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2003年4月29日

●心との出会い

カウンセリングルームにお客さまをご案内して、飲み物をご用意して、それからカウンセリングは始まるのですが、その時に既に目に涙を溜めていらっしゃる方も少なくありません。

「どうしてか分からないんですけど、ここに座っていたら、辛い気持ちや悲しい気持ちがすごくしてきて・・・」と。

カウンセリングルームは、たまの商談などを除けば、カウンセリング専用なんですよね。
だから、いつも色々な方が代わる代わる入ってこられて、色々なお話をして、そして、思い思いに感情を解放し、癒しを経験されていきます。
悲しみや痛み、怒り、罪悪感に無価値感。
そういったネガティブなものから、喜び、楽しみ、繋がり、安心感、解放感といった、ポジティブなものまで様々な感情が流れていきます。

ある意味、感情が出やすい場(フィールド)が作られているのかもしれないなあ・・・と思うんです。

もちろん、ここなら安心できる、何とかなるかもしれない、という気持ちもあります。
「ようやく、こちらに伺うことができたんです」
とおっしゃって下さる方も少なくありません。

今の問題を何とか解決したいと必死な思いでいらっしゃる方、
自分の心のケアのために通われる方、
遠方からほぼ1日かけてこられる方、
忙しい毎日の中で時間を作ってくださった方、
貴重な収入をやりくりされていらっしゃる方、
そんな様々な方の思いを大切に受け止めたいと感じるのは、僕達カウンセラーはもちろんだけど、この部屋も同じ思いなのかもしれません。

各カウンセリングルームには観葉植物を置いています。
緑があると気持ちが落ち着きやすいですし、ソファとテーブルとMD/CDデッキだけの殺風景な部屋に潤いを、という気持ちから。
時折、そんな植物がお客さまの話をお聞きする僕の傍らで、一緒にその思いを感じているような気がすることがあります。
ほんまに、気のせいかもしれないけれど、意志があって、思いがあるような、そんな感覚を受けることがあります。
だから、ちょくちょく気になって、彼らの方を見てしまいます。

そんな観葉植物を見ていたら、ふっと僕が心理学を学び始めた頃のことが思い出されました。

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僕が心理学を学び始めた頃はまだ理系の大学院に通う学生で、数学系の研究をしていたので、目に見えないもの、体系化、数値化できないものなんかは信じられない人間でした。
(だって、想像や感覚だけでは論文通りませんもの)
感性の重要さは認識していましたけど、感情とはコントロールすべきもの、理性が心を支配することが何より大切、と堅く信じ込んでいました。
怒りを感じることなんて恥ずべきこと、涙を流すのは弱い証拠、そう思ってました。

失恋が直接のきっかけだったんですけど、そこで体験したカウンセリング/セラピーで、「心」や「感情」の大切さに気付いたんです。
でも、気付いたところで感情なんて感じられません・・・っていうか、今どんな気持ちなのかもさっぱり分かりません。
震えてきたり、頭やお腹が痛くなったりはするけど、何が起きてるのかも分かりませんでした。
涙が出そうなときも、必死に我慢してましたしね。

まあ、今から思えば無理ないことです。
頭で考えることこそが大事で、まずは理屈で理解してなんぼ、の世界に住んでいたんですから、感情の全てを必死に抑圧していました。

だから、自分がセラピーを受け始めて、心や感情などの目に見えないものを感じることは、めっちゃ怖いし、びびりものでした。
女性ってそういうのを比較的容易に受け入れられる人が多いですよね、だから、「やっぱり女はよく分からん生き物や」と思ってました。

でも、そのうち、頭で考えることの多くに意味は無く、本当は心や感情が自分を支配しているんだ、と分かってきたときには、逆に焦りました。
今まで俺は何をしてきたんだ・・・と。
全部無駄なように感じましたし、何より自分が何を感じているのかが分からないわけで、とんでもない欠陥人間じゃないかと思ってしまいました。
実際はそんなことなくて、きちんと意味があって、今でも役に立っているんですけどね。
いわゆる“パラダイム転換”が起きていて、めっちゃ戸惑ってしまっていたんです。

