お付き合い”と言っても、うぶな僕はデートに誘うわけでもなく、時々一
緒に学校から帰るぐらいでした。
メールすら無い時代だったので、コミュニケーションは、交換日記!!(笑)
ブルーの表紙でちゃんと鍵がかかる日記帳なんですよ。ひとつずつその鍵を
持ってね。

恥ずがしさがいっぱいの僕は、いつも「はい、書いてきたよ」って無愛想に
渡すだけでした。
だけど本当は、日記帳を持ち帰った日には、今日あった出来事や、好きな音
楽や、将来のことや、恋について、何回も何回も文章を書き直して、絵まで
描いたり・・・いつも明け方までかかって書き上げてたんですよね(笑)

そんな”お付き合い”も半年ぐらいで終わったんだけど、彼女は生まれて始
めて僕に”好き”て感情を感じさせてくれた人でした。

一人で電車に乗って窓の外の流れ行く景色を眺めているとき、夜、自分の
部屋から星空を見上げたときに、ふと彼女のことを思い出しては、胸があた
たかくなるようなあの感じ。
何よりも家族以外で僕の事を”知っていてくれている”存在。
そんな人がこの世の中にいてくれるって言う嬉しさ。
いつも僕には誰かがいるっていう豊かさ。
そんな感情が、僕の初めての恋でした。

それから今まで、あの感情、あの気持ちを幾度となく経験してきたけれど、
今そばにいてくれている僕の奥さんにも、間違いなくあの気持ちでいっぱい
だったんですよね。普段一緒に暮らしていると忘れがちですが。
”彼女の存在がただ嬉しい”

今日もタンスの中を整理してた奥さんが、僕達が出会った頃の手紙を見つけ
てしまって(笑)、嬉しそうに初めて僕が書いた手紙を持ってきたんです。
恥ずかしくて読むのもためらったんですが、それを書いてる僕は、まちがい
なく”恋”をしていたんですよね。”彼女の存在がただ嬉しい”って言うあ
の感じ。

今、人生にパートナーがいる人も、これからパートナーに出会う人も、今も
僕達の心の中にある”あの感じ”、恥ずかしくて心の奥にしまいこんでるか
も知れない ”あの感じ”、だけど今も必ず心のどこかにある”あの感じ”
をずっと大切にしていきたいですよね。

※吉原 直人は2007/6月でカウンセリングサービスを退会しました。

投稿者 csadmin : 11:52