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2004年2月27日

◇出会いに感謝

もうすぐ3月ですね。
この時期は出会いと別れがたくさんありますよね(^^)

私も、未だに忘れられない印象的な出会いがあります。

四月に入学する学校の説明会へと向かう途中だったのですが、
3月も終わろうとしているのに、その年は東京に大雪が降ったん
ですね。

雪が解けた道はドロドロで、、校門手前の道はとても歩けそうに
ない状態でした。(なぜかそこだけだったんですけど・・・ ^^;)

何も考えずに普通の靴で来てしまっていたのでどうしよう・・・?
壁に上がって、壁伝いに行くしかないかなぁ・・・などと思案中でした。

結局ほとんどの人がそれを選択していました。
低い壁なのですが、そこに上がり、柵につかまりながら、
その大きな水溜りを避けて校門まで・・・

その時、たまたま隣を移動していたのが、後に親友となる彼女だったんです。

こんな時、人は周りの人と連帯感を持つものなんですよ。(^^)
制服から、同じ市内の隣の中学だとは分かっていたのですが、
お互いにそこには触れずに、交わした会話はたった一言程度だったんです。

それでも、どこかお互いに妙に印象に残っていたんでしょうね。

彼女とは1年後に同じクラスになりました。
そこでのお互いの印象は、どちらかというと「話しにくい」という感じだったの
ですが、どこか、なんとなく引き合うものが・・・・・
「あの時のあの子なのかな〜?」と思っている部分だったのでしょうか?
それでも、しっかりとした確証はなく、日々はただ過ぎて行きました。

ある日、彼女と「隣の中学なんだね」と言う話をしていた時、
意を決した彼女の方からその時の話が出ました。
彼女はそれを確かめる時をずっと待っていたようです。

二人の疑問は解決し、クリアになりました。
やっぱり、あの時の人でした!

1年と少しの時間を経て、やっと再会?した私たちは、
まるで運命付けられていたかのように、たくさん支えあったり
楽しみを分かち合う事となりました。

もし、あの時の一言の会話の記憶がなければ、多分仲良くは
ならなかったんじゃないかな・・・と、お互いに思っています。

これだけの長い日々を振り返って思います。

 あの時、居てくれてありがとう

と。そして長い間一緒に居てくれてありがとうと思います。

大人になって、時代が変わり、今では『距離感』と言うものもなくなって
きつつありますが・・・
いろんな時を過ごした昔を思い出しながら、出会いと別れがあるこの時期に
大切なお友達に“感謝の気持ち”を伝えてみるのもいいのかもしれませんね。

by 渡辺晴美

投稿者 csadmin : 11:13

2004年2月23日

●Pastral Myth 〜伝えられてきたお話〜

何となく、相手の気持ちを感じたり察したりすることがありませんか?

私は子供のころから両親に「気配り」を教えられてきました。思ってみれば父と母の教えてくれたことは少々異なるのです。母は、「お茶」と言われる前にお茶を出す、といった類のことをよく私に言っていたように思います。これがまた苦手で…母と台所に立つと、「あそこの棚の中からあれとあれを取って、そのお皿に並べて」…どの棚のどの段の、どの食品や調味料なのか、などということをゆめゆめ言ってはならないのです。聞こうものなら「そんなことわからへんのっ」「もうよろしい」ということになり、修羅場を見ます(おおげさか)。でも、妹はとってもうまいんです、何を言っているのかを把握するのも、わからないときに聞き返すのも。うーん。末っ子の才能だ、なんて私は思うのです。

 妹とは年齢が離れています。妹は私から見ると甘え上手です。彼女自身はそう思っていないと思うのですが、長女の私から見るとずいぶん違います。妹が母の「あれ」「それ」を感じるのがうまいのはこのことともしや関係があるのか?と考えてみました。
すると、甘えていいタイミング、ということにすごく上手に気づいているように感じました。一方で私はほんまに甘えべた。