感情が分からなきゃ女の子と上手に付き合えないじゃないか・・・、なんて思ってしまったんです。
それは一大事と慌てるものの、分からんものは分からん、で埒があきません。

それで『投影』を使い始めることにしたんです。
「自分の感情は自然のものに映し出されやすい」と聞いていたので、木々や空や川なんかを見て、自分の感情を探ろうとしたんですね。
そしたら、何を見ても「悲しそうだ」「辛そうだ」「かわいそうだ」「重たそう」みたいなものばかりが浮かんできたんです。

正直、愕然としました。

そりゃ、彼女に振られてまだ1ヶ月ちょっとでまだまだ引きずってるし、研究もなかなか進まなくて少々焦ってはいました。
でも、頑張って次の彼女を作ろうとしてるし、研究の方だって教授のサポートを受けてるし、それほど悲観的な状況だとは思っていなかったんですね。

で、僕はそこで悩みました。
その自然のものを見て分かった心と、僕が普段感じているものとどちらが正しいのか?と。

以前の僕だったら、間違いなく「俺が正しい」と後者を選んでいたところですが、パラダイム転換が起きて、見えないものの存在や大きさに圧倒され、そんな見えない世界に憧れすら持ち始めていた僕は渋々前者を選びました。
実際は“どっちが正しい”なんてのはナンセンスで、どちらも正しいのが本当だと今なら思えるんですけどね。

でも、そうして「理論が全て」「俺が正しい」路線を変更し、見えないものの存在を信頼し始めると色んな変化が出てきました。

皆さんも「頭では分かるけど出来ない」ってこと、たくさんあると思います。
「あれもしなきゃ」「これもしなきゃ」と思ってるんだけど、遅々として進まない行動もたくさんありました。
論文(英語)を読まなければ、シミュレーションのためのプログラムを作らなければ、フィットネスクラブに通ってダイエットしなきゃ(うーん、随分前からこの目標はあったんですね・・・)、きちんとスケジュール通りに研究を進めて成果を発表しなければ、家のことも放っておいたらあかん、きちんとせねば、とか。

「やらなきゃいけないのに出来ない」のは当時の僕的に「そんな甘さは絶対許せないこと」だったので、自分に厳しく叱咤しながら、行動させようとするんですけど、結局ダメだったり、長続きしないんですね。
でも、あるとき、何でできないのか?を思い巡らしてみたんです。
考えてもなかなか分からないので、「何でやろなあ?」とぼーっと思ってみたんですね。
そしたら、結局「やりたくないんや」という結論に至りました。
なんて単純、っていうか、当たり前の理由なんだろう?と思ったんですね。

論文なんて読みたくねーよ。
プログラムなんてまだやりたくねーよ。
フィットネス?何が面白いねん。
研究?まだまだ余裕やろ?
家のこと?そんな気にはなれんな。

それが素直な心の声だったわけです。
その声をどう克服するかを悩んでも答えは出ないので、時間はあるし、とりあえず好きなことでもしようと思い立ったんですね。

それで、友達を誘って、カウンセラーの先生宅に遊びに行って心理学の話や色んな裏話を聴いたり、摩訶不思議な女心を理解したいと思って小説を読んだり、色んな女の子と話をしたり、そういう生活を始めました。

そしたら、不思議。
遅々としてではあったけど、コピーだけしていた英語の論文も読み始めることができたし、プログラムの作成も開始され、ほぼ毎日フィットネスクラブに通うこともできたし、家の片付けもスムーズに出来るようになりました。
おまけに親友も新たに出来たり、毎日が重たく暗いものから、徐々に明るいものに変化して行きました。
色んなアイデアも浮かぶし、楽しくなってきたんですね。

なんで?

