花開く瞬間 〜医療の現場から〜

もう、何年も前の話です。
私がカウンセリングを学び始めて、しばらくしてからのことでしょう
か。
当時、私はお薬の相談員をしていました。
相談してくださったAさんは、とても優しい感じの方でした。
お母様の薬が変わったことについて、不安をかかえていらっしゃいま
した。
Aさんのお母様は、当時60過ぎくらいでしたでしょうか。
ある薬が変更になったのですが、話を聞くと、変更になった理由はし
ごくもっともなものでした。
変更後の薬も、比較的安全性が高く、高齢者に対してファーストチョ
イス(数ある同種同効薬の中ではじめに選択される薬剤)とされるもの
でした。


ところが、お母様に、副作用らしき症状が出ているということで、
Aさんはわざわざ専門的なデータまで調べ、この症状はこのことが
由来しているのではないか、と不安を伝えてきます。
この症状がでたのは、薬を変えてからだ、と言葉を荒げます。
この薬が悪いと証明したいかのようでした。
確かに、こちらの目で見ても、可能性はあると思われましたので、
私はそのことを伝えました。
この場合は、薬を中止すればすぐに治まる内容でしたので、心配ない
ことを伝え、医師と相談をして薬を再度変えてもらってはどうか、と
提案しました。
自分に合う薬がみつかるまで、薬を何度か変更するということは、
よくあることで、薬の副作用や効果は個人によって非常に差がある
からです。
ところが、あれほどこの薬のせいで母は苦しんでいる、この薬は嫌だ、
といっていたのに、Aさんは薬を変えるのは嫌だというのです。
Aさんは、この薬は嫌、でも変えるのも嫌、と矛盾を自覚しつつも、
決してその意見を変えようとはしませんでした。
この話になると、ふだんのAさんとは口調がまったく異なるのです。
本当は、変えたほうがいいんですよね、と、ときおり気弱になるAさ
ん自身も、自分で説明のつかない気持ちにかなり参っている様子でし
た。
医療の現場では、きちんと説明がなされ、その内容に客観性があって
公平であったとしても、こんなふうに患者さんの中での矛盾が起こる
ことはあります。
対象(病気や年代などの違い)にもよると思いますが、当時の私の経験
では1〜2割だったでしょうか。
客観的に見ても心配なかったり、問題ないことでも、本人が嫌だと思
うものは嫌なんですね。
病気を受け入れられなかったり、自分がなぜこの選択肢の中から選ば
なくてはならないのか、と腹がたったり。
家族のこと、仕事のこと、患者さんからしたら、すべてつながってお
り、さまざまな思いがあるのだと思います。
この場合は、お母様ご本人もとくに大きなご病気というわけではなかっ
たのですが、Aさんは不安からか、声を荒げたり、泣きそうになったり
と不安定でした。
私は、Aさんの話を聞く機会があったので、彼女の話を聞くことにし
ました。
すると、意外なものが見えてきたのでした。
彼女は、何年か前にお父様を亡くされてされていました。
よく分からないけれども、なんだかそのときのことが気になるという
ので、さらに掘り下げてみることにしました。
ご本人も、話をするまでずっと忘れていましたが、ふとひらめくこと
がありました。
お父様が亡くなるとき、手術をしたのだそうです。
ところが、体力が持たず、最後の最後に薬を変えたのだそうです。
それから、みるみるうちに悪化してしまい、亡くなってしまった……
Aさんは言葉を詰まらせました。
ああ、そんなことがあったんですね……。
しんみりとした時間が流れました。
ただ、彼女のすすり泣く声が聞こえているだけの空間でした。
しばらくしてからでした。
光が差し込んできたのは。
涙を拭いた彼女は、すっきりとした声でこういったのでした。
でも、あのときのことと、今のことは、違いますよね。
私、先生に話して、母の薬を変えてもらいます。
何も促したわけではないのに、自ら決意したのでした。
すべてのもやもやが消え、彼女はすっきり穏やかでした。
重苦しい空気がなくなり、すべての嫌なものが去り、美しいものだけ
が残った、そんな体験でした。
当時、私は医療の現場で役立てるために、カウンセリングスキルを
学びました。
そのために、医療系のカウンセリング講座にも積極的に参加しました。
カウンセラーになることはないと思っていました。
が、のちに私自身がカウンセリングを受けることになり、何かに呼び
戻されるかのように、いつの間にか、カウンセラーになっていました。
人生、何がどうなるか分からないものですね。
実際の医療の現場では、ここまでゆっくり話しを聞くことはないかも
しれません。
けれども、患者さんの中では、医療を離れた日常や過去のことが、
病気や健康とつながっていることは、紛れもない事実です。
そういった健康上の問題も、40歳を超えてくると、自分のこと、親の
ことと、より身近に感じられるのではないでしょうか。
客観的に考えれば何も問題はないと思うのに、どこか自分で腑に落ち
ないことなど、出てくるかもしれません。
Aさんも、自分のことをワガママで迷惑なことをいってすみません、
とおっしゃっていました。
けれども、しっかり心の中を見たとき、違う側面からものが見えてく
ることはあると思います。
Aさんは、あのもやもやの下に、大切なひとを思っている自分を感じ
たのでした。
彼女の中にあったのは、お父様やお母様をただ愛しているという気持
ちだけだったと気づくことができたのです。
まるで、どろどろとしたものの中から、花が開くような瞬間でした。
カウンセリングはあくまでカウンセリングですので、治療上のことに
ついて意見をすることはできません。
が、自分の気持ちについて、見つめていくことはできると思います。
迷いや矛盾や不快な感情を感じたら、一緒に心の中を見ていきません
か。
思いもかけない、あなたの中にある美しさに出会えるのかもしれませ
んよ。
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