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2002年11月26日

●不安の奥にあるもの

もう何年も前になりますが、精神的なバランスを壊してしまったことがあります。
何に対しても不安と恐れが付きまとって身動きが取れなくなってしまっていたんですね。
仕事で新しい大きなプロジェクトに取り掛かろうとして、その重責をひしひし感じていたところに失恋が重なってパタッと倒れてしまったような感じでした。
何でも一人でやろうとしてプレッシャーばかりを感じていましたし、傲慢にも自分のモノと思い込んでいた彼女と別れることになって男としての自信をすっかり失っていました。
どうしていいのか分からないので、ついに個人的にカウンセリングを受け始めることにしたんです。
それまで心理学を学んではいたし、過去の辛い経験もだいぶ癒されたかなあ、と思っていて、さあ、これから頑張るぞぉー!と思っていた矢先だったので、この出来事はなおさら強いショックでしたね。
もう毎日“絶望”“不安”“恐れ”という感じで。
ほんとに何をするにも不安でね、藁をも掴む気持ちをひしひし感じてしまっていました。
もちろん、電車にも乗れず、夜は眠れず、かといってベットからも降りられない日もあって、半ば死人のようになっていたかもしれません。

そのカウンセリングを申し込んだ時に、受付のお姉さんに「ねむねむもようやく私たちを頼ってくれるだね。ありがとうね」って言われて、うかつにもその場で嗚咽してしまったんです。(僕は心理学仲間には“ねむねむ”って呼ばれてます。眠たそうなカオしてたから、らしいんですけど。因みにこの受付のお姉さんが名付け親で、今でも僕の大切な友人です。)
そんな自分の反応にびっくりして「やばっ、隠さなあかん」と必死に繕いました。
たぶん、間に合ってばれてないと思うけど。(ばれてないと言ってね(笑))

今でこそ「感情を解放しましょう」とか言ってるけど、当時は自分がどんな感情を感じているのかってことがほとんど分からなかったんですね。
だから、彼女のその些細な温かさが僕の凍っていた心を直撃して、わけもわからず涙が吹き出てしまったんです。外出先だというのに・・・。
その一方で、人の温かさとか繋がりがほんとに切れてしまっていたんでしょうね。
自分を気にしてくれる人がいる、なんて思いもしませんでした。

そういう状況ですから、僕自身カウンセリング(セラピー)に過剰な期待を持って挑みました。
これで楽になるんだ、よかった、助けてもらえるんだ、、、と。
実際、セラピーを受けた後ってたくさんの気付きと感動とあったかい思いで一杯になっていました。
「あんた、なんでそこまで俺のこと分かるん?」とか「もしかして、俺、今泣いてる?」とか「おー、めっちゃすっきりした」とか「あ、そういうことなんかあ・・・」とか、そんな感じでしたね。
だから、クライアントさんが「なんでそんなことまで分かるんですか?」とかおっしゃっいたくなる気持ちはよく分かります。不思議ですよねー。

でもね、その気持ちってなかなか続かないんですよね。
数日経つとまた不安が襲ってきて、「何も変わってないやん」という状態になりました。(その経験があるから、今はカウンセリング後のフォローを大切にしたいんです)
気付いたことや学んだこと、いっぱいありました。
でも、それ、自分で実行しなきゃいけないってことまで気付けなかったんですね。

何か、全部やってもらえるものと思い込んでいました。
つまりは、僕のこの不安や恐れを全部取り除いて、この後元気になってまた仕事や恋に頑張れるようになるまで手取り足取り面倒を見てもらえるような気がしてたんです。
ちょうど今目の前にある問題の壁を、カウンセリングという牛車に乗っていれば勝手にカウンセラーが引いて乗り越えていってくれるような気持ちだったんです。

今から思えば自分の人生だし、自分の仕事で、自分の恋だから、最後は自分自身で乗り越えなきゃ意味がないんですけど、当時は自分では抱えきれない色んな思いがたくさんあって、もうそれらを持ちつづけるのが嫌で嫌でたまらなかったんですね。
だから、責められないわけだけど、この日常のカウンセリングも何もない時間をどう過ごすのか?というのが僕に与えられた大きなテーマになりました。

不安なときって、とかく誰かに頼りたくなりますね。
そして「何とかしてよー」という悲痛な叫びを挙げてしまうものです。
そして、この不安を僕の代わりに持ってくれそうな人を次々探そうとするんです。
とっても依存的になっちゃうんです。
自分では意識していないけど、まるで24時間介護を求めてるような感じでした。

