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2003年9月30日

●コミット

 その日のカウンセリングが終わりカウンセラー仲間の山本と
スターバックスでコーヒを飲みながら、小さい頃したイタズラの話や、
なにげない日常の話などをしていました。

話題の一つに山本がコミットについての話題を切り出してきました。
(コミットといのは、こうすると決める、こうすると選択しつづけるとい
 う意味で心理学では使っています。)


「はらっちって、コミット人間よね。」
(はらっちって僕のことです。山本にこう呼ばれてます。)

「そう?そうかな?」
本人的には“ピン!”っとこなかったので、間の抜けた返事を返しました。
すると、

「そうやん、だって、これと決めたら一直線でしょう。」

「う〜ん、そうかも???」
そう言われても、ピン!とはこなかった僕に、山本の追撃説明が迫ってき
ました。

「だって、こうでしょう、ああでしょう・・・・・」

さすが、カウンセリングサービスのカウンセラー山本です。
彼女の説明を聞くと、『なるほど』と納得してしまいます。

「こうしたいと思ったらコミットするから、はらっちって願望達成能力が
 高いと思うよ。」

そういわれれば、好きな仕事にもつけてるし、好きな彼女と付き合えてる
し、なんだかんだと欲しいものは手に入ってるなーと思いました。
(本当にこれが欲しいと思うことが少ないというのもあるので、的を絞っ
 て手に入れてるのも関係しているのかもしれませんが。)

コミットの話をして、少し昔のことを思い出しました。


 昔、僕がカウンセラーになる前は、四六時中
『カウンセラーになりたいなー。』って思ってました。

だけど、カウンセラーになって食べていけるんだろうか?本当にやってい
けるんだろうか?いろんなジャンルの相談に対応できるんだろうか?
いっぱい不安を抱えてました。

そこで、僕がカウンセリングを教えてもらってた先生に
「カウンセラーになりたいと思ってるんですけど・・・不安なんですよね。」
と相談をしたことがありました。
すると・・・

「はらっち、カウンセラーになりたいというのと、なるって言うのは違う
 でぇ〜」
という答えがコテコテの大阪弁で返ってきました。
(先生にもはらっちって呼ばれてます。)

「あっ、そうか!」と思いました。
カウンセラーになるって決心ができていないから、
カウンセラーにならない選択を考えたり、そうした時後悔するかなーとか、
よけいな悩みや不安がいっぱいでてくるんだなとその時思いました。

本当にカウンセラーになりたいと思っていたんだけど、
その時は、“なる”じゃなくて“なりたい”だったんですね。

先生の話を聞いて、そうだ“なる”って決めようと、その時初めて決心し
ました。
『なにがなんでも、カウンセラーになる。
 パンのミミをかじってでもカウンセリングをしていこう』
って決めたんです。
初めてその時カウンセラーになることにコミットメントしました。

すると腹がくくれたので、不安が少なくなっていき、
不安を考えるよりも、どうやってカウンセラーになっていこうかと考える
ように気持ちが変わっていきました。

コミットをすると、すごく強くなりました。
だって、壁にぶちあったても、“カウンセラーになる”って決めたんで、
後はどうやって壁を乗り越えるかを考えるだけでしたから。
壁にぶちあったても引き返すことは考えなかったんですね。

こうして、やってくる壁を乗り越えてカウンセラーとしてやってきました。
そのことを、スターバックスでコーヒを飲みながら思い返していました。


すると、
「コミットしたら、願望が達成できるんやから、
 欲しいものをちゃんと決めといたらいいんちゃう?
 そうやん、決めとき決めとき〜はらっちは何が欲しいですか?」

なるほど、そういえば最近なにが欲しいとか考えてなかったなと思いました。
これを手に入れたいと思うものがないと、そりゃぁ手に入ってこないよな
と思いました。

それからの二人は、コミットという結構まじめな内容の話から、
お風呂が大きいマンションが欲しい、年に1回は海外旅行が欲しい、
温泉旅行が欲しいと、欲望のおもむくままの話に変わっていきました。(笑)

楽しく欲望のおもむくままの話をスターバックスでしていましたが、
この何が欲しいって整理しておくのって大事だなと思いました。
欲しいと思うからこそ、それを手に入れる目標にできるのですからね。

さぁ、コミット、コミットっと。


原 裕輝

投稿者 csadmin : 10:38

2003年9月26日

◇すいませんと言ってしまうのはなぜ?

〜「受け取る」ということについて考える その1〜

僕が悩んだ心理学用語のひとつについて、まずはあんまり難しいものじゃない
ところから。


エレベーターで、ボタンを押してもらったとき、電車で席を譲ってもらったとき、
お店で、お客さんに対して感謝を伝えるとき、なぜか
「すいません」
といってしまうことが多いようです。

大阪の下町の居酒屋なんかで、活きのいいご主人が、

「毎度!おおきに!」

と、お客さんに大きな声で言ってるところを耳にします。
でも、そんな気合いのはいったご主人でも、時々、

「毎度!すんまへん!」

と言ってらっしゃることがあるみたいです。


どうしてなんでしょう?

