部下に仕事を任せられない 〜権威との葛藤が引き起こす自分への制限について

Aさんは、とても面倒見の良い人で、部下からの信頼は厚いほうだという自負がありました。
繁忙期に限らず、困っている部下がいると、休日であっても会社に行き、一生懸命に部下をサポートすることもあるそうです。
そんな時は残業代も出ないため、奥さんにはチクリと言われることもあったそうです。
最近では自分の仕事も忙しいのに、部下の分まで仕事をやっているようで「やり過ぎ」と思うようになっていると言います。

とはいえ、もともと部下の仕事であれば、少し手伝うくらいで済ませられるものの、突発的に発生した仕事などは、部下に任せるのも申し訳なく思い、全部自分でやってしまおうとするので、時間がいくらあっても足りない状況といいます。
最近では睡眠時間もほとんど取れず、体調や気分が悪いときもあり、つい部下に怒鳴ってしまいそうになることもあって、このままでは下の者を大切に扱えないような、ダメ人間になってしまうのではないかという怖れを感じることが多いそうです。

部下を可愛がり、いつもサポートしようとする上司は、頼りにできる良い上司と言えるかもしれません。
ところが、良い上司本人が辛さを感じているとしたら、何か変えるべきことがあるのかもしれません。

Aさんは部下思いではありますが、自分の身を削ってでも部下を大切にしなければと思うそうです。
Aさんは子どもの頃、親や先生などの大人に非常に厳しく高圧的な態度をされたそうです。
それがとても嫌だったので、自分が人の上に立つことがあったら、絶対に下の人を大切に扱おうと心に決めたと言います。

そして「あんな人になってはいけない」と強く思ったような、高圧的な物言いをしてしまいそうになる自分を抑えるのに、今は必死だと言うのです。

私たちは、かつての人間関係を、現在の人間関係に映し出すことがあります。
親や先生など権威を持った人がとても怖く、ときには理不尽な怒られ方をしたことにひどく傷ついたとします。
すると、心は勝手に権威者を加害者に、下の立場の者を被害者のように捉えることがあります。
そのような権威との葛藤を心の中に持ったまま大人になると、自分が上司などの権威者になったときに、自分を加害者になったかのように無意識に捉えていることがあるのです。

誰でも加害者になんてなりたくありませんから、自分は加害者ではないことを無自覚でもアピールしたくなり、必要以上に部下に優しくしてしまうということも考えられるのです。

部下に仕事を任せられないのも、上司から何かを指示することが、部下にとって迷惑で、避けたいものであると認識していることもあります。
権威者を嫌う分、権威者の自分が嫌われていると感じるからかもしれません。

実際には、もっと仕事を任せて欲しいと思う部下もいるでしょうし、上司から頼まれごとをすることが誇らしく感じる人もいるでしょう。

部下に仕事を任せるときも、強引な命令のようにする必要もなく、指示を「お願い」のような形で行うことで、双方とも抵抗感なくコミュニケーションすることが可能かもしれません。

権威者を加害者であると捉え続けると、上司である自分はそれだけで罪を償うべき者であると認識する、つまり罪悪感を持つことがあります。
すると部下の仕事を引き受けすぎることで自分の仕事に手が回らず、仕事の成果が出ないとか、職責を全うできないとか、ときにはこれ以上昇進しないという罰を無意識に自分に与えていたりすると考えることもできます。
つまりAさんに仕事の実力があったとしても、権威と葛藤していることで、自分の成長や目標達成などを制限していると言えるのかもしれないのです。

Aさんが、より実力を発揮できるようになるためには、権威者は加害者であるという思いを見直し、修正していく必要があるのかもしれません。

Aさん自身が高圧的な言動をしそうになるとき、下の人を貶めようとか、いじめよう、懲らしめようとしているのではないはずです。
だとしたら、かつてAさんに酷く厳しい態度を取った大人たちは、なぜあのようなことをしたのでしょうか。
大人になって、権威ある立場についた今だからこそ、当時のあの人たちが何を考え、何を感じ、ああせざるを得なかったのか、Aさんは想像できるかもしれません。
その中で、もしかしたら今の自分とたいして変わらないのではないかとか、色んな都合があったのかもしれないと思えたとき、加害者と思った人たちは、Aさんの心の中で、もはや加害者ではなくなるのかもしれません。

心の中で加害者と思っていた誰かが、実は加害者ではなかったのだと気づくことができ、それまでの認識を修正できたときに、Aさんは罪悪感を手放せ、上司としてより楽に部下たちに仕事を任せられるようになるかもしれません。
また、自分の立場や職責に誇りを持てるようになり、より高い目標などに向かって進んでいかれるのではないでしょうか。

この記事を書いたカウンセラー

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職場の人間関係、夫婦・家族の問題を主に扱う。 「解決したい問題がある時に、悪いところを探して正そうとするのではなく、自分の魅力や才能を受け取れば物事を全く別の見方で捉えることができ、自分の枠から自由になり、のびのびと楽に毎日を送れるようになる」というスタンスでカウンセリングを行っている。