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2003年5月27日

●あるがまま

カウンセラー仲間の源河が無事出産をし、私達夫婦は生まれてほやほやの10日目の赤ちゃんに会いに行ってきました。
私には8歳年下の妹がいるので、妹の赤ちゃんの頃をよく記憶している方ですが、実際に生まれたての赤ちゃんを目の前にすると、「ち、ちっちゃい・・・。」とこんなにも赤ちゃんって小さかったのかと驚きました。
そしてジタバタと動いたり、色んな表情をする赤ちゃんの顔に時間も忘れて見入ってしまいました。
私達がいた1時間半位の間に、おっぱいを飲んだり、おむつをかえてもらったり、泣いたりと、赤ちゃんもお母さんも大忙しでした。
でもその横で見ている私達は、とっても安らいだ気分でした。赤ちゃんを見ていると何故かとっても平和で、穏やかな気分になりました。
赤ちゃんはただ、一生懸命自然の摂理に従って過ごしているのですが、それを傍で見ている者はこんなにも癒されるんだ・・。と久しぶりに思い出しました。
何の恐れもなく、ただあるがまま、無邪気に生きている赤ちゃんからたくさん教えられるものがあるような気がしました。

私が高校生になった頃でしょうか。その頃私は将来何か特別なことをしなくては、という思いがありました。平凡に会社で働いて、結婚をして、子供を産んで・・。そんな一生に一体どんな意味があるのか?そんなんで幸せを感じられるのか?と、生意気にも思っていたんです。
私は平凡では終わらない。なにか特別な、人とは違ったことをして生きていきたい。そうでなくては、幸せを感じられないのではないか?そんな気持ちがずっとその後も、何処かにあったような気がします。

今では仕事柄、私と同じように感じている方のお話をよく聞かせてもらいます。
OLの方、サラリーマン、主婦の方・・・。多くの方がもっとがんばらなくては、もっと自分の能力を高めなくては、もっと特別な存在にならなくてはと感じていらっしゃるように感じます。私もかつてそうだったので、その気持ちはよくわかる気がします。
そしてその気持ちの下には、もっとがんばって評価されれば、特別になればもっと人から好かれるかもしれない。もっと人から愛されるのかもしれない。もっと毎日充実感を感じられるかもしれない。そんな叫びがそこにあるように感じます。

でも誤解を恐れずに言うなら、今の私は思うんです。
特別さが自分を幸せにするものではないんだと。

もし自分が人とは違う特別さがあったとします。
社会的地位とか、能力とか・・。それはそれで素晴らしい事だと思います。
でもそれと同時にこんな恐れがあったとしたら・・。
この地位を失ったら、誰も振り向いてくれなくなるんじゃないか?とか、私にこの能力があるから人がついてきてくれるんだとか。
そしてその為に何かを我慢したり、本当の自分自身とかけ離れてしまっているとしたら、人生がとてもしんどく、辛いものになってしまうかもしれません。

あるテレビ番組で放映されていた、海外の質素に自給自足で生活している村の人の言葉が、私の心に残りました。
「人間は、毎日の生活を一生懸命して、子供を産んで育てて、それだけで十分幸せな人生なんだと。」
ある意味本当にそうかもしれないと思いました。

最近私が思うのは、何もドラマティックな人生ではなくても、日々の生活でどれ位自分が幸せを感じられるか?これに尽きるように思います。
今与えられている自分の環境で如何に楽しむか?楽しめるか?それは自分次第だと思うんです。
そう考えると今の環境が自分の望んだベストの状況ではなくても、まだその途中だとしても、楽しみや充実感を見出すことは可能だと思います。
今出来る事、したい事、逆にしなければならない事、それすら楽しんでできるとしたら
平凡な毎日でも十分幸せを感じることができるんですね。