皆さんの日常ではどうでしょうか?

エレベーターで、ボタンを押してもらったとき、電車で席を譲ってもらったとき、
お店で、お客さんに対して、僕たちが、相手に感謝を伝えるとき、
「すいません」
と、お詫びしてしまうのではなく、
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「さんきゅ〜!」
「おおきに!」
と、本当の感謝の言葉にかえてみるとどうなるでしょうか?

僕は試したことがあります。
まあ、言いにくいのなんの!

皆さんもぜひ一度お試しください。
意識して「ありがとう」と言うようにします。
絶対に一瞬、間があいてしまいます。
舌をかむこと請け合いです。

実はこれ、たまに本などで、レッスン的に取り上げられていますが、
そもそもどうしてあんなに「ありがとう」が言いにくいんでしょうか?

単純になれていないから、とも言えるでしょうし、また、日本人の慣習、
ということもあるかと思いますが、ひょっとすると、それだけ僕たちは、
自分を迷惑に感じたり、誰かの負担に感じてしまったりすることが、
多いのかもしれません。

とすれば、僕たちはそれだけ、自分が、誰かに何かをしてもらうとき、
「申し訳ない。。。」と感じてしまうのかもしれません。

僕たちの使う心理学の用語のひとつで、「受け取る」というのがあります。

僕が悩みぬいた結果、「受け取る」というのは、自分が誰かに愛されてしまうことを、
自分に許可してあげる、許してあげる、ということのようです。
結局、「受け取る」ということも、許しのひとつのようですね。

たとえばさっきのエレベーターや、電車の中のシチュエーションを例に取ると、
誰かになにかをしてもらったとき、「すいません」と言ってしまう裏側には
「迷惑をかけてしまった」「借りを作ってしまった」といった、申し訳ない気持ち、
悪いなぁ、というような感じがあることが多いのかもしれません。
僕はそうでした。
皆さんはどうでしょうか?

カウンセリングサービスの心理学講座でも、受け取れないときは、罪悪感や
無価値観が。。。と教えてくれていますね。

ためになります。


「受け取る」作業では、自分は何もする必要はありません。

ただ、感覚で、「愛されているなぁ」と感じてあげるだけで、受け取る作業は完了
します。
僕の経験では、こう感じた瞬間、喜びで思わず飛び上がってしまうような、文字通り、
「心が躍る」という感覚があります。至高ですね。

友人、その他の方で、「がんばって受け取る!」という人を何人か見たことが
ありますが、というか、僕も以前、そう言っていましたが、これはだいぶ無理が
あるようです。
「愛されているなぁ」って、がんばって感じるものではありませんから当然ですね。

「受け取る」をテーマにしたとき、重要なのは、肩の力を思いっきり抜いて
しまうことです。
小さなことなら、そう、「すいません」といってしまうようなとき、
ちょっと方の力を抜いてあげるだけで、意外に、「ありがとう」と
受け取れたりします。

でも、小さなことにも、「すいません」といってしまうとしたら、それこそ、
恋人や両親の愛を「受け取ろう」と思ったとき、いろんな抵抗が出たって、
それはぜんぜん不思議なことじゃあないのかもしれません。

だから、小さいことからはじめてみるのも一興です。

「すいません」と遠慮するよりも、「ありがとう」と笑ってお礼を言ってみると、
愛されることに慣れていって、少しずつ、愛され上手になれるかもしれませんね。


by 田村厚志

投稿者 csadmin : 10:37

2003年9月23日

●気を抜く

「気を抜いていたら××になってしまった」なんてよく言いますよね。××にちょっと思い当たる言葉を入れてみてください。
 「太ってしまった」「ん十歳になってしまった」…なんていう用途はよくありますね。私の友人で変わった用途を開発?した人がいます。
 
 彼女と知り合ったのは心理学のワークショップを通してなのですが、話してみるととても近所に住んでいることがわかりました。そう言ったこともあり話す機会も多く、趣味や仕事の話もよくしていました。個性も感性も豊かな方で、心の内面について接することも少なくなかったのですが、彼女は一見するよりとてもセンシティブでナーバスな女性です。(こんな風にバラすと叱られるかしら。笑。)お仕事もそう言った彼女の特性を活かした職業を選びました。さらに彼女は今、素敵なご主人と二人の生活をスタートして間がないのですが、お仕事もプライベートも、実は「気を抜いて」しまったことで人生が変わったのじゃないかな?と密かに思っています。
 
 振り返ってみるとと、知り合ったころの私たちはガチガチに肩を張ったような状態だったな、と思います。彼女は体調も思わしくなくてかなりセンシティブでした。意見や感性の行き違いも実際にあったし、まさに山あり谷ありのおつきあいでした。続かないんじゃないかと悩んだこともあるんです。私は、どうも事を荒立てるのが好きじゃないらしく、何かにつけ丸く治めようとする癖があるようだ、と気づいたのは彼女のおかげかもしれません。他人事のように書いていると思われるかもしれないですが、本当にそう思っています。コミュニケーションっていろんな形があるんだな、とも思いました。
 
