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2003年11月24日

●四次元の世界

僕の次女の話をさせてください。

僕の次女今、5歳、名前は香代美(こよみ)といいます。

彼女は、いったい誰に似たのか、僕の奥さん、そして僕自身にもない、「なにか」を持っています。

親ばかかもしれませんが(いえ、多分親ばか)、彼女の記憶力は抜群です。
3歳にして、すでにポケモン151匹の名前を網羅し、また、好きなアニメの主題歌は、一度聞いた
だけでその半分以上を記憶し、2つ違いのお姉さんである長女に、お説教して教えるほどです。

また、運動神経は、わが家始まって以来の卓越したものを持っています。

僕と僕の兄弟、また、奥さんと奥さんの姉妹、そして、僕の長女も(三女はまだわかりませんが)、
運動会のかけっこで一等賞になったことがあるものは、誰一人としていません。

しかし、彼女は言いました。

「こよ、ぜったい かけっこで いっとうしょうに なる。
 だって にげあしだけは はやいから」

僕は、表向きには
「がんばれよ」
とどうでもよさそうに笑いながら、内心では、なにかが起こることを期待していました。

そして運動会当日。

スタートで出遅れたものの、あっというまに前をいく二人のお友達をぶっちぎり、最後は両手を
挙げて大差の一着。
彼女は公約どおりの一等賞を、余裕の表情で勝ち取ったのでした。

いっしょに見ていた僕の父に、
「長年、たくさんの運動会に出てきたが、身内が一等賞になったのをはじめてみた」
と言わしめ、彼女はこの瞬間、若干5歳にして、我が家の伝説となったのでした。


逃げ足だけは速い、という発想自体、一味違うものをにおわせると僕は思うのです。


彼女の今のお気に入りのおもちゃは、仮面ライダー555(ファイズ)の変身ベルト。
「おまえはたしか女の子のはずだったのでは。。。?」
という両親の揶揄をまったく意に介さず、5歳のお誕生日にようやく手に入れた彼女の宝物です。

変身ポーズを僕たちに何度も見せてくれました。
劇中の仮面ライダーの、独特なしぐさを見事に表現した、かっこいいポーズを取りつつ、最後は
テレ笑いでしめくくる彼女に、僕は、そこでも、なにか一味違うものを感じるのです。


そんな彼女に、僕は一度聞いたことがあります。

「こよの頭の中にはいったいぜんたい、なにがつまってるの?」

はじめて僕が彼女にこの質問をしたとき、彼女はこう答えました。

「おかし」

「どうして?」

と、僕が答えると、彼女は、

「こよは、くいしんぼう だから。わはははは。。。」

と言いました。

やはり一味違います。なぜなら、自分を「くいしんぼう」という人は、山下真司ぐらいしか、僕には
思いつかないからです。奥さんは、村野武範だそうです。
彼女は、山下真司も、村野武範も、ましてや梅宮辰夫も知りません。

僕は、この質問が楽しくて、今ではほぼ、毎日彼女に尋ねています。
毎日、同じ答えが返ってきたことはありません。

そのなかでも、特に僕の興味を引いたのが、

「おとうちゃんのかれんだー」、
「かいじゅうとたたかってるこよ」、
「おとうちゃんのじんせい」、

でした。

極めつけだったのが、

「がらす」

です。

僕が、なぜガラスなのか?と尋ねると、彼女は、

「わはははは。。。。」

と笑って答えません。

そのとき、周囲に、「ガラス」と呼べるものもなく、また、前後に「ガラス」に関係する会話も
ありませんでした。

何ゆえ「ガラス」なのか?

「おとうちゃんのじんせい」も大概わかりませんが、
この「ガラス」は、もっとわかりません。

彼女の心理だけは、きっと、僕たちカウンセラーであっても分析することは不可能でしょう。
さすがは我が家の伝説の女です。

僕は、いつか、彼女のその頭の中につまった四次元の世界の仕組みを知ってみせる。

そう思って、僕は今日も彼女に尋ねるのです。

「今日のこよの頭の中には、何が入ってるの?」


田村厚志

投稿者 csadmin : 10:48

2003年11月21日

◇ギャンブル

最近、感情の変化が激しくて「あ〜これギャンブルやなぁ。」と思うことが続い
ています。私自身も、周囲も、何故かとても多いです。
ギャンブルといっても、パチンコや競馬など所謂ギャンブルではなく、
「どうなるかわからないけど、怖いけど、やってみるしかないかなぁ。。エイッ!」
ていう思いきり・決断みたいなものです。
多分周りからみると「大したことないやろ〜。」て言われそうなことなんですけ
どね。。でも、感覚的にそんな感じなんです。