そのコツの一つが、「あるがまま」だと思います。
「あるがまま」ってどんな状態?
というと、私の解釈は自分らしさだと思います。
自分らしさって?
これは最近よくカウンセリングの場でもお伝えしていますが、自分の嫌な所も好きな所も、何もかも全部です。
自分の気持ち・感情、考え方、立ち居振る舞い、行動パターンetc・・・。
それを全部自分が許して受け止めてあげられたとしたら、とても楽になります。
好きな所はさらに好きになってあげるとして、嫌いな所、頭ではわかってるんだけどできない事は、「こんな風になりたいなぁ」と目標に変えてあげるといいと思うんです。

自分らしくいられる時、私はとても心地良いです。
私が心地良くいられる時、きっと周りの人も心地良いんじゃないかなと思います。

安心しきって何もかもを委ねられている赤ちゃんのようになるには、私もまだまだですが、そんな風になりたいなと赤ちゃんを見ていてつくづく思いました。

根本理加

投稿者 csadmin : 10:13

2003年5月23日

◇ストレス解消実践編

原が今週のエッセイでストレス解消法について話をしていたので、僕もちょっと
考えてみることにしました。
以前もどこかでお話したと思うんですけど、彼と一緒で、気の置けない仲間と
話をしながらストレス解消を図ることが多いですね。
仕事を終えて飲みに行ったり、ご飯を食べながら、色々とああでもない、
こうでもないという話をするのが昔から好きですね。

それでも抜けない疲れが溜まることがあります。
そういうときは、僕は一旦江坂の街を離れてどこかに出かけます。

江坂の街もお気に入りのカフェやマッサージやショップがあってくつろげるん
ですけど、いざというときは電車やタクシーに乗ってこの街から距離を置きます。
(僕はペーパードライバーなので車は持ってません。欲しいんですけどね。)
家にいるとどうしても仕事してしまうし、江坂近辺で遊んでいても、
ついつい仕事のネタやアイデアを思いつくと家に帰りたくなってしまうんです。

ネットに繋いでスポーツ新聞のサイトで阪神の活躍をニコニコしながら見てから、
ニュースや天気予報、興味のあるサイトをぐるっと周ります。
それで、最後にうちのサイトを見るんです。
そうすると「もっと良くなるところはないか?もっと分かりやすくできないか?」
と色々とチェックしてしまうんですね。
もう、これは条件反射、癖みたいなものです。
それで、ホームページの編集ソフトを立ち上げて細かいところをちょこちょこ
手を入れて更新作業をして。

何か一つのアイデアが浮かぶとそれにまた凝り始めるので、気がつけば休日が
終わってしまった・・・なんてことも少なくないんです。
好きでやってることだけど、やっぱり根詰めてやってしまうと疲れってのは
抜けてくれないようです。

それで、先週から自分をリラックスさせようと、ちょこちょこ出かけることに
しました。

疲れやストレスが溜まると仕事に集中できなくなって、お客様にほんとご迷惑を
かけてしまうようになりますよね。
それは本当に避けたいことですから、疲れを抜くことも仕事の一部みたいなものだ
と漸く考えられるようになったんです。
それまでも理加からしつこいほどに言われてたんですけど、それが身に染みて
わかってきました。(←頑固者なんでね)

どこかへ出かけるときに僕ら夫婦は「京都?神戸?」という選択肢をまず考えます。
大阪は僕ら夫婦にとってはショッピング&食事用の街ですから。

今回は「空海と高野山」展を見に京都へ。
その後、たまたま出会った風情豊かなお茶屋通りを歩いて抜けて、ちょっと季節は
早いけど鴨川沿いの“川床”カフェでランチ。
そして、友人宅でハワイのロミロミというマッサージをしてもらいました。

これが本当に効いて、途中からイビキをかいて寝てしまいました。
半覚醒状態で、なんとなくは覚えているんですけど体中がとろけてしまうようで。
今までもマッサージを受けて寝てしまうことはあったんですけど、イビキを
かきながらってのはあんまり記憶にないですから、それくらい疲れが溜まって
いたんでしょう。