 で、その彼女が「気を抜いたこと」と言うのは・・・。いつものワークショップの参加中、あるセッションが終わりました。休憩時間になったとき彼女が漏らした一言と言ったら「うっかり気を抜いたら癒されてしもたわ!!」なんだそうです。残念ながらその時には私は現場に居合わせなかったのですが、彼女からそんなことを言ってしまったというメールをもらい、笑ってしまったんですが、正直な話「ホンマかいな」とも思っていたんですね。このエピソードは知る人は知る結構有名な話です(私が参加するワークショップでは)。

 でも確かに彼女はその後めまぐるしく変化を遂げました。それまでの人生をまるで清算するかのように思える動きをし、数ヶ月姿をくらまし(あー、またこんな書き方を・・・ごめんっ)戻ってきたときには今の仕事を手にしていました。
さらに、今のご主人とドラマティックな出逢いをして遠距離恋愛を実らせました。私はと言うと、彼女の変わりっぷりに唖然としながらも幸せのお裾分けをしてもらったな、という気分ですね。
 
 さて、日ごろ「気を抜く」ということはどんな場面でしていることが多いかな、と考えたとき、すぐに思いつくのは仕事を終えて自室に戻ったとき、とか、お風呂に入り手足を伸ばしたときとか、お布団に入ってほっとした瞬間とか。そんな感じが多いかなって思います。こんな時間がもしなかったとしたら、心も体も張り詰めた弦のように緊張のしっぱなしですね。
 
また、人と出逢うこと、話すことが多くなると気をつけていても誰かの気に障ることはおそらく皆無ではありません。そういった時に彼女とのことや「気を抜く」ことなんかを思ってみることがあります。そうすると何だか気が楽になることがあるんですね。こんなことも私にとっては「気を抜く」ことかもしれません。それとこれは私自身の課題なんですが、「上手に休むこと」。緩急をつける、ということがもっと上手にできたらいいな、と思っています。そんなつもりはなくても張り詰めっぱなしになっていると余裕を持った見方ができなくなるなあ、と痛感中です。
 
休むことと、パワーをチャージすること。似てて違うかもしれないけど、自分を大切にすることから周りに与えることが本当に始まるのかもしれません。うっかり気を抜いて楽になるのもまた、いいよねぇ。  


中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:36

2003年9月16日

●人との壁

今ではあんまり信じてもらえないことも多いんですけど、かつては僕自身、人との壁をとても強く感じていました。

今から思えば高校生の頃が一番強かったかもしれません。
遊ぶ友達もいたし、バイト仲間もいて、バンドもやっていて、忙しく過ごしていた一方で、一人で街をぶらぶらして喫茶店に入ってみたり、買い物に出かけてみたり、プライベートは一人で過ごすことが多かったです。

一人でいることが嫌いではなかったのですが、なんか心の中に虚しさとか寂しさをいつも感じていたように覚えています。
でも、強がってましたから、そんなことを友達に言うわけもなく、また、言えるわけもありませんでした。

どうしたら人とうまく話せるんだろう?
どうしたら友達ができるんだろう?
どうしたらもっと人と仲良くできるんだろう?

こんな命題は中学の頃からずっと持ち続けていました。
通学路で同級生とすれ違うとき、どう声をかけていいのか分からなかったり、ふと街で仲の良い友達と出会っても何を話していいのか分からなかったり。

だから、一人で自分なりに自分自身を鍛えて磨いて行こうと思いました。
それこそ修行僧になって山野を駆け巡ろうか?なんて真剣に思ったこともあったんです。
そんな思いで仏教とかキリスト教などに興味を持ったり、その延長上で心理学を知ることになったり、なんとか自立して一人前になることを焦っていたような気がします。

僕は家族に甘えて育ってきたので、あまり苦しむことを知らないと思ってたんですね。
うちの母は、自分が幼い頃に苦労をした分、子どもには絶対苦労をさせないと強く守ってくれていたんです。
そう感じていたので、自分としては社会に出たり、母の元を離れたら、全然たいした人間じゃないんじゃないか?なんて恐れをどこかに持っていたようにも思います。
だから、高校くらいから「自分一人で何でもできるようにならなければいけない。人に頼るのは弱い人間のすることで、それは恥ずかしいことだ」という強い自立心を持つようになりました。
それで、競争しても勝てるだけの何かを持たなければ、と思っていました。

ところが、僕の通っていた高校は県内でも有数の進学校だったんですね。
ボーっと授業を聴いてあんまり勉強しないのに東大へ入っちゃうような奴がいるところだったので、勉強ではそもそも敵うわけないって早々に悟ったんです。
一方で、バンドでギターを弾いていたのですが、その方面でもめちゃくちゃうまい奴がごろごろしていて、とても競争しても敵うもんじゃありません。
そして、女の子にモテモテの奴も多くて、そこでも勝ち目ないんですよね。