「甘える」という言葉は私の辞書にはない。

なんて言いはしませんでしたが、誰かに甘えたりおねだりをすることは本当に苦手でした。なので、わかってくれない〜〜〜って気持ちになることも多かったな。これは今もかもしれません。まさに、「三つ子の魂百までも」です(笑)。そう、妹はタイミングもいいけれど、欲しい物についての表現が上手だったのかもしれません。どちらかというと弟もそうだったと思うんです。一方で私は、ほしいものは自分で何とかするの、って言うタイプでした。…今も、まだ、そう、かな。

 人は愛されるように生まれてきているな、と子供のころから思っていました。と言うのは私の家族は私を筆頭に年子の弟、8年あいて妹そして両親なんですね。一番初めにやってきた私、性別の違う年子の弟、年の離れた妹。親はどの子もかわいいと思うんだけど、それぞれに何らかの「目新しさ」があるな、と子供の時代の私は思っていたのかも知れません。

長女の私はお腹の中にいる時には「チユー太郎」と呼ばれていました、覚えているわけじゃないけど。子年生まれだからです。(計算しないでね〜。)私が生まれて女の子だったことに両親はどう思ったのか、、、がっかりしたのかなあ?という思いもあったのですが、母によるとこんなエピソードがあります。

 私が生まれた当時にはネズミが天井裏を走っていることがあたりまえでした。ある朝起きてみると赤ん坊の私の指先が血で滲んでいたそうなんです。赤ん坊っておっぱいの匂いがしますからね、ネズミはきっとそそられたんでしょうね。父は激怒し、ねずみ捕りの罠をしかけました。かかったネズミの指先?をはさみでちょん、、、そして水攻めにしたのだそうです。「うちの大事な娘をよくも齧ったな!!」と。残酷ではあるのですが、父が私をどんなにかわいがっていたかを子供心に感じざるを得ないエピソードです。

 確かに父は子煩悩、と言われるタイプの人だったけど、この話にはさすがの私も降参でした。笑っちゃいますよね。

 母はこんな風に、父と私たちとの間をつないでくれていたんだな、と思います。頑固でワンマンなくそ親父、だけにならないでいたのはこんなことがあったのも要因だと思うんです。それに父にはお茶目でかわいいところがたくさんありましたし。

 一方で父が教えてくれた気配り、というのはこんな感じです。

 「洗面所やトイレにいって、汚れていたら黙って片付ける。次の人が気分良く使えるように、と。まあ、自分の手くらいは洗えば良いんやから。」

 それともう一つは、「気難しい、人が煙たがる人に近づいていくんや。なかなか勉強になるで。」ということ。つまり、心理学的にいえばシャドーを統合する、ということになります。うーん。今思い出しても味わい深いものがあるなあ、と思うんですよね。実際父は実行していたようです。また父自身、仕事はできるけどワンマンで頑固で、時には厳しいことを言う人でしたから、煙たがっている人もいたかもしれません。

 こんな両親のもとに生まれ育った私、現在にいたります。

 「三つ子の魂百までも」「親の背中を見て育つ」 …なんて趣のある言葉なんだ(笑)。

 自分のしていること、問題、変えたいこと、ネガティブなことばかりじゃなく、何かのときに思い出すことがあるのです。自分がここにいること、誰が何をしてくれたのか、どんな愛情を受け取っている(きた)のか。年のせいなのか?仕事のせいなのか、振り返ることも多くなってきました。

 息子たちに私は何を伝えられているだろう。息子たちは何を感じているんだろう。

 時にはそう思います。話をする機会も時間もすっかり少なくなりましたが、彼らの核にある思いは時々話してくれます。目の高さが「親らしく」ないというのは自覚しているのですが(物理的にも、ですね。笑。)、ちょっと(だいぶ)年上の友達という感覚もありながら、でもやっぱり権威も使います。ミドルティーンの彼らは、私から見るとまったく理解に苦しむことが少なくないのですが、おそらく逆もまた真なり、ということなのでしょうね。ありきたりというよりこんな家族もいるのか、というタイプかもしれないけど。