そして、その数日後はインターネットで安く予約できた近くのシティホテルへ。
そこでもホテル内のプールで泳いで、サウナに入って、何とかっていう
オイルマッサージを受けました。
ついこの間受けたばっかりで、ちょっと勿体無かったけど思い切って。
それがまた気持ち良くて前回同様イビキかきながら寝てしまいました。
そして、居心地のいいベッドでぐっすりと眠って、だいぶ復活することが
できたんです。

他にもこの間に仲間といつものように深夜まで話し込んだり、バーベキューをして
結構遊びましたし、空き時間にちょっと昼寝もしましたね。
そのお陰もあって、すっかりと元気になったんです。

この数日、カウンセリングをこなしながらではありましたけど、好きなことを
たくさんこなしてしまった感じです。
先週もこのメルマガで「好きなものリスト」を作ることをお勧めしたんですけど、
僕にとっての好きなものリストにずらっと並ぶのが今回の一連の行動なんですよね。
京都、お寺、風情のある街を歩く、おしゃれなカフェでランチ、マッサージ、
昼寝、シティホテル、サウナ、食事、仲間、おしゃべり、バーベキュー等々。

これだけ好きなモノ(者・物)に囲まれて取れない疲れってのは多分ないだろうと
改めて実感しました。
だから、この一つ一つの行動のすべてに僕の「好きやわあ」「気持ちええわあ」
「嬉しいわあ」というが入ってます。
そして、その気持ちに押されるようにストレスや疲れは吹っ飛んでくれました。
だから、最近の寝覚めは本当に爽快で、気分も新たにお客様にお会いすることが
出来ています。

もちろん、それだけじゃないかもしれないけれど、ストレスや疲れを取るときに、
ちょっと最初は頑張る必要があるかもしれないけれど、好きなことをする、
というのが一番いい方法かもしれません。
今回も出費はけっこう嵩みましたけど、この満足感があれば元は取れたな、
というのが実感です。

好きなことを思い切りたくさんやってみる、ぜひ、お勧めです。


by 根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:12

2003年5月20日

●僕のストレス解消法

皆さんのストレス解消法って、どんなものがあるでしょう?
カラオケとか、フィットネスジム等のスポーツ系や、お酒を飲みにいく等の
発散型リラクゼーションをストレス解消法としている人も結構多いかもしれ
ませんね。

最近は、発散型に変わって、リセット型リラクゼーションと呼ばれるものに
トレンドが移っているようですね。

アロマテラピーやマッサージ等で疲れを癒したりするのはその代表格ですが、
お風呂にお気に入りの入浴剤を入れて“ほっ”と一息ついたり、
最近流行りの酸素バーで頭をすっきりさせたりなんかも、
リセット型リラクゼーションにあてはまります。
私達が行っているカウンセリングを使ってのリラクゼーションも
リセット型リラクゼーションにあてはまります。 

僕のストレス解消法は月に一回の海外旅行!と言いたいところですが、
そんな豪華なものではありません。(笑)
ストレス解消法というよりも、息抜きと言ったほうが良いかもしれませんが、
僕の場合は一人で音楽を聞いたり、ボーっとするということでリセットをかけて
います。
このやりかたが僕にとっては結構ストレス解消になっているようです。

一人っ子だった僕は幼い頃は一人遊びが得意で、多くの時間を一人で遊んでいま
した。そのせいか、今も一人で時間の過ごすことは苦痛ではなく、上手に過ごせ
ているようです。

僕の友達は、会社で息がつまりそうになった時は、トイレ(個室のほう)に
かけこみ、10分程そこでボーっとしてリセットをかけているそうです。
そして改めて仕事に取り掛かるようにしているそうです。
この話を聞いて僕はおもわず友人に「トイレ・・・くさくない」と、
しかめっ面で言ってしまいました。(笑)
確かに匂いは気になるらしいですが、友人にとっては良いリセットの場所に
なっているようです。

一人で過ごすことで息抜きが上手にできるタイプの人は、定期的に一人で過ごせる
時間や場所を確保してもいいかもしれませんね。

その他の僕のストレス解消法法は、先ほどの一人で過ごすことと、全く逆の
ことになりますが、友人達と話したり、遊んだり、一緒にお茶や、食事をしたり、
わいわい過ごすことがストレスの解消法になっています。