思春期にはよくありがちなんですけど、一番じゃなきゃ意味がない、何か秀でるものがなければ意味がないってすっかり完ぺき主義に陥ってしまってたんです。

だから、僕自身、その当時は認めたくは無かったけれど、自分には何の価値もない、ダメな人間だって思ってました。
挫折感のような、劣等感のようなものを強く持っていたんですよね。

そして、今から思えば自然なことなんですけど、そんな奴とは誰もまともに付き合ってくれねーよ、なんて捻くれてみたりもしました。
きっと周りの奴も付き合いにくかったでしょうから、結果的に僕はとても孤立しちゃっていましたね。

でも、僕の周りにはとても素直な奴がいて、自分の嫌な気持ちを色々話してる奴もいました。
「そんなことしてたらダメなんじゃねーの?」って内心バカにしつつも、本当は羨ましかったんです。
自分のネガティブな気持ちを素直に言えるなんて、自分に自信が無きゃできないですもの。

それで勉強もせず、何もかもが中途半端なまま、1年名古屋で浪人することになったんです。
この浪人時代っていうのは、僕の人生の一つ目の転機になったような気がします。
初めて親元を離れての寮暮らしですから、大きな自由を手に入れたように思ってました。
(たとえ、門限が夜8時でも!)

毎日顔を合わせる友人もできて、前にエッセイで紹介した親友とも一番濃い時間を過ごしました。
予備校に通っていたんですが、退屈な授業があれば抜け出して親友と話し込んだり、色んな本を読み漁ったりしていました。
でも、そこでもやっぱり人との壁はクリアできた感覚ってありませんでした。
むしろ、修行僧のようにひたすらストイックに哲学的に何かを追い求めていたように思います。

大学に入って一人暮らしを始めると、比較的すぐに彼女ができてその寂しさや虚しさはある程度埋められたかもしれません。
いわゆる“癒着”って状態にどっぷりはまっていて、実家に帰るとき、サークルの合宿など、少しでも離れるとお互いに凄く辛い思いをしたりしました。

まだ、恋に恋してるところもあって、自分の寂しさを埋めるための恋愛だったのかもしれません。
付き合いが長くなるに連れ、少しずつ付き合い方も変わっていきましたけど。

でも、その一方で、学校での友達は極端に少なかったですね。
彼女といるのが一番居心地良かったので、大学の知り合いや友人達と過ごす時間はとても限定させていました。
まるで、彼女のところにしか居場所がないような感じだったのかもしれません。
(その感覚があるからか、これ以降、ほとんど切れずに、しかも、重なることがあるくらい常に彼女を作ってきました)
だから、大学ではより一層孤立感を持っていたんです。

浪人時代には近しい友人達もできて比較的楽しく過ごす時間も多かったのですが、大学に入れば皆ばらばらになり、慣れない大阪の土地で強く人との壁を感じたものです。
大阪人って人と接する時、ほんと軽く話ができるんですよね。
長年住んでいてそうとも限らないことは分かってきたんですけど、当時はそんな奴らばっかりのところに入ってきたような気がして、羨ましい一方で、とてもとても輪の中には入れませんでした。

それに言葉の問題もありましたしね。。。
周りがみんな大阪弁ですから、それを話さないとあかん、みたいな感じに強く思ってしまったんです。
慣れてくればご指導賜ることもできるようになったんですけど、独力で何とかしなきゃいけないって強く思うようになって、一段と高いプライドを積み上げてしまったのかもしれません。

それで大学で夢中になれるものもなく、やっぱり中途半端な意識のまま、進路を決める時期に来ました。
あまり熱心に勉強はしてなかったんですけど、成績は比較的上位だったので、推薦枠を使って進学することにしたんですね。
その大学院の2年間というのは僕にとっては2度目の転機になりました。

その頃は彼女とも今から思えばマンネリしていて、彼女よりも自分の好きなことを優先させる余裕(?)もできていたので、色んな本を読み漁るようになったり、一人で色々と思索を重ねることにもなりました。

そして、その頃から人の心や感情について読んだり、考えたりするようになったんです。
その頃アルバイトを通じて知り合った親友がいました。
最近は僕にベルギービールを教えてくれたりして、色々な道を開いてくれる奴なんですけど、彼の考え方や思いにかなり感銘を受けました。
そして、彼の勧めてくれた本を読んで、これまたショックを受けたんですね。

それまでは堅い心理学系の本ばかりを読んでいたんですけど、その本は実践向けの本だったんです。
ベストセラーになった「7つの習慣」って本なんですけどね。

そして、人との壁を崩すには“感情表現”てのが大事なんだ・・・と気付いたわけです。
今ではそれも当たり前に思うんですけど、当時の僕にとって“感情”というのは、弱い人間が口にするもので、理性によって完璧にコントロールせしめるもの、と思っていたので、強い抵抗を感じたんです。
「え?理性的になればいいんじゃないの?感情ってのが大事なの?」なんて風に。