でも、人それぞれに日常があり、生活があるわけですから、それは無理ですし、一人暮らしの身だったので家族も近くにいないし、とことん追い詰められていくのを感じていました。
人に迷惑かけてはあかん、という思いがあったから、電話魔になることはなかったけれど、ほんと許されたなら、真夜中でも電話かけたい気持ちになっていました。

もし電話をかけたらこう言うんです。
「早く僕のこの不安を取り除いて」と。
そして、そうしてくれなかったら激怒するんです、きっと。
それが分かってたからこそ、しなかったけどね。

でも、そんな生活が続くと、もうずっとこのまんまだろうか?良くなることなんてあるんだろうか?抜けられるものだろうか?と不安が不安を呼ぶ悪循環になりました。

でも、そこで僕は大きなことを学べたんですね。
それは誰かに頼るということ。
変な話ですけどね、矛盾してるよ、て言われそうだけど。

言い換えると受け取るということ。

人の思いや優しさや繋がりを、受け取る、ね。
そして、自分と向き合ってこのしんどいところを抜けよう、て思いはじめました。
これが僕にとっての転機でした。
状況は変わってないんだけど、なにかほっとしたような感じがしました。
そうして気が付けば自分を心配したり、助けてくれる存在が周りにたくさんいたんです。
僕は誰もいない、ひとりぼっち、孤独、と思っていたんですが、それはまるで目を瞑ってうつむいてしまっていたからだったんですね。
怖い時や不安な時って映画でもよくあるシーンだけど、目や耳を覆って蹲ってしまうでしょう?
そしたら、誰かの声も姿も見えないし、その優しい存在すら自分を苦しめるもののように感じてしまうんです。
その「向き合っていこう」という気持ちは、ちょうどそんな蹲っていた自分が顔を上げたような感じに似ています。

そのことを友達に話したら「それは腹括ったんだよ」と教えてくれました。
なるほど。

そうして自分の心を観ていこうとすると、その分だけぐっと意識が前に向き始めます。
もちろん、すぐにうまくなんていきませんでした。
昨日は大丈夫だったのに、今日はまたダメだ・・・とか。
顔を上げかけては俯き、また顔を上げては・・・という感じだったと思います。
でも、徐々にぐっと地に足が付いたような感覚がやってきます。
そして、その頃になると今起きている苦しい状況にも意味があること、学ぶべきものがあることが分かってきます。
頭で分かるというよりも、感覚的に腑に落ちるような感じでした。
(だから、言葉で表現しようとするのはすごく難しいですね。)

それからの僕の口癖は「この状況は自分にとって必要なことなんだ」になりました。
そう自分に言い聞かせながら、不安な気持ちと向き合っていったんだと思います。
でも、状況はすぐには好転しないもの。
ほんまにたくさん忍耐を学べましたよ。

そんな中、休憩にいつも寄っていた公園から帰る途中にすーっとお腹の底のほうにしっくりくる感覚がやってきたんです。
いつもその公園ではこれからの自分についてものすごく思い巡らせていたんです。
もうその頃は仕事も手につかずに、四六時中今の状況を考えたかったので、この公園での休憩時間は日常の中でも貴重な自分と向き合えるときだったんですね。

ぱちっと何かがはまるような感じだったし、扉がさーっと開いていくような感覚がしました。
そうすると心にぱーっとものすごい安心感が広がったんです。
それはほんまにすごかった。
そして久々に自然と笑顔がこぼれていたと思います。
周りの人に怪しまれそう、と思いながらもニコニコが止められませんでした。
自分でも「苦しすぎて気がふれたんかな?」と、ちょっと思ってしまいました。
でも、そのときはっきり自覚したんです。
何とかなる、と。
大丈夫、このしんどい状況を抜けられる、と。

そこからは何があっても意外と平然と受け止められました。
上司にきつく言われても、前の彼女に冷たい言葉をもらっても。
むしろ、周りの視線は日に日に厳しくなっていました。

でも、気持ちは徐々に前向きになっていきました。
その後はそのときほど強い安心感を感じることは無かったけど、その感覚と、いつも誰かの思いを感じながら過ごせます。
そして、気が付けば自分を信じ始めることもでき始めていました。
僕がそこから問題を乗り越えるにはさらに1、2ヶ月ほど時間を要したのだけど、それも長くは感じませんでした。