わいわい過ごすことで発散するというよりも、友人との繋がりを感じた時に、
ほっとする気持ちになれたり、嬉しい気持ちになれたりすることが、ストレスを
打ち消してくれているようです。
(心理学的にも繋がりを作るというのは、分離状態の不安を打ち消しますので、
 良い方法みたいです。)

昔、僕は人に対してあまりに気を使いすぎるタイプでしたので、
誰かと一緒に時間を過ごすとストレスが溜まってしまう時期がありました。

誰かと一緒にいると気を使ってストレスが溜まるので休みの日くらいは、
なるべく一人で過ごしたいなぁと思っていました。

一人で過ごしていると気を使わなくて済むのですが、心のどこかで孤独な感じが
していました。そして今度はその孤独がストレスになっていきました。

一人で過ごす時間が欲しい・・・
でも、それは人が嫌いだったわけじゃなくて、気を使うのが嫌いだったからそう
思ったんですね。人は基本的に好きでした。
人が好きなのに、人と会わずに一人で過ごす・・・
孤独感が募ってストレスになるのは、当たり前ですね。(笑)

今は友人達と過ごすことが一番のストレス解消になっています。
気心の知れた友人達とハートをオープンにして付き合うことで、心に溜まった
ストレスも吹っ飛んでしまいます。
オープンになっている心の窓からストレスが出ていっているのかもしれません。

ハートをオープンにして友人と接することは、
自分の感情をカウンセラーに話す、カウンセリングと通じるところがあるかも
しれませんね。

ハートをオープンにして付き合える友人、僕はそんな友人達が大好きです。
僕の財産だなと思います。
僕はそんな友人達を持てて幸せです。
そう考えただけでも、嬉しくてストレスが吹っ飛びそうです。

僕の息抜きの方法や、ストレス解消法はこんな感じです。
ストレスケアーは本当に大切だと思います。
人それぞれ自分にあった息抜きの方法や、ストレス解消法があると思いますので
自分にあった方法を見つけてみてくださいね。

◆カウンセリングは自分の考えていること、思っていること、抱えていることを
 カウンセラーに話すことで、感情の解放が行えます。
 良いストレスケアーになると思いますので、
 皆さんストレスケアーの一つにカウンセリングを取り入れてみてくださいね。

原 裕輝

投稿者 csadmin : 10:12

2003年5月13日

●母の死がくれた妹との絆

私には、4歳年下の妹がいます。
少し年が離れていたので、小さい頃から、あまり一緒に遊んだ事がありませんでした。
2人姉妹ですが、顔も体つきも、全然似ておらず、もの心のついた頃から人生に絶望していた私は、妹とは、きっと親が違うんだというふうに思っていた部分がありました。
たぶん、そう思う事で、自分を慰めないとならない事がたくさんあったからのようです。
「お姉ちゃんだから我慢しなさい」、と言われ続け、私は我慢大賞を受賞できるぐらいの我慢をしてきた覚えがあります。
そして、我慢をする事は、私のステイタスのようになってしまっていました。
我慢をし過ぎると、我慢を我慢って感じたり、思ったりしないのですが、周りの人間は見ていられないという感じになります。
今、衛星放送で甦っている世界的ヒロイン「おしん」のような世界ですね。