 父や母にもらったものを私なりに子供たちやいろんな人に伝えていけたら、また新しい芽が出るんじゃないかなって思うんです。そしてつながって大地を埋めていく…これがいろんな所から始まって地球を覆っていく…なんてことを考えるんです。人って生まれてきた意味を一人一人持っているんですよね。

中村ともみ

投稿者 csadmin : 11:12

2004年2月20日

◇可能性

友人がメイクアップアーチストになり、勉強のためにもお試しメイクを
行っているので是非行ってみない?と誘われました。
フルメイクをしたらどんなに変われるんだろう??私も女性ですから変身願望は
強いんですよね。そういう楽しみもあり心はワクワク。

メイクと言えば、20代のころはいろいろ頑張った頃もあったんですが、
中盤から全くしなくなったり、今では年齢を重ねるにつれてやばいので(笑)
ファンデーションと口紅だけとか、ある程度だけつけておけばいいや・・
というような状態。
特にマスカラは、睫毛が「マスカラつけてますよ!」と主張しているような
感覚が苦手だったり、ましてやアイラインなんて・・。
私を知っている人はわかると思いますが、顔が小さく目が寄っていて(^_^;)
黒目が白いところに比べて大きいようなので眼パンダになるのが嫌で
つけないようにしています。・・だってすごいんですもん(笑)

そういった話なども含めてその友人に話したところ、
「雑誌などに掲載されているメイクの方法とかあるけど、自分の顔を知らないで
同じようにやっても綺麗になれるわけがない。自分の顔のバランスなどをしっかり
理解して、それにあったメイクをすることで違った印象になれるよ。」
と言ってくれたのです。

確かにそうだよね〜、ついついアイラインは目頭からきっちりいれてこんな風に
書くものだ、と思い込みがあるから、その理想顔に合わない私の顔は変に見えて
当たり前なんだよね〜と納得したものでした。

そしてマスカラもアイラインも引いてもらいながら完成した自分の顔を見た時、
こんな風になってしまう!という印象が崩れ去ってしまいました。
「私メイクを頑張ってますよ!」というような顔じゃなく、ナチュラルに近く、
それでいて綺麗にすっきり見える顔。(なんだか自画自賛のようですが)
これだったら全く問題ないじゃないの!って。
おかげで新しい領域にトライする気持ちになり、ついメイク商品を購入して
しまったんですけどね。

心理学でも昔に傷ついてしまった体験から「これだけは嫌!」といった思い込みが
作られることがあります。
カウンセリングなどでもお話することもよくありますが、起こったことは
事実だったとしても、そのせいで上手くいく可能性を消し去ってしまうのは
もったいないことです。

「あの時はこうやって駄目だった。でも今度はこんな風にしてみたら
 どうなるんだろう?」
自分の考え方の幅を広げ、柔軟性を持って考えることで上手くいく秘訣に
なれるのでしょう。

メイクをしてもらっている最中に、どうしてメイクに興味を持ち勉強していく
気持ちになったのかを聞いたんです。
「自分はそんなに美人でもないからどうやったら綺麗に見せることが出来るのか?
そう思ってメイクの技術を身につけたいと思ったの。いい出会いが会ったとしても
最初はやっぱり相手の顔から入るし、性格がいくらよくても最初の印象で自分に
興味を持ってもらえなかったら意味がないし。それにせっかくオンナとして
生まれたんだし、自分を売り込む為、自分を見つけてもらう為にもメイクを
頑張ろう、って思ったの。」
そんな風に語ってくれる彼女はとっても輝いていました。

メイクに限らず社会に出ると、自分の主張をしなければ理解してもらえず
難しいことも出てきたりしますし、感情面でも表現が乏しかったり言いたいことを
詰まらせてしまうと、何を考えているのかわからない人だと思われることも
あるでしょう。
そのような状態になる理由は沢山あります。
でも、「どうでもいい」と思ってしまえばそこで止まってしまいます。
どんな可能性もゼロでしかない。