不安や恐れって僕たちの周りに常にあるものかもしれないけれど、その奥には実は大きな安心感があります。
他にもこの経験を通じて学んだことはたくさん過ぎるほどあり、そのどれもが今の僕の貴重な糧になってます。
だから、あの当時はほんとに死にたい気持ちでいっぱいだったけれど、決して無駄なものではなかった、すべて意味があり、学ぶ必要のあることだった、と思えるんです。

その後、数年してカウンセリングをさせていただくことになり、そんな経験を色んな方に提供させていただけるようにもなりました。
やっぱり皆さん同じことおっしゃってくれます。
「状況は良くなってないどころか、悪くなってるようにも思えるけど、何だか『大丈夫』って気がします。なぜかほっとしている自分がいます」と。

これが“希望”というものの正体なのかもしれません。
あなたにも今、そしてこれから、漠然とした、あるいは明確な不安や恐れに出会うこともあるでしょう。
でも、大丈夫です。
そこは必ず抜けられます。
あなたがその状況から逃げずに、自分の心を見つめていくこと。
それが出来た分だけ、その先にきっと信じられないくらい大きな安心感を出会えることでしょう。
それまではどんな状況でも決して諦めないでくださいね。


根本裕幸

投稿者 csadmin : 11:44

2002年11月22日

◇今日はイイフウフ(11/22)の日

 皆さんにとってイイフウフ(いい夫婦)ってどんな夫婦でしょうか?
 僕はずっと「何でも話が出来て、一緒にいてとても楽チンで安心でき、セックスの
 相性もばっちりで、趣味や価値観も似通っている夫婦」と思ってました。

 でも、そんなんはありえへんやろなあ・・・とも思ってました。
 確かにいつもステキな彼女達とお付き合いしていたけど、どちらかが我慢してたり、
 相手をコントロールしてしまったりして、付き合いが長引くに連れて、
 どこか不自然さを漂わせていたんです。
 相手のことは大好きだったけれど、ここが嫌、とか、ここが物足りない、とか。

 それはとっても傲慢な思いだったんですけどねー。ごめん。
 
 そんなんありえへんって思う気持ちの裏には、実は「僕はわがままで、気が利かず、
 強情だからなあ」って気持ちが隠れていたりもしました。
 それをどこかで感じてたんでしょうね。
 それで、ケンカすると「わがまま」「気が利かない」「頑固・強情」といったことが
 原因になっていたり、攻撃の的になってもいました。
 自分でそれを自己嫌悪してるから、彼女にそこを突付かれて痛い思いをしたり、
 逆に相手の痛いところを突いて恨まれたりもしました。
 
 ああ、これは俺の問題やなあ・・・。
 そうは気付いたけれど、なかなか変えられないのが自分。
 そこでテクニックに走ってしまって、心を弄ぶようなこともしてたらしいです。
 (自覚症状は当時はありませんでした・・・。)
 ついつい、相手のせいにして「俺は間違ってへん」という態度を取ったりね。
 (あ、これは今でもありますね。。。すいません)
 
 でも、あるとき気付いたのは、俺は結果ばっかり追ってるなあ、と。

 彼女や妻に対しても「何でも話ができなあかん」と思って、何でも話ができることに
 こだわってしまっていたんですね。
 価値感が同じじゃなきゃダメ、と思うと、自分と相手の違いを否定するようになって
 しまいました。そこで理屈立てて攻め込んで傷つけて。
 ついつい自分が正しい、とか、俺に合わせろ、とか、言葉では言わないんだけど、
 そんな雰囲気をかなり出していたと思うんです。

 結果ばかりを追ってしまうと、だんだん自分が窮屈に、二人の関係も安心できる
 どころか緊張感が漂う場に早代わりしてしまうようです。
 
 そのことに気付いたときは、何故だかほっとしました。

 以来、僕はできるだけ「プロセス」を大切にしたいと思うようにしました。
 そうするとね、もっと良くなりたい、もっといい関係になれるって気持ちが
 たくさん出てくるようになったんですね。
 これは僕も驚き。

 理加も一緒にこういう仕事をしてるわけだから、ケンカするときはえげつない反面、
 心に響く提案をすると、喜んで協力してくれます。
 それは、これからどんな関係になりたいか?とか、将来の夢を語り合うことでも
 ありますし、そこへ向けての考えだったりします。
 だから、僕らは結婚して数年たった今でもわくわくできるのかもしれません。
 
 でも、常に僕も僕ら夫婦も発展途上。
 まだまだ、学ぶこと、知らないことはたくさんあります。
 ま、だから、もっといい関係になれるんやな、って思えるんですけどね。

by 根本裕幸

投稿者 csadmin : 11:43

2002年11月19日

●男と女の違い〜Part2〜

世間ではポーッキーの日と呼ばれる11月11日は、私達夫婦の入籍記念日でした。
その日はちょっとおめかしをして、レストランで食事をして
「こうして今回も仲良しのままでいられてよかったね〜」と幸せな気分を満喫していたのですが・・・。

その二日後、つまらない事から久々のケンカが勃発しました!