私の人生で、阪神大震災を神戸の真ん中で被災し、全ての生活機関も麻痺し、町も人も絶望しきっている中で、母の突然の病死が来ました。
あまりに突然で、私は涙も出ませんでした。
そんな涙がでない自分自身にとても驚きました。
それでも、葬式を済ませると、看護婦という仕事に戻り、普通に生活していました。
そして、時が過ぎ、母を亡くしたという事実をやっと感じられるようになった頃、私は、母よりも重症の人が助かって行く、そんな仕事の現場に自分の身を置いている事が出来なくなりました。
悩んだ末、、やっとの思いで父にそれを伝えた所、父の返事は「お父さんも頑張っているんだ。お前もそんな事を言わずに頑張れ。」というものでした。
私は、この我慢大会は、慣れ親しんだ大会だったのですが、さすがにこの時ばかりはどうしようもなかったようです。
そして、そのやりとりを見ていた妹が、私に、泣きながら
「お姉ちゃんがそう思うのなら、辞めたらいいよ。このままじゃ、お姉ちゃんが次に死んでしまう。私は、お姉ちゃんに生きてて欲しいから、私からお父さんを説得する。」と、
それまで、弱弱しく、自分の想いなど殆ど話す事のなかった妹が、この時ばかりは私の命を救ってくれました。
たぶん、私は、本当に仕事を辞めたかった訳ではなったようです。
ただ、私を理解してくれる人や必要としてくれる人を感じたかったのだと思います。

20代の後半まで、殆ど話す事のなかった姉妹が、初めて必要とし合うという感覚が芽生えました。
それからは、私達姉妹は、お互いがそれぞれの専任カウンセラーです。
「私カウンセラーになりたい」といって、その道の大学に進学した妹は、挫折しかかったこの夢に向かって、ようやく動き出しました。
また、妹のこの発言を聞いていた私は、そんな道があるんだって事を、その時に知り、ふとしたきっかけでこの世界に入ってきました。

とても分かり合う事などできないと思ったり、許すもんかと恨んでいた妹との関係性は、母の死をきっかけに、今もますますよい方向に変化しています。
良くなれることを習得できた今では、これで母が生きていてくれたら、もう何も悲しむ事など必要なかったのにと思います。
でも、そうやって後悔ばかりしたり、自分を責めているのは、母の死を無駄にし、そこから何も学ばないでいれば、もっと母の魂は悲しんでいるという事になるでしょう。
だから、私達姉妹は、『命』という事に関して、語り継いで行く職業を選び、これからも語り合って行くんだと思います。
今度は、手遅れにならないうちに、出来る事からでも始めていきたい。
それが、私達が母から受け取った愛のようです。
もう、一人じゃないから、困った時には、話を聞いてくれる人がいる。
だから、恐れてばかりいないで、前に進んで行こう。
私の目標は、あの日、妹がくれた言葉のように人を命を助けてあげる一言をあげられるような人になることです。
そして、それを受け取ってくれた人が、また次の人にそれを投げて行く、そんな繋がりが
世界中にまで及ぶ事です。
この世界中が、愛で包まれる日は、私が生きている時間では難しいかもしれませんが、時代が続く限り、きっときっと今自分が生きている事に意味があったって思えるような、人からも思ってもらえるような、そんな人生を創っていきたいものです。

深澤三津子

投稿者 csadmin : 10:11

2003年5月 9日

◇めげない

先日、知り合いの紹介で好きなことを仕事にしている人に出会いました。
その人は料理人です。「いつかは自分の店を持ってやる」と希望に溢れていたそうで、
自分でお店をOPENしてから半年後、これまでより一層やりがいのある新しい店を構え、
今現在はテレビでも紹介されるようになったほどの人気のお店です。おかげでお休みが
ほとんど取れない状況らしいです。

彼がココまで来れたのは並大抵のことではなかったと思います。
普通料理人というのは、料理にこだわってさえいればいいようなものなのですが、
その人はお店自体の雰囲気作りから全て自分で創作するほどです。
「日本の縁側のようなものを作りたい」と思えば、山に行って竹を切って自分で
装飾したり・・・
(余談。筍を掘りに行った時、こんな場所に来て切ってたんだな〜なんて思ったり
 してました)
とにかく「いいものを作りたい」というこだわりがすごいのです。