ところが、そうは言っても実際に抑圧しすぎて感情が何かなんてさっぱり分からない僕は途方にくれるようになりました。
とりあえず、よくは分からないけれどプライドだけはありましたから、今の自分でOKなんだ、と思い込むようになったと思います。
それで「口ではえらそうなことは言えるけれど、中身は全然伴ってない口だけ男」の面をより強めるようになりました。
(今でもそうじゃん、とか言わない言わない(笑))

もともとその当時付き合ってた彼女が感情の塊のような人で「ひろゆきは、いつも口だけ偉そうなことを言ってるのに、全然行動が伴ってないじゃない」と一番痛いポイントをあっさり付いてくるツワモノだったんです。
実際、彼女には知らず知らずのうちに女心を教えてくれていたんですけどね。
それは後々分かるようになったことで、当時としては怒ると嫌な気持ちにさせる女くらいにしか思ってませんでした。

そして、そんな僕に彼女が愛想をつかす時がやってきたんです。
すっかり彼女の愛情に胡坐をかいていた僕は、青天の霹靂とはこのこと、と思い切り落ち込んだんですね。
それで心理学を本格的に学ぶきっかけになったんですけど、もう一つ大きな発見がありました。

5年以上付き合っていて別れたので、周りの友達がえらく心配してくれたんですね。
ご飯を食べに誘ってくれたり、いきなり「話聴こうか?」って喫茶店に連れて行ってくれたり、家まで車で送ってくれたり。
「え?どうして皆そんな優しいん?」って驚くほどでした。
そんな思いを感じて泣きそうになったけど、人前では泣けずに一人家に戻って泣いたこともあったんですよね。
(あー、思い出すと今でもちょっと恥ずかしいです(笑))

この優しさを感じてしまったのが3つめの転機でした。

振られることって恥ずかしいことで、とても人には顔向けできん、とか思っていた僕が、そのプライドを崩されるきっかけになってました。
「なーんだ、肩肘張らずともええんや・・・」って思った時は、失恋の痛みの中に安らかな思いをもたらしてくれたのは今でも覚えています。

それ以降、色んなしんどいことや挫折などを味わうこともありました。
変な話ですけど、そんな壁にぶちあたるたびに恥をかき、プライドを崩され、そして、人との壁も薄く低くなっていったような気がします。
だから、大きな問題が起こるたびに人を近くに感じられるようになりました。

「ケツの穴をも見せ合った仲だから」なんて言葉もありますけど、自分にとって恥ずかしいことやしたくないこと(これが“タブー”なんですよね)をした分だけ、人との壁が破れるのかもしれません。
「俺なんて大したことねーよ」って卑屈じゃなく強がらずに思えると、人に壁を作らなくても済むんですよね。
そしたら、自分を本当に開いていくことができるんだろうと思います。
やっぱり自分から扉を開けないと誰も心の中に入ってきてはくれないわけですから。

そして、その一方で自分からそういうタブーにチャレンジしていくことが大事だってことを学んだんです。
因みに僕はカラオケがずっと嫌いでした。
歌を歌うならば完璧に上手に歌わなければ・・・と強く思っていたので、人前で歌うなんて恥ずかしくてしょうがなかったんです。
でも、ある時から思い切ってチャレンジするようにしました。
最初はすごく抵抗があったんですけど、何度も何度も行くうちに徐々に楽になり、今では抵抗も感じなくなりました。
この経験は元々カラオケ好きな人から見れば大したことのないものかもしれませんが、僕にとっては大きな事件で、とても自信に繋がるものでした。

カラオケをしない理由なんて山ほどありました。
でも、突き詰めてみれば自分に自信がなく、恥ずかしいだけだったんですよね。
だから、それを崩せば、自信が付き、人との壁もまた薄くなることが分かったんです。

そんな僕が今、カウンセリングなどの時に「僕ってね、すごく人見知りで、人が苦手だったんですよ」って言うと「嘘でしょ?信じられないですよー。根本さんって嘘つきだったんですねえ」なんて言われるようになるから不思議です。
まあ、人というのは変われるってことなんでしょうね。


根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:35

2003年9月12日

◇スターウォーズから学ぶ

先日、ひさしぶりに映画スターウォーズのビデオをみました。
オリジナルのシリーズ3本立て(エピソード4〜6)です。
子供の頃は、ドキドキワクワクのアドベンチャー物として、何気なく
見ていたものですが、今改めて見てみると「よく出来た映画だなぁ。。」
と思わず唸ってしまいました。
多くのファンを魅了するのも納得です。