お互い自分達の生活をより良くしていこう!ということで、私は忙しい夫を想い、気持ちよく家でくつろげるように家事に気合いを入れてがんばっていたんです。
逆に夫はその分、仕事に力を注ぐことでより良い生活をと思い、仕事にすごく集中していたんです。
でもお互いがんばればがんばる程、一緒に過ごす時間が減ってすれ違いが重なって、私は寂しいし、夫はへとへとに疲れてしまうしで、
「あれ??何の為にお互いがんばっていたんだろう??」と本末転倒の事態に陥ってしまっていました。

コミュニケーション不足と、男性と女性の考え方の違いがケンカの原因だったんです。
改めて、男性と女性の考え方って違うんだなぁと考えさせられました。

これは電話や面談カウンセリングでもよく聞くお話なんですね。

カップル(夫婦に限らず、恋人同士でも)が、よしお互いの為にもっとがんばっていこう!ということになった時、 一般的に女性は家事や育児をがんばって、家庭をよりくつろげる場所にしていこうとがんばります。
よりお互いが過ごす時間を増やして密接な関係になりたいと思うんですね。
そして、二人(家族)でもっと色んなことをしてみたい・・・。
今度の休日はどこに出掛けようかな?なんて想像を膨らませて幸せな気分になるんですね。

一方男性の方は、よしもっと稼いで彼女(家族)とより良い生活を送ろう!と仕事に精を出し始めるんです。
想像では、お金を貯めてどーんと旅行にでも行こう!と思ったりするんですが、仕事に精を出しているうちにどんどん仕事が増えて、気がつけば帰りも遅く、休日まで出勤するはめになっていたりして、どんどん疲れてきます。
でも彼女(家族)のため!とまた仕事をがんばって・・・。
気が付けば、すっかりすれ違いカップルになって、お互い不満で一杯だったりします。

こういう時、まず始めに女性側の不満が出てきます。
「どうしてより良い生活を望んでいるのに、彼(夫)は仕事ばっかりして私(家族)を放っておくんだろう?
きっと私(家庭)より、仕事の方が大事なんだ!」
そして彼(夫)に失望した分、態度も少しずつ冷たくそっけなくなっていきます。

一方男性側は、
「何だよ。俺がせっかく彼女(家族)の為に一生懸命仕事をがんばっているのに、その態度は何だ?
疲れているんだからもっとやさしくしてくれよ!」
という風になっていくんですね。
そしてお互いの事を思って・・・。というのが元々の理由だったのに、不満だけが積もっていって二人の仲がこじれていってしまうこともあります。

ここで大切になってくるのは、コミュニケーションなんです。

話し合いをすることで、当初の共通の目標を思い出すことが大切です。
さらに、お互いの為を思ってとっている行動や考え方の違いについて、お互いが理解し合う必要があるんですね。
「そっかー・・・。私(俺)のことを思ってそういう行動をしていたのか・・・。ただすれ違っていただけなんだ・・・。」
と理解し合うことができたら、急激に元のラブラブカップルに戻ることができます。

実際、離婚寸前まで仲がこじれてしまった夫婦が、深いコミュニケーションをしたことで劇的に仲良くなることがあるんです。

前回、私の夫が男と女の違いについてコラムを書きましたが、本当に挙げだしたらきりがないくらい、男性と女性の物の見方、考え方って違うんですね。
自分を基準にして、きっと相手はこう思っているに違いない!
と判断してしまうことで、誤解が生まれることって本当に多いんです。
よくカウンセリングでも、「相手が何を考えているか分からない・・。」というご相談を受けます。
まだまだ、女性も男性もお互いを知らない所がたくさんあるんですね。

私は妹しかいないので男性とお付き合いをしたり、社会に出て色んな男性と接するまでは、男性に関して誤解していた事が本当にたくさんありました。
お付き合いをするまでは、男性に関して自分の父親からしか学べなかったわけですから・・・。