わかってもらえない、見てもらえない。
この状態でいいと思っているのか?本当にどうでもいいと思っているのか?と
改めて問いかけてみればそうではないはず。
そういったあきらめの思いを大事にするのではなく、わかってもらいたい、
見てもらいたい、その気持ちを大切にしてあげることがスタート地点。
そこから可能性はいくらでも広げられるのです。

by 中野知枝

投稿者 csadmin : 11:11

2004年2月16日

●幸せな出会いは自己概念から

ある日“骨休みに、何にもしない、のんびりした一人旅がしたいなぁ〜”と思いながら
旅行雑誌を見ていると、『ピピ島・プーケット8日間の旅』というのがあったので
「これだっ!」と思い、休暇をとって行くことにしました。

今回はその一人旅で出会った人たちのことをお話します。


ピピ島にはホテルとビーチ以外に2、3軒の飲食店と売店があるだけで、
他には何にもないところでした。
ホテルの部屋にはテレビさえありませんでした。

あまりに何にもないところだったので、“何かすることはないかなー”と考えながら
ぶらぶらビーチを歩いていると

「一緒にビールでも飲みませんか?」

と日本語で男の人の声がしました。
振り向くと、金髪の日本人のお兄ちゃんが
ダイブショップの前で座ってビールを飲んでいました。

その声に誘われて、ふらふらとダイブショップの方へ歩いて行くと
彼は海を見ながらビールが飲めるようにと、椅子を一脚出してくれました。

そして「いや〜こっちにきて2年、スキューバダイビングの仕事をしててね・・」といった
身の上話や世間話をしてくれました。
おかげで楽しい時間を過ごすことができました。

その後もピピ島で何日間かを過ごし、次にプーケットに移動しました。
プーケット到着日は、ちょうどタイ国王であるラマ9世の誕生日でした。

現地の人々は手に手にローソクを持ち、王様の誕生日をお祝いしていました。
僕はそんな人々を眺めながら一人で歩いていました。
そして口寂しくなってポケットからガムを取り出した時です。

「私にもちょうだい。」
現地の見ず知らずのおばちゃんがそう言いながら手を伸ばしてきました。

ちょっとびっくりしながらも「いいよー。」とガムをあげると、そのおばちゃんは
「王様の誕生日で私たちもぶらぶらしているの。一緒に歩こう。」
僕は英語能力があまりないのでなんとなくしか理解できませんでしたが、
たぶんそんなことを言っていたんだと思います。

“海外で見ず知らずの人について行くなんて、大丈夫かな・・・?”
そう思いながら改めておばちゃんを見てみたんですが、
人のよさそうな方だったので
“まぁ、いっか。”と思いおばちゃんと一緒に町を歩くことにしました。
おばちゃんの他に3人の若者も一緒でした。

バーのオーナーをしているおばちゃんと、
ヘアーサロンを経営している女の子と従業員の男の子、
それにマッサージ師の女の子という組み合わせでした。
4人は近所に住んでいる仲間とのことでした。

その4人組とおばちゃんお勧めの屋台に飲みに行くことになり、
そこでタイ料理のことやタイでの乾杯の音頭、
その他いろんなことを教えてもらい、みんなで楽しく過ごしました。

あくる日も一緒に遊んでもらえることになり、
またあくる日もバイクでお勧めのビーチに連れて行ってもらったり
おばちゃんの赤ちゃんを見せてもらったりと、楽しい時間を過ごしました。

おばちゃん曰く、その子は45歳の時に授かった赤ちゃんだったんですが
バーを経営していたため普通の妊婦さんより多くのアルコールを飲んでいたそうです。
そのため胎児の状態はかなり危なく、生まれたときは1,500gしかなかったそうです。
「この子が産まれた時、私もう、心配で心配で・・・。」そんなことも言っていました。

でも今その子はすくすくと育っており、
「人生には奇跡みたいなことってあるのよね〜。」と話してくれました。
それは日本から遠く離れた異国の地で聞いた、心暖まるお話でした。