(ご存知の方も多いとは思いますが…)
この映画は、宇宙の銀河系支配を企むダース=ベイダ率いる帝国軍に、
宇宙に平和と秩序をもたらすべく、ルーク=スカイウォーカー率いる
自由の戦士達が挑んでいくというストーリーです。
いわゆる、勧善懲悪ものですよね。
でも、どうやって悪に勝っていくか?悪を乗り越えていくか?というと
ころが、よくあるヒーロー物語とはちょっと違うんです。

悪の権化のような悪者ダース=ベイダは、実は、正義感の強い主人公
ルークの本当の父親であるという設定。
敵を倒すというのは、実は自分の父親をきるということでもあります。
そんな事実を知って動揺するものの、もちろん熱血漢ルークはひるみません。
強いパワーをもつダース=ベイダを倒すには、自らも強くなければ。。
そして、悪のパワーに対抗できるだけの力をもつといわれるジェダイの
騎士になるべく、唯一の生き残りジェダイマスターのもとを訪れます。

修行の途中、マスターのヨーダは何度もいいます。
「フォースという力の根源には、ダークサイド(暗黒面)も常にある。
どんなにいい力を使おうとしても、怒り・恐怖・敵意にとらわれてしまうと、
自分もまたダークサイドにおちてしまう。簡単に食い尽くされてしまう。
フォース(力)は防御・知識に使うもので攻撃に使ってはならない。」
等など。。すぐにカッと熱くなりやすく、一本筋の熱血漢ルークにとって
は、ここをクリアするのが一番難しいこと。
でも、ヨーダはルークに厳しく諭します。何故なら、彼の父親であるダース
=ベイダも、かつては良い力の使い手・ジェダイの騎士であったから。
同じように、正義感溢れる戦士だったのです。
ルークにとっては、父親と同じ道にはまってしまうか?それとも、父親を
乗り越えていくか?の分かれ目でもあるのです。

そして、いよいよ対決の時。
悪者ダース=ベイダにいろんな攻撃の言葉を浴びせられながら、ルークの
怒りや敵意がどんどん強くなっていきます。もちろん、彼はこれをまって
いたのです。ルークがそこにまきこまれて、自分の仲間になってくれるこ
とを。親子で一緒に悪の強大なパワーで宇宙を支配していくことを。
でも、最後の最後に、ルークは戦いをやめてしまいます。
どうしても自分の父親をきることができなかったのです。ぎりぎりのところ
で、敵意以上に父親を愛する気持ちが勝ってしまったのです。
そして。。。息子が殺されようとする時、彼もまた父親としての心に
負けてしまいます。息子をかばって自ら命を投げ出して…。
肉体は亡くしてしまったけれど、本当の意味で彼は息子から命を救われたの
です。ルークは、父親を倒すのではなく父親を超えることができたんですね。

悪いモノと出合うと「絶対そうならない!」と強く思うことはありますよね。
私達の日常にも沢山あります。
頼りない上司だったり、いじわるな先輩だったり、理不尽な会社だったり、
誰かとのちょっとした喧嘩だったり。。
もしかしたら、心が純粋な人ほどここにはまってしまうのかもしれません。
優しい人ほど、怒りも感じてしまうのかもしれません。
でも、そこに反発すればする程、知らず知らずの内に自分もまたそのパワー
にまきこまれてしまって、返って自分の人生が上手く回らなくなってしまう
ようなこと、ありませんか?
でもそんな時、ちょっと立ち止まって、あなたが本当は何をしたいのか?
考えてみてください。そこには攻撃ではなく、あなたが本当にしたいことが
きっとあるはずです。あなただから、デキル事があるはずです。
もしそこで、攻撃を手放して少しでも見方を変えていくことがでたきら、
始めてその罠から抜け出していくことができるのかもしれません。
ジェダイの騎士のように、きっと強い力に愛されるはず。
いい力を、あなたのいい影響力を一杯使ってみてくださいね。

スターウォーズは、SFであり変な宇宙人やETありの見た目も楽しい
映画です。でも、これだけ多くの人に愛されるのは、
きっとみんなの中にも、単純に悪いものは悪いとわりきれない、
本当の善とは?本当の力とは?というのを知っている部分があるからかも
しれないなぁと思い、ちょっぴり嬉しくなりました。

ダース=ベイダを主人公にした物語は、最新作でかかれていますよね。
アナキンがどうやって悪の権化のようなダース=ベイダに変わって
しまったのか、エピソード3が待ち遠しい今日この頃です。


by 塩田純子

投稿者 csadmin : 10:34

2003年9月 9日

●与えてくれるものに感謝

大阪の心理学講座を終えた後、友人三人と僕とで近くの居酒屋に夕食を
兼ねて飲みにいきました。
居酒屋に行った友人三人は全員女性ということもあり、その日の話題は
体重とダイエットの話題に・・・