例えば、うちの父親はお酒好きで甘いものがダメなので、男性というのはお酒が好きで、甘いものは苦手と思い込んでいたり、口下手だった父を見ていた私は話し好きな男性がいるなんて想像できなかったり、インテリアやファッションに無頓着だった父だったので、男性がインテリアやファッションに興味があって詳しかったりすると驚いたりと、私が勝手に男性に対して思い込んでいたことがたくさんありました。

皆さんも自分の持っている判断基準で、異性に対して思い込んでいることってありませんか?
「男性(女性)というのはこういうもの・・・。」という思い込みがあるとしたら、要注意です。
思い込みがある分、本当の相手の姿が見えなくなってしまいます。

でも、幾ら性別が違って物の見方や考え方が違っても、そこは人間同士。きちんとお互いを理解するようにコミュニケーションを図っていけば、分かり合えないことなんてないんです。

多くの男性は女性に比べると感情を感じたり、それを表現することが苦手です。
女性にとっては、始めからスイスイと思う通りに男性とコミュニケーションを図ることを期待するのは無理があります。
そこは女性が教えてあげる必要があるんですね。
女性も男性に話が通じやすいようなコミュニケーションの仕方を男性から学ぶ必要があります。
男性にいきなり感情論を持ち出すと、理解しにくい事が多いんです。

例えば、かつて私達夫婦がよくこういう言い争いをしていました。

彼がキレイな女性の友人とうれしそうに立ち話をしている場面に遭遇した時の事です。
私はムッとして、その女性と話し終わった彼と並んで歩き出します。

彼  「あれ?どうしたの?もしかして機嫌が悪い?」

私  「別に。」

彼  「一体どうしたの?」
   (俺何か悪いことしたかな・・?(焦る))

私  「何にもないって言ってるでしょ!(怒)」
   (何ようれしそーな顔して話してたくせに。何で私が怒ってるかくらい分かるでしょ!)

彼  「・・・。???」
   (どうしたんだろ??何でなんだ??)

−それから数時間経って−

私  「さっきは言わなかったけど、内心すごく腹が立ってたんだ。」

彼  「??何のこと?」
   ( えっ?いきなり何?一体いつの、何の事を話しているんだ?)

私  (とぼけたフリして、ごまかそうったてそうはいきません。)
   「さっきキレイな女の人とうれしそうに話ししてたでしょ。」

彼  「さっきって??もしかして友達の女の子のこと?うれしそうになんてしてないよ。」
   (本当に別に普通に話してただけなのにな・・・。)

こんなこっとってありませんか?
女性からすると、何をとぼけたり、ごまかしたりしているのよ!
と思ってしまうかもしれませんが、男性にしてみたら本当に分からなくって心の中は(?)で埋めつくされているんですね。
そして実際うれしそうな表情を浮かべていたとしても、彼本人はそれすら気付いていないことが多いんです。(笑)
それくらい多くの女性は物事を感情的に捉えることが多いのですが、一方男性は物事を起こった事実のまま捉えていて、自分や相手の感情の変化にはあまり注目していないんです。

こいういう場合女性側は、いつ・どこで・誰と誰が・何をして、そしてこう感じた。と説明してあげる必要があります。
そして男性側は、彼女に攻撃されるのが恐ければ(笑)、彼女が一体何に対して、どういう気分だったかを理解してあげる必要があります。

本当に男と女の違いをあげるときりがないのですが、密なコミュニケーションを取ることで、誤解を解いていくこと、もっと分かり合えることは可能です。
相手を理解してみよう!という意欲がある時に、不必要なケンカが減っていきます。
そしてお互いの違いを楽しめるようになっていくんです。
より良いパートナーシップを目指してがんばっていきましょうね!

根本理加

投稿者 csadmin : 11:42

2002年11月12日

●こども

 友人が先日ある講演会に参加してきました。講師は泌尿器科のドクター、内容は「子供のおねしょについて」だったそうです。彼女は子供さんのおねしょを随分気にしていました。4歳の息子さんもそんなお母さんの気持ちを汲むかのように毎朝おねしょ用の紙パンツの状態を気にしているのだそうです。私には二人の息子がいて、もうおねしょとは縁遠く、そういった悩みは遠いはるかな昔(笑)のように今でこそ感じていますが、おねしょに限らず、文字の読み書き、計算、時計の読み方、お箸やお茶碗の持ち方…と様々なことに心を砕いていたことがあるなあと、彼女の不安な思いを聞きながら思っていたのでした。経験上、彼女の息子さんのおねしょはこれから軽快していく事が私にはわかるのですが、彼女にしてみれば初めての子供ですから不安でたまらないのです。そんな事情で、彼女は講演会に参加することにしたのですが…。