こうして楽しい休暇も終わり、日本に帰ってから
ピピ島とプーケットでそんな素敵な出会いがあったことを友人に話すと
「現地の人に声をかけられてそのままついて行くなんて、騙されるとか
危ないとか思わんかったん?」と聞かれました。

・・・そうなんですよねぇ。
確かに僕もそう思ったんですが、
“でも、大丈夫だろう。
  もし危ない目に遭いそうになったら、すぐにその場を立ち去ったらいいやー”って
思ったんですね。

でも、“なんで何の根拠もなく僕は大丈夫だろうって思えたんだろう?”って考えてみたんです。
すると一つの答えが出てきました。

それは、僕の自己概念の一つに
『僕はどこに行っても周りの人に可愛がってもらえる』というのがあったからなんです。
その自己概念があったからこそ、ピピ島やプーケットで現地の人に声をかけられた時も
『きっと僕のことを気に入ってくれる、遊んでもらえる。だから大丈夫だろう』と
心のどこかで思えたんです。

もし僕の自己概念が『僕はどこに行っても周りの人から嫌われる。』だったら
たとえ現地の人が好意で声をかけてきてくれても、
『なんで僕なんかに声をかけるんだろう?なんで優しくしてくれるんだろう?』
『あやしい・・・新手のキャッチセールスか?!』
と思っていたでしょうね。(笑)


「心が現実を作る」とは、よく言ったものです。
普段自分がどんな考えを持っているのか、自分のことをどう思っているかによって
現実社会で得る結果が違ってくると心理学では見ていくのですが、
今回の体験はまさにその良い例となりました。

みなさんは、自分のことをどんな風に思っていますか?
自分には、どんな自己概念があると思いますか?
例えば『自分は周りの人から嫌われる』などといった
現実社会で妨げになっているネガティブな自己概念はありませんか?

心のあり方ひとつで現実社会で得られる結果が違ってくるのなら、
そうしたネガティブな自己概念は手放して
『自分は周りの人から可愛がってもらえる』といった
ポジティブな自己概念を見つけていく方が、
より多くの「幸せ」を感じられるようになるのではないでしょうか。


いやーほんまにいい旅行になりました!
今回の旅行で親切にしてくれた人たちに、僕は感謝の気持ちでいっぱいです。

原裕輝

投稿者 csadmin : 11:10

2004年2月13日

◇アカウンタビリティーってなんじゃ?

アカウンタビリティーって何でしょう?

難しい用語です。

こいつは、

「自分の身の回りに起こったことは、自分の選択で起こった事であると認識する
 こと」

だそうです。

なんだと!?
そんなわけあるか!!

って感じですよね?

「100%責任をもつ」という意味でもあるそうです。

自分に責任がないことだってある!!

って感じですよね?


でも、この法則は癒しの原則とも言われます。

じゃあ、あいつが自分を傷つけたのは、自分のせいだっていうのか!?

そうしないと、癒されないの!?そんなのきつい〜!!

って感じですね。


この用語のもつ意味はとっても重く感じるのが普通かもしれません。
責任を持つ、というのは、誰だって重いですから。


僕にとっても、この「責任」ってすごく嫌いな言葉の一つでした。

それは、なぜかって言うと。。。

たとえば、責任をとるということが、まるで、何かを背負い込むような感覚
って、皆さんにはないですか?

なかったらそれは多分、あなたがすでに、このアカウンタビリティーの法則
の元、自分の人生を生きておられる証しです。

僕にとっては、責任をとるっていうのは、なんだか罪滅ぼしの感覚ととっても
くっついていたんです。

自分の罪悪感と、責任が、ごっちゃになってたわけですね。


僕の飽くなき研究の結果、実は、その部分の責任と、ここで言う、「責任」
とはまたちがっているようです。


ここでいう、「責任」とは、「自分の人生」についてのことみたいです。

どういうことかというと、
「自分の人生について、100%の責任をもつ」
ということみたいです。


僕は、この法則をこうとらえるわけです。。。


たとえ、どんなに、今までがひどい人生だったとしても、また、誰かに傷つけられたとしても、
失敗がいくらあったとしても、自分次第でいくらでも変えようがある、と、本当の意味で気づくこと。


もし、こうだったらどうでしょう?

