私が子どもを産めなかった理由

私は子どもが好きで。
男の子たちの肝っ玉かあさんをしたいなって、思っていた時期がありました。
3人の男の子のお母さんで、子どもたちにおそろいの服を着て、パパにもおそろいの服を着せて歩いてる姿が見れたら、めっちゃ楽しいだろうなという夢想をしていたこともあります。

45歳を過ぎてから、それでもやっぱり子どもが好きで。
子どもキャンプのお手伝いに泊りがけで参加し、ワンパクな男の子たちが広場を駆け回る姿を楽しく見ていたこともありました。

子どもたちにすくすく育ってもらえるように。
お母さん向けの教育雑誌も4、5年作りました。

とにかく子どもが好きなわけです。
な・の・に。
子どもを産むことはできませんでした。

おかしいな~。
なんでだろうな~。
 

私がなぜ子どもをもつことを手に入れられなかったのか。
それは、母親を否定していたからじゃないかなと思っています。
もっというと、母性をおそろしいものだと思っていたからなんです。

母性の負な側面をおそろしく感じてしまった。
だから母性を自分から切り離してしまったわけなんです。

母性には、子どもを慈しんで育てる肯定的な側面もある一方で、子どもを呑み込んで食いつくしてしまうような負の側面もあります。

母性の負の側面のインパクトが強すぎて、自分から切り離してしまったんですね。
母性に最悪マークをつけていました。
「こんなものがあるから、いけないんだ」

だから、いくら子どもが好きで、子どもがほしくても妊娠することはありませんでした。
 

娘は、多かれ少なかれ母親の生き方を否定したりしているものです。
全部じゃなくてそれが一部であったとしても。

否定しているということは、「自分はあの母のようにはならない」と言っているのと同じこと。
母親のある一部を強く否定していれば「自分は絶対に、あんなふうにはならない」と言っていることになるんです。

すると、「あんなふうにはならない」と決めた部分を手に入れることができなくなります。
誰かに×印をつけたもの。
それを自分は持たなくなる。
そんなことが心の中で起こるのです。
 

結婚したいのに、なかなかできない。
子どもがほしいのに、なかなかできない。
もしいま、女としての生き方が手に入っていないのだとしたら。

母親や身近な女性に、×印をつけたところはないですか?
母性的なるものに×印をつけたりしていませんか?

その×印を見つけて外していくことが、もしかしたらほしいものを手にする鍵かもしれません。

私自身、もっと早くに知りたかった~。
そうしたら、子どもや家族を持つ生き方もできていたかもしれないなと思うんです。

もし「女としての幸せ」を手にしたいと思いながらも、手にできてないのだとしたら。
母親との関係をあらためて見直してみるのもいいかもしれません。
ひとりで振り返るのが難しい。そんなときはいつでもカウンセラーにお手伝いさせてくださいね。

みなさんが自分のほしい幸せを手にできますように。

この記事を書いたカウンセラー