 講演会が始まると、彼女は自分が受講者の中で異端のように感じ出しました。なぜかと言うと、年齢も若く子供の年齢も低く…なんだか自分がここにいてはいけないように思ってしまったようです。ともあれ、講演会は進んでいきました。
 講師をされていたドクターは泌尿器科の専門医。機能や疾病に関わること、薬の副作用で起こるおねしょを念頭に資料を用意されていたらしいのですが、いざ始まってみると…。

出される質問の内容が、アトピーや喘息とのかかわり、それらのために服用している薬のいわゆる副作用でありうるかとか、身体的な内容はほとんどなく、精神的な不安の話、それも子供でなく母親の精神的な不安についてが一番多かったのだそうです。

 小学校の高学年になると、キャンプや修学旅行などの宿泊行事が始まります。そのときまでに何とか治してやりたい、とか、姑からトイレットトレーニングのしつけが自分の時代とは違って生ぬるいと責められてノイローゼのようになってしまっている方とか、育て方が間違ったのか、生むんじゃなかった…と号泣する方までおられ、彼女はとってもびっくりしてしまったのだそうです。この話、本当は誰にしたいんだろうって。
 この話を聞いていていくつか思うこと、思い当たることがありました。

 カウンセリングをする中で時折聞くのですが、「あんたなんか生むんじゃなかった!!」と母親に言われたことが深いトラウマになっていることがあるんですね。母親がこういったことを口にするときに、一体どんな思いを抱いているのでしょうか。

 生まなければよかった…その裏には、自信のない母親が見え隠れします。うまく育てられないでごめんね。よその子だったらあなたももっと勉強ができただろうに。そんな思いを感じてしまいます。私は、とても能天気な母親なので、結構色んな出来事があってもこの子達といられてよかった、と思えるし、思春期を迎えた息子たちにもそういったことを言います。例えば、長男はSFD(Small For Dated Baby)といって臨月までお腹にいたのに小さかったのです。当時仕事と家庭との間で相当なストレスを抱えていたので胎盤からの栄養が不十分だったらしいんです。そういったこともあり体は小さいし、体力はないし、毎週病院にお世話になったものです。また、次男のほうは肺炎に罹り入院したことがあります。こういった話もしながら、君らがいることでお母さんは楽しく暮らせているよ、と言う話もします。実際、手がかかることも少なくないし、それはミドルティーンの今もなんですが、言動の面白さ、発想のとっぴさ、そして気づくと色んなことができているようになっていたり(勉強は…おいときましょう。本人も気にはしているようですが)、私はそっちに気を取られてしまうんですね。すると、確かに苦手なことやよその子供さんに比べて見劣りすることがないではないのですが、ま、別にいいかって思えるんです。


 おねしょや食事のしつけ、挨拶と言ったこともそうなんですが、のんきに放っている間にできるようになっていたな、と言うのが感想です。運動をはじめ、私にはできないことが彼らにはできることがあるので、本当に感心します。彼らは彼らで、何で私が難しげな本を読めるのか、感心しているんですね。そのうち読めるよ、と思っているんですが。


 子供には発達段階があります。概ねの目安と言うのがあり、生後3ヶ月、半年…と検診を受け、発達をみます。お隣の〇〇ちゃんは何ヶ月でおすわりが、ハイハイが、うちの子はまだ全然…といって比較しがちになりますが顔が違うように発育の仕方や順番も微妙に違います。ハイハイよりたっちが早い子供さんは今や少なくはありません。うちの長男は、ハイハイがとても遅くて、腹ばいのままジィっとしている子でしたが、ある日突然高這い(ひざを突いたお馬さん状態のハイハイ)で部屋の隅から隅まで異動し、びっくりさせられました。そして気づくと字が読めるようになっていて…アンパンマンカルタのおかげなんですが…2歳で平仮名が読めていました。ところが数にはまったく弱いんですね。迷路のような遊びもだめ。一方次男の方は、就学前ぎりぎりまで平仮名の読み書きができませんでした。親の方はそれこそ入学前検診に自分の名前を書けるように…と必死なんですが本人が一向にその気になりませんからしょうがありません。あきらめていたら、帳尻を合わすかのように、書けるようになっていました。でも、アバウトな母親がデジタル時計が7分進んでいるのを直していなかったおかげで、早くから引き算ができるようになっていました。時計から7を引いて、今何時何分!と言うのです。例えば時計が3時45分だと今は本当は3時38分、と言う風に。何が幸いするか、わかりません。まあ、二人の能力が生かされているとはまだ実感できないんですけれどね。