すべてはこれからの自分次第だってことで、とってもポジティブ且つ、希望に満ち溢れた法則になりはしないでしょうか?

つまり、アカウンタビリティーの法則、これにしたがって生きる、自分の人生に責任をもつという、真の意味は、

「自分の人生をいかようにも変えうる『自由』を自分に許すこと」

ということになると僕は思うわけです。


もし、本当の意味がこうなら、確かに癒しの原則かもしれません。


でも、この法則にしたがって生きるというのは、言うは易し、行うは難しの世界です。


実際、とっても難しいです。

でも、その分、チャレンジのしがいのある生き方です。

だって、自分に、最高の「自由」を許していこう、という生き方なわけですから。

でも、「責任 = 自由」だなんて、やっぱり心理学用語はややこしいですね。

by 田村厚志

投稿者 csadmin : 11:09

2004年2月 9日

●ちょこちょこちょこの日

ちょこ。お好きですか?
私はそりゃもお鼻血出るほど好きです。
そして2月。
2月といえばバレンタインデー♪
私は今年も自分用に買ってしまうでしょう。

もとは昔のローマのバレンティヌス司祭が、その頃の皇帝クラウディウスによって禁止されていた兵士の結婚を
無視して結婚式を内密に執り行い、それがばれてバレンティヌス司祭は処刑されたというお話が、日本の
モロゾフ、その他お菓子メーカーが単純に恋人にチョコを送る日と宣伝し有名になったそうですが…。

日本人にとって、バレンティヌスさんの命を懸けた愛のキューピットは全然無視されてます…。

私も最近までそれを無視してたひとりなのですが、この日は女性以上に男性に緊張感が走るようですね。
学生時代にもおりました。やたらそわそわしてる男性たち。そんな男性の気持ちを知ってか知らずか
きゃぴきゃぴ騒ぐ女性たち。

百貨店にいくと当然特設コーナーが設けられており、毎年すごいことになってますね。
本命ちょこを鋭い眼で選ぶ人
義理ちょこにうんざりしながら買ってる人
いろんな人に贈るのを、本当に楽しそうに選ぶ人さまざまです。

自分の大好きな人にちょこを贈る。
私もそうですが、相手の反応を想像しながらわくわくして買って………ました数年ほど前までは。

私の旦那様はスーパー激甘辛党という、あまり身体にはよろしくない食の趣向を持つ人で、
ちょこは本当に大好きです。
付き合って2年目までは、バレンタインデーのたびに、ちょこを選ぶのも楽しかったんです。
私は彼との付き合いで、初めてブランドのちょこ売り場を見に行って、試食をしました。
ブランドもののちょこって美味しいの!? とずっと思っていたのであまり見に行くことも
しなかったんです。だけどそこでの試食があまりに美味しかったので、値段を気にせず買いました。
空色の包装紙。真っ青なリボンであでやかに着飾った小さな箱。
なんて高級感あふれるプレゼントなんでしょう。

どんな顔するかな?
喜ぶかな?
驚くかな?
そんな気持ちいっぱいで彼に渡したのを覚えています。

ところがそれから2年目のある日。彼の家へ遊びに行ったとき、
部屋のすみっこに、見たことのある箱が放置されてます。
見ると、ほとんど手付かずの状態の、2年前に渡したはずのちょこでした。

がちょんですよ、がちょん!!