僕自身、理性や意志の力で感情をねじ伏せて来たみたいです。
「こうせなあかん」をきちんと実行することだけを考えてきたので、いわば、心・感情がストライキを起こしたような状態になっていたみたいです。
だから、「しなければならないことほど出来ない」状態に陥り、無気力になったり、自己嫌悪ばかりが募る毎日になってたんです。

そこで、心を受け入れようと、したいこと(でも、我慢してたこと)をちょっとずつやり始めると、心も「そうかいそうかい、漸く言うことを聞いてくれたな。そしたら、おいらもあんたの言うことを少しはきいたるわ」と思ったのかもしれません。

そんな風にすっかり目には見えない心の持つ力に魅了された僕は、ますます、その世界を知るべく色々な心の旅を経験していくことになったわけです。

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実際にカウンセリングルームに置いてある観葉植物が何かを答えてくれたりすることはありません。
(もしかしたら、何かを饒舌に語っているのかもしれないけれど、僕にはまだ聴くことはできないみたいです)

でも、生きているものが傍にいるっていうだけで、何かしらの安心感があることも事実だと思うんですね。
だって、これが実際の植物じゃなくて作り物だったとしたら、こんな気持ちにはならないと思うから。

そういうわけで、今日もカウンセリングルームに入ると観葉植物をちょっと見やってご機嫌を伺ってます。
部屋に潤いをもたらしてくれるものですから、大切にしたいですし、会話ができたら・・・また世界が広がるかも、と思うから(笑)


根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:08

2003年4月25日

◇誕生

先日、3人目の娘が生まれました。
体重3596gと結構大きい赤ちゃんでした。

実は、予定日を1週間すぎてもなかなか生まれてこなくて、僕はもう、
やきもきしたり、カウンセラーの職業病とも言うべきか、そんなときもすぐに
自己分析をしたりして、「ああ、俺に問題があるのか!?」と慌てふためいたり
と、もう、大騒ぎでした。

ところが、僕の奥さんは、さすがにもう、3人目の出産ともなると、どっしり
構え、「出てくるときは出てくるもんだから」と逆にたしなめられる始末。。。
恥ずかしい限りですが、僕は体は結構大きいのですが、繊細だと人によく言われ
ます。自分でも確かにそう思えます。
そんなこんなで、落ち込んだり、慌てたりと一人で暴走を繰り返したんですが、
生まれたときは超安産で、なんとも元気な赤ちゃんであったのでした。

生まれた直後の赤ちゃんをだっこしてみて、感激もひとしおでしたが、
何よりもまず、驚いたのは奥さん。
「あ〜すっきりした!」
が、出産の感想でした。
う〜ん、「母は強し」でした。

女性は出産を体験できる分、男性よりも大きな変化を受け入れることが
より簡単なのかもしれませんね。

女性は偉大だ。。。


by 田村厚志

投稿者 csadmin : 10:07

2003年4月22日

●人がくれる温かさ

今回は私がかつてアメリカに訪れていた時のことを書いてみたいと思います。

昔付き合っていた彼とは約5年間、日本とアメリカで遠距離恋愛をしていました。
その間に私は、合計6〜7回位アメリカに訪れました。

初めてアメリカへ行った時の感想はとにかく『何でも大きい!!』ということでした。

建物の大きさはもちろん、電話の子機とか、携帯電話も大きい!
ジュースのカップのサイズも、日本のSサイズというのは、子供用のカップサイズで、向こうの一般的なSサイズというのは日本でいうMサイズなんですね。
一番驚いたのは、映画館で食べるポップコーンのサイズ!
あれはバケツ?!と思われるくらいの大きさで、大きなアメリカ人のおじさんが片手で抱えられるギリギリのサイズなんですね。
もちろん、レストランで出てくる料理の量も半端ではありません。
体格が違うから当然なんでしょうけど・・。
私も向こうにいる間は飲み物を飲む量が増えて、日本に帰ってきた時はコップが小さい・・・と何か損をしている感じがしたものです。