 私たちは大切な人に対して、「信頼」をあげずに「心配」ばかりしてしまいます。しつけもまたそうですね、いつかできるようになるということが信頼できないのであせってしまうんです。時には機能的・体質的・遺伝的な問題などもあり、他の子供さんの発達過程とは異なる場合もありますが、その子自身の個性であるとか、成長過程を温かく見守れたらいいですね。


中村ともみ

投稿者 csadmin : 11:42

2002年11月 8日

◇ダンナがやさしい

マタニティライフも、初期を終え、もうすぐ腹帯を巻く日が近づいてきました。
とはいえ、妊婦なのに変わりはなく、もっと言えば、
これからが妊婦らしくなっていくんですが、
おかしなことになんだか一学期を終えて、
夏休みに入ろうとしているような気分です。
初期・中期・後期と3つに大きく分けられているからでしょうね。

そんな今日この頃、激しい気分の移り変わりも、
無理の利かない身体にも慣れてきたんですが、
未だに慣れないことが、ただひとつ・・・
(ま、見た目は慣れきっているように映るかもしれませんが)
『ダンナがやさしい』んです。
これが慣れない・・・

いやいや、もともとやさしい人ではありますが、
それがはっきりとした行動として、習慣化しつつあることに慣れないわけです。
人間、幸せなほど恐れを感じるといわれますが、
私はまさにその恐怖の真っ只中。
だから、ついつい「やさしいなぁ」と感心してしまい、
「今だけなっ」の言葉に「え〜?」と言いながらも安心してしまう。
不幸の方が親しみ深い、私たち人間の悲しい性です。

のろけたい訳ではなく、なぜダンナがやさしくなったのか?
の意外なところを皆さんにお伝えしたく。
私はただ単に、包み隠さずつわりの辛さを訴えていただけでした。
最初は取り合ってもくれなかった。
それがです。
私のことを知っている、ダンナ経営のお店の仕入先のおばちゃんが、
口をすっぱくして、こんこんと「大事にしたりや!!」と、
叩き込んでくれたらしいのです。

なぜそのことが、ダンナに効いた(?)のかを考察してみました。
そのおばちゃんは、なんでも自分が妊娠しているとき、
ダンナにやさしくされ、ごはんも近所の人が食べさせてくれていたらしいのです。
聞けば、え〜〜?!と驚くほどの過保護ならぬ、過保妊婦ぶり。
買い物にさえ行かなかったというのですから驚きです。

私たちは、失敗から学び、絶望から希望を見つけ出したりしますが、
このとき限りは、経験していることの説得力を見た気がしました。
幸せは伝染するといわれています。
その伝染力は、きっとインフルエンザに負けないに違いない!
と、のほほんとした感じを受けがちな”幸せ”に、
力強さを見出したのでした。

みなさん、自分の力だけで幸せになろうとはしないでくださいね。
それはきっと、土台無理なことですから。


by 源河はるみ

投稿者 csadmin : 11:41

2002年11月 5日

●息子VS私(母)

私には息子が2人いて、長男が進学の時期(高校3年)を迎えました。
まわりには進学を進められており、彼に関わってくださった先生方は、彼がどこの大学を選ぶのかととても興味を持ってくださっていました。
(へんこ者なもんで・・・)

どこがへんこ者かというと
・とにかく自分の主張は曲げない (へそ曲がり)
・”普通” という感覚が大嫌い 
・みんなが出来ることは出来なきゃ嫌
・クールなくせにこだわりが強い

私は、この子は普通に進学するんだろうか・・・と、常々???がありました。
案の定、進路をはっきり決めなきゃいけない時期が来て、

「オレ、自分が納得出来る人生を歩きたいねん」
ほら来た〜〜〜〜 何言いだすんやろ〜〜〜????

「ギターの専門学校行きたいねん!」
え〜〜〜〜!!

確かに、自分でアルバイトをして、ギターの個人授業は受けていました。
確かに、毎日必ずギターは弾いていました。。
確かに、バイトで稼いだお金はすべて音楽用品につぎ込んでいました。
でも、まさか・・まさか・・・・・・・・・・結構勉強してたやん。。  
でもでも。。。。。。でも〜〜 やっぱりなぁ。。  

カウンセラーといえども、ごくごく普通の母親である私は、

私  「大学行ってもギターは出来るでしょ・・」
息子 「やりたいこと見つけたんやから、大学に行く理由がない」

私  「でも、行ってる間に変わるかもしれないやん」
息子 「それが変わらない自信があるねん」

私  「なんでそんなこと言い切れるの??」
息子 「だってギター弾いてる時、芯からしあわせやって感じれるねん。。」

私  「え-っ!! しあわせって・・・・・・」
    ここでかなりのジャブ一発!
    