元々慎重派な私は、普段からギャンブルもやらないし、先の見えないものにかけ
てみる、コミットする(決める!)、そして委ねるというのがとても苦手です。
この“委ねる”というのが簡単なようで難しい。曲者です。
ついつい保険をかけたくなってしまうし、我ながら情けなくなる位優柔不断になっ
てしまいます。あまりにも怖すぎてギリギリまで暴れることもあるくらい…。

でも、何か人生の転機や流れを変えたい時には、必ず出くわすんですよね。
これが…。
今までの人生で最大のギャンブルは二つ。

ひとつは、初めて心理学のワークショップにいった時。
「うわ〜。嫌なもの見てしまった。知らなかったらよかった。最悪…。どうしよ
う…。」感情的にはすごく嫌で、でもなぜか心から離れなくて。。
ここに関わってみるか?それともスッパリやめるのか?どちらにするかで人生の
流れは大きく変わったはず。

そして、もうひとつは結婚。
そんなことで…て笑われそうですが、でも私にとっては最大のギャンブルだった
んです。だって、女性ですから(きっと男性も、なんでしょうけれど…。)誰と
結婚するのか?て結構大きな決断だったりしますよね。
当時は、二人ともお金はない、仕事も不安定、親も反対…、自分でもこんなのア
リ?ていう位先が見えなかったので、本当不安で一杯でした。
でも、慎重で確実なことにしか手を出さない私が、何故かその時は、怖いんだけ
れど心の奥に「これでいいんじゃない?」て信頼もあって、その感覚だけで思い
きってつき進んだような気がします。

今思うと、どこにそんな勇気があったんだろう…?て感じですね。
普段怖がりな分、思いきりやらないと動けないというのもありますが。
でも、誰の意見に左右されるでもなく、自分の意志で決めれたことがよかったの
かもしれないなあと思います。

この間、あるスポーツ選手の方からこんなお話を聞きました。
「人生もギャンブルなんですよ。思いきってやってみないと何も始まらない。」
そうですよね。。。確かに。
ワールドカップバレーを見ていても、本当にハラハラドキドキさせられますよね。
選手はどうなるかわからない先の見えない一瞬一瞬に賭けてるんですよね。
だからこそ、その姿にこちらも感動をもらえるのかもしれない。

怖がりは一生直らないかもしれないけれど、それでも、いざという時に「エイッ!」
て飛び込める、ギャンブル上手になりたいなぁと思う今日この頃です。

by 塩田純子

投稿者 csadmin : 10:47

2003年11月17日

●親の心子知らず、子の心親知らず

 親は、子供に色々な期待をします。イチローみたいにビッグな野球選手になってほしいとか、浜崎あゆみのような歌手になってくれたら、というのもあるだろうし、手堅い仕事に就いて出世してもらったら良いなとか、田中さんのようにノーベル賞をもらうような研究をしてくれないだろうかとか…そこまでいかなくても塾に通わせたり、英語、ピアノ、リトルリーグ、スイミングetc.
いろんなことを子供に与えます。つまりは子供たちに無限の可能性を見ているわけですね。

 ところが、成長に伴い現実が見えてくる感じがします。それぞれの個性がはっきりしてくるだけなんですが、子供の側から見ると、『期待されていた自分』から『今の自分』を引き算したときに「不十分さ」が出てくる感じがします。そうした時に、「もっとがんばらなければ」「今の自分では愛されない」「自分は迷惑な存在だ」…といった思いを抱いてしまいます。ところが、親の方は自分の子供の本当の能力や個性と言ったことをわかっていると思うので、もっと頑張れないかな、と思ったりします。違う言い方をすると親はそれだけ自分の子供の価値を知っているわけですが、あまりそのことを伝えたりはしないかもしれません。そうすると、子供の側にすると過重な負担を感じてしまいます。こんなに頑張っているのに、まだまだやらないといけないのか…と言う感じです。これも違う面から見れば、「出来る自分」のイメージがあるからなんですよね。でも、実際にはそうではない、と思って自分の評価を低くします。
 
 親の期待を上手に拾ったように、知らない間に親の希望する生き方を選んでしまうことがあります。たとえば、一流大学に入って一流企業に就職してくれたら…30歳までに孫の顔が見たい…そこを拾ってしまうと、子供は頑張ってしまいます、期待に添うように。ただ、これは意識として表に上がってくることがあまり無いかもしれません。そういったときによく聞かれる言葉が「自分が何をしたいのかわからない」「誰が好きなのかわからない」ということになります。自分の意志よりも、親の期待通りで無い自分は愛されない、と深いレベルで傷ついてしまうからなんです。でも、親から見れば本当は職業や学歴や結婚相手や年齢なんかよりも大切なものがあるんですよ。
 