「自分がお客になって来たいと思うようなお店を作りたかった。
 でも悔しいけど自分では来れないんだよね〜。」

「でもここまで来るのには大変だったんじゃないの?
 くじけそうになったりとかあったでしょ?」

彼は「ん〜〜、めげないも〜ん!」とガッツポーズをしながら笑顔で答えて
くれました。それを聞いた時、何故か安堵感が出てきました。

自分がやりたいことって何だろう?それを見つけるのは難しい事ですし、
そのような「天職」がすぐにわかるのならば誰しも悩まないのでしょう。
そんな中でも「私はこれをやりたいな。だってやってたら楽しいもん。」と
心の底から感じられ、ワクワクするような感覚があるのならば正直にそれに
向かっていく方がいいと思うのです。もちろん趣味の域でもいいんです。

ただ、そこに向かうには二つの障害が出てきます。最初には出来るかどうかの恐れ、
そしてやっている時に生じる「壁」です。
でも最初の恐れをクリアに出来れば次の壁はなんとも感じないものなんです。
多分彼はここを超えてきたからこそ、そうやって笑顔で答えられたのでしょう。
「だって楽しいし好きだから」
この言葉に尽きるような気がしました。

こんなことをしたい!と夢と希望を持っていても、「でもお金が・・」
「自分に出来るだろうか・・?」「時間が取れないし・・」と何かしらにつけて
「出来ない自分」を証明しようとしたり、恐れが強すぎてやる事を躊躇したり
してしまいます。そしてやり始めたとしても「やっぱり自分には無理かも・・」
と不安が募ったりします。でも、これはある意味、真意が問われていると思うのです。
「それでもあなたは本当にこれがやりたいの?」と。

私自身も壁に何回もぶち当たりました。
「カウンセラーとしてやっていける?」
「自信ある?」

答えはNOです。一時期は出来ない自分と戦っていたと思います。

恐れを感じつつ、それを燃やし続けました。そうしているうちに意欲が出てくる。

「やっぱりやりたいねん。」
ここまで来ると完璧にやる気のエネルギーの勝ち。恐れが入り込む余地が
なかったのでしょう。

しかし、気持ちが最大限になって取り組んでいった時、あらゆる障害がやはり
出てきました。それによって駄目な自分を思い知らされたこともあります。
でも何故か「それを超えてもっとやれる自分になりたい!」と苦境をバネにも
変えられる自分がいたんです。不思議です。
100%の気持ちで取り組んでいれば、本当に好きでやりたいことならば障害は
超えられるもの。超えたいんだ、と思うものなのかもしれません。

今では楽しみながら仕事をやっています。
もし問題や障害が出てきても「これはどうやって乗り越えようかなあ?」と
楽しみに変えられる気持ちがあるから。必ず超えられる、と思えるから。

彼の言った「めげないも〜ん!」
“めげることなんてない。だって障害なんて超えられるもん”
彼がそう答えてくれたような気がします。
簡単な言葉かもしれないけどこれほど強い言葉はないのでしょう。
私も言いたい。「めげないも〜ん!」

by 中野知枝

投稿者 csadmin : 10:10

2003年5月 6日

●私の中のアリス

ルイス・キャロルの書いた「不思議の国のアリス」を、また読み直してみました。私はアリスの不思議の国やピーターパンのネバーランドのような不思議な世界が子供の頃大好きでした。何度も読み直したものです。
子供時代の私は体が弱く入院生活もありました。退院してからも家で一人遊びをすることが多く、仕事の片手間に母が私の世界に付き合ってくれていた記憶があります。楽しみと言えば本を読むこと、小さなオルガンで遊ぶこと。こう書くととても寂しい子供時代のようになってしまいますが、5歳ごろには外で弟や近所の近い年頃の友達と遊びまわっていました。身体の影響で行動に制限があったのですが、崖のぼりをしたり子供だけの秘密の基地を作ったり…今では面影もないくらい開発されていますが、当時住んでいた辺りはまだまだ自然がたくさんあって、自分の身体を忘れるくらい元気に遊んでいました。

子供の目の高さで見ると、雑草の茂みだって森のように感じます。アリスが何かを食べたり飲んだりすると身体が伸び縮みするのとは違うけど、今の私たちには見えない物がきっと見えたに違いありません。見えているものは同じでも、感じ方・受け止め方が違うのでしょうね。ただの土管が基地になったり教室になったり、私たちは頭の中で色んなものを創っていました。そう、ドラえもんが道具をのび太君に出してあげるように、私たちの頭の中は宝庫でしたね。