あと、日差しの強さの違いにも驚きました。
特にカリフォルニアに行った時は、雲一つ無い真っ青な空が本当に気持ち良かったです。
青い絵の具を原色そのまま筆でのばしたような、本当に真っ青なんです。
そして雲がないので、太陽はジリジリと照っていて、でもカラッとしていて汗をかかないんです。
そして、日陰にいる時に風が吹くと肌寒いくらいです。
そんな空の下にいると、日本では地味でシックな色使いが好きな私が、原色の洋服を買いたくなってしまうんですね。
「あぁ、水や空気や日差しが違うと、こんなにも色んな事が違う風に感じられるんだ。」と深く納得しました。

そして、そこで生活しているアメリカ人の気質にも納得がいくのでした。

私はアメリカに住んだことはなく、1回の滞在はせいぜい長くても2ヶ月もいなかったので、印象しかわからないのですが、私が出会った人達はとっても温かかったです。
私はその当時、日本ではとても人見知りで引っ込み思案だったのですが、アメリカへ行くといつも彼らの雰囲気に飲まれて、私までとってもハートがオープンになるのでした。

私が感心したことは、例えば空港で大きな荷物を持っていると、横にいる人が手伝ってくれたり、例えばスーパーでレジに並んでいる時に気さくに声をかけてくれたり、何か困っていたりするとすぐ声を掛けてくれることでした。
人に関わる手間を惜しまないという感じなんです。
(その辺では大阪のおばちゃんはアメリカ人的なのかもしれません(笑))

そして、お店やレストランや、ちょっとした事で出会った人でも必ず「今日はどう?」とか聞いてくれ、帰る時には「よい一日を」「ありがとう」などと声を掛けてくれるんですね。しかも心がこもっているので、気持ちがいいんです。

引っ込み思案な私がどこに行っても、誰かが声を掛けてくれるので一人ではないという感覚があったんです。

きっと日本も田舎の方に行くと今でもそうなのかもしれませんが、生まれも育ちも都会の私はいたく感動してしまいました。

もしここで一人暮しをしても、日本の都会で感じる孤独は感じないかもしれないと、その時思いました。

もちろん、アメリカも良いところばかりではないのですが、アメリカで感じたあの人間的な温かさや、繋がりは見習いたいなと思いました。
あの温かさが日本にもあればいいのに・・・。とずっと思っていました。

そして私はその後、心理学のカウンセリングやグループセラピーの場で同じものを見つけました。
見つけた時は、探していたものが日本にもあったんだ!!と、とてもうれしくなりました。
この温かさや人と繋がっているという感覚を、もっともっと広めていけたらなと今も願っています。
私達が、人の温もりを探している人々の居場所になれたらなと思っています。


根本理加

投稿者 csadmin : 10:06

2003年4月15日

●そばにいるよ

リンリンリン・・・・

朝7時ごろ目覚ましが鳴ったので起きようとしたのですが、
何故か体が動かない、頑張って起きあがってみたのですが、
熱があるのかまっすぐ立とうとしても足元がふらつきます。
側にいた彼女が僕の額に手をそっと手を伸ばしてきて
手を僕の額にあてがって熱を測ってくれました。

まっすぐ立てなかったので『仕事ができるかな?』と思っていたのですが
「少し熱いかも」と言う彼女の言葉を聞いて、
『熱があるんだったら身体を休めたほうがいいかも』と思いました。

体は上手く動かないし、頭も上手く回らない、
今日は仕事にならないと思ったので、その日予定していた
カウンセリング待機を全てキャンセルすることにしました。
運良くその日の予約がまだ入っておらず休むことができそうでした。

事務所に体調不良の為お休みさせてくださいという旨を伝え終えたので
僕はお家でゆっくりするつもりで、
コーヒでも飲みながらメールチェックをすることにしました。

椅子に腰掛けてコーヒーを片手にメールチェックをしている僕に彼女が
「ゆっくり寝て休んだら」と声をかけてくれました。
その時僕は体調不良で仕事を休んだはずなのに、
全然休めていないということに気づきました。
メールチェック=仕事をしていたのです。

休日の日や、体調が悪くて休みをとっている時は、
心も体も休ませなければと思っているのですが、
ついつい働いてしまっていたり、ゆっくりできてなかったりと
休めてないことが多いのです。
僕の悪い癖です。