 それは、「子供の幸せ」です。
幼い頃、自分の腕の中で眠った子供の温かさと重みを思い出してみると、この子がいるだけで幸せな自分や、安心して眠る幸せそうな寝顔を守ってやりたい、と思ったことを思い出したりします。本当はこれが全てなんですね。いつから、違ってしまったのでしょうか。

 いろんな問題の下には、昔どこかでちょっとした思い違いを抱いてしまったことから始まることがあります。親が子供に期待するのは、ただ子供に幸せでいてほしいからなんですが、親の時代にはとても役に立った考え方を子供にも使ってしまいがちです。例えば高学歴、特別な才能がステイタスシンボルとなっている裏にある、それをもっている人が豊かで幸せだ、という考え方です。 

かく言う私自身も親の価値観と自分の価値観との凄まじい?戦いの経験があるので、今となればどちらの気持も良くわかるんですよ。私は決して親の言うことを全く聞かなかった子ではない(つもり)と思うんです。でも親は「この子は言い出したら聞かない」とよく言っていました。でも、私からすれば言い出すことがほとんど無かったんですね、だから譲れない感じだったんじゃないかな、と思います、今にしてみれば。
 
 でもこの「言い出したら聞かない」のさらに下には、親は私がこうなったら喜ぶな、と言うのを知っていたこともあります。それが無謀だったり、親から見ればとても不安定なことだったりするので、親は一応留めてみるわけです。でも、子供にとって親に引きとめられると言うことはすなわち強化されてしまうので(浦島太郎が玉手箱を開けてしまったかのごとくです)、やってしまいます。 

「赤毛のアン」のシリーズのどれだったか忘れましたが、アンの知り合いが頑固な父親に結婚を反対されます。反対されればされるほど二人は結婚に向けて燃えるんですね。で、みんなであんな頑固親父の言うことを聞かなくても良いよ、とばかりに画策をし結婚式を計画します。でも実はこのお父さんは、娘の結婚に心から賛成し、うまくことを運ばせるために頑固親父を演じていました。それぐらいしないと内気な娘はいつまでも彼との結婚を進められないだろう、と考えて、というお話だったと思いますが、このお父さんのやり方はすばらしいですよね。子供に何かをさせたいときには、あまり進めない方が効果的、かも知れません。うちの子達は「お母さんの本だからまだ読まないでね!」という私の言葉に、ものすごい勢いで読破したことがあります。本と言っても漫画の「三国志」なのですが、それでも30巻をあっという間に二人は読破しました。ちなみに私はまだ読めていないんですよね。これは、別に狙ってしたことではないのですが、結果として彼らは歴史に興味を持つことになりました。  

育ててもらう側、育てる側の両方に立った今思うのは、子供の成長に大切なのはまるで植物の成長に必要な、光と水と土、そして適量の肥料のようなゆったりとしたゆとりをはらんだ愛情なのかもしれないと思うのです。いろんな場面で、太陽がいつも公平に光を地上に与えるようであれれば良いな、と思います。

中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:47

2003年11月 7日

◇my癒し系スポット

最近の僕のmy癒し系スポットはスターバックス
執筆活動や、講座の企画などでいいアイデアが浮かばない時は、
スターバックスに行って、美味しいコーヒを飲んで一息ついて、
リフレッシュすることにしてます。

すると不思議なことにインスピレーションが湧いてくるんですよね。
疲れてる時や、緊張状態の時は、頭にインスピレーションが入ってくる
隙間がないのかもしれませんね。

スターバックスは、どこにもあるチェーン店なのですが、
どこにもあるところがまたいいんですね。
すぐに見つかるので、出張先でも煮詰まった時には、
ひょっこり入ることができる。
そして、いつものお馴染のコーヒでリフレッシュする。
どこにでもあるんで、とっても便利です。
スターバックスは簡単便利なmy癒し系スポットです。


ホテルみたいな、しっかりお給仕してくれるところで、
コーヒーを飲むのも好きなんですね。
いい雰囲気で、いいお給仕をしてもらって
優雅な気分でコーヒーを飲む
とってもリフレッシュになります。

