夏と父の愛情

大人になってから、毎年この時期が来ると自然と思ってしまうことがあるのです。

「もうすぐ夏休みが終わるなぁ」
「お父さんの誕生日だなぁ」

夏休みも父親の誕生日も、大事なんだけれど一見関連性のない言葉です。
子供の頃も楽しみだったけれど、今ほどの気持ちではありませんでした。
けれど、思い返してみると昔から、私の中では「夏と父」が他の季節や家族の誕生日よりも心の中にあるのです。

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今年はコロナウィルスの影響で夏休みが短くなっている学校も多くあると聞きます。
同じような気持ちをお持ちだった方もいらっしゃると思うのですが、
私は、子供の頃、お盆を過ぎた当たりから夏休みが終わるというのが憂鬱で仕方がありませんでした。

宿題が終わっていないからではありません。

いじめられてた私は、学校に行くのが嫌だったのです。

でも、夏休みが終わるのは嫌なんだけど、夏の終わりは来て欲しい…毎年そんな気持ちでした。

それは、父がお盆の後に必ず長いお休みをとって家族を旅行に連れていってくれるから。
そして、父の誕生日は夏休みの最後なのです。

山や海でキャンプをしたり、遊園地に行ったりして最後に父の誕生日というイベントばかりで私の子供の頃の夏は終わっていったのです。

父は普段は忙しく、仕事の関係で土日のお休みのない人でした。
それは、どうなんだろうという意見もあると思いますが、私は父の夏のお休み中は登校日があっても、特別に学校に行かなくてもよかったのです。

父が知らない新しい場所に連れていってくれたり、長く一緒に過ごしてくれる時間。
夏休みは私にとっては毎年、日常から離れて異世界に行っているような不思議で幸せな日々でした。

じゃあ、「お父さんが大好きだったの?」と言うと、実は「それほど…」だと感じていました。

確かに夏休みで一緒に遊んでいる時は楽しいのです。
旅行に連れて行ってくれるなんて良い父親だとも思っていました。

でも、普段、父にいじめられていることを話したり、学校で辛いということを話しても父はそれに対しては無言だったのです。

それは、小学校のいじめだけではありません。
中学校で部活の人間関係に悩んでいた時も、父は無言でした。

そんな父に対して、私はこんなふうに感じていました。

「お父さんは何を言っても聞いてくれない」
「私のことなんてどうでもいいんだ」
「お父さんの役立たず。もう何も話さない」

自分の中で、そう決めて父に自分のことを話さなくなり、いつの間にか父からも「あいつは何を考えているのかわからない」と言われるようになりました。
その頃は、父の誕生日も楽しいお祝いの日ではなくなり、夏休みの思い出も大事だとは思っていなかったのです。

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その気持ちが変化したのは大人になって心理学を学び始めてからでした。

カウンセラーになるために、たくさんのワークショップに参加したり、ボランティアカウンセラーとしてトレーニングを積んでいる時、いつもいつも後になって思っていたんです。

「もっと、上手くお話を聞けたら」
「何て言ってあげたら良かったんだろう」

寄り添いたいのに上手く寄り添えない自分は、ダメだなぁって責めてしまっていた時、ふと、父のことを思い出したんです。

悩みを話しても聞いてくれない、何も言ってくれないと思っていました。
でも、大人になってから考えると昭和生まれのバリバリに仕事をしていた人です。
大人だからこそ、父親だからこそ、子供の前では見せられない気持ちもたくさんあったことでしょう。
そんな時に、子供の私に急に「いじめられて辛かった」と言われて、とっさに言葉が出てこなかったのだと思うんです。

「辛かったね」

そう共感してくれる一言で私には充分だったけれど、父は「どうしたら解決できるのか」と考えこんでしまったのでしょう。

私達は子供の時は、親の存在はとても大きく万能に感じるものです。
でも、自分が当時の父と同じ歳の頃になってみて、子供の頃の自分が想像していたよりも、自分の手の大きさも愛し方も、大きくも万能でもなかったと知りました。

けれど、父の愛情は夏の思い出の中にたくさん凝縮されていました。
思えば学校に行きたくないと言いだした頃から、夏の旅行先は私が好きな海が多くなり、登校日に行かなくてもいいと言ってくれたのも、精一杯の父の愛し方だったのです。
そして、そんな父の愛情を心の奥で感じていたからこそ「聞いてくれない」なんて拗ねながらも何度も話していた私がいたのです。

「お父さんが大好きだったんだなぁ」

それに気付いた時、恥ずかしくなると同時に、不器用な父のことも許せて心が軽くなりました。
そして愛し方は十人十色で、それでいいのだとも思えたのです。

私は、男の子にいじめられていたことで男性に対する苦手意識が強く、男性とどう話していいのか、よく悩んでいました。
今思えば苦手で避けて過ごす人生を選んでも良かったんです。
けれど、それでも苦手意識を持つ自分を変えたいと強く願っていたのは、きっと父の愛に守られたと感じた長年の夏の思い出があるからなのだろうと思います。

今年の夏はコロナウィルスの関係もあって帰省は難しいかもしれませんが、その分、素敵なプレゼントを父に贈りたいといつも以上にワクワクしています。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大麻 織江

お客様からは「話していて安心できる」「気持ちが落ち着く、整理できる」と定評がある。自身の過去のいじめから来る対人恐怖(男性恐怖)、過食症を克服した経験を持ち、繊細な感受性でお客様ひとりひとりの心に寄り添い、どんな時もお客様の魅力と光を見続けるカウンセリングを心情としている。