今回は彼女が熱を測ろうと手を額にあてがってくれたことや、
「ゆっくり寝て休んだら」と声をかけてくれたことなどの、
彼女の心遣いのおかげで体が悲鳴をあげているから休んだほうがいいんだな
ということに気づくことができました。
また、悪い癖がでて体を休ませていなかったということにも気づくことが
できました。

彼女の心遣いは、僕にとってとても嬉しく
彼女の言葉一つ一つに心が癒されていくようでした。
彼女の言葉のおかげで体よりも心が一番休めたのかもしれません。

病気で弱っている時は、心もどこか不安になっているのか、
彼女が側にいてくれることは、とてもありがたいことでした。
側にいてくれるだけで、ほっとした気持ちになれます。

思い返してみると、僕が疲れている時、悩んでいる時、苦しい時には
誰かが側にいてくれたように思います。
それは、恋人だったり、友人だったり、仕事仲間だったり、親だったり・・・

励ましてくれたり、話を聞いてくれたり、見守ってくれたり、
ただ隣に座って一緒にいてくれたり、形はいろいろですが
誰かが側にいてくれたように思います。

田舎に住む母親は住んでいる場所の距離は離れていても
僕のことを応援してくれています、心配してくれています、愛してくれています。
住んでいる場所の距離は離れていても
心はいつも側にいてくれているように思えます。

疲れている時、悩んでいる時、苦しい時は、
自分の心の苦しさに意識が集中してしまい側にいてくれたことに
気づかなかった時もいっぱいあったと思いますが、
そんな時にもたぶん誰かが側にいてくれたんだと思います。

それはとても嬉しいことですし、ありがたいことだと思います。
誰かが側にいてくれたことで、僕は今迄ずいぶん救われたと思います。


僕は大切な人が悩んでいる姿や、苦しんでいる姿をみていると、
つらい気持ちになる時があります。
なにか力になってあげたい、助けてあげたいと思います。
でも、力になれない時もあります。
ただ見守るしか無い時もあります。
そんな時は無力感を感じ、いたらない自分を責めてしまうこともあります。

僕が悩んでいる時、苦しんでいる時、
もしかしたら僕の側にいてくれた人も、僕と同じような気持ちを感じたことが
あるのかもしれません。
そんな気持ちを抱えながら側にいてくれたのかもしれないと思うと
胸が熱くなります。本当にありがたいことだなと思います。

誰かが側にいてくれたこと、それは僕にとってとても嬉しいことでした。
だから、僕も大切の人の側にいてあげることができる人になりたいと思います。


原 裕輝

投稿者 csadmin : 10:05

2003年4月11日

◇流され上手になる

私事ですが、先日××回目?の誕生日を迎えました。
心理学を学びはじめてから、自分を大切にしよう!という名目で(笑)、
誕生日には毎年自分自身へプレゼントを買っているんです。
普段ならちょっとためらってしまったり、敢えては買わないようなものを
自分へのご褒美として。
元々が貧乏性なので、そんなにたいしたものではないんですけどね…。
でも、それでも自分のために何かを買ってあげるというのは、
結構気持ちのいいものです。

それはさておき、誕生日になるといつもバースデーカードを送ってくれる
友人がいます。今年も彼女からもらったカードを読んでいて、
いろいろ思い返すことがありました。
彼女の書いてくれる言葉はさりげないけれど、
なぜかいつも心に残るものが多いんですね。

ちょうど去年か一昨年位前だったと思います。
彼女自身もいろんなことを乗り越えて頑張っている時で、
“毎日やっていることに、意味をもって流されていきたい”
というようなことを手紙に書いてくれました。
確か表現はもっと違ったと思いますが、何かその時忘れていた
大切なものを思い出させてくれたような気がしたんです。

日々のルーティンワークに追われていたり、
忙しいばかりで現実に変化がなかったりすると、
ふとした瞬間に、虚しくなったり、
ただ時間が無駄に過ぎていくように感じてしまうことがありますよね。
会社が、誰かが、世の中がつまらない…、て感じてしまったりします。

