普通ってなんだろう?何かまずいこと言ったかな?

何年も前のことですが、ある集まりでみんなでカレーを作ったことがありました。
食材は既に用意されていました。
調理を始めて暫くしたら食材を用意した人が私に
「今日は業務スーパーのお肉を使ってるんだけどどう思う?」
って聞いてきたので私は、
「あー私業務スーパーでお肉を買ったことがないんです。」
と答えると会話が止まり、その場がシーンとしたことがありました。

「え!? 何かまずいこと言った?」
その場の微妙な空気感に、やってしまったという思いでいっぱいでした。
平静を装ってカレーを作りながら私の頭は“正解探し”をしていました。

「普通は○○でしょ」「空気読めないね。」
などなど「普通は~」と言われる度に、私は間違ってる、ダメなんだ、だから私は嫌われるんだ、人生経験が欠けてるんだ等と落ち込んでいたのです。

私はいつの頃からかどうも人とは違うらしい、変わってるらしいという思いが強くなって自分の意見に自信がなくなり、「普通にならなくちゃ」と思うようになりました。「普通の考え」を持った人が羨ましいと思ったこともありました。
でもそんな私自身も「普通は~」とつい言ってしまうことがあります。「普通って一体なに?」とぐるぐる思考に陥ります。

自分の意見が正しいのか間違ってるのか、わからなくて自分の意見を言うのが怖い。
だから気をつけようと思うくせに、このような場面でついうっかり(?)自分の意見を言って後悔してしまうのです。

その当時は業務スーパーが近くになかったので、遠出したときにたまに立ち寄る程度でした。
なのでお肉はもちろん野菜を買ったことも当時は殆どなかったのです。

いつまでも引きずっていると、あるとき思いつきます。
これはあくまでも推測ですが、業務スーパーのお肉をもしかしたら相手が「安物を用意した」と思っていたんじゃないだろうか?と。

だから私が言った「業務スーパーでお肉を買ったことがない」という言葉を相手が「私はそんな安物のお肉なんて買ったことがないのよ」って解釈したんだろうか?だから会話が止まってシーンとしてしまったんだろうかと。

するとそれをネタに「なんでもっと早く気付かなかったの?」「あの時わかってたらシーンとしなくて済んだかも」と、更なる自分責めを始めました。
でも、それが推測だとしても取りあえずそう考えたらつじつまが合う。
やっと自分の中で一段落するような気もしていたのです。

さて。これら私が考えたことが、本当に事実なのか。

「みんなが黙った」という出来事に対して私が「変なことを言ったんじゃないか?」という解釈をしたことがそもそもの始まりだと思いました。
空気感が変わった、というのも私が勝手に感じたこと。
もしかしたら他の人は、自分の作業に没頭していた、そもそも聞いてなかった、周囲は私と相手の二人の会話と思っていた、かもしれないのです。

これらの考え方だって100%正解とは言い切れません。
でも当時の私は、普段は自信がないくせにこういうときに限って、たとえ1%でも可能性があると自分の感じたことに自信を持ってしまうのです。
きっとみんな私のことを「普通じゃない」と思ってるに違いない!って。

その出来事をどう捉えるかによって、感じる感情は変わってくる、と今は思います。

また、私は変わってる、人と違う、という思い込みが強いと、どうしても自分が間違ってると「思いやすい」のかもな、それに、いわゆる「普通の意見」が多数だと、自動的に自分の意見が間違ってるように感じていたなと思いました。

それから。相手が「安物のお肉を用意したと思っていたのでは?」という推測も、自分を責めるネタにするのではなく「そうかもしれないね、よく気付いたね。でも仕方ないよね。」と思うようになっていったのです。

結局、普通ってなんだろう?
私は地方に住んでいるので大阪に通うようになって地下鉄の駅のエスカレーターは右側に立つ、急いでいる人が左を歩く、というのが暗黙の了解というのを知りました。
きっと「普通」というものはある程度は必要なのかもしれません。
東京の駅では左右が逆ですよね。

今でも時々「普通は~」という言葉に反応してしまうことがありますが、普通っていっぱいある、普通って人それぞれなんじゃないか。
お互いの「普通」を受け入れることで気にしすぎることは減ってきたかなと感じています。

なので「私は業務スーパーのお肉を買ったことがないから素直にそう言っただけ。」と、ダメ出しや否定を止め、自分の気持ちを受け入れることにしたのです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

前田 薫

対人関係、自分を好きになれない、人の目が気になる等の自己の問題。 母娘関係、家族関係などが得意である。親との関係や対人関係などで悩んだ 自身の経験から学んだことを活かし、感覚的で一緒に考え提案していくスタイルが得意である。母性的で柔らかい雰囲気のカウンセリングには定評がある。