「この何年間で太った気がするー」
「えー、そんなん全然見えへんでー」
「りんごダイエットって流行ったよねー」

そんな話を横で聞きながら、女の子はやっぱり体重のことが気になるん
だなーと、人事のように聞いていると、となりに座っていた女の子が、

「原さん、出会った頃と変わった気がします。」
と言ってきたので、どう変わったのかなと思い
「どこが?」
とそぼくな質問をしてみると

「お腹の周りが、たくましくなった気がします。」
という答えが返ってきました。

ガーン!!!
女の子はやっぱり体重のことが気になるんだーと人事のように聞いてい
ましたが、この言葉を聞いて危機感がでてきました。

『そういわれば、うちの男性カウンセラーって全員お腹の周りがたくまし
 いよなー、たくましいどころのさわぎじゃないくらいたくましいよなー
 職業病なんだろうか?』
と一人でボヤーっと考えていると、このままでは やばいと思い初めてき
ました。

少しダイエットをしようと思いましたが、極端な食事制限とか、運動での
ダイエットは、たぶん長続きしないような気がしたので、
まずは、昼食の食生活の改善をして、体重減に挑戦してみようと思いまし
た。

お昼はたいてい外食か、時間がない時にはコンビニで買った弁当を食べて
るのですが、たぶん塩分たっぷり、油もたっぷり、カロリー盛りだくさん
の、お腹の周りがたくましくなるような昼食を食べていた気がします。

少しだけカロリーカットをしようと思い、お昼ごはんは、お家からおにぎ
りを持っていこうと思いました。
そこで、彼女にお弁当を作ってもらえないかな?とお願いしたところ、
快くOKしてくれました。

あくる日から、お弁当を持ってカウンセリングルームにいくことになりま
した。
お弁当を持って行くなんて高校生以来で、なにかなつかし感じがしました。

昼食時は他のカウンセラーに
「いいなー、作ってもらったん?」
と聞かれて、照れながらお弁当を食べていました。

手作り弁当は、作ってもらったという喜びのスパイスもあり、とても美味しく
たべれました。そしてカロリ少しカットの健康的な昼食ができたことで、
その日はご満悦でした。

お家に帰って彼女にお弁当が美味しかったことと、作ってくれてありがとう
を伝えると、彼女が「明日もお弁当持ってく?」と聞いてくれました。
もちろん、即返事で
「お願いします。」と(笑)

あくる日、朝早くから出かけなければいけなかったので、いつもより早めに
起きなければなりませんでした。
朝起きて、彼女を見るとスヤスヤと眠っていました。

いつもより早く起きたので、起こしてお弁当を作ってもらうのは、かわいそう
だな今日は外食にしようと思いダイニングに行くと青いバンダナに包まれた
お弁当箱がおいてありました。

『ああ、すごく朝早く起きて作ってくれたんだな』と思いすごく嬉しい気持
ちとすごくありがたい気持ちになりました。
早起きして作ってくれて、もう一眠りしたんでしょうね。

お弁当を作ってもらえないかな?と僕のダイエットの理由でお願いしたのです
が、よく考えると、お弁当を作るって大変なことですよね。
早起きもしなければならないし、料理もしなければならないし、お弁当用の
おかずのも買い物にいかなきゃならないし、大変なことだなと思います。

大変なことを、快く与えてくれる彼女って、えらいなと思いました。

普段僕たちが、たいして考えていないことや、たいしてありがたがっていない
ことで、いっぱい与えてもらってたり、大きなものを与えてもらってたり、大
変な労力のすえ与えてもらってるものって、いっぱいあると思うんですよね。

例えば子供のころは、洗濯もしてもらっていたし、ご飯も作ってもらってたし、
毎日お弁当も作ってもらってました。
あの頃は、当たり前と思っていたけど、こうやって思い返してみれば、大変な
労力なんですよね、それを快くいっぱいいっぱい与えてもらってたんですよね。
ありがたいことです。

あの時気づかなかったんだけど、今思い返して見れば・・・っていうようなこ
とは、今もやっている気がします。
たぶん今の彼女、今の友人、今の親から、気づいてないけど、いっぱい与えて
もらってるとことがあると思うんですよね。

意識的に注意を払っていけば、もっと気づくことができるでしょうし、もっと
いっぱい感謝できてるんでしょうね。
そして、もっといっぱいの愛を感じれるんでしょうね。

今回のお弁当の件はそんなことを考えさせてくれる一件でした。


原裕輝

投稿者 csadmin : 10:34

2003年9月 2日

●原風景

 下町育ちの私には今ではあまり見られなくなった風景が、「原風景」となっていることがあります。例えば路地裏でござやシートをしいておままごとをしたり、蝋石(ろうせき)を使って陣取りや、縄跳び、かくれんぼ、缶蹴り…ということをよく見かけました。たいてい家の前には舗装されていない道路があり、車が入ってくることもなく、とてもよい遊び場になっていました。おやつの時間には誰かのお母さんが声をかけてくれたり、差し入れ?をしてくれたり。夕飯が近くなると食事の支度をする匂いが流れてきて、「〇〇ちゃんご飯よ〜」と声がかかるまで遊びほうける。子供の仕事は遊ぶこと、と言われた時代でした。 