でも、同じ現実を進んでいくのも、ただなんとなく流されていくよりは、
自分なりに意味をつけてあげると、また違ってくるものです。
仕方がないから、誰かがそういうから、ではなくて、
自分が意思をもって関わっていくこと、自分から選び直すことで
同じ日常も変化していきやすくなります。

こうなりたい!あんなものを手にいれたい!て思うとき
私達はついつい外側に理想をあてはめて見てしまいますよね。
そして、それがよくないと、そこに背を向けてしまいたくなります。
(私もこれはよくやっていました。)
でも、どんなに完璧でない現実でも、自分がこうなりたい!気持ちを
もちながら関わっていくと、必ず現実に見えるものは変わっていきます。
もちろん、手に入るものも。

彼女のくれたカードを読みながら、またこの機会に
もう一度自分を振り返ってみようという気持ちになりました。
ただ、ご褒美をあげるだけでなくて。(笑)
今の自分やこの一年に新たにやりたいことも含めて。
どんな風に流れていくのか、ドキドキ、楽しみです。

by 塩田純子

投稿者 csadmin : 10:04

2003年4月 8日

●Beautiful Name

もう随分前になりますが、「国際児童年」だったかがあり、そのキャンペーンソングが、GodiegoのBeautiful Nameと言う曲でした。
 
今日も子供たちは小さな手を広げて…という始まりでとても楽しい曲です。タイトルの意味は、美しい名前と言ってしまえばそのまんまなのですが、どんな子供にも一人ずつ一つ名前があり、そこにこめられた親や周りの人たちの愛情、子供たちに向けられる温かい目を歌った曲です。

私が小学校2年のとき、国語の授業で自分の名前について調べたことがありました。両親や祖父母につけてもらっていたり、偉いお坊さんや家族が世話になった人につけてもらっていたり、誰かの名前の一部をもらっていたり。どこかの地名が由来だったり、季節のお花からもらっていたりと。漢字を使っている名前だったら辞書を引いて漢字の意味にこめられている親の願いなんかを感じてみたり、そういうことから周りの愛情を感じる、というのが目的だったのかもしれません。でも、子供心に何だかすっきりしないものがありました。そのときはそれが何だったのか、わかりませんでした。

もう少し成長して、色んな本を読むようになりました。何を読んだかわからないくらい、もう手当たり次第に「活字」を読んでいたようなころもありました。その中で、「赤毛のアン」と「足長おじさん」の話を読んだ時に、この2年生の授業を思い出していました。読んだことがある方はおわかりかと思いますが、アンも、足長おじさんの主人公のジュディも今で言う「児童養護施設」の出身者です。アンとジュディの違いは、アンは両親に名前をもらったことがはっきりわかっていたこと、ジュディは施設の職員に姓もつけてもらっていたこと。Abbot(アボット)…アルファベット順で確か名簿か何かの一番初めにあった名前がジュディの苗字になった、というエピソードがあったと思います。このことはジュディにとっては決して楽しい出来事ではなかったんですね。

この感覚が、2年生の国語の授業のときの「すっきりしない」感覚とどうもくっついていたのではないか、と思ったんです。色んな事情で子供と一緒にいられない親。親の愛情を「知らずに育った」子供。でも、この世に自分を送り出してくれた親と、近くにいて見守ってくれた人は、必ずいるんですよね。名簿の順番から選んでつけたのだとしても、そこに愛情があるかどうか。そういうことだと思うんです。

名前。漢字でほんの何文字か。アルファベットでもそう長くはありません。でも、この短い文字の中に、本当に色んなお話があります。名前についてのエピソードを探ってみたら、決してすてきなことばかりが出てくるとは限りません。でも、自分自身の歴史でもあります。ハンドルネーム、ペンネーム、ニックネーム、芸名など。自分で名前をつける機会もありますね。どんなことを考えてつけますか。今のあなた自身の名前は好きですか?子供の時から使っている名前をつけてくれた人は誰ですか?そこにはどんな思いがあったのでしょうか。何もないかもしれません。ただ、かわいいから、とか、この子に似合いそうだから、とか、何番目の子供だから、とか。
 