息子 「母さんも自分の人生18歳で決めたんやろ〜 後悔してるんか?」

ちなみに、私は18歳でこの息子を身ごもって、主人と結婚しました。
くそ〜 なんて痛いところを突いてくる・・・・ジャブ2発

私 「後悔なんかしてないよ・・・・  だって、今しあわせやもん!」
   あっ 言ってしまった。。 

息子 「じゃーわかるやろ!オレも同じやねん!オレも後悔せんように生きたいねん!」

げっ! やられた・・・ ノックアウト〜〜〜

勿論その後も、親としての意見はいろいろいろいろ伝えはしたのですが、結局 「ギター弾いてる時がしあわせやねん」 の一言に勝てるはずの言葉もなく、彼の進路は決まってしまいました。

まったくも〜〜と思いながらも、19年前に、同じやり取りを両親としたことを思い出しました。
なんと言われても、ガンとして親の言うことを聞かずに結婚した私。
その時の私は、親の心配する気持ちもちゃんとわかっていたように思います。
でも、どうしても譲れない思い。。
主人に言わせれば、「おまえそっくりや!」
私から言わせれば、「あんたそっくりやん!」

どうしてもダメだというなら、1年間アルバイトだけに費やして自分で学費を稼ぐからと言い切った息子。
(なんとヤツはずーっと前からたくらんでいたらしく、その為にちまちまへそくりを貯めていたようです。)
一切の援助はいらないから2人でがんばると言い切った私達。
やっぱ、2人共に似ているようです。。 (まったく頑固者。。)

今になって、あの時の両親の心配が痛いほどわかります。
ただただ娘の将来を心配し、19歳のガキンチョに娘を渡してしまう不安な思い。。
私に娘がいたら、心配で心配でたまらないでしょう。。
でも、今この瞬間にも、あの時貫いてよかったなぁ〜という確信もあるのです。

息子の情熱に、なにやら忘れかけていた熱いおもいを思い出さされた今の心境です。
怖れを越えて、自分の内から湧き出てくる ”これがやりたい! だってしあわせな気持ちになれるんだもん!!” て感じれるとようなこと。
やりきった時に、また新しい自分に出会えるんでしょうね。

まだまだ発展途上中の息子を感じながらも、私なりに応援してあげようと思う今日この頃なのです。

もちろん、負けてはいられませんよね。
熱い思いを忘れずに、私は私の成長のプロセスに、まだまだ取り組んでいきたいなぁ〜と思います。
しあわせを感じれること。
これがやりたいと心から湧き出る熱い思い。
自分らしく生きるということ。
たった一度の人生、後悔のないように、自分に正直に生きていきたいですね。

そしてある意味我儘に生きてきた私は、今、親や家族を含め、たくさんの人達の愛に支えられながら、こうやって生きているんだなぁ〜ということに、しあわせを感じています。

息子の選んだ道は、ある意味とても険しい道です。
でも、彼がこの道を真剣に取り組み、そして壁にぶち当たり、決して一人で生きてきたわけではないんだなぁ〜と気づけた時に、また新しい人生のステージに立つんでしょうね。

親は、ついつい子供達に平穏な人生を求めがちです。大切ですからね。。
でも、本当に生きた人生というのは、どれだけたくさんのしあわせ(愛)を感じれるかだと思います。
そして親は、いつ、どんな時でも、子供のしあわせを願っています。
この頑固息子のハートがしあわせを感じてる。。。。
それを感じるだけで、私のハートまで、しあわせな気持ちになります。

親を攻略する魔法の一言! ”だって私(オレ)、○○にしあわせを感じれるんだもん!”

心配(怖れの感情)VSしあわせ(愛の感情)の対決は、ノックアウトでしあわせ(愛の感情)の勝ち〜〜〜〜で幕を閉じました。。

みなさんも自分しあわせの感情に自信がある時は、是非使ってみて下さいね。

山本 真規子

追伸

原カウンセラーのお母さんの感情と、しっかり繋がっている私でした。。(コラム 「見落としていた愛」 を読んで)

投稿者 csadmin : 11:40