ところが、外で遊んでいる子供を見かけることが減ったと言われて久しいと思います、本当に子供の声が聞こえることが少なくなりました。マンションが増え敷地内に公園などがる、と言うようなこともあるのでしょうが、リュックや手提げを持った子供たちが送迎バスに乗り込んだり、時には駅前のファーストフード店にかたまっていたり、おもちゃ屋の店頭でゲームに興じていたり、と言う姿をよく見るように感じます。外で遊んでいるのは、ベビーカーを押した若い母親と、乳幼児。地域ごとにある公園に親子で出かけていき、砂場や滑り台で遊ぶ子供たちを見守りながら、お母さんたちはお喋りを楽しんでいる、と言う図はどこででも見られ、「公園デビュー」という流行語までできました。
  
私には思春期真っ只中の二人の息子がいますが、彼らが幼い頃にもそういえばそんなことがあったように思います。あったように思う、というのは私は仕事をもっていたので日中子供たちは保育所のお世話になっていたからなんです。帰宅すると、「公園組」がマンションのエントランスに列をなし、保育所から子供と大荷物(着替え後の衣服や使用済みのタオルが主な中身なんですが)を抱えた私たちを迎えてくれます。何となく…面映いような、気が引けるような。そんな思いで「花道」をすり抜けエレベーターに乗ったものです。

 子育てをしていると色んなわからないことが出てきます。病気や怪我のときはもちろん、歩くのがどうとか、お喋りがどうの、字が読める、数が数えられる、夜寝ないんだけど、オムツがとれなくて…etc.そんな時、初心者ママの頼りは育児雑誌。ちょっぴり頭でっかちになってしまったりします。昔のように家におばあちゃんがいる家が減って核家族化し、急な子供の発熱などに慌てて救急車を呼んだ、と言う話も少なくありません。そんなとき、公園で知り合ったネットワークが役に立っていることがあるのじゃないかな。私のように「保育所組」にもネットワークがあり、残業などで迎えにいけないときは友達に頼んだり、病気の情報が入ったり、と。お母さん、と言う人種は子供を通したネットワーク、というものを一つ持っているな、って最近また思っています。
  
息子がまだ歩けない頃からの付き合いだから、かれこれ10数年になる友人がいます。先日久しぶりに電話で話したのですが、子供を通して始まったお付き合いが今では親友です。子供が宝物、っていうのはこういうことかもね、なんて話もしました。私と彼女の場合は、うまくいっているケースです。家族ぐるみでもよく遊び、まさに「遠くの親戚より…」と言う感覚。子供同士も、小学校から別々ですがとっても仲が良いんですね。家族で集まって食事をするとき、ご主人と私がグラス片手に話し込んだり、と言うことも。

 でも、こんなケースばかりではありません。毎日のこと、近い距離だからこそ起こるトラブルもまた、よく聞きます。「どこそこのだれそれちゃんが平仮名を読めた」「〇〇さんちでは英語を習わせている」…。こんな会話が始まりだすと、我が子とよその子の違いが気になります。もともと、数年前には赤ちゃんでみんな同じような状態だったのに、成長に伴って個性が芽生えだしたら、できること、できないこととして気になることが増えてくるように思います。そして、よその子のできることが出来ないと「うちの子は遅れているのでは」「どこか具合が悪いのでは」と思ってしまいあせってしまうと言うことが往々にしておこり、お母さん自身の問題のように抱え込んでしまう、と言ったことが少なくないように思います。すごく狭い範囲で考えてしまうような感じです。

 もちろん、私たちにもこんな幼子であった時代があり、思春期を通過して今の生活があります。そんな観点で見てみるのも一つの方法かもしれないな。私は3歳のときから長い間入院生活を送っていたらしいです。らしい、と言うのは記憶が無いからなんですね。でも記憶が皆無なわけではなく、断片的なことは覚えているのですが、事柄よりも感覚、感情を通して本当の出来事に加え追体験、というようなことが多いかもしれません。これは私に限ったことではないでしょうね。
 
 こういった子供の頃の記憶(追体験やイメージも含んで)が人生観、価値観、世界観…にまで影響があるといったら言いすぎだと思いますか?私たちが心理学を学び現場で使うとき、こういったことがとても役に立ちます。時によってはその誤った思い込みを「書き直す」ような作業の必要もあります。いろんな出来事で心が傷ついていると感じることがありますが、たとえばその原因が「誰かの心無い一言」だったとして、実はその「心無い一言」は愛から出ていると感じられたとしたら…。
 
 人の記憶と言うものは案外いい加減なものです。自分の中ではこうだ、と信じきっていた思い出が他の誰かの話と混じってしまっていたり、ある一部分だけがやけに鮮明だったり。ましてや子供のころの頭(心)の中は混沌としています。強烈なインパクトだけが残されてしまっていることも。でも、つらい思い出として残っていることが実は「愛から出たこと」だと知ってしまったら、これまでの私の人生を返せ〜〜〜なんていう気持ちになるかもしれません。
 

中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:33