今、何て呼ばれていますか。それは苗字でしょうか。ニックネームのような呼び名でしょうか。誰にどう呼ばれていますか?特別な呼び方をしてくれるのは、あなたにとってどんな人なのでしょう。

毎日見慣れた自分の名前。そこにある様々な思いに、触れてみる機会を作ってみてはどうでしょう。忘れていたような、子供の頃の思いが甦ってくるかも知れませんよ。

中村ともみ

投稿者 csadmin : 10:04

2003年4月 1日

●卒業

先日、息子(下の子)の中学の卒業式に行ってきました。
幼稚園時代にべそをかいて泣きじゃくったり、やんちゃ視まくっていたチビたちが、確実に成長している姿を見るだけで、胸に熱いものがこみ上げてきました。
「これからもおおいに笑って、おおいに悲しんで、おおいに悩んでください。そのすべてがきみたちの栄養になり、人の心がわかる大人へと成長させてくれるでしょう。
そしてその悲しみが大きすぎるときは、きみたちは一人ではないということを思い出してください。」
学年主任の先生が、涙ながらに生徒たちに贈った暖かいメッセージでした。

わが息子も、中学生活は悩みや葛藤の連続のようでした。
生徒会、クラブの部長、進学のための塾、どれもこれも息子がやりたいと選んだものでした。小さい頃から不器用だった息子が、こんなにたくさんの重圧を乗り切ることが出来るんだろうか・・・これが私の正直な想いでした。
そして私はただ見守ることにしました。

見守るとは言ったものの、部屋はまるでどろぼうが入ったような状態が毎日で、服はしょっちゅうぬぎっぱなし、ひどいときは、帰ってきた状態のまま玄関のろうかで寝ていたこともありました。
「自分のことが出来なくて、なんで人のことが出来るの〜〜〜〜〜〜!!!」と
ブチ切れる私に、「人のことちゃう。自分のことや・・・」と低く言い返されたものでした。
「とにかく脱いだ制服は自分の部屋に持っていきなさ〜〜い!」と叫んだ回数は数え切れません。。

「おかあさん、みんなの気持ちが一つになるのって難しいもんやなぁ。。」
彼は時折、こんなことを漏らしていました。
おおいに悩んだ3年間。彼が書いた卒業文集にこんなフレーズがありました。
「本部役員、またクラブの部長などを経験しても、常々感じていた自分の最大の弱点は改善されることはなかった。その弱点とは熱くなること、つまり「熱意」を持って物事に取り組めないところだ。「これだ!」と決めたことを、一心不乱にぶつかることが出来ない。
心のどこかでブレーキをかけてしまう。だから重要なところで間の抜けた行動をしてしまうのだ。どうやらこの悩みとは高校でも付き合うことになりそうだ。
(中略)
これからも自分のペースで前進していきたい。
そして自分がギリギリの時も、そうでない時も、友人や先生や家族が僕の心のそばにいてくれた。とても有難いことだと思う。」    

息子の書いた文の題は「3歩進んで2歩下がる」でした。
私がこれを読んで、何よりうれしかったのは "友人たちが心のそばにいてくれた"
というフレーズでした。
息子がこの中学生活で手に入れることが出来た最大の宝物は、人のさりげない思いやりを感じれる心に育ったということです。

悲しみを受け入れることが出来たとき、人はやさしさを手に入れることが出来ます。
葛藤を受け入れたときに、自分の課題を見つけることが出来ます。
そして自分のキャパシティーを超えた時に、人は一人で生きているのではないんだということに気づくことが出来ます。

春から息子は新しいスタートをきります。
そしてまた、更なる葛藤に出会っていくことでしょう。
新しい苦しみに出会ったとき、ただ、この経験を思い出して、力に変えて、新しい自分自身を増やしていってくれればと思います。

そして、私はこれからもずーっと、息子たちの心のそばにいたいなぁと思います。

山本 真規子

投稿者 csadmin : 10:03