子供の頃、怖かった思い出なんかありますか?今から思うとなんでもないものを怖いと感じていたことはないでしょうか。友人は、チャルメラの音を子供に「子取りの笛」と教えました。彼女の子供たちが小さいときには、チャルメラの音が鳴るとササーっとお布団にもぐりこんでいたらしいですよ。大きくなって真実がわかったときに、子供たちからブーイングが出たらしいですけどね(笑)。

怖い、と言うのではないのですが、私はあるうっそうとした空き地にある祠(ほこら)にとても興味がありました。お地蔵さんが安置されているのはそうでもないのですが、ずっと扉が閉まったままで、興味津々でした。だって、私には小人さんの家に思えたんです。石で出来た台の上に乗っかった祠は空き地を囲ってある有刺鉄線に囲まれ、位置的にも高く、当時の私には届きませんでした。だから余計に興味をそそられたんですね。でも、私以外に関心を持つ仲間はいなく、いつのまにか忘れていました。随分経ってそれを思い出したのは、その空き地が病院になっていたからで、少し場所を変えて祠がありました。何だか懐かしく、子供時代に一瞬戻っていました。

さて、あなたは人と話すときに眼を合わしているでしょうか。眼は心の窓、と言う言い方がありますが、ちょっとした動揺や驚き、喜び、怒り、悲しみ、色んな感情が瞳には宿ります。でも、おそらく見る角度によって違うのではないかな、と思いました。つまり、同じ優しい眼で見ても上から見下ろすのと、大体似た高さで見るのとでは相手からの印象が違ってしまいます。能面をご存知でしょうか?能面はつける角度を変えると笑顔にも泣き顔にもなるといいます。それと似ているかもしれません。

幼稚園や保育園では、先生は必ずかがんで子供と話しています。目線の高さを合わせるためなんですね。大人の私たちがいくら身長に個人差があっても倍、と言うことはあまりないですよね。でも、子供たちから見ると大人はすっごく大きな存在です。だから、腰をかがめて目を合わせてあげるんです。違う見方をすると、子供の目から見た世界、と言うものも見えてきそうな気がします。となりのトトロのアニメ映画でも、はじめお姉ちゃんの方はトトロの居場所がわかりません。少しだけ、大き過ぎたのかもしれませんね。でも木のトンネルをくぐろうとしたとき、木が広がってあたかも道を造ってくれたかのようでした。見えていないものを子供たちが見ているのではなくて、実は子供たちの目線からは見えているものを、私たちの成長が見えなくしているのかもしれません。

そう言えば、アリスは大きくなりすぎて自分の足元さえ見えなくなったことがありました。それに、扉のサイズよりも大きかったのでお庭にも初めはいけませんでした。でも身体のサイズが小さいときにはテーブルの上の鍵が取れなかったり、子犬に追いかけられたり。やっぱりいいことばかりではありませんでした。

今の私たちには、身体を伸び縮みさせる飲み物もケーキもありません。でも、誰かを見るときにその人の目の高さや、位置や、おかれている状況になることは出来ますね。その人自身になることは難しいけれど、こういった視点を持つことは出来るし、そんな目で見てみよう、という意欲があれば本当に視野が広がり人としてのキャパシティが広がるような気がしました。頭ではわかっていても本当に難しいことです。

「不思議の国のアリス」「ピーターパン」「ハリーポッター」「となりのトトロ」「ドラえもん」…
それに最近私の周りではガンダムなどのフィギュアを持っている男性が多いんですが、同じなんですよね。大人になっても子供の頃の夢や、感性を忘れないでいるのは、優しく柔軟になれますよ。子供の視点から色んなものを学べるように思います。それよりも何よりも、楽しいので、こういう世界で一度楽しんでみてはいかがですか?
 

中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:09