あまりにショックで彼に聞いたところ、申し訳なさそうに彼が言いました。

「ごめんな…。俺、森永の板ちょこ(ミルクちょこ。ビターは却下らしい)が一番好きやねん。
中にいろいろ入ってたりコーティングしてたりするちょこって苦手なだけやから…」

ちょこでもいろいろ好みがあるということを知りました。ブランドのちょこだからと言って、
相手が気に入るとは限りません…。
有名なちょこのブランド品だったため、彼も私には言えず黙っていたようです。
確かに残りまくっているちょこを見たのはがちょんでしたが、
彼は彼なりに私からのプレゼントだからクリアしなければと本当に悩んでたのでしょう。

それから毎年、彼のためにちょこを選ぶ楽しみはなくなりましたが、
今は二人で私自身のちょこを選ぶために百貨店に出かけています。

ちなみに…。
あれからずっとバレンタインデーになると、私は百貨店ではなくコンビニエンスストアに出かけます。
たくさんの板ちょこを購入し、一つの箱や包装でまとめて包み渡します。
いつでも買えるものだけど、彼は少年のような笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに受け取ります。
その笑顔を見ていると、やっぱりこの日は楽しくて、渡すときの演出の方を変化させようと、
今年もそれを考えるのが楽しみです。


小川のりこ

投稿者 csadmin : 11:09

2004年2月 6日

◇母のせなか

新聞の“おやじのせなか”というコラムが大好きでいつも読んでいるのですが、
今日はそれを真似て母のことを書いてみるとこにしました。
というのも、最近ふと気がつくと、とても母親に似てきたなぁと思うことがある
からなんです。

私はどちらかというとファザコンなので(笑)、好む好まざるに関わらず、父親
と似てるよなぁ…と思うことはよくあるんですね。
でも。やっぱり母の子。性格は違えども一緒なんですね。。
あ、ちなみに体系は母似と地元の友人にはみんな言われます。あまり嬉しくはな
いけれど。。(-_-;)

私の母はとてもマメな人で、子供が小さい頃から、仕事と家庭の両立をしていま
した。フルタイムで働き、家事にも絶対手を抜かない。料理やお菓子、子供服な
ど、いつも母の手作りのもので溢れていました。誕生日や記念日にはちゃんとご
馳走を用意して、お祝いも忘れません。
しかも、趣味の幅も広くて、どこにそんな時間あるの?て周りの人にも言われる
位、いつもパワフルに動いている人です。
60を優に過ぎた今でも、趣味・ボランティア・家族の介護・畑仕事などなど、電
話してもすぐにはつかまらないんですから。ちょっとすごいおばさんです。

そんな母に育てられたせいか、私は母とは全く正反対の性格になりました。
思春期の頃は、反抗期の勢いも手伝って、女らしいこと一切が苦手。
部屋は汚い。家事ももちろんやらないし、手作りなんて面倒くさい。「大体、材
料費よりも既製品かった方が安いし。」「ジャンクフードの方がおいしいし。」
いつもそう思ってました。改めて書き並べてみると、ひねた子供ですね。(汗)
もろちん記念日を覚えるのも苦手で、これは今も旦那の方がよく覚えている位で
す。。この辺は男なみかも。

そんな私もいろんなプロセスがあり、今では、家事もやるようになり、ジャンク
フードに慣れていた身体も自然派の食事の良さがわかるようになりました。
最近は、なんと化粧水づくりにもはまっています!これは私自身が一番驚いたこ
と。手作りなんて10年前の私には考えられない…。でも、面倒くさいといいなが
らも、結構面白かったりするんですよね。

いつも元気で弱音を吐かない母が、一度だけエネルギーがきれちゃったようにダ
ウンしてしまったことがあります。父が亡くなった時。
最後のお別れをする時のあの何とも言えないような後ろ姿は今でも忘れません。
姉と同じタイミングで、母の背中に思わず手を置いてしまったのを覚えています。
それからの何年かは、母が自分の中のいろんな感情と闘っているのは傍目でみて
も伝わってきました。決して私達の前で言わないところが母らしいですが。。

いつも前向きで明るい母だけれど、家族が一番大変な時、私が結婚に自信が持て
ず迷ってしまった時、いつも最後に背中を押してくれたのは母だったなぁと。
元気な裏にある繊細さや女の人の強さ、そんな隠れた良さが私にも大分理解でき
るようになってきました。
それだけ年をとってきたということかもしれないけれど…。

