過小評価

自分が与えることができた、居心地のよさや温かさ

こんばんは

神戸メンタルサービスの平です。

前回、ご相談にみえた女性のおかあさんに関するお話をしましたが、みなさん、憶えていらっしゃるでしょうか。

ご相談者の目から見ると「専業主婦で、これというとりえもなく、地味で、ただ家にいるだけのおかあさん‥‥、だけど、なぜかこのおかあさんがいる家は居心地がよい」というお話です。

このおかあさんが、なんと、お嬢さんのご紹介で私どものカウンセリングにお越しになったのです。

「私はただの専業主婦です。高卒で、学歴もなにもありません」

これが彼女の第一声でした。

おかあさん、つまり、私の目の前にいる女性は50代。いかにも真面目そうで、だれが見ても、彼女が悪い人だと思うことはないだろうという印象の人でした。

前回、書いたように私はお嬢さんから話を聞いていたので、彼女のことはそれなりに知っていました。じつはこのお母さんがどれだけ家族に貢献してきたか、など。

しかし、ご本人は「自分にはなにもとりえがない」と思っておられるわけです。

みずからを過小評価しているのですね。

私はそれを言葉で伝えるよりも、なんらかの形で体験していただきたいものだと考えました。そこで、私どもが主催するセミナーへの参加をおすすめしてみたのです。

カウンセラーとクライアントという関係では、カウンセラーがどんなにクライアントを評価していたとしても、「お金を払っているから」、「役割だから」と受け取られてしまうことがよくあります。

とくに、今回の彼女のように自分にはなんの長所もないと思い込んでいる人の場合は、そういうことが起こりがちです。

その点、セミナーであれば、ご本人とはなんの利害関係もない人が集まりますので、その中で評価されることで、「私は自分が思っているほど、悪くないのかな」と思うようになることが期待できるのです。

そんなわけで、彼女が私どものセミナーにやってきたわけです。

私どものセミナーでは、心理療法の一つとしてロールプレイを多用します。セミナーの受講生に、だれかの役割をしてもらうというものです。

受講生には20代30代の人が多く、私が思った通り、50代の彼女は何度もおかあさん役に選ばれました。

ロールプレイの中で、子どもである受講生は、おかあさん役の彼女にまず文句を言いはじめます。

「おかあさんは、子どものころ、なにもしてくれなかった!」

「おかあさんは、私のことなんて、なにもわかってくれてない!」

すると、おかあさん役の彼女は、それをまるで自分の娘から言われているような気分にとらわれます。

そして、どうするかというと、いつものように彼女はなにも言わずにその文句を受け止め、優しい顔で娘役の彼女を抱きとめます。

娘役の彼女はそのおかあさんに「ごめんね、ごめんね」と謝り、泣きはじめました。

じつは彼女は文句の下に、母親に対する罪悪感をたくさんもっていました。「自分は悪い娘で、おかあさんが愛してくれているほど、お返しができていない」と思っていたのです。

母親役の彼女はびっくりしながら、「うちの娘もこんなことを考えているのかしら?」と思いました。

胸の中で娘役の彼女はわんわんと泣きはじめ、そうしているうちに、彼女はとても温かい気持ちになっていったのです。

こんなふうに、何度もおかあさん役を指名されていった中で、彼女は受講生のみんなから同じことを言われたのです。

「こんなにあったかい、平和な、居心地のいい気分になったことはありません」

彼女はまた自分を過小評価し、「いいえ、いいえ」と答えるのですが‥‥。

その彼女に私は言いました。

「あなたのお嬢さんが私どもにあなたを送り込んだ理由は、多くの受講生のみなさんがあなたに伝えたのと同じことを、おかあさんに知ってほしいと思ったからだと思いますよ」

そのときようやく、彼女は自分のことを理解できるようになってきました。

彼女の実家は田舎の貧しい家でした。

頭が良く、成績も良かった彼女でしたが、大学に行くゆとりはなく、高卒で就職したのです。

実家の両親は共働きだったので、甘えることはできなかったし、忙しい両親はいつもなにかピリピリしていて、気を使ったりすることもあったのです。

ですから、子どもだったころの彼女が欲しかったのは、安心や安らぎだったんですね。

そのすべてを、いま、彼女自身がは自分の家族に与えられるようになった‥‥

彼女にとっては、それが人生の成功の証だと、このとき感じることができたのです。

「あなたはほんとうに成功したのですよ」

そう言葉をかけると、彼女は号泣しはじめました。

彼女のまわりにはすべての受講生が集まり、まるで、自分のおかあさんを讃えるかのように、一緒によろこびの涙を流したのです。

自分が与えることができた、居心地のよさや温かさ。

欲しかったときにもつことができなかったこそ、彼女はその大切さを知っており、家族に与えられるようになっていったようなのです。

では、来週の恋愛心理学もお楽しみに!!

この記事を書いたカウンセラー

About Author

神戸メンタルサービス/カウンセリングサービス代表。 恋愛、ビジネス、家族、人生で起こるありとあらゆる問題に心理学を応用し問題を解決に導く。年間60回以上のグループ・セラピーと、約4万件の個人カウンセリングを行う実践派。 100名規模のグループワークをリードできる数少ない日本人のセラピストの1人。