こちらは、そこらかしこにない分
簡単便利、お手軽ではありませんが、
優雅で豊かな気分が楽しめてとっても好きです。

日頃の簡単リフレッシュの為に、
my癒し系スポットって作ると楽しいですよ。
 


by 原裕輝

投稿者 csadmin : 10:45

2003年11月 3日

●フレンズ

東京にカウンセリングで出張にいった際のことです。

東京の泉岳寺にあるカウンセリングルームのまわりには外食をする場所が
少なく食事をするのにとても不便なんですね。

一駅となりの品川までいくと結構いろいろあり、
食事のバリエーションも豊富になってくるんですが、
泉岳寺のカウンセリングルームの周りはさっぱり・・・

昼食や、夕食を食べるのに毎回電車のってでかけるのもしんどく、
どうしても、泉岳寺のカウンセリングルームも近くで食べることになります。

近くのお店を選ぶと、食事のバリエーションはこんな感じになってきます。

・牛丼屋
・ラーメン屋
・台湾料理
・居酒屋

この4候補になってきます。
しかし、居酒屋に一人で入りにくいということもあり居酒屋さんは、
まず、一番最初に候補からはずれます。
台湾料理屋さんは、美味しいんですが少し歩かなければいけないという
ことで疲れている日は行く気になりません。

そうすると、
・牛丼屋
・ラーメン屋
この2パターンが東京出張時の食事のメインになります。

東京の出張はだいたい1週間くらい滞在してるんですね。
そうすると
(昼食+夕食)×7日間=14回の食事をラーメン、牛丼ですごすこと
になるわけです。

牛丼も、ラーメンも嫌いじゃないんですが、14回の食事をこればかり
だと、ちょと・・・

泣いてしまいます。(>_<)

この2バリエーションの食事を楽しむための努力もしてみました。
例えば、こんな感じです。

今日は牛丼と半熟卵とお味噌汁
今日は牛丼つゆだくと卵とお新香
今日は牛丼とトン汁とお新香
今日は牛丼特盛りと半熟卵
今日は牛丼特盛りとお味噌汁とお新香

涙ぐましい工夫をしていましたが、
所詮、牛丼は牛丼であることは変わらず、すぐにあきました。

同じものばかりを食べていると栄養的にも、良いはずはなく
心なしか疲れが溜まりやすい感じもします。

そんな食生活を見かねて東京にいる友人が、タッパにお家で作ってきた
料理をつめて持ってきてくれたんですね。
その時は、豚の角煮とサラダを持ってきてくれました。
とっても嬉しかったです。

数日ぶりに味わう家庭の味はとても美味しく、
タンパク質にビタミンとバランスの良い食事で健康を取り戻せた気もしました。

その友人は、他の食事もできるように、
出前のチラシを取っておいてくれたり、
カウンセリングルームの近くにある他のお店を開拓して教えてくれたり
してくれたんですね。
(最近はカレー屋さんがお食事リストに加わりました (^^)v )
おかげで、美味しく食事ができるようになりました。

たぶん、その友人が出前のチラシをとってくれていなかったら、
僕は今頃、牛丼付けになって倒れていたかもしれませんね。(笑)

その友人にとっては、何気ない気遣いだったのかもしれないし、
ちょっと、してあげようかなと思ったことかもしれませんが、
このことは、僕にとってはとっても嬉しいことでした。
友達ってありがたいなーって思いました。


名古屋に出張した時も、友人ってありがたいなーと思ったことが
ありました。
名古屋に仕事の都合3泊宿泊しなければいけなかったんですが、
ホテルが2泊分しかとれなかったんですね。

しかも3泊目の日は、名古屋のホテル10社に宿泊の空き状況を
問い合わせしたんですが、どこも「満員でございます。」とのこと、
「どうしよう」って冷や汗をかいていると
名古屋の友人からメールがとどいたんですね。
「家に泊まりにおいでよ」って書いてくれてたんです。
助かったーって思いましたね。
ホントありがたかったです。

そして、その友人の家に泊めてもらい、その日はビール片手に夜遅く
まで楽しく語り合いました。

何年かぶりに会ったはずなんですが、まるで昨日も会っていたかのよう
に、気さくに話がはずみました。

その時、遠く離れてても、何年もあっていなくても、友情でつながって
るから、まるで昨日もあってたように話せるんだなーって思いました。
友情っていいなーってしみじみ思いました。

その友達は、泊めてくれた上に、せっかく名古屋に来たんだからと
観光に熱田神宮につれていってくれたんですね。
その心遣いが、またとっても嬉しかったです。

友達ってありがたいなー
そう考えると僕は、いつも友人たちに助けられている気がします。

友人たちに、いろいろしてもらってばかりの僕ですが、
その好意を誠意いっぱい受け取ることが僕にできることかなと思います。
ホント友達ってありがたいですね。

友人の皆さん、これからも仲良くしてくださいね。
これから知り合う人達も、仲良くしましょうね。


原 裕輝

投稿者 csadmin : 10:44