今日も母からの荷物が届き、お米と野菜が送られてきました。
中には母愛用の手作り化粧水も。
しばらく化粧水は買う必要なさそうです。(^_-)

by 塩田純子

投稿者 csadmin : 11:07

2004年2月 2日

●手放す事

 新年を迎えました。
今年も、私は一体何をしたいのだろう?何をしていくのだろう?
と、いつものように考えていました。
そんな中、今年初めて娘を保育所に送る車を運転している最中に、ふと気付いたのです。
「そうそう、私って、こんなふうに何事も、自分で決めなければ、決めねば、って強く思い込んで、決めよう決めようとし、そうする事で自分をふるい立たせてきたなー。でも、これも疲れた。もっと自然に任せて、楽に生きてみたいなー。」
「よし、今年は、恐いけど、幸せで豊かな方向に行くって事だけは
 決めるけど、だからと言って、どんなふうにしようというような具体的な事は、自分で決める事はせずに、来るものを拒まず受け取ってみよう。」と、ふっと思ったのでした。
ただし、良いモノばかりをね…、そして効率的で効果的な方法を手に入れる事というのを忘れずに願っておこうと思い、心がスッと楽になった感覚を感じ、考え込むのをやめました。

 すると、その数時間後に、ある友人から、私が以前から欲しいと思っていたモノを譲って下さるというお話を頂きました。
もう、ビックリです。
新年が開けて、いきなり、こんな嬉しい話が来るなんて、今年は、どんな1年になるんだろう?って感じ。

 後々考えてみると、どうやら、これは、今まで自分で蒔いて来た種が実り、収穫の時を迎えたのだという事がわかりました。
 
 実は、その友人には、昨年会った時に、せつせつと、今私が欲しいモノに関して、何時間も話し続けていたのです。
そして、私があるHPの相談事例で書いた中にあった、
「モノを片付けるのは、自分の心を整理整頓するのにとても良い。」という話しを読んで、片付けてみようと思ってくれたらしいという事がわかりました。
さらに、実際にそれを実施し始めてみると、自分の持っているモノ
の見直しになり、もしかすると必要になるかもしれないからと、今まで手放せずにいたモノが溢れている事に気づいたそうです。
しかも、好きな路線は、同じ類のモノが重なリ過ぎ、それが却って知らず知らずの内に、自分を困らせてるという大きな事にも気づかれたようです。
そこで、どうしよう?と思った時に、私の話しを思い出し、譲れるものがあるかもしれないと思い、私に連絡をして下さったそうです。

 私は、頂ける内容のモノが、結構高価で、さらに、持ったからといって宝の持ち腐れになりかねないモノだったので、ここ数年持たずに来たものの、それでも諦めきれないモノでした。
だから、お互いにとって、好都合のお話しになったようです。

 どうやら、私自身も、友人のモノを『手放す』という事に貢献できたようです。良かった!!        

「手放す事」については、私自身はカウンセリングを始めたからこそ習得できた事でした。
当時、失恋をして彼への想いが立ち切れず、ひどく落ち込んでいました。そんな時、私の先生から、「彼が戻ってきて欲しかったら、彼を手放す必要があるよ」と言われ、必死の思いで、カウンセリングを始めました。
そして、少し時間はかかりましたが、手放すという事を学べた結果、彼は戻って来ました。不思議な事に、殆ど同時期に、そのまた前の彼まで、続けて戻ってきました。

それ以来、私は、「手放す事」が、とても良い事だと知り、ますます「手放す事」の魅力にはまり、その達人を目指すかのような人生を歩んできました。
人生をより良くしたいという一心です。
何故なら、本当にしたい事が山ほどあるから。

そして、そのためにも今年の私のカウンセリングも、「手放す事」を伝授していきたいと思っている所です。
このコラムを読んで下さっているみなさんも、「手放す事」の達人を目指されませんか?
きっと、人生が変化し始めますよ!!

深澤三津子

投稿者 